-
1 : 2014/07/16(水) 00:08:29.83 -
文化祭が終わって一ヶ月以上経ったある日、ひなた先輩が部室にやってきて、「散らかってない?」とぽつりとつぶやいた。
「そうですかね?」と俺はとぼけてみたけれど、彼女はちょっと困ったみたいに笑ってから「うん」と頷く。「そう見えるだけかもしれないですよ」
「でも、ほら、あれ……」
と言って彼女が指さしたのは、机の上に広げられているリバーシのマグネット盤だった。
今まさに勝負が行われている最中だ。対戦しているのは二人の女子部員。優位なのは黒で、角を三つ取っていた。
場面はすでに終盤。黒に領地を蹂躙され尽くした白には、すでに逆転の手立てが残されていないように見える。「あれはなに?」
「見たことありませんか? リバーシです」
「知ってる。そういう意味ではなくてね」
「オセロ?」
「言い方の問題でもないよー」
間延びしたしゃべり方。彼女はちょっともどかしそうな顔で俺を見上げた。
ちょっと前まで毎日のように顔を合わせていたのに、なんだか懐かしいような気分になる。SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1405436899
ソース: http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1405436899/
-
2 : 2014/07/16(水) 00:09:41.13 -
「じゃあ、どういう問題なんですか?」真正面から問い返すと、先輩は一瞬気後れしたような様子を見せた。
それでも結局、もごもごと口を動かして、言いにくそうに言葉を続ける。「つまり、なんで文芸部の部室でオセロをやってるの、って聞いてるの」
問いかけは実にシンプルだ。
俺の方も、まあそう聞かれるだろうと思っていて、わざと話題をそらそうとしていたんだけど。「ああ、それですか」
「それですかって、どういうことなの?」
どういうこと、と訊かれても、俺もどういうことなのかわかっていなかった。
ひなた先輩は三年で、十月に行われた文化祭が終わるまで、この文芸部の部長をやっていた。
今は引退して、受験勉強に専念してるって話だけど、現役中に宣言していたとおり、ときどき部の様子を覗きに来る。 -
3 : 2014/07/16(水) 00:10:27.46 -
「まあ、息抜きっていうか……」俺の答えに、先輩はほっとしたようにため息をついた。
「そっか。まあ、ときどきならいいかもね。ずっと遊んでるってわけじゃないなら、いっか」
いやーよかったよかった、と部長が笑って、俺も合わせて笑ったところで、机の方から声があがった。
「よし、またわたしの勝ち」
「また負け……?」
勝負だけあってあがる声は対照的で、「勝ち」と楽しげな声をあげた方が立ち上がって、ホワイトボードに向かった。
ホワイトボードには勝敗が記録されている。板面を左右に分かつ線が中央に引かれていて、左側に「あかね」、右側に「みさと」と書かれている。
「正」の字の数を数えてみると、「みさと」が二勝、「あかね」が今ので十六勝らしい。まずいことに、左上に今日の日付が書かれていた。
今日だけでリバーシが十八戦も行われていたということが、あからさまに示されている。 -
4 : 2014/07/16(水) 00:11:24.39 -
「……息抜きって、なんだっけ?」「今日はみんな乗り気じゃないみたいで」
「そ、そうなんだ。そういう日もあるよね、うん」
先輩はささやかな期待にすがりつくような表情をしていた。
「まあ、気分に左右されやすい部活ですしね」「そうだよね。わたしもけっこうまったりやってたし、強制されてできることでもないしねー」
先輩は何かをごまかしたがっているみたいに「あはは」と笑った。
俺の方もそのまま話をごまかしたかったので合わせて「ははは」と笑う。「もう、ボードいっぱいだ」
「字、大きく書きすぎだよ、あかねちゃん」
という会話のあと、「あかね」がホワイトボードをくるっとひっくり返した。
「あっ」と俺が声をあげなければ先輩は気付かなかったかもしれない。
裏面の上部には「第一回秋季オセロ大会」という文字があり、その下にトーナメント表が描かれていた。
普段部室に出入りしている部員たち全員の名前が、トーナメント表の下部に記されていた。
ちなみ「あかね」はシードだった。
-
5 : 2014/07/16(水) 00:12:04.22 -
「いいかげんオセロも飽きてきたよね」と「みさと」がいつものような落ち着いた口調で言う。
彼女は今学期から編入してきたばかりで、最初はだいぶ居心地悪そうにしていたけれど、今はだいぶ馴染んでいる。
もともと同学年の女子部員がいなかったから、うまく距離感がつかめなかっただけなのかもしれない。
幽霊部員だった同学年女子の「あかね」が顔を出すようになってから、彼女もだいぶリラックスできているようだった。「……飽きるくらいやってたんだ」と、ひなた先輩がつぶやく。
じとっとした視線を向けられて、俺は思わず目をそらした。
窓の外の寒々しい景色の中を、木枯らしが吹き抜けていく。「ほら、何がネタになるかわかりませんから」
「……たしかにねー」
と先輩は素直に頷いてくれたが、それでも言い方に刺があるような気がした。
-
6 : 2014/07/16(水) 00:12:49.17 -
ちょっと困ったような気分になる。
べつに俺だって、サボりたいとか遊びたいとか思ってたわけじゃない。「わたしがいるときだってけっこう適当だったから、変わってないっていえば、変わってないんだけどさ」
先輩は無理やり納得しようとしているみたいにそう言ってくれたけれど、彼女がいた頃は、もうちょっと真面目な文芸部だった。
みんな何かを書こうとしていた。
休憩したり他のことをしたりもしたけれど、それでも読み書きにベクトルが向いていた。今は……。
「あ、また角……」
「みさと、無警戒すぎ」
……どう考えても、遊ぶことにベクトルが向いてる。
-
7 : 2014/07/16(水) 00:13:35.34 -
「……まあ、いっか」と先輩は諦めたみたいな顔をして、それからきょろきょろと部室を見回した。
「大澤くんは?」
そっちに関しても、できれば俺はごまかしたかった。
大澤というのは俺の同級生で、文芸部の新しい部長で、物腰穏やかで落ち着いた奴。この場にいる女子たちとも同学年だ。
普段なら窓際に座って、本を読んだり何かを書いたりしているんだけど。「あいつは……」
「何かあったの?」
「いや。最近、部室に顔を出してないんです」
「え?」
心底意外、というふうに、先輩は目を丸くした。
「どうして?」
「さあ? 燃え尽き症候群とかですかね」
-
8 : 2014/07/16(水) 00:14:48.55 -
◇「書けない」と、一週間前の水曜、苦しげな表情をつくって、大澤が言った。
「は?」と俺は聞き返した。
そのとき彼は部室の窓際の席に座り、ノートに向かってペンを握っていた。
隣に座っていた俺は、「いちばんわかりやすいDTMの教科書」を流し読みしていたところだった。
「書けない!」と今度は大声で、彼はくりかえした。
そのとき部室にいた文芸部員たちの視線が彼に集まったが、本人がそれを気にした様子はなかった。大澤は普段から穏やかで話しやすい奴だ。
だから、そんなふうに声を荒げることなんてめったになかった。
めったに、どころではないかもしれない。昔からの付き合いなのに、俺は彼のそんな姿を初めて見た。「……どうしたの、いったい」
訊ねると、彼は苛立たしげにペンを机の上に投げ出して、
「書けない」
と今度は静かに呟いた。ぽつりと。
部室中が静まり返り、みんなが彼の様子を伺っていた。
-
9 : 2014/07/16(水) 00:16:06.87 -
次に大澤に声をかけたのは「みさと」だった。
リバーシは部内最弱を誇る「みさと」だったけど、大澤の扱いに関しては誰もが認めるプロフェッショナルだ。「みさと」特有の会話のテンポや声のスピードは独特の癒し時空を発生させる。
このときの大澤もそれによって落ち着きを取り戻すだろうと、そう考えていた俺は安易だった。「大丈夫?」
「大丈夫じゃない!」
予想に反し、大澤は「みさと」に吠えた。彼女は少し怯んだように見えたけれど、
「少し休んだら?」
と真面目な顔でごく平凡な提案をした。
「少し休んだら?」は、俺の中では女の子に言われたい台詞ランキング第八位くらいの台詞だったので、微妙に羨ましかった。興奮した様子だった大澤も、その台詞にいくらか冷静さを取り戻したかのように見えたが、それも一瞬のことで、
「ちくしょう!」
と大声で叫んだあと、バッと立ち上がってあっというまに部室から走り去っていった。
ちらりと見えた彼の横顔は、泣いているようにも見えた。ドタドタという足音と一緒に、
「俺は人間失格だー!」
というよくわからない叫び声が聞こえてきた。
それらは廊下の向こうへとあっというまに遠ざかっていき、やがて聞こえなくなった。残された俺達は途方に暮れた。
-
10 : 2014/07/16(水) 00:18:34.15 -
◇そんな水曜の顛末をひなた先輩に伝えると、彼女は一言、
「なにそれ」
と呟いた。呆れも驚きも出てこないみたいだった。
「嘘だよね?」「残念ながら」
「本当です」
途中から俺の言葉を引き継いだのは「あかね」だった。
ぶっきらぼうな口調は先輩に対しても変わらない。たぶん性格なんだろう。「大澤くん、なんか思いつめてたみたいでした」
と言いながら、彼女の黒石は淡々と角を制圧した。「みさと」が「うっ」とうめき声をあげた。
ひなた先輩はちょっと心配そうな顔をしたあと、「何か聞いてないの?」
と、リバーシの盤面に真剣な眼差しを向ける「みさと」に訊ねた。
「みさと」は大澤と付き合っている。文芸部員は全員知っている話だ。「知りません」、と「みさと」はちょっと強い調子で答えた。
「あんなやつ。メールもラインも返事来ないし。休み時間会いにいってもいないし、部室こないし」
なんとなく気まずい空気が部内に流れた。「みさと」が白石を置いたとき、今度は「あかね」が「むっ」とうめいた。
-
11 : 2014/07/16(水) 00:20:12.27 -
◇大澤の様子がおかしくなりだしたのは、文化祭が終わって二週間が過ぎた頃のことだった。
文化祭で配布した文芸部の部誌の評判は上々で、クラスメイトたちも結構読んでくれたらしかった。
わりと意外な結果だ。文芸部の部誌なんかに目を通す奴が、そんなに多いとは思わなかった。これは内容というより、手にとりやすさ、見やすさに配慮したレイアウトがよかったのだと思う。
そのあたりの出来は、部誌の編集を担当した当時の部長、ひなた先輩の功績だ。よそがどうかは知らないが、うちの文芸部員はわりと面白い話を書く。
今年の部誌に寄せて、ひなた先輩が書いたのは二本の短編小説だった。
片方は、ストーリーは薄味だが文章そのもののリズムを楽しむような軽妙なノリの青春小説。……あるいは青春小説と呼ぶのすら間違いかもしれない。始まりが終わりまで続くような話だった。
終わりさえも、ただぶった切られただけかのような、ただ連綿と続く予感だけを残した話。もう片方はもの寂しい雰囲気のある話。
叙情的な描写を抑制の効いた語り口で最後まで丁寧に書いている印象だった。二本の短編はそれぞれがそれぞれに対応する形になっていて、よく見ると徹底した対比構造が覗き見える。
どちらかがどちらかの内容を否定するわけでもなく、独立しながら、別々の物語のあり方を示していた。
-
12 : 2014/07/16(水) 00:21:45.54 -
「みさと」が書いたのは絵本のようなほのぼのとした雰囲気の話だ。
特に面白がる要素もないのに気付くと読み終わっていて、さらりとした読後感がある。面白いのが台詞回しで、「些細なこと」と「重大なこと」がほとんど同じような重さを持つかのように語られていた。
その危うげな平衡感覚が、薄氷の上を歩くような緊張感を生んでいて、起伏のない話なのに妙なスリルがある。
それが処女作だというのだから、感心したこっちが救われない。「あかね」と幽霊部員ふたりはやる気のない川柳を一本ずつ。
ひなた先輩は彼女たちの作品を部誌のいちばん最初に配置した。
去年も似たようなことをやっていたから、たぶんわざとだろう。そんなわけで、俺以外の部員はだいたい、「面白かったよ」という声をクラスメイトなり誰なりに掛けてもらえたみたいだった。
ちなみに俺がもらった感想は「ながい」の一言だけだった。
そんな中、「面白い話を書く」奴の筆頭が大澤で、部誌の厚みの大半は彼が書いた何本ものショートショートが作り出したものだ。
切なかったり怖かったり寂しげだったり優しかったり、大澤の話はいつだってよく出来ている。
短くて小難しく、ややこしくて面倒な描写も少ないから、とっつきやすい。
部誌の半分くらいがそのノリなのが、全体としての評判が良かった理由だろうと思う。そして実際、けっこうな数の生徒が大澤に直接「おもしろかった」と伝えていたようだった。
たぶん、それが原因で落ち込んでるんじゃないかと思う。
-
13 : 2014/07/16(水) 00:22:28.57 -
◇用事があるから、と、ひなた先輩が部室を出て行った。
残されたのは俺と、「あかね」「みさと」の二人だけだった。
べつに気まずいわけでもないけど、先輩が出て行くのと同時に沈黙がやけによそよそしくなった。そうなると居心地もあまりよくなかったので、俺は二人に声を掛けてから一人で帰ることにした。
「じゃあね」と「みさと」が俺の顔を見もせずに言うと同時、「あかね」の十九勝目が決まったらしかった。
部室を出てから階段まで歩き、ふと思い立って、下り階段ではなく上り階段へ向かった。
帰るだけなら階下に向かえばいいし、べつに上に面白いものがあるわけでもないのだが。習慣、というわけでもない。気まぐれのようなものだ。
屋上に出る鉄扉は、いつものように冷たい。
季節が季節だから、きっと風も冷たいだろう。扉は軋みながら開いた。
-
14 : 2014/07/16(水) 00:23:47.31 -
文芸部の部員数は七名だ。俺と大澤、「あかね」と「みさと」、それから部室に顔を出さない幽霊部員の男子二名。
引退したひなた先輩は除外。最後のひとりは、唯一の一年生、女子部員だ。彼女は、いつ頃からだろう、部室にいる時間が短くなった。
かわりに、屋上でひとりで過ごしている様子を、よく見かけるようになった。
何をするわけでもなく、ただぼんやりと街を見下ろしているだけ。良いというのでも、悪いというのでもないけれど。
「こんにちは、せんぱい」
俺が屋上に出ると同時、彼女はこちらを振り向いて、「仕方なく」というふうに笑いながら言った。
「こんにちは」
俺がオウム返しのように返事をすると、彼女は何も言わないまま、フェンスに向き直った。
余計な世間話を好まないのはお互い様だが、彼女の沈黙は、それだけが理由というわけでもなさそうだった。風は思った通り冷たかった。思ったよりも強かった。
少し迷ったが、俺は結局、彼女との距離を少し詰めて、声を掛けた。
「部室、顔出さないの?」
彼女はこちらに背中を向けたまま肩越しに振り返り、困ったみたいに笑う。
「今日は、気分じゃなかったので」
「そう」
それ以上は何も言わずに、俺は踵を返して屋上を立ち去ろうとした。
-
15 : 2014/07/16(水) 00:24:29.88 -
気配でそれを察したのか、彼女は急に振り返って、笑った。「せんぱい、なにしに来たんですか?」
「いや、べつに。用事はなかったけど。生きてるかなと思って」
「なんですか、それ」
彼女はとってつけたみたいに笑う。
生きてますよ、もちろん、と彼女は言った。「そう。ならいいや」
「そうですか」
「うん。……最近、いつもここにいるよね」
「そうですか?」
言われて初めて気付いたというみたいに、彼女はちょっと戸惑った表情になる。
少し考えた素振りを見せたあと、そうかもしれない、と彼女は視線を落としながら言った。
-
16 : 2014/07/16(水) 00:25:14.15 -
「高いところ、好きなの?」「穴の中とか、井戸の底とか、低いところよりは好きかもしれないです」
「ふうん」
よくわからない、中身のない会話。
たぶん、互いに踏み込むのを避けているからだろう。「せんぱいは、どうなんですか?」
「なにが?」
「屋上。前までは、けっこう頻繁に通ってたのに」
「そうだったっけ?」
たしかに、何度も訪れていたこともあったけど、そう頻繁だったという記憶もない。
覚えていないだけで、実は毎日のように通っていたのかもしれない。
-
17 : 2014/07/16(水) 00:25:48.01 -
「とにかく、俺はもう帰るよ」これ以上ここに居ても何も話すことはないと思い、俺は屋上をあとにしようとした。
「せんぱいは」、と彼女は言った。「何も言わないんですね」
「何か言った方がよかった?」
「……そういうわけでも、ないですけど。ほら、部にも顔を出せとか、サボるなとか」
ほとんど同じ意味だろ、と言い返しそうになってから、俺は少し考えた。
「俺は、他人にどうこう言える立場じゃないからなあ」
「そうですか」
彼女は困ったみたいに笑う。
-
18 : 2014/07/16(水) 00:26:38.63 -
「そもそも、今は部長がサボってるし、実質リバーシ部だし」「あはは」と後輩は笑う。何かをごまかそうとしているみたいに見えた。
「じゃあ、もう行くよ」
「はい。また明日」
「雨……」
「はい?」
「……雨が降りそうだから、あんまり長居しない方がいいよ」
彼女はきょとんとしたあと、ぼんやりとした表情のまま空を見上げた。
空は灰色、深く暗い。気付かなかった、と彼女はつぶやく。「ありがとうございます」
にっこりと笑ってから、彼女はひらひらと手を振る。俺は軽く頷いてからようやく屋上をあとにした。
-
19 : 2014/07/16(水) 00:29:25.12 -
◇彼女が部誌に寄せたのは一本の掌編小説だった。
あるいは小説と呼ぶのは間違いかもしれない。散文詩とでも呼ぶべきかもしれない。主人公である「わたし」は「庭」にいる。
光る木々の庭。その庭では、「子どもたち」が遊んでいる。
錆びた廃バスの秘密基地、柱に蔦の絡まった、古い西洋風の東屋、涸れた噴水に投げ込まれた鈍色のコイン。
魚のいない池と、鮮やかな緑の苔に覆われた地面。すり減ったペーブメント。粉々に砕けた鏡の破片。
