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1 : 2015/02/21(土) 01:49:05 -
─ 王都役所 ─
役人「オンボロ闘技場を立て直せ……ですか?」
上司「あ、いや……オンボロというか、昔ながらの由緒正しき国立の闘技場でね」
上司「しかしながら、近年まったく経営が振るってないので、
ここらでいっそ新しい風を吹き込んでみよう、ということになったのだよ」役人「新しい風というのは、つまり私のことですか」
上司「うむ、君の学校時代の成績は非常に優秀だったからねぇ。
君ならばきっとやれる! がんばってくれたまえ!」役人「……は、はい」
役人「ところでいつから……?」
上司「今日これからすぐ、馬車で出発してもらう。
今夜はすでに手配してある宿に泊まって……明日には着くだろう」役人「今日ですか……!?」
上司「う、うむ……善は急げ、というからねぇ。がんばってくれたまえ!」
ソース: http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/internet/14562/1424450945/
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2 : 2015/02/21(土) 01:54:32 -
友人「よぉ~! ずいぶん長く話してたけど、どこ配属になったんだ?」
友人「俺なんか、貴族どもをヨイショしたり監視する部署だぜ? ショボイよなぁ。
あいつら目を離すと、す~ぐ権力争い始めるからな」友人「だけど、お前ならいきなり大都市勤務とかなんだろ? 羨ましいよなぁ」
役人「……地方の田舎町にあるボロ闘技場を立て直せ、だとさ」
友人「へ?」
役人「しかも、もう出発しろだとさ……。
──ってわけで、悪ィけど今夜の飲みはキャンセルな」友人「え、えぇと……」
友人「き、期待されてんだよ! やりがいある仕事じゃんか!
ほら、あれだよ! 期待してるからこそあえて……みたいな」役人「……そうだな」
役人「それじゃ……」スタスタ…
友人(そりゃあショックだわなぁ……あんなに頑張ってたのに……)
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3 : 2015/02/21(土) 01:56:37 -
─ 役所宿舎 ─
早退した役人が荷物をまとめ終わると、外には御者が待機していた。
御者「お待ちしておりました。馬車の準備はできております」
役人「は、はい……」
役人(なんだよ、この手際のよさ……。
まるでとっとと王都から出てけっていわれてるみたいだ……)役人「あのぉ……これから行く町ってどんなところなんです?」
御者「さぁ、私も行ったことがないので……」
役人「そうですか……」
御者「それでは出発いたしましょう。
途中で一泊し、明日の昼ごろには到着できると思います」 -
4 : 2015/02/21(土) 01:58:38 -
その夜、役人はあらかじめ用意されていた宿屋に宿泊する。
─ 宿屋 ─
役人「ふう……」ドサッ…
役人(まさか、こんなことになるとはなぁ……)
役人(安定してて、やりがいのあることができるってことで、
一生懸命勉強して、学校をトップクラスの成績で卒業して、試験をパスして、
やっとのことで役人になれたのに……)役人(最初の仕事が、ボロ闘技場の立て直しって……)
役人(なんだよ、この仕打ち……)
あれこれ考えをめぐらせるうちに、ついに役人の不満が爆発する。
-
5 : 2015/02/21(土) 02:00:47 -
役人「ふざけんなっ!!!」
役人「なんで俺がボロ闘技場の立て直しなんかしなきゃなんねーんだよ!」
役人「俺の目論みじゃ、城や大都市の勤務になって、
王侯貴族とコネクションを結んだり、都市づくりに励んだりして、
充実した役人ライフを満喫するはずだったのに……!」役人「なんでこうなるんだよ!」
役人「だいたい俺、闘技場観戦とかほとんどしたことねーよ!
普通、そういうの経験してる人間から選ぶもんだろうが! なんで俺なんだよ!」役人「ハァ……ハァ……ハァ……」
役人「くそぉ……」ゴロン…
都落ちする悔しさ、理不尽な仕打ちに対する悔しさ、
ろくに反論もせず命令に従ってしまったことへの悔しさ──この日、役人は枕を涙で濡らした。
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6 : 2015/02/21(土) 02:03:24 -
翌日、馬車が闘技場に到着した。
─ 闘技場入り口 ─
役人(ここか……)
御者「では、私はこれで失礼します」
王都を目指し、来た道を戻っていく馬車。
役人(ちぇっ、あんなそそくさと帰らんでもいいだろうに……)
役人(まるで流刑にでもされた気分だぜ……)
役人(だけど、田舎町っていっても国立の闘技場があるだけあって、
それなりに大きいし、人もいるし……)役人(闘技場だって、古いっちゃ古いがなかなか立派なもんじゃないか)
役人(これは案外……オイシイ仕事だったりしてな)
しかし、この期待はあっけなく裏切られることになる。
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7 : 2015/02/21(土) 02:06:10 -
─ 支配人室 ─
国から闘技場の運営を委託されている支配人は、冴えない風貌の中年であった。
支配人「よ、ようこそいらっしゃいました!」モミモミ…
役人「どうも」
支配人「な、なんでも、この闘技場を立て直して下さるとか……?」モミモミ…
役人「まぁ……そう命じられて来ました」
支配人「しかし……ずいぶんとお若いですなぁ……?」
役人「若いとなんか問題でも?」ジロッ
支配人「あ、いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや! いやっ!
めっそうもございません!」役人(くっそ……このオヤジがもっとしっかりしてりゃ、
俺がこんなところに飛ばされることもなかったんだ!)役人「とにかく、この闘技場がどんなことをやっているか知りたいんだが……」
-
8 : 2015/02/21(土) 02:10:51 -
支配人「で、でしたら、ちょうどこれからまもなく興行が始まりますので、
そちらをご覧になってはいかがでしょう?」役人「興行?」
支配人「ええ、何試合か行われる予定となっております。
あ、こちらわたくしが作りましたビラでございます」ピラッ役人(うわっ、手書きかよ。絵はけっこう上手いけど)
ビラに目を通す役人。
第一試合 ナイフ使い VS 包丁女
第二試合 虎 VS ライオン
第三試合 剣士 VS 老剣士
役人(ふうん……なかなか面白そうだな)
支配人「では、受付から観客席へお入り下さい」
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9 : 2015/02/21(土) 02:14:17 -
─ 受付 ─
受付嬢「いらっしゃいませ」
役人「俺のことは聞いてるか? 今日からよろしく頼む」
受付嬢「話はうかがっております」
役人「これから興行が始まるらしいから、中に入らせてもらうよ。
まずはこの闘技場の現状ってもんを知りたいからね」受付嬢「入場料を払っていただかなければ、入れません」
役人「ハハハ、冗談がうまいね」
受付嬢「冗談ではありません」
役人「お、おいっ! 俺は国から派遣された役人だぞ!」
受付嬢「関係ありません」
役人「……わ、分かったよ、払うよ! 払えばいいんだろ!? ほれ!」パサッ…
受付嬢「ありがとうございます」
役人(くそう……払っちまった……)
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10 : 2015/02/21(土) 02:17:03 -
─ 観客席 ─
客席にはほとんど客が入っていなかった。
役人(うわぁ、ガラーンとしてやがる……。俺の貸し切りみたいなもんじゃねえか)
役人(とりあえず、この辺に座るか……)ドスッ
金髪「早く始めろよぉ~! つまんない試合をよ~!」
メイド「お坊ちゃま、ダメですわ。お静かに……」
金髪「ふん!」
役人(なんなんだ、あのクソガキは……育ちが知れるぜ。
つっても、着てる服は俺なんかよりよっぽど上等だけど)役人(ま、いいや。今は試合に集中しよっと)
役人(闘技場観戦なんて久しぶりだし、なんだかんだいってワクワクしてきたぞ)
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11 : 2015/02/21(土) 02:19:21 -
─ 試合場 ─
実況『お待たせいたしました! ただいまより第一試合を始めます!
──ナイフ使いVS包丁女!』実況『試合開始!』
ナイフ使い「ちぇいっ、ちぇいっ!」キンッキンッ
包丁女「きえあああああああああっ!」キンッキンッ
試合用の模造品であるナイフと包丁をぶつけ合う両者。
役人(え、なにこれ……)
-
12 : 2015/02/21(土) 02:24:03 -
包丁女「ひいいいいいっ! ほあああああああああっ!」ビュアッ
ナイフ使い「うひぃっ!」サッ
実況『包丁女の攻撃に、ナイフ使い防戦一方!』
包丁女「ひゃああああああああっ!!!」ビュアッ
キンッ!
包丁女の包丁が、ナイフ使いのナイフをはじき飛ばした。
実況『勝負あり! 第一試合は包丁女の勝利でえっす!』
金髪「なんだよ、つまんねーぞぉ!」
メイド「お、お坊ちゃま……」
役人(え、終わり? ……おいちょっと待て)
役人(いくらなんでもひどすぎないか、これは……)
役人(いやだけど、次の“虎VSライオン”は絶対面白いだろ!)
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13 : 2015/02/21(土) 02:27:00 -
第二試合──
虎「…………」グルル…
ライオン「…………」ガルル…
試合場に座り込んで、まったく動かない二頭。
金髪「どうしたんだよ、戦えよぉ~!」
メイド「お坊ちゃま、挑発なんかしたら危険ですわ!」
実況『試合時間30分が経過いたしましたので、ドローといたします!』
役人(30分、座ってる虎とライオンを見せられただけじゃねえか!
よっぽどの動物好きじゃなきゃ飽きるわ、こんなもん!)役人(さすがにメインイベントの第三試合はもうちょっとマシなはずだよな!?)
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14 : 2015/02/21(土) 02:30:00 -
第三試合──
剣士「てやぁっ! でやっ! とうっ!」
老剣士「ほいっ、ほりゃ、おっと」
キンッ! キンッ! キィンッ!
まったく迫力のない剣の打ち合い。
役人(なんだよこれ……)
役人(へっぴり腰の若造と今にもくたばりそうなジイさんが、
のんきなチャンバラやってるだけじゃねえか)役人(いつだったかに作られた法律で、闘技場で“本物の剣”が使えなくなって
切れ味のない模造剣を使うようになってから迫力が落ちたってのは聞いてたが、
これはそういう次元じゃない)役人(根本的にダメ、って感じがする)
役人(さっきのナイフ使いと包丁女の戦いのがまだマシだったぞ……)
-
15 : 2015/02/21(土) 02:33:06 -
老剣士「ほいっ」
キィンッ!
剣士「うわぁっ!」
剣士の模造剣が、老剣士によって叩き落とされた。
実況『第三試合は老剣士の勝利です!』
メイド「さ、お坊ちゃま、帰りましょうか」
金髪「ケッ、今日もつまらなかったぜ!」
役人「…………」
役人(あのクソガキの態度はともかく、はっきりいって同意見だ)
役人(つまらなすぎるだろ、これは……)
役人(いや、きっと今日はたまたまつまらなかったんだ!
