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1 : 2014/12/29(月) 22:47:31.80 -
※諸事情で建て直し
悪魔のリドルスレです。本編後のお話ですが、気を付けてほしいことがあり、
・グロ注意
・鬱話
・エロあり
・キャラ崩壊があるかもしれません
・オリジナル設定ルート分岐あるかもしれません。※決定じゃないので、作者次第で変わります
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1419860851
ソース: http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1419860851/
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2 : 2014/12/29(月) 22:48:21.16 -
※一人称・三人称視点使い分けで行きます。
<寒河江家>
十年黒組の一員として、一之瀬晴を殺す為の暗殺者として過ごしたミョウジョウ学園の日々は、暗殺失敗という結果で終わった。
アタシはあれから暗殺者としての道を捨て、真っ当な道で家族を養うために過酷な肉体労働の土木関係の仕事に就職する事にした。
元々力には自信があったし、手早く多く稼ぐにはこれしかなかったという事もあって、数週間が経過した。
始めてすぐの時は苦しすぎて本気で何度も吐きそうになったし、実際トイレで吐いたこともあった。
それでもこの仕事を続けられたのは、未だに病状が良くならない入院している母親と家族の生計の為、そして迎えてくれる暖かい笑顔があったから。
……クサい台詞だけど、毎日疲れ切った体を癒してくれたのは、貧しい生活でも逞しく笑って迎えてくれる姉弟が居てくれたからだ。
春紀「……ただいまー。」
冬香「あ、お姉ちゃんおかえり! 伊介様?っていう人が来てるよ!」
そんなわけで、12月も後半戦、冷え込む夜道をいつも通り歩いて帰宅した訳だけど、
伊介「……誕生日だったんでしょ?♥ お祝いだけしに来たのよ♥」
春紀「……!?」
まだ十年黒組のクラスメイトとして過ごしていた"元"同室の伊介様が、わざわざアタシの誕生日を祝うために来ているもんだから驚いた。
それはもう、間抜けな顔で唖然とする位には。
伊介「なにその顔、ウケるー♥」
春紀「伊介、様……祝いに来てくれたのは嬉しいけど、」
アタシはあの時から、暗殺者に関する一切の情報を捨てたし、関わる事も止めた。
一度日陰の世界に身をおとしといて身勝手な事だってわかってるけど、それでも、アタシには守るべき家族がいるんだ、手段は選べない。
そうして、晴ちゃんや兎角サン、その他それなりに親しくなっていた連絡先も全て消したし、愛用していたガントレットやワイヤーも全て処理した。
今のアタシには必要が無いモノ、そう割り切って。
割り切ったつもりだった。
伊介「分かってるわよ♥ アンタがこっちの道から足を洗いたがってるのはね。アシは残さないから安心しなさいよ♥」
春紀「……誕生日、そういや今日だったな。忘れてた」
冬香「大きなケーキとチキンを買ってきてくれたよ! お姉ちゃんにって!」
春紀「そっか。…………まぁ、ありがとな、伊介様。」
伊介「初めからそう言ってりゃいいのよ、春紀♥」
それでも、短けれど同じ時間を共にした友人との再会は、素直に嬉しかった。
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3 : 2014/12/29(月) 22:50:23.74 -
<寒河江家>
伊介「はいこれ、アンタの分♥」
春紀「これ、ヴェルニの奴……三つも、ってことは9000円かよ!?」
伊介「うるさ♥ 誕生日プレゼントくらい素直に貰っときゃいいのよ♥」
春紀「……分かった。それじゃあ早速一つ使ってみるよ。」
ガヤガヤといつにも増して騒がしい我が家は、伊介様が現れたことにより更に騒々しかった。伊介様が家族全員分のクリスマスプレゼントを渡した辺りから収拾がつかなくなってしまったというのもあるんだけど。
今日くらいは良いかと苦笑しつつも、元々自分が塗っていたマニキュアから伊介様に貰ったモノへと塗り替えてみた。
春紀「(……輝きが断然違う。これが安物と高級品(三千円)の違いなのかぁ)」品物の良さに感嘆してぼーっと眺めていたら、すぐ横でにやにやと意地の悪そうな笑みを浮かべながら伊介様がこちらを見ていた
ジロ、という擬音が聞こえそうな位横目でそちらを見やるとクスクスと肩を揺らして
伊介「アンタ、ホントおもしろっ♥」
春紀「なんだよ、アイツらと一緒に遊んでたんじゃないのか?」
伊介「伊介はガキの相手はゴメンよ、うるさいし?♥」
春紀「あはは、まぁ、そういうイメージはないな」
