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1 : 2017/02/11(土) 16:48:40.05 -
・アニメ基準
・武内Pもの
・長い
・マジで長い
①私たちが知らない女性と、抱き合ったりしたことあるんでしょうか
「プロデューサー……付き合ってた人っている?」
それは脈絡の無い問いでした。
冬の夜は暮れるのが早い。
冷たい雨が降り注ぐ音と道路の喧騒が外で鳴り響く一方で、車内は長いこと静かでした。
そんな信号待ちの最中に、不意に静けさを破って助手席から今の質問が発せられたのです。ひょっとすると彼女が今の今までずっと黙っていたのは、質問する機をうかがっていたからなのか。
驚きのあまり、ついまじまじと彼女——渋谷さんを見つめてしまう。渋谷さんはシートに身を預け、私から顔をそむけるようにして頬杖をつき、窓の景色を眺めている。
質問する機をうかがっていたのではないかという推測が的外れに思えるほど、その姿は平静でした。——ふと、一年前のことを思い出してしまう。
あの時も車内で二人きりでした。
ただし彼女は渋谷さんとは違い、いつも以上によく話したかと思いきや突然黙り込み、それから突然同じ質問をしました。
私から顔をそむけ、しかし顔が真っ赤であることが耳まで染まっていたことからわかり——「プロデューサー」
「は、はい」
「信号、青だよ」
後ろからクラクションが鳴る。
どうやら思索にふけりすぎたようです。
慌てて足をブレーキからアクセルへと踏みかえます。「その……私に付き合っていた人がいたかどうかですが」
「うん」
「大学生の頃に一度だけあります」
「……………………ふーん、そっか」
その声は異様なまでに平坦でした。
理由はわかりませんが、胃の辺りが締めつけられたような錯覚すら起きます。
チラリと助手席の様子を見るも、先ほどと何の変化も見受けられません。……サイドミラーからでも彼女の顔が見えないのは幸か不幸か。
渋谷凛
http://imcgdb.info/card-img/2432001.jpgSSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1486799319
ソース: http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1486799319/
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2 : 2017/02/11(土) 16:49:39.48 -
「どれぐらいの期間付き合ってたの?」
「一年と……半年ぐらいです」
「けっこう、長いね」
「え、ええ」
「それで、どちらから告白したの? 相手の人のどんなところが好きだったの? 今でも連絡取ってるの? なんで長続きしたの?」
平坦であった声が乱れ始め、熱がこもる。
年頃の少女だ。身近な異性のそういった話に興味を持つのは別に不自然な事じゃないのでしょう。もっとも、渋谷さんの興味を持つ姿勢はやや不自然に思えますが……
「相手の方から……になりますか」
「なんだか歯切れが悪いね」
歯切れが悪くならざるを得ない内容ですから。
酔って同僚に話すならともかく、女子高生に聞かせる話では——「妙に周りの人にお酒を勧められて潰れてしまって、目が覚めたら女性の部屋だったとか?」
「……ッ!?」
「なんとなくそんな光景が思い浮かんだんだけど……当たりみたいだね」
真相をあっさりと言い当てられ思わず息をのむ。
女の勘という言葉がありますが、それを目の当たりにする度に背筋が凍る思いをします。
まして、それがまだ十五歳の少女となれば言わずもがな。「で、付き合わざるを得ない状況だったから付き合った。別に相手のことが好きだったわけじゃないってことだよね?」
「……いえ。好きか嫌いかで言えば好きだと断言できる程度には、好意を持っていました」
「……………………ふーん」
渋谷さんの声が跳ね上がったかと思うと、一瞬にしてまた平坦な声に戻ってしまいました。
好意を持つ者同士が結ばれる話は年頃の少女が好む類いだと思うのですが……わからないものです。「ただ、彼女と付き合うことを願っていたわけではありません。私とはまるで違う視野を持っていることを尊敬していて、面白みの無い私に何かと話しかけてくれたことに感謝はしてい
まして……良き友人を持てたと思っていました」
「プロデューサー……多分その人、色んな方法でプロデューサーにアプローチしたけどまるで気づいてもらえなかったら、周りの人に協力してもらって強引な手に出たんじゃないの?」
「はい。付き合い始めてから教えてもらいましたが……なぜ渋谷さんがそれを?」
「別に。プロデューサーは昔からプロデューサーなんだなって」
「は、はあ」
当然ですが大学生であった私はプロデューサーではありません。
346に入社して数年経ってからなのですが。 -
3 : 2017/02/11(土) 16:50:28.43 -
「それで? 今でも連絡取ってるの? 大学の同窓会で顔を合わせたりしてないよね?」
私が彼女と会うことに何ら問題は無いはずですが……渋谷さんと話しているとなぜか悪いことのように思えてきました。
「最後に会ったのは一昨年のことで、旦那さんと幸せそうにしておられました」
「……そっか。幸せそうでで何よりだね」
「ええ」
「じゃあプロデューサーはその人と別れてから誰とも付き合ってないんだよね?」
「まあ……そうなってしまいますね」
「別にいいと思うよ。次々と女の子をとっかえひっかえするよりずっと」
ようやく渋谷さんの調子がいつもに、いえどちらかというといつも以上に良くなってくれました。
しかし機嫌の良い渋谷さんを見ていると、どうしてもまた一年前のことを思い出してしまいます。そうでした。
彼女は最初、私に交際経験があると知った時はなぜか硬直し顔が青ざめ、しかし別れてからはずっとフリーということがわかると今の渋谷さんのように上機嫌に——「ねえ」
その言の葉はまるで氷の刃のように私の背筋を貫き——
「今、誰のこと考えてたの?」
——寒さに怯えた心臓が熱を送ろうとがむしゃらに走る。
……胸に手を当てずとも自分の心拍数が上がったことがわかってしまいます。
年頃の少女というのは本当に難しい。
逆鱗に触れた後でも、何が逆鱗であったのかわからないのですから。「実は……前にも今のように車で二人の時に、同じ質問をされたことがあります。そして彼女の反応が渋谷さんに似ていたもので、つい」
「ふーん」
別に思い出しただけですが、快不快は人それぞれ。
話してまずい内容でも無かったので正直に伝えてみると。「楓さん……ううん、美嘉か」
あっさりと言い当てられハンドルを握る手が強張り、車体がぶれてしまう。
みっともなく動揺する自分の心が現れたようでますます恥ずかしくなる。 -
4 : 2017/02/11(土) 16:52:43.36 -
「ねえプロデューサー?」
「……な、なんでしょうか」
答える声が上ずっているのが自分でもわかります。
「美嘉と付き合ったりしてないよね?」
「…………はい?」
それはあまりにも想定外の質問でした。
呆気にとられたまま渋谷さんの意図を探ろうと見つめてしまい、視界の端でいつの間にか前の車が停まったことに気がつき慌ててブレーキを踏む。「……うん。どうやら違うみたいだね」
「その……なぜそのような有り得ないことを?」
「有り得ないかな? だってプロデューサーと美嘉って、妙に距離が近いんだもん」
多分、私以外にもそう考えている人は何人かいるよと渋谷さんが続けるのを、頭を振って否定する。
「確かに……彼女は担当だった頃から不甲斐ない私を叱咤してくれました。担当ではなくなった後も、妹さんや後輩たちを心配してのことでしょうがよく顔を出しては助言をくれました。しかし城ヶ崎さんが私などにそのような感情を持つことはあり得ません」
そもそもプロデューサーである私が、彼女たちをそのような目で見るわけにはいきません。
「それにしても……渋谷さんにしても城ヶ崎さんにしても、なぜ私の交際関係をそこまで気になさるのでしょうか?」
この話題を続けるのはよくないと、ずっと気になってきたことを尋ねる。
プロデューサーって彼女いたことあるの? という具合に普段の会話の流れで聞かれるのならば気になりませんが、二人とも他の人がいない状態で真剣な様子で聞いてきたのです。
どうしても気になります。「だって……プロデューサーってば優しいうえに押しに弱そうだから、変な女に引っかからないか心配だもん。お世話になった人がそんな目に遭うなんて嫌だし、美嘉もそうだったんじゃないかな」
「……そのように、思われていたのですか?」
「げんに大学生の頃はそうだったじゃない」
ぐうの音も出ない、とはこのことでしょう。
それにしても自分の年齢の半分ほどの子たちにこのような心配を持たせてしまうとは……情けなさに思わず肩が落ちてしまいます。「ああっ、そんなに落ち込まないで。私たちが勝手に心配したことなんだから。ほら、そろそろ信号変わるよ」
渋谷さんはそう言って励ますように肩を撫でてくれました。
想えばこのように励ましてくれたり、プライベートのことを心配してもらえるのは、良き信頼関係を築けているからかもしれません。
落ち込むことばかりではないのでしょう。「……まあそんなわけで、私たちはプロデューサーが変な女に引っかからないか心配なの。プロデューサーって大手346の出世コースで収入も良く出費もあまりしない三十歳前後の高身長イケメン、ていう悪い女がこれでもかってぐらい寄ってくる要素の塊なんだから」
「イケメンではなく強面、警察のお世話によくなる、身長は高すぎて幅もある……ではないでしょうか」
「何もしてないプロデューサーを疑う警察が悪いし、女より痩せてそうな男なんてタイプじゃないし……あと私、プロデューサーの顔は良いと思う」
お世辞だと分かっていても、人気アイドルにここまで褒められて悪い気はしない。
頬が赤くなっていないかと心配に思いながら、右折のタイミングを見計らう。「……だからプロデューサー。もし誰かと付き合いそうになったら、一言私に言ってくれない? 同性だからわかることってあると思うから」
右折の最中であったため渋谷さんの表情をうかがうことはできませんでした。
しかしその言葉が私の身を案じてのことなのはわかります。
そうすることで渋谷さんが安心してくれるのならと思い、私はその提案を了承しました。——三日後に、彼女の前で身をすくませながら一言どころか延々と説明する羽目になるとは夢にも思わず。
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5 : 2017/02/11(土) 16:53:37.54 -
②中庭でプロデューサーさんが思いつめた顔をしていて……
缶コーヒーが手のひらを暖める感触が心地いい。
缶コーヒーから少しずつ熱が奪われていくのが名残惜しい。中庭のベンチに腰掛け、落ち葉が木枯らしに翻弄される姿をぼんやりと眺める。
多少余裕はあるものの、今日中に終えなければいけない仕事はまだまだあります。
ですがどうしても昨日の渋谷さんとの会話が脳裏をよぎり、それを整理しようと空調の効いた部屋を抜け出してきたものの考えがなかなかまとまりません。「ちょっと。ボーッとしちゃってどうしたの?」
後ろから声と共に両肩に手が置かれます。
振り返り見上げると、そこには勝ち気な笑みをした城ヶ崎さんの姿がありました。彼女にはこの笑みが似合う。
自分に絶対的な自信があり、しかし慢心せず。日々精進するだけでは飽き足らず周りにも目を配り、仲間と共に駆け上がる。
集団の中心であることを天から約束されたかのような笑み。
たとえ挫折してもそれすらも糧にして立ち上がり、最後には必ず勝利が約束されている。「だーかーら、どうしたって訊いてるでしょコラ★」
見惚れていると体を前後にゆさぶられてしまい、半分ほどになっていた缶コーヒーを念のため横に置きます。
ふと、昨日の渋谷さんの言葉を思い出します。
私などと城ヶ崎さんが付き合っているのではないかと勘繰っている人が、何人かいると。思えば城ヶ崎さんが異性と気軽にお話する姿はよく見受けられますが、今のように体に触れてじゃれ合う姿を見たことは一度もありません。
私、以外には——「で、何をまた一人で思い悩んでいたの? アタシが見たところCPの娘たちは皆元気そうだけど」
隣に腰掛け、顔を間近にもってこられて年甲斐もなく焦ってしまいます。
目線をそらしつつ、まさか今考えていたことを言うわけにもいかず、咄嗟に別の——しかし考え事の一つであったことを述べることとしました。「実は、城ヶ崎さんの担当をしていた頃のことを思い返していました」
「ふぇっ!? アタシの!?」
「はい……車の中での貴女の問いかけについてです」
「車の中って……あっ。そ、そんなことしみじみと思い返してんじゃないわよっ」
城ヶ崎美嘉
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6 : 2017/02/11(土) 16:54:24.04 -
顔を赤くした城ヶ崎さんに、今度は肩を叩かれてしまいます。
あの時の城ヶ崎さんは顔が青くなったかと思えば次は赤くなるなどして、思い出されて愉快なことではないと今さらながら気づきます。
ですが、これで話が逸れ——「でも別に今思い悩むことじゃないし……けどアンタ嘘をついている様子じゃない……微妙に内容をずらしてる」
ホッとしたのもつかの間。
顎に手を当て、私の目を見つめながら城ヶ崎さんが考察を進めていく。「莉嘉……だったらアンタこんなに深刻な顔しないよね。重く受け止めざるをえない高校生以上……凛に似たようなこと訊かれた?」
「……はい」
これも女の勘と呼んでいいものか。
違ったところで私という人間をここまで見抜いているのです。
畏怖の念を覚えて素直に降伏することとしました。「私が不甲斐ないせいで、問題のある女性となし崩しで交際するのではと貴女や渋谷さんに心配をかけてしまっています」
「そういった理由もあるけど、本当の理由は別にあるんだけどなー」
別の理由とは何か。
気にはなりましたが答えるつもりはないのでしょう。
城ヶ崎さんは顔を横にそらしてしまいました。「ですが安心してください。もし私が誰かと付き合おうとする前には渋谷さんに一言報告するように約束したので、問題のある女性と交際することはありません」
それは担当ではなくなった後でも、何かと気をかけてくださる城ヶ崎さんに安心してもらおうとした言葉でした。
それなのに、なぜか城ヶ崎さんは魔法で石にでもなったかのように急に動きを止めてしまいます。「城ヶ崎さん?」
「……ふーん、そうなんだ。そんな大切なプライベートな件を、担当しているアイドルに任せてるんだ。アタシの頃もそれぐらい頼ってくれてよかったんだけどね」
ようやく振り返ってくれたその顔は、心なしか頬が引きつっているように見られます。
「ただ、凛だけに任せるのはちょっと心配かな」
「と、言いますと」
「凛ってさ、口にはしないだろうけどかなりアンタを信頼して慕ってるんだよ。アンタが変な女に騙されないか心配するぐらいにはね」
アタシも、凛ほどじゃないけどねと膝に置いていた手の甲を軽くつねられました。
痛みはまるでなく、控えめに服の裾を指でつままれたかのような感慨が催す。 -
7 : 2017/02/11(土) 16:55:45.39 -
「だから他の女にアンタを取られそうになったら内心面白くないだろうし、悪気無しに採点が厳しくなってほとんどの相手は却下されるんじゃないかな」
「そのようなことが……」
「よく遊んでくれた近所のお兄さんに彼女ができて面白くない……って感じかな?」
渋谷さんがそこまで慕ってくれているという実感は正直ありません。
しかし私の交際相手に問題が無いか気にされていたことを考えると、有り得ない話ではないのでしょう。「ま、まあそんなわけだからさ!」
城ヶ崎さんの指が私の手をつねるのを止め、空中でピアノを叩くように踊ったかと思うと、ぎこちなく私の手に重ねました。
「あまり凛一人の判断に委ねるのは危ういと思うから、念のため私にも一言あると嬉しいな★」
「……わかりました。その時には城ヶ崎さんにも相談させていただきます」
それで城ヶ崎さんが安心してくださるのなら。
重ねられた手が強張るのが伝わってくる。
重要な話は終わったはずなのに何があったのか。
よく見ると彼女の視線は泳ぎ、外気にさらされ乾いてしまった唇を潤している。「ああ、あとさ! 私たちが心配している理由はアンタが押しに弱いから……自分からグイグイ行く肉食系だったらこういった心配しないんだよ。前に聞いた大学の話でも相手にいいようにされたみたいだし」
「申し訳ありません……」
「というわけで、アンタは自分から女の子にアプローチすることに慣れる必要あり★」
片手は私の手と重ねたままで、身を乗り出してもう片方の手を私につきつける。
その顔は笑ってはいましたが、初ライブ直前の時のように緊張であがっているように見えます。「確かに……前々からそういった経験が必要ではないかとは思っていましたが」
「ま、まあアンタこういうのに慣れてないからね。そんなに親しくない人や、通りがかりの人にナンパするっていうのはハードルが高すぎるよね!?」
「は、はい」
「だからえっと……こ、これから三日以内にアタシをデートに誘うこと!」