まともな戦いができるメンバーが試合をする日はもっと楽しいんだ!
そうに決まってる!) -
16 : 2015/02/21(土) 02:36:01 -
─ 支配人室 ─
支配人「い、いかがでしたか? わたくしどもの闘技場の興行は?」モミモミ…
役人「……いいたいことはいっぱいあるけど、とりあえずやめとくよ」
(止まらなくなりそうだし……)役人「それより、この闘技場のスタッフや剣闘士を紹介して欲しいんだけど」
支配人「は、はいっ、かしこまりました!
では全員を呼んで参りますので、少々お待ち下さい!」スタタッ役人「ハァ……」
役人(とんだ闘技場に来ちまったもんだ)
役人(とにかく剣闘士の中からまともなメンバーを見出して、
そいつを主力にして立て直すしかないだろうな) -
17 : 2015/02/21(土) 02:38:44 -
支配人「全員集めました!」
受付嬢「先ほどはどうも」
実況「実況を担当しております! よろしくお願いします!」
ナイフ使い「よろしくね」
包丁女「は、は、はじめまして……」オドオド…
剣士「ボクは剣士です! よろしくお願いします!」
老剣士「ふぉっほっほ、よろしくですじゃ」
役人「…………」
役人「…………?」
役人「あの、支配人さん……スタッフと剣闘士って、これだけ?」
支配人「は、はいっ! あ、いえっ! あと、虎とライオンもおりますです!」
役人「いや、そうじゃなくってさ……」
-
18 : 2015/02/21(土) 02:43:08 -
役人(おいおいおいおい、ウソだろ……!? こいつらだけ……だと……!?)
役人「……と、ところで包丁女さん、だっけ?
さっきとずいぶん顔つきと性格がちがうみたいなんだけど……」包丁女「わ、わ、私……闘技場に立つ時は恥ずかしさを紛らわすために……
絶叫するようにしてますから……」役人「そ、そうなんだ」
ナイフ使い「包丁女さんは恥ずかしがり屋だからねぇ」
役人「ちなみに、そちらの剣士の二人は……?
元々、なにか剣で生計を立ててたとか……?」剣士「ボク、ずっと剣闘士に憧れてて、一年ほど前にこちらで雇ってもらったんです!」
老剣士「いやぁ~、昔のことは忘れてしまったわい」
役人「は、はぁ……」
役人(てんでポンコツじゃねえか、こいつら!)
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19 : 2015/02/21(土) 02:47:55 -
支配人「では、役人さんからもご挨拶を……」
役人「あ、えぇ~と……俺は王都の役所より、
この闘技場の立て直しを命じられてやってきました」役人「全力でがんばりますので、どうぞよろしくお願いします」
受付嬢「はい」
実況「期待してますからね!」
ナイフ使い「ま、がんばってよ」
包丁女「は、は、はいっ! が、がんばりましょう!」
剣士「はいっ、ボクも全力でがんばります!」
老剣士「ふぉっほっほぉ~」
役人「…………」
-
20 : 2015/02/21(土) 02:52:12 -
闘技場の面々を解散させた役人と支配人。
役人「そういえば、彼らはどこに住んでるんだ?」
支配人「えぇ~と、受付嬢さんと実況さんはこの町の人なのですが、
わたくしを含む他の人たちは闘技場近くにある宿舎で暮らしております」支配人「宿舎には鍛錬場もあり、剣士さんと老剣士さんは日々鍛錬を……」
役人(その成果がアレかよ……。よっぽど才能ないんだな、あいつら)
役人「ちなみに興行はいつもあんな感じなの?」
支配人「は、はい! 週に1~3回行いますが、あんな感じでございます!」
役人「他にだれか雇ったりしないわけ?」
支配人「あのう……この闘技場は国からの支援金と興行収入で運営しているのですが、
とてもそんな余裕はなく……。いやはや……」役人(そりゃそうだ……)
支配人「他になにかございますか?」
役人「いや……もう疲れたし、今日はこのぐらいにしよう」
-
21 : 2015/02/21(土) 02:58:26 -
役人に用意されたこの町での住居は、闘技場近くにある空き民家であった。
─ 民家 ─
ベッドに横たわり、新しい住まいの感触をたしかめる。
役人「あ~、よかった。これであいつらなんかと同じ宿舎に住め、とかだったら
さすがにキレるところだ」役人「しかし、どうすっかなぁ……」
役人(頼りない支配人、愛想のない受付嬢、戦わない猛獣、
俺でも勝てそうな剣士に、もうすぐ天国からお迎えが来そうなジイさん、
ナイフや包丁が武器の奴まで駆り出さないとならないって……)役人(ポンコツだらけじゃねえか……)
役人(さいわい、次の興行までは日にちがあるし、
他の流行ってる闘技場に行ってみて、ヒントを探してみるか……) -
22 : 2015/02/21(土) 03:00:03 -
今回はここまでです
よろしくお願いします -
27 : 2015/02/23(月) 01:14:13 -
男たちの戦いに熱狂する観客たち。
特にメインであるチャンピオンと挑戦者の戦いは、大盛り上がりであった。ワアァァァァァ……!
チャンプ「吾輩の一撃を受けてみよっ! ぬああああっ!」ブオンッ
剣闘士「うぐぅぅぅ……!」キンッ
ギィンッ! キィンッ! ガキンッ!
チャンピオンと挑戦者の激しい攻防。
オオォォォォォ……!
役人(すっ、すっげぇ~!)
役人(模造剣とは思えないほどの迫力……!)
役人(俺、どっちかっていうと腕力頼みの連中をバカにするタイプの人間なのに、
こんな俺でも血が沸き立ってくる……)役人(これだよ、これが闘技場なんだよ……!)ググッ…
-
30 : 2015/02/23(月) 01:23:59 -
─ 闘技場 ─
支配人「これはこれは役人さん! ところで数日間、どちらへ?」
役人「どこでもいいだろうが!」ギロッ
支配人「しっ、失礼いたしましたぁ! いやはや……すみませんっ!」
役人(ったく、イライラさせやがる……!)
役人「たしか、今日も興行があったな?」
支配人「はっ、はい! あと30分で始まりますです!」
役人「よし、今日も観戦させてもらう」
(なんとか、あのポンコツどもを生かす方法がないか考えなきゃ……) -
33 : 2015/02/23(月) 01:33:54 -
─ 宿舎 ─
剣闘士たちに、熱弁を振るう役人。
役人「今のままじゃ全然ダメだ! もっと迫力のある戦いを演じるんだ!
分かったな!」剣士「はいっ!」
老剣士「ふぉっほっほ」
包丁女「が、がんばります……」オドオド…
ナイフ使い「っていわれてもなぁ、戦いは苦手だし……」
役人「なんかいったか!?」ギロッ
ナイフ使い「ふん……」プイッ
包丁女「あ、あのう……」オドオド…
役人「なんだ?」
包丁女「この後……宿舎で一緒にお食事はいかがです?」
役人(誰がお前らなんかとメシ食うか!)
「いや、すでに済ませてるから」包丁女「そ、そうですか……」シュン…
-
34 : 2015/02/23(月) 01:35:51 -
─ 檻 ─
役人「おい、お前ら!」
虎「!」ビクッ
ライオン「!」ビクッ
役人「処分されたくなきゃな、もっと戦え! 猛獣らしく!
タダ飯喰らいはこの闘技場にはいらないんだからな! 俺は甘くねえぞ!」虎「グルゥ……」オドオド…
ライオン「ガルゥ……」オドオド…
役人(ちっ、使いもんにならねーな)
-
35 : 2015/02/23(月) 01:38:45 -
三日後、また興行が行われたが、役人の叱咤の効果もなく──
第一試合 剣士 VS 包丁女
包丁女「きょええええええっ!」ブンッ
剣士「くうっ……!」キンッ
第二試合 老剣士 VS ナイフ使い
ナイフ使い「だあっ! とうっ!」シュッシュッ
老剣士「ほっ、ほっ、ほいっ」キキンッ
第三試合 ライオン VS 虎
ライオン「…………」ガル…
虎「…………」グルゥ…
役人「ハァ……」
-
36 : 2015/02/23(月) 01:42:37 -
─ 宿舎 ─
この日、ついに役人の堪忍袋の緒が切れた。
役人「お前らいい加減にしろ! あんな屁みたいな戦いで金をもらえるとか、
まったくいいご身分だな!」役人「お前らの戦いのどこが“闘技”なんだよ? えぇ?
あれだったらそこらのガキのケンカのがよっぽど見応えあるぞ!」剣士「すみません……!」
包丁女「私たちの……ち、力不足で……」オドオド…
老剣士「ふぉっほっほ」
役人「…………」イラッ
役人「お前ら口では反省してるけど、全然中身が伴ってねえんだよ!
給料ドロボーだって自覚はねえのか!?」ナイフ使い「ふん、なんだいなんだい。好き勝手いうじゃないか」
役人「……なんだと!?」
-
37 : 2015/02/23(月) 01:46:06 -
ナイフ使い「ここだって、元々はもっとたくさんの剣闘士がいたんだよ。
だけど……急激な予算縮小で大勢が離れていってしまった」ナイフ使い「残ったのは、他の闘技場に行ったってどうしようもない、
オイラたちのような前座試合をやってたメンバーだけ……」ナイフ使い「あの虎やライオンだって王都役所の命令で
“動物を戦わせるのが流行ってるから買え”って
ムリヤリ買わされたシロモノだしさ」ナイフ使い「支配人さんも元々経理担当だったのに、責任者なんか押しつけられて……
大変だろうに、よくやりくりしてると思うよ」ナイフ使い「それなのに、いきなりまたやってきて事情も知らずに好き勝手いうなんて、
ずいぶんとムシのいい話じゃんか!」役人「!」カチン
役人「なぁ~にが、好き勝手だ! 与えられた条件の中でどうにかすんのが、
プロってもんだろうが!」役人「ホントは俺だってこんなボロ闘技場の運営なんかやりたくねえんだ!
だけど、こうやってなんとかしようとしてるだろうが!」ナイフ使い「ほら、本音が出た! 役人ってのはいつもそうだ!」
役人「うるせえ! 悔しかったらちったぁマシな興行してみろ!」
-
38 : 2015/02/23(月) 01:48:30 -
剣士「ケンカはやめましょうよ!」
包丁女「そ、そうですよ……落ちついて下さい。
ところで……ご飯の支度ができましたので、ご飯にしましょう? ね?」ナイフ使い「うん……ごめん」
役人「ちっ、俺は外で食べる」クルッ
包丁女「ま、待って下さいっ! 私……お料理には自信があるんです……」
老剣士「そうじゃよ。たまには一緒にどうじゃ?」
役人「…………」
役人(こんな奴らとメシなんか食いたくねえけど……)
「分かった、今日はいただくよ。今日だけな」 -
39 : 2015/02/23(月) 01:52:15 -
夕食──
役人「…………」モグッ
役人「う、うまい……!」
包丁女「あ、よかった……。王都からいらした方のお口にあうか不安でしたが……」
剣士「おいしいですよね!」
老剣士「ふぉっほっほ、よかったよかった」
ナイフ使い「お役人にも包丁女さんの料理のよさは分かるみたいだね」
役人「……ふん」
役人(いや、ちょっと待て! これホントにうまいぞ!