伊介「ま、今日はアンタの呆け顔が見れただけ来たかいがあったし♥ それと、伊介そろそろ帰らないといけないから♥」
春紀「え、またどうして」
伊介「ママとパパが海外出張だから、その見送りよ♥ 別の案件を抱えてるから、ついていけないのよ♥」
春紀「なるほどな。……最高のクリスマス、ありがとな。冬香達があんな風に笑ってるの、久しぶりに見た」
伊介「こんな時位家族サービスしなさい。 "家族は大事"だって伊介に言ってたのはアンタでしょ♥」
春紀「……だな。確かに、最近稼がなきゃって事しか頭になくてアイツらの事、見えてなかったかもしれない」
伊介「伊介はバリバリ稼いでるから貧乏人の気持ちとかよく分かんないけどね♥」
春紀「今月も中々苦しくてね、困ったよ……」
伊介「……」
寒河江家の金銭事情が苦しい事を伊介は知っている。知ってはいるが、しかし、この金は春紀が否定する"誰かを殺して得た金"である。
クリスマスプレゼントだから、と言っても本当は春紀が未だ複雑な心境にあるのは重々理解している、本格的に支援しようとすれば断固拒否するだろう。
彼女にとって、伊介の金は『罪の証明』なのだから。
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4 : 2014/12/29(月) 22:51:04.54 -
<玄関>
伊介「ま、悔いのないように生きなさいよ♥」
春紀「あぁ。何とか頑張ってみるよ」
じゃあね~、と背を向け、いつもの格好に分厚いコートを羽織った伊介様を見送ったアタシは、そのまま洗面台に向かい、
手にしていたヴェルニのマニキュアを投げ捨てた。
甲高い音が響き渡ると、唇をかみしめたまま、壁に拳を叩きつけた。
伊介様のマニキュアを塗っていた爪が皮膚を裂き、ギリギリと握りしめた拳から血が流れ落ちる様を眺めて、
春紀「(……もうこれで終わりだよ、伊介様。やっぱりアタシは、もう逃げる事にしたんだ)」
自分の事を棚に上げてるのは重々承知の上だ。でも、それでも自分には守るべき誰かが居て、彼らの為には蔑まれることも厭わないのだから。
夜は更けていく。伊介様の残したクリスマスプレゼントを、冬香達の喜ぶ姿を、アタシは最後まで冷めた瞳で眺めつづけていた。
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5 : 2014/12/29(月) 22:51:41.69 -
—数日後—
<工事現場>
「寒河江、お前今日調子悪かったじゃねえか。」
春紀「そう、でしたかね?」
「「資材運びも、それ以外も全部ダメダメの癖によく言う。……お前がいつも熱心にやってるのは分かってんだが、今日のままやり続けるってんならやめろ」
春紀「……やり続けますよ、アタシは」
「迷惑なんだよ。作業効率も落ちるわ、他の従業員達の士気も下がる。ハッキリ言って、青ざめた顔でやられて倒れられたら会社の責任にもなる。」
春紀「……やりま、」
「自分の体調管理も出来ねぇ奴に、働く資格なんてねぇ。お前は謹慎しろ。」
春紀「ッ、アタシは稼がないといけないんだ!! アンタらは雇う側で、アタシらは労働力だ、それに見合った給料さえ出してくれりゃいい!!」
「寒河江ッ!!」
春紀「あぁ、ならこんなとこ止めてやる!! 別に此処で働き続けなきゃならねぇ義理はねぇよッ!!」
自分が馬鹿みたいな事言ってるのは分かってる。
現場監督さんの優しさと、そしてそれが正論だという事を頭の中では分かっていても、この時アタシは切迫した金銭面の問題のせいで気が立っていた。
そのせいで無茶なアルバイトを連日入れ、正直この時も栄養ドリンクとブラックコーヒーで無理やり体に鞭を入れて来ていた。
顔、もうちょい濃く白いメイクをしとくべきだったか。
そんな風に考えたのも一瞬で、アタシは現場から仕事も放り出して立ち去った。
現場監督がずっとこちらの背を見送っている気がしたが、構わずやるせない気持ちのまま帰路を急いだ。
……この時なら、まだ引き返せた。引き返せなくなったのは、ここからだった。
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6 : 2014/12/29(月) 22:52:07.93 -
<帰路>
春紀「……」
現場監督と別れた後、何をやろうにもやる気が起きなくなったアタシは、作業着のまま公園のベンチで一時間居眠りをしていた。
怒鳴り疲れた事と、色々な悩み事が重なり合って心も体もボロボロだったアタシにはちょうどよかったかもしれない。
冷え切った頭で、先ほど怒鳴りつけて仕事を放り出してきた職場の事を思い出し、歯噛みしながらも、残念だけどやめるしかないだろうなぁと考えていた。
そんな時、ポケットに突っこんでいた携帯が震え出し、とある人物の名前を表示した。
走り鳰、と。
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7 : 2014/12/29(月) 22:52:38.98 -