「城ヶ崎さんを……デートに、ですか?」
考えもしなかった提案に思わず目を見開く。
言いたかったことを言い終えたからでしょう。
城ヶ崎さんかの表情に余裕がいくぶんか戻り、しかしやや早めの口調で説明してくれます。「ほら、私とアンタの仲じゃない。他の娘たちと比べてグンと誘いやすくて練習にいいでしょ? それに私もアイドルになってから一度もデートしてなくて、たまにはしたいなって思っててさ。Win-Winの関係ってやつ★」
「それは、そうなのかもしれませんが……」
プロデューサーである私がアイドルをデートに誘うという最大のハードルが無視されています。
しかしそれを告げようとすると何故か、重ねられ、そしていつの間にか絡められていた彼女の手が押しとどめるような錯覚に襲われるのです。「もちろん練習だからデートの内容が不合格だった場合は再試験ってことで、気合い入れるように!」
「じょ、城ヶ崎さん!?」
城ヶ崎さんはそう言うと勢いよくベンチから立ち上が————ろうとして、私と指が絡まったままなので後ろに引っ張られ、ベンチに戻ってしまいました。
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8 : 2017/02/11(土) 16:56:56.06 -
「え? ええ~?」
「城ヶ崎さん、お怪我は?」
「いや、別に痛くないんだけど……え、なんで!? なんで指がとれないの!?」
どうやら緊張がほぐれていたのは表情だけだったようで、指は私の手に絡められた状態で固まっていたのです。
「うっそ……恥ずぃ」
「……レッスンの疲れでしょうか。指先がキレイに伸びきった姿は魅力的ですからね」
「……ッ!? そ、そうだったそうだった! トレーナーさんによくほぐすように言われてちゃんとしていたつもりだったんだけど、足りなかったみたい★」
恋愛経験が豊富であるように見せている彼女の面子を守ろうと、とっさに思いついた言葉でしたが受け入れてくれたようです。
城ヶ崎さんだけではなく私も安心しつつ、小指から順に、間違っても傷つけないようにそっとほどいていき——「ちょ、ちょっと待った!」
「はい?」
薬指にさしかかった時でした。
平静を取り戻したと思っていた城ヶ崎さんが、今日——いえ、今まで見た中で一番顔を赤くして硬直しています。
その瞳は潤み、夢うつつの中にあるかのようでした。「それ……左手……」
「え、ええ。左手ですね」
「ゆっくり……優しくしてね」
今にも消え入りそうな儚げで城ヶ崎さんらしからぬ声が気にはなりましたが、このままというわけにもいきません。
許可も下りたので、小指の時よりもさらに慎重にとりかかります。細長く形を整えられた水色の爪をまかり間違っても傷つかないようによけつつ、節くれだった無骨な私の手が触れていいものかとためらってしまうガラス細工のような指をそっとつまみます。
柔らかな指はしっとりと、そして外気のせいでヒンヤリとしていて、暖めてあげなければという思いからつい握り締めたくなります。薬指をほどき、そして最後の親指が終わるまで、城ヶ崎さんは一言も発しませんでした。
私も指をほどくのに集中していて、城ヶ崎さんの様子はうかがえません。ただ、絡まった指を覗き込むために前かがみになった私の首筋に当たる吐息から、城ヶ崎さんの呼吸がどういうわけか不規則なように思えました。
「これで終わりです。痛くなかったでしょうか?」
「……大丈夫。優しくしてくれたから」
城ヶ崎さんはまだ夢うつつの中にあるのか。
私から目をそらしながら今にもよろけそうな具合で立ち上がる。様子のおかしさから送って行かなければと私も立ち上がりかけた矢先のこと。
それを制止するかのようなタイミングで彼女は数歩先で立ち止まり、ゆっくりと振り返る。「デートのお誘い……楽しみにしてるから」
「……ッ!?」
それは、初めて聞く声音でした。
細められた流し目、内に込められた想いが漏れ出ているかのような白い吐息、紅潮した頬。
それらと相まって、抑揚をおさえようとして、しかしわずかに抑えきれていない音色は、まるで女の情念が込められているかのような錯覚を起こします。私が返事をすることができないまま硬直し、落ち葉を踏みしめて去っていくその姿をただただ見送ることしかできませんでした——
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9 : 2017/02/11(土) 16:58:26.84 -
③楓さんに気づかれました。楓さんはごまかせません
どれだけ考えごとが多く頭を悩ませていても、もはや日常と化している事務処理は滞りなく進めることができました。
閃きが必要となる案件が無かったことに一安心しつつ、明日も今日のようにうまくいくかわからないことに目まいを覚えます。帰宅の手続きを終え、今の時間ならスーパーの惣菜が売り切れず、なおかつ値引きもされているだろうと廊下を歩いていますと——
「はあ……」
物憂げな表情で高垣さんがため息をついていました。
「高垣さん、どうされましたか?」
「あ……プロデューサーさん。実は悩みがありまして」
「悩み、ですか。私でよければお聞きしますが」
幸い今日は早く仕事が終わりました。
高垣さんの悩むを聞く時間は十分にあります。「……いいのですか?」
「当然です。私に話すことで悩みが解決されるとまではいかずとも、その糸口となれれば幸いです」
「実は——」
よほど抱えている悩みが重いのか、あるいは人には話しづらいのか。
高垣さんは迷いはしたものの決心されたようで、その桜色の唇をそっと開きました。「私が以前お世話になった人が悩みを抱えているようなんですけど、私を頼ってくれないんです」
……ポップだけではなく演歌も歌えるその舌は、驚くほど鋭く私の痛い所を貫きました。
「その人が私の悩みを解決できたら幸せなように、私もその人の悩みを解決をできたら幸せなのに……水臭いと思いませんか?」
「そ、そうかもしれませんね……」
自分でも不自然だとわかるほどに勝手に目が泳いでしまいます。
これまでの経験上、この人が本気で怒ってしまったら誰も勝てません。いえ、勝てないという表現は正しくないのかもしれません。
穏やかな彼女を怒らせてしまったことによる自責の念で、争おうという気概を根こそぎもっていかれるのです。
本気の彼女に立ち向かうには、それこそ人生を賭けるほどの決意が不可欠であり、痛い所を突かれた私にそんなものがあるわけがありません。とはいえ、高垣さんがどこまで知っているのかわかりませんが、昨日今日のことをそう簡単に話すわけにもいかないのですが……
「むー。プロデューサーさんのお口は、いつも以上に固いみたいですね」
子どものように頬を膨らませるその姿は、彼女の怒りがまだ深刻ではない証左のようであり、かすかな希望を見いだせました。
次の瞬間、両側から希望をもぎ取られましたが。
「それじゃあビールかけしよう! ビールを飲めば悩みなんか半分吹き飛ぶ! キャッツが勝てばもう半分も吹き飛ぶから!」
「居酒屋に連行ね。貴方には黙秘権も弁護士も呼ぶ権利はありません、なんちゃって♪」
「姫川さん!? それに片桐さんまで……」
いつの間に近づいていたのか、二人に両腕を拘束されてしまいます。
あらかじめ申し合わせていたのでしょう。「申し合わせて、もう幸せ♪ さあプロデューサーさん、貴方のお口が緩くなるまでとことんお酒に付き合ってもらいますからね」
高垣楓
http://imcgdb.info/card-img/2525302.jpg -
10 : 2017/02/11(土) 16:59:30.85 -
※ ※ ※
プロデューサーがアイドルとお酒を飲むことは、あまり褒められたことではありません。
今回は二人っきりというわけではないので高垣さんも考えられての事なのでしょうが、よりによって呼ばれたのがこの二人では……その、なんと言いますか。「吐けー、吐けー! 田舎のおっかさんがカツ丼をおまえに食べさせたがって泣いてるんだぞー!」
「あんまり強情だと他所から選手とってきた時、プロテクトかけてやんないぞー!」
「ウフフ」
六人用の掘りごたつの個室で、左右に姫川さんと片桐さん、そして正面に高垣さんというまさかの布陣を敷かれることから宴は始まりました。
奥と手前に二人ずつが普通ではないですかと抵抗しましたが、酔っぱらうから大丈夫だよというまだ一滴も飲んでいないのに酔っぱらった回答で封殺されたのです。
グラスが半分を切ると左右正面から次々と注がれ、もはや自分がどれだけ飲んだのかわからない状態となりました。いっそのこともう白状してしまうかという考えが何度も浮かびました。
しかし情けない話をして私が恥をかくのはいいのですが、問題は渋谷さんと城ヶ崎さんのプライベートにも関わることです。昨日の話を聞いた城ヶ崎さんは、渋谷さんは私が他の女性にかかりつけになることを嫌っていると推測しました。
それが本当かどうかは別として、昨日の話を三人にもすれば似たような結論を出すかもしれません。
それは渋谷さんにとってあまり愉快な話ではないでしょう。今日城ヶ崎さんとの間であった話はなおさらです。
プロデューサーである私がアイドル、それも女子高生をデートに誘うことになったなど、口が裂けても言えません。
その部分をぼかして伝える手もありますが、昨日今日と女性の勘の怖さをまざまざと見せられた私にとってその選択肢は、全て打ち明けるのと同義です。何としてもここは持ちこたえなければ。
「プロデューサーさん……」
「な、なんでしょうか」
「お?」
「楓ちゃん?」
ニコニコと、これまでの経緯さえ無視すれば見るだけで癒される笑顔でお酒を飲み進めていた楓さんが、神妙な顔つきで私を見つめます。
場の空気が途端に変わり、隣の部屋の喧騒でさえもどこか遠くの世界のようでした。「話してはくれないんですか?」
「は、はい」
「でも悩んでいますよね」
「そ、それはそうですが……ッ!?」
「悩んでいるのに……私に、相談してくれないんですね」
夜露に濡れた朝顔の雫のように、彼女の頬を涙がつたった。
「た、高垣さん……?」
「ごめんなさい……迷惑だったですね。私、まだ人付き合いが苦手なままで、どうすればプロデューサーの力になれるかわからなくて。お酒の力を頼ってみたんですけど……どうしたところで、私なんかじゃ」
泣き崩れるでも、泣きじゃくるでもなく。
ただ淡々と、静かに自分の力の無さを受け入れて己のみを責める涙を見せられて、もはや私に選択肢などありません。「そんなことはありません! おこがましいとは思いますが、貴女のような光り輝く逸材を担当できたことは私にとって誇りであり、人柄も能力も信頼しています。貴女にこうやって気にかけてもらえるのは何よりの幸せです。今抱えている問題は私自身整理しきれていないものだったのでためらいましたが、今決心がつきました。話させていただきます」
「……本当に?」
「ええ!」
「じゃあすみからすみまでぜ~んぶ話してくださいね♪」
「はい! ……はい?」
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11 : 2017/02/11(土) 17:00:56.73 -
罪悪感と決心がどこかに立ち消える。
目の前に先ほどまでいたのは嘆き悲しむローレライであったはずなのに、今は陽気に笑う酒の使徒だ。「いやー、今のは会心の涙だったね。よっ! 月9の女王!」
「もう女優だけでも食っていけるんじゃないの。アイドルのままじゃ結婚できないし、転向本気で考えといたら?」
「そうですねー。良い人がいればそれもいいですね。チラ、チラ」
天を仰ぐ。
天井が近くなったり遠くなったりして見える。女の勘は怖い。
女の涙だって、同じぐらい怖い。「なるほど……なんとなく事情は察していましたが、ここまでのことになっていたんですね」
酒で肉体をやられ、精神は高垣さんの涙で根こそぎもっていかれ。
気がつけばどうやら昨日今日のことを洗いざらい打ち明けていたようです。「プロデューサー君。分かってはいると思うけど、二人とも十八歳未満よ。そりゃあ美嘉ちゃんはギリ結婚できる年齢だし、凛ちゃんだって結婚を前提にしてご両親に挨拶すればギリ大丈夫だけど、それは法律や条例での話であって、社会常識と照らし合わせればアウトなのよ」
私はいったいどんな打ち明け方をしたのでしょうか。
片桐さんは怒っているというより、本気で私の身を心配して語りかけてくれている。と、そこで。
「まあーまあー、いいじゃない早苗さん。今は清い関係みたいなんだから」
姫川さんがまだまだ続きそうな片桐さんの言葉を遮ったかと思うと、両肩を意外なほど強く握ってきて真正面から向かい合う形に私を変えた。
「いいプロデューサー? ギリギリストライク、ギリギリボールって球じゃ見逃しは狙えても空振りは狙えないよ」
「つ、つまりなんでしょうか?」
私の頭が酔いで理解できないのか、それとも姫川さんも酔ってまともに説明できていないのか、その両方なのか。
話の流れがまるで読めません。「だーかーら! 女子高生なんてギリギリ許されるかもしれないコーナーのすみを突くんじゃなくて、キャッチャーの手前でバウンドするフォークで空振り三振狙おうよ! 女子中学生いこう女子中学生!」
……どうやら、今日の姫川さんはもうダメなようです。
三人でそっと目を見合わせます。「一人オススメな娘がいてね。14歳で142センチで世界で一番カワイイタタタタタタッ」
「青少年保護育成条例違反教唆の疑いで現行犯逮捕します」
「何かおかしい! 教唆された側が犯行に及んでいないのに教唆で逮捕されるなんてよくわかんないけどおかしい!」
「だまらっしゃい! こういったバカ真面目な好青年は一歩踏み外せばすごい勢いで落ちていくもんなんだからね!」
「純愛だから! 初恋を叶えであげだいだけだから!」
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12 : 2017/02/11(土) 17:01:51.82 -
お二人が一緒に来てくれたおかげで重い話にならずに済んだと考えるべきか、それともまともに相談できないと嘆くべきか。
「しかしプロデューサー。私は凛ちゃんと美嘉ちゃんの懸念は一理あると思います」
「高垣さんもそう思われるのですか……っと、すみません」
向けられた徳利にお猪口を差し出す。
「はい。だから付き合う前に信頼できる周りの人に相談するのも、女性へのアプローチに慣れるためにデートに誘う練習をするのもいいことだと思います」
ずっとこれでいいものかと悩んでいたのが、高垣さんに肯定されるや否やかき消えてしまいました。
自然とお猪口を口に運び、熱い液体が喉を通って体を芯から暖める。
今日一番酒が美味いと思える瞬間でした。「ですが……ちょっと心配なことが」
「何でしょうか?」
「美嘉ちゃんは凛ちゃんのことを、プロデューサーのことを慕うあまり付き合う相手への採点が厳しくなりかねないと言ったそうですね。けど美嘉ちゃんだって凛ちゃんに負けていませんよ」
「城ヶ崎さんが?」
「あら、そんなに意外な顔しちゃかわいそうですよ」
そう言われても、そもそも渋谷さんがそこまで私を慕ってくれているということ自体納得しきれていないのです。
それなのに城ヶ崎さんまで同じぐらい私を慕っていると聞かされても、狐につままれたかのような気分でした。「だからデートの内容の採点だってわざと厳しくして、合格点が出るまでと言ってずっとプロデューサーとのデートを楽しもうと考えているかもしれません」
「……私とのデートなど退屈だと思うのですが」
「むう。私の言うことを信じてくれないんですね」
お酒がまわり始め赤く染まった頬を愛らしく膨らませる姿に、思わず笑いがこぼれてしまう。
私が笑うのを見てますます高垣さんの頬が膨らみ続け、やがて限界が来て「ぷふー」と割れてしまった。
お互いクスクスと笑ってしまいます。 -
13 : 2017/02/11(土) 17:02:40.65 -
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————————
「じゃあこうしましょう。美嘉ちゃんとのデートが不合格になるたびに、私と反省会をするんです」
そろそろお開きとなり、もみ合った体制のまま寝息を立てる姫川さんと片桐さん(叫び足りないから酒浸りなんだ……フフ)のためにタクシーを頼んで戻ると、高垣さんが唐突にそう述べました。
「反省会……ですか?」
「はい。今日のように集まって、プロデューサーが合格点をもらえるように皆でアドバイスするんです。それにデートの後のたびにお話を聞くことができれば、美嘉ちゃんがわざと不合格にしているかどうか判断しやすいですし、それに——」
最後の一献を飲み終え、にっこりと、しかし有無を言わさぬ力が言の葉に込められていました。
「——これも女性へのアプローチに慣れる練習です。私を恋人のように想いながらお酒に誘ってください」
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14 : 2017/02/11(土) 17:05:30.60 -
今回は本当に話が長いうえに完結まで時間もかかるので、話がどこまで進んだのかわかるように一段落つくごとに目次を挟みます
読むのを再開する時などに利用してくださいプロローグ 凛
一日目 美嘉 楓
二日目 ??? ??? ??? ???