大した材料でもないだろうに、王都のレストランでも通用する味じゃねえか!)役人「だけど……包丁女さんも一応剣闘士だろ? なんでこんなに料理がうまいんだ?」
ナイフ使い「包丁女さんは元々、宿舎の食事係だったんだけど、
剣闘士がみんないなくなっちゃったから、仕方なく試合に出てるんだよ」役人(なんつう経歴だよ……。これじゃ宝の持ち腐れじゃねえか)
役人(宝の持ち腐れ……? ──そうか!)
-
41 : 2015/02/23(月) 01:58:01 -
役人「ナイフ使い! お前はなにか特技とかないのか?」
ナイフ使い「特技……?」
ナイフ使い「まぁ……これぐらいならできるかな」ヒョイヒョイ
食器のナイフを複数本、器用にジャグリングするナイフ使い。
ナイフ使い「ざっとこんなとこかな」サッ
役人「おぉ~、器用だな! なんでこんなことできるんだ?」
ナイフ使い「子供の頃、サーカス団にいてね。昔取った杵柄ってやつかな」
役人「やるじゃんやるじゃん! 戦いやってる時よりずっと生き生きしてたぜ!」
ナイフ使い「そ、そうかな」
役人「ジイさんと剣士は、なんかないのか?」
老剣士「ふぉっほっほ、剣ぐらいじゃなぁ~」
剣士「ボクも剣ぐらいしか取り柄がなくって……すみません」
役人(ずいぶんとレベルが低い取り柄だな……。
まぁいいや。こいつらには今まで通り戦いをやらせよう……) -
42 : 2015/02/23(月) 02:02:46 -
─ 檻 ─
役人が近づくと、虎とライオンがビクビク怯え出す。
ライオン「…………」ビクビク…
虎「…………」オドオド…
役人(このヘタレ猛獣どもが……。
だけど、せっかく飼ってるんだ。こいつらもなにかの役に立てたいが……)役人「なぁ」
ライオン「!」ビクッ
虎「!」ビクッ
役人「ほれ、ボール」ポーン
ライオン「ガルルッ、ガルッ!」ガバッ
虎「グルルルルッ!」バババッ
役人(うおおおっ!? めったに動かないこいつらが素早い動き!?)
-
43 : 2015/02/23(月) 02:05:38 -
役人「そうか……もしかしてお前らって、戦うのが嫌いなのか?」
ライオン「ガルルルッ!」ブンブンッ
虎「グルルルッ!」ブンブンッ
役人(ものすごい勢いで首を縦に振ってるけど……こいつら言葉が通じるのか?
……いや、まさかな)役人(でも、こいつらも戦い以外なら役に立つかもしれない!)
役人「よし、今度からお前らはもう戦わなくていい!
その代わり、前座で客寄せマスコットとして活躍してもらうぞ!」ライオン「ガルゥ~ン」
虎「グルルゥ~ン」
役人(喜んでるのか? ……いや、まさかな)
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44 : 2015/02/23(月) 02:10:32 -
─ 支配人室 ─
役人「支配人さんっ!」
支配人「は、はいっ! な、なんでございましょう!?」
役人「次からちょいと興行の演目を変える。ビラも作り直すから、手伝ってくれ!」
支配人「はいっ! わたくしにできることであれば……!」
役人「いいか? アンタは絵心はなかなかのもんだが、宣伝のセンスはない。
だから、俺のいうとおりに絵を描いてくれ」支配人「は、はいっ!」
役人「まず、虎とライオンの可愛い絵を描いて……」
支配人「こ、こうですか?」カリカリ…
役人「可愛くっていっただろ! これじゃ写実的すぎる!」
………………
…………
……
-
48 : 2015/02/23(月) 02:23:12 -
─ 試合場 ─
ナイフ使い「よっとっとっと」ヒョヒョヒョイッ
ナイフ使い「ほ~れ、ボールだ。取ってこい!」ポーン
ライオン「ガルルルルッ!」ダッ
虎「グォォォンッ!」ダッ
ナイフ使いと動物二頭のみごとなコンビネーション。
「あいつらこんな芸できたのか!」 「すげぇ!」 「へぇ~」
パチパチ……! パチパチパチ……!
役人(よぉし、なかなか盛り上がってるじゃねえか!
包丁女さんが用意した軽食も好評だしな! 俺の目に狂いはなかった!) -
49 : 2015/02/23(月) 02:26:07 -
ただし、試合は相変わらずだったが──
包丁女「ぎょえええええっ! きえええええっ!」ブンブンッ
ナイフ使い「ひっ、わっ!」シュシュッ
剣士「でぇいっ! やぁっ! とうっ!」キンッキンッ
老剣士「ほいっ、ほいっ、ほっ」キンッキンッ
「ハハハ、なんだありゃ」 「ひっでぇ試合!」 「どっちもがんばれ~!」
しかし、軽食と曲芸の受けがよかったので、それほど問題にはならなかった。
-
53 : 2015/02/23(月) 02:48:58 - 今回はここまでとなります
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58 : 2015/02/24(火) 00:54:02 -
夜、役人は二人を連れて、町の酒場を訪れた。
─ 酒場 ─
役人「お姉さん、ビール三つね」
女店員「はぁ~い」
役人(さぁて、いきなり本題に入るのもなんだし、まずは適当な話題で……)
「ところで、闘技場にいつも来てるあの金髪の子供……なんなんだ、あれ?」剣士「あの子は……この町に住む大商人夫妻の息子さんですよ。
といっても、ご両親は世界中を飛び回っていて家にはいないみたいで……」剣士「だけど、かなりの額のおこづかいを毎月送ってもらってるみたいです。
ウワサじゃ、一回のおこづかいが一般的な大人の年収をも上回るとか」役人「……勤労意欲が薄れる話だな、そりゃ。聞かなきゃよかった」グビッ
役人「じゃあ毎回あんなバカみたいにヤジ飛ばしてるのはなんでなんだ?
そんなに試合がつまらなきゃ来なきゃいいじゃねえか」剣士「さぁ……ボクには……」チビッ
老剣士「ふぉっほっほ」グビッ
やがて、三人とも酒が進んでいき──
-
59 : 2015/02/24(火) 00:57:17 -
役人「ジイさん、剣士。お前たちの戦い、もう少しなんとかならないのか?」
役人「せっかくナイフ使いや包丁女さんが客を呼べるようになったんだ。
“闘技”の方もなんとかしたいんだよ」剣士「そ、それは分かっているんですが……。す、すみません……」
老剣士「ふぉっほっほ」グビッ
役人(とぼけやがって……このジジイ)
だいぶ酔いが回ってきた三人のもとに、覆面をかぶった男がやってきた。
覆面「や、や、やい!」
剣士(なんだ? 妙に声が甲高いけど……)
覆面「さっきからう、うるせえんだよ! て、て、てめえら!」
剣士「え!? あ、あの……すみません! もう少し静かに飲みますので……」
覆面「う、うるせえ! ブン殴ってやる!」グイッ
覆面男が役人の襟を掴み、殴りかかろうとする。
役人「いだだだだっ! や、やめろおっ!」
-
60 : 2015/02/24(火) 01:00:21 -
老剣士「……待ちなされ」
覆面「!? ……や、や、やんのかジジイ!」
覆面「どりゃあああああっ!」
老剣士「ほいっ」
ズダァンッ!
老剣士はいともあっさり、覆面男を投げ飛ばした。
覆面「あいたたたたた……!」
老剣士「む!」
剣士「この声……支配人さんじゃないですか!」
覆面「そ、そうです……わたくしです……。ああ、痛かった」ズルッ
覆面男の正体は、声色を変えていた支配人であった。
支配人「いやはや……あいたたた……。どうも失礼しました」
剣士「どうしてこんなマネしたんです!?」
役人「頃合いを見計らって、俺に殴りかかってくれって頼んでおいたんだよ。
……ジイさんの本当の実力を知るためにな」 -
64 : 2015/02/24(火) 01:17:39 -
翌日──
─ 鍛錬場 ─
役人「じゃあジイさん、剣士を本格的に鍛えてやってくれ。
一人だけ強くても闘技場は盛り上がらねえからな」老剣士「承知」
剣士「い、いきます!」サッ
老剣士「剣士君」
剣士「はいっ!」
老剣士「昨夜の件で、ワシが本当は強いということが分かったじゃろう。
だから今日は、遠慮せずにかかってきなさい」剣士「遠慮せず……? わ、分かりましたっ!」
役人「…………?」
首を傾げる役人をよそに、鍛錬が始まった。
-
65 : 2015/02/24(火) 01:22:29 -
剣士「だあああっ!」ヒュオッ
キィンッ! キンッ! ギィン!
剣士「え!?」
(なんでボクはこんな速さで剣を振れているんだ!?)老剣士「ほれ、止まらず続けんか」
剣士「は、はいっ!」
キィンッ!
剣士の振りや動きは、自分自身が戸惑ってしまうほどに、滑らかであった。
役人(どうなってんだこれ……!?)
役人(昨日までヘッポコだったあいつが……いきなりパワーアップしやがった!)
-
67 : 2015/02/24(火) 01:31:42 -
老剣士「ほれ、休憩はもういいじゃろ。もう一丁じゃ」
剣士「はいっ!」
キィン! ギンッ! ガッ!
老剣士「甘いっ!」バシッ
剣士「うぐっ!」
役人(やる気になったジイさんのトレーニング、すっげえハードだな……。
剣士に悪いことしちゃったかな……って気にすらなってくるよ)役人(でも、ジイさんだけじゃなく、剣士も強かったってのは嬉しい誤算だ……。
しかもこっからは本格的に鍛えるからもっと強くなるはず!)役人(これで客をもっと呼べる!)
この役人の目論みは当たり、闘技場の客はさらに増員することとなる。
-
70 : 2015/02/24(火) 01:41:46 -
次の興行の日──
─ 試合場 ─
実況『さぁ、盛り上がってきたところで、続いての試合は──
国家の犬、役人マンVS闘技場のニューヒーロー、覆面マンの対決です!』役人マン「ふははははは、くそったれ小市民ども! せいぜい働いて税を納めろよ!