森に囲まれた、木洩れ陽の庭園。
風が吹くたびに、枝葉の隙間から覗く空の光が揺らいで、きらきら輝いているように見える。
そんな景色がずっと続いているのだ。白い服を着た「わたし」はその庭の「子どもたち」の一員だった。
そこでは何をするのも自由だった。
「子どもたち」に何かを強いる者も、「子どもたち」をどこかに導く者も、そこにはいない。
-
20 : 2014/07/16(水) 00:30:05.42 -
彼らは思い思いのことをして遊び、思い思いの相手と関わりあった。
そんななか、「わたし」はあるとき、穴を掘りはじめる。
庭園の隅の方で、理由もなく、白い服を土で汚しながら、ただ延々と。
誰とも関わり合おうとせず、ただ穴を掘っていた。
何のためなのかもわからないまま。穴を深く深く掘り進める。どこまでいけるのだろう、と「わたし」は考える。
やがて彼女は、自分が穴を深く掘りすぎたことに気付く。
地上はすでに遠い。深く深く掘り進められた穴は、登ることさえできない。彼女は自分が致命的な間違いを犯したことを知る。それが既に手遅れになってしまったことを悟る。
抜け出すことは決してできない。鳥の鳴き声も、太陽の光も遠く、耳に馴染んでいた葉擦れの音さえも、気がつけば聞こえない。
暗い穴の底で、ただ光だけが眩しい。物語はそこで終わっていた。 -
21 : 2014/07/16(水) 00:31:23.02 -
◇家に帰ると、リビングのソファの上で膝を抱えて、妹がしくしくと泣いていた。
「どうしたの」
と反射のように訊ねると、
「なんでもない」
と即座に返事がかえってくる。まあこいつならそう答えるだろう。そういうやつだ。
手のひらでまぶたをこすって、鼻を一度すすってから、彼女は「おかえり」と笑う。「ただいま」と俺はあっけにとられたまま返事をして、カバンをテーブルの脇に置く。
それからテレビの電源を入れた。
画面の中では昔好きで観ていたドラマの再放送がやっていた。
最近の俺は、家に帰ってすぐにテレビをつけて、このドラマを眺めるのが日課になっていた。昔好きだったものなんて、今は楽しめないに違いない。そう思っていたけど、案外楽しんでしまっている。
ようするに、俺という人間は、昔からそんなに変わっていないのだ。俺はテーブルの脇にそのまま腰をおろして、しばらくドラマを眺めながら、妹に何か訊くべきだろうかと考えた。
何かあったのか、とか。でも答えはわかっていた。さっきだって似たような質問をしたのだ。
「なんでもない」と彼女は言うだろう。どんなことがあったとしても。
-
22 : 2014/07/16(水) 00:32:12.75 -
それでも試みるくらいはいいかもしれない。
そう思って、俺は訊ねてみた。「なにかあった?」
「なんでもない」
と、妹はやっぱり笑う。
しかたなく俺はふたたびドラマに目を向けた。
すると彼女の方も、他に意識を向ける先がないからか、興味もなさそうにテレビへと視線をやった。画面の中ではありふれた男女の恋愛が幾重にもかさなりあってからみ合って、不可思議な人間関係をコミカルに作り出していた。
それはコミカルを通り越してケミカルですらあった。
見ているこっちがその仕組の出来に感心するくらいに。
ささやかな偶然の積み重ねが思いもよらない展開へと物語を運んでいく。
そして俺は溜め息をつく。
-
23 : 2014/07/16(水) 00:34:58.96 -
ドラマが終わった。テレビを消した。
妹はしばらく黙り込んでいたが、やがて、ふたたび、しくしくと泣き声を漏らし始めた。気を紛らわすものがなくなったからかもしれない。
俺はもう何も訊ねなかった。立ち上がってカバンを持ち上げ、リビングを出て階段へと向かった。自室のベッドの上にカバンを放り投げて、少しだけ考え事にふけった。
いつものことだ。頭の中で行き交う言葉を強引に打ち切ったあと、自室を出て、ふたたびリビングへと向かう。
妹はまだ泣いていた。
俺はリビングの出窓へと歩み寄り、置きっぱなしにしていたシャボン玉液容器とストローを手にとった。
窓を開けてシャボン玉を外に向けて吹く。
しばらく何を言うでもなくシャボン玉を吹いていると、やがて妹は俺がしていることに気付いたらしく、「なにそれ」
と訊ねてきた。ひとりごとかもしれない。
-
24 : 2014/07/16(水) 00:36:27.98 -
「シャボン玉」「なんであるの?」
「こないだ、コンビニにあったから買ってきた」
「ふうん。なんで?」
「なんでだろう。童心に返ってみたくなって」
「……さすが」
と妹は言ったけど、なにが「さすが」なのか俺にはよく分からない。
たぶん彼女自身もよく分かっていないんじゃないかと思う。
-
25 : 2014/07/16(水) 00:36:59.26 -
しばらく出窓からシャボン玉を吹いていると、「わたしもやりたい」とさっきまで泣いていたのを忘れたみたいな顔で妹が言うので、
「どうぞ」とストローを差し出すと、彼女はためらわずに受け取った。
シャボン液にストローの先を浸してから、彼女は窓の外をめがけてシャボンを吹き出す。
背丈の関係で、窓の外に向かうはずだったシャボン玉のいくつかはカーテンや出窓の棚にぶつかった。ちらりと妹の表情を見るが、特に気にした様子はない。
というよりも、窓の外に出ていったいくつかのシャボン玉を目で追いかけていて、気付かなかったらしい。しゃーぼんだーま、とんだ、と彼女は子供みたいに歌って、またストローを液に浸す。
吹き込むたびに、いくつものシャボン玉が風に乗って外へと流れていく。
やーねーまーで、とんだ、と俺が歌うと、彼女はちょっとばかばかしそうに笑った。
-
26 : 2014/07/16(水) 00:37:50.48 -
「なんかたのしい」と妹が言ったので、俺はその場に彼女を残して台所に向かった。
妹は一瞬だけ俺の方を気にしたようだったけれど、すぐにシャボン玉を吹くのに集中し始める。俺は流しの下の棚の中にしまっていたシャボン玉銃を取り出した。
一緒にしまってあった専用の液をセットしてから、彼女の背後に忍び寄る。彼女の肩の上から窓の外に銃を向けて引き金を引く。
無数のシャボン玉があっというまに吹き出して、窓の外へと流れていった。「おおー!」と彼女は子供みたいな声をあげてから俺の方を振り向いた。
「なにそれ?」
「シャボン銃」
「どうしてそんなものがあるの?」
「どうしてだろう。ホームセンターで五〇〇円で売ってたから、楽しそうだと思って」
「わたしもやりたい」
「どうぞ」
-
27 : 2014/07/16(水) 00:38:30.51 -
シャボン銃を受け取ると、妹は出窓から腕を突き出してぐっと引き金を引く。
からからという音と一緒に、吹き出し口からシャボン玉が飛び出していく。「おお、これは……」
と妹は引き金を引きながら呟く。
「爽快」
「それはよかった」
「庭に出てやったら、もっと気持ちいいかな?」
「どうだろうね」
「行ってくる」
言うが早いか出窓を離れると、妹はリビングを出て行った。
とたとたという足音が遠ざかったあと、玄関の扉が開く音が聞こえる。
庭に面した窓の向こうの、芝生の上に妹の姿が現れた。
-
28 : 2014/07/16(水) 00:40:51.59 -
「よーし」という彼女の声が、開けっ放しの出窓の方からかすかに聞こえる。
重苦しい曇り空に向けて、彼女はしばらく引き金を引いていた。とくに楽しそうにも見えないけど、きっとはしゃいでいるんだろう。
妹の感情表現は、だいたいいつも出力が足りない。やがてセットされたシャボン液が尽きたのか、銃は何も吐き出さなくなってしまった。
すると彼女は出窓のほうへと回ってきて、「それとって」
と言って、俺にシャボン液の容器とストローを渡すように要求した。
俺が黙ってそれらを手渡すと、彼女は代わりというみたいに用済みになったシャボン銃を置いた。遊園地のチケット売り場みたいなやりとりだなと俺は思う。
銃口からこぼれて垂れた泡のせいで、シャボン銃の取っ手はぬるぬるしていた。
けれど、彼女がそれを気にしている様子はない。「ありがとう」
妹はそのまま、ふたたび芝生の上へと躍り出た。
-
29 : 2014/07/16(水) 00:41:21.83 -
それからしばらく彼女はシャボン玉を吹いていたが、楽しそうには見えなかった。
むしろ表情が淡々としていて、退屈そうにすら見えた。
ストローに息を吹き込むたびに空にまいあがる泡の群れを、彼女は熱心に目で追いかけていた。
楽しそうには見えないけれど、楽しんでいないってことでもないだろう。
ひとつひとつのシャボンの大きさを比べたり、吹き込むごとに数を比べたり。
そういうふうに観察する楽しみってものもあるのかもしれない。
万華鏡を覗くときだって、笑顔になる人もいれば、ぽかんと口を開けるだけの人もいる。結局は妹の頭の中で起こっていることだから、俺には知りようがないけど。
まあでも、つまらなければすぐに戻ってくるだろうし。 -
30 : 2014/07/16(水) 00:41:55.16 -
そのまま手持ち無沙汰にぼんやり窓の外を眺めていると、不意に遠くの方から低い音が聞こえてきた。なんだろうと思って空に目を向けること数秒、にわかに強い雨が降り始める。
「うわー」とかなんとか言いながら、妹が玄関へと走る音が聞こえた。
俺は洗面所に向かってバスタオルを用意しようとしたのだけれど、
「洗濯物!」という声が玄関のほうから聞こえたので、あわてて階段を上って二階のベランダへと向かった。雨の勢いはほとんど台風みたいな様子だった。
俺は角ハンガーごと衣類を屋根の下に引きずり込んで息をついた。
どうにか危機を脱した後、妹のことを思い出して階下に向かう。
タオルは一応の準備のつもりだったんだけど、妹は思ったよりも濡れていた。差し出したタオルを受け取って髪をぬぐいながら、
「すごい雨」と彼女は玄関の扉を振り向いた。濡れた髪が頬にはりついている。
屋根を打ちつける雨の音が、うるさいくらいに響いていた。「うん」
頷きながら、俺は屋上に立ち尽くしていたひとりの女の子のことを考えた。
-
31 : 2014/07/16(水) 00:43:28.42 -
彼女はまだあそこにいるんだろうか。何かを待っているみたいに、じっと空を睨んだまま。高い秋空の下で強い雨に打たれる彼女の姿。
その幻視は一瞬のことだったのに、俺の頭に強い印象を伴って焼きついた。妹はしばらくぼんやりと、玄関の扉ごしに外から聞こえる雨の音を聞いていたようだった。
それから不意にはっとしたような顔をして、「ごはんつくらなきゃ」
と真顔で言い、靴を脱いでからあっさりと俺を横切ってキッチンへと向かった。
俺がリビングに入ると同時、彼女は思い出したように、「お兄ちゃん」
と俺を呼んだ。
それからちょっとためらいがちに笑って、「タオル、ありがとう」
いつもみたいな声で、そう言った。
-
32 : 2014/07/16(水) 00:44:12.03 - つづく
-
37 : 2014/07/17(木) 00:03:11.90 -
ひなた先輩は、二年生の多い文芸部員たちの中で唯一の最上級生で、なにかと俺たち後輩を気にかけてくれていた。
俺や大澤の相談にも乗ってくれたし、入部した当初は何も書いたことなんてなかった「みさと」の質問にも熱心に答えた。たぶん根が良い人なんだろうと思う。
そのひなた先輩も、もう「部員」というわけにはいかない。
俺は少し考えてから返信した。「了解です。
いろいろと書こうとはしているんですが、どうも上手くいきません。
先輩は勉強の合間に何かを書いたりしているんですか?」
きっと何も書いていないんじゃないかと思う。
それでも、俺と彼女の間に部活以外の話題なんてなかった。
あるいは、大澤のことを何か言ってくるかもしれないと、思ったりもしたけど。数分もしないうちに、携帯が鳴る。
「わたしは封印してるから(クマ)
もしなにか書いたら読ませてね(クマクマ)」「機会があれば」
とだけ返信して、携帯を机に置く。俺はふたたびノートに向かった。
さっきまで頭の中で渦巻いていた、形にしようと思っていた場面は、今はとっかかりすら思い出せなくなってしまった。
-
38 : 2014/07/17(木) 00:04:19.52 -
◇翌日、大澤は学校を休んだ。
風邪だと連絡が来た、と担任は言っていた。放課後、俺は図書室に行って借りていた本を返却したあと、いつものように部室に向かった。
ひなた先輩はまだ来ていないらしかったが、二年の女子二人組と、それから顧問がやってきていた。「なんだこれ」
と、顧問はテーブルの上のリバーシのマグネット盤を見下ろしながら言った。
「リバーシです」と「あかね」が答える。
「見ればわかる」
顧問はそう答えてから溜息をつく。
「みさと」は気まずそうに視線を落として黙りこんでしまっていた。
「べつに、遊ぶのが悪いとは言わないし、こういうものを持ち込むことについてもあんまりうるさくは言いたくない」
やる気のなさそうな気だるげな瞳で、無精髭の伸びた口元を小さく動かしながら、低い声で顧問は言う。
「でも、メリハリはきちんとしろよ。やっていい時間とそうじゃない時間がある。
べつに喋るのに夢中になったりするのが悪いとは言わない。和やかなのは悪いことじゃない。
それでも、やっていい時間とそうじゃない時間くらい区別がつくだろ?」黙りこんでしまった「あかね」の代わりに、「みさと」が「すみません」と言ってリバーシ盤を片付けはじめた。
顧問は貫禄ありげに頷いた。 -
39 : 2014/07/17(木) 00:05:45.12 -
「他のものも、散らかしたままにせずに、ちゃんと片付けろよ」顧問はそこまで言い切ると、ちょっと気だるげに溜息をついて部室を去っていった。
怒って出て行ったようにも見えたし、叱ったあとの気まずさに耐えかねたようにも見えた。残された俺達は重い沈黙の中に取り残される。
誰も口を開こうとはしない。ひなた先輩さえも。少ししてから、「みさと」が立ち上がり、ホワイトボードに記された勝敗表を黙ったまま消しはじめた。
「あかね」はむっつりとした顔で俯いている。不機嫌そうな。悔しそうな。よくわからないけれど。それでも彼女もまた立ち上がり、部室のあちこちに散らばっていたものを片付け始めた。
出しっぱなしになっていた部誌のバックナンバーを「みさと」がまとめ始める。
「あかね」は、いつのまにか持ち込まれ、机の上に並べられていた、化石を模したカプセルトイをかき集めた。「あかね」が来てからこの場所に増えたものは、ひとつ残らず回収されて、彼女の鞄に詰め込まれた。
まあ、そりゃあ、こうなるよな、と思いながら、俺は片付けを手伝おうとしたけど、
「座ってていいよ」と「みさと」が言った。
「散らかしたの、わたしたちだから」
……たしかに、俺は物を増やしてはいない。散らかしたままにもしていない。
でも、たった一度とはいえリバーシに参加したのは事実だったし、散らかったものを片付けなかったのも事実だ。
-
40 : 2014/07/17(木) 00:07:13.86 -
それでも「みさと」は、「座ってて」、と言う。
座ってられるか、と俺は思い、返事をしないまま、部員たちが置きっぱなしにしていた本や辞書の類を棚にしまいはじめた。
「みさと」はそれ以上何も言わなかった。やがて部室は整然と片付けられた。ちょうどひなた先輩が部長だった頃みたいに。
「あかね」は、片付けが終わった部室を少しのあいだ立ったまま見回した。
それから何か吐き出しようのない気持ちに振り回されたみたいに顔をしかめる。「……ごめん、今日は帰る」
「あかね」の言葉に、「みさと」は戸惑うような素振りを見せてから頷いた。
「ごめんね」ともう一度言って、「あかね」は部室を出て行った。
残された俺と「みさと」は交わす言葉もなく立ち尽くした。
扉の閉まる音。 -
41 : 2014/07/17(木) 00:07:57.32 -
◇「どうしたんだろう」
と、重い空気を振り払おうとするみたいに、「みさと」は口を開いた。
俺は一瞬、返事をしようかどうか迷った。彼女と俺は、一対一でまともに言葉を交わしたことがそんなにない。それでも、まさか、二人しかいない場所で、わざわざひとりごとを言ったりはしないはずだと思って、俺は返事をした。
「なにが?」
彼女は少し困ったような様子でこちらに視線を向けたが、目が合うとすぐにそらしてしまった。
「……あかねちゃん。なんだか、変だった」
「叱られて、ちょっと落ち込んでたんじゃない?」
「あかねちゃんが?」と、「みさと」は心底意外そうに声の調子を高くした。「ありえない」とでも言うみたいに。
そのままの口調で、こちらに質問を返してくる。「あかねちゃんって、そんな子なの?」
「俺より、きみの方が詳しいんじゃない?」
「そんなに付き合い長くないもん」
「俺だってそんなに長くないよ」
「でも、中学一緒だったんでしょ?」
「それ、誰から聞いたの?」
「……伸也くん」、と彼女は大澤の下の名前を言った。
-
42 : 2014/07/17(木) 00:08:40.77 -
まあ、たしかに、中学は一緒だった。それでも、付き合いが長いかといえば、どうだろう。
とにかく、重苦しい雰囲気をごまかしたくて、俺は希望的な観測を適当に呟いてみた。
「まあ、明日になればいつもみたいに部室に顔を出すんじゃないの」
「それ、本当にそう思ってる?」
普段はおどおどとした調子なのに、今日の「みさと」はやけに食い下がる。
とはいえ、俺だって本気で言ったわけじゃない。
「そうなればいいな」は希望的観測と、「そうなるだろう」という現実的推測は、まったくの別物だ。たしかに、帰り際の「あかね」の様子はおかしかった。
でも、それは仕方ないのかもしれない。
もともと、目上の人間にああいう強硬的な態度をとられると、硬直して壁を張るタイプのように見えた。
-
43 : 2014/07/17(木) 00:09:23.45 -
俺は溜息をついてから、机の上に目を向けた。「……これ、忘れてったな」
畳まれて放置されたままのリバーシ盤。俺がそれに手をのせると、「みさと」は不思議そうな声をあげた。
「それ、あかねちゃんのじゃないよ」
「じゃあ、誰の?」
彼女は「知らない」と視線を泳がせた。
「わたしのでもない。でも、あかねちゃんのでもないよ。そう言ってたもん。もともと部室にあったって」
ふうん、と俺は思った。じゃあ、いつからここにあったんだろう?