<ミョウジョウ学園・オリエンテーションルーム>
鳰「寒河江春紀さん、今すぐにミョウジョウ学園最上階に来るッス。来なければ、まぁ大切なモノが壊されるッスけどね!」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
春紀「……」
鳰「いやぁ~、お久しぶりッスねぇ春紀さん? ありゃ、暫く見ないうちに、顔がゾンビみたいになってるッスよぉぉぉ?」ニヤニヤ
呼び出された春紀は、数週間ぶりとなるミョウジョウ学園の敷地内にある主要施設、その最上階にある"オリエンテーションルーム"に来ていた。
此処では過去に裏オリエンテーションと称して、晴ちゃんを殺す為のルールの知らせがあったこともあり、懐かしさだけは感じていた。
だが、目の前でニヤニヤと下卑た笑みを浮かべる走り鳰を見て、アタシは込められるだけの力を込めて睨み付けた。
……冷め切っていた心に怒りという感情が浮かび上がろうとした途端、虚空に巨大なスクリーンが現れ、其処にこの学園の理事長である人物が映し出された
確か、百合目一とか言ってた気がする。
目一「お久しぶりね、寒河江春紀さん。貴女の凛々しさと逞しさはとても評価していたわ」
春紀「そりゃどうも。……黒組はもう終わった筈だ。アタシはアンタら"裏"の人間とはもう縁を切って———」
目一「……本気でそう考えているのなら、やはり貴女は端役の一人でしかないものね。人殺しはどうあがいても人殺し、武智乙哉さんとなんら変わらない。」
春紀「っ……」
目一「どうやら最近本格的に生計が苦しくなっているそうね。青ざめてロクに休みも取れていなさそうなその顔を見れば分かるわ。」
春紀「……」
目一「母親の容態が急変して、更に治療費が嵩張ったから貴女は金星祭の時点で急くように暗殺を決行していたようだけど、やはり何にせよお金は必要のようね。」
春紀「だから、こうして働いてる」
目一「人間、確かに形振り構わなければなんだって出来るかもしれないけれど、"人間は人間"よ。いつかは壊れて、そして資本である体が壊れてしまったら、破滅しかない」
春紀「……」
目一「体力面、効率面だけ考えれば体を売る事も出来るでしょうね。寒河江さんの容姿なら、かなりの金額に上る筈よ。でも、ソレをしないのはなぜかしら?」
春紀「それ、は」
目一「貴女はまだ捨てきっていない。何もかもを捨てた人間というモノは、例え泥水を啜ろうが虐げられようが縋り付く。……貴女が縋り付く為の拠り所を、提供してあげましょう。」
春紀「……それが本題なんだろ? だったら、早く用件だけ伝えろ。」
目一「ふふ、こうして御話しするのも初めてだから、少し楽しくなってしまったわ。 それじゃあ、そちらの事は鳰さんに任せましょうか。」
鳰「了解ッス!」
目一の揺さぶりに、意気消沈しきってしまうかと思われた春紀の様子は至って変わらず、しかし確実に内心動揺を隠せなかった。
何よりミョウジョウ学園という組織の情報収集の速さと、目を背けようとしている現実と直面させられたこと。
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8 : 2014/12/29(月) 22:53:06.13 -
タッチパネルを弄った鳰が指差した方向には、とある勢力図が表示されていた。
鳰「……最近、葛葉と東の勢力争いが露骨に激しくなって来たみたいッス。」
春紀「それで、これがどうしたって言うんだ?」
鳰「両勢力が、『ミョウジョウ学園』や『十七学園』に被害を及ぼす危険性もかなり高くなってきたッスから、こりゃ大変。情報漏洩も防がなきゃ駄目ッスね」
目一「最近ではうちの学園の男子生徒が裏通りで何者かに他殺されていたそうね。それも、あまりにも手際が良すぎるせいで公的には自殺扱いだそうよ。」
鳰「まぁ~、一時期はミョウジョウ学園に所属していた春紀さんや他の黒組メンバーにも白刃の矢が立っちゃう訳でして、そうならない為の努力をしようとは思ったッスけど、ハッキリ言って"無理"ッス」
春紀「何故?」
鳰「単純に『足りない』んスよ、資金が。理事長の手を以てしても、確実に匿えるのは一組が限界ッス。それ以上匿えば、皆殺しの大虐殺になりかねないリスクがあるッスね」
春紀「……オイ、まさか、」
鳰「そのまさかッス。春紀さん、家族を守りたければアンタが他の黒組メンバーを殺して口封じをしてくださいッス。」
春紀「…………」
鳰「勿論、成功させた暁には両勢力からの絶対の保護と資金の構面、何でもござれッス。悪い条件じゃないッスよね?」
ドクン、と心臓が一度大きく跳ねあがった。
まさか、裏の世界の情勢がそんな事になっているなんて……伊介様の言っていた"用件"とは、もしかするとこれに関する事なのかもしれない。
それじゃあ、クリスマスパーティーの時、アレの真意とは、この危機を素早く伝える為じゃなかったのか?