この……役人マン様によォ!」ビシッ「な、なんだアイツ!?」 「あの格好、ホントにお役人っぽいぞ!」 「あの野郎!」
ブゥ~……! ブゥ~……!
覆面マン「国家の犬め! わ、わたくしが成敗してやる!」
覆面マンの正体は、支配人である。
実況『いよいよ試合開始です! 勝ってくれ、覆面マン!』
役人マン「覆面小市民野郎……俺様が叩きのめしてやる!」ダッ
覆面マン「いつもいつもみんなを虐げて……許さないぞぉ!」ダッ
バシッ! ベチッ! ビタンッ!
模造剣で殴り合う二人。
-
71 : 2015/02/24(火) 01:44:50 -
ボカッ!
役人マン「っしゃあっ! ふはははははっ!」
覆面マン「うぐぅ……!」ドサッ
実況『役人マンの勝利です! 皆さま、温かな拍手をお願い致します!』
ブゥ~……! ブゥ~……!
「ふざけんなァ!」 「税金返せ~!」 「バカヤロー!」
役人マン「ふはははは! 哀れな田舎町の小市民ども、俺様がやられる姿を見たかったら、
また闘技場に来るんだな!」役人マン「ハーッハッハッハッハ!」
覆面マン(いやはや、ノリノリだなぁ……。天性の悪役って感じだ)
実況『では続いて、メインイベントの老剣士VS剣士を──』
ワァァァァ……!
役人の悪役っぷりは、観客を大いに怒らせ、沸かせた。
-
72 : 2015/02/24(火) 01:47:59 -
ナイフ使いと猛獣二頭による曲芸──
ナイフ使い「よっ、よっよっ、よっと」ヒュンヒュン
ライオン「ガルァ!」ピョンピョン
虎「グルルルァ!」ピョンピョン
ワァァァ……! パチパチパチ……!
包丁女の売店──
包丁女「皆さんっ! どうぞ買っていって下さい! お、おいしいですので……」
「サンドイッチください!」 「俺も!」 「女房のメシよりうめえや!」
ワイワイ…… ガヤガヤ……
-
73 : 2015/02/24(火) 01:52:24 -
時には図に乗り、時にはやられる小悪党、役人マン──
覆面マン「やりましたぁ~! 今日は勝ちましたぁ~!」
役人マン「ち、ちくしょぉぉぉぉぉっ!」ガクッ
ワアァァァ……! ハハハハハ……!
日を追うごとにレベルが高くなる剣士と老剣士の試合──
剣士「だあっ! でやあっ!」
ガキンッ! キンッ!
老剣士「甘いわぁっ!」シュッ
ドズッ!
剣士「ぐっ……!」
「すげぇ迫力!」 「面白いように剣士が上達していくな!」 「いけいけぇ!」
とうの昔に見限られ、忘れ去られたはずの存在だった闘技場が、
少しずつではあるが、“田舎町の名物”に戻りつつあった。 -
74 : 2015/02/24(火) 01:53:54 - 今回はここまでです
-
81 : 2015/02/25(水) 01:15:44 -
支配人「し、しかし……この闘技場に広告を出す予算はとてもありません……」
支配人「興行収入は増えましたが、それにつれて支出も増えたので、
まだまだ余裕があるとはいえませんし……」役人「だよなぁ……」
役人(だれか……出資者がいればいいんだが……)
役人(この闘技場に興味を持ってる金持ち……誰かいないか?)
役人「…………」
役人(──いるじゃん!)
役人「支配人さん、今からあのお坊ちゃんの屋敷に行くぞ!」
支配人「あの少年ですか……? いったいどうして……?」
役人「金を借りに行くんだよ」ニヤッ
支配人「ええええええええええ!?」
-
82 : 2015/02/25(水) 01:19:38 -
役人と支配人は、さっそく豪邸を訪れる。
─ 屋敷 ─
金髪「ふう……ボクは忙しいんだけどな。いったいなんの用だい?」
役人「まずは礼を述べさせて下さい。
いつもいつも、当闘技場でご観戦いただき、誠にありがとうございます」支配人「あ、ありがとうございます」
金髪「別に? いいヒマ潰しになるから行ってるだけさ。
こっちこそ、いつもいつもつまんない試合をどうもありがとう。で、話って?」役人(忙しいのかヒマなのかどっちだよ)
「……ずばりいいましょう。当闘技場に融資していただきたい」金髪「は……?」
役人「あなたには自由にできるお金がかなりあると聞いております。
それを少しばかり貸していただきたい」役人「書類諸々はもう作ってあります」スッ
金髪「ずいぶん準備がいいんだねえ。まるでペテン師だ」
役人「闘技場運営より、デスクワークの方がよっぽど得意分野ですから」
-
83 : 2015/02/25(水) 01:24:07 -
金髪「ボクとて商人の息子。はいそうですか、と貸すわけにはいかないよ」
役人「(チッ)ありがたい。なにも知らない子供からお金を借りるなど、
あなたのおっしゃるようにペテン師の所業ですからね」金髪「ボクから借りたお金を……何に使うつもりだい?」
役人「闘技場を宣伝したい」
役人「新聞を使って大々的にね。我が闘技場が生き延びる道は、それしかない」
支配人「お願いいたします……」
金髪「…………」ピラッ…
書類の内容は、大人にとっても難解といえるものだったが──
金髪「なぁるほど、ちゃんと国営施設に関する出資法に乗っ取った書類だ。
これなら、まだ子供のボクでもサインを書けばオーケーってわけか」役人(さすが、大商人の息子……金に関することについては英才教育を受けてるようだ)
「いかがです?」金髪「……イヤだよ。なんでボクが金を出さなきゃならないんだ。
ボクにはアンタたちの闘技場に金を出す理由がない」役人「…………」
支配人「!」ガーン
-
84 : 2015/02/25(水) 01:27:28 -
役人「金を出す理由なら……あるだろ」
金髪「?」
役人「俺なら……お前が両親とともに夢中になっていた頃の……
いや、それ以上の闘技場にすることができる!」金髪「な……!」
役人「だがな、これだけはいっておく。闘技場が繁盛したからって、
お前の両親が忙しくなくなるわけじゃあない」金髪「お、お前……それ、だれから聞いた! そうか、メイドだな! ──アイツ!」
役人「やかましい!」バンッ!
金髪「!」ビクッ
役人「メイドさんは……心配してたよ。お前が寂しさのあまり、
ひねくれた子供になっちまうんじゃないかってな」金髪「う……」
支配人(ひぇぇ~、お金を借りに来た人の態度とは思えない……)
-
85 : 2015/02/25(水) 01:37:15 -
役人「──だが! ここらで地域活性化のために一肌脱げば、
お前の男前もちったぁ上がるんじゃねえか?」役人「さ、どうする!? さぁさぁ!?」
金髪「…………」
しばしの沈黙。
金髪「いいよ、分かったよ。出してやるよ……お金」カリカリッ
金髪「ほら、サイン」サッ
役人「……ありがとう。その代わり、これからは闘技場は無料にしとくからな。
受付嬢にいっとくよ」金髪「ふん」プイッ
支配人「あ、ありがとうございます! ありがとうございますぅ~!」
役人(子供に金出させちまった……。これでもう、後戻りできないな……)
役人と支配人は、少年から受けた資金を元に、新聞広告を出すことにした。
-
86 : 2015/02/25(水) 01:39:31 -
数日後、新聞に闘技場の広告が掲載された。
─ 宿舎 ─
ナイフ使い「わぁ、すごい! ホントに載ってるじゃん!」
包丁女「おいしい軽食がお待ちしてます、だなんて……。なんだか照れますね……」
剣士「凄腕剣士同士の戦いが見られる、ってありますけど……
ボクに関しては誇大広告になりませんかね、これ」老剣士「なぁに、おぬしはメキメキ成長しとるよ。ふぉっほっほ」
受付嬢「私のことは書いてありませんね」ジロッ
実況「私のことも書いてません……」シュン…
役人(ただでさえスペースが限られてるってのに、
わざわざ受付や実況のことなんか書くかよ……)支配人「いやはや、もっと小さい広告でもよかったんじゃないですか……?」
役人「なぁ~にいってんだ。こういうのはドーンとやらなきゃな、ドーンとな。
変なところでケチると、かえって損することになる」支配人「な、なるほど~……さすがでございます」
役人(といいつつ……どうなることやら)ドキドキ…
-
89 : 2015/02/25(水) 01:47:44 -
パシィッ!
残る一本をキャッチしたのは、ライオンであった。
ライオン「ガルッ!」ヒュッ
ナイフ使い「サ、サンキュ~」パシッ
ワァァァ……!
パチパチパチパチパチ……!
ナイフ使い「ありがとうございましたぁ~!」
ナイフ使い(この後は支配人と役人さんの試合だな。とっとと退場しよう)
虎「グルルゥ~ン」スタスタ…
ライオン「ガルルゥ~ン」スタスタ…
-
90 : 2015/02/25(水) 01:50:59 -
第一試合──
役人マン「ふははははっ! ようこそ、くそったれ小市民ども!
せいぜい俺様のために働けよ!」ブゥ~……! ブゥ~……!
覆面マン「なんのなんのぉ~! 闘技場のヒーローであるわたくしが相手だぁ~!」
役人マン「まぁ~たお前か! 今日こそ引導を渡してやる!」
覆面マン「来いっ! この覆面マンが成敗してくれる!」
バシィッ! ベシッ! バシッ! バシッ! ベチンッ!
覆面マン「でいっ!」バチンッ
役人マン「ち、ちくしょおおお……!」ドサッ…
実況『本日は覆面マンが国家の犬、役人マンを叩きのめしましたぁっ!』
ワアァァァァァ……! アッハッハッハッハ……!
役人マン(ようし、いい感じに盛り上がってるな……!)
-
91 : 2015/02/25(水) 01:53:48 -
第二試合──
包丁女「きょええええええええっ!」ブンブン
包丁女「きぃぃええええええええええっ!!!」ブンブンブン
ナイフ使い「うわわわっ……!」
(いつもの三割増しぐらい叫び声と形相がすごい!)実況『包丁女の猛攻に、ナイフ使い何もできなぁ~~~~~い!!!』
ワハハハ……!
「ナイフ使い、ビビりすぎだぁ~!」 「ハハハ……」 「こええよ」
「がんばれ~!」 「あれ、売店にいた女性だよな!?」 「どっちが素なんだろ」
-
92 : 2015/02/25(水) 01:56:21 -
第三試合──
剣士「今日こそ老剣士さんに一撃を入れてみせる!」
老剣士「来いっ!」
キィンッ! シュバッ! ギャリッ! キィンッ!
実況『さっきの試合とはうってかわって、本格的な勝負!
メイン試合にふさわしい、ハイレベルな攻防が繰り広げられるぅ!』剣士「くっそ、入り込めない……!」ザリッ…
老剣士「ほれほれ、もう息が上がったか?」
ワアァァァァァ……!