他の誰かが持ち込んだんだろうか。
それとも、ずっとまえからどこかの棚にしまわれていたとか?少し考えてから、どうでもいいやと思って首を振った。
-
44 : 2014/07/17(木) 00:10:07.39 -
それから何分も立たないうちに、「わたしも帰るね」と言って、「みさと」は部室を出て行った。
扉の閉まる音。
うちの文芸部は自他ともに認める「ゆるい」部活で、部員はいつ来ていつ帰ってもいいことになっている。
顧問もときどきしか様子を見に来ないから、幽霊部員だって二人もいる。顧問が来たときにメンバーが揃っていなくても、たまたま顔を出していないだけだと話が片付く。
文化祭前なんかはともかく、普段はただだべっているだけで活動なんてろくにしていない。それでもみんな、何かを書いたり読んだりはしていたけど。
そういう「ゆるさ」を許容しておいて、リバーシはダメっていうのも変な話だな、と俺は一瞬だけ考えた。
でも、よくよく考えてみれば、「雑談する」のと「他のことに熱中する」のは違うのかもしれない。
リバーシがやりたいならリバーシ愛好会でも作ってそっちでやっても別にいいのだ。ここはあくまでも文芸部なんだから。部室は関係ないことをするためのたまり場じゃない。
そういう理屈はわかる。わかるけど……。
-
45 : 2014/07/17(木) 00:10:46.76 -
◇大澤は学校を休んでいて、後輩は今日も今日とて部室に顔を出さない。
「あかね」と「みさと」は出て行ってしまった。
残るふたりの幽霊部員たちは、今日だって顔を出さないにちがいない。まいったなあ、と俺は思った。いったいどう説明すればいいんだろう。
もちろんあるがままを説明するしかないんだろうけど、と考えたところで、部室の扉が開かれた。「やー、来たよー」
と、ひなた先輩はいつものような間延びした声で堂々と部室に入ってきた。
それから奇妙な間があったあと、彼女は首を巡らせて部室の様子を眺めた。「あれ、他のみんなは?」
「帰っちゃいました」
俺があるがままを伝えると、ひなた先輩は「えー?」とおかしな冗談でも聞いたみたいに笑った。
-
50 : 2014/07/17(木) 23:53:30.38 -
ひなた先輩は、黙ったまま部室を見回し始めた。昨日までの散らかりようと打って変わって、今この場所はとても綺麗に整頓されている。
その分だけ人の気配も足りない。窓の外の秋の景色と相まって、部室の風景はもの寂しく見えた。「みんな、今日はたまたまいないんだよね?」
「そうだと思います」
「……思います、って?」
俺は少し、口に出すべきか迷った。
「なんとなく、みんなもう来ないんじゃないかと思って」
「どうして?」
「……だから、なんとなく、なんですけどね」
先輩は、不思議そうな、心配そうな、そんなよくわからない顔をした。
「あかね」と「みさと」が去っていったときに聞こえた、扉の閉まる音。
屋上に後輩をひとり残して去ったとき、自分が扉を閉める音。繰り返されている。わかっていたことだ。
わかっていたことだったのに。 -
51 : 2014/07/17(木) 23:54:14.41 -
「きっと、今日はたまたまだよ」ひなた先輩は、暗くなりかけた空気を振り払おうとするみたいに明るい声を出した。
不器用なようで器用な人。不器用なようで器用な人。たぶんどっちもあてはまる人。暗い顔を見せれば、きっと心配をかける。だからあんまり、そういうふうにはしたくない。
「そうですよね」
と俺はわざとらしい口調で合わせてみた。
それでも今、部室には俺たち以外に誰もいない。べつに何か決定的なことが起こったってわけじゃない。
「あかね」だってちょっとふてくされてるだけかもしれないし、「みさと」だって用事があったのかもしれない。
大澤だって風邪が治れば登校してくるだろうし、そのうち小説だって書けるようになって、部室にも顔を出すはずだ。後輩……「千歳」だって、たぶん。
-
52 : 2014/07/17(木) 23:55:10.93 -
頭ではそうわかってるのに。
どうしてみんないなくなってしまうような気がするんだろう。気をつかってくれたのかわからないけど、ひなた先輩はそれからしばらく雑談に付き合ってくれた。
勉強の息抜きに読んだ小説のこととか、ワイドショーで見た交通事故にまつわる話とか。そうしているうちに俺の気分もいくらかマシになってくる。
それを察したみたいに、先輩は「そろそろ帰るね」と言った。「はい」と俺は作り笑いをして頷いたけど、本当は名残惜しかった。それでも甘えているわけにはいかない。
扉の閉まる音。
「今日はたまたまだよ」という先輩の言葉を頭の中で何度か繰り返してから、俺は下校時間になるまでひとりで本を読んでいた。結局、翌日も大澤は学校を休んだ。「みさと」も「あかね」も部室には来なかった。
-
53 : 2014/07/17(木) 23:56:04.82 -
◇ひとりきりの部室でパイプ椅子に腰をかけたまま、俺は身じろぎもせずに本を読んでいた。
ちょうど読んでいたのは「夏への扉」だった。
以前にも読んだことがあったのを読み返していただけだったが、退屈はあまり感じなかった。肩と首に疲れを感じて一度本を閉じ、軽く伸びをした。
時計の針は既に下校時間になっていた。昨日の下校時間から今日の下校時間まで、時間はいつものように流れていたはずなのに、不思議と何があったのか思い出せなかった。
たぶん何もなかったからだ。俺は閉じていた本に手を伸ばし鞄にしまいこもうとしたが、なんとなく違和感にとらわれてページをめくった。
自分がさっき、どこまで読んでいたのか、思い出せない。どんな印象だったかも。
たぶん、文字を頭に流し込むだけで読んでいた気になっていたのだろう。とんだ時間の浪費だ。俺は立ち上がって、それから部室を見回して、やっぱり誰もいないことを確認した。
-
54 : 2014/07/17(木) 23:57:10.39 -
◇文芸部はそもそも茶飲み部に近い。
大澤は小説を書くのが好きだし、部長だってそうだ。俺だってそうかもしれない。
でも、「みさと」や「あかね」はどうなのだろう。彼女たちは、他に行き場がないから部室にいただけなのかもしれない。顧問だって、べつに文芸部の活動に熱心ってわけじゃない。
遊んでばかりいたら昨日みたいに注意するけど、普段は放任、というより無関心を決め込んでいる。昨日だって、あくまで教師としてのメンツがあるから注意しただけだったのかもしれない。
もともとミーティングの最中に居眠りするようなやつだったから。
だから「あかね」が素直に納得できなかったのだとしたら、それは俺にもわかるような気がする。ひなた先輩は、そういうあり方を許容していた。
みんなばらばらで、それでいい、と言っていた。
ただ、できれば部誌に向けて何かを書いてほしい。書きたくないなら書かなくてもいい。彼女が俺たちに言ったのはそれだけだ。その結果、幽霊部員を含む全員が部誌に原稿を寄せた。
人徳なんだろうか。彼女に言われると、やってみてもいいかな、という気持ちになるのだ。でも、彼女はもう引退してしまった。
新部長の大澤は自分の小説のことで頭がいっぱいみたいだし、俺だって他人をどうこう言う立場じゃない。
「あかね」はもともと幽霊部員だったから、活動には積極的じゃなかった。
「みさと」だって編入生だから、もともとどういう空気で活動していたかなんてわからない。考えてみれば、今まで全員が部室に集まっていたことの方が不思議なのかもしれない。
だって文芸部は、部員たちを拘束せず、強制していないんだから。
いつ来てもいいし、いつ帰ってもいいことになっている。集まっているだけで、みんなばらばらのことをしていたのだ。
自然の帰結なのかもしれない。 -
57 : 2014/07/17(木) 23:59:55.36 -
振り返ると、扉から少しずれたところ、入り口からの死角に座りこむ後輩……「千歳」の姿があった。「どうしたんです?」
と彼女はいつもみたいに笑う。何かをごまかそうとするみたいに。
驚きと安堵が同時に胸の内側のあたりに広がった。
それから俺は自分が「安堵」したことに気付いてちょっと咳払いをした。ごまかすみたいに。どう返事をしたものか困っていると、彼女は立ち上がり、スカートの後ろをぽんぽんと叩いた。
「なにか用事ですか?」
彼女は制服の上に灰色のパーカーを羽織っていた。
そこまでするほど高い場所が好きなんだろうか。「いや、べつに、用事はないんだけど……」
彼女は「ふうん」という顔をした。それから壁に背中をもたれて、ぼんやりと空を見上げ始める。
穴の底から地上を見上げるみたいな具合。それで話は打ち切りになった。それ以上、会話をする気はないみたいだった。
俺は彼女を真似て空を見上げてみたけど、空はやっぱり空でしかなかった。 -
58 : 2014/07/18(金) 00:00:34.64 -
「雨……」「はい?」
「雨。こないだ、降らなかった?」
問いかけると、彼女は少し考えこむような様子を見せた後、「ああ」と頷いた。
「はい。いきなり打たれました」
「平気だった?」
「……心配してくれたんですか?」
彼女は意外そうな顔をした。俺が人を心配するのが意外なんだろうか。
……いや、まあ、意外かもしれないけど。「うん。大丈夫でした。いや、けっこう濡れましたけど」
「そう」
俺はまだ何か言い足りないような気がしたけど、それ以上は何も浮かばなかった。
いまさらタオルを渡したってどうにもならない。彼女はまた黙り込んだ。
……俺は何をやっているんだろう。彼女に何かを言ってほしいのだろうか? 誰かが何かを言ってくれるのを待ってるんだろうか?
そうなのかもしれない。そう思ってなんとなくいやになった。それはどう考えたってかっこわるいことだ。 -
59 : 2014/07/18(金) 00:02:11.58 -
「……部室に、ね」「はい?」
後輩は少しだけ身をこわばらせた。
部室に来いと言われると思ったのかもしれない。そうじゃないかもしれない。「部室に、誰もいないんだよ」
「……はい?」
彼女は目を丸くした。
「えっと、みんな帰ったんじゃないんですか?」
「いや。今日は誰も来なかった」
「……そう、なんですか?」
彼女はしばらく黙ったまま俺を見上げていた。続きを待っていたのかもしれない。
でも、続きはとくに思い浮かばなかった。「どうして?」
と、穏やかな口調で問いかけられる。どうでもいいのかもしれない。
「わからないけど、みんな来ない」
そう言ってから、俺は自分の言う「みんな」に目の前の後輩が含まれていることを思い出した。
-
67 : 2014/07/19(土) 00:58:09.91 -
「遠い」と、わたしは何気なくつぶやきました。自分がまだ言葉を覚えていることに、少し、驚きました。
けれど、もっと驚いたことに、その声に返事がかえってきたのです。「それは、そうだよ」
と、声は言いました。聞き覚えのあるような声。聞き覚えのないような声。
「だれ?」
とわたしは訊ねましたが、すぐにどうでもいいやと思いました。
あたりを見回しても誰もいないのです。ここには一人分のスペースしか空いていないのです。
鳥やトカゲやもぐらでもない限り、ここには誰も近づけませんし、彼らには言葉を扱うことができません。それはきっと、時間の経過によって摩耗したわたしの心が作り上げた幻聴なのです。
けれど、わたしは思うのですが、幻覚と現実とのちがいはどこにあるのでしょう?