アタシが身勝手に駄々をこねたせいで、そんな大切な情報まで聞きそびれていたとでもいうのか。
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11 : 2014/12/29(月) 23:36:39.29 -
スレッドを立て直したので、依頼させてもらいました。
間違っている所などがあれば指摘していただけると助かります
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13 : 2014/12/30(火) 03:06:52.51 -
春紀「……ソイツは、他のメンバーにも伝えたのか?」
鳰「いんや、伝えてないッスよ。春紀さんが一番"交渉しやすい"からッス。あからさまに弱ってる相手と、余計な手間がかかる相手、選ぶならどっちかは明白ッス」
春紀「あぁ、そりゃたしかに理に叶ってるよ……」
鳰「それで、どうするんッスか? 断るんなら、おススメの売春宿を紹介するらしいッスけど?」
春紀「……やるよ。これで本当に最後にする為にもな」
鳰「(最後、ねぇ。……こっちの道に片足突っこんだまま、果たしてまともな道を歩んでいけるッスかねぇ)」
目一「初めの相手は、
安価↓1
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16 : 2014/12/31(水) 02:49:48.20 -
目一「剣持しえなさんね……彼女は黒組からリタイアした後、ミョウジョウのメインサーバーにハッキングを仕掛けようとしていたみたいだけれど、」
鳰「それが意外とそっち系の技術が高かったッス。それに、ミョウジョウに敵対意識を持っているという事は少なからず最も早く情報を洩らす危険性があるんッスからね」
目一「彼女の情報処理能力に関しては目を見張るモノはあったけれど、残念ね。東と葛葉両勢力に目をつけられるのと天秤に掛ければ、隠滅する方が早いの」春紀「……さっきの話の続きをしてもいいんかい?」
鳰「どうぞッス」
春紀「東と葛葉、それらの危険から家族を守ってくれるって言ってたけど、それは具体的にどうするんだ?」
鳰「まず春紀さん家を24時間完全監視体制下に置くッス。んで、不審な人物やらが近寄りでもすれば、雇ったSPが排除してくれるッス」
春紀「おっかない暗殺集団にただのSPだけで太刀打ち出来んのか?」
鳰「本格的にヤバくなったら、ウチが設置している幻術の罠で寒河江家自体を"視認できなく"出来るッス。持てる全ての技術を使ってるッスから、保障しますよ」
鳰が操作した携帯端末を春紀に向かって差出し、それを受け取ると、其処には剣持しえなに関する情報や周辺の現在状況などが記されていた。それとは別に、ショルダーバッグの様なモノも手渡され、中にはスタングレネードを始め、"相手を無力化する"道具一式が入っていた。
大きく目を引くものが一つあったそれは、恐らくはアタシが使っていたガントレットを模したモノなのであろう黒の似たようなガントレットが入っていた。
鳰「ガントレットの耐久性は、拳銃弾位なら防げるッス。後の事は此処に色々載ってるんで、剣持しえな暗殺、頑張ってくださいッス~」
春紀「……あぁ。」
かくして、家族の為に十年黒組の全てを敵に回した孤独な戦いは始まった。
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17 : 2014/12/31(水) 06:34:45.90 -
<千葉・幕張>
ボクは桐ケ谷に毒で昏倒させられ、そのまま病院に長期入院する事になって自然にフェードアウトする形で十年黒組からリタイアした。
勿論その事をボクは不満に思ったし、だからこそ終わった後にミョウジョウ学園のメインサーバーへとハッキングを仕掛けるも、あっさりと弾かれてしまった。
元々こっち系の技術はそこそこあるとはいえ、結局一般人の中では凄いレベルのモノだったし、殆どダメ元だったから構わない。
寧ろミョウジョウ的には通報して警察沙汰になってもおかしくは無かったが、まるで情けを掛けられたかのように何の通知も来なかった。
そして、ボクはまたひきこもりがちの生活へと戻った。
集団下校に関しても、もうほとんどかかわりは無くなってしまったし。
しえな「……はぁ。」
最近はもっぱらアフィリエイトサイトを眺めたり、通販ショップで色々と買い漁ったり、そんな自堕落で未来の見えない生活を送っている。
変わり者だらけの十年黒組の中じゃボクは地味かつ力も無い方だったし、これといった特徴も無い故に、意外とあの生活を楽しんでいたのかもしれない。
少なくとも、金星祭の準備をしている間は久しぶりに全てのしがらみから解放されていた気持ちだった。
……ボクは、やっぱり、飢えているのだろうか。
最近、武智が脱獄してすぐにまた再収容されたというニュースが流れていた。
彼女もまた初め頃にリタイアしていて、あまりかかわりは無かったが、好かれているとは思っていた。
それが例え性的快楽の為の好意だとしても、誰かに親しまれるなんて経験、ボクにはこれまで一度も無かったから、とても嬉しかった。
嬉しくて、とても困惑していた。
この感情はなんなんだ、こいつを信じてもいいのか、と。
しえな「(アイツ、今頃真面目にやってるのかな。)」
ジャージ姿の自分の袖をぎゅっと握りながら、膝を抱えて。
ボクは、アイツとまた話してみたいと思ってしまった。
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18 : 2014/12/31(水) 09:31:10.15 -
<刑務所>(武智乙哉)
あたしは、結局鳰の幻術によって再収容される事になった。
相変わらず刑務所の中はむさくるしいおっさんばかりで、綺麗なお姉さんや可愛い女の子何て一人もいなかった。
流石に観念するしかなかった為、ずうーっと地味な雑用ばかりをやってる。
とてもつまらない。毎日フラストレーションが溜まっていく日々だった。
そんな時、何の心変わりなのか知らないけど、あたしの事を秘密裏に出所させようって人がやってきた。
その人も綺麗なお姉さんで、久しぶりだったから思わず面会席のガラス越しに爪を突き立てちゃったけど、仕方ないよね?
