-
1 : 2013/09/21(土) 19:19:55 -
ここに記すのは、
私が勇者を辞めるキッカケとなった、とある村での出来事。救えなかった、少年の話だ。
個人名が一つだけある。
気にしないでくれると助かる。
ソース: http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/internet/14562/1379758795/
-
2 : 2013/09/21(土) 19:21:09 -
十年前。
冬。雪が降っていた。
村の隅で、小さな人影は小さな雪だるまを作っていた。勇者「可愛い雪だるまだな」
少年「……………」
勇者(……よく見れば、雪だるまにしては丸々としていない。背中には突起物があるし、)
勇者「−−カッコイい雪だるまだな」
少年「……ありがとう。でもこれ、雪だるまじゃない」
少年「竜だよ」
勇者「…………りゅ、竜かぁ……」
少年「…………もう、雪だるまでいい」シュン
勇者「あ、いや、えっと……見えなくもないよ。竜に。か、カッコイいなぁ」
少年「ほんと?」
勇者「うん、ほんと」
-
3 : 2013/09/21(土) 19:22:02 -
少年「えへへ、ありがとう。おじさん」ニコッ勇者「………………」
勇者(おじさん、か……これぐらいの子からみたら、俺はもうおじさんなのか、)少年「どうしたの?」
勇者「……………なんでもないよ。気にしないでくれ」
少年「…………、」クスッ
少年「変なおにいさん」クスクスッ
十年前。
冬の終わり。一面の雪景色は終わりを迎え、
白以外の色は各段に増えていた。勇者「……ここにいたのか、」
少年「ぼくを探していたの?」
勇者「ああ」
-
4 : 2013/09/21(土) 19:23:09 -
勇者「もう出発するから、挨拶でもって」少年「……まだ冬は終わってないのに」
勇者「元々、本格的な冬が来る前に村から出る予定だったんだ。ほらここ、雪凄かったし」
勇者「それが、この村で冬を越すことになったから、急いで戻るってさ」
少年「そっか……おにいさん、商人さん達の護衛だもんね」
少年「……さよなら、おにいさん。話し相手になってくれて、ありがとう」
勇者「さよならじゃないよ」
勇者「また来る。早くて夏の終わり、遅くても秋には。今回からの長期契約だからな、この商人達とは」
少年「…………」
勇者「だから、またね、だ」
少年「うん」
勇者「−−あ、そうだ。名前、聞いてなかった」
少年「…………、」
勇者「教えてくれるか?君の名前」
-
5 : 2013/09/21(土) 19:25:00 -
少年「…………」プイッ タタタッ勇者(……打ち解けたと思ったんだけど、そっぽ向かれた上に逃げられるなんてなぁ……)
少年「…………、」クルッ
勇者(ん?足を止めて、振り返った?)
少年「シキ」
勇者「え?」
少年「名前」
勇者「シキ?」
少年「うん」クスッ
少年「またね。おにいさん!」
九年前。
秋。紅く色付く山。
その奥深くに、その村はある。 -
6 : 2013/09/21(土) 19:27:24 -
勇者(また、一人でいる)勇者「シキ!」
シキ「…………?」
勇者「久しぶり。元気だったか?」
シキ「…………あ、」
勇者「あ、っと……去年の冬、話した事あるんだけど……俺のこと、もう覚えてない?」
シキ「…………ごめんなさい」タタタッ
勇者「え、」
勇者(逃げられてしまった……)勇者(仕方ないか、ほぼ一年会ってないんだし、忘れられてしまうのも)
勇者(それにしても、あの子……雰囲気変わったなぁ)
九年前。
秋。久しぶりの再会は苦い物だった。
姿を見かけても、また声をかける勇気は無い。 -
7 : 2013/09/21(土) 19:29:22 -
シキ「おじさん」勇者「へ?」
シキ「じゃなかった、おにいさん。久しぶり。また来てくれたんだ」
勇者「あ……うん、」
シキ「ごめんね、忙しそうだったからなかなか声かけられなくて」
勇者「……シキ?」
シキ「なに?」
勇者「俺のこと、覚えてるのか?」
シキ「覚えてなかったら声なんてかけないよ」クスッ
勇者「…………、もしかして」
シキ「?」
勇者「君は、兄弟とか、いたりする?」
シキ「……シキに会ったの?」
勇者「え?シキ?」
シキ「シキとぼくはそっくりなんだ。ぼくより少し、怖がりだけど」
-
8 : 2013/09/21(土) 19:31:07 -
勇者「兄弟?」シキ「みたいなものだよ。ずっと一緒だから」
勇者「同じ名前なんだ」
シキ「うん」
勇者(兄弟で同じ名前、か。……そういう名付けもあるんだな……)
勇者(にしても、)
勇者「……悪いことしたなぁ」勇者「知らない人から突然名前を呼ばれてやけに親しげに近付かれたんじゃ、怖くて逃げるのも当然か」
シキ「シキはおにいさんのこと知ってるよ。ぼくが話したから」
シキ「多分、どうすれば良いかわからなくなっちゃたから、逃げたんだと思う」
勇者「……なんせ、村では見ない顔だし、不審者だと思われてないなら良いか」
シキ「ごめんね、」
勇者「いや、いいよ」
勇者「でもな……、兄弟がいたか。困ったな」
シキ「?どうしたの?」
-
9 : 2013/09/21(土) 19:32:52 -
勇者「ちょっと待ってて。すぐ戻るから」タタタタッ
数分後。
勇者「はい、これ」
シキ「……小さな、袋?何か入ってる、……中から甘い匂いがするね」クンクン
勇者「お土産。っても、そんな期待するようなもんじゃないからな」
勇者「一応、ここでは珍しい部類のお菓子、だと思うけど。……それ、一つしか持って来てなくてさ」
勇者「今回は二人で分けてくれ、な」
シキ「…………、」
勇者「ご、ごめん!俺、気がきかなくて。そうだよな、もし兄弟がいたらって考えてたら」
シキ「ありがとう!」ニコッ
シキ「ふふっ。お土産貰ったの、初めてだ。ぼくら二人になら、シキもきっと喜ぶ」
シキ「ありがとう、おにいさん!」ニコニコ
勇者「そこまで喜んでくれるなら、俺も嬉しいよ」
シキ「−−−−、」
シキ「−−シキも、喜んでるよ。今度、逃げないでちゃんとお礼言うって言ってるから」シキ「シキをよろしくね、おにいさん」ニコニコ
-
10 : 2013/09/21(土) 19:34:07 -
九年前。
秋。出会った少年には、そっくりな兄弟がいた。
シキとシキ。同じ姿、同じ名前の。シキ「…………」ジー
勇者「うおっ!?」