三日目 ??? ??? ??? ???
エピローグ 凛
キュート ??? ??? ??? ???
クール 凛 楓 ??? ???
パッション 美嘉 ??? ???
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15 : 2017/02/11(土) 17:06:17.06 -
今日はここまで
いつもは書き終わってから投稿するのですが、あまりの話の長さにちょっとモチベが下がり気味なので追い込みをかけようと投稿しました
今は二日目が終わったところまで書き終わっています
これから毎週土曜に、一人か二人ずつのペースで投稿していく予定なのでよろしくお願いします -
43 : 2017/02/18(土) 10:43:44.16 -
④あの子ちゃん、ちょっと耳寄りな情報があるんです
昨夜はあれから姫川さんと片桐さんを家に送るのを高垣さんに任せ、タクシーに三人が乗るのを見送った後に終電少し前の電車で帰宅しました。
今朝は少しばかり頭痛を覚えますが、出勤する足どりに問題はありません。
むしろ人に悩みを話す事で気が幾分か軽くなり、昨日より調子がいいぐらいです。……城ヶ崎さんとデートの練習をするたびに高垣さんとお酒を飲むことになりましたが、悩みを溜めやすい私にはいいことかもしれません。
問題はスキャンダルだと勘繰られることなので、他にお酒が飲める人も誘うとしても、あまり回数が増えると疑われかねないことですか。そういった意味では悩みの種は増えたともいえます。
ですが高垣さんが懸念したような、城ヶ崎さんが私と何度もデートしたいがあまりわざと不合格にするというのは正直考えにくいので、デートに誘うのも飲みに誘うのも多くて三回ほどで終わるでしょう。などと大股で歩きつつ考えていると、よく見慣れた少女に追いついていました。
「おはようございます、白坂さん」
「あ、プロデューサーさん……おは——」
白坂さんは挨拶の途中で言葉を切ると、私を見るために上げていた顔をさらに上げ、指先をだらんと力を抜いた姿勢で天を仰ぎました。
これは……もしかすると、アレでしょうか。「あ…………アァ」
震えながら喉をかきむしるように両手をあて、ゆっくりと廊下に膝を着く。
やはりアレでした。わずかばかり感じる羞恥心を咳払いをして追い払い、私もまた膝を着き、前のめりに倒れようとする白坂さんの肩を支えます。
「し、白坂さん!? 白坂さんしっかりしてください!」
「だ、ダメ……逃げて、プロデューサーさん」
「何を言うんですか!? 今すぐ、医務室にお連れします!」
「このままじゃ……プロデューサーさんも……わ、私が……ッ」
震わせていた体をひときわ強く痙攣させ目を見開いたかと思うと、ゆったりと私の首に両手を伸ばします。
「アー……アア」
はい、ゾンビごっこです。
彼女の担当であった頃、時々こういったホラー映画のワンシーンを再現していました。
誕生日のお願いでホッケーマスクとチェーンソーを身に着けたところに輿水さんがやってきて、日野さんに負けず劣らぬ声量を発揮して卒倒したという事件もあったものです。「おいし……そう」
そう呟くいて、白坂さんの口が私の首元に近づきます。
今回のパターンだと、白坂さんが噛みついたフリをして私が驚き、そして苦しみながら私も感染してゾンビになる展開でしょう。——チュ、チュウウウ、チュパッ——
「……ッ!!?」
白坂小梅
http://imcgdb.info/card-img/2528902.jpg -
44 : 2017/02/18(土) 10:44:51.57 -
何が起きているのかわかりません。
白坂さんが私の首に顔を近づけるところまでは予定通りでした。
しかし噛んだフリをするはずなのに、なんでしょうこの鼓膜に響いて身を震わせてしまう蠱惑的な音色と、頸動脈付近からかけめぐるひんやりとした熱という矛盾した存在は。いえ、似たものに覚えはあります。
もう何年も前——大学生であった頃に。しかしそれは今ここで、白坂さん相手に起きるはずがありません。
それなのに、私がこうして理解できず受け入れられないままなのを他所に、事態は進行し続けます。「ちゅ……チュウウウッ……ハァ……ハァ……プロデューサーさんの汗の味、おいしいんだね」
「し、白坂さん……いったい、何を?」
ようやく私は情けないかすれ声で尋ねることができました。
首に手を当てると、湿った感触があります。白坂さんはクスクスと笑うと、私の首に両手を回したまま鼻と鼻がくっつきそうになるほど顔を近づけ、無垢な瞳で私を見つめる。
「エヘヘ……プロデューサーさん、私に感染しちゃったね」
そう言うと今度は鼻先に唇を近づけようとするのを、慌てて制止します。
白坂さんは少し気を損ねた顔をしましたが、すぐに笑顔に戻ります。——その笑顔は、幼いが故に禁忌を知らず、ためらわずに踏み込む危うい魅力が含まれていました。
「あの子から……話は聞いたよ。皆、考えすぎ」
話というのはやはり、私が問題のある女性に押し切られて交際するのではと心配されていることと、女性へのアプローチに慣れる必要があるということについてでしょう。
「プロデューサーさんは今の調子で、一生懸命仕事に打ち込んでいれば…大丈夫。プロデューサーさんの…そんな姿に惹かれた女性と、三年後に結ばれて……幸せになれるから、ね」
「そう思っていただけますか。しかし……」
初めて周りの懸念について考えすぎと言われ少し安心できましたが、三年という具体的な数字は何でしょうか?
尋ねてみると白坂さんは心底不思議そうに、そして愛らしく首をかしげて見せます。
「だって……私、まだ十三歳だから……プロデューサーさんと結婚するには、どうしてもあと三年は待たないと……」
「し、白坂さん……?」
気負いもなく、てらいもなく。
当り前のように約束された未来を語る白坂さんに気圧され後ずさろうとするものの、未だに首はつかまれたままで、何より先ほどから両肩が“なぜか”ヒンヤリとして重い。「私に感染した証……消えそうになったらまたつけるから……他の人に言い寄られたら、それを見せてね」
これで変な女なんか私のプロデューサーさんに近寄れないからと囁かれ、窓ガラスを見れば首に痕が見えました。
キスマーク、でしょう。まだ十三歳……そう思っていた少女の行動に愕然とします。
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45 : 2017/02/18(土) 10:45:40.23 -
「……白坂さん」
「なあに?」
情けないことに、私はどう対応すればいいのかまるで見当がついていません。
私に親愛と信頼のみを、多大に向けてくる少女をどのように諭せばいいのでしょうか。考えがまとまらないまま、今私が思っていることを傷つけないように気をつけながら話し始めます。
「白坂さんが私を慕っていただけることは、たいへん嬉しく思っています」
「相思相愛……だね」
「……確かに私たちの間に信頼関係はあると思います。ですが、それに男女の恋愛感情が含まれているかといえば、違うのでしょう」
「……ふーん」
白坂さんから笑みが消え、目が細まります。
それは少女ではなく、女の顔ではないかと錯覚しそうになるものでした。「プロデューサーさんは……こう言いたいんだね。私がまだ子どもで、親愛と愛情を取り違えている。成長して視野が広がれば自然とそれがわかって……私の初恋は、思い出に変わるんだって」
「……はい」
私自身まとまっていない考えを、白坂さんがうまく言語化してくれました。
……もしかすると、彼女もまた自分の感情を整理する機会があって、今のように疑ったことがあるのかもしれません。そこまで考えが及ぶ白坂さんを完全に子ども扱いしていいものかという考えが浮かんだものの、それは今は置いておかなければ。
「ですから私は、貴女とそのような約束は——」
「プロデューサーさんは……私と結婚するのが嫌なの?」
私の言葉を白坂さんの言葉が遮りました。
決して大きくはない声を、一度うつむきかけて——すぐに私に視線を戻しながら。それは、本気の声でした。
子どもであっても本気であることには変わりません。
アイドルとプロデューサーですから、という立場で納得させるのではなく、必要なのは私の本音でしょう。「……嫌なわけがありません。ですが白坂さん。結婚できる年齢に制限があるのは、正常な判断を……後悔しない決断をできるようになってから、大切なことができるようにするためでもあるんです」
「じゃあ三年後……私の気持ちが変わってなかったら結婚してくれる?」
安請け合いをするには、白坂さんの眼はあまりに幼さがありませんでした。
三年後もまだこのままではないか、という懸念がよぎります。「五年後……白坂さんがもし高校を卒業しても気持ちが変わらないのでしたら」
どのみち私に好きな相手はいない。
見つかるあてもない。
埋まる予定の無い欄に、確実にキャンセルされるものを入れていても差し支えはありません。
それで白坂さんが喜んでくれるのならばなおのこと。 -
46 : 2017/02/18(土) 10:46:28.79 -
「……本当に?」
「ええ、本当です」
「え、えへへ」
穏やかに笑うその姿を見て、これでよかったという思いと同じぐらい早まったのではないかという気持ちも芽生えましたが……いくらなんでも五年も私を想い続けることは有り得ないので、これは杞憂に過ぎないでしょう。
「あ……でも」
「どうかしましたか?」
「我慢できなくなったら……五年経ってなくても、いつでも私を呼んでいいから」
少しでも早く結婚したいという考えなので——
「未成熟な私も……成長した私も……全部全部、味わってほしいから」
——————————はい?
「し、白坂さん?」
一瞬、世界が真っ白に染まりました。
真っ白となった世界に絵の具が少しずつこぼれ、真っ先に描かれたのは心配そうに私を見つめる小柄な少女——いい子なんです。誰が相手であってもこの子はいい子なんですと胸を張って言える子なんです。
多少エキセントリックなところはありますが、周りの人を心配ができる優しさがあり、控えめではありますが自分の意志だってちゃんと伝えられるそんないい子なんです。だからこんなこと言うはずが——
「プロデューサーさん……彼女がいなくて、たまってるでしょ? 私が発散してあげる、から」
……いつまでも子どもじゃないんですね。
別に悪いことではありません。
彼女の優しさや、控えめでありながら確固とした意志が損なわれたわけではないのですから。「プロデューサーさん? プロデューサーさん?」
大人になって急に性の知識をつけるわけじゃないことぐらい、自分にあてはめればわかることでした。
成長するに従って少しずつ身につけるのです。
白坂さんは今、大人と子どもの中間にいるということでしょう。
そしてその時分は、性の知識が偏りがちなものです。「あ……もう行かないと。じゃあね、プロデューサーさん」
頬に柔らかな感触がします。
サラサラとした髪も同時に触れて気持ちがいいです。
きっと、海外のドラマのワンシーンを見て真似たのでしょう。
真似から始めて、その後に本当の意味を知る。
いいことではないですかははははははははははははは—————————はぁ。 -
47 : 2017/02/18(土) 10:47:36.70 -
Ⅴ:そこの酔っ払い。昨夜のことは貴女のところの小さいのに話したの?