御話しもほとんど聞かずに、勝手に涎が止まらなくなってたからずっと袖で拭ってた。
乙哉「……へぇ~♪ ホントに出させてくれるんだ♪」
「貴女の危険性などを考慮するとこの判断は私自身遺憾には思っているけど、上の命令は絶対だから。明日、此処を発つわ」
乙哉「うん、それじゃあ楽しみにしてるね?」
その翌日、察していた通り"葛葉"という暗殺組織のメンバーが待ち構えていた筈の正門……ではなく、事前に下調べていた裏口から脱出した。
本来なら引き連れていく筈だったのだろうお姉さんは、あたしが武器の一切を持っていないのと力を侮ってたのか、後ろから目を抉り取った。
両眼の奥から全力で引きちぎったせいで、ぶちぶちとした気持ちの悪い感触と共に大量の血がまき散らされてたのを、あたしは凄く綺麗だと思った。
絶叫が心地よいって、やっぱり最高だ。
ただ、そう一筋縄じゃいかないのが、世の裏側で世間を操る二大勢力の一つ『葛葉』だった。
逃げる途中で右脚と左肩を銃撃されて、右手の指を三本持って行かれた。
完全な死角から、拳銃の狙撃。咄嗟に急所を庇って突っ込んだ時にそのままガラス片で心臓を一突きした。
次は左肩を庇って走っていたら、走りながら撃たれて脚を抉られた。
流石に不味かったから、振り切る為に全力で逃げようとした時に、近づいていた男にナイフでスパッと指を切り離された。
自分の体に未練何て無いから別にいくらでも無くなっていいんだけど、切り裂くために必要な指だし、無くなると困っちゃうよね。
……あは、でも、そろそろ、血が、無くなってきた————————し、た。
「……アタシは、どうしたいんだろうな。」
意識を失う瞬間、追手の二人がそれぞれ背後から誰かに殴られて昏倒する姿が見えた。
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19 : 2014/12/31(水) 22:32:37.45 -
深夜にいくつか書き込みます。
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20 : 2015/01/01(木) 06:33:12.06 -
<千葉・幕張>
春紀「……流石に人が多いな」
鳰『そうッスねぇ、クリスマスに一人で暗殺しようなんて機会、生きてて中々ないッスよ~?』
春紀「あぁ、そうだな」
クリスマスという事もあり、カップルや家族連れで賑わう街の中、いつもの制服姿にマフラーとジャケットを羽織った春紀は、耳元に取り付けてあるイヤホンから聞こえてくる鳰の煽りたてるような言葉に短く返した。
冬香達には少し仕事の事で二週間程家を空けると言っている。この間に、他の十一人(鳰除く)を殺し切らなければならない。
ただ、春紀自身これを達成するのはほぼ無理だと考えている。
東のアズマと呼ばれ一度は拳を交えてその強さを実感させられた兎角、暗殺者としては恐らく一番プロフェッショナルの伊介様辺りが危険だ。
彼女達を確実に始末するためには、どうしてもサポーターが必要になる。
いざという時は鳰が出張るらしいが、それも何度も頼る事は出来ないだろう。
ただでさえミョウジョウの勢力として考えられている鳰が何度も出張れば、東と葛葉両勢力にミョウジョウが目をつけられて手を出されるのは確実だ。
そうなってしまえば、元も子もない。
春紀「それで、剣持の家の外装は?」
鳰『至って普通の一軒家ッス。住宅街に並んでる家ッスけど、家族構成や近所の様子から考えてバレずに剣持しえなだけを殺すのは難しそうッス」
春紀「……つまり、ただでさえ引きこもりがちの剣持が外に出てきたタイミングを狙うって訳か。」
鳰『それに関しては裏から回ってきた"とある情報"があるッス……しぶといッスねぇあの人も。武智乙哉がまたまた脱走したらしッスよ」
春紀「武智が?」
鳰『葛葉が情報封殺のために極秘裏に脱走させようとしたらしいスけど、結局逃げられて今千葉のどこかに逃げ込んできてるらしいッス」
春紀「……それで武智を利用して剣持をおびき寄せるわけか。」
鳰『ま、その前に死んでしまえば何も無いッスけどねぇ……あ、そう言ってる内に出会っちゃったッスよ』
春紀の視線の先、一見すれば何の変哲もない平和な光景だが、同じ幻術を得意とする鳰は葛葉が見せている"結界"を見破る事が出来た。
実際に近付いてみると、壁に寄りかかっているホームレスらしき人物が武智で、それらを取り囲む不良らしき人物達は恐らく葛葉の者らしき黒服だった。
武智の方はかなり衰弱しているらしい、大量に血を失っているせいか顔も青ざめて唇も若干紫色だ。
このままだと力尽きかねない。
鳰『春紀サン、どうするッスか? まぁ、ここで見殺してもまた別の方法を考えればいいだけッスから、判断はお任せするッス」
春紀「……助けるに決まってんだろ」
口に出すと同時、ショルダーバッグから取り出した警棒を伸ばし、トドメを差そうとしている二人の大男の後頭部を軽く薙ぎ払った。
ボグッという鈍い音と共に、糸が切れたように男達はその場に倒れ込んだ。