勇者(後ろにいたのか、全く気配を感じなかった)シキ「……あ、のっ……」
勇者「……………、」
勇者(シキと瓜二つ、だが、雰囲気が違う。−−あの時の子か。シキが言っていた、もう一人のシキ)
シキ「………………ました」ボソボソ
勇者「え?」
シキ「っ、」カァァア
勇者「あ、ごめん!聞き取れなかったから、今度はちゃんと聞くから」
勇者「もう一度、言ってくれると、助かる、んだけど……」
シキ「……お菓子、ありがとう、ございました……」ペコッ
-
11 : 2013/09/21(土) 19:35:19 -
勇者「どういたしまして」ニコッシキ「………………えっと、その……おれ、……ごめんなさい、」
シキ「要件は、それだけ、です……もう行きますね」クルッ
勇者「あ、待って」
シキ「は、はい……」ピタッ
勇者(……雰囲気どころじゃない、同じ姿で同じ名前だけど、内面はまるっきり違うようだ)
勇者「あのさ、」
勇者「……正直な話、村にいる間は簡単な雑用ばかりで暇なんだ。道中の護衛が商談に混ざるわけにもいかないし」
勇者「だから、君の都合が良い時、時々で良いから俺の話し相手になってくれると助かるかな、」
シキ「……おれ、は、シキと違って、話すのは、得意じゃなくて」
勇者「得意じゃなくても助かるよ」
シキ「……あの、じゃあ……おれ、」
シキ「また、来ます……!」タタタタッ
勇者「うん、待ってるよ」
-
12 : 2013/09/21(土) 19:36:11 -
九年前。
秋の終わり。冷たい風が吹くようになった頃。
護衛対象の商団は、拠点の町に戻ることを決めた。シキ「もう、行っちゃうんだね」
勇者「ああ。去年の事があるから、早めに出発するんだってさ」
シキ「…………、さよなら。おにいさん。ぼく達の話し相手になってくれて、ありがとう」
勇者「さよならじゃないよ。またね、だって」
シキ「!」
勇者「次の夏の終わり、秋にでも。また会おう」
勇者「それに、俺こそ、話し相手になってくれてありがとう」
シキ「うん。どういたしまして」ニコッ
勇者「今度は二人分、お土産持ってくるよ」
シキ「……いいの?僕らは何も渡せないのに」
勇者「いいよ。俺がやりたいだけだから」
-
13 : 2013/09/21(土) 19:37:48 -
シキ「えへへ……ありがとう。お土産、期待して良い?」
勇者「いや、それはやめて。プレッシャーかかる。期待は最小で」
シキ「ふふっ、わかった」
シキ「……本当は、シキと一緒に見送りたいけど、出来なくて、ごめんね」
勇者「……シキに、よろしくな」
シキ「うん」
シキ「またね、おにいさん!」
勇者「ああ。またな」
八年前。
夏の終わり。その村には、その景色に不釣り合いな建物があった。
そこで何をしているかは、知らない。シキ「おにいさん!」タタタタッ
勇者「久しぶり。元気にしてたか?」
-
14 : 2013/09/21(土) 19:39:30 -
シキ「はい」勇者「シキも。元気?」
シキ「はい、元気です」
勇者「そっか。良かった良かった」
シキ「おにいさんも、変わらず元気そうで。良かったです」ヘラリ
勇者「そりゃあ、変わらないよ。俺は成長しきったからな」
勇者「お前は……背、少し伸びたな」ワシャワシャ
シキ「ほんとに少し、ですけど」ニコニコ
勇者「すぐに大きくなるんだろうなぁ、子供の成長は凄まじいし」
シキ「おにいさんは、大きくならない方がいいですか?」
勇者「へ?あ、いやそんなことないよ。むしろ、成長が楽しみかもしれない」
勇者「何時かは、……よっ、と」ヒョイ
シキ「!」
勇者「こうして持ち上げられなくなるんだろうな。ほら、高い高ーい」
シキ「あ、あの……!少し、恥ずかしい、です……」
-
15 : 2013/09/21(土) 19:41:20 -
勇者「……すまん。もうそんな年じゃないよな」ストンシキ「…………」
勇者「…………」勇者「あ、これお土産」
シキ「あ、ありがとうございます」
八年前。
秋。この商人達が何を扱っているか、その全貌は知らない。
が、村人達への一般的な物資だけじゃない事には、気付いていた。勇者「高い高い」ヒョイヒョイ
シキ「……………」
勇者「高い高ーい」ヒョイヒョーイ
シキ「おにいさん、僕だって怒るよ?」
勇者「すまん」ストン
シキ「いきなり、なに?出会い頭に、高い高い、だなんて」
-
16 : 2013/09/21(土) 19:43:03 -
勇者「いや、シキにだけやるのは不公平かなって」シキ「そんな公平いらないよ」クスッ
勇者「……久しぶりだな、シキ」
シキ「久しぶり。お土産ありがとう。お菓子、美味しかったよ」
勇者「そうか、そりゃ良かった」
勇者「それにしても……」チラッ
シキ「なに?」
勇者「見た目は同じなのに、中身は全然違うんだなって」
シキ「それはそうだよ、僕とシキは同じだけど、僕は僕で、シキはシキなんだから」
勇者「ま、そうだよなー」ワシャワシャ
シキ「やめてよおじさん。僕は繊細なんだから、撫でるなら優しく」
勇者「こんなにそっくりなのに、表情がまるっきり違うからな。多分、お前ら二人が隣同士で並んでても、すぐに見分けられる気がする」
シキ「……実はね、おにいさんだけなんだ。母さん以外に僕らを見分けられるのは」
勇者「マジか。こんなに違うのに」
シキ「誇っていいよ、おにいさん」クスクスッ
-
19 : 2013/09/22(日) 00:19:12 -
勇者「大丈夫。二人がいれば話し相手には充分だ」シキ「ほんとに?」
勇者「ほんとに」
シキ「……良かった」ヘラリ
勇者「なぁ、寂しくないのか?検査中は、二人で遊べないんだろ?」
シキ「研究所でなら、一緒にいられる。シキが寝てる時は話せないけど、」
シキ「それに、俺達はいつも繋がってるから」
シキ「俺とシキは同じなんです。好きな物も嫌いな物も、全部一緒」
シキ「だから、俺達は、おにいさんのこと、」
勇者「俺の、こと?」
シキ「…………」ジー
勇者「え、あ、何?」
シキ「耳、貸して、ください」
勇者「あ、うん。どうぞ」
-
25 : 2013/09/23(月) 23:20:38 -
シキ「うん。おにいさん、馬鹿みたいにショック受けた顔してたから、余計に」シキ。
俺、強くなるよ。シキ「……いきなり、なに?」
シキだけに悲しい思いはさせない。
俺が強くなれば、俺とシキで、悲しいは半分。シキ「……………なんだかなぁ、」クスッ
シキ「おにいさんに懐いてから、一気に成長したよね」
?