白坂さんとの衝撃の会話を終えて、どれほど呆然としたまま膝を着いていたのかわかりません。
同期に肩を叩かれ気がつけば始業時間がもうすぐそこでした。同期は私の呆然とした姿とキスマークから何かを察したようで、痛ましい表情をしたものです。
「すまん。助けてやりたいのはやまやまなんだが、俺も差し迫っててな。まゆがいつの間にか俺の両親と挨拶を済ませて——いや、聞かなかったことにしてくれ」
お互いプロデューサーとして恥じない行動をとろうと言い残し立ち去る彼の背中は、戦いに勝てるから挑むのではなく、敗北必至であっても戦う理由があるから挑む手負いの戦士のそれでした。
その姿を自分に重ねてしまうのはなぜでしょう。不吉な予感を振り払うように早足で職場に向かいます。
しかしCPルームに入る直前になって、キスマークの存在を思い出しました。
もう始業まで時間はありません。
やむなく私は首に片手をあてたまま入室し、アイドルの皆さんと顔を合わせたのでした。私はクセでよく首に手を当てていますが、その場所は首の後ろであって首の横ではなく、常にその体勢なわけでもありません。
最初の方こそアイドルの皆さんは少し不思議そうな顔をされるぐらいであったのが、私が終始手を当てたままなことに違和感を強めていきます。——それとこれはきっと気のせいなのでしょうが、渋谷さんの視線が冷たいというか、重いような気もしました。
いつ誰が私の首について言及してもおかしくない雰囲気となった頃に、皆さん移動の時間となり助かりましたがこのままではいけません。
医務室で絆創膏かシップをもらって隠すことにしましょう。キスマークを手で覆ったまま医務室に向かっていますと、十字路から紺色のスカートがわずかにのぞいて見えました。
「……これは?」
見覚えのある色と布地に立ち止まりよくよく観察すると、影が中央に浮かび上がっていることに気がつけました。
太陽の角度から推測するにその人物は小柄で、髪の一部が外にハネています。何となくではありますがこのまま進めむと起きることが予想できました。
私は歩みを再開して十字路に近づきます。そしていざ十字路にさしかかる手前で足踏みをすると——
「とおおおーっっってアレレ!!?」
私の一歩先の空間めがけて輿水さんが飛び込みました。
何かするつもりだろうとは思っていましたが、これは予想外です。
このままでは輿水さんが顔ないしは胸から落ちると慌てて支えました。「ハァ……ハァ……こ、怖くなんかなかったですからね? なんせボクはカワイイうえにコワイイんですから!」
「は、はい」
「あ、ところでプロデューサーさん! なぜ途中で立ち止まったんですか!? ボクが隠れているって気づいたんですか?」
「ええ。スカートの裾が見てまして」
「はあ。まったく、本当にプロデューサーさんはボクがいないとダメなんですねえ」
いったいどのような理由でダメだしをされるのか。
輿水さんの輿水さんによる輿水さんのための理論は聞いていて微笑ましいものばかりで、担当であった頃は業務の忙しい日などに癒しとして重宝させてもらいました。
傾聴するために父親が子どもにする飛行機ごっこのような体勢で支えていた輿水さんを、ゆっくりと廊下に降ろします。輿水幸子
http://blog-imgs-50.fc2.com/k/a/k/kakurewota710/597799307.jpg -
48 : 2017/02/18(土) 10:48:38.31 -
「あ、どうも。いいですか? このカワイイボクにいたずらされるというのは、とても幸せなことなんですよ。途中で気づいたのなら、むしろ喜んで受け止めるべきでしょう」
その場合、私が輿水さんに抱きつかれることになったのですが。
「輿水さん。貴女はアイドル、いえそれ以前に年頃の女の子なんです。みだりに男の人に抱きついたりなどしてはいけません」
「フフーン。これはプロデューサーさんのためにしたことなんです」
「私の?」
これはまたどんな理論なのかと、腰をかがめて聞くこととしました。
「プロデューサーさんが近頃、考えなくていいことを考えていると友紀さんからうかがいました。なんでも女性にアプローチすることに慣れようとしているとか」
……どうやら、姫川さん経由で私の事情を把握されているようです。
ただ姫川さんはだいぶ酔っておられたので、どのような伝わり方をしているのか少しばかり不安を覚えます。「プロデューサーさんは仕事が第一だと考えているふしがあったので、結婚願望があると判明したのはいいことです。でも女性へのアプローチを学んだり、他の女性と親しくなろうとするのは努力の方向を間違っています」
「正攻法だと思いますが……」
「でもプロデューサーさんには当てはまりません。な・ぜ・な・ら!」
胸に手を当て上体をそらし、誇らしげで、それでいて愛らしさも持つ“カワイイ”笑顔を咲かせた。
「プロデューサーさんは元とはいえボクのプロデューサーさんなんですよ? 他の人たちと違って、世界一カワイイボクと毎日触れ合えるんです。世界一カワイイボクを見つめ、応援し、カワイがる。それ以上に女性に慣れることなんかこの世に存在しません」
「なるほど……これは盲点でした」
彼女の自信は希少だ。
本当は決して気が強いほうではありませんが、それでも自分が“カワイイ”から決してくじけない。
ともすれば傲慢へとつながり道を誤りかねませんが、本当は気が弱い彼女は悩みを抱える仲間に敏感で、これまた“カワイイ”から支えようとする。仲間を助け、その仲間から愛され支えられている以上、彼女が道を誤ることは決してありません。
「ボクの担当を離れて一年経つとはいえ、こんな単純で明快なことを忘れるなんて本当にダメダメなんですから。それを体で思い出させようと考えて、不意を衝いて抱きついてあげようと————なんですか、それ?」
あの輿水さんの笑顔が凍りつきました。
何事かと思えば、その視線は私の首——キスマークにあてられています。そうでした。
輿水さんが怪我をしてはいけないと慌てて以降、キスマークを隠すことをすっかり忘れていました。「……違い、ますよね? それって、話に聞くキスマークというものなんかじゃ……ないですよね? ボクのプロデューサーさんに、ボクのものじゃない証があるなんて……何かの間違いですよね?」
「こ、輿水さん?」
その顔は驚きによるものか強張り、かろうじて笑顔の名残りがある。それなのに蒼ざめ、唇はわなわなと震え、キスマークに向けられた指は狙いが定まり切れていない。
何より見ていて辛いのはその眼だ。
あれほど自信に満ち溢れていたのに、今は世界中から見捨てられたように弱々しい光と化している。何が彼女をここまで動揺させているのか。
彼女は私のことを呼ぶときはよく頭に「ボクの」とつけていました。
こんな私を頼りにしてくれているとは思っていましたが、これはいくらなんでも予想外です。 -
49 : 2017/02/18(土) 10:49:15.94 -
「プロデューサーさん……」
「……なんで、しょうか」
「それ……よく見たいんです。すみませんが膝を着いてもらえますか」
「はっ、はい」
14歳とは思えぬ感情の起伏が無い平坦な声に空恐ろしさを覚え、言われるがままに膝を着きます。
彼女は私の肩と首をつかみ、ゆっくりとキスマークを観察しようとのぞきこみ——「んちゅ…………んんっ」
「!?」
首に走るなめらかで暖かな感触。
それが何であるのか、前の経験から間をおいてないため今度はすぐにわかりました。
今朝の二の舞になってはならないと慌てて立ち上がります。しかし輿水さんはその細い腕で精いっぱい私をつかんでいたため、輿水さんの軽い体も浮き上がって着いてきてしまいました。
それなのに輿水さんは、自分の体が浮き上がったことなどまったく気にすることなく、一心不乱に私に吸い付き続けるのです。絶えず奔るくすぐったさと否定しえない快楽。
その二つを、自分にあそこまで自信を持つアイドルが、プロデューサーである私にここまで夢中になっているという背徳感が増幅させる。耐え切れず膝を着いたところで、ようやく輿水さんは私を解放してくれました。
「ちゅっ……ちゅぱ……ふぅ。キスマークは……半分しか上塗りできていませんね。もう一度——」
「ここ、輿水さん。落ち着かれてください」
手を伸ばしてきた輿水さんから、膝を着いたままなのに転びそうになりながら距離を取ります。
「……フフーン。まあこのボクにここまでしてもらうなんて、プロデューサーさんには少し刺激が強すぎたようですね」
そんな私の姿が面白かったからか、あるいは彼女が気に入らなかったキスマークを半分でも消すことができたからか、いくぶんか機嫌を直されたようです。
「現場に向かう時間ですし、今日はこのぐらいにしておいてあげます。鏡を見るたび、手で押さえるたびに、カワイイカワイイボクのことを思い出してください。そうすれば他の女性にアプローチしようだなんていう無駄な考えをしないですみますから」
クルリと背を向けそう告げる彼女の横顔は、頬は淡く紅に染まり、唇に添えられた人差し指は綿密な計算結果で弾き出されたかのように魅せる最適な位置にあり、細められた濡れた瞳は長いまつ毛で飾られている。
——立ち去るその姿は、カワイイと表現するにはあまりにも妖艶でした。
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50 : 2017/02/18(土) 10:50:50.46 -
今日はここまで
三日目の二人目途中まで書いていて、書き溜めは順調です23日発売のPS4ホワイトを予約していて、据置型はPS2で止まっていた反動が出るかもしれないけど順調です
今回のイベントでちゃんみおのちゃんみおっぱいがちゃんみおすぎて本気を出すかもしれないけど順調ですまた来週土曜に投稿します
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93 : 2017/02/25(土) 08:06:14.34 -
⑥むう、やりますね。楓さんの次に高得点です
「どうしたのものでしょうか……」
デスクに両肘を乗せ、頭を抱え込みます。
高垣さんたちに相談に乗ってもらい軽減した悩みは、元の倍以上に膨れ上がりました。「お二人とも……本気なのでしょうか?」
キスマークを隠すために貼ったシップをなでながら考える。
二人ともまだ子どもで親愛と愛情を取り違えており、成長すれば自然と本当に好きな人ができると思っていますが……それは楽観的なのかもしれません。白坂さんは三年どころか五年後でも今のままかもしれず、輿水さんの独占欲は子どもではなく女性のものだったのではないでしょうか。
「……っと。今は勤務中でしたね」
今日中に上に回さなければならない書類が目にとまり、いったん考えるのをやめます。
ついに仕事にまで影響が出始めるとは。
気持ちを入れ替えるためにコーヒーでも飲もうかと席を立ちあがりかけた時、ドアがノックされました。「Pチャン、いるかにゃ?」
「前川さん? ダンスレッスンの後に、衣装合わせの予定だったはずですが」
「衣装合わせが少しずれるって」
「そうでしたか」
私に連絡が来ていませんが、前川さんは衣装合わせで今日は終わりなので、少し遅れても連絡はいらないと判断してのことでしょう。
「それでちょっと時間ができちゃったから、Pチャンの様子を見にきたんだけど……首を押さえてたのは寝違えたからかにゃ?」
「え、ええ! そうなんです。心配をおかけしていまい申し訳ありません」
やはりキスマークを隠し続けていたのは変に思われていたようです。
しかしわずかに空いた時間で様子を見にきてくれるとは……ありがたいと同時に、理由が理由なだけに申し訳ありません。そんな風に恥じ入っていますと、前川さんが無言で——
「じー」
——無言ではなく、口にしながら私を見つめています。
「前川さん?」
「……Pチャン、顔色が悪いにゃ。寝不足というより、なんだか悩み事を抱えているみたいだにゃ」
「……っ」
「やっぱり。カマかけだったけど、本当に悩んでいたんだにゃ」
動揺した私の様子から、あっさりと確信がとれたようです。
見抜かれた恥ずかしさから首筋に手をやると、前川さんが困ったように笑いました。「みくに話して……って言ったら、もっとPチャンを困らせそうだから言わないにゃ」
前川みく
http://s.eximg.jp/exnews/feed/Appget/Appget_News_154064_10.png -
94 : 2017/02/25(土) 08:07:38.66 -
確かに人に話せる悩みではありません。
まして、相手が同じ未成年のアイドルとなればなおのこと。「けど覚えていて欲しいのは、みくたちのためにPチャンが一生懸命なように、みくたちだってPチャンのためになりたいんだよ。Pチャンが言ってくれれば……ううん、言わなくたっ
て力になるつもりなんだから」
「前川さん……」
悩みを話したわけではない。
解決策が見つかったわけでもない。それでも自分を味方してくれるというてらいの無い真っ直ぐな宣言は、落ち込んでいた私の心に活力を与える息吹きでした。
「まあそれは別としてにゃ」
「ええと……どうされましたか」
つい先ほどの雰囲気とは打って変わって、半眼でこちらを見つめる前川さんは尻尾をパタンパタンと振る不機嫌な猫のようです。
「Pチャンは周りの人ばかり心配して、自分のことをおろそかにしがちだにゃ。それに押しに弱いところもあるし、相手のことばかり考えていつの間にかとんでもない目にあいそうで不安だにゃ」
「は、はあ……」
「みくがしっかりしていないと、女の娘たちから次々とセクハラされたり、徹夜明けで熟睡している寝込みを襲われそうな気がするにゃ」
そのようなことありえませんと否定したいものの、なぜでしょうか。
一瞬リーディングシュタイナーが発動しかけたような気が。「そんなPチャンにはPチャンのことを第一にする人……面倒見がいい女の娘を見つけるべきだにゃ!」
「は、はあ」
「あれ? なんだか乗り気じゃないにゃ。Pチャンは結婚するつもりはないのかにゃ?」
「い、いえ。そういうわけでは。ただどうすれば私などがそのような女性と巡り合えるだろうかと」
結婚という言葉は今悩まされている一つだと明かすわけにもいかず、慌てて——しかし以前から思っていた不安を口にしました。
「うーん。Pチャンは優しいし顔は怖いけどカッコイイし、背も高いから出会いの場に行けばいくらでも相手の方からやってくるとみくは思うにゃ。だから問題なのは、より取り見取りな中で、Pチャンが自分に合う女性を選べるかだにゃ」
婚活パーティに参加したことはないのですが、耳にする噂は参加することをためらわせるものです。
噂はしょせん噂だと置くとしても、短時間の出会いで相手を見抜ける自信はありません。
アイドルとしての可能性についてなら多少あるのですが。「ここはみくがPチャンの結婚相手に相応しい条件を挙げていくにゃ!」
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95 : 2017/02/25(土) 08:08:13.11 -
前川さんは胸を張りながら人差し指を元気よく天に向けました。
その動きで揺れてしまった膨らみから慌てて目をそらします。「私に相応しい条件……ですか。聞かせてもらえますか」
「まず第一に、さっきも言ったけど面倒見がいいこと! そして第二は当然、猫好きなこと! 猫好きに悪い人はいないから」
「なるほど」
前川さんらしい意見に思わず笑ってしまいます。
猫に限定しなくても動物好きな女性には好感が抱けるので、なかなかいい着眼なのかもしれません。「そして! Pチャンの結婚相手に相応しい条件があと一つあるんだにゃ!」
「それはなんでしょうか?」
最後の一つはよほど重要な事なのか、それとも自信があるからなのか。
ためをつくってもったいつけます。
世話焼き、猫好きときましたが、いったい何が取りを務めるのでしょうか。「最後は!」
「最後は?」
「おっぱいが大きいこと!」
「…………は、はい?」
耳を疑い首をかしげますが、前川さんは気にせず続けます。
「中身が一番重要だけど、性癖に素直なことにこしたことはないにゃ。外も中も好みなら、夫婦円満長続き間違いなし!」
「あの……前川さん?」
「ん? どうしたのPチャン?」
「その……性癖に素直であることが重要であるかは置いておきまして。なぜ、胸が大きい女性を押すのですか?」
下手に扱えば潰れてしまう繊細な紙細工のような質問を、喉の渇きを覚えながらかろうじて紡ぎ出し——
「え? だってPチャン巨乳好きでしょ」
——それを猫は障子を破って遊ぶのは自分の特権といわんばかりの無遠慮さで、一撃で一切合財を終わらせた。
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96 : 2017/02/25(土) 08:09:18.31 -
「みくや未央チャンの谷間が見える時、一瞬食い入るように見てから慌てて目をそらして、罰が悪そうにしながら目線を首から上以上に必死に固定してるにゃ」
さっきだってみくの胸から慌てて目をそらしてたにゃと、あっさりと気づいていたことをばらされ、血の気が凍り、生汗が噴き出る。
アイドルをそのような目で見てはならないと常日頃から自戒していました。
まして私が預かっているアイドル達は皆未成年なので特に気をつけていましたが……頻度を減らすことはできても、ゼロにすることだけはどうしてもできません。
せめてアイドルの皆さんが不快感を覚えないようにと努力し続けましたが……私がイヤらしい目で見ていることは、とうに見抜かれていたとは。「まことに……申し訳ありませんでした」
「にゃにゃ!? どうしたんだにゃPチャン!」
机に頭がぶつかるまで頭を下げ、ただ許しを請うしかできません。
「その……ちなみに、前川さん以外に気づいておられる方は?」