わたしはわたしの感覚として、その声がわたしの耳を通って、たしかに聞こえていると感じます。
その感覚はまったく現実のものと同じなのです。ただ、その声が存在し得ないというだけで。わたしにはその声が、現実的な感覚を持っているのです。
では、それを幻覚と判断せしめるものはなんなのでしょう。
それは、他者の目ではないかと思います。
つまり、自分の目の前にあるものがたしかな現実だと決めるのは、自分を含む人間による多数決なのです。わたしがそれを「ある」と言っても、誰もがそれを「ない」と言うなら、それは「ない」のです。
-
75 : 2014/07/19(土) 01:04:22.89 -
「……とにかく、顔出してくれよ。俺は今日ひとりで、嫌になるくらい寂しかったんだ」「……寂しい?」
「うん」
「先輩が?」
「そう」
千歳は数秒のあいだ真顔でこちらをじっと見つめていたが、やがてこらえきれなくなったみたいに吹き出した。
「なんですか、それ」
とびっきりの冗談でも聞いたみたいな笑い声。
「分かりました。じゃあ、気が向いたら」「うん。そうして」
俺はとりあえず、そこまで話をしてから、屋上を後にすることにした。
「それじゃあ」と声をかけると、「はい」と彼女は頷いた。
今度こそ、俺は屋上を後にした。
階段を下りながら、俺はぼんやりと考えた。明日になっても誰も部室に来なかったら、と俺は思った。そのときは俺だって手段を講じてやる。
なくなるのが怖いなら、なくさないように、しっかりと掴んでおかなきゃいけない。 -
77 : 2014/07/19(土) 23:54:47.75 -
◇翌日、大澤が教室にやってきたのは始業ぎりぎりの時間だった。
彼はマスクで口と鼻を覆い、顔をしかめながら教室に入ってきた。何人かのクラスメイトが「平気なの?」と声をかけると、彼は「うん」と疲れきったように頷いた。
どうやら体調が万全とは言いがたいらしい。俺は声をかけようか迷ったけれど、そうしている間にチャイムが鳴って担任が来てしまった。
そんなわけで俺と彼との何日か振りの会話は昼休みまで先延ばしになったのだが、その昼休みにも、
「ごめん、ちょっと眠い」
といって、彼は机の上に頭を突っ伏して瞼を閉じてしまった。
それでも一応、悪いとは思いながらも、一応確認しておきたかったから、
「今日は部活、無理そうか?」
と訊ねてみた。彼は少しだけ面を上げ、珍しい動物でも見るような目で俺の顔をぼんやりと見つめてから、
「ああ、うん。……どうかな。ほら、このとおりだから」
と言って彼は自分の口元の衛生マスクを示して、それから少し咳をした。
そりゃあそうだ。体調が万全じゃないんなら、さっさと帰って休んだ方がいい。「そっか。うん。分かった」
俺がそう答えたきり、大澤はまた顔を机につけて瞼を閉じた。
-
80 : 2014/07/19(土) 23:56:19.77 -
「わけもなく海に行きたくなったから」「あのさ、今が何月か、知ってる?」
「十一月」と森里は言った。そう、そのとおり。
「なんのために行くんだよ、この季節に」
「あのな、海は夏だけのものじゃないんだよ。春だって秋だって冬だって海はあるんだよ」
「知ってるよ」
「じゃあ、いま海に行ったっていいだろ」
「寒いだろ」
「夏に行ったって暑いだろ」
「それとこれとは話が……」
……違わないのか?
「いいじゃん。ときには冬の海を眺めてまったりしっとりしながら宇宙の成り立ちについて考えようぜ」
「一人でやれよ」
森里は言われて初めて気付いたみたいな顔で「それもそうか」と言った。
そんな馬鹿話をしている間も、大澤はやっぱり机に突っ伏して目を閉じていた。 -
81 : 2014/07/19(土) 23:56:56.24 -
◇そんな具合だからたいして期待してはいなかったけど、大澤はホームルームが終わるとあっさり帰ってしまった。
俺は仕方ないと納得して、ひとりで部室を目指す。
やはり誰もいなかった。いや、まあ待てよ、と俺は思った。
ホームルームが終わってすぐに来たんだ。みんな向かっているところなのかもしれない。
もしくは他に用事があって、それを済ませてから来るつもりなのかもしれない。……そんなわけない。
俺はとりあえず立ち上がって、部室から出た。
廊下に出てすぐに、窓の向こうの秋空が目に入る。薄く青みがかった高い空に、掠れるような雲がかかっている。部室のある東校舎を出て、教室の並ぶ本校舎へと向かう。
二年の教室は三階。俺はうろ覚えの記憶をたどりながら、まだ生徒の話し声が途絶えない廊下を歩いて行く。
どっちかだけでも残っていてくれるといいんだけど。そんなことを考えながら歩いていると、
「あ」
と前方から声が聞こえた。
いや、廊下には話し声があふれていたから、声が聞こえたのはおかしなことじゃないのだが。それでもとにかく俺はその声に意識を吸い寄せられて、ついでに声のした方に視線を向けた。
立っていたのは「みさと」だった。
-
90 : 2014/07/22(火) 01:34:30.90 -
◇「あかね」のクラスを覗いてみたけれど、彼女は教室に残ってはいなかった。
他の生徒もみな、残らず教室を出て行ったみたいだった。みんな向かう場所があるんだろう。廊下のざわつきは徐々に静かになっていく。
彼女はどこにいったんだろう。「みさと」は、「あかね」が出れば自分も部活に出る、と言った。
とにかく、そんなようなことは言っていた。……会話の後半の、俺についての話はとりあえずおいておくことにしよう。
とにかく、彼女がなぜ部活にでなくなったかがわからなければどうしようもない。俺がどうしたいのかを考えるのは、後だ。
彼女と話をしなきゃいけない。
それでも、教室にいない以上、居場所を特定するのは困難だ。
もう帰ってしまったのかもしれない。 -
91 : 2014/07/22(火) 01:36:45.94 -
以前だったら、「あかね」はいつも東校舎の屋上にいたけど、最近のその場所にはいつも千歳がいる。
「あかね」が千歳と同じ場所に向かうとは思えない。彼女たち二人の仲が悪いわけではないはずだけど、話している姿は見たことがない。
もし仲が良かったとしても、屋上で一緒にたそがれるようなタイプの奴らではないという気もする。ふとした思いつきで、俺は廊下を通りぬけ、階段を昇った。
突き当りの扉。屋上への扉は、どこも似通っている。そして扉を開いた先に、案の定、というべきか、「あかね」は立っていた。
フェンスに寄り添うように、こちらに背を向けている。俺が来たことに気付いた様子はない。
どうしようか少し迷ったけれど、結局彼女との距離を少しずつ詰めていった。足音はけっこう大きく響いたはずだったけど、彼女はまったく俺の存在に気付かなかった。
どうやら、音楽を聞いているらしい。つま先でリズムを刻みながら、機嫌よさげに鼻歌まで歌っている。
-
92 : 2014/07/22(火) 01:37:46.60 -
普段俺は彼女の、むっとした表情しか見たことがなかった。
だから、心地よさそうに音楽に耳を傾けている姿は、なんとなく意外だ。まあ、好きなことをしてるときに、不機嫌そうにしている奴なんていないだろうけど。
……いや、いるか。
大澤とか、俺とか。楽しげな後ろ姿を観察するのも面白そうだったけど、一人だと思って油断しているところを見続けるのは、ちょっと悪趣味だ。
「おーい」と声を掛けたけれど、彼女は振り返らない。
遮音性の高いイヤホンを使っているらしかった。俺は適度な距離を保ちつつ、彼女の横に回り込んだ。後ろからだとさすがに驚かれそうだし。
真横に立っても「あかね」はこちらに気付かなかった。
俺は手のひらを彼女の顔の前にかざして、ゆらゆらと振ってみた。
-
95 : 2014/07/22(火) 01:39:29.62 -
「部活は今日も休むの?」
彼女は目を細めてこちらを見た。
「どうして?」
「……なにが?」
「どうして、あんたがそんなことを気にするの?」
「みさと」にされた質問にそっくりだ。
俺は迷いながら、慎重に答えた。
「部室に誰も来ないから」「……それがなに?」
「いや、それだけ。おかしい?」
「おかしい」
と「あかね」は断言した。たしかに、と俺は思った。
-
96 : 2014/07/22(火) 01:40:29.08 -
「……どうして、部室に来なくなったんだ?」俺の質問に、「あかね」は気まずそうに俯いた。
「どうして、あんたがそんなことを気にするわけ?」
「きみが来なくなった途端、部室に誰も来なくなったから」
「誰も?」
「誰も。千歳と大澤はもともと来なくなってたけど」
「みさとは?」
「俺とふたりきりにはなりたくないらしい」
納得したように、彼女は頷く。そこで納得されるのは微妙に悲しい。
「……あの、ひょっとして俺、嫌われてる?」
「心当たり、ないの?」
「……」
心当たりなんかなくても、人は人を嫌いになる。なんて言ったってしかたないけど。
というか、まあ、心当たりもないではないんだけど。
-
97 : 2014/07/22(火) 01:42:34.89 -
彼女はわざとらしく肩をすくめて笑った。「冗談だよ。あんたが嫌われてるっていうより、単にふたりっきりになるのが嫌なんでしょ」
「どうして?」
「まあ、気まずいってのもあると思うけど、あの子の彼氏は、あんたの友達でしょ。
いくら部活とはいえ、二人っきりになるのは避けたいんじゃない?」「……よくわからないんだけど」
「あの子、変なところで古くさいっていうか、義理堅いから。いいところだと思うけどさ」
「あかね」は友人のことを話すとき、少しの間穏やかな笑みを浮かべた。
俺が近くにいることを思い出したのか、すぐに引っ込めて、またむっつりとした表情に戻ってしまったけれど。もし「あかね」の言ったことが事実なら、「あかね」が部活に出るようになりさえすれば、「みさと」が部活に出ない理由もなくなりそうだけど。
だとするなら、なおさら、
「もう一度聞くけど……」
「ん?」
「どうして、部活に出ないの?」
そう質問せずにはいられない。 -
98 : 2014/07/22(火) 01:43:33.31 -
「あかね」はしばらく黙り込んだまま、空を見つめていた。
空。青い空。掠れるような雲。薄い、均されたような空。一分も経った頃だろうか、「あかね」は静かに口を開いた。
「……べつに、たいした理由じゃないんだけどさ」
俺は黙ったまま言葉の続きを待つ。
「なんとなく、恥ずかしくて」
「……恥ずかしい? なにが?」
「わたしのせいで、みさとまで叱られちゃったから」
「……リバーシの話?」
「そう。……なんだか、申し訳なくて」
「べつに、気にしてないと思うけど」
俺の無責任な言葉に、彼女は無表情に視線を向けてきた。
「そんなの、わかってる。あの子はそんなの気にしたりしない。わかってる。
でも、わたしが気にしてるの。わたしが、気にするの。気にしたって仕方ないってわかってても気になるの。
そういうことがあるとわたしは、他人と関わることがとにかく嫌になって……誰かとまともに話せるような状態じゃなくなる」「……」
「人と話すのが怖くなる。居てもたっても居られなくて、その場から逃げ出したくなる。
自分でも変だってわかってるけど……でも、怖くなるんだよ」 -
99 : 2014/07/22(火) 01:44:50.42 -
「……考え過ぎだよ」気にしなくてもいいようなこと。
気に病んだって仕方ないこと。過ぎてしまったこと。いつまでも心のキャパシティをそんなもののために使っていても、疲れるだけでいいことなんてない。
俺は、自分を棚にあげて、そう思った。「——だから!」
彼女は憤ったように声を張り上げる。俺はなんとなくそれを予想できていた。
「そんなの分かってるの! わたしは、わたしが……わたしだって……」
怒鳴り声は、だんだんとか細く、かすれ、弱々しくなっていく。
「……ごめん」
謝罪の言葉を口にすると、彼女は戸惑ったみたいに視線をあちこちにさまよわせる。
「……こっちこそ、ごめん」
それから「あかね」は顔をフェンスの向こうの空に向け続けた。俺と目が合うのを避けようとするみたいに。
上空を黒い鳥影が飛んでいく。「悪いんだけど、しばらく放っておいて」
結局、俺が「あかね」から引き出せたのは、そんなどこにも行き着かないような言葉で。
得たものは、人の心をかき乱した罪悪感だけだった。 -
107 : 2014/07/24(木) 01:49:13.08 -
「俺にどうしろっていうんだよ」もう一度そう訊ねる。男子生徒は黙りこんでしまった。
「強引に集めたって、また離れてくだけだよ。みんなが自分から部室に来る気にならないと仕方ないんだ」
「でも、このままじゃ何も変わらない」
「だから、それを俺にどうしろっていうんだよ。「あかね」の性格を俺が変えろっていうのかよ」
「そんなんじゃなくて、もっと、手段があるんじゃないのか」
「どんな? 「みさと」が言ってた通り、俺は部長でもなんでもない。ヒラの部員だよ。
それに前までは俺だってサボりがちだった。注意する権利なんて俺にはない」「わからないけど、でも、このままなんて嫌だろ?」
俺は答えなかった。
「だって、寂しいんだろ?」
「……だからって、みんなが集まっただけで寂しくなくなるわけでもないだろ」
「でも……」
俺は目を瞑り、十、数字を数えた。ふたたび目を開いたときには、彼の姿は消えていた。
これでいい、と俺は思う。 -
108 : 2014/07/24(木) 01:49:40.48 -
昇降口を出ると、秋空が目に入る。俺は最近空ばかり見ている気がする。人と話をしていない気がする。
べつにそんなのは平気だ。寂しくなるのなんてたいした問題じゃない。慣れてしまえばどうってことない。それでも少し、つらいときはあるけど。
そんなのはごまかせる。だましだましやっていける。だったら、なんで俺はみんなが部室に顔を出さないだけで焦りを感じるんだ?
俺が寂しいだけなら、べつにどうだってなる。
でも……。
——わたしがいるときだってけっこう適当だったから、変わってないっていえば、変わってないんだけどさ。
部室で遊んでいる「あかね」たちを見たとき、それを気にせずにひとりで本を読んでいた俺を見たとき。
ひなた先輩が、寂しそうだった。 -
112 : 2014/07/24(木) 01:53:09.03 -
「意外、なんですけど」「なにが」
「せんぱいも、そんなこと考えるんですね」
「……きみさ、俺のことをどんな人間だと思ってたの」
「協調性がないくせに偉そうで、自分からは近づかないくせに仲間はずれは嫌い、みたいな」
「……」
「あ、ごめんなさい。本音を言い過ぎました」
そういうときは「冗談です」と言えよ、と思った。
「ふうん……」
彼女は何かを考えこむような様子で部誌の表紙をみつめた。
そっけない表紙だ。イラストもなにもない。ありがちな名前のついた部誌。それでも俺たちで作った部誌。「ねえ、せんぱい。わたしにひとつ、提案があるんですけど」
-
131 : 2014/07/28(月) 00:54:49.30 -
◇「それで、どうしてこんなことになってるんだろう?」
俺の質問に、千歳は困ったような顔で首をかしげた。
「まずいですか?」
「いや、まずくないけど」
翌日部室に向かうと、大澤と「みさと」がやってきていた。
「話を進めるなら早い方がいいと思って、一応先輩がたに連絡しておいたんですけど」
「あ、そうなの」
「ていうか、きみが言ったんでしょ、部活に出てって」
「みさと」は当たり前のような顔で言う。それでも渋い顔をしていたような気がするのだが。
「来なかった方がよかった?」
まあ、「みさと」からすれば、言われたから来たわけで、それを俺が不思議がるのもおかしいということなのかもしれない。
-
132 : 2014/07/28(月) 00:55:50.23 -
「あかね」の姿はない。
しばらく放っておいて、と彼女は言っていた。しばらくって、いつまでだろう?