「どっちもすげぇ!」 「若いのがんばれ~!」 「爺さんしっかり~!」
-
94 : 2015/02/25(水) 02:06:09 -
─ 酒場 ─
打ち上げで盛り上がる一同。
支配人「いやはや、すごかったですよぉ~!
わたくしも体を張ったかいがありました! 明日は動けないでしょうねぇ!」役人「俺も……さすがにクタクタになったよ」コキッ
剣士「今日は調子よかったのに、それでも老剣士さんには勝てませんでした。
悔しいなぁ!」老剣士「ふぉっほっほ、まだまだ師としては負けられんよ」
ナイフ使い「ちょっとしくじっちゃったけど、最高の一日だったね」
実況「今日の実況はやりがいがありましたよ!」
受付嬢「ええ、私も大忙しでした」
包丁女「これで……もっと闘技場、盛り上がります、よね……?」
役人「いや……まだだ!」
-
96 : 2015/02/25(水) 02:13:07 - 今回はここまでとなります
-
99 : 2015/02/26(木) 00:17:06 -
二週間後──
─ 闘技場 ─
やっとのことで、チャンピオンと面会の約束までこぎつけた役人と支配人が、
『金剛闘技場』へ出発しようとする。役人「馬車も借りたし……行くとするか」
支配人「は、はい!」
役人「いいか、ビビんないでくれよ! むしろこっちのが
“お前をウチで試合に出してやろうってんだ”ぐらいの気持ちでいけよ!」支配人「いやはや……善処いたしますです」
すると──
老剣士「ふぉっほっほ」ヒョコッ
支配人「わわっ! 老剣士さん!?」
役人「ジイさん!? なんの用だ!?」
老剣士「今日は鍛錬も休みにしたんで、ヒマなんじゃ。ついてっていいかのう?」
役人「ジイさんも物好きだな……。ま、いいけど、足は引っぱらないでくれよな」
-
101 : 2015/02/26(木) 00:21:57 -
─ 応接室 ─
役人と支配人がソファに腰をかけてから一時間、ようやくチャンピオンが現れた。
チャンプ「お待たせした」
役人(ホントだよ……そっちが指定した時間に合わせたってのに)
「ところで、本日うかがいましたのは──」チャンプ「君たちの闘技場で試合をして欲しいということであったな?」
支配人「は、はい……。どうか、お願いできませんでしょうか……?」
チャンプ「…………」
チャンプ「ふっ」
役人&支配人「!」
チャンプ「ふははははははははっ!!!」
チャンプ「笑止である」ギロッ
役人&支配人「!」
-
102 : 2015/02/26(木) 00:26:19 -
チャンプ「吾輩は剣闘士という職業に誇りを持っている。
まして、吾輩はここ『金剛闘技場』のチャンピオンだ。
すなわち、この国ナンバーワンの剣闘士を自負している!」チャンプ「ようするに、だ。安売りするわけにはいかんのだよ、吾輩の名を」
役人「……どういうことでしょう」
チャンプ「三流闘技場にお情けで出てやるつもりはない、といったのだ」
チャンプ「たしかに吾輩とて他の闘技場に招かれ、試合をすることもあるが、
それはあくまでその闘技場が一流であると認めたからこそだ」チャンプ「しかし、君らの闘技場などで試合をしては、
吾輩の名も、剣も、技も──全てが汚れてしまう!」チャンプ「君たちがしようとしていることは、吾輩を侮辱する行為に他ならないのだ!」
チャンプ「分かったら、お引き取り願おうか」
役人「くっ……」
(甘かったな……とりつくしまもないって感じだ)チャンプ「では、吾輩はこれで──」ガタッ
支配人「ま、待って下さいぃ!」
-
103 : 2015/02/26(木) 00:30:38 -
チャンピオンの前に立ちはだかる支配人。
支配人「お、お願いします……一度でいいんです! 一度でいいから……!」
チャンプ「どいてもらおう!」
支配人「たしかにわたくしは、闘技場の責任者としては三流もいいところですが──」
支配人「役人さんも、剣士君も、老剣士さんも、受付嬢さんも、包丁女さんも、
ナイフ使い君も、実況さんも、虎も、ライオンも、
──三流なんかじゃありませんっ!」チャンプ「ぬうう……っ!」
役人(し、支配人……!)
チャンプ「吾輩は最強のヒーローなのだ! 三流闘技場になど──」
老剣士「おやおや、とんだヒーローがあったもんじゃ」ガチャッ…
チャンプ「だれだ──」
チャンプ「!?」
チャンピオンの顔色が変わる。
-
106 : 2015/02/26(木) 00:38:39 -
その夜──
─ 民家 ─
役人「あ~……今日は疲れた」ドサッ…
役人「だけど、支配人とジイさんのおかげで、チャンピオンを動かすことができた!
うまくいけば、ウチの闘技場はゆるぎない“格”を得られる!」役人「…………」
役人(──ってなにを喜んでんだ、俺は!
俺にとっちゃこんなボロ闘技場は踏み台に過ぎないじゃねえか!
なにマジになっちゃってんだ!)役人(あんなヘタレ支配人を、かっこよかったとかいっちまったしよ……。
どうかしてんのかな、俺)役人「……寝よ」ゴロン…
-
109 : 2015/02/26(木) 00:50:03 -
─ 鍛錬場 ─
剣士と老剣士が、対チャンピオンに向けた鍛錬をこなす。
剣士「だああっ!」
老剣士「甘いっ!」ガキンッ
剣士「でやぁぁっ!」
老剣士「そんな大振りでは、あやつには読まれてしまうぞ!」
バシィッ!
ナイフ使い「少しハードすぎるんじゃ……? あれじゃ試合の前にケガしちゃうよ」
役人「ジイさんもそこまでボケちゃいないだろうし、大丈夫だろ。
それに、あれぐらいやらなきゃとてもチャンピオンには勝てないだろうしな」役人「さぁ~て、虎とライオンにエサをやらなきゃ」
ナイフ使い「そだね」
-
110 : 2015/02/26(木) 00:52:46 -
─ 檻 ─
役人「ほれ、肉だ」ドサッ
ライオン「ガルッ、ガルッ」ガツガツ…
虎「グァルル……」ムシャムシャ…
役人「よぉ~し食え食え。こいつらホント上品に食うよな、獣のくせに」
ナイフ使い「…………」
ナイフ使い「役人さん。正直いって、アンタがここまでやってくれるとは思わなかったよ」
役人「え?」
ナイフ使い「最初はアンタのことがいけ好かなかったけど……
今はアンタが来てくれてよかったと思ってるよ。ありがとう」役人「おいおいよせよ。しおらしくなったってギャラは上げねえぞ」
役人「こんな闘技場に飛ばされたのが不本意だってのは、紛れもない本音なんだからな」
役人「今やお前の曲芸目当ての客もいる。当日は頼むぞ」
ナイフ使い「もちろん!」
-
111 : 2015/02/26(木) 00:55:02 -
─ 宿舎 ─
キッチンで包丁女と受付嬢が料理をしていた。
役人「お、二人で料理の特訓か」
包丁女「はいっ!」
受付嬢「ええ」
役人「しかし、なんでまた受付嬢さんまで?」
受付嬢「闘技場のお客も増えてきて包丁女さんが忙しくなってきたので、
私も力になりたいと思いまして」役人「ふうん……。アンタも結構優しいところあるんだな」
受付嬢「どういう意味です?」ジロッ
役人「あ、いや……」
受付嬢「あ、そうそう。これ、お返ししておきますね」スッ
受付嬢から、何枚かの紙幣が手渡される。
役人「これは……?」
-
112 : 2015/02/26(木) 00:59:47 -
受付嬢「最初の頃、あなたからいただいていた入場料です」
役人「!」
役人「あれやっぱりわざとだったのか!」
受付嬢「はい」
受付嬢「よそからやってきたお役人のくせに偉そうに、と思って払わせてました。
どうかお許しを」役人「いや……いいけどさ」
受付嬢「初めのうちは、あなたのことが気にくわなかったのですが、
今では感謝しています」包丁女「私も感謝してますっ! 今のお仕事、とってもやりがいがあって……」
役人「いいっていいって! こそばゆいから!」スタスタ…
包丁女「あ……気にさわったんですかね……?」
受付嬢「照れてるだけでしょう」
-
114 : 2015/02/26(木) 01:10:22 -
通常の興行をこなしつつ、『チャンピオン招待試合』に向けた準備は続き──
剣士「でぇいっ! はっ、はああっ!」シュバッ
老剣士「あまぁ~い! それではあやつ相手には10秒と持たんぞ!」キンッ
~
ナイフ使い「よぉ~し、次の演目いくぞ!」
虎「グルゥッ!」
ライオン「ガルルッ!」
~
包丁女「ひ、ひっくり返す時は一気にやるのがコツ……です!」ペロンッ
受付嬢「はい」ベロンッ
~
実況「今日の発声練習、終わり! うん、バッチリだ!」ニコッ
~
支配人「ひえぇ~……盛り上がるようなビラを作らなくては……」カリカリ…
-
117 : 2015/02/26(木) 01:22:04 -
金髪「よぉ!」
メイド「こんにちは」
役人「おお、ク……お坊ちゃんとメイドさん! 観戦に来てくれたのか。
やけに上機嫌だな」メイド「実はこの前、ご主人様と奥様が少しの間帰ってきまして……」
金髪「あっ、いうなよ!」
役人「へえ、そりゃよかった」
役人「!」ハッ
役人「じゃあ……俺が坊ちゃんに広告代を出させたこと、知っちゃったんじゃ……」
メイド「はい、もちろん」
役人「や、やっぱり! そ、それで……!?」
メイド「喜んでおられましたよ」
役人「……へ!?」
-
119 : 2015/02/26(木) 01:27:50 -
─ 控え室 ─
剣闘士A「チャンピオン、これが今日の試合表となります」ピラッ
チャンプ「!」
ナイフ使い、虎、ライオンによる曲芸ショー
第一試合 包丁女 VS 老剣士
第二試合 役人マン VS 覆面マン
特別試合 剣士 VS チャンピオン
チャンプ「吾輩の相手は……師匠ではないだと!? だれだ、この剣士というのは!?」
剣闘士A「まだ二十にもならない若手剣闘士だそうです」
剣闘士B「チャンピオンにとっては赤子の手をひねるような試合──」
チャンプ「ふ、ふふっ……」
剣闘士A&B「?」
-
120 : 2015/02/26(木) 01:30:02 -
──ズガァンッ!
剣闘士A&B「!」ビクッ
模造剣を壁に叩きつけるチャンピオン。
チャンプ「この闘技場はどこまで吾輩を侮辱すれば気が済むのだ!?