シキ(でも、まだだ。シキは知らない)
シキ(−−いや、知らないではなく、理解していない)
シキ(もう会えない、その本当の意味も)
-
26 : 2013/09/23(月) 23:22:06 -
七年前。
秋。さよならと言われた翌年。
また、赤く彩られた道を歩く。勇者「……………」ハァ
商人「嫌になったか?あの村に行くの」
勇者「嫌ってわけじゃないですけど」
商人「……何で嫌にならないんだよ。おまけに、訊かない、しな」
勇者「勇者といっても、元は傭兵ですからね。依頼主の事情は訊かないのが普通です」
勇者「けど、」
商人「…………」キョロキョロ
商人「……少なくとも、話し声が届く範囲に他の奴らはいない。そして俺は、アンタのことが気に入ってる」
商人「腕は立つし、どこぞの勇者様方と違って高慢ちきで扱い難くない。真面目だし口も堅い」
勇者「口が堅いって、何でわかるんですか。俺、意外とポロッと言っちゃ−−」
商人「何年商人やってると思ってんだ。見る目が無いとやっていけんよ、物も、人も」
-
27 : 2013/09/23(月) 23:23:51 -
勇者「……良いんですか?」商人「おう。ま、その代わりに俺個人に対してのご贔屓、頼むぜ?」
商人「傭兵に支払う賃金で動いてくれる勇者なんてなかなかいないし、な」ケラケラ
勇者「ははっ、わかりました。なんなりとご指名下さい」
商人「交渉成立。んじゃ、早く訊きな。村に一歩でも入りゃ俺は知らぬ存ぜぬ関わらずを通すぜ?」
勇者「…………では、」
勇者「あの村……あの研究所では何が行われてるんですか?」
商人「へぇ、あれが研究所と知ってるのか。嗅ぎまわってる様子は無かったくせに」
商人「−−まぁ、それは置いといて」
商人「あの研究所、というか、あの村はな、戦闘奴隷を作ってるんだよ」
勇者「……戦闘、奴隷?」
商人「そ。−−俺はあの村に生身でいける分そこそこの魔力耐性はあるが、魔法の方はからっきしでな。原理について詳しくは説明出来ないが」
商人「簡単に言えば人間に魔法を同化させる研究をやってんだよ」
勇者「そんなの、」
商人「出来っこない、ってのは十年以上前の古い知識だ。情報の更新は大事だぜ、今やっておくんだな」
-
28 : 2013/09/23(月) 23:25:40 -
商人「現に成功例は出ている。成功すりゃ魔力、身体能力が跳ね上がるんだとよ。それこそ、人間じゃない、」商人「あんたら達みたいにな」
勇者「…………」
商人「といっても、成功率は極端に低いって話だ。で、それすらも数年前までの話」
商人「わかっちまったんだよな、低い成功率を上げる方法が。それが−−子供」
商人「未発達ってのがイイらしくてな。特に魔力の資質が高い子供なんかは成功率が高い。元が高い分、跳ね上り方も凄まじい、んだってさ」
商人「で、俺も何年か前まではあの村に売られたガキをせっせと運んでいたわけよ」
商人「仲介したガキの顔はみーんな覚えてるが、あの村で見かけた子供の数は両手で足りちまう」
商人「極端に低い成功率、だからな。あがっても百パーで見れば低い数字になる」
商人「はい、一時中断。質問は受け付けんが、」
勇者「…………」
商人「へへっ、俺が綺麗な商売ばかりしてる人間だと思ってたのか?」ケラケラ
勇者「……胸くそ悪い話だとは思いましたが、」
勇者「俺は、例え勇者でも、全てを救えるなんて思ってません。少なくとも、今の話に俺がどうこう出来ることなんてなかった」
-
29 : 2013/09/23(月) 23:28:19 -
商人「……俺、アンタのそんな所が気に入ってるんだよなぁ。実は傭兵あがりの勇者が一番マトモなんじゃねぇの?」ケラケラ商人「で、続きだけど」
商人「あの村で生きてる子供はさ、全部成功例なんだよ」
商人「ってことで。あの村は化け物育成用の檻だ。もうすでに、完成待ちの予約は多数って話」
商人「あの村自体、お偉いさんの実験施設だからな」
商人「もう何十何百死んだかわかりやしない、どっからどう見ても非人道的なこれが各地でまかり通ってるのは、」
商人「そのお偉いさんが、アンタの方がよく知ってる側の人間だから、だろうな」
勇者(………勇者協会が、こんなことを黙認してる、ってことか)
商人「ま、一応は隠れてこそこそやってる体だからな。大々的にバレたら、そりゃあもう、大変なことになる」
商人「−−そんな危険な話をペラペラと話しちまったわけだが、アンタは口が堅いからな」
商人「バレたら、そうだな。あの村だけじゃない、同じ事をやってる全ての場所全ての子供が、どうなっちまうかわからない」
-
30 : 2013/09/23(月) 23:30:18 -
商人「そうやって育てたガキはそうにしかならない。もしかしたら当たりの主人、っていう幸せも奪っちまうことになるかもしれない」商人「だからアンタは喋らない」
勇者「…………」
商人「どう見てもマトモな目をした人間がいないあの村で」
商人「暇だからって、小さな化け物に肩入れするアンタは、絶対に喋らない」
勇者「……性格、悪いですね。商人さん」
商人「多少悪くないと生き残れないからな」ケラケラ」
勇者「少し嫌いになりました」
商人「え、こんなに細かく話してやったのにそりゃ無いぜ。好意は贔屓に繋がるんだからよ」
勇者「意識はしますから」
商人「ならいいや」
勇者「………………」ハァ
勇者(だから、さよなら、か……)
勇者(馬鹿なこと、やってるのかな。俺は……)
-
32 : 2013/09/24(火) 00:05:20 -
シキ「…………………、魔法、使えるんだね」勇者「勇者だからな、俺」
シキ「………え?」
勇者「俺の秘密、教えてやる。俺、勇者なんだよ。そこらの傭兵とかじゃないんだな、実は」
シキ「………………」
勇者「吃驚した?」
シキ「…………誰にでもなれるもんなんだね、勇者ってのは」
勇者「みたいだな」ケラケラ
シキ「………………、」
シキ「………僕達が何か、もう知ってるの?」
勇者「うん、知ってる」
シキ「知った上で、一度さよならした事を覚えてる上で、魔法を使って探してまで僕に話しかけたの?」
勇者「いや、だって暇だしお土産渡さないとだし、な」
シキ「………おにいさんって、ほんと、バカ」
-
35 : 2013/09/25(水) 23:07:37 -
七年前。
秋。あの時、憎まれ口を叩くシキの顔は、
泣きそうに、笑っていた。勇者「なぁ、シキ」
シキ「なに、おじさん。僕今本読んでるから忙しいんだけど」パラリ