「えっ。きらりチャンとかな子チャンはどうかなー。蘭子チャンはまったく気づいてないけど、未央チャンは気づいていてわざとPチャンに……ってPチャン? 言っておくけどみくたち、別に不快だなんてそんなことちっとも思ってないから」
「お気遣いいただき……ありがとう、ございます」
「だーかーらー、そういう意味じゃなくって」
両頬をパチンと手で軽く叩かれ、そのまま下がっていた頭を持ち上げられます。
机の向かい側から前のめりの姿勢で私をつかむ前川さんと、目と鼻と距離で見つめ合うことになりました。「みくたちはオシャレのために胸元が開いた服とか着ているけど、見られるのがそんなに嫌ならオシャレしないにゃ。というかPチャンがみくたちを見る視線なんて、学校のエロ男子や電車のスケベ親父に比べれば見ているうちに入らないにゃ。そ・れ・に♪」
前川さんは楽しそうに笑うと前のめりの姿勢のまま、洋服の胸元を引っ張ってみせます。
見てはならないと顔を横にそむける一瞬、今にもあふれそうな柔らかな膨らみが脳裏に刻まれてしまいました。「ふふーん、やっぱりPチャンは巨乳好きだにゃ。カワイイ子猫ちゃんを食べたいって我慢する野獣の目だったにゃ」
煮るなり焼くなり好きにしてくださいと、白旗を挙げ全面降伏したい気持ちです。
自暴自棄のあまり、子猫と表現できるようなサイズではなかったとうっかり漏らしそうになるほどに。「Pチャンはみくたちに悪いことしたって思っているかもしれないけど、みくたちはアイドルだし、そうでなくっても男がそういった生き物でそんな目をするのは仕方ないってのはこれまでの人生でとっくにわりきっているにゃ。まあ……見る相手と見方ってものもあるけど」
視線をそらしているのでわかりませんが、そのうんざりとした口調からよほど変な目に遭われたこともあるのでしょう。
しかしすぐに気を取り直し、他所を向く私の頬を指先でつつきます。「Pチャンが相手なら、今みたいに近くで見られても気持ち悪くもなんともないにゃ。むしろPチャンがうろたえる姿が見れて楽しいぐらいだから、すぐに目をそらさないでもっと見てもいいんだよ?」
「前川さん……励ましていただけるのは嬉しいのですが、男をあまり勘違いさせる発言をすると危険な目に遭いかねないので気をつけてください」
もし前川さんが他の男性にも似たようなことをして、その男性が理性の効かないタイプだとすれば……想像するだけで恐ろしい。
「相手は当然選ぶよ。Pチャンとか、PチャンとかPチャンとか」
「信頼していただけるのは嬉しいのですが……」
「確かに信頼しているけど、Pチャンが考えている信頼とは違うんだけどにゃあ」
「……それは?」
「まあとにかく! Pチャンの結婚相手に相応しい条件をまとめるにゃ」
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97 : 2017/02/25(土) 08:10:09.44 -
何が違うのかと訊きたいところですが、あまり話したくないことなのか強引に話を戻されました。
まあ信頼はしてくれているとのことなので、いいことなのでしょう。「えっと、面倒見がいいこと、猫好きであること、そしておっぱいが大きなこと!」
「……三つ目も加えるのですか」
「当然にゃ! あ……でもこれって」
もはやどこか遠くの世界のように感じながら、かろうじて抗議の意思を示すもののあっさりと流され悲しみを噛みしめていると、前川さんが顔をうつむかせながら体をくねらせ始めました。
「Pチャンの理想の結婚相手って……みくになるんだね」
「いえ、その……」
雲行きが怪しくなってきた、まさか前川さんまでと一瞬思ったものの、どうやらそれはうぬぼれが過ぎたようです。
「ごめんねPチャン。みくはトップアイドルになる夢があるから、Pチャンと結婚するわけにはいかにゃいの。みくのおっぱいを見るだけで我慢してほしいにゃ」
告白したわけでもないのに振られはしたものの、ここ最近の妙に緊迫した流れとは違い正直安心できました。
「それは残念です。前川さんと結婚できれば幸せな毎日だったでしょうに」
「あ、でもみくがトップアイドルになった後なら話は別にゃ! Pチャン自身のためにもみくを一日も早くトップアイドルにするんだにゃ」
「ええ、今まで以上に頑張らせてもらいます」
「そ、それはダメにゃー。Pチャンが無理して体壊したらトップアイドルになっても結婚してあげないから!」
自然と頬がほころび、ついには肩が震え始めてしまいました。
私の結婚について、ここまで愉快でリラックスしながら話せたのは初めてかもしれません。「はい。ではほどほどに頑張らせていただきます」
「よし! じゃあみくはそろそろ衣装合わせに行ってくるから」
そう言うと前川さんは軽快で、かつ機嫌の良い足どりで去って行きました。
今朝様子がおかしかった私の確認ができて、心配の種が無くなかったからでしょう。私の方は以前として重大な悩みを抱えたままですが、前川さんとの会話で幾分か気がまぎれました。
仕事に集中することにしましょう。「フフ……フフフフフフフ」
「トップアイドルになったら……約束したにゃ♪」
-
98 : 2017/02/25(土) 08:11:04.48 -
⑦友達として応援するために、これは預からせてもらいます♪
前川さんが出られてから約一時間後。
私も書類の決裁をもらうために部屋を出て、戻ってきてみると部屋の中に先ほどまでなかった匂いがすることに気がつきました。それはシャンプーや香水など、男が身にまとうのものとは違った甘い香り。
残り香にしては匂いがはっきりとしていますが、部屋に私以外は——「ドーン! プロデューサー元気ィ!?」
「ほ、本田さん!?」
開けたドアの後ろに隠れていたのでしょうか。
死角から急に本田さんが抱きついてきました。「はーい、未央ちゃんでーす! 今朝プロデューサー元気が無かったから……ん、今はちょっとマシかな? けどまだまだ足りないし、未央ちゃんが元気のおすそわけにきました!」
斜め後ろから抱きつかれたのでなんとか首をひねって本田さんの顔を見るのですが、いたずらが成功した喜びの中に私への気遣いもあって、怒るに怒れません。
とはいえ、若い女性が無暗に男に抱きつくのは止めなければ。「本田さん……お気持ちは嬉しいですが、いったん離れてもらえませんか?」
「まあまあそう言わずに。元気が無い時はある人からもらうのが一番だよ。こんな風にね♪」
「……ッ!?」
ぐりぐりと頭をこすりつけてくるだけならいいのですが、問題はその柔らかで女性的な体を形が変わるのではと思うほど強く寄せてきていることです。
引き離そうにも後ろからなので、説得するか乱暴に振り払うかしかできません。どうしたものかと悩んでいる時、違和感を覚えました。
その違和感は私の全身を硬直させるにあまりあり、後頭部を鈍器で殴られたかのような衝撃で視界がグニャリと歪みます。「プロデューサー?」
私の様子がおかしいことに気がついた本田さんが心配げな声をあげます。
しかし私が気づいたことが杞憂でないのならば、心配されるのは私ではなく本田さんです。
私は固まってしまった喉をなんとか震わせ、確認しました。「本田さん。その……たいへん失礼とは思いますが——」
背中に感じる柔らかな感触。
その中でも特に柔らかな双丘。
これが、少しばかり柔らかすぎた。「——ブラジャーを、つけておられますか?」
望んだのは否定の言葉。
否定だけで終わらず、馬鹿にされて蔑まれ、変態扱いされても構わない。
それだけの覚悟を以って挑んだ問いの答えは。「あ……アハハ~。気づかれちゃったか」
恥ずかしさを誤魔化す笑い声でした。
腕で前を覆い隠しながら、ようやく本田さんが私から離れます。
本田未央
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99 : 2017/02/25(土) 08:13:17.92 -
「いやー、それがね? レッスンが終わった後になって、替えのブラ忘れてきたことに気づいちゃって。今洗濯して乾燥待ちなとろこなんだアハハハハ……ハハ。プ、プロデューサー?」
「なんでしょうか?」
「もしかして……怒ってる?」
「はい」
「ふぇぇ……即答だよぉ」
怒るにきまっています。
私だったからよかったものの、二人きりの状態でこのようなことをすれば襲われても文句が言えないではありませんか。「本田さん、あちらに」
「は、はい……」
本田さんをうながし、パーテーションで部屋から区切られているソファに向かい合う形で座ります。
「いいですか本田さん。貴女はアイドル、いえアイドルであることを抜きにしても、魅力的な女性なのです」
例えば緒方さんなどはあれほど可愛らしいのに自覚や自信がなかったりしますが、本田さんは別の意味で自覚といいますか、危機感が足りないように思えます。
自分に魅力があることはわかっているのに、その魅力が何を引き起こすのかをわかっていないのではないでしょうか。「若い貴女には時代錯誤に思えるかもしれませんが、女性に慎ましさが求められていたのは男尊女卑という一面以外にも、女性の身を守る意味合いもあったと私は考えます」
「身を守る……?」
「男という生き物は残念ながら、女性の美しい姿を見たり触れたりすると、途端にまともな判断ができなくなるのです。自制心が弱い者になると、そのまま犯罪に手を染めることもありえます」
そして若い時分は自制心が弱く、それに反比例するように衝動が強い。
会ったことの無い本田さんのクラスメイトを想像する。
彼らは普段どれだけの苦悩を抱えているのでしょうか。クラスの密かなアイドルである彼女は毎日笑顔であいさつをしてくれるだけでなく、気軽に話しかけ、肩を叩くなど軽くではありますがボディタッチまでしてくれます。
ただそれだけでその日一日は幸せな気持ちになれていたのに、彼女は芸能界という遠い世界へと飛び去ってしまいました。
普段会える機会が減る代わりに、テレビや雑誌などプロの手によって普段とは違った彼女の魅力が演出されています。間近で会える機会が減った胸の寂しさは、気がつくと勝手に手が自らのものを慰め、申し訳ないと思うものの手は止まらずかえって勢いが増し、画面で彼女の笑顔が映し出された瞬間に果ててしまう。
快楽の波が引くとあんなにも綺麗な彼女を想像で汚してしまった罪悪感で、知らずと涙が落ちる。そして翌朝。
気持ちの整理がつかぬまま登校すると、笑顔で挨拶をしてくれる彼女の姿が。
その笑顔を見ながら果てたことを否応なく思い出し、その日以後彼女と目を合わせて話す事ができなくなり、ますます彼女が遠ざかる。
その隙間を埋めるように彼女を録画したメモリは増え、雑誌を買いそろえることに熱をあげる。そんな堕ちていく日々の中、偶然校庭のすみで彼女と出くわす。
彼女はここ最近様子がおかしい彼のことが気になっていたようで、いい機会だとそのことについて尋ねる。彼女は自分のことを気にかけてくれていた。
まともに話す機会が減ったというのに。
きっと彼女も俺のことを——この場には自分たち以外に誰もいない。
近くには用具室があり、南京錠は昼間は開けっ放しだ。
快楽と罪悪感まみれの妄想を実現しようと、彼女の腕をつかみ取り——「プロデューサー……深刻な顔しながら、私をネタにエッチなこと考えてない?」
「んんっ」
少し想像がいきすぎたようです。
本田さんの半眼に思わず目をそらし、自分でもわざとらしいとわかる咳が出てしまいました。 -
100 : 2017/02/25(土) 08:14:22.49 -
「と、ともかく。今のように付き合ってもいない男に、それもブラジャーもせずに抱きつくなど、もし私が我慢できずに手を出そうと考えたなら——」
「プロデューサー……手を出すの?」
うつむきながら本田さんがか細い声で尋ねます。
どう答えたものかしばし迷いました。
私はプロデューサーですから、アイドルに決して手など出しませんと答えたいのが本心です。しかし本田さんに男性への正しい警戒心をもっていただくには、手を出しかねないと答えるべきでしょう。
たとえその結果私への信頼が損なわれるとしても……本田さんの身を案じるのでしたら、辛くともそうしなければ。「……今回は我慢できましたが、今後もこのようなことが続くようであればそういったことも起きえ——」
「ヤッター♪」
「ほ、本田さん!?」
それは予想外の行動でした。
てっきり私の答えに失望するかと思っていたのに、うつむいていた状態から上げられた顔はなぜか喜色に染められていました。
予想外の事態に呆気にとられる間もなく、本田さんは歓声をあげながら机を飛び越えて私に飛びついてきたのです。「そっかー、プロデューサーは未央ちゃんのことをそんなエッチな目で見てたんだー。そうだよねー、プロデューサー巨乳好きだもんねー♪」
なぜ、こんなことに。
私はただ本田さんに、男性への警戒心をもっと持ってもらいたかったのです。
それなのになぜ私に勢いよく抱きついてきているのでしょうか。
あと前川さんと同じで、私を巨乳好きだと当然のように認識されていたのですね……。私はソファに浅く腰掛けていたことと突然の事態に呆然としたこともあって、今は本田さんに押し倒されかかっている状態です。
「いやー、未央ちゃん心配してたんだよ。ひょっとしてプロデューサーはゲイなんじゃないかって。巨乳好きだとは思っていたけど、女の人に興味があるってこれではっきりして安心したよ」
「~~~~~っっっ」
本田さんは私のお腹辺りに顔を埋めるように押しつけてきているため、顔色はうかがえません。
ただし耳が赤く染まっていることはわかります。いえ、それよりも問題なのは。
本田さんのブラジャーで固定されていない胸が、頭をこすりつける反動で私の股に触れては離れ、触れては離れを繰り返していることです。何としても本田さんを引き離さなければなりませんが、今私の両腕は崩れそうな上体を支えていて、腕を動かせば完全に押し倒されます。
それはそれで非常に問題です。「ゲイじゃないんだったら、プロデューサーが結婚とか女性のことで悩んでいるって噂も本当なんだよね?」
「……本田さん?」
-
101 : 2017/02/25(土) 08:15:23.07 -
いったい噂は人から人へと伝わる中でどのように変化したのか。
相変わらず本田さんの顔は見えません。
いえ、見せたくないのでしょう。
私のお腹に顔をうずめたまま、ぽつりぽつりと、自身の考えをまとめながら想いを紡いでいきます。「もしプロデューサーに恋人ができたり結婚したら、私がこんなふうに甘えるのはダメになっちゃうよね。……仕方のないことだってわかるけど、考えただけで寂しく感じちゃうんだ」
それは普段の明るい声とは裏腹の切ない声。
しかしこれもまぎれもなく彼女の一面。
太陽のような明るさと元気ばかりに目が行きがちですが、年相応の弱さもある。健やかな弱さだと、私は感じています。
弱くて未熟だからこそ挫折して、立ち上がる過程で成長できる。大人である私がすべきことは立ち上がらせることではなく、ほんの少しだけ手助けすること。
そうやって成長した彼女はやがて私に並び、追い抜き、置いていくのです。彼女にとって私は、弱い部分を知られそれを支えてくれた、不器用で心配なところもあるけど信頼できる大人という立ち位置でしょう。
今は彼女にとって重要です。
でも将来は違います。昔お世話になった人で、時々思い出して感謝する程度になるでしょう。
そしてそれは決して責められることでも悪いことでもないのです。
時の流れとは、そういったものなのだから。聡明な彼女なら今はわからなくても、自然とそのことがわかる時がきます。
だから今私がすべきことは、そんなに深く受け止めなくていいと伝えることです。「大丈夫ですよ本田さん。確かに私は年齢的に恋人……それも結婚を前提とした人を探さなければと考えてはいますが、まだ特にこれといった行動はとっていませんし、仮に動き始めてもそう簡単に相手が見つかるとは思えません」
「……はあ」
「本田さん?」
「別に。ただサバンナで無警戒な草食動物を見かけた気分になっただけ」
私の言葉のどこにそんな効果があったのか。
本田さんの斜め上な言葉に疑問を抱きつつも、今はそれどころではないので話を戻します。「とにかく。私の相手はそうそう見つかりませんし、見つかったとしてもそれを理由に貴女たちをないがしろになど決してしないことを約束します」
「私……“たち”か」
何か足りないものがあったのか。
本田さんが少し寂しげに笑ったのも束の間のこと、一転して明るい笑顔に戻りました。「まあということは! しばらくの間はこうやってプロデューサーに甘えていいわけだよね?」
「いえ……私を頼りにされるのはたいへん嬉しいのですが、先ほども言いましたが男性にこのようなことをするのは……」
「プロデューサーにだけだから、ね?」
おかしい。
確かに私は「私も我慢できずに手を出す可能性がある」と伝えたはずなのに……どうやら、本田さんの私への信頼は思いのほか厚いようです。 -
102 : 2017/02/25(土) 08:16:07.65 -
ショートパンツからスラリと伸びた瑞々しい足をパタパタと機嫌良く上下させている姿を見ると、改めて注意しようという気がそがれてしまいます。
……まあ、その反動で本田さんの豊かな胸が、私の股の上で形を次々と変えているのでいい加減なんとかしなければ。「……けど男の人って、女の人とエッチなことをしたいがあまり、そんなに好きじゃない人と付き合ったりすることもあるって聞いたことあるよ」
本田さんを傷つけずにどうやれば引き離せるかと考えていると、眉根を寄せてそんなことを口にしました。
確かにそういう男はいますが、その多くは性欲旺盛な高校生や大学生です。
とはいえ私の年代でもいるにはいるので否定しづらい話ですが。などと下手に考えていたせいで、話が突然妙な方に飛びました。
「だ、だからさ! 押しに弱いプロデューサーが焦って変な人と付き合ったりしたら悲しいから、プロデューサーの欲求を私が解消してあげなくちゃね!」
……………………はい?