よもや吾輩にこんな若造をぶつけてくるなど……!」チャンプ「許せぬ……。叩き潰してやる……!」
剣闘士A(なんて音だ……!)
剣闘士A(模造剣は木剣よりも安全ともいわれてるが、
チャンピオンの剛力じゃそんなことは関係ない……!)剣闘士B(今日、チャンピオンはまちがいなく本気でやるだろう)
剣闘士B(も、もしかして、今日の試合……死人が出るんじゃ……)
-
122 : 2015/02/26(木) 01:37:14 -
ナイフ使い「いくぞ!」ダッ
ライオン「ガルッ!」タタタッ
虎「グルルッ!」タタタッ
ナイフ使い「さあさあ皆さま、ナイフ使いのナイフ曲芸ショーの始まり始まりぃ~!」
ヒュババババババッ!
ナイフをより多く、より高く、より速く、より鋭くジャグリングするナイフ使い。
さらに、虎とライオンもジャグリングに加わる。
オォ~……!
役人(すげぇ! あいつら、いつの間にあんな技を……!
剣士だけじゃない! あいつらだってちゃんと腕を上げてたんだ!) -
124 : 2015/02/26(木) 01:43:47 -
第一試合──
包丁女「きょえええええっ! きえええええええっ!!!」ブンブンッ
老剣士「ほっ、ほいっ、ほっ」
キンッ! ギンッ! キンッ!
さっきまでは売店で、おしとやかに軽食を売っていた包丁女。
その変貌ぶりに驚く観客たち。ついには──
ドスッ……!
包丁女の模造包丁が老剣士の腹を突き刺し、老剣士が倒れるふりをする。
包丁女「やったわあああああああああっ!!! ひゃあああああああああっ!!!」
実況『恐ろしい女です! 老人にも容赦なし!
料理と奇声を上げるのが大好き! 包丁女の勝利だあっ!』ウオオォォォォォ……!
包丁女(ああ……この歓声、とっても気持ちいいな……)
包丁女の怪演がナイフ使いの好演をうまく引き継ぐ形となった。
-
126 : 2015/02/26(木) 01:51:01 -
覆面マン「どりゃああっ!」
ドカァッ!
役人マン「ぐおふっ!」ドサッ…
覆面マン「わたくし、やりましたぁぁぁぁぁっ!!!」
実況『我が闘技場のヒーロー、覆面マン!
この大舞台で役人マンをみごとやっつけましたぁ!』役人マン「ちっくしょう……!」
(よし、今のところ大成功だ! 残るは……剣士の試合のみ!)ワアァァァァァ……!
悪役が倒されることで、盛り上がりは最高潮。
そして、いよいよこの闘技場の命運がかかっている、
『剣士VSチャンピオン』の幕開けである。 -
127 : 2015/02/26(木) 01:52:43 - 今回はここまでとなります
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131 : 2015/02/28(土) 01:19:45 -
二つの控え室で、最後の準備を整える両雄。
─ 控え室(剣士) ─
剣士「ぃよしっ!」パシッ
老剣士「ふぉっほっほ、よい気迫じゃ。己の力、全部ぶつけてこい!」
剣士「はいっ!」
─ 控え室(チャンピオン) ─
チャンプ「三分で戻ってくる」ザッ…
剣闘士A(こんなに怒ってるチャンピオンは初めてだ!)
剣闘士B(いったいどうなっちまうんだ!? 今日の試合は……)
-
133 : 2015/02/28(土) 01:27:14 -
実況『いよいよ試合開始ですっ!』
チャンプ「ぬああっ!」
剣士「だあっ!」
ギャンッ!
二人の剣が激突する。
剣士「ぐあっ……!」ドサッ…
が、剣士は完全に力負けし、シリモチをついてしまう。
クスクスクス…… ハハハハハ……
「いきなりダウンかよ!」 「弱すぎるぞォ~!」 「しっかりしろよ~!」
ブゥ~……! ブゥ~……!
素人目にも分かる格の違いに、ブーイングまで飛び出す始末。
-
135 : 2015/02/28(土) 01:35:51 -
しかし──
金髪「なにやってんだよぉ! いつもはもっともっと強いじゃんかよぉ!」ガバッ
メイド「お坊ちゃま! 乗り出したらダメです!」ガシッ
剣士「────!」ハッ
剣士(あの子は……! そうか、あんな最前列で観戦してくれているのか!)
小さなファンの姿に、剣士が奮い立つ。
剣士(このまま終われるか……! チャンピオンにファンがいるように、
ボクにだってボクを応援してくれてるファンがいるんだ!)チャンプ「む……」
ギィンッ!
トドメとなるはずだった攻撃を、剣士が弾き返す。
チャンプ(目つきが変わった……!?)
剣士「来い、チャンピオン! 勝負はここからだ!」
-
136 : 2015/02/28(土) 01:38:52 -
チャンプ「ぬああああっ!!!」ダッ
剣士「ほいっ! ほい、ほい、ほいっ!」
キィンッ! キンッ! キンッ!
チャンプ「ぬ……」
チャンプの猛攻を先ほどまでのように受け止めるのではなく、受け流す剣士。
メイド「お坊ちゃま、これはまるで……」
金髪「あれだよ! あのじいさんみたいだ!」
もちろん、剣士の技量はまだ老剣士には及ばない。
しかし、その姿は老剣士を彷彿とさせるものであった。剣士(受け流しても……それでも重い! とても攻撃には移れない!)
チャンプ(まさか、こんな若造に師匠の姿を重ねることになろうとは……ッ!)
実況『しのぎます! 剣士、チャンピオンの攻撃をしのいでいるッ!』
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139 : 2015/02/28(土) 01:49:24 -
ついに、観客の不満はチャンピオンにまで向けられる。
「チャンピオンなにやってんだ!」 「とっとと倒せよォ!」 「頼むぜ!」
ブゥ~……! ブゥ~……!
チャンプ「ぐう……!」ギリッ…
剣士「…………!」
観客の声を気にして、歯ぎしりするチャンピオン。
剣士はこれを見逃さなかった。
剣士(来た……!)
剣士(粘って、粘って、粘って、やっと来た! ──この時が!)
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140 : 2015/02/28(土) 01:53:18 -
チャンプ「ぬがあっ!!!」ダンッ
チャンピオンが剣を振り上げた。
敵の剣ごと打ち砕かんとする渾身の一撃が放たれる。剣士(──ここだァッ!!!)バッ
これまでずっと受け身だった剣士が、初めて前へ出た。
チャンプ(なァ!?)
ギィンッ!!!
剣士とチャンピオン。二人の体が立ったまま、同時に停止した。
剣士「…………」
チャンプ「……みごと、だ……」
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141 : 2015/02/28(土) 01:57:29 -
剣士「う、ぐぁ……っ」グラッ…
ドサァッ……
倒れたのは剣士であった。
とっさに攻撃を切り返したチャンピオンの一撃が、一瞬早く決まったのだ。チャンプ(き、きわどかった……)
チャンプ(待っていたのか……。吾輩が勝負を焦り、雑な速攻に出るあの一瞬を……!)
ワアァァァァァ……!
「さっすがチャンピオン!」 「カッコイイ~!」 「圧勝だァァァ!」
チャンプ「…………」
がっくりと肩を落とす役人。
役人(やっぱり強え……。これが、チャンピオン……。完敗だ……)
役人(剣士もよくやったが、これじゃとても闘技場の格が上がるなんてことは──)
すると──
-
142 : 2015/02/28(土) 02:00:29 -
チャンプ「今の戦い──実にみごとであった!」
チャンプ「正直なところ、この闘技場でこれほどの剣闘士に出会えるとは思わなかった!」
チャンプ「いずれまた、この地にて試合をしてみたいものだ!」
ワアァァァァァ……! ワアァァァァァ……!
チャンピオンが、剣士と闘技場を認める発言をした。
すなわち、この闘技場がチャンピオンが試合をするに相応しい格を持ったことを意味する。
役人「…………!」
支配人「やった……! やりましたよ! 役人さぁん……」グスッ…
役人「大げさな、なにも涙ぐむことないだろ」
支配人「いやはや……し、失礼いたしました」
役人(よし、よしっ! ……ぃよしッ! よくやった、剣士!)グッ
小さくガッツポーズをする役人であった。
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145 : 2015/02/28(土) 02:19:43 -
ところが、招待試合からまもなく──
役人は予想だにしていなかった事態に遭遇することとなる。
─ 支配人室 ─
役人「おはよう。さっそくで悪いけど、次の興行について打ち合わせをしたいんだが」
支配人「…………」
役人「?」
役人「どうしたんだよ、そんなに青ざめて……」
支配人「け、今朝……この闘技場宛てに手紙が届きまして……」ピラッ
役人「(まさか、不幸の手紙とか?)どれどれ……」
役人「王都役所からじゃねえか。えぇっと──」
役人「役人は……国家反逆罪の疑いにより……出頭を……命ず……!?」
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146 : 2015/02/28(土) 02:21:02 - 今回はここまでです
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153 : 2015/03/01(日) 01:29:47 -
馬車から現れたのは、意外な人物であった。
友人「よぉ~!」ザッ…
役人「お、お前……!?」
友人「半年ぶりぐらいか? 懐かしいな、ハハハ」
役人「俺を捕まえにきたのが、まさかお前だったとはな……」
友人「おいおい、早合点すんなって。俺はお前を捕まえに来たわけじゃない。
迎えに来たんだ」役人「へ?」
役人「どういうことだよ? だって手紙には“国家反逆罪”って──」
友人「あれはまぁ……なんだ。仮の用件みたいなもんだ」
役人「仮? 全然話が見えないぞ」
友人「とにかく説明すると長くなるから……今夜二人きりで話せないか?
酒でも飲みながらよ」役人「そりゃかまわないけど……」
友人「よっしゃ、決まり! じゃああとでお前の家に案内してくれよ!」
役人(なんだなんだ……!? 実は嬉しい知らせだったりするのか……!?)