加減はしたから死んではいないだろうが……と、目の前の武智がふらりと体制を崩して倒れ込んできたのを抱きとめた。
肩と脚の銃創—————そして痛々しい事に、グロテスクな切断面のある指が二本しか残っていない右手。
春紀「……間に合ってよかったよ、ホント。」
そしてよくこれで死んでいなかったなと、純粋に武智の頑丈さに驚くと共に、彼女を背負った春紀は全力疾走で最寄りの総合病院へと走った。
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21 : 2015/01/01(木) 06:33:54.12 -
<千葉・総合病院>
乙哉「……あ」
目を開けた乙哉の視界に入ったのは、一面の白い天井だった。
確か自分は————————そうだ、葛葉の連中に追われて、肩と脚を撃たれて、指を切り裂かれて……其処からは必死だったせいかあまり覚えていない。
でも、こうして病院に居るという事は追手に捕まったという訳でもなく、助かったのだろう。
こうして横になっていてもズキズキと痛む肩と右脚に、熱湯にさらされていると錯覚するほど熱を持っている右の指。
確かに負ったもう治らない傷は、自分の身体だからという理由だけで『どうでもいいなぁ』と思ってしまった。
この手で切り裂けるモノさえあればいいと、長いようで短い刑務所の生活で溜まったフラストレーションは留まるところを知らない。
その衝動のまま体を起こすと、あるモノに気付く。
乙哉「…手紙? 誰からだろ」
開いたソレに書いてあった場所は、幕張の住宅街が立ち並ぶ一角で、隣に記されていたとある人物の名前を見た乙哉は、
乙哉「へぇ……しえなちゃんが此処に住んでるんだ♪」
ギラついた瞳と狂気的に口端を引き裂いた、快楽殺人鬼としての自分が自然と現れている事に気付いていなかった。
点滴の針を引き抜き、着ていた病院服を脱いで下着姿になると、棚に入っていた簡素な紺色の膝丈のスカートに白のブラウスを着ると、すぐに病室を抜け出した。
担当の看護婦らしいおばさんが急いで追いかけようとしてたけど、痛む右脚を引きずって全力で走った。
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22 : 2015/01/01(木) 09:38:03.64 -
※鳰はグー○ルアース的な奴で観てる感じです。本人も一応千葉のホテルに居ます
<千葉・幕張>(乙哉病院脱走二時間前)
春紀「……ここか。」
鳰『ふっつ~の住宅地ッスねぇ。ま、元々いじめられっ子がイキって集まってる組織の一員程度ッスから、そんなもんでしょうねぇ』
春紀「逆にやり辛いな」
鳰『何でッスか?』
春紀「……アタシには無かった、"家族"があるからだよ。」
鳰『(……あぁ、なるほど。まだしみったれた家族愛なんて抱えてるッスか。)』
春紀「やる時はやるさ、だから安心しなよ」
鳰『……ま、信用してるッスよ。取引、ッスからね』
住宅街の一角、其処にある小さな庭園と駐車スペースのある一軒家は至って普通で、寒河江家の外装と殆ど変らなかった。
ただ、ところどころ手入れが行き届いていない雑草地帯やらひび割れた壁やら、家庭環境が上手く行っていない様子がちらほらと目についた。
そりゃそうだ、愛娘は引き篭もって学校にも行かず、そうなれば苦労するのは全て親だ。
剣持が全て悪いとは言わない。
いじめ、ってのがほとんど学校に行ってないアタシにはよく分からないから。
心にどれほどの痛みを与えるモノなのかは知らないけど、でも、愛してくれる家族すら泣かせてしまう様なら絶対に許さない。
あの時消えた、アタシ達全員を捨てて行った父親の姿が頭にちらついた。
一先ず、当初の目的通り———————作業着に着替え、髪型も変えてメイクも全く違うモノに変えていた。
春紀「すいません、少し水道管の調査をさせていただけませんか?」
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23 : 2015/01/01(木) 17:58:54.96 -
※幻術は(((()))))のように多重括弧で表現します
<千葉・幕張>(乙哉脱走一時間前)
場所の下見をしたアタシは、剣持の部屋の壁や廊下の隅などに二つ盗聴器を設置した。
これで一先ず、武智がきちんとやってくるかどうかを確認する為だ。
あの手紙を用意したのもアタシで、アタシの知る武智乙哉なら早々に病院など抜け出してくる筈だと予想しての事だった。
一度鳰の待機しているビジネスホテルまで引き返すと、まるで金星寮の時を思い出すかのような部屋の配置に驚きつつ、
鳰「理事長のお知り合いさんが経営してるホテルらしいッスね~、だからこんなに似てるらしいッスよ」
春紀「理事長、ホント顔広いな」
鳰「ま~プライマーの力って奴は怖いッスね」
春紀「……本来、晴ちゃんもその力を持っている"はず"だったんだとしたら、今頃どうなってんのかね」
鳰「そりゃアレッスよ、皆晴に何かしら好意を抱いてプライマーの働き蜂になってたんじゃないッスか? それも完全に無意識に」