勇者「あ、それ俺があげた本じゃん。どうだ?面白いか?」
シキ「勇者が勇者の冒険活劇を書いた本をお土産にするってどうかと思うけど」パラリ
勇者「いや、確かに俺もどうしようって迷ったというか、」
シキ「僕、これ二周目。おじさんにしては合格点じゃないの?」パラリ
勇者「……素直じゃないよなぁ、」ワシャワシャ
シキ「人を犬猫みたいに撫でるよね、おじさん。やめて」
勇者「ごめんごめん」
勇者「で、ものは相談というか」
シキ「なに」
-
36 : 2013/09/25(水) 23:08:26 -
勇者「シキに会えない。もう吃驚するぐらい会えない」シキ「おじさんが卑怯な手使って探してるって僕が言ったから、隠れてるんだよ。シキは僕よりかくれんぼが上手だから」パラリ
勇者「え、俺嫌われてる?」
シキ「……………」ハァ
シキ「好きに決まってるじゃん。健気に我慢してるの、」
勇者「我慢って、また何で」
シキ「本人にききなよ。見つけるのは大変だろうけど」パラリ
勇者「なぁシキー、頼むよー、挨拶ぐらいはさー」
シキ「…………、ヒントあげるから、今日はゆっくり本を読ませて」
勇者「よっしゃ、わかった」
シキ「視線感じたらすぐに振り返って。多分後ろにいるから」
勇者「へ?なにそれ、」
シキ「ヒント終わり。邪魔したらもう口きかないから」
勇者「………了解」
-
37 : 2013/09/25(水) 23:10:19 -
七年前。
秋。視線を感じた。
振り返った。シキ「!!」ビクッ
勇者「ほんとにいたよ……」
シキ「っ、あ、の……ごめんなさい!」タッ
勇者「待った。挨拶ぐらいさせろよ、シキ」
シキ「…………は、い、」
勇者「…………」ガシッ
シキ「!!」ビクッ勇者「久しぶり、シキ。背伸びたな、カッコ良くなったじゃんか」ワシャワシャ
シキ「……えへへ、久しぶり、です」ヘラリ
勇者「で、いくら探しても見つからないと思ったらずっと後ろにいたわけか」
シキ「……すみません、声をかけようかどうか迷ってたら、こんなことに」
-
41 : 2013/09/26(木) 23:41:06 -
勇者「ここの奴らってみんなそうなのか?」シキ「知らない。けど、そういう恐怖心は早めに壊さなきゃ使い物にならないと思うよ」
勇者「……お前も?」
シキ「顔に出てるよ、おじさん。シキと同じで、すぐ顔に出るんだから」クスッ
シキ「安心してよ、って言うのはおかしいかな。僕は繊細だからね、怯むし驚くし、怖い事があれはどこかの隅で震えてるよ」クスクスッ
勇者「……笑って言うことかよ」
シキ「−−それに、シキも」
シキ「足りないだけなんだ。欠落でもない、壊されたわけでもない。最初から存在していないだけ」
シキ「シキは単純だから……純粋だから、足りない物が多すぎて、すぐに歪んでしまう。その歪みは、誰かが側にいて本気で矯正してくれない限り、きっと戻らない」
勇者「…………」
シキ「僕らの未来は決まってるようなものだけど、細部は変えられる。僕はシキに、笑って誰かを殺してしまうようなヒトになって欲しくない」
シキ「−−シキはさ、知らないんだ」
シキ「僕が見せなかったから」
シキ「シキは、ヒトの死を、まだ知らないんだよ」
-
47 : 2013/09/29(日) 13:18:02 -
シキ「??………うう、ごめんなさい、今日のおにいさんの話は、ちょっと、わからない、です」勇者「……なんだかなぁ、シキは皮肉屋の傾向が見えるけど、お前は少し天然だよなー、」ケラケラ
シキ「天然?」
勇者「どこか抜けてるっていうかさ、」
シキ「…………確かに俺は、」シュン
勇者「え?」
シキ「沢山、抜けてると、思います……」
勇者(おいおい、そこまで落ち込むか?)
シキ「俺には、人間として、足りない物が、沢山、ある」
勇者「…………………、」スッ
ペシッ
シキ「!」勇者「でーこーぴーんー」
シキ「?」
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48 : 2013/09/29(日) 13:18:51 -
勇者「ちょっとは驚けよ」シキ「あ、えと、俺……」
勇者「驚いてたか?」
シキ「驚いた、と、思います」
勇者「あのさ、シキ。お前は」
シキ「?」
勇者「………………、」
勇者(−−って、俺は何言おうとしたんだか、)
勇者(駄目だろ、踏み込みすぎるのは)勇者(暇つぶしなんだろ、これは)
勇者「……悪い、」ワシャワシャ
シキ「え?」キョトン
勇者「何言おうとしたか忘れちまった」ケラケラ
勇者「お詫びに、あの本に出てくる斬撃が飛ぶやつ教えてやるから」
シキ「え!?でもあれ、出来ないって…!」
-
49 : 2013/09/29(日) 13:19:42 -
勇者「頑張れば出来るんだ、実は。ほんとに頑張らなきゃいけないんだけど、俺が」シキ「…………」キラキラ
勇者「やってみるか?」
シキ「はい!」
勇者(……誤魔化せたよな、これで)
七年前。
秋の終わり。最初から深入りする気は無かった。
自分の手が届く範囲は心得ている。シキ「………………」ジー
勇者「………………」フイッ
シキ「…………僕が何を言いたいか、わかるよね」
勇者「………………」
-
54 : 2013/09/29(日) 21:19:10 -
六年前。
秋の半ば。風が冷たい。
今年は、随分と遅れている。勇者「……ふぅ、」
商人「魔物の討伐、お疲れさん」
勇者「皆さんに怪我は?」
商人「護衛が優秀すぎるからな、荷馬車でゆったり談話中だよ」
勇者「緊張感無いですね。一応緊急時に備えてほしいんですけど」
商人「だから、お前が優秀すぎるからだよ」
勇者「……まったく、」ハァ
商人「で、またしても二人きりなわけだが」
商人「無いのか?何か言うことは」
勇者「?」
商人「違うか。何か、訊くことは、か」
-
55 : 2013/09/29(日) 21:20:26 -
勇者「……何を訊くっていうんですか」商人「俺の商売ルートで手に入れた、そこらではまず手に入らない、やたら質の良い菓子をあげる相手について。とか」
勇者「………………」
商人「大食い野郎なんだな、明らかに一人分の量じゃない」ニヤニヤ
商人「おまけに、知り合い価格で少々お安くしましたが、一つ一つけっして安い品ではないというのに」ニヤニヤ
勇者「……三人分なんです、今年からは」
商人「………は?三人分?」
勇者「三人分です」
商人「……お前……ホント物好きだな。去年までは一人だったろ。いつの間に増やしたんだよ」