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154 : 2015/03/01(日) 01:35:51 -
─ 民家 ─
夜になり、約束通り役人は友人と一対一になる。
役人「さて……さっそく本題に入らせてもらう。
今回の件について、洗いざらい説明してくれないか?」友人「ああ」グビッ
友人「つっても、どこから話せばいいものか……。結構込み入った話でさ……。
う~ん……ま、いいや。まずは栄転おめでとう!」役人「栄転!?」
友人「お前、“商業都市”への異動が決まったんだよ。闘技場運営の功績が認められてな」
役人「俺が、商業都市へ……!?」
商業都市は、国内でも有数の経済特区である。
ここに配属されるのは、文字通り“将来が約束された者”だけといっていい。友人「ほれ、正式な辞令も出てる」ピラッ
友人「羨ましいぜぇ~、あそこは国も力入れてる都市だからな。
出世コースの王道ってやつだ!」役人「…………」
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155 : 2015/03/01(日) 01:38:49 -
友人「なんだよ? 嬉しくないのか?」
役人「!」ハッ
役人「嬉しいよ! 嬉しいに決まってんだろ!?」
友人「だよなぁ、やっとこのオンボロ闘技場から抜けられるんだもんな。
まったく、お前も損な役割をさせられたもんだよ」役人(損な役割、か……。今となっちゃ、そうでもないけど)グビッ
友人「まさか、お前がここまで闘技場を立て直すなんて計算外だったろうしなぁ」
役人「だろうなぁ」
役人「──ん? ちょっと待てよ。今のはどういう意味だ?」
友人「実はな、この闘技場はもうすぐある貴族に売り払うことになってんだよ」
役人「…………」
役人「ハァ!? どっ、どういうことだよそりゃ!?」
友人「つまりだな」
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157 : 2015/03/01(日) 01:47:17 -
役人「ようするに……俺は闘技場を売り払うための理由作りのために、
ここに派遣されたってわけか……」友人「そういうこと」グビッ
友人「この密約、かなり昔から決まってたみたいで、
長官は前々から、闘技場を廃れさせようとちょくちょく工作してたみたいだ」役人はふと、ナイフ使いの言葉を思い出した。
ナイフ使い『ここだって、元々はもっとたくさんの剣闘士がいたんだよ。
だけど……急激な予算縮小で大勢が離れていってしまった』役人(あれはそういうことだったのか……)
友人「だけどさ、お前が闘技場をホントに立て直すとこまで来ちまったのを知って、
焦った長官は強引な手段を取らざるをえなくなった」友人「んで、貴族連中と関わる部署にいて、お前とも親しかった俺が、
メッセンジャーにされたわけだな。パシリはつらいねぇ、ホント」 -
159 : 2015/03/01(日) 01:55:43 -
役人「だけどさ……」
友人「なぁに、商業都市に移れば、やりがいある仕事でいっぱいさ。
給料だって今よりずっと上がるだろ」役人「…………」
友人「あんなポンコツどものことなんか、すぐ忘れちまうって」
これを聞いた役人は、猛然と立ち上がった。
役人「あいつらのこと……ポンコツとかいうんじゃねえよ!!!」
友人「!?」ビクッ
友人「お、おい……どうしたんだよ。もう酔ったのかよ? 落ちつけって──」
役人「帰れ」
友人「え」
役人「とっとと王都に帰れぇっ!!!」
役人は怒りにまかせて、友人を追い出してしまった。
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164 : 2015/03/01(日) 02:13:46 -
─ 闘技場 ─
支配人「やりましたよ! 帰っていきましたよぉ!」
ナイフ使い「うん、亀のように閉じこもってたかいがあったよ!」
包丁女「よかった……」ホッ
役人「だけどまだ、楽観はできないな。次はもっと大物が来るかもしれない」
剣士「でも……どんな大物が来ても、立てこもってれば関係ないですよ!」
支配人「そ、そうですねえ……。このままいけばなんとか……」
老剣士「ふぉっほっほ」
王都役所の第一陣を追い払ったことで、役人たちは自信をつけていた。
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165 : 2015/03/01(日) 02:15:49 -
─ 王都役所 ─
長官「……ふむ」
長官「君の部下は相当な頑固者のようだねぇ」
上司「部下とおっしゃいましても、彼はすぐ闘技場に異動したので……
私が指導したことはほとんど──」長官「なにかいったかね?」ギロッ
上司「い、いえ……」
長官「貴族殿からの催促も、矢のように飛んできているのだ。
これ以上、長引かせてはマズイ。次は君に行ってもらう」上司「しかし……どうすれば……」
長官「押してダメなら、引いてみろ、というやつだ」
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166 : 2015/03/01(日) 02:20:13 -
友人らが去ってから三日後、またしても馬車がやってきた。
─ 闘技場 ─
剣士「役人さん、王都役所からと思われる馬車がやってきました!」
支配人「ひいっ!」ビクッ
役人「やっぱり来たか!」
包丁女「次はいったい……どなたでしょうか?」
ナイフ使い「う~ん、だれだろう……?
ま、だれだろうと関係ないさ。立てこもってりゃいいんだもん」包丁女「そうですよね!」
役人(次はおおかた……俺の上司、ってところだろうな)
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173 : 2015/03/01(日) 02:53:38 - 今回はここまでとなります
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183 : 2015/03/02(月) 01:43:59 -
─ 闘技場 ─
役人はすぐさま仲間たちに話した。最初は皆、青ざめていたが──
支配人「つ、つまり……あと一週間ここを守り切ればいいってことですよね?」
役人「そういうことになるな」
剣士「大丈夫! ボクがみんなを守ってみせます!」
ナイフ使い「剣士、珍しく強気じゃんか……」
包丁女「頼りにしてますから……!」
役人「戦う必要なんかないっての。立てこもってりゃいいんだから。
兵糧攻めされたところで、一週間ぐらいの食糧は十分あるしな」剣士(よ、よかった……)
受付嬢「今、ホッとしましたね?」
剣士「!」ギクッ
役人「それと、俺もすでに手を打ってある。
逆に明日、俺たちの方から貴族に大ダメージを与えてやるんだ!」 -
185 : 2015/03/02(月) 01:53:01 -
隊長「このたびは、私が作戦の指揮を執らせていただきます。どうぞよろしく」スッ…
長官「こちらこそ」
長官(なんという鋭い目つきをした男だ……)
貴族「んふふっ、隊長クンのこと気に入っちゃった?」
長官「あ、いえ……」
貴族「隊長クンはね、ワタシの兵の中でも特に頼りになる男さ。
カレに任せとけば、なぁ~んにも心配いらない」長官「はい」
長官(たしかに……心配はいらないようだ。
あれほどの眼光を放てる兵士は、王国軍にすら何人いるか……) -
187 : 2015/03/02(月) 02:01:29 -
闘技場の外では──
貴族「おやおや? ドアが閉じられちゃってるじゃないの」
隊長「…………」
長官「役人君! 今すぐこの扉を開けなさい!
今すぐ出てくれば、決して悪いようにはしない!」闘技場の中では──
ナイフ使い「あんなこといってるけど……?」
老剣士「あんなもん、ウソに決まっとるじゃろ。
特に兵士たちの目、あれは戦うことを前提としておる目じゃった」支配人「ひぃぃ……やっぱり……」ガタガタ…
剣士「開けたら終わりってことですか」ゴクッ…
役人「このまま奴らを立ち往生させて時間を稼げば……
あいつらは帰らざるをえなくなる! 耳を貸さず放っておくんだ!」 -
188 : 2015/03/02(月) 02:06:14 -
闘技場の外──
貴族「どうやらカレら、ワタシたちの狙いに気づいちゃってるみたいだね」
長官「部下が説得に訪れた時は、門は閉ざされてなかったと聞いたのですが……。
とにかく、なんとか門を開かせないと……」隊長「必要ありません」チャキッ
長官「え?」
隊長「……10回ってところか」
ガッ! ガッ! ガッ! ガッ! ガッ! ガッ! ガッ! ガッ! ガッ!
ガキィッ!
隊長が剣を叩き込んだ箇所に、亀裂が入った。
長官「おお……!」
隊長「こうなってしまえば……後はたやすい」
ザシィッ!
ついに切れ込みが入った。もはや門が突破されるのは、時間の問題である。
-
190 : 2015/03/02(月) 02:11:06 - 今回はここまでです
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198 : 2015/03/03(火) 00:55:05 -
長官「たしかに、彼のいうことにも一理あります。
ここで死人を出してしまうと、後始末が厄介になりますし……」貴族「ふぅ~む、そうだねぇ。ワタシもなるべく穏便に済ませたいしなぁ」
役人(よし……! これで、確実に時間を──)
貴族「──なぁんていうと思ったかい?」
役人「え」
貴族「キミさぁ……今さらなにいってんの?」
貴族「散々こっちにケンカ売っといて、いざ殴りかかられる段になったら
すみませんでした、仲直りしましょう、なんて通じるわけないじゃん」貴族「それにさ、ワタシの真の目的を知っちゃったからには生かしておく意味、ないよね」
これまでのとぼけた雰囲気から、貴族の雰囲気が一変する。
貴族「そこのキミ。まずアイツから……処刑してやれッ!」
隊員A「はっ!」ダッ
役人「うっ、うわぁぁぁっ!」
ビュアッ!
-
199 : 2015/03/03(火) 00:58:42 -
──ガキィンッ!
隊員A「ぬ!」ググッ…
剣士「ぐ……!」ググッ…
隊員Aの剣を、かろうじて剣士が受け止めていた。
役人「剣士ッ!」
剣士「ここはボクが引き受けます! みんなは下がって!」ググッ…
役人「だ、だけど、お前の剣って模造剣──」
剣士「早くッ!」ギィンッ
隊員A「ちっ」バッ
剣士の一喝で、老剣士以外は後ろに下がった。
老剣士「ふぉっほっほ。こやつら、かなりやりおるのう。
老体にゃちとキツイが、ワシも手伝わせてもらおう」剣士「老剣士さん……ありがとうございます!」
二人の剣士の挑戦が始まった。
-
200 : 2015/03/03(火) 01:01:35 -
老剣士「よいか……」ボソッ
剣士「!」
老剣士「あやつら、ワシらが模造剣しか持ってないと知り、油断しておる。
そこが狙い目じゃ」ボソボソ…老剣士「急所を打ち、なるべく大勢を倒すのじゃ。初動で全て決まるぞ」ボソッ…
老剣士「大丈夫。おぬしは剣闘士の王者に認められた男じゃ」
剣士「……はい!」ザッ
隊員A「お、やる気か?」
隊員B「オラ、とっととかかってこいよ! 遊んでやるよ!」
老剣士「ゆくぞッ!」ダッ
剣士「はいっ!」ダッ
-
201 : 2015/03/03(火) 01:06:47 -
剣士「だあっ!」シュバッ
ドカァッ!
老剣士「ほいっ」ヒュッ
ズガァッ!
隊員A&B「げぼぉっ……!」ドササッ…
ドヨッ……
思わぬ反撃に驚く兵士たち。二人は攻撃の手を緩めず──
ドカァッ! バキィッ! ドゴォッ!
模造剣でさらに三人を倒してみせた。
ドササッ……
剣士「──よし!」
老剣士「ナイスじゃ!」
-
202 : 2015/03/03(火) 01:10:17 -
隊員C「油断しやがって……バカどもが!
模造剣相手なら、急所さえカバーしちまえば、怖くもなんとも──」ザシィッ!