もしそうなっていたら、と考えると、案外そっちの方が幸せな未来が待っていたのかもしれないな、とアタシは思っていた。
殺し合い何て起こらない、本当に十年黒組全員が脱落する事無く一年の学園生活を———————
鳰「ま、春紀サンはソレを全部殺して回ろうとしてるッスから、酷い話ッスねぇ~」ケラケラと笑う鳰の言葉に、複雑な心境だったアタシは思わず唇をかみしめた。
結末としては誰も死なずに卒業出来た。そして、今その平穏を破ろうとしているのは、全てではないとはいえアタシも含まれている。
自分の為だけに他人の命を奪う、畜生になってでも……
((((鳰「"家族"が居るんだから、仕方ないッスよ。誰だって自分の家族と友人、どっちを取るかって言われれば家族を取るッス」))))
耳元で囁いてきた走りのその言葉が妙に頭に入り込んできて、自然とアタシはそれを肯定してしまっていた。
その口元に、悪意が満ちている事に気付かず。
春紀「そう、だな……冬香達の幸せは、アタシが必ず守ってみせる」
鳰「その意気ッスよ! んじゃ、ウチは適当にシャワー浴びてるんで、春紀さんは剣持家の監視宜しく頼むッス」
鳰がシャワーに向かい、頭の中に感じる違和感をブンブンと頭を振って振り払うと、鳰の用意しているタッチパネルを眺めていた。
壁に取り付けたのはソナーの様なモノらしく、かすかな振動音など余計なモノを排除して的確に声だけを捉えるそうだ。
二つあるシングルベッドの一つに腰掛けると、足を組んでその時が来るのを待った。
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25 : 2015/01/02(金) 04:30:25.05 -
<千葉/幕張/住宅街>
しえな「……」
お母さんが頼んだのか、水道管を整備する業者が入ってきた。
滅多に他人とは干渉しない(リアルでは)ボクとしては大事件で、ボクの部屋の前を通る度に開けてこないかと冷や冷やしていた。
ただ、その声に少しだけ聞き覚えがあった気がしたけど……とても一致しているとは言えないし、それに確認しにいく勇気もボクには無かった。
とにかく今は、脱走した武智が今どうしているかがとても気になっていた。
アイツの性格なら、多分すぐさま隠れ家を探してどこかに隠れているだろう。
そうなると、ボクが出向かないといけない、けど……
しえな「(でも、なんで其処までする必要があるんだ? ボクはただの一般人で、アイツは犯罪者なんだ。此処に匿ってもしバレでもしたら、それこそ本当に母さんや父さんに見放される…)」
今でさえ、引き篭もっているながらたまには家事の手伝いとかしているけど、それでも極力"外"とは関わりを断っている。
だったら、別にアイツがもう一度捕まろうが何をされようが、構わないんじゃないのか。
話がしたいだけなら、したい、だけなら。
しえな「(……一瞬だけでも、ボクとアイツは友達だった。虐められてばかりのボクにも、あの瞬間だけ一之瀬や東や武智に友情を感じられた。)」
それが例え自分からの一方通行だとしても、彼らは会話してくれた。
ボクの悪口を口にしたりしなかった。
教科書を引き裂いたり、机に死ねなんて書かなかった。
一人だけ、除け者にしたりしなかった。
素直に嬉しい気持ちと同時に疑心暗鬼になっていたところもあった。
これまでそんな風に接してくれる他人なんて一人も居なかったから。
しえな「(……行こう。せめて、せめてこの街だけでも探し回ってみよう。)」
あれから殆ど外出していないボクは、今のあまり整っていないボサボサの頭をブラシで梳くと、ジャージを脱ぐと、黒組時代の制服に袖を通した。
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26 : 2015/01/02(金) 05:16:56.96 -
<千葉/幕張/商店街>乙哉「……しえなちゃん、久しぶりだなぁ♪」
あれからなんとか病院を抜け出してきたあたしだったけど、正直脚と肩の痛みが半端じゃなくて歩いてるだけで辛い。
ま、しえなちゃんをこれから"刻める"と思うと全然余裕で歩けるんだけどね。
そんなわけで、右手は流石に指がなくなってる事を知られる訳にはいかないから包帯でぐるぐる巻きの状態で街中を歩いていた。
しえなちゃんの家はここから十分位したところにあるらしいけど……正直もう倒れそうなくらい辛い。
ふとその場に座り込んでしまおうかなぁ~と考えていたところで、視線の先に見覚えのある人影が現れた。
しえな「……たけ、ち」
乙哉「久しぶり、しえなちゃん♪ あはは、ちょっと怪我しちゃったんだ~」
しえな「ちょっとじゃないだろ!? どうしてこんな、こんなになってまで歩き回ってるんだ!」
乙哉「そりゃあ、しえなちゃんに会うためだよ? あ、でもでも、流石に辛いからちょっと肩貸して~」
しえな「……きちんと治療する。その後に、ちゃんと事情、聞かせろよ」
其処には、黒組で見た時よりも不健康そうな青白い肌にくっきりとしたクマを目元に作ったしえなちゃんが居た。