「ほほ……本田さん?」
私に飛び込みながら上目づかいで、顔を真っ赤にしながら彼女はとんでもない宣言をしました。
その顔は羞恥でいっぱいですが私を茶化している様子は見当たらず、彼女の真剣さが伝わってきます。私は彼女がアイドルなのに、そしてまだ十五歳の子どもなのに魅入られて体が動かず、ただただ心臓だけが高鳴ってしまいます。
「い、今はこれぐらいでもういっぱいいっぱいだけど、私がんばるから!」
彼女は力いっぱい私に抱きつきました。
それは男女の恋愛に慣れた者の愛情表現とはほど遠く、愛情表現といえばこのぐらいしか思いつかない者が、精いっぱいそれにすがりついたような抱擁。つたなく、だからこそ胸が締め付けられるほど愛しく思えるその行為に。
そして情けないことに、今までで一番の締め付けで本田さんの胸がいよいよ私の股に押しつけられ————我慢の限界が、来てしまいました。「——————————嗚呼」
「プロデューサー? どうしたのって…………え、ここ、これって!?」
終わりです。
この世の終わりです。
辞表を、書かなければ。興奮した血の巡りは私の下腹部に集中して膨張させました。
隆起したソレは、よりによって本田さんのブラジャーに覆われていない膨らみの間を突き進んでしまったのです。最低だ、俺って。
「そそ……そうだよね。プロデューサーって巨乳好きだもんネ。それなのに私こんな形で抱きついちゃってたんだよネ」
ああ、本田さんが動転しています。
意識を遠い世界にやっている場合ではありません。
少しでも彼女のトラウマにならないように、せめて誠心誠意お詫びしなければ……「ほ、本田さん。申し訳ありませんが、いったん離れ——」
「そっか……巨乳好きってことは、こういうプレイが好きなのか。え? でも雑誌だと、ローションが必要って……どうだったっけ?」
「本田さん?」
-
103 : 2017/02/25(土) 08:16:48.45 -
嫌悪で飛び跳ねるように距離を取るでもなく、恐怖で硬直するわけでもなく。
本田さんは自分の谷間に挟まるズボン越しの見苦しいものを見ながら、こんな事態なのに考え事をされています。「や、やっぱり。うろ覚えの知識じゃできないし、道具だって必要かもしれないし……」
「本田さん? ショックなのはわかりますが、いったん私から離れませんか?」
声をかけるものの、私の声は聞こえていないようです。
肩を押して離れるべきかとも考えましたが、私が触れることは悪影響の可能性もあってできません。為す術も無く固まっていると、突然本田さんが顔を上げて私と目を合わせます。
その顔からは一目で強い決意が感じられました。彼女がどんな言葉を発しても私は受け入れ、謝罪しようと覚悟を決めていると——
「さ、さっきプロデューサーの欲求は私が解消してあげるって言ったよね!?」
「は、はいっ?」
非難の言葉を予想していたため、思わず素っ頓狂な声をあげてしまいました。
「けどこんな形は予想してなくって……だ、大丈夫! 説明があった雑誌が家にあるから!」
「本田さん!?」
何が起きているかまるでわかりません。
しかしとてつもない事態へと話が転がっていることだけはわかります。「準備とか、練習とか、あとやっぱり心の準備とかあるから! いい、今はまだできないんだゴメンね!」
そう言うと彼女は驚くほど俊敏な動作で私から離れ入口へと駆け、ドアノブに手をかけたところでピタリと動きを止めました。
古びた機械が動くようにぎこちなく振り返った彼女の顔は、排熱がうまくされず耳の先から首筋にいたるまで真っ赤でした。「ちゃ、ちゃんと今度してあげるから……」
かろうじてこちらまで聞こえる小さな声音のあと、
「パイズリ!!!」
耳を疑う単語を大声であげ、ドアを勢いよく開閉させて走り去っていきました。
-
104 : 2017/02/25(土) 08:18:00.57 -
「……」
私はただ、阿呆のように呆然と入口に片手を伸ばしたまま硬直するだけです。
何が、いけなかったのでしょうか。
何が原因で、こんな最悪な事態へと話が転がって行ったのでしょうか。あまりにも様々なことが起こり過ぎて、一周回って空しさすら覚える心境に合わせたかのように物悲しいメロディが社内に響きます。
窓を見れば薄暗く、終業時間だとわかりました。デスクの上に置いていた携帯が鳴り響きます。
動くことに億劫さを覚えながらなんとか手に取ると、着信は親しい同期からでした。「……もしもし」
『武内。今日はもう上がれるか』
着信に出た自分の言葉は、我がことながら驚くほど生気が無く——同期の声もまた、同じぐらい覇気が欠けていました。
「ええ、今日はもう上がれます」
やるべき仕事は残っています。
しかし仕事をする気力は根こそぎもっていかれました。
明日死にもの狂いで取り組めばなんとでもなるので今日はもういいです。『そうか。じゃあ駅前で飲まないか? 色々と、お前に愚痴りたいことがあってさ』
「望むところです」
『……お前も、色々あったんだな。俺もさ、まゆは婆ちゃんとまで会ってたらしくって、また婆ちゃんがまゆのことえらく気に入ってんの。死ぬ前にお前がこんなにいい子と結婚するのを見れるなんてとか言いだして……ああ、すまん。ここから先は向こうでしよう』
会話を終えると、少しだけ活力が戻っていることに気づきました。
自分よりボロボロなのに立ち続けている者を見れば、この程度で諦めるなんて恥ずかしいと気合いが入るものです。——彼と私、果たしてどちらの方がボロボロなのかはわかりませんが。
帰宅の手続きをしながら、そんな益体も無いことを考えてしまいました。
-
105 : 2017/02/25(土) 08:19:16.82 -
プロローグ 凛
一日目 美嘉 楓
二日目 小梅 幸子 みく 未央
三日目 ??? ??? ??? ???
エピローグ 凛
キュート 幸子 みく ??? ???
クール 凛 楓 小梅 ???
パッション 美嘉 未央 ???
アイドルたちによる武内P包囲殲滅陣の内容
(彼我の戦力差、出ました! 武内P、およそ300。アイドルたち、およそ5000!)凛:誰かと付き合う前に一言相談してね(許可を出すとは言っていない)
美嘉:合格点が出るまでデートに誘い続けてね(合格点を出すとは言っていない)
楓:美嘉ちゃんに不合格を出されるたびに飲みに誘ってください
小梅:18歳になったら……結婚しようね。我慢できなかったら、今手を出してもいいから
幸子:月を見るたび思い出せ!
みく:トップアイドルになったら結婚にゃ!
未央:パイズリ!
キュート③:もう……エッチなんですね
パッション③:私にいい考えがあります!!!
クール④:ふ、不束者ですが……よろしくお願いします
キュート④:譁・ュ怜喧縺代ヱ繧ソ繝シ繝ウ
-
106 : 2017/02/25(土) 08:22:04.84 -
一体いつから——みくにゃんとちゃんみおはCPのツッコミ役で、武内Pの平穏だと錯覚していた?
平穏とは、へそ下から最も遠い状態だよ今日はここまで、次はまた土曜日に
今からPS4の設定を始めるんじゃあ
GRAVITY DAZE2をプレイするんだあ -
161 : 2017/03/03(金) 20:35:18.73 -
⑧どうしましたかな子ちゃん? ああ、智絵里ちゃんでしたら——
今日は驚くほど仕事に集中できています。
途中電話が鳴り仕事が追加されたり、現場でアクシデントが起き顔を出す事態もありましたが、どちらもすぐに解決策が閃き片付きました。
終電までに帰られるか怪しいと思っていましたが、このペースならそう遅くなることはないでしょう。集中できている原因は……現実逃避です。
私は明日までに城ヶ崎さんをデートに誘わなければいけないのです。
またなるべく急いで輿水さんの行き過ぎた独占欲を和らげる方法を模索することと、本田さんにあのようなことをしなくても私は傍にいて見守ると説得しなければなりません。やらなければならないことだらけですが、未成年のアイドルをデートに誘うことは高垣さんたちに相談にのってもらった後でも気が進みませんし、輿水さんの独占欲についてはどうすればいいのかまるで見当がつかず、本田さんにいたっては合わせる顔がありません。
その結果仕事に逃げてしまっているのですが……仕事が思ったより早く終わるようなので、考える時間ができます。
かえって良かったのかもしれません。ふと、お腹が空いたことに気がつきました。
時計を見ればいつの間にかもう11:00を過ぎています。
少し速いですが仕事も一段落しましたし、今の機会を逃せば次は夕方近くということもありえます。
今の時間ならばカフェも空いているだろうと考えていると、控えめなノックの音がしました。「どうぞ」
「し、失礼します」
おどおどとした様子でドアから顔を覗き込ませたのは、緒方さんでした。
「緒方さん、どうかされましたか?」
「は、はい……えっと」
ドアから顔だけを覗き込ませたまま、彼女は恥ずかしいのか言い淀みます。
顔だけしか見せない彼女の様子を不思議に思いましたが、焦らせてはならないと黙って待ちました。「……プロデューサーさんは、今日のお昼はどうされますか?」
「お昼ですか。ちょうど今からカフェに向かおうかと」
「そそ、それでしたら!」
意を決すると彼女は部屋の中へと入り、手提げ袋を胸の前に掲げます。
「お、お弁当……作ってみたんです」
「もしかして……私に、ですか?」
緒方智絵里
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162 : 2017/03/03(金) 20:36:20.54 -
緒方さんはただ小さくうなずいて見せました。
いえ、よく見ればその華奢な肩は震え、視線もあちこちを行き来して定まっていません。
相当な勇気が必要だったのでしょう。「いつもお世話になっているプロデューサーさんにお礼をしたいなって思って……それで、プロデューサーさんの体が心配だったから。ご、ごめんなさい。勝手に心配なんかしてしまいまして」
「い、いえ……」
私はというと、喜びと戸惑いを覚えていました。
担当しているアイドルの中で、心配になることが多い一人が緒方さんです。
人一倍優しい努力家ではありますが、自分に自信がもてない怖がりな一面もあります。そんな何かにつけて心配していた彼女が、お礼にと手作りのお弁当を持ってきてくれました。
正直涙腺が緩みかけて、今にも涙がこぼれそうです。その一方でアイドルの手料理を私が食べていいものかという疑問もありました。
あるのですが——「その……食べてもらえますか?」
「——はい、よろこんで」
触れれば折れるような儚げな勇気を無下にするすることはできません。
まずはおいしくいただいた後に、やんわりと注意すればいいのではないでしょうか。「あ、ありがとうございますっ」
これが正しいのか思わないでもなかったですが、そんな疑問は緒方さんの胸が締め付けられると同時に温かくもなる笑顔に消え去ります。
緒方さんに渡された弁当箱を開いてみると、思わず感嘆の声が出てしまいました。
「これは……っ」
「その……誰かにお弁当を作ることは初めてで、うまくできたかわからないんですけど」
「いえ……非常によくできています」
きんぴらごぼうに大根のおひたし、ミニトマト、卵焼き、そして——肉じゃが。
「いただいてもよろしいでしょうか?」
「はい!」
箸を持つ手が震えそうになるのを感じながら、緒方さんの明るい声に押されて恐る恐る箸を伸ばす。
目標は肉じゃが。
箸を通すとじゃがいもがそっと簡単に割れた。
実によく味が染み込んでいそうです。
じゃがいもを糸こんにゃくと一緒に口に運ぶと、期待していた通りの味わいが口内に満ち、忘れていた感慨が思い起こされます。ああ、お店以外で肉じゃがを食べるなんていつ以来でしょうか。
緒方さんは私の様子からお弁当の出来について聞かなくともわかったのでしょう。
控えめな、それでいてはっきりと喜んでいるとわかる笑みを浮かべています。「とても、おいしいです」
-
163 : 2017/03/03(金) 20:37:31.83 -
そこからは自分でも驚くほど箸が進みました。
きんぴらごぼうはコリコリとした食感とほどよい味の濃さで、大根のおひたしは柔らかさのなかにシャキシャキとした感触が残り、卵焼きは甘さとニラの苦みが絶妙のバランスをつくっていました。ただ少しばかし勢いよく食べすぎたようです。
喉がつまってしまって、慌てて横に置いていたペットボトルに手を伸ばそうとしたところ、湯気が上がるコップが差し出されました。「お茶です。苦いけれど、体にとってもいいそうなんです」
どうやら手提げ袋の中に魔法瓶も入れてあったようです。
喉が詰まっているため目で彼女に礼を伝え、お茶を口にしました。なるほど確かに苦いですが、仕事をしながらちびちびと口にしたくなるような味です。
熱さも冷ますことなく飲めて、それでいてぬるくないちょうどいい塩梅です。「ふう……ごちそうさまでした」
「はい、お粗末様でした」
弁当は大人の男性である私が十分に満足できる量でしたが、あまりの美味しさと手料理の嬉しさに十分足らずで食べ終わりました。
「プロデューサーさんに美味しそうに食べてもらえて、とても嬉しいです」
「いえ、嬉しいのは私の方です」
ただ問題は、これからはこういったことは控えるように言わなければならないことです。
緒方さんの純真な善意を注意するのは、正直気が重い……重いのですが……「お、おや?」
「プ、プロデューサーさん?」
手が重く、そして感覚が鈍くなり、ほんのりと熱を持ち始めました。
突然の事態に驚いているはずなのに、目は見開くどころかまぶたが下がり始めます。
まるで、冬の朝に布団から出ようともがいているかのような。「プロデューサーさん」
そっと手をさしのばされます。
霞がかった頭は促されるままに、そのほっそりとした美しい手をつかんでしまいました。「どうぞこちらに」
ゆっくりと手を引っ張られる。
導かれるがままに重い足を引きずりながら、閉じかかった目の代わりに天使のささやき声と御手を頼りに前へと進む。「はい、ここに座ってください」
座っていいとわかった途端、何とか力を振り絞っていた両足が糸が切れたように崩れ、感触からソファとわかる場所に音を立てて沈みこんでしまいます。
「それじゃあ……あ、頭を、こっちに」
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164 : 2017/03/03(金) 20:38:08.85 -
熱をもった頬に優しく手が添えられる。
ソファに体を預けながら、ゆっくりと上体を倒していく。頬と肩にかけられた手は力強さという点では頼りありませんが、触れた箇所から慈しみが全身を覆い安心させてくれます。
そうして、私の上体は倒れ終わりました。
後頭部が柔らかくていい匂いのするものに包まれています。
思わず首を動かして、頬に触れさせてみました。
すべすべとした気持ち良さに、今度はうつ伏せになって鼻をこすりつけます。
なんといい枕なのでしょう。「ひゃんっ」
小動物のような、抱きしめて包み込みたくなるような可愛らしい鳴き声がしました。
その声がおかしくて、愛しくて、鼻をこすりつければまた耳にできるかと試してみます。「あっ……あ、んっ」
先ほどとは違った、けど同じぐらい心地のいい音色。
甘い匂いが鼻孔を満たす。お菓子とも香水とも違った、比較するのも愚かしい豊潤な香り。
この枕だけがもつ特別なものなのか。「もう……エッチなんですね」
エッチ?