勇者「……去年までは二人です。今年からは、二人の子供の母親の分もって」
商人「……………まてまてまて、お前、マジか……母親って、あの金髪の美人だろ?もろ人形な、あの」
勇者「……確かに無表情で作り物みたいに綺麗ですけど、人形は言い過ぎですよ。無表情のわりによく喋りますし」
商人「しゃべ……!?」
勇者「?」
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57 : 2013/09/29(日) 22:05:13 -
六年前。
秋。秋はすぐにでも通り過ぎる。
もう半分もない。勇者「………………、」
勇者(シキがいない、)
勇者(今日は外に出てないのか。魔法で探すっていったって、建物の内部は流石に範囲には入れられないし)
勇者(…………なんだか、変わったな。この村。去年と違ってさらに空気がおかしくなった)
勇者(嫌な感じだな……)
少女「…………」ジー
勇者(おまけに、女の子が俺を見てる)
少女「…………」ジー
勇者(初めての経験だ。目に光の無い少女が俺をガン見している)
少女「…………」プイッ タタタタッ
勇者(行ったか。……いったい、なんだってんだ……)
-
60 : 2013/09/29(日) 23:03:04 -
シキ「………」スッ
勇者「やめろっ!」ザシュ
勇者「…………」ポタポタシキ「………刃を掴んだら、危ない」
勇者「その短剣、離せ。今すぐ、」
勇者「お前の首から」
シキ「………血、出てる」
勇者「俺はいい。そもそもな、お前だってちょっと切れてるぞ、首」
勇者「血だって、流れ、……!?」
勇者(傷が、治っていく……!?こんな、一瞬で)
シキ「すぐ治るから、これぐらいの傷、血なんて出ない」
勇者(そしてこれは、魔法じゃない)
勇者「シキ……お前……」
シキ「言ったろ。俺、化け物なんだ」
勇者(何があったんだっていうんだよ、)
-
61 : 2013/09/29(日) 23:04:38 -
勇者「とにかく、短剣は没収」グイッシキ「……うん」
勇者「……………ったく、何したかったんだよお前。いや、わかるけどさ」
シキ「傷、すぐに治るから。痛くない、大丈夫だって見せたくて」
勇者「だからって、なんで首なんだよ」
シキ「すぐわかってくれるかな、と思った」
勇者「……ああ、もう!!」
勇者「お前までおじさん呼びなのも気になるけど、最初は、挨拶だろ、」
勇者「久しぶり、シキ」ポタポタ
シキ「……おじさん、」ストン
勇者「え、あ!?どうした膝付いて、やっぱりどっか痛……」
シキ「俺、おじさんを傷つけた」
勇者「何言ってんだ。俺は勇者だぞ。これぐらい治癒魔法かけりゃ一瞬だ」
シキ「おかしいんだ。俺、人を斬れないんだ。斬りたい相手に傷一つ与えられないんだ」
シキ「それなのに、おじさんを傷つけてしまった」
-
67 : 2013/09/30(月) 23:35:23 -
シキ「それに、普通の子は自分の首かき切ろうなんてしないよ」勇者「その件については思いっきり叱った。いくら治るからって、あれはない」
シキ「……シキを、叱ったの?」
勇者「……ちょっとやりすぎたかもしれない。アイツ、お前がいない分弱ってたし」
シキ「ふふっ、叱るだなんて、何様のつもり?」
勇者「……ゆ」
シキ「勇者様、なんて寒い事言う人とは口ききたくないな」勇者「………………」シュン
シキ「冗談だよ。本気にしないで」クスッ
シキ「叱ってくれてありがとう。僕までよく眠るようになったから、シキに注意する人がいなくなって困ってたんだ」
勇者「シキ、落ち込んでなかったか?」
シキ「そりゃあ落ち込んでただろうけど。今日の様子を見る限り大丈夫なんじゃない?」
シキ「検査の直前まで、口の中が甘い凄く甘いって幸せそうだったし」
シキ「……お土産、期待する、なんて言ったけどさ。あれ、結構な値段するよね」
-
69 : 2013/09/30(月) 23:40:28 -
勇者「俺としては大問題だ」シキ「まったく、おじさんってホント面白いなぁ」
シキ「いいよ。教えてあげる。僕が言ったんだ。おじさんはもうおにいさんじゃない、おじさんって呼ぶのが正しいんだよ、って」
勇者「お前……なんてことを……!俺、まだ若いんだからな!」
シキ「僕らからみれば、出会った時からおじさんだよ」クスッ
シキ「ま、百歩譲っておにいさんにしておいてあげたけど。僕らが年をとった分、おじさんも年をとった」
シキ「今は……おにいさんとおじさん、この微妙なラインにいる事、おじさんだって自覚してるんでしょ」
勇者「うっ」
シキ「シキに嘘は教えられないから。ま、おじさんが女性ならずっとおねえさんで通したかもね」クスクスッ
勇者「ったく、イイ性格してるよ。お前」
シキ「ふふっ、ありがと」
勇者「褒めてないよ」
シキ「知ってる!」
シキ「−−じゃ、またね、おじさん!シキをよろしく!」
勇者「おー。じゃあな、シキ」
-
78 : 2013/10/06(日) 00:16:24 -
女「……ごめんなさい。私のような女が我が子に愛情を感じているという、このおかしさが、」女「笑えるかな……と、考えて……」シュン
勇者(天然、というか……)
勇者「…………やっぱり、親子ですね。シキに似ている」クスッ女「!そうですか?ふふっ、嬉しいです」
女「シキも、私は自分よりシキに似ているって言うんです」
女「私に似たんですね、あの子。可愛いです」
勇者(…………表情は変わらない。けど今、彼女は確かに笑った)
勇者(無くしちゃいけないものは無くしてないのか、)
女「ここ最近は、毎日考えています」
女「あの子達がどんな大人になるのか、とか、どんな人を好きになるのか、とか」
女「ふふっ、考えるだけなら自由ですから、ね」
-
80 : 2013/10/06(日) 00:18:33 -
シキ「これで許してあげる」クスッ勇者「素直におにーさんが冬もいて嬉しいとか言ってくれないのかね」ケラケラ
シキ「言われたいの?僕に全力で媚び売られたいの?」
勇者「なんか怖いからいいや」
シキ「でしょ?」クスクスッ
勇者「……しっかし、普通の雪だるまは作らないんだな。好きなのか?竜」
シキ「うん。本物は見たことないけどね」
勇者「ドラゴンの方じゃないのな」
シキ「嫌いじゃないけど、分類上魔物のドラゴンよりは竜の方が憧れるかな」
勇者「実は俺、竜族に知り合いがいたりする」
シキ「それ、シキに詳しく話してあげてよ。凄く喜ぶと思う」
勇者「お前は?」
シキ「喜ぶよ。聞きたいと思う」