老剣士によって、足を斬られる隊員C。
隊員C「ぎぃやぁぁぁっ! 足っ、足がっ……!」ドザァッ…
隊員D「ジ、ジジイ!」
老剣士「ふぉっほっほ、倒した兵から剣を拝借させてもらった」チャキッ
老剣士「さて、と……今のは足で済ませたが、ワシが“本物の剣”を手にした以上、
こっから先は命のやり取りじゃぞ?」老剣士の殺気に、気圧される私兵たち。
剣士「ボクも剣を──」
老剣士「いや、おぬしは模造剣のままがよい。
使いなれてない武器で戦うと、墓穴を掘ることになりかねん。
急所をカバーされても、逆にむき出しのところを狙えばスキは作れる」剣士「はいっ!」
ギィンッ! ザシィッ! ドゴォッ!
二人は予想外の抵抗で浮き足立った私兵たちを、次々倒していく。
-
204 : 2015/03/03(火) 01:17:01 -
長官「まずいですよ! 特にあの老人……只者ではありません!」
貴族「なぁ~に、心配いらないってば。なんたってワタシにはカレがいるからね」
隊長「…………」ザッ…
隊員D「あっ……た、隊長っ! 申し訳ありませんっ!」
隊長「落ちつけ」
隊長「まず、あっちの若い剣士だが、残る全員でじわじわと攻撃していけ。
深入りを避ければ、大した被害もなく倒すことができるはずだ」隊員D「あっちのジジイは──」
隊長「あの老人は私が相手をする」
隊員D「りょっ、了解です!」
-
206 : 2015/03/03(火) 01:24:24 -
ザシィッ……!
剣士「ぐあぁっ……!」ヨロッ…
剣士は懸命に応戦するが、多勢に無勢。じわじわと傷を増やしていく。
隊員D「ハハハッ! よぉ~しよし、深入りすんなよ!」
隊員E「じっくりと追い詰めてやれ!」
剣士(くそっ、ボクが……ボクがみんなを守るんだ!)
隊長「ふっ!」シュバッ
ビシュッ!
老剣士「ぐっ……! ──ほれいっ!」シュッ
キンッ!
隊長「どうされました? 稽古をつけてくれるのでは?」
老剣士(あの頃とは比べ物にならん……。こりゃあキツイのう……)ハッハッ…
-
207 : 2015/03/03(火) 01:27:23 -
役人「ちくしょう、剣士は相手が多すぎるし……ジイさんは相手が悪すぎる!」
包丁女「ど、どうしましょう……!」
ナイフ使い「どうしましょうって……オイラたちにできることなんて……。
模造品じゃないナイフは全部宿舎に置いてきちゃったし……」支配人「…………」
支配人「わ、わたくし、剣士君に加勢します!」
役人「なにいってんだ! アンタが加勢して役に立つわけねえだろう!」
支配人「で、ですが……このままでは剣士君はやられてしまいます。
わたくしは責任者であり、闘技場のヒーロー“覆面マン”でもあるのです。
みんなのピンチは……わたくしのピンチ!」支配人「せめて……盾にならなれるっ!」
支配人「わぁぁぁぁぁっ!」ダダダッ
バシィッ!
支配人が私兵の一人に模造剣で殴りかかる。
隊員D「いってぇ……! なにしやがんだ、このオヤジィ!」
-
208 : 2015/03/03(火) 01:31:10 -
シュバッ!
支配人「ぐああっ……!」
支配人「ま、まだまだ……!」ヨタヨタ…
役人「支配人っ!」
隊員D「トドメだ、クソオヤジ!」ジャキッ
支配人「あううっ!」
役人(もう……どうにでもなりやがれっ!)ダッ
役人「“覆面マン”をブッ倒すのはこの俺、“役人マン”なんだよォ!
勝手なことしてくれてんじゃねえぞ、小市民がぁ!」ドカァッ!
隊員D「うごっ!?」
“ライバル”のピンチに、ついに役人も参戦する。
-
209 : 2015/03/03(火) 01:37:50 -
剣士(支配人さん、役人さん!)ヨロッ…
隊員E「なんだぁ!?」
隊員F「ザコが二人加わっただけだ! とっとと片付け──」
包丁女「きええええええええっ! きょえええええええっ!!!」ブンブンッ
隊員F「ゲ!?」
ナイフ使い「支配人さんや役人さんだけにいいカッコさせないよ!」ヒュッ
ライオン「ガルルルァ!」ドドドッ
虎「グオォォォンッ!」ドドドッ
受付嬢「仕方ありませんね」タタタッ
実況「こうなったら私も加勢します!」ダダダッ
隊員E「な、なんか……次々来んぞ!」
隊員F「くそったれがぁっ!」
-
210 : 2015/03/03(火) 01:38:27 - 今回はここまでとなります
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214 : 2015/03/04(水) 01:21:31 -
大乱戦が始まる。
ナイフ使い(こうなりゃ、オイラも覚悟決めなきゃな……!)
ナイフ使い「だあああっ!」シュッ
隊員E「このっ……!」サッ
包丁女「けええええええええええっ!!!」ブンブンッ
隊員F「ひいいいっ! なんなんだこの女!?」
受付嬢「今すぐ入場料を払って下さい。でないと訴えます」
隊員G「えええええ!?」
実況「実は私、戦うのは初めて! いったいどんな戦いを見せるか、注目の一戦です!」
隊員H「こいつ、自分で自分を実況してやがる……!」
-
215 : 2015/03/04(水) 01:24:04 -
支配人「……大丈夫ですか、剣士君!?」
剣士「あ、ありがとう、ございます……! 助かりました……!
すみません……。みんなを守るどころか……戦わせてしまって……」ヨロッ…支配人「いえいえ……よくやってくれました。ここからは、みんなの戦いです!」
剣士「はいっ!」
虎「ガルルルルルァ!」ペチペチッ
ライオン「グオォォォォンッ!」ペチペチッ
隊員I「いたたたっ! 爪も牙も使わず、なんで猫パンチ……!?」
隊員D「このヤロウ……よくも一発くれやがったな……!」ズキッ…
隊員D「ド素人の分際で、俺らに敵うと思ってんのか!?」
役人「うるせぇっ! お前らだって闘技場運営のド素人だろうが!
この小市民どもがぁっ! 役人なめんじゃねーぞ!」 -
216 : 2015/03/04(水) 01:27:13 -
しかし、奮闘も空しく、数でも質でも劣る役人たちは追い詰められていく。
ザシュッ……!
剣士「がはっ……!」ドサッ…
支配人「け、剣士君っ!」
「手こずらせやがって!」 「ここまでだ、ガキ!」 「くたばりやがれっ!」
~
ナイフ使い「危ないッ!」ドンッ
ズシュッ!
ナイフ使い「あぐぁぁぁ……っ!」ドザッ…
包丁女「ナイフ使いさん! いやぁぁぁっ!」
-
217 : 2015/03/04(水) 01:30:59 -
受付嬢「お支払いいただき、ありがとうございました」
隊員G(くそう……払っちまった……)
~
隊員H「さっきからうっせぇんだよ!」ブンッ
バキィッ!
実況「がふっ! 私兵の一人が放ったパンチで……私、ダウンです……」ドサッ…
~
隊員I「ケッ、図体だけで戦えねえ猛獣なんざ、怖くねえや!」ヒュバッ
ザクッ!
虎「キャインキャイン!」
ライオン「ガルルゥ……!」
-
218 : 2015/03/04(水) 01:38:17 -
役人「ゼェ……ゼェ……」
隊員D「うざってえ……! いい加減くたばれやァ!」ヒュッ
ザシィッ!
額を斬られる役人。鮮血が舞う。
役人「ぎゃああああっ!」ヨタヨタ…
役人(ダ、ダメだ……。いくら強がったって、プロに敵うわけねえ……!
せっかくみんなで闘技場を盛り立ててきたのに……! ちくしょう……!
ここまでか……!)~
ギィンッ!
老剣士「ハァ……ハァ……。歯が立たんとは、このことじゃな……」
隊長「師匠……」
老剣士&隊長「!」ピクッ
師弟は同時に、“あること”に気がついた。
老剣士「どうやら……ここまでのようじゃのう」
隊長「……はい。この戦いは、ここまでのようです」
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221 : 2015/03/04(水) 01:49:15 -
支配人「こ、これはいったい……!?」ヨロ…ヨロ…
役人「昨日、友人にビラを作ってバラ撒いてくれって頼んどいたんだよ……。
“今日は無料出血大サービスで興行します”ってな……」支配人「おおおっ……!」ウルッ…
観客たちはまだ状況をつかめていない。
ザワザワ…… ドヨドヨ……
「全然知らない奴らがいるぞ」 「なんだなんだ?」 「剣士く~ん!」
「みんな血が出てねえか?」 「なんで実況の人が戦ってんの?」 「これ試合?」
金髪「おい、メイド! これ、どうなってんだよ!?」
メイド「さぁ……私にもさっぱり。新しいアトラクションでしょうか?」
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223 : 2015/03/04(水) 01:58:20 -
隊長「どうやら……ここまでですね。敵を仕留めきれず、申し訳ありません」ザッ
貴族「な、なにをいう! ──そうだ! こうなりゃ観客も皆殺しにしちゃえ!」
隊長「そんなことは不可能だと、あなたとて分かるでしょう」
貴族「しかしだな! これじゃ、せっかくの計画が──」
ボグッ!
貴族「うっ……!」ガクッ…
隊長「この衆人環視の中、“殺し”をしてしまったら、
お家の存続すら危うくなってしまいます。お許しを」ガシッ老剣士「おぬし……」
隊長「我々の完敗です。退く時は、潔く……。これもあなたの教えですよ、師匠」
隊長「いつか……あの若い剣士とも、やり合ってみたいものですな。
今は職業剣闘士でなくとも、闘技場試合に出られる制度もありますしね」老剣士「あやつは……おぬしよりも強くなるかもしれんぞ?」ニッ
隊長「楽しみにしておきましょう」クルッ
隊長「──全員、戦闘中止! 退却だっ!」バッ
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224 : 2015/03/04(水) 02:03:46 -
長官「役人君……。君は自分がしでかしたことが分かってるのか?」
役人「もちろん……分かってますよ」
役人「半年前に命じられたオンボロ闘技場を立て直せという職務……
どうやら何とかなりそうです!」ビシッ長官「くっ……!」
長官「キサマ……! いいか、このままでは済まさんからな! 絶対に!」
役人「そのセリフ、そっくりお返ししますよ」
役人「貴族と密約して、国の所有物である闘技場を不当なやり方で売り払う……。
挙げ句、俺たちを殺そうとまでした……。
こんなことしておいて、ただで済むと思うなよ!」長官「ぐぐぅ……! 失礼する!」タタタッ
役人(あ~……スカッとした!)ホッ…
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236 : 2015/03/04(水) 02:51:37 -
以上で完結とさせて頂きます
ありがとうございました
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