私は今、こんなにすばらしいものにイヤらしいことをしていたのですか。霞がかった頭でも恐れ多いことをしていたことを認識でき、鼻をこすりつけることを止め、仰向けに戻ります。
「あ……」
心なしか残念そうな声が漏れました。
ひょっとしてうつ伏せのまま絹のような感触を味わい、とろける様な匂いを堪能し、可愛らしい声に包まれ続けてもよかったのでは。そんな無念が起きましたが、心の奥底からそれは決して許されないことだと警告が送られます。
しかしなぜ許されないのでしょう。
私は誰で、私の傍にいる方は誰なのでしょうか。「疲れてるんですね……このまま眠ってください」
このままではいけないという焦燥感は、額を優しくなでられたことで霧散した。
意識が深い泉に沈み込んでいく。確かに、私はここ数日とてもとても疲れたような気がする。
そして今日は、その疲れた原因から目をそらそうとガムシャラに働いたはず。
言われてみれば相当疲れている。
お言葉に甘えて……後頭部を温かく包まれながら、額を慈しまれながら、天国のような環境で眠らせて……いただきます—— -
165 : 2017/03/03(金) 20:38:52.88 -
——
————
————————
夢を見ている。
夢の中で私は天子様に糾弾されていました。いえ、糾弾という表現は正しくないかもしれません。
それは糾弾というにはあまりに優しく、恐怖ではなく申し訳なさでいっぱいになるものだったのですから。——プロデューサーさんが、いけないんです。
私はしてはならないことをしたらしい。
心当たりは考えても見当たらないのですが、天子様にこんなにも切なげで悲しい声を出させているのです。
きっととてもいけないことなのでしょう。——誰のものでもないから我慢できたのに、誰かのものになろうなんてするからいけないんです。
それが私の罪のようです。
天子様が見つめていたのに、天子様に駆け寄るどころか離れて行こうとするとは、確かに許されない行為です。熱が近づくのがわかります。
そして額に、暖かくしっとりとした気持ちの良い感触が奔りました。今までよりも間近で、囁き声がします。
——プロデューサーさん。今は私だけの、プロデューサーさん。お願いだから、私を見捨てないで。
見捨てるわけがありません。
声を大にして宣言したいのですが、夢に縛られた私は指先一つすら動かすことができませんでした。
この想いを伝えられないのがもどかしく、夢の中でなければ口の中を噛み切っていたことでしょう。額から熱が離れようとします。
しかしどうしたことか、離れかけたところで動きが止まりました。——だ、ダメ。
いえ、止まったのではなく、少しずつ下の方へと動いていました。
動きは私の唇の上辺りで止まり、そこで葛藤でもするように震えていることが天使様の声から察せられます。——ここからは……ここから先は、プロデューサーさんからしてもらわないと。でも、でも……
葛藤はそのままに。
しかし距離は少しずつ埋められ。
やがて私の唇と、天子様の熱が触れあ——「智絵里ちゃんっ!?」
-
166 : 2017/03/03(金) 20:39:41.36 -
天井が見えました。
なぜ天井が見えるのか。
そして後頭部に感じる柔らかい感触と温かな熱。
どうやらいつの間にか横になっていたようです。状況がわからず慌てて起き上がろうとしましたが、額に手があてられていることに気がつき思いとどまりました。
「緒方さん……私は、いったい?」
「気がつかれましたか?」
いったいどのような経緯でこんなことになったのか。
なぜ私は緒方さんに膝枕をされているのでしょう。
緒方さんはというと、心なしか残念そうです。「あの……プロデューサーさん」
「三村さん? その、これはですね」
声がする方に振り向けば、入口に三村さんが混乱したような、申し訳なさそうな顔をして立っています。
どう説明すればいいものか、私自身も状況がわからず言葉に詰まると、そっと緒方さんが助け舟を出してくれました。「プロデューサーさん、大丈夫ですか? お昼を食べた後、急に睡魔に襲われたようだったので、ソファに横になってもらったんです」
「そんなことが……?」
言われてみて、ようやく断片的に記憶が戻りました。
急に襲ってきた眠気。
重い足を引きずった感触。
そして、そして——どこか、天国にいたような。「ご迷惑をおかけして申し訳ありません。緒方さん、起き上がりますので手をどけてもらえますか」
「ダメです」
それは、意外な言葉でした。
否定されたことも驚きですが、何より驚いたのは否定の仕方です。
あの緒方さんが笑顔を浮かべながら、短くはっきりと他人の提案を却下するとは。「プロデューサーさんは疲れているんです。目が覚めたからって急に動いたら、せっかく落ち着いた体調が悪くなるかもしれません。……だからもう少しだけ、このままで。かな子ちゃんも、そうした方がいいと思うよね」
「え、ええっ!?」
話を振られるとは思っていなかったのでしょう。
三村さんは手をわたわたさせ、どう答えたらいいものか迷っていると——「……プロデューサーさん、本当に疲れているみたいなんだよ。だからかな子ちゃん、今度は一緒にプロデューサーさんのためにお弁当作らない? 今度は一緒に“同じこと”しよう……ね?」
——緒方さんの言葉は劇的な効果を産みました。
三村さんは鳩が豆鉄砲を食ったようにきょとんとしたかと思うと次は顔が真っ赤に染まり、落ち着かないのか視線は次々と移り行き、最後に私と合ったところで止まりました。
「あ……あぅ」
「み、三村さん? どうされましたか?」
-
167 : 2017/03/03(金) 20:40:18.74 -
緒方さんの提案を嫌がっているというわけではないようです。
嫌ではないが、恥ずかしい。
しかしそこまで恥ずかしがることなのでしょうか。
お弁当とお菓子という違いこそあれど、普段から三村さんは周りの人に手料理を振る舞うことに慣れているはず。「ぷ、プロデューサーさん! わ、私も今度は智絵里ちゃんと一緒に、その……料理! 料理をしますから!」
「は、はい」
無理に恥ずかしいことをさせるわけにはいかないと、助け舟を出そうと思ったのですが、その前に三村さんが決心されてしまいました。
緒方さんだけではなく三村さんにまで御馳走になれるのはたいへん嬉しいのですが……何か忘れているような。
私は緒方さんにそのことで、何か注意しなければならないことがあったような気がするのです。記憶が混濁するほどの眠気に襲われた影響がまだ残っているのか。
緒方さんの言うとおり、もう少し横になっていた方がいいのかもしれません。
ただ、膝枕はどうかと思うのですが……「いーま振り向かせてあげーる♪ パステルピンクな罠で♪」
上機嫌な緒方さんに水をさすのもどうかと思い言い出せません。
しかし膝枕をするというのはそれほど楽しいことなのでしょうか。
私には理解できません。ああ、理解できないといえばもう一つありました。
あんなに苦みのあるお茶を飲んだのに、なぜここまで強烈な眠気に襲われたのでしょうか。
カフェインが無いタイプだとしても、あの苦みは眠気を跳ね飛ばす効果がありそうなのですが—— -
168 : 2017/03/03(金) 20:40:54.75 -
Ⅸ:貴女が昔懐いていた木偶の坊だけど、お別れを言った方がいいわよ
結局私はどのぐらいの時間眠っていたのでしょうか。
逆算すると意識が無かった時間がニ十分ほど、そして意識があるまま横になっていた時間もニ十分ほどのようです。
昼食も合わせて一時間近く休んでしまいました。実は意識が戻って五分ほどで緒方さんの足が心配になり起き上がろうとしたのですが……
「じゃあ……続きはかな子ちゃんですね」
「ええっ!?」
私も三村さんも慌てに慌てたのですが、緒方さんの静かなのに有無を言わさない雰囲気に気圧され、今度は三村さんに膝枕をしてもらうこととなったのです。
「しかしそれにしても……」
なんとすばらしい感触だったのだろうと、思わず続けそうになった言葉を頭を振ってかろうじて遮ります。
例えるならばマシュマロ。
白くもちもちとした弾力は私の重い頭を優しく受け止め、危うくもう一度眠りに落ちそうになりました。
さらに三村さんの顔を見ようとすれば、顔が見えないほど豊満な……いえ、女性の胸について考えるのは止めましょう。
自業自得とはいえ、昨日さんざんな目にあいました。三村さん自身は自分の体形を気にされているようですが、ファンの皆さんと私にしてみればたいへん魅力的です。
あまりに華奢すぎる女性は見ていて不安になることがあります。
さらに三村さんの場合はあの優しいおっとりとした性格も合わさって、安心して身を委ねて包まれたいという欲求が芽生え——「……さっきから私は何を考えているのですか」
今私はというと、まだ少し残っている眠気を振り払うために散歩がてらレッスンの様子を見に行く最中です。
歩きながら考えを整理しようと思ったのですが、なぜか思考がふしだらな方に進みます。これではいけないと、気合いを入れるために頬を叩くと熱を感じました。
熱を感じた場所は頬だけではありません。
背後から振動と共に熱気が近づいてきているのがわかります。
それも、凄まじい勢いで。「ボンバーッ!!!」
気合いを入れる所作が彼女を招きよせたのか。
いずれにしてもこの勢いはまずい。
私を通り過ぎて駆け抜けるのなら問題は——廊下を走ってはいけませんが——ありません。
しかしこのまま背中に渾身のタックルを受ける可能性も十あります。慌てて振り向くと私の真正面に彼女、日野さんが爆走する姿がありました。
日野茜
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169 : 2017/03/03(金) 20:41:53.47 -
日野さんと目が合います。
彼女は最初から私を見ていました。
以前として減速する気配がまるでありません。
むしろ目が合ったことで加速したようにすら思えます。避けるという選択肢が一瞬頭をよぎりましたが、それで日野さんが転んで怪我でもしたらと考えると死んでも死にきれない。
あの小さな太陽のような突進を、受け止めるしかないのです。彼我の体重差は倍以上。
しかしあの突進の勢いはそんな数字を吹き飛ばすに余りある。足を肩幅に開きつつ、右足を後ろにずらして腰を落として前傾姿勢をとる。
肩の力を抜き、深く息を吐く。私の構えを見て、受け止めてもらえるとわかったからなのか。
日野さんの燃える瞳がいっそう輝きを帯び——「プ、ロ、デュ、ウ、サアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
まだ距離は3メートルほどありました。
それなのに日野さんの両足が地から離れます。
放たれた矢のように、私のずっと下からタックルが迫りくる!そのままぶつかられると思っていたので、この角度は予想外でした。
下手に踏ん張って受け止めれば腰かアキレスを痛めかねません。日野さんの小さくて熱い体が触れると同時に、彼女を両腕で抱きとめながら足から力を抜き、勢いに逆らわず倒れます。
腰から倒れ背中がついても勢いはまだまだあり、廊下を滑ることとなりました。背中に摩擦熱が起きますが、こんな熱を彼女の素肌に味あわせるわけにはいかないと必死に抱き留めます。
数メートルほど滑ったところで勢いが収まり、安堵の息が漏れました。「日野さん。このようなことは危険なので二度と——」
「プロデューサー! 大丈夫でしたかプロデューサー!?」
注意しようとした矢先、日野さんは私に抱え込まれた体勢のまま心臓の音を確かめるように胸に顔を押し当てながら大声で、それも震えた声で問いかけます。
よく見れば目じりに涙のようなものが見えました。
今ので私にケガをさせたのではないかと心配している……にしては大げさです。考えてみると最初からおかしい点はありました。
日野さんはテンションがあがると私の注意を忘れて、抱きついたりタックルをすることは度々ありました。
しかし今のように、事故になりかねない勢いでタックルをすることなどありえません。
よほどのことがあって混乱しているように考えられます。「良かった……ッ! 動いています、ちゃんとプロデューサーの心臓がバクンバクンと動いています!!! ウオオオオォ、良かったああああああ!!!」
「あの……日野さん?」
私の胸から顔を離したのはいいのですが、今度は馬乗りになったまま両の手を天に突き上げ漢泣きを始めてしまいました。
まるで私が死ぬかそれに近い状態だったと思い込んで——「本当に、本当に良かったです! 結婚詐欺にあってお尻の毛までむしり取られて、内臓という内臓が売られて蟹漁船に行く手続きが済んだと聞いた時は生きた心地がしませんでした!!!」
——話に尾ひれがいくらなんでも付きすぎではないでしょうか?