シキ「でも、僕達半分繋がってるみたいなものだから、初めて聞くわくわく感はシキに譲るよ」
-
81 : 2013/10/06(日) 00:19:47 -
勇者「そっか。…………よいせっと、」シキ「おじさんくささに磨きがかかってるね。しゃがむだけでそれ?」
勇者「いいじゃねぇか。お前も年とれば勝手に口から出るんだよ」
シキ「ふふっ、気を付けることにするよ」
勇者「……絶対言うんだからな、見てろよ……」コロコロ
シキ「なに?おじさん雪だるま作るの?」
勇者「スタンダードなやつをな。お前のソレはそろそろ雪像の域に達する」
シキ「おじさんは一度シキ制作の竜を見るべきだね」
勇者「凄いのか」
シキ「凄いよ」
勇者「じゃあ次会った時にでも見せてもらうか」
シキ「そうしてよ」
勇者「…………」コロコロ
シキ「…………」ペタペタシキ「…………おじさんってさぁ、」
-
82 : 2013/10/06(日) 00:21:53 -
勇者「ん?」シキ「兄弟とかいるの?」
勇者「いや。一人っ子」
シキ「そうなんだ。下に兄弟がいるからこうなんだと思った」
勇者「俺も俺って案外子供好きだったんだなーって思ってる」
シキ「子供好きならさくっと子供作ればいいのに」
勇者「簡単に言うよなー」
シキ「彼女は?」
勇者「………………」コロコロ
シキ「ごめん。僕、簡単に言っちゃったね……」
シキ「っ……一人で小作りはっ、流石に出来ないね……」フルフル
勇者「……お前、俺が寂しい独り身だからって馬鹿にしてるな?」
シキ「してないよ?ただ、いないんだぁ、って」フルフル
勇者「笑いこらえて震えてるくせにこの野郎」
シキ「……ぷぷっ、まずは彼女からだね。おじさん」
-
83 : 2013/10/06(日) 00:23:07 -
勇者「おー、作ってやるわ可愛い彼女。全力でノロケてやるからな」シキ「ふふっ、待てる間は待っててあげるよ」クスクスッ
勇者「目標は半年以内」
シキ「現実を見なよ。そんなすぐに出来るんだったらもう出来てるでしょ」
勇者「真顔で言うなよな……」
六年前。
冬。それは、雪だるまの域を大きく越えていた。
白い竜の側に、シキはいた。勇者「…………」
シキ「シキに褒められた。今年はさらに凄いって」ペタペタ
勇者「雪だるまってレベルじゃねーぞ……」
シキ「でも、まだ本物を見たことはないから、よくわからない所が沢山ある」
勇者「大きさ的に子供の竜、っていうかお前……器用だな……!滅茶苦茶カッコイいぞ……!!」
-
84 : 2013/10/06(日) 00:24:32 -
シキ「ほんと?」勇者「本当。シキが凄いって言った訳がわかったわ……」
シキ「……嬉しい」ペタペタ
勇者「雪でここまで作るか……あ、その竜の足元の。俺の雪だるまとシキの竜だよな」
シキ「うん。……春が来るまで、コイツが二人を守れるように」
勇者「そっか。いや、マジで守ってくれそうだわ」
シキ「…………あの、さ、おじさん……」
勇者「おう、何だ?」
シキ「竜族の人と知り合いって、シキから聞いたんだけど、」
勇者「詳しく聞きたいか?」
シキ「うん!!」キラキラ
勇者(お、ちょっと表情が戻ったな)
勇者(前みたいに笑えるようになりゃいいんだけど、)
勇者(……どっちが良いのか、どっちが楽なのか、それはコイツ等が決めることで)
勇者(俺は口出し出来る立場じゃないと、口出し出来る立場にはならないと、わかってるはずなのに)
-
89 : 2013/10/06(日) 18:59:55 -
勇者「………………」少女「シキを探してるんでしょ?私達も探してた。チャンスだったのに逃げられた」
少女「今度こそ殺そうとしたのに。きっともう回復してる。むかつく」
少女「お前も、むかつく。早く出てけ。村から出てけ!」タタタタッ
勇者「………………、」
勇者(そういえば、シキ達以外で話したのって初めてだな)
勇者(この村で、この村の人間と)
勇者「…………」
勇者「ついに目をつけられた、ってことか」
勇者(…………もう少し、歩いてみて)
勇者(会えなかったら、それで終わりだ)
六年前。
冬の終わり。 -
91 : 2013/10/06(日) 19:05:59 -
勇者「……ホントに、どこかの隅で震えてるんだな、って思って」
シキ「………………」
勇者「………………」シキ「…………ばか。ばかばかばか」
勇者「半泣き声で罵倒されてもなぁ」
シキ「…………もげろ」
勇者「どこで覚えたんだよ、そんな言葉」ケラケラ
シキ「………………」
勇者「………傷、痛むなら見せてみろ。治癒魔法かけてやる」
シキ「いらない」
勇者「遠慮するなって」
シキ「きかないんだ。治癒魔法」
勇者「……難儀な身体だな。いくら自己治癒が早いからって」
シキ「……そうだね。僕も、シキと同じだから、怪我してもすぐに治る。治ってた。今までは」
勇者「!」
シキ「今は、どうかな。治るけど、前と比べて格段に遅くなってる」
-
102 : 2013/10/07(月) 00:02:10 -
商人「やっぱ勇者は駄目だな。どいつもこいつも普通じゃない」勇者「………………、」
商人「でもさ、お前は改善の余地アリっていうか、なんとかなるよな」
勇者「そうですかね」
商人「ああ。もう少しまともになったら、俺が本気で良い女だと思う女、紹介してやる」
勇者「それは楽しみだ、」
商人「だからさ、間違えるなよ」
勇者「何をですか?」
商人「選ぶ相手だよ」
商人「あの村の奴は、絶対やめとけ。必ず後悔する」
勇者「馬鹿な考えはしてないって、言ってるじゃないですか」ケラケラ
商人「今回ばかりは、何度も会うなよ。俺がこき使ってやる」
勇者「はい」
勇者「といっても、こき使われてるのに毎年暇だったわけですが」
-
103 : 2013/10/07(月) 00:02:55 -
商人「お前が有能すぎるんだよ」商人「………………はぁ、ったく」
商人「マジで、勘弁してくれよ、最後にやらかすのは」
勇者「大丈夫だって言ってるじゃないですか」
商人「………………、一応言っといた方が良いのかね」
勇者「?」
商人「……あの村はな、本当は、」
勇者「!!」ピクッ
勇者「近くに魔物がいますね、しかも大型」商人「…………」
勇者「他の皆さんを集めて、一塊になってて下さい」
勇者「適当にあしらってきます」タタタタッ
商人「……ほんと、使い勝手いいよな」
商人「…………………」
商人「……それだけに、勿体無い、」
-
117 : 2013/10/13(日) 23:35:57 -