気が向くまでずっと、ということかもしれない。その「気が向く」まで機会か時間かが必要なのは俺にもわかる。「一応あかねちゃんにも声掛けたけど、やっぱり来ないみたいだね」
それから「みさと」は大澤の方を見た。
大澤の体調はもうよくなったらしくて、マスクもしていなかったし咳も出ていなかった。
メールの返信がないから来ないと思い込んで、教室では声を掛けなかったのだけど、俺よりも先にやってきていたらしい。彼はちらちらと「みさと」の様子を窺うみたいに視線を向けていたけれど、目が合うとさっと逸らしてしまう。
「みさと」はいくらか苛立っていたみたいだった。彼女の連絡にも、未だに返事をしていなかったのかもしれない。「で、話って?」
いくらか緊張のこもった、でもちょっと前までよりは自然に聞こえる声で、大澤は椅子に座ったまま俺を見上げた。
「うん」と頷いてから、俺は部室にいる三人の顔を見比べた。大澤はどこか気まずそうだし、「みさと」はちょっとむっとした顔をしている。
楽しげな顔をしているのは千歳だけだ。「昨日、千歳と話したんだけどさ……」
「"千歳"?」と大澤は怪訝そうに聞き返した。
「……え、うん」
「おまえら、いつのまにそんなに仲良くなったの?」
「は?」
俺が大澤の顔を見返してから、千歳の方を見やると、彼女はちょっと気まずそうに視線を逸らした。
「え? 変?」
-
133 : 2014/07/28(月) 00:57:07.84 -
「いや、だって、今まで名前呼んでるとこ見たことなかったのに、いきなり下の名前だから」「……え、下の名前なの?」
「……やっぱり気付いてなかった」
と千歳はぼやいた。俺はちょっと気まずくなった。
「ていうか、下の名前かどうかわからないってことは、まだ名前覚えてなかったんだ」
「みさと」が呆れた顔で俺を見る。居心地が悪くなって後ろ髪を掻いた。
「ほんと、失礼ですよね」
千歳は「みさと」の方を見て、わざとらしく冗談めかした口調で言った。
名前の話をごまかしたかったというのと、名前を覚えられていない悔しさが半々くらいに見える表情。
……何を他人事のように観察しているんだ、俺は。「いや、まあそれに関しては、あとでほら、弁解の場を用意してほしいんだけど……」
「ていうか、上か下かもわからないのに、どうして「チトセ」って名前は分かったわけ?」
いいかげん話を進めさせて欲しかったのだが、大澤の追求はしつこかった。
「それは、人が呼んでるの聞いたから」
「……ふうん?」
大澤はちょっと不思議そうな顔で俺を見つめた。なんだっていうんだろう。
-
135 : 2014/07/28(月) 00:59:52.98 -
◇「で、本題はなに?」
若干呆れたような調子を残しつつも、それでも以前に近い比較的親しげな雰囲気で、大澤はそう訊ねてきた。
大澤が口を開くと、「みさと」はわざとらしく手元のシャープペンをくるくる回し始めた。「ああ、うん。そう、それなんだけど……」
どう切り出そうか、迷う。言ってしまえば引っ込みはつかない。
でも、ここに二人が来てしまった時点で、引っ込みはつかなかったのかもしれないけど。どうなんだろう。
「せんぱい」
と、千歳が言う。促すような調子。まるで保護者に背中を押されて校門をくぐる小学生みたいな気分になった。
そんな想像をしてから、ちょっとだけ情けない気持ちになる。こんなことでいちいちためらうような年でもない。
「まあ、昨日、千歳……と話したんだよ」
下の名前だと知って、呼ぶときにいくらか躊躇が混じったが、いまさら苗字を呼び直すのも馬鹿らしい。
そもそも、彼女は俺に苗字を教えてくれなかった。ネームを見ればわかるけど、俺は目がけっこう悪いから、今は確認できない。千歳は名前で呼ばれたことについては何も言わなかった。
-
136 : 2014/07/28(月) 01:00:53.34 -
「あのな、部誌を作りたいって話をしてたんだよ」「……部誌?」
いぶかるように、大澤は目を眇めた。俺は少し怖くなった。
「うん」「なんで。文化祭で作ったし、今年の分はあれで終わりだろ」
「べつに年に一回しか作れないって決まりもないんだろ?」
「そりゃ、そうだろうけど……」
大澤はためらうような素振りを見せた。「書けない」と大声で騒いでいたのがついこの間だし、無理もないのかもしれない。
「なんで急に?」
「えっと……」
なんで、と言われると答えに窮する。なんでって理由だってないんだ、本当は。
みんなが集まる理由がほしかったから、なんていっても、馬鹿にされるか、冗談だと思われるかのどっちかだ。
そんなのは、動機としても不純だって気がする。 -
137 : 2014/07/28(月) 01:01:32.31 -
そんなふうに口ごもっていると、「あの、いいですか?」
千歳が手をあげた。大澤が視線を千歳の方に向けると、彼女は怖気づくこともなく話し始めた。
「わたしが提案したんです。文化祭までの期間、わたし楽しかったんです。だから、もう一回作ってみたいなって思って」
「楽しかった?」
大澤はピンと来ないみたいな顔で首をかしげた。
「だって、みんなでいつもバラバラに行動してるのに、あのときは一緒に部誌の原稿を書いてたじゃないですか」
まあ、一緒に書くといっても、同じ部屋にいただけで、結局バラバラだったけどな、とはさすがに言わないでおいた。
それに、千歳の「楽しかった」という言葉に嘘はないように見える。俺は、楽しくなんてなかった気がするけど。「……だから、部誌?」
「だめですかね?」
「だめっていうか……だめでは、ないけど」
-
140 : 2014/07/28(月) 01:03:52.69 -
「べつに今学期中に無理して出す必要もないだろう。休み明けに出すのを目標にしてもいい」「……どうして?」
大澤の声の調子は、なんだか威圧的に聞こえた。俺の感じ方の問題かもしれない。
「なにが」
「提案したのはそっちらしいけど」と言って大澤は一度千歳を示したが、すぐに俺の方に視線を戻す。
「おまえのほうが具体的に案を出してるな」
「……まあ、立案者が何も考えてなかったもんだから」
千歳は右手の人差指を曲げて頬をかりかりと掻いたけど、その仕草を見ていたのはどうやら俺だけだったみたいだ。
「どうして乗り気なんだ?」
「……あのさ、昨日、「みさと」にも似たようなこと言われたんだけどさ」
彼女の名前を出したとたん、大澤の視線はちょっとだけ揺らいだ気がした。
気のせいかもしれない。「俺が乗り気だと、なんか変?」
「変? 変っていうか……」
彼は考えこむように口を閉ざしたあと、
「うん、変だ」
とそのまま答えを返してきた。さすがに溜息が出そうだ。
-
141 : 2014/07/28(月) 01:05:03.14 -
「なにが変なんだよ」「部員の名前も覚えきれてない奴が部誌の発行にこだわるなんて、明らかに変だよ」
大澤は断言した。俺は痛いところをつかれて目を逸らした。
「それに関しては、今後改善していきたいというか……」
「今までだってさんざん指摘されてたくせに、いまさら?」
「いや、これまでだってがんばろうとは思ってたんだよ」
「おまえのがんばりっていうのは、誰とも話さずに一人でちょっと離れた位置で本でも読んでることを指すのか?」
「いや、おまえだって一人で読んだり書いたりしてるじゃん」
「俺は名前くらい覚えてるよ」
「単独行動とってりゃ似たようなもんだろ。勝手に部に顔出さなくなるし。仮にも部長だろ、おまえ」
「サボりに関しては、おまえがとやかく言えたことじゃないだろ?」
「だから、おまえにも言えたことじゃないって話——」
「——ああ、もう! うるさい!」
突然の「みさと」の大声に、俺と大澤はそろって口を閉ざした。彼女の表情はいらだちでこわばっている。
千歳の方を見やれば、彼女はちょっと怯えたみたいに一歩身を引いていた。俺は強い後悔に襲われて俯いた。
-
142 : 2014/07/28(月) 01:06:20.46 -
「関係ないことで喧嘩しないで。いま、部誌の話をしてるんでしょ?」
俺と大澤は黙り込んだ。
「みさと」は年長者みたいな口調で、諭すように言葉を続ける。「結局、つくるの、つくらないの?」
……たしかに、今、俺がどんな人間かとか、大澤がサボってる理由だとか、そんな話はどうだっていい問題だ。
「……きみは?」それでもちょっとした復讐心が生まれて、他人事のようなことを言う「みさと」に向けて、俺は気づけばそう声を掛けていた。
本当に学習しないやつだ。我ながら。「なにが?」
「部誌づくり。賛成? 反対?」
「わたしは……」
彼女は視線をきょろきょろと彷徨わせた。ああ、なんだよ、と俺は思った。
どいつもこいつも似たもの同士じゃないか。「……べつに、みんなが作るって言うなら」
「……そ」
咎める気にも、あげつらう気にもならない。まあ、率直な気持ちではあるのだろうし。
-
143 : 2014/07/28(月) 01:07:40.37 -
「じゃあ、つくろう」俺は大澤にそう声を投げかけた。千歳は一瞬だけ俺の方を見てから、反応をうかがうように大澤に視線を向ける。
「みさと」もまた、彼の方を見ていた。大澤は一文字に閉じたままだった口をかすかに開いて深い溜息をついた。
「わかったよ」
肩をすくめて、仕方なさそうに、それが苦渋の決断であるかのように、大澤は重々しく呟く。
千歳が「やった」と小さな声で呟いたのが、静かな部室の中でやけに大きく響く。
それを気まずく思ったのか、彼女はわざとらしく咳払いをした。俺はとりあえず安堵の息を吐いた。
それから千歳がこちらに近づいてきて拳をさしだしてきたので、俺も慌てて拳を作って突き合わせる。
初めて友達ができた小学生みたいなはしゃぎ方だ。
ハイタッチじゃないあたり、風変わりな奴だとも言えるのかもしれない。どうだろう? 案外普通かもしれない。「普通」がよくわからない。
「じゃあ、決定ですね」
千歳の言葉のあとに、「みさと」が小さな溜息をついていたのが、妙に印象的だった。
-
149 : 2014/07/30(水) 02:50:12.90 -
◇気付くと俺は屋上にいた。
気付くと?
どうして"気付くと屋上にいた"なんてことが起こるんだろう?
ちょっとおかしいなと思ってから、俺は周囲の様子をうかがう。
空の色は? ……白い。いや、白いけど、暗い。季節が季節だ。もう日没だって早い。
そうだ、部活だったんだ。何日かぶりに大澤と「みさと」が顔を出して、部誌についての話をした後だ。
部活が終わってから、そのまま屋上に来たんだろう。そういえばそんなような気がする。
久々に人とたくさん話したから、ちょっと一人になりたかったのかもしれない。屋上を見回しても千歳の姿はない。最近はずっとここにいたのに。
そうだ。彼女も部活に出たんだ。そのまま帰ったのかもしれない。ぜんぜん不思議じゃない。
なんだ?
なにか、変な感じがする。誰かに見られている感じがする。
……見られている感じってなんだよ。エスパーか俺は。 -
150 : 2014/07/30(水) 02:50:40.81 -
その「感じ」の気配を追った先に、まるで景色に溶けるみたいに、一人の少女が立っていた。見覚えがあるような気もするし、ないような気もする。
妙な女だった。
遠目で見ただけで暗い雰囲気なのがわかる。姿勢が悪いわけではない。顔つきが悪いわけでもない。
ただなんとなく、暗そうに見える。べつに空が暗いからってわけでもないだろうけど。……いや、ひょっとしたら、空が暗いからかもしれない。
彼女はじっとこっちを見ている。
ものも言わず、何を訴えるでもなく、そこに立っている。やがて彼女は俺から視線をそむけると、空を見上げた。
俺は奇妙な気まぐれから(というより、何かの義務のようなものを感じて)、彼女に声を掛けてみた。
「何を見てるの?」
-
153 : 2014/07/30(水) 02:54:04.95 -
「遠い」俺が何も言わずにいても、彼女は勝手にひとりごとを続けている。
こっちの声なんて届いちゃいない。「遠いって、なにが?」
「光が、遠い」
届いていないのに、会話してるみたいに答えが帰ってくる。
きっと、聞こえてないんだろうけど。
それでも俺は彼女の声に耳を傾ける。「でも、よかったのかもしれない」
「なにが」
「だって、怖いから」
「怖い?」
……怖い、怖い、怖い。
「あたたかくて明るいものは、いつだって怖いから」
話にならない、と俺は思う。
黙ったまま空をもう一度見上げる。「光」なんてどこにもない。遠い光なんて。月も星も雲が多い隠している。
じゃあ、彼女が見ている光ってなんなんだろう?あたたかくて明るいもの。俺には見えなかったけど、でもそれが怖いというのは、なんとなくわかるような気がする。
-
161 : 2014/07/30(水) 03:03:02.87 -
「つまり、もし幽霊がいるとしたら、肉体を乗っ取ったり、取り憑いたりなんてしないんだと思うの。
それはたとえば、雰囲気や力場みたいなものになって、誰かの「気まぐれ」とか、「なんとなく」を誘発する……。
そんなふうにして、わたしたちに働きかけてくるんだと思うの」「……オカルトというか、スピリチュアルな話ですね」
「かたちを変えるんだよ」と彼女は言った。
「わたしたちはいつも、わたしたちの見方、肉体のバイアスの掛かった解釈で理解しようとするけど……。
でも、そんなのはたぶん表面的なことなんだと思う。世界はもっと融通のきくものなんだよ。
自分自身のことだって、たとえば、誰かの中に自分の一部を見出したり、自分の気持ちが夢の中で人の形をとったり……。
そういうふうに、かたちを変えてあらわれてくるものが、たくさんあるんだと思うんだよ」「……よくわからないです」
先輩は少し黙り込んだ後、疲れたみたいに頭を何度か振って、自嘲するみたいに笑った。
「ごめん、どうでもいい話しちゃったね」
「いえ。けっこう、面白かったです」
「そっか。ありがとう」
照れくさそうに笑う彼女の表情は子供みたいにかわいくて、俺は少し心を動かされた。
でもそれは、どうしてかはわからないけど、ずっと遠く、渡れない川の向こうにあるかのように、そのときの俺には感じられた。
-
164 : 2014/08/01(金) 00:12:16.28 -
◇昇降口を出て校門を過ぎたところで、うしろから「せんぱい」と声を掛けられた。
声の主は、というか俺を「せんぱい」と呼ぶ生徒は一人しかいないんだけど、案の定千歳だった。「残ってたの?」
「はい。せんぱいにお礼を言おうと思って」
「お礼?」
「部誌のこと、言い出したのはわたしなのに、何も考えてなかったから」
「べつに俺が何も言わなくたって、作るってことになったら大澤あたりが言い出してたと思うよ」
「それでも、実際に言ってくれたのはせんぱいですから」
「……きみ、ちょっと変わったよね?」
前までは、もっと俺にそっけない態度をとっていたような気がする。
彼女は一瞬表情をこわばらせた。少しだけ空気が軋んだような気がする。質問には答えてもらえなかった。
俺はとりあえず歩くのを再開する。千歳は当たり前のように俺の横に並んだ。 -
165 : 2014/08/01(金) 00:12:55.81 -
「よかったですね」「なにが?」
「部室に、先輩たちが顔を出してくれて」
「うん、まあ……」
「枝野先輩のこと、気になるんですか?」
「あかね」だけは部室に顔を出さなかった。
それでも、大澤や「みさと」が部に顔を出したのは、たいした成果だ。俺というより、彼女の働きかけのおかげなんだろうけど。
「まあ、そうだね」
「きっと、そのうち顔を出してくれますよ」
「……かもしれない」
「……せんぱい、あんまり喜んでないです?」
俺は答えなかった。
「みんながいないと寂しいって言ってたじゃないですか」
「それは……そうなんだけど」
何か、やり方が間違っていたような気がする。
-
171 : 2014/08/01(金) 00:17:17.60 -
「書けないかもしれない。でも、書けるか書けないかは問題じゃないよ。
結局、書きたいものがあるなら、それを書くために努力するしかないわけだから。
それが思った通りにならなくても、それはまあ結果の話だ」「じゃあ何が問題なんですか?」
俺は少し考えてから、答えた。足音のテンポが少しだけ違うことに、突然気付く。歩幅が違うんだから当たり前だ。
ふと後ろから「おー」と声を掛けられる。同じ学校の制服の男子。自転車に乗っている。
「今帰り?」と彼は言った。「見ての通り」と俺は答えた。
「彼女?」
「ただの後輩」
「ふーん。じゃあな」
彼はあっというまに通り過ぎていった。
-
176 : 2014/08/01(金) 00:21:30.15 -
「ひなた先輩も、そう言ってましたよ」「……先輩が?」
「はい。ちょっと棘が抜けたって笑ってました」
「……」
俺は少しだけショックを受けた。なんでだろう。褒められてるはずなのに。
べつに棘を残しておきたかったわけでもない。とんがってたのがポリシーってわけでもないし。でも、ひなた先輩にそう言われたっていうのは。