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170 : 2017/03/03(金) 20:42:43.51 -
「生きていますよね!?」
「……はい、見ての通り」
「内臓はいくつ取られてしまったんですか!?」
「まだ、一つも」
「蟹漁船とかいう地獄への片道切符へのサインは!?」
「行くつもりはないので、ご安心を」
「よ、良かった~~~~~」
安心して力が抜けたのか、日野さんが倒れこみます。
私に、馬乗りになった状態からです。「ひ、日野さん。その、いいでしょうか?」
「あ~、プロデューサーの体温を感じます。ちゃんと血が通っていて、バクバクいって暖かくてポカポカした気持ちになれます……」
なんとか日野さんを離さないと。
そのために声をかけたものの聞こえないようで、あろうことか再び私の胸に顔を押し当てながら、生きていることを確かめるように体のあちらこちらをさすり始めました。「~~~~~っっっ」
ワイシャツ越しに日野さんの意外と小さな手に、普段の元気あふれる行為とは裏腹に私が壊れないようにそっと優しく撫でられ、襲いくる快感に悶えそうになる体を必死になって抑えます。
これは、非常にまずい。「日野さんっ。この体勢はいけません、離れましょう」
「はあ~、プロデューサーの胸っていいですね。広くって暖かくて、たくましい弾力もあって……なんだか安心しちゃったから、このままここで眠りたい……気分、です」
「日野さん? 日野さん!?」
「すやぁ……」
あっという間の出来事です。
日野さんの声から力が抜けてきたかと思うと、一瞬にしてとろけたような顔をして寝息をたて始めました。よく食べてよく動き、そしてよく寝る。
実に日野さんらしいですが、これはいくらなんでもあんまりです。
もしかしかすると私が酷い目にあっているとの心配から駆け回り、心身ともに消耗していたのでしょうか。突然の事態に困り果てていると、畳みかけるように廊下に足音が響きます。
今の状態を見られでもしたらことです。この状況を打開するにはいったん日野さんを横におろし、私が起き上がって彼女を抱きかかえてここを去ることですが……日野さんを横におろして立ち上がろうとした瞬間を目撃されれば、私が日野さんに不埒な行為をしていると勘違いされかねません。
どうしたのもかと考えあぐねているうちに、ついに足音の主が姿を現してしまいました。
「あら、CPのプロデューサーさん。こんにちは」
「……ああ、武内か。元気そうだな、俺は元気です」
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171 : 2017/03/03(金) 20:43:18.92 -
満面の笑みで幸せの絶頂にあるといわんばかりの佐久間さんと、死んだ魚のような目をした同期のお二人でした。
同期は佐久間さんに腕を組まれているのに無抵抗で、彼女に引っ張られるがまま進んでいます。
その手に大量のハガキを持っていることも気になりましたが、そんな疑問は吹き飛ぶほど異様な寒気を覚えました。「フフ、茜ちゃんと仲が良いんですね。とてもいいことだとまゆは思いますよぉ。ああ、それと。六月の○日の予定を空けておいてくださいね。お願いします」
「武内……おまえだけは、おまえだけでも」
正と負の組み合わせ、とは一概に言い切れないものを感じ背筋が凍ります。
佐久間さんは一点の曇りもないほどの幸せを堪能し、同期は負のオーラこそ漂わせていますが、それ以上に幸せから逃げることを諦めた絶望と安堵がにじみ出ています。下手に意地など張らなければ良かった。
この道を選べば幸せな毎日が来ることは薄々わかっていたのに。
けどこれは、プロデューサーとして許されないことなのだ——去り行く背中がそんなことを語りかけた気がして、さらに自分の未来を暗示しているような気がして寒気を覚え、体が震えます。
体の震えが収まり、日野さんを起こして近くのベンチに移動するのは十分後のこととなりました——
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172 : 2017/03/03(金) 20:44:09.94 -
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「そういう事情があったんですね、本当に良かったです! プロデューサーが女の人に騙されていなくて安心しました!!!」
「私が不甲斐ないせいで、問題のある女性となし崩しで付き合うのではないかと心配され……それが元に妙な噂が流れ、日野さんにご迷惑をかけてしまい申し訳ありません」
「いえいえ! 私が勝手に心配しただけですから、こちらの方こそ!」
日野さんはあれだけ疲れていたのに、ほんの数分仮眠をとっただけで回復されたようです。
若いとは羨ましい……日野さんは規格外ではありますが。ともあれ、今起きていることを私が知っていることと、それに推測を加えながら説明することができました。
その結果お互い頭を下げ合うのですから実に日野さんと私らしいと、先ほど感じた寒気を和らげる温かい気持ちになります。「しかしプロデューサーをそんな風に心配している人たちがいるんですね……わかります!!!」
「わ、わかるのですか」
日野さんにまで、それも気持ちいいぐらい断言されて思わず失笑していまいました。
「プロデューサーはお仕事についてはそうそう騙されないと思います。けど……こう、ウッフン、アッハンな女性にすごく近づかれて困って断っているのに、されるがままになりそうなイメージとか、困っている女性の悩みを聞いているうちに逃げられない状態になってそうなイメージがあるんです!!」
確かにそういう場面にあうと、私は戸惑ったり相手の女性にズブズブとはまって逃げられないかもしれません。
しかしそういう女性は私などではなくもっとカッコイイ男性や、頼りがいのある人を狙うものでしょう。「ハッ、そうでした! 私知っています! さっき聞きました! 問題のある女性と結婚しないですむ方法を!!!」
「それは、なんでしょうか?」
もしかすると、私を心配してくださっている方たちに安心してもらえるかもしれません。
それに私も男ですから、純粋に気にもなります。よほど会心の案なのでしょう。
日野さんは笑顔のまま大きく息を吸い——「私と結婚することです!!!」
——太陽のフレアを放射しました。
「日野……さん?」
予想外の人物の予想外の答えに、燃え尽きて真っ白になりそうです。
しかし私の気力を薪としてくべたのか、日野さんの熱は増すばかり。「日本は重婚というものが禁止されているとかなんとか! だから私がプロデューサーと結婚していれば安全です! 17歳です!」
結婚は目的ではなくて手段なのですか。
少し安心しましたが、年頃の乙女が結婚を手段とするのも大問題です。「私の年齢だとお父さんお母さんの許可が必要だけど、それも大丈夫です! 二人とも、プロデューサーのこと誠実で体もしっかりしていると褒めていました! プロデューサーにタックルすることは禁止されていましたが、結婚した後ならいいですよね!? 大好きなプロデューサーと結婚すると良いことずくめです!」
「……ところで結婚ってどうやったらできるんですか?」
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173 : 2017/03/03(金) 20:44:47.02 -
拳を握りながらとんでもないことを、とんでもないという自覚が無いまま力説し終えたと思うと、今度はキョトンとした顔を私に向けます。
私はというと、頭を抱え込みたい衝動をこらえながら何とか考えます。先ほどの日野さんの発言は、分類すれば一応プロポーズに当たります。
しかし日野さんからは決意こそ感じられど、恥ずかしさや恐怖、そしてそれらを克服した勇気が見当たりませんでした。
結婚というものへの考えが浅いと言わざるを得ません。「日野さん、少し落ち着かれてください」
「一休憩終えたばかりですが?」
「日野さんはその……結婚というものを軽く見ているように思えます。一度目を閉じながら深呼吸して、私と結婚するとどうなるか想像してみてください」
「むむっ?」
日野さんは素直に目を閉じながら大きく深呼吸をします。
考え込んだのは十秒ほどでしょうか。
かっと目を開き、しかし深呼吸の影響から落ち着いた声音で答えます。「……男の子二人、女の子一人に白くて大きい犬はどうでしょうか?」
……冷静に考えられたようですが、どうやら根本的なところが依然として抜けたままのようです。
「日野さん……失礼とは思いますが、子どものつくりかたはご存じでしょうか?」
「学校で習いました!」
「習っているのですか!?」
「けど気がつけば寝ていました!」
「よりによって!?」
天の采配か、はたまた悪魔のいたずらか。
日野さんの性教育の現状を嘆いていると、私の嘆きを吹き飛ばさんと元気のいい声がします。「でも大丈夫です! 友達にどんな内容だったか訊いたら『茜ちゃんが信頼した男の人なら全部任せて大丈夫だよ』って言ってくれました! プロデューサーは私がこの世で一番信頼している人なので大丈夫というわけです!!!」
「は、はい……」
北風と太陽という童話があります。
あの話は太陽の温かい日差しで旅人が服を脱ぐのですが、日野さんという太陽が輝くにつれ私の心は冷え込んでいきます。「あの……ひょっとしてプロデューサーは私と結婚するのが嫌なんですか?」
そんな私の冷え込んだ心が態度に出ていたのか。
日野さんは心配そうに目じりに涙をためて、おそるおそる尋ねます。急に太陽が沈んでしまったかのように辺りが寂しくなり、何よりあの明るい少女にこんな表情をさせてしまったのだと胸が締めつけられました。
「そのようなことは、断じてありません。日野さんと結婚することが嫌などということは」
「よかった! じゃあ早速結婚しましょう!」
コロコロと変わる表情は見ていて楽しいものです。
許されるのならばずっと見ていたいものですが……状況がそれを許しません。 -
174 : 2017/03/03(金) 20:45:28.13 -
彼女は正しい知識を持たないといけない。
止めるにはその方法しかありませんし、もしこのままうっかりメディアで「今度結婚するんです!!!」などという発言をされたら大問題です。
そうでなくとも十七歳ということを考えれば知らなければなりません。本当なら女性が教えるべきなのでしょうが、事は急を要します。
周りに人もいないので、要点だけを押さえて私が説明するとしましょう。「いいですか日野さん。子どものつくりかたですが——」
(*゜▽゜)ノ
「——して、ということが起こります」
(゜ヘ゜)?
「そしてそれに刺激を与えると——これが■■です」
Σ(っ゜Д゜;)っ
「これを女性の体内——つまり、その……●●から」
(///∇//)
「体内で■■することで——」
(//∇//(//∇//(//∇//)
-
175 : 2017/03/03(金) 20:46:58.55 -
——
————
————————
「……ざっくりと説明しましたが、わかりましたか」
「あ……あうあう」
茹でたタコのように顔は真っ赤に染まり、全身が羞恥から小刻みに震えています。
日野さんの性知識で今の話を聞いたことも大きいでしょうが、何より知らなかったとはいえ私に言ってしまったことが頭の中で何度もリフレインしているのかもしれません。それにしても羞恥に染まる日野さんの姿はたいへん珍しく、そして愛らしい。
普段が元気があふれ出んばかりなので、こういう姿をファンの皆さんが見る機会をつくれたら今以上に人気が出るのでしょうが——多分本人は嫌がるので、ここから先を考えるのは止めましょう。「先ほどの日野さんの提案ですが、ご存じなかったので仕方ありません。なのでこれからは、結婚しようとか子どもを産むなどという言葉は控えましょう」
慰めようにも下手にこの話題を続けた方が辛いだろうと考え、話を打ち切ろうとしました。
結果だけ見れば、日野さんが正しい知識を得るきっきけができて良かったとも思えます。
もしこれが多くの人の前やテレビの収録中だと考えると——「う……みます」
「日野さん?」
デリケートな説明を終え、事態も解決できたと安心した矢先でした。
日野さんはやはり顔を真っ赤にしながら——いえ、先ほどよりさらに真っ赤に染め上げ、力を込めようと拳を握っています。
しかしよく見ると拳は形をつくっているだけで握りきれておらず、声も日野さんらしからず弱々しい。普段とはありとあらゆるものが違うなか、それでも瞳だけはいつものように私を真っ直ぐに見つめて、彼女は決意と、そして先ほどは無かった勇気を振り絞りながら震える唇に少しずつ言の葉を乗せていきます。
「プ……プロデューサーが相手なら、赤ちゃん……う、産みます!」
…………………………説明が、足りなかったようです。
「い、今なら友達が言っていたことがわかります。私が信頼した人に全部任せていいと。ああ、あんなこと……ち、ちなみにプロデューサーのはどのぐらいの大きさなんですか?」
「そ、それは……女性にスリーサイズを尋ねるのと同じぐらいデリケートな問いです」
女子高生に自分のモノが隆起したサイズを教えるなど全力で回避したいです。
しかし日野さんは不思議そうな顔をして、あっさりと逃げ道を塞ぎました。「でもプロデューサーは私のスリーサイズを知っていますよね?」
「そ、それは……」
プロフィールの作成や衣装合わせに必要だからなのですが、知っていることには変わらないので日野さんは納得されないでしょう。
それにひょっとすると、私の大きさを知れば考え直してくれるかもしれません。「……誰にも言わないでもらえますか?」
「は、はいっ!!!」
人として、許されざる道を歩んでいることが否応なしにわかります。
ああ、なんとプロデューサー業とは修羅の道なのか。
一度深呼吸して意を決します。 -
176 : 2017/03/03(金) 20:47:45.76 -
「私の大きさは……【武内君の実年齢の数字】センチです」
「なっ……【武内君の実年齢の数字】センチ!!!」
「ひ、日野さんっ。声が大きいです」
「すみません! しかし……ええぇ!? つまり……これぐらいですか?」
「……ッ!」
日野さんが手で私のモノをかたどる仕草をするのを見て、つい卑猥な妄想をしてしまいました。
これは注意すべきなのか。
しかし注意した内容を理解してもらうためにはさらに詳しい性への説明が必要で、正直もう無理です。「これが……これが私に」
「……わかっていただけたでしょうか。子どもをつくるという意味を」
これでもう大丈夫だろうと言う見込みと、どうかこれで終わってくださいという願望を込めた確認でした。
日野さんの顔はさらに真っ赤に染まり、今にも湯気があがりそうです。「た、確かにこんなに大きなモノ……私には無理です」
その言葉に天を拳に突き上げてガッツポーズを突き上げたい衝動に駆られ、
「だから……やっぱりプロデューサーにお任せします!!!」
続く言葉に膝と両手を地面につき倒れこみたい失意に襲われました。
「でで、ですからプロデューサー……その、私とけけけ結婚して赤ちゃんを……赤ちゃんを——」
「日野さん? 日野さんっ!?」
限界なのは私だけではなかったようです。
オーバーヒートした日野さんは湯あたりを起こしたようにフラフラと頭をさまよわせ、そのまま倒れこもうとするのを慌てて支えました。
触れた肩が驚くほど熱い。
こんなに熱があっては正常な判断はできない状態だったでしょう。熱が冷め、意識が戻った頃には自分はなんて軽率な告白をしてしまったのだろう、無かったことにしたいと思われるはず。
願望混じりだと自分でもわかる予測をしながら、彼女の小さな体を抱え医務室に向かいました。 -
177 : 2017/03/03(金) 20:48:46.69 -
明日は一日中出かける予定なので今日投稿しました
続きはまた来週の土曜日に
次々回で完結予定ちなみに私の脳内設定では武内Pはアニメ開始前まで5人組のユニットを担当していました
楓さん:リーダー、ラスボス
美嘉:エース、ツッコミ役
小梅:トリックスター
幸子:マスコット、ツッコミ役
茜:切り込み隊長、核弾頭
だいたい私のルームにいるアイドルたち
普通にバランスがいいので過去話をいつか書けたらなと考えています
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