シキ「目標は半年以内、だったはずだけど」勇者「…………駄目でした。半年とか無理でした」
シキ「ふふっ、達成の見込みが無い事を目標って言うのはいけないね」
勇者「ははっ、だよな」
シキ「今度の目標はもう少し長めに期間をとろうか」
勇者「……おー」
シキ「子連れだとモテないよ。だからさ、僕らのことは諦めて」
勇者「さらっと言うなよ」
シキ「言うよ。そりゃあ、ね。母さんからも言われたはずなのに」クスッ
シキ「僕は助けなんか求めない。絶対に」
勇者「俺が好きだから?」
シキ「…………………」プイッ
勇者「俺が好きだから?責任を負わせないように?」
シキ「赤の他人に人生かける責任は負わせられないでしょ」
勇者「……他人じゃなくて、友達だろ」
-
120 : 2013/10/13(日) 23:42:28 -
シキ「……僕は担ぐの?扱い悪いなぁ」勇者「女さん置いてくわけにはいかんだろ、お前は軽そうだし」ケラケラ
勇者「それに、」
勇者「こんだけ近けりゃ、届くと思うんだ。俺の手も」
シキ「………冗談だよね」
勇者「………自分でも驚いてるけど、本気で言ってる、冗談だ」
シキ「おじさん」
勇者「−−シキ、」
勇者「俺、もう目をつけられてるみたいでさ、そう何度も会えないんだよ」
勇者「だから、出発前に答えを訊きにお前等を探すよ。答えをきくまで村から出ない」
勇者「冬が終わって、春になったら。俺がお前等を、攫いに来ていいか」
シキ「……何、言ってんのさ」
勇者「何言ってるんだろうな。自分でもわかってないかもしれない」
勇者「でも、本気だ。本気なんだよ、俺」
-
127 : 2013/10/13(日) 23:54:25 -
シキ「おじさん、」勇者「よう、シキ」
シキ「魔法、フル活用しようとでもしてたわけ?」
勇者「使える手は使おうと思ってな。魔法使ってる事をバレない自信もあるし」
勇者「下手に感づかれたら厄介だもんな」ケラケラ
シキ「……………、」
勇者「ま、長くお喋りするわけにはいかないし。答えを訊こうかな」
勇者「春、迎えに来て良い?」ヘラリ
シキ「むかつく」
勇者「?」
シキ「微塵も揺らいでない事とか、無駄な頼もしさとか」
勇者「それは、オーケーって事か?」
シキ「答えはまだ言ってない。それに、先に確認したいことがある」
シキ「僕らは重いよ。追っ手がかかる。逃避行ってやつになる。危険だよ、おじさんがね」
勇者「俺、強いから平気。実はさ、お前が思ってる以上には有能だぜ、俺」ケラケラ
-
129 : 2013/10/13(日) 23:57:54 -
勇者「俺も勇者だから、化け物ーだなんてよく言われるし」シキ「………」
勇者「不満?」
シキ「なわけ、あるもんか。ばか」
勇者「一つ、そうじゃないかな、って考えてることはある」
シキ「おじさんの目に、僕は僕で、シキはシキだって映ってくれるなら、それでいい」
シキ「秘密、教えてあげる」
勇者「当てていいか?」
シキ「駄目。肯定も否定もまだしたくない」
勇者「ってことは?」
シキ「−−春。僕とシキが一緒にいる所を見せてあげる。春に、僕らの秘密を教えてあげる」
シキ「これは、僕だけの意見じゃないから。シキはおじさんのこと好きだし、おじさんったら母さんにも取り入るから……」
勇者「ほんと、素直じゃないよなー。お前」ワシャワシャ
シキ「………ってる、」
-
130 : 2013/10/13(日) 23:59:07 -
勇者「え?」シキ「待ってる、から。春」
勇者「…………了解」ヘラリ
口が悪くて、素直じゃなかった。
けれど、優しい少年だった。俺が出会った人間の中で、一番優しく、
残酷な事を言う、少年だった。
シキにとっての一番は、シキだ。
だから、言ったのだろう。
だから、言った。
それが、どんなに辛いことでも、
シキは未来を信じて、言ったのだ。
それを、俺は信じたい。
-
142 : 2013/11/02(土) 23:43:54 -
村長「くそっ……くそっ……!!」若くは無い身体でこの運動は辛いらしい。
息を荒げた村長は、もう一度この現状を見回した。この村の研究資料が集まる、無惨にも破壊された最重要施設が、燃えている。
破壊し燃やしたのは私だ。
女「ふふ……」
村長「……何がおかしい、」
女「燃やせと言っていたじゃないか」
女「何を怒っているのか、荷物を軽くしてやっただけだろう」クスクスッ
村長「……笑ったな、今」
女「おや、わかるのか。ああ、そうだよ、笑ってやった」
女「ははっ、あはははははは!お前達は終わりだ!!終わりな−−」
村長「黙れ!!」村長「黙れ!黙れ!黙れ!!黙れ!!!」
-
143 : 2013/11/02(土) 23:46:19 -
−−少し、意識が飛んだ。
何度も蹴られ続けているのはわかる。
動けない無防備な身体は、ただそれを受け続けるだけだ。村長「お前はここで死ね!こんな資料などなくてもガキさえいれば……!!」
女「…………二人は渡さない」
村長「渡さない!?馬鹿かお前は!どうせガキもお前も我々の助けなしでは生きられない!!」
女「…………生きる、あの子達は」フォン
魔法を発動。
現れた小さな刃は村長へと向かう。村長「−−っわああああああああああ!!?」
驚き見開いた左目へと深々と突き刺さる−−役目を終え、消えた。
女「………ざまあ、みろ、」ゴポッ
こんな簡単な魔法を使っただけで、身体は悲鳴をあげる。
-
156 : 2013/11/03(日) 21:45:25 -
村長「もうやめろ。それ以上は死ぬ」六度目はこなかった。
少女「どうして?コイツ、悪い子でしょ?お仕置きしなきゃ駄目でしょ?殺さなきゃ駄目でしょ?」
村長「殺すな。さがれ。シキは生かして連れて行く」
少女「どうして?どうして?私の方が良い子なのに、どうしてコイツを連れて行くの?」
村長「必要だからだ。コレには価値がある」
少女「あ、あ、じゃあ私は?私は?私は連れて行ってくれるよね!だって私はこんなに役にたってる!お父さんの役にたってる!!
村長「……命令が聞こえないのか。さがれ」
少女「…………」フォン
村長「!!……そのナイフは何だ、何をする気だ!」
少女「こうするの」
シキ「−−−−!!」
-
161 : 2013/11/03(日) 22:46:17 -
シキ(…………、だめだ、だめだよ、やめて)
−−シキ、母さん、が、あ、
シキ「 あ ああ あ」
シキ(シキ……!!)
シキ「 」パキン
うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!