……なんでだろう、少し……。「あ、でもこれ、せんぱいには内緒って言ってたような気が……」
「……」
「あっ」
「とりあえず、内緒にしたいことはあまりきみには話さないことにするとして……」
「い、いやちがうんですよ? わたし口すごく固いですからね? 語らざること岩のごとしですよ?」
「ああ、うん。そう」
千歳はしばらく「あー」とか「うー」とか言いながらなんとか名誉の回復の機会を探していたみたいだった。
が、結局なにを言っても今は説得力がないと気付いたのか、すねたように黙りこんでしまう。かわいい後輩。
でも、俺の頭はやっぱりひなた先輩のことを考えていた。
彼女もやっぱり、以前の俺には思うところがあったんだろうか。そりゃ、そうなんだろうけど。
-
179 : 2014/08/01(金) 00:23:47.18 -
「……うん。がんばった甲斐があったかもしれません」脈絡のない言葉に何かの説明が付け加えられないか、しばらく待ったけど、彼女は何も言ってくれなかった。
「持って回ったような言い方をするのは、きみの悪い癖かもしれない」「そこはほら、周囲の影響ってものがありますから。書くものも、なんとなく誰かに似ちゃったりして」
彼女はいたずらっぽく笑う。からかわれてる。悪い気はしないけど、ちょっと困った話だ。
どうせなら他の奴に影響を受けてほしい。大澤とか……は、ダメか。「あかね」も……。「みさと」に関しては、まだちょっと未知数だけど。
……後輩に良い影響を与えそうな先輩がひとりもいないって、さすがにまずいんじゃないのか、文芸部。あいつらも別に悪いやつではないし、俺が言えたことでもないけど。
-
180 : 2014/08/01(金) 00:24:40.86 -
「やみますかね?」「傘、持ってないの?」
「……あ、持ってました」
言われて気付いたみたいに千歳は鞄をあさり、中から水色の折りたたみ傘を取り出した。
そう強くはないけれど、雨は止みそうに見えない。傘をさして帰ってしまった方がいいだろう。俺たちはそれぞれに傘をさして、それでも別々に歩く理由がなかったから、やっぱり並んで歩き出した。
特に話したいこともなかったので、それ以降俺は聞き手に回った。
「そういえばわたし、一度でいいからアンコールワットを見てみたいんですよ」
脈絡もなく始められた千歳の世界遺産トークは数分間続いて、俺の相槌のパターンはその間に十数個くらい消費された。
分かれ道で「また明日ー」と千歳は言った。俺は今日が金曜日だと言おうか言わないか迷って結局言わずにおいた。 -
189 : 2014/08/03(日) 23:24:30.17 -
「おまえってどんな本読むの?」「え、いろいろ」
「いろいろって? 小説とか?」
「うーん」
一番最近読んだ小説のことを思い出そうとする。
すぐに浮かんだのは「隣の家の少女」だったけど、何気ない会話で口にするにはちょっと抵抗のあるタイトルだった。「じゃあ、いちばん最近読んだ本は?」
「いちばんわかりやすいDTMの教科書」と俺は答えた。
「DTM?」
「デスクトップミュージック。パソコンとかで作曲するやつ」
「いわゆる、あれか。ボカロ? みたいなの?」
「そう」
「え、作曲できるの?」
「いや?」
「あ、勉強してるとこか」
「いや、まったく」
「……どういうことだよ」
「なんとなく読んでみた」
「ふうん」
-
193 : 2014/08/03(日) 23:28:57.80 -
「あー……社交辞令だと思ってた」「うわ、おまえ、人がせっかく、柄じゃないと分かりつつも直接感想言ったのに」
「ふーん。ああ、いや、ありがとう。直接褒められたのは初めてかも……」
……でもないか? どうだろう。文芸部外では初めてかもしれない。
「まあ、基本つまんねーしな、おまえの話」
「さっきと言ってること違うんですけど」
「だって、イライラするもん、読んでて。でもまあ……」
彼は頭をがしがし掻いて、「あー」と唸りながら空を見た。
「うまく言えねえ。俺文芸部じゃないから」
「……いや、文芸部関係ないから」
「そうなの? うまく言葉にするのが、ああいう文章なんじゃないの?」
俺は少しためらったけど、言葉をのみこんだままなのは嫌だから、吐き出した。
「うまく言葉にできないから、ああいう形になるんだよ、たぶん」
でも、それは代償行為でしかない。言いたかった言葉をあとで書き起こしたからってどうにもならない。
言いたい言葉は、そのタイミングで言わなきゃいけない。後悔は簡単には薄まってくれない。「……ふうん?」
案の定俺の言葉は抽象的で、うまく言葉にできたとは言いがたかった。
-
195 : 2014/08/03(日) 23:30:43.52 -
「それで、些細なことから口喧嘩になったりさ。そういうのになると、原因はくだらないのに、つい言い過ぎたり……」「つまり、言い過ぎたの?」
「端的に言えば」
「ふうん」
「うち、母親いなくてさ。ばあちゃんはいるけど、体弱いから姉貴が家事全般やってんだよ。
俺だってなんだかんだ助けられてるし。だから感謝はしてるんだ。してるんだけど……」「はあ」
なんでこいつは、こんな真面目な相談を俺にしてるんだろう。
と思ったけど、そんなことを考えるのはよして、とりあえず話の内容について真剣に思いを馳せてみた。
が、すぐに混乱してしまった。「……よくわかんね」
俺のつぶやきに、彼は「なにが?」と首を傾げた。
「いや、そこまでわかってるなら、謝ればいいじゃん。言い過ぎたって。
んでもって、喧嘩したことの内容でお姉さんに言いたいことがあるなら、冷静に話してみればいいだけじゃね?」「……あー、うん。正論だな」
そりゃそーだ、と彼は言った。
「そりゃ、まあ、わかってるんだけどね」
-
196 : 2014/08/03(日) 23:33:06.39 -
彼があんまりにも寂しそうな顔をするものだから、俺は少し困ってしまった。
他人事のようだった視点を、自分の身の回りに置き換えて考えてみる。「……まあ、俺がそんなこと言えるのは、他人事だからだけどさ。
実際俺も、謝ればいいってわかってるのに、なかなか謝れなかったことがあるし」「うん」
「でも、結局謝るしかないんだよな。ましてや、悪いって思う気持ちが少しでもあるなら。
それでちゃんと仲直りして、誕生日にはカスミソウの花束でもわたせばいい。
そんだけでもう、世界中が幸せだよ。知らないけど」「……そうだなあ」
彼は屈みこんだまま、ぼんやりと何かを考えるように空を見上げていた。
雨は、今にもやみそうなほど弱くなっていた。気付けばずいぶん長い時間、雨の中で話を続けていたらしい。
お互いの制服が濡れている。なんとなく気まずくなって、俺は視線をそらす。「あ」
「どうした?」
「あったよ」
「なにが?」
「鍵」
ガードレールのすぐ下に、鈍色の輝き。
俺がそれを拾い上げると、彼は「おお」と言ってちょっと目を丸くした。
俺の指から鍵を受け取ると、血の滲んだままになっている手の甲をこちらに向けて鍵を握りこんだ。それから照れくさそうに、
「さんきゅ」
と、そっけなく笑った。
-
199 : 2014/08/07(木) 00:25:47.20 -
◆わたしは、穴の底を愛していました。
それは愛というよりは、むしろ、親しみと呼んだ方がいいかもしれません。穴の中は冷えきっていて、暗闇は深く、光はおぼろげにしか感じ取れません。
その中に自分がいる、というのは、わたしには自然なことでした。
どうしようもない気持ち、置き場のない気持ち。
そういうものは、穴の外に出たからといってどうにかなるものではなくて。それをどうにかしようとするのは、きっとすごく大変なことなのです。
気付いたら「こう」という形に凝り固まっていた自分自身を、作り変えなければならないのです。
込み入っていて、混乱していて、散らばっていて……。
そういうものを、結び直さなくてはいけないのです。とてもむずかしいことで、とても労力のいることなのです。
何よりも、勇気のいることなのです。 -
205 : 2014/08/07(木) 00:30:06.81 -
「歯磨いてくるから、ちょっとまってて」「うい」
妹が森里にコーヒーを出して、「すみません」と謝った。俺はなんとなく申し訳なくなった。
べつに無理にもてなさなくてもいいよ、と以前言ったことがあるけど、そういうわけにもいかないから、とすぐに反対された。
森里の方も「いつもありがとう」なんて言いながら、妹と雑談を始めてしまう。俺は宣言の通り洗面所に向かい、顔を洗い、歯を磨き、それから軽く寝ぐせを直した。
再びリビングに行くと雑談に花が咲いていたようだったので、俺はダイニングの椅子に腰掛けてその話に耳を傾けた。
「でも、大変じゃない?」
「いえ。そんなには。もう慣れましたから」
「でも、扱いとか難しいでしょ」
ガーデニングか何かの話だろうか。
「うーん、他の人ならそうかもしれないですけど、昔から一緒にいますから、なんとなくわかります」
「ふーん。やっぱり家族から見るとわかるもんなのかな。俺はいまいち何考えてるかわかんないけど」
「うちのお兄ちゃん、ぱっと見だと人間嫌いみたいに見えますけど、実はただ感情表現が苦手なだけですから」
俺の話かよ。
「考えてること自体は、べつに特別なことじゃないと思いますよ」
「ふーん。妹さんにはわかるもんなんだなあ」
「……まあ、それなりには」
-
206 : 2014/08/07(木) 00:30:44.58 -
「森里。今日は何の用事?」なんとなく気恥ずかしい気持ちもあって、俺はその話を遮った。
妹は振り返って、「コーヒー、そこ」とだけ呟く。俺はテーブルの上のマグカップに視線を向ける。
十一月ともなると肌寒くて、毎朝のようにコーヒーを飲んでいたから、妹は俺が何か言う前に準備するようになってしまった。家政婦じゃないんだからほっといてくれていい、というと、そういうわけにもいかないから、と妹はすぐに反論する。
なにがそういうわけにもいかないのか、俺にはまったくわからない。
けどまあ、好きにさせておくことにしていた。「あ、そう。えっとさ。ちょっと自転車でぶらり一人旅しようと思ってさ」
「そう」
「おまえも行かない?」
「一人旅じゃねーのかよ」
「旅は道連れだよ」
「おまえの場合、『道連れ』の意味が微妙に違う気がするけど」
「いいじゃん。今日暇だろ?」
「大澤は?」
「あいつは、なんか小説書くから無理って。最近様子変だったから、あんま強引に誘うのもなんだと思って。
そういや、また文芸部で部誌作るんだって? 大澤から聞いたけど」「うん。まあ……」
そこまで聞いたなら、俺だってなにかしら書くかもしれないって、思わなかったのか。
……思ったにしても、大澤ほど集中して書きはしないから、平気かもって考えたのかもしれない。 -
208 : 2014/08/07(木) 00:31:51.48 -
「で、どう?」森里の思いつきについて、少し考える。
森林公園。森林公園? 何もない場所だ。子供がソリ遊びをするような坂と、池のある公園。
近隣の人が運動するのによくつかってるって話は聞いたことがある。夏場だったらいいけど、今は十一月で、外はけっこう寒いはず。
もし途中で体調でも崩したら帰れなくなるかもしれない。……でも、まあ、いいか。
森里が思いつきで行動するのはいつものことだし、俺はだいたいそれに付き合っている。
振り回されても付き合いが続いているのは、振り回されることがそこまで不愉快じゃないからかもしれない。
そうじゃなかったら森里だって、こんな誘いを何度も持ちかけてきてはいないだろう。「……了解」
俺が頷くと、森里は「そう言ってくれると思ってた」とか、調子のいいことをおどけた調子で呟いた。
俺たちの間で話を聞いていた妹は、ココアをひとくち飲んでから、「出掛けるの?」
と訊ねてきた。「みたいだね」
「帰りは何時頃?」
「夕飯までには戻ると思う」
「気をつけてね」
「うん」
-
213 : 2014/08/07(木) 00:34:42.20 -
「だったら悩みがあるとか言わなきゃいいのに」「いや、そういうところをあえて口に出すところがまた、馬鹿っぽいじゃん?」
「……どこまでキャラ作ってんだよ、おまえ」
「どこからどこまでがキャラ作りかなんて、自分でわかるわけないだろ」
たしかに、と俺は思った。
それから俺たちは、俺の妹のこととか、大澤の話とか、大澤と「みさと」の関係とかについて話をした。
自転車をこぐのは久々だったし、最近はろくに運動もしてなかったから、俺はすぐに息が切れ始めた。「運動不足だな」
「実感してる」
「ジョギングしたら?」
「うん。……うん。それもいいかもしれない」
そのとき、なぜか、遠くに住んでいる従妹のことを考えたけど、それがなぜなのかは自分でもよくわからなかった。
-
217 : 2014/08/07(木) 00:37:02.04 -
「だって、ひとつ下だぞ。先輩に対して食って掛かるか?」「たしかね。そうだったと思うけど。だからどうってわけでもないけど、印象的だったから覚えてる」
「ふうん」
そうなんだ。……そうだったんだ。
千歳は以前、中学のときの俺の印象について結構はっきりと言ってきたことがある。
何を考えてるかわからないとか、たぶん何も考えてないんだろうと思ってたとか、そんなこと。正義感なのかもしれない。一応バスケ部だったし、俺が膝を痛めてたことは知ってたはずだから。
そんなこと、まるで覚えていなかった。高橋に対する嫌悪感であたりが見えなくなってた。
「つーか、高橋、おまえのことすげー嫌いだったよな」
……たしかに何かと突っかかってこられた記憶はあるけど、他人から直接「嫌われてた」と言われると、微妙にショックだ。
「まあ、それはともかく。なんとなく不器用そうな子だなー、と、そのとき思った」
「不器用?」
「おまえが言った通り、器用だったら食って掛かったりしないだろ」
……そうかもしれない。
-
218 : 2014/08/07(木) 00:37:30.29 -
話をしているうちに開けた場所に出た。駐車場には何台か車が止まっている。
どうにか目的地に辿りつけたみたいだ。土日とはいえ、季節が季節だし、天気も良くはないので、人の気配はあまりしなかった。
スポーツウェアに身を包んだ人たちが何人かいる。近くの人が体を動かしに来ているのかもしれない。近くにはキャンプ場やゲートボール場もあったけど、やはり人影はない。
駐輪場に自転車をとめたあと、俺たちは自販機でスポーツドリンクを買って飲んだ。
「さて、じゃあ、アスレチックと行きますか」
森里は運動に向かなそうな普段着のまま、準備体操を始めた。
普段はインドア派に見えるけど、べつにからだを動かすのが嫌いというわけではないらしい。
「運動する機会がないってだけだし」と本人は真剣に語っていた。アスレチックは、子供も使えるけど、子供向けというだけではなく、大人がやっても結構な運動になりそうなものだ。
平均台に円盤渡り、タイヤ渡り、ネット登りに吊り橋。たしか十五種類以上のアスレチックが、山の中に順番に置かれている。
貫くように長い滑り台があったりして、けっこうワクワクする。「じゃあ、行きますか」
それから俺たちは三十分くらい掛けて一周して、そのあと森里がタイムアタックをやりたいというので携帯でタイムを計測したりした。
自転車を漕いで疲れたのと、朝食をしっかりととらなかったせいで、俺はすぐにバテた。「だらしねえなあ」と気持よく笑ってから、森里はひとりで三周くらいして、それから青ざめた顔で「吐きそう」と言って木陰でしばらくうずくまった。
-
221 : 2014/08/07(木) 00:40:12.96 -
妹は俺が起きたことを確認すると、とたとたと部屋を出て行った。階段を降りていく音が聞こえる。
ベッドを這い出して服を着替え、カーテンを開ける。
空はいつもより静かで、なんだかぼんやりとくすんでいるように見えた。携帯を見ると森里からの着信が何件かあった。
土曜日の朝だ。ときどき、事前の決め事もなしに遊ぼうとか言い出すことが、こいつの場合はときどきある。
そういうことには慣れっこで、いつのまにか、家に勝手に来ることも珍しくなくなっていた。階段を降りて、リビングに向かうと、妹がふたり分のコーヒーを入れているところだった。
大澤はテレビの前のソファに腰掛けていた。「おはよう」と声をかけると、「おはよう」と返事がかえってくる。
「電話に出なかったから、寝てるんだろうと思って勝手に来ちゃった」
「用事があったらどうする気だったんだよ」
「あったらおまえ、早起きするじゃん」
「連絡返せなかっただけだったりするかもしれないだろ」
「おまえの場合、起きてればどんなときでも即座に返信よこすし、まあ寝てるんだろ、と」
まあ、今までもだいたいそうだったし、もし俺が不在だったら、すぐに自分だけでどこかに出かけていたのかもしれない。
いつものことといえばいつものことだったから、俺はすぐに割りきった。 -