その瞬間、シキが壊れてしまうのを、感じた。
-
181 : 2013/11/04(月) 14:52:38 -
商人「謝るなよ。……今でも、あの時、あの村の事を言うべきじゃなかったとか後悔してるんだからさ」商人「まぁ、どっちに転んでもおかしくなっちまってただろうけど」
勇者「…………私は、有り難いと思っています。せめて、墓は作れた」
商人「……護衛の仕事、依頼しなきゃ良かったわ。お前があの村に行かなきゃ、こうはならなかった」
勇者「……………、私も、後悔はしてます。この数年、ずっと」
勇者「でもそれは、彼らに出会った事に対してではありません」
商人「………あーあ、やだやだ。お前なんか気に入らなければ良かった」
勇者「すみません、」
商人「謝るなって。お前の居場所は貴族様に伝わってるのに」
勇者「−−−、」
商人「追っ手はすぐにでも来るぞ。もちろん、この場所をリークしたのは俺だ」
商人「こっちにも手が回ってるに決まってるだろ」フォン
勇者「…………魔法?商人さん、何を、」
商人「こうするしかないんだよ、」ザシュ
勇者「!!!」
-
185 : 2013/11/04(月) 19:23:48 -
俯いていた顔を上げれば、目の前に人影。
青年というよりは、まだ少年に近い年に見えた。
そうして、思わず目を凝らしてしまったのは、少年が赤い目をしていたからだ。同じ赤い目を持つ少年達が重なり、次の瞬間には目をそらした。
引きずられるように思い出した記憶が、なによりも辛い。男「−−お、見つけたか」
少年「……」コクン
新たな気配。顔をあげる気力は無かった。
現れた男も、この少年も、追っ手であることに間違いはない。男「こりゃ、ご褒美もんだ。ちょうど死にかけ。楽な仕事だな」
男「ふらふら勝手に動いてると思ったら、やるじゃねーか。お前の働きは、ちゃんとご主人サマに伝えといてやるよ」
少年「…………」コクン
男「……相変わらず、喋んねぇし」ハァ
男「まぁ、いいや。−−んじゃ、おっさん。死んでもらうぜ?見苦しいから抵抗すんなよなー」
勇者(……どうせ、もう、身体は動かない)
-
186 : 2013/11/04(月) 19:24:56 -
−−剣が振り下ろされる、これで、私は死ねる。
勇者「…………ごめんな、シキ」
少年「…………」グイッ
男「−−お?」ピタッ剣は、寸前で止まり、引かれた。
少年「……殺さなきゃ、駄目か?」
男「お前、初めて喋ったと思ったらソレかよ」ハァ
少年「…………」
男「なに?コイツに恩でも感じてるのか?言っとくけどな、逆だぞ逆。俺達みたいのはコイツに恩じゃなく恨みしか無いんだ」
男「そりゃあ、戦闘奴隷になる前に解放されたガキ共は良いだろうよ。けどな、俺達はどうだ?」
男「戦闘奴隷を売買する市場ごと潰されて、俺達はどんなに肩身の狭い思いをしたよ」
男「普通の奴隷じゃない、俺達には高値がついていた。それなりに金を持った主人に買われて、上手く当たりを引きゃ、普通の奴隷より格段に上の待遇を受けてたかもしれないんだ」
-
187 : 2013/11/04(月) 19:26:01 -
男「それだってのに、コイツが俺達の存在を黙認してた協会を動かすから、一番の当たりの貴族サマが手を引くことになった」男「戦闘奴隷は戦闘奴隷としか生きられない。普通の人間どころか、普通の奴隷にもなれない」
男「……コイツは、すでに戦闘奴隷として作られた俺達のチャンスを全部ぶっ潰しやがったんだ」
男「だから俺達は、馬鹿みたいな金額で買われて、クソみたいな扱いを受けて−−どんなに優秀だろうが、外れの主人の下で惨めに死ぬしかない」
男「戦闘奴隷の解放に尽力した勇者?世間様の英雄だろうが、俺達には疫病神以外の何者でもない」
男「……恨みしか、ないだろ。な?」
少年「…………」コクン
男「……なんだかな、俺がよく面倒見てやったからか?先に殺せばお前の手柄なのに、一番大きな手柄は必ず俺に譲る」
少年「……面倒見てくれたこと、感謝してた」
男「……そっか。俺も感謝してるぜ。あのクソボケ勇者を、この手で……ぶち殺せる機会をくれたんだからよ!!」
少年「………………」
男「今度は止まらないぜ……」
男「じゃあな!死ねよ!勇者ぁ!!」
少年「さよなら、死ね、先輩」フォン
-
188 : 2013/11/04(月) 19:29:54 -
今、大量に降りかかるこれは、ただの水ではないのだろう。
べちゃべちゃと落ちる肉片、ぐらりと傾ぎ、男は倒れた。勇者(なんで………、)
男が死んだとわかった。
発動した魔法が男を殺した。
魔法を発動したのは、男の仲間であるはずの、少年。男を見下ろす赤い目に、感情は無い。
彼は、生きてはいない、人形のような目をしていた。少年「………ごめん、先輩」フォン
発動した魔法が、淡い煌めきとなって男を包んだ。
暗闇に浮かび上がった、男の絶命した顔が、私の顔へと変化していく。勇者「……君、何を、して……!」
少年「先輩の死体が、あなたの代わりになる」
少年「逃げて下さい。追っ手は来ない。全てあなたが殺して、最後の一人が、ここで相討ちになったことにする」
勇者「…………、どうして、私を、助ける……?」
-
189 : 2013/11/04(月) 22:41:35 -
少年「………………、シキを、忘れて」勇者「!!!」
少年「あなたも、シキを、忘れて、下さい」
勇者「……あ、あ……まさか、君は……!」フォン
なけなしの力で使った魔法は、小さな光源となり少年を照らした。
少年「………………、」
母親譲りの金髪と、赤い瞳。
あれから、数年。
その少年は、見覚えのある面影を充分に残し成長していた。勇者「…………シキ、」
二重人格などではなかった。
生きていた。シキは、目の前でちゃんと生きていて、存在していてくれていた。勇者「っ……シキ……お前、生きてたんだな……!」
-
201 : 2013/11/04(月) 23:02:05 -
××年前。
冬の始まり。冬は始まったばかりだ。
けれど、春が待ち遠しい。シキも、そう思ってる。
俺と同じように。シキ「……なに、ニヤニヤしてるの」
−−シキ、嬉しそうだな、って思って。
シキ「……シキのくせに、生意気」
ペシッ
……痛い。……これ、知ってる。でーこーぴーんー、ってやつ。
シキ「言い方までおじさんの真似しないの」クスッ
えへへ、
シキ「……おじさんのおかげかな。また、ちゃんと笑えるようになったね、シキ」
シキも。
俺を心配させないように、ただ笑って見せることが少なくなった。 -
202 : 2013/11/04(月) 23:03:09 -
シキ「!」
おじさんのおかげだね。
シキ「~~~、シキのくせに、シキのくせに!」
ペシッ ペシッ
痛いってば、やめてよシキ「笑ってるくせに、」
ふへへへ、
シキ「−−まったく、笑ってないで、話すのもちゃんと練習しないと駄目なんだから」
シキ「おじさんは……どうせシキがヒトじゃないってわかっても、変わらず接してくれるだろうけど」
シキ「これから出会うヒト達は、そうやってシキが話すと吃驚しちゃうから」
…………、
シキ「うん、気を付ける」
シキ「でも俺、喋るの上手くなったよね?」
シキ「上手くなった。むかつくけど、これもおじさんのおかげか」
シキ「おじさんといっぱい話せたからだね」ヘラリ
シキ「……ねぇ、シキ」
-
203 : 2013/11/04(月) 23:08:13 -
シキ「なに?」
シキ「春がきたら、」
シキ「俺達、ずっと一緒にいられるよね」
シキ「……うん。こうやって、面と向かって話すことが多くなる」
シキ「君が僕の代わりに眠らなくても済むし、雪遊びも一緒に出来る」
シキ「ふへへ、そっかー。……ってことは、母さんやおじさんと四人で遊ぶってのもアリなんだね」ヘラリ
シキ「……懐いてるよなぁ、」クスッ
シキ「シキも好きでしょ?」
シキ「……そうだね。ちょっと馬鹿だけど、おじさんのことは」
シキ「君と、母さんと、同じぐらい……大好きだよ」
あの日、俺達は、春を待っていた。
おわり。
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