225 : 2014/08/07(木) 19:28:20.60 -
221-8 大澤 → 森里
申し訳ないです。
しばらく更新頻度が低めになるかもしれないです。
今日は訂正だけ。 -
226 : 2014/08/09(土) 23:53:02.23 -
◇翌日の日曜、俺は朝四時半に目をさました。
少し体を動かしただけで疲れてしまって、日が暮れてからすぐに眠ってしまったのだ。
せっかくの休みだし寝直そうと思ったけど、せっかくの休みなんだから寝て過ごしたらいつものように後悔するに決まっている。
昨日森里と交わした会話を思い出して、ジョギングでもしてみるか、と思った。
ちょっとしか体を動かしていないのに疲れて眠ってしまうなんて、いくらなんでも情けない。
俺ももうちょっと根気強い努力というものを覚えるべきかもしれない。
体を動かすのは別に嫌いじゃないし、昨日一日自転車で駆けまわっても、膝はほとんど痛まなかったんだから。クローゼットの中に仕舞いこんでいた中学のときのジャージを取り出す。
どこにでもあるような青い体操服。近隣の人間が見ればそれだとわかるけど、ぱっと見なら市販のものとそう変わらない。
今部屋にあるもので運動に使えそうなのはそれくらいだったから、俺はそれに着替えて、携帯だけを持って部屋を出た。玄関を出ると、吐く息が白かった。十一月の空は高くて遠い。
冬の足音なんて聞こえはしなかったが、気温の変化だけで季節の変化をまざまざと感じる。こうして空を見上げて息を吐いていると、人間というのは地の底で生きている生き物なのだと感じる。
這いずりまわってうごめくだけの、翼のない動物。大昔にどこかで生きていた誰かが、「人間とは、翼を持たない二本足の動物だ」と言った。
それを聞いた他の誰かが、鶏の羽根をもぎ取って、「これが奴の言う人間だ」と言って否定した。だからなにって話。
-
228 : 2014/08/09(土) 23:54:30.87 -
海を探せば餌があるのに、あいつは空を飛ぼうとしてる、と群れの中のペンギンはせせら笑う。
うるせえ奴らだ、とペンギンは言う。それでも俺は空を飛んでみたいんだ。重いだけで羽毛もろくにない翼を震わせて、彼は空へと向かおうとして海に落ちる。
きっと、何回墜ちたって懲りないのだ。……やばい、妄想の中のペンギンに感情移入してしまった。ちょっと応援したい。
がんばれペンギン。おまえもいつか飛べるさ。そんな馬鹿なことを考えながら走る朝の街は静かで、人の気配がしなくて、まさしく「眠ってる」って感じだ。
電線に集まった数十羽のカラスが、白んだ空を背景にカーカー騒ぎながら、地を這う俺を見下ろしていた。
まあせいぜい見下しているといいさ、と俺はぼんやり思った。いつかペンギンに足元をすくわれるといい。
……鳥の場合も「足元をすくわれる」って言うのか?そんなことを思いながらも、明け方の電線に集うカラスの群れはなんとなく俺の気分をよくさせた。
新鮮な景色だからかもしれない。で、息が切れてきて、頭がぼーっとしてきた。
まだ走り始めて十数分なのに。
まだ十代だぞ、と俺は思った。意地と見栄だけでひいひい言いながら走った。
脇腹は痛んだけど、膝は痛まなかった。 -
242 : 2014/08/14(木) 01:55:17.40 -
◇日曜日の"かっこう"は、名前の通り人気が少なかった。
不思議な店だ。決して客が少ないわけでもないのに、店の中はいつも静けさに包まれている。
満席になっているところは、一度も見たことがない。学生の間で人気といっても、少し足を伸ばせばファミレスやハンバーガーショップなんかもそこそこあるし、そっちを利用する奴らも多い。
こういう「静けさ」の中よりも、騒ぎやすいファミレスなんかの「賑やかさ」に居心地の良さを感じる奴らもいる。
人それぞれ気質というものがあるわけだ。
それで俺はどっちの気質なのかと考えたら、まあ別にどっちでも一緒かもしれない。
賑やかな場所で騒ぐのも平気だし、静かな場所で黙っているのも嫌いじゃない。
自分がする分にはどうだっていい。誰かと一緒なら気にならない。店に入ったのは十一時を回る五分前くらいだったけど、千歳は既に奥のテーブル席に座っていた。
カウンター客と世間話をしていた中年の女の人——たぶん経営者夫婦の妻の方だと思うけど——は、俺に顔を向けていらっしゃいと親しげに言った。
俺が指先で千歳の座っている席を示すと、彼女は黙って頷いて二秒くらい俺を目で追ったあと、世間話に戻ったようだった。黒いエプロンをつけた女の人と話をしているのはボサボサの白髪頭にスポーツキャップを被った男の人だった。
たぶん、五十歳くらいだろう。どうやら両親の金がどうこうとか、兄弟との折り合いがどうこうとか、そういう話をしていらしい。
女の人が俺に注意を向けている間も、彼はまるで聞いている相手の態度より自分の話したいことの方が重大だというふうに声をあげていた。俺は注意をよそに向けることで、千歳の方をあまり見ないようにしている自分に気付いたが、席に近づくとそういうわけにもいかない。
「おはよう」と俺が声をかけると、「おはようございます」と彼女も合わせて頭をさげてくれた。
「すみません、急に」
「いいよ、べつに。相談あるんだったら。参考になるかは自信ないけど」
-
244 : 2014/08/14(木) 01:56:17.90 -
話しているうちにエプロンをつけた大学生くらいの男の人が水を持ってきてくれたので、そのままアメリカンを頼んだ。
メニュー表のいちばん上に載っていて、しかもいちばん安いのがそれだからという理由で、いつも同じものを頼んでいる。「どうしてジョギングなんか?」
「そんなに意外?」
「だってせんぱい……運動とか嫌いそう」
「……俺、バスケ部だったじゃん」
「好きでやってたんですか?」
「違うけど」
父親が「せめて中学のときくらいは運動部に入ってくれ」とよくわからない要望を出してきたので、それに従った記憶がある。
べつに嫌いでもなかったけど。「運動不足だからなあと思って。まあ、体を動かせば気分も晴れるかもしれないし」
「落ち込むことでもあったんですか?」
「いや。べつにそういうわけでもないけど」
千歳は少し考えこむような間を置いてから、
「まあせんぱいは恒常的に落ち込んでますもんね」
と失礼なのかどうなのかよくわからない発言をした。
-
247 : 2014/08/14(木) 01:58:54.52 -
「えっと……これ、読んでもらえますか」彼女は膝の上の鞄から大学ノートを取り出して、こちらに差し出した。
「いいの?」
「はい」
前は嫌がられたような気がしたけど、まあ、状況が違えば態度も違うものだろう。
俺はノートを受け取って、ぱらぱらと広げてみた。それを見て、彼女はハッとしたみたいに俺の手からノートをとって、自分でページをめくった。
「すみません、ここです」
「ああ、うん……」
広げられたページに視線を落とす。
男の人がコーヒーを持ってきて、「ごゆっくり」と微笑ましそうな表情で去っていく。
年だってそう変わらないはずなのに、彼の落ち着き払った態度は俺とあまりに違い過ぎて、少し落ち込みそうになった。 -
254 : 2014/08/14(木) 02:03:42.97 -
「……発展?」「ひとつひとつとしてみると、そうでもないかもしれませんけど、並べてみると。
なんかこう、ひとつ前の話で書いた部分を否定するところから始まって、次のステップに進んでる、みたいな。
見た目や構造だけみると同じなんですけど、中身を見てみると、別々のことがらを扱ってるような……」そうだっけ? と俺は思った。
「まあ、続きは、まだ書けてない。何も思いついてない。まっさらだ」
「……せんぱいの、モノマネを、しようとしたんです、わたし」
「え?」
「部屋の中から外に出るだけの話があるなら、穴の底から這い上がるだけの話があってもいいって。
でも、穴の底で話が終わっちゃいましたから。堂々巡りどころか、わたしは外に出られてないんです」「……うーん」
俺はちょっと申し訳なくなった。どうせ真似をするなら大澤のを真似すればよかったのに。
それなら、どうにでもなるはずだ。あいつはストーリーに合わせて人物を動かす。
でも俺の書き方だと、ストーリーと呼べるものを生み出すのが難しい。
登場人物の行動に内容が支配されるからだ。
もし『彼女』が椅子の上で物思いにふけっているだけの場面から始まるなら、『彼女』が何かをしようとしないかぎりずっと物思いにふけっていることになる。そこに動きを付け加えようとして、人物が不自然な心境の変化を見せたりしたら、それは「イカサマ」なのだ。
だからこそ毎回、書くのに苦労しているわけなんだけど。 -
260 : 2014/08/14(木) 02:07:19.15 -
「深く考えなくても、部活なんだし、出来の良し悪しなんて誰も気にしないと思うよ。
こういうのって、本人たちが楽しむのがいちばんだからさ」「……」
「……そういえばきみ、書くのが好きじゃないんだっけ?」
「……自分でも、変だと思うんですけど」
書きたくないのに、何かを書く部活に入っているなんて、改めて言うまでもなくおかしな話だ。
「誰かに見せるんだと思うと、いつもみたいに書けないんです。なんだか、自分が書いてるものがおかしいような気がして」
ひなた先輩は「ふむ」と視線を天井に向けた。
「自分でも、ひとりよがりなものを書いてるって思うんです。誰かが読んで楽しいって思えるようなものじゃないから。
だから、ひと目につくようなところに出して、本当にいいのかと思って。でも、ふさわしいものは、書こうと思っても書けないから……」「……うーん」
彼女は俺の言葉をきいて、しばらく何かを考えこんでいる様子だった。
何かを思い出しているようにも見えた。「でも、きみの話、言うほどひとりよがりって感じもしないよ。たしかに変わった感じかもしれないし、整ってない印象もあるけど」
「……」
「ひょっとして、読まれることじゃなくて、落胆されるのが嫌だとか?」
「……そう、かもしれないです」
-
268 : 2014/08/16(土) 22:50:03.14 -
◇「枝野は?」と顧問は言った。
「来てません」と大澤が答えた。
「サボりか?」
「……体調でも悪いのかもしれません」
庇ったのは「みさと」だった。顧問は呆れたような溜め息をついてから俺たちを見回した。「それで、部誌を作りたいってことだったよな?」
月曜日の放課後までには、大澤が顧問に話を通してくれていたらしかった。
だからその日の部活は顧問主導のミーティングになり、部誌作りの詳細について話し合われることになった。
「あかね」……枝野以外の部員は全員顔を出していた。 -
269 : 2014/08/16(土) 22:51:06.29 -
「おまえたちが作りたいって言うなら反対する理由はないから、俺としては別にかまわない。
というか、大いに賛成だ。遊んでいるだけよりはちゃんと活動してくれた方が嬉しい。
顧問を一応やってはいるけど、俺は何も書いたことがないから、アドバイスはできないけどな」顧問を中心に円形を作って椅子に座った俺たちを、彼はいちど見回して、言葉を続けた。
「発行日はいつくらいの想定だ?」
「……」
大澤は口ごもってこちらを見た。俺は困ってしまった。
「いつくらいならいいでしょう?」
顧問は溜め息をついた。
「自分たちで締め切りを決めたほうがやりやすいと思うけどな、俺は。部長が便宜的にでも決めておくといい。
……枝野は参加するのか?」わかりません、と俺が答えようとしたところで、「みさと」が声をあげた。
「書きます」
と「みさと」は言った。
「そうか。だったら全員で集まったときに相談して決めてくれ」
今学期か来学期なのかくらいは最初に決めてくれよ、と顧問は言い残して、部室を去った。
案外いい顧問なのかもしれないなと俺は思った。少なくとも邪魔にはならない。 -
270 : 2014/08/16(土) 22:52:12.94 -
彼が去ったあとの部室は沈黙で覆われていた。
幽霊部員たちも何かを書くだろうか。……何も書かないかもしれない。そのうち、会いにいくのもいいかもしれない。俺が「みさと」に視線を向けると、彼女は俯いていた。
「……どうしよう、勝手なこと言っちゃった」
大澤に目を向けると、彼は気まずそうに「みさと」を視線から外そうとしていた。
まだ喧嘩してるのか、こいつら。「枝野のこと?」
俺が訊ねると、「みさと」はこちらを見ないで頷いた。
「書くって、あいつ、言ってたの?」
「……何も話してない。部誌つくることになったことも」
なんで、あいつが書くなんて言ったんだろう。「みさと」の考えは読めなかったけど、だからといって俺が何かを言うことではない。
「まあ、あいつが書かないって言ったら、書けなかったって言っとけば、先生も納得するでしょ」
「……そうかもしれないけど」
俺の無責任に慰めても、「みさと」は落ち込んだ様子を隠そうともせずに黙り込んだままだった。
彼女たちの関係というのは、傍で見ているよりずっとわかりにくいのかもしれない。 -
271 : 2014/08/16(土) 22:52:48.04 -
「でも、一応、枝野にも話を通しとかなきゃな。……頼める?」「みさと」はしばらく黙り込んだ後、小さく頷いた。
「じゃあ、頼んだ。べつに書かないっていうならそれでもいいだろうし。あとは……」
ちらりと大澤の方に視線を向けると、彼は戸惑ったように目を泳がせた。
「部長」と俺は呼んだ。
「……なに」
大澤は警戒したように眉をひそめる。
「詳細。詰めとかないと。締め切りくらいは決めとかないと」
「……みんなはどう思う? どのくらいあれば書ける?」
大澤の問いに、俺たち三人は考え込んだ。
「……俺は、まあ、二週間あれば書けると思う」
「……ホントですか?」となぜか千歳が怪訝そうに訊ねてきた。
俺は頷いた。文化祭で長いものを書いたばかりだったから、そんなに量を書く気にはなれなかったし、規模を考えれば妥当なところだろう。「藤見は?」と、今度は千歳に向けて、大澤は訊ねる。
「わたしは……どのくらいかかるか、正直、わからないです。でも、締め切りが決まったら、それに間に合わせるようにはしますけど」
「……西村は?」
誰のことだろうと思って大澤の視線の先を見ると、どうやら「みさと」のことらしかった。俺は忘れないように頭の奥の方にその名前を刻むことにした。
さすがに彼女のことを下の名前で呼ぶ勇気はない。 -
278 : 2014/08/16(土) 22:58:58.76 -
追いかけようかどうか、一瞬だけ迷ったけど、よく考えてみれば追いかける理由もないのかもしれない。
それでも、なんとなく放っておけない雰囲気はあった。だからといって、俺が追いかけてもどうにもならない。「せんぱい?」
さっきまで座っていた千歳が立ち上がって、俺のことを呼んだ。
そういえば彼女は、他の奴らには苗字や名前をつけて呼ぶくせに、俺のことは「せんぱい」としか呼ばない。
名前を覚えていなかったことに対するあてつけなのかもしれない、と思うのはさすがに卑屈すぎるかもしれない。「なに?」
「追いかけないんですか?」
「……俺が? どうして」
「枝野先輩、様子が変でしたよ」
「……それは、わかるけど」
それはわかるけど、あいつは結局何も言わないで出て行った。
そんなやつを追いかけて、いったい何をしろっていうんだろう。……この考え方がダメなのか?「……わたし、少し気になります」
「それは、俺も、そうだけど……」
でも、枝野と俺の関係は少し面倒だ。あいつが未だに気にしているとは、さすがに思っていないけど。
「じゃあ、わたし、行ってきますね」
と言って、千歳は部室を出て行った。なんだか自分が悪者になったみたいな気分がした。
結果的に部室に残ったのは大澤と西村、そして俺だけで、空気は刺さりそうに鋭かった。
仕方なく俺は立ち上がって部室を出て千歳の後を追うことにした。
こいつらもふたりにすればちゃんと話ができるかもしれない、という思いつきは後付で、とにかくその場を離れたかったというのが正直なところだ。我ながら情けない。
-
305 : 2014/08/23(土) 00:33:09.75 -
「ほんと、すみません」何度目かの謝罪のあと、先輩はどうでもよさそうに「いいよいいよー」と笑った。
「つーか、もともと俺の金ですけどね」
大澤は、俺が代わりに買ってきた厚揚げをもさもさ頬張りながらぽつりと呟く。
「……ほんと、すまん」
「いや、いいけどさ、べつに。ちょっとびっくりしたけど」
「ほんとにね。そんなに厚揚げ好きだったの?」
べつにそんなことはなかったような気がするのだが、それ以外に理由が浮かばなかったので、俺は否定しなかった。
三人で並んだままおでんを食べきったあと、先輩は満足げな溜め息をついた。「それにしても、雪だねえ」
ちらちらという雪は、軒先にまで舞い込んで俺たちの肌に冷たさを押し付けてきた。「初雪ですかね」
「ううん。違うよ。このあいだの朝降ってたもん。でもきっと、この雪はすぐに止むと思う」
「……はあ。勘ですか?」
「なんとなくね。止む雪と止まない雪って、感覚で分かるでしょ?」
そうだろうか。俺にはよくわからない。どんな雪も、いつまでも降り続けてしまうような気がしてしまう。
いつも、気付くのは止んだあとだ。 -
306 : 2014/08/23(土) 00:34:11.58 -
「それじゃ、わたしはもういくね」先輩はゴミを捨てて手ぶらになってから、背負った鞄を揺らしながら背中を向けて歩いて行った。
それから不意に振り返り、「部誌、進んだら教えてね。できあがったら、読ませてね」
「はい」と答えたのは大澤だった。俺は返事もできなかった。
最後に彼女はこちらを見て笑った。俺は黙ったまま頭を下げた。先輩の姿が見えなくなってから、「できあがったら」という言葉を頭の中でくりかえす。
俺は枝野を怒らせてしまった。
大澤は西村を怒らせてしまった。……先行きは、不安かもしれない。
-
309 : 2014/08/26(火) 00:37:52.11 -
◇そして俺は家に帰った。
大澤はいつもみたいな調子で「じゃあな」と言った。俺も「じゃあな」と言った。彼は西村との間に何もないみたいな調子で「じゃあな」と言った。
俺も枝野に言われた言葉なんて忘れているふりをして「じゃあな」と言った。みんな隠してるんだと思った。それなりのもの。そこそこのもの。
なんでもないように振る舞ってる。
見てほしいものもあれば見てもらいたくないものもある。
誰にも明かさないものもあれば誰かにだけ話すものもある。——世界が、ひとつだったら、よかったよね。
誰かのそんな声を、ふと思い出す。
誰が言ったんだっけ? どこで聞いたんだっけ? もう思い出せない。
まだ雪が降っていた。積もりそうにもないけど、まだ止みそうにも見えない。
すぐ止むと思う、と先輩は言っていた。
でも、本当に止むんだろうか。
そんなことが妙に心配になったのはどうしてだろう。 -
335 : 2014/09/01(月) 00:19:22.13 - 少しの間更新滞ります
-
344 : 2014/09/07(日) 01:06:26.67 -
「……ああ」「……何?」
「いや。……ごめん。ありがとう」
「なにそれ」
枝野は呆れたような笑みをもらしてから俺の表情を見て、「何笑ってんの」とむっとした顔になる。
「いや。ごめん」
「……もう」
やってらんない、というふうに背もたれに体を預けて、彼女は短く溜め息をついた。
ちょっとの間、互いに黙りこむ。「あんたはさ、すごく混乱してるみたいに見える」
「……なに、急に」
「わたしには、そういうの、わからないから」
「どういう意味?」
「ううん。ちょっと、昨日はキツイこと言ったかなって思って。だから、ごめん」
「……いや、そんなのは、べつにいいんだけど」
そんなことを言ったところで千歳がやってきて、慌てた様子で部室を見回してから「大澤先輩たちは?」と訊ねた。
-
355 : 2014/09/07(日) 01:15:03.78 -
つづく
できるかぎり投下頻度をあげていきます
-
365 : 2014/09/07(日) 23:21:20.32 -
大澤と西村は、どんな話し合いをしたのかわからないけど、以前のような穏やかなふたりに戻った。
ふたりで穏やかに笑い合ったり、何かの冗談を言い合ったり、当たり前に一緒に帰ったり、どこかに寄り道したり。大澤はそのことについて俺に何も言わなかった。俺には関係のない話なんだから当然だ。
翌週の土曜日に、俺と森里と大澤は、三人で海へと向かった。
自転車で駅まで走って、そこから電車を乗り継いで、観光地めいた海沿いの通りをあてもなく歩いた。
人気の少ない道を歩きながら、森里は「遠くに来たみたいな気分がするな」とたよりなく呟いた。
俺は適当に笑いながら頷いた。何も失ってなんかいないし、何もほしいものなんてない。
だってここにあるんだから。だから、手放さないようにしていればいい。「本当に?」と、聞き覚えのない男の声がしたけど、俺はその声にもう慣れきっていた。
いつかはなくなるんだよ、と俺は頭の中で答える。
でも、そのいつかは今じゃない。それだけで十分じゃないか。「それが本当なら、いいんだけどね」
声は聞こえなくなる。
-
366 : 2014/09/07(日) 23:21:57.80 -
海には島が点在している。俺たちはその景色をぼんやりと立ち止まって眺める。
船が汽笛をあげて港を出て行く。黙ったまま、その姿を見送る。二十分もかけずに通りを歩ききってしまうと、俺たちは来た道を戻って帰ることにした。
「何をしに来たんだろう」と、言い出しっぺの森里が言うものだから、俺は少し呆れてしまった。
「まあ、理由もなくこういうふうに遠出をするのも、たまにはいいだろ。気分転換みたいなもんでさ」
以前みたいな穏やかな調子で、大澤はなんだか良いことを言って話を終わらせた。
そんなところで、
「あ」
と、誰かの声がして、俺はあっさり揺らいでしまった。
「やー、元気?」
ひなた先輩だった。
大澤が笑顔を見せて、「お久しぶりです」なんて挨拶をした。
「言うほど久々じゃないでしょ」と彼女は言ったけど、俺はとても長い時間、彼女と会えていなかったような気がした。
-
377 : 2014/09/10(水) 00:55:00.71 -
「唐突に生きることを奪われた人間が、すべて等しく悼まれるべきなら、祈りに時効はないはずだし……。
だとしたら、死者の為に祈ろうとする人間はもっと多くの死を悼まなければいけないはずだと思います」「難しいこと、考えてるんだね」
俺は首を横に振った。
「俺は、ものを考えない人間なんですよね。普段は何も考えずに生きてるんです。
みんなといれば楽しいし、家族は大事だし、自分勝手な悩みに振り回されることだってあるし。
でも、ときどき思うんですよね。どうして俺は生きてるんだろうって」「……生きてる意味がわからないってこと?」
俺はまた首を横に振る。
「どうして俺が生きてて、他の人が死んだんだろうって。
べつに自分が死ぬべき人間だって思ってるわけじゃないです。でも、そこに境なんてなかったはずで……。
だとしたら、俺は"たまたま"生き残って、死んだ奴はみんな、"たまたま"死んだわけじゃないですか」「……」
「だから、俺は……」
俺は、なんだというんだろう。俺と関わりのない人間が大勢死んだ。それだけだ。
俺には関係のない話。別の世界の出来事。「運良く」、俺には関係なかった。「……俺は、運が良かったって思うんですよ。でも、だからって、ああよかったなって気分が晴れるわけないじゃないですか」
「……うん」
「でも、俺は関係のない人間だから。できることなんて何もない」
「……」
「……まあ、それだけの話です。現実に何もない人間だから、遠いことを考えて、やたらむしゃくしゃしようとしてるだけの」
何の話をしようとしたんだっけ? もう思い出せなかった。
-
379 : 2014/09/10(水) 00:58:42.55 -
「……それは、えっと……なんでだろう」「ひなた先輩」
「うん?」
「俺にとっても、あなたみたいな人がいてくれることは、すごく嬉しいことですよ」
「……」
また、目を丸くする。
それから、照れたみたいに笑う。その仕草だけで、俺はきっと、頭の中のごたごたした考えを放り投げて喜んでしまう。
そんな自分が嫌で嫌で仕方ない。
それでも、「ありがとう」と彼女は言った。「わたしはずっと、誰かにそんなふうに言ってもらいたかったのかもしれない」
だからね、と彼女は言葉を続けた。
「きみはたぶん、いろんな考え事をごちゃごちゃにかき混ぜて考えているんだろうけど、それはきみ一人で抱え込む必要のないものなんだよ。
誰かのことを考え続けるために自分をないがしろにする必要はないと思う。きみがそんなふうで、わたしは救われた部分もある。
でも、わたしのような人間に、仲間がいることを教えるためだけに、必要のない苦しみの中に居続けることはないと思う。
だって、きみはもう抜け出せたはずなんだよ。……ぜんぶ、わたしの思い違いかもしれないけど……」そうかもしれない。そうじゃないかもしれない。
俺にはよくわからない。 -
385 : 2014/09/11(木) 00:32:27.27 -
◇父親と相談して、学校にも届けを出して、俺はバイトを始めることにした。
なぜ今のタイミングなんだといろんな人に聞かれたけど、最近は少しいろんなことに余裕が出来てきたから、と俺は答えた。勉強だってそこそこやってるし、部活のことだってもともとサボり部みたいなもので、多少は融通が聞くから、と。
だからといって都合のいいバイトがすぐに見つかるとは思っていなかった。
それでも履歴書を買って、このあいだのコンビニに面接希望の電話を掛けたら、すぐに来るように言われた。
希望時間は土日の昼間。何かを考えたわけじゃない。土曜の午後二時半に面接に行くと、何人かの女の人がいた。四十代くらいの人がふたりと二十代くらいの人がひとり。
その人たちに面接に来たことを話すと、すぐにバックルームに通してもらえた。バックルームには四十代くらいのひょろっとした男の人がいた。たぶん責任者なんだろう。よく知らないけど。
面長で眼鏡を掛けていたが、瞳だけが子供のようにつぶらに見えた。彼は「ああ、どうぞ」と言って俺に椅子を勧めてくれた。
失礼しますとか、よろしくおねがいします、とか、そういう適当な言葉を掛けながら、俺は愛想笑いをしていた。「履歴書持ってきた?」
彼は名乗りもせずにぶっきらぼうな調子でそう訊ねてきた。
俺は鞄から履歴書を出して手渡した。彼は封筒を開けると履歴書を広げ、額に眼鏡をずらしてからざっくりと目を通し始めた。「土日の昼間希望ってことだったよね?」
「はい」
-
390 : 2014/09/11(木) 00:34:42.70 -
◇「で、バイト始めることになったから」
「何で急に?」
妹には事後報告だった。べつに反対されると思ってたわけでもないけど、ちゃんと決まるまで伝えたくなかった。
「まあ、思うところあって」
「ほしいものでもあるとか?」
「まさか」
と俺は言ったけど、なにが「まさか」なのかは自分でもよくわからなかった。
「じゃあ、なんで?」
「人生経験が必要かと思って」
「……」
「若いうちにはなんでもやってみろって叔母さんが言ってたし」
「……」
「疑ってる?」
「べつに」
妹はふてくされたような様子だった。
-
392 : 2014/09/11(木) 00:36:14.39 -
◇「で、バイト始めることになったんだよ」
「おー、いいんじゃない?」
月曜の夜に従妹から電話が掛かってきて、近況報告ついでにそんなことをいうと、彼女はどうでもよさそうに笑った。
「おにいちゃんも何かを始めてみるべきだよ。わたしはずっとそう思ってた」
電話口で偉そうにうんうん頷く従妹の得意げな表情を想像して、俺は少しだけ頬を緩ませた。「そっちはどう?」
「これといって特に。ねえ、冬休み、そっちに行ってもいい?」
「いいけど。……おまえ、予定とかないの」
「うるさいな。おにいちゃんこそ、そろそろ彼女できた?」
「……うるせーよ」
「……お互い、触れられたくない部分があるってことで、ここはひとつ」
「ああ、うん……」
それから彼女は「わたしもバイトしなきゃなー」みたいなことを言った。
話は学校のこととか部活のこととか、最近買ったCDのこととかにどんどん移っていって、それは案外悪くない感じがした。 -
395 : 2014/09/11(木) 00:37:51.64 -
◇土曜日に店に行くと、「いらっしゃいませ」と言われたので、俺は今日から入ることになってる佐伯ですと名乗って裏に入れてもらった。
バックルームには面接のときの男の人はいなかった。居たのは四十代くらいの女の人だった。彼女は店長だと名乗った。制服と仮の名札、それから研修中の札を渡される。荷物をロッカーにしまうように言われたあと、俺は着替えをはじめた。
「とりあえず今日は仕事の流れの説明をしますね。レジの経験とかはないんだよね?」
「はい」
それから店内にいた従業員と挨拶をして(片方は四十代くらいの女性、もう片方は二十代くらいの女性だった)、売り場に出る。
レジの中に立つと店内の様子が違って見えた。こういうことだよ、と俺は自分の中の誰かに言った。見える景色は立つ場所で変わる。
たとえそれがどれだけ些細なことであろうと。偉そうなことを考えて緊張を和らげようとしたが、あっさり見透かされたみたいで、店長は「緊張しなくていいよ」と言ってくれた。
俺はメモ帳とペンを取り出して起きることに備えた。
-
404 : 2014/09/12(金) 23:52:35.06 -
「……うん」「みんながいなくなるのは寂しいって。だから、みんなを集めようとしたんじゃないですか。
でも、みんながまた集まるようになったら、せんぱいが、自分から離れてく」「……」
「違ったら、怒ってくれていいです。でも、せんぱい、結局、逃げてるんじゃないですか?」
俺は少し考えてから、「そうかも」と頷いた。千歳はほっとしたような呆れたような、微妙な顔をした。
「よくわからないんだよな。どうすれば、逃げてないことになるんだろう」
「……」
「俺は何から逃げてるんだろう」
何かから、逃げているのは、間違いないかもしれない。
バイトを始めたのもそうなんだろうか。そういう部分もあるかもしれない。
でも……いや……。「……ひなた先輩が言ってたのを、聞いたことがあるんです」
「何?」
「せんぱいは、書くのを怖がってる人だって。書くことも、書いたものを誰かに見せることも、怖がってる人だって」
「……うん」
そんなことを、いったい何度、先輩に相談しただろう。思い出せないくらいに繰り返したような気がする。
彼女は、よくも呆れずに俺の話を真面目に取り合ってくれたものだ。 -
435 : 2014/09/14(日) 00:12:09.54 -
◇予定よりも早く完成された部誌は、予定よりも早く図書室に置かれることになった。
顧問は完成した部誌を見て、満足そうに何度も頷いていたけど、彼が内容に目を通しているとは思えなかった。大澤は「書けない」と言っていたのが嘘だったみたいに、何本もの掌編を載せていた。
どうして書けなかったのかと訪ねてみたら、奴はこんなふうに答えてくれた。「結局さ、褒められすぎたんだよな、俺は。だから不安になったんだ。
評判が良かったから、次書いたのも読むよなんて言ってもらえたけどさ。
でも、そいつらが俺の次の話を気にいるとは限らない。だって俺が次に書くのは、それとはちがう、別の、新しい話なんだから」たしかに、と俺は頷いた。
「でも、結局書くしかない」
いつもみたいに、これ以上ない結論で、大澤は話を終わらせた。
「そういえば、ラーメン屋ってなんだったの?」
「ああ、いや、だからさ。ラーメンが美味い店だからって、餃子まで美味いとは限らないだろ」
「……」
「それでも、餃子はまずいって落胆されたら、なんとなく嫌な感じじゃん」
そんなたとえをされたら、どんな悩みも形無しだなあ、と俺は思った。それでいいのかもしれない。
-
442 : 2014/09/14(日) 00:16:04.22 -
◇あっというまにテストが終わって、冬休みが来た。
休み中の部活のスケジュールはだいたい平日で、バイトには問題なく出られそうだった。毎日のように雪が降って、寒さで目をさますようになって、朝起きるたびに床が冷たかった。
休み中のある日の朝、リビングに降りると、また妹がしくしくと泣いていた。
何がそんなに悲しいのか、俺にはよくわからない。きっと、教えてもらうこともできない。その日は雪が降っていなかった。俺は庭に出て、シャボン玉を吹き始めた。
すると、妹もまた、パジャマ姿のままで外に出てきた。「寒くない?」と訊ねると、「寒い」と返事がやってくる。俺は何も言わないことにした。
「……しゃぼんだま、とんだ」、と妹が歌う。
「しゃぼんだま とんだ
やねまで とんだ
やねまで とんで
こわれて きえた」
かぜ、かぜ、ふくな。
しゃぼんだま、とばそ。白い空の向こうに、シャボン玉は吸い込まれていく。
-
443 : 2014/09/14(日) 00:17:12.26 -
◇
一応大丈夫な計算だったけど、初任給はちゃんと間に合った。
だから俺は駅前の花屋にいって、カスミソウの花束を買って、妹に贈った。「誕生日おめでとう」と言ったら、「今どき花なんて……」と妹は難しい顔をした。俺もそう思った。
「どうせなら食べられるものがよかったかな」と、照れ隠しのつもりか、珍しいわがままを彼女は言った。
だから俺たちはふたりでケーキを買いに出かけた。だからどうって話じゃない。
それでも妹は、「ありがとう」と言ってくれた。翌朝にはカスミソウは花瓶に入れられて、リビングの出窓に飾られていた。
-
447 : 2014/09/14(日) 00:21:59.16 - おしまい
最近のコメント