懐かしさと同時に、今は下ろしている長い髪を見て連想したおさげを切り裂きたい衝動が浮かび上がって思わず興奮しちゃった。
でも、ちょっと今はしえなちゃんに甘えちゃおうかな♪
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27 : 2015/01/02(金) 21:26:45.64 -
<千葉/幕張/商店街→住宅街>
久しぶりに出た外は、まず第一にとても寒かった。
流石に制服だけではきつかったので、指定のコートを上から羽織って歩いていた。
昔は歩きなれた場所だったはずなのに、今では極端に他人の視線を気にし過ぎてしまい、時折人とすれ違う時は首を竦めながら早足になってしまう。
……さっさと目的を済ませよう。
そうしてやってきたのは、商店街の中央通り。
クリスマス効果かとても人が多く賑わっていたそこを気まずそうに歩いていると、ふと目の前に見覚えのある顔があった。
普段の制服ではなく、割と簡素な格好をした武智は、ふらふらと頼りなく左右に揺れながら、右足を引きずりながら歩いていた。
肩にはどう見ても血がにじんでおり、白のブラウスに赤黒い染みを作り出している。
右手は包帯を巻かれてよく分からないが、そちらも血がじんわりと滲んでいる。
脱走したという事もある、警察に追われた時に付けられた傷……にしては、どう考えてもやり過ぎだろう。
とにもかくにも、ボクは急いで武智の元に駆け寄ると、変わらずいつも通りの飄々とした態度で、しかし明らかに無理をしている様子に歯噛みし、武智に肩を貸してやった。
一先ずは、急いで家に運んで休ませなければ。
そして帰ってきた自宅、つい先ほど母さんが外出する時を狙って出ていた為、予想以上に早く帰ってこれたので特に出会う事も無くすんなりと部屋に運べた。
さっきまでは軽口でも叩いてボクの事を弄ろうとしてきていたけど、今は息も絶え絶えで顔も相当青ざめている。
急いで武智をベッドに横にさせると、救急箱を取りに行ってきた。戻ってきた時、武智は力尽きてしまったか気を失っていた。
取り敢えず、最初に右手の包帯から————————————————————
しえな「ひっ……!?」
グロテスクな断面に細菌が入らない様フィルムで包まれたソレは、小指と薬指以外の三本を切断された惨い右手。
思わず息を呑んでしまい、その拍子に薬箱を取り落してしまった。
犯罪者と言えど、日本の警察が此処までするのか……? それとも、買った恨みを此処で返されたのか?
しえな「……」
そんな事はどうでもいいと、意を決したボクは出来るだけ刺激しないようにゆっくりと包帯を取り換えた。
そうして左肩と右脚の包帯も取り替えた後、ふぅと一息ついたボクは、気が抜けてそのまま座り込んでしまった。
胸を上下させて眠る武智の姿をぼーっと眺めつづけていると、
しえな「(ん? 何だ、これ)」
スカートのポケットに突っこんであった紙に気付き、抜き取って広げてみると、
しえな「(ボクの家にピンポイントでマーキングされてる地図……武智を脱走"させた"奴が、もしかしているのか?)」
だとすれば、ボクにわざわざ差し向ける辺り、ボク達の関係を知っている奴等……なのかもしれない。
疑いたくはないけど黒組メンバーなのかもしれないし……其処は武智が目を覚ましたら詳しく聞かないといけないだろう。
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28 : 2015/01/04(日) 11:41:33.92 -
<千葉/幕張/ホテル>
春紀「……ん、始まったみたいだな」鳰「急に静かになったと思ったら、武智さん寝ちゃったッスかねぇ」
春紀「だろうな。間近で見たアタシだから言える、アレは数時間程度で動いていい傷じゃない」
鳰「そういえば、春紀さんも兎角サンとやり合った時に片腕がぐちゃぐちゃになってたッスけど、よくもまぁ数か月で其処まで治せたッスね」
春紀「元々体だけは頑丈だよ、人一倍な」
ポッキーの三箱目を開けようとした時、玄関らしき扉が開く音が聞こえた春紀は隣のベッドで雑誌を読んでいた鳰を呼んで、揃ってパッド端末にに目を向けていた。
予定通り、武智は剣持の元に向かい、そして邂逅させる事が出来た。
此処からが本番、廊下に映った懐かしい剣持の姿(武智はさっき運んだ)を見て、アタシはまた逡巡していた。
元々あのメンバーの中では晴ちゃんを除けば最も一般人に近い存在だったというのもあるが、彼女の境遇にもまた同情出来る所があったから。
妹の冬香がボロボロになった荷物を抱えて帰ってきた時の事を思い出していた。つまりは、"イジメ"とは過酷なモノなんだろうという事は理解できていた。
春紀「(……)」
鳰「あ、そういやぁ具体的にどう殺すかとかそういうの伝えてなかったッスね」
春紀「…情報隠蔽したいのなら、アタシはワイヤーで絞めて死体を運んでくるぞ」
鳰「ん~それもそうなんスけど、出来れば"相手方の勢力が殺った"って事にしたいッスねぇ」
春紀「つまりは、対立を煽るって事か?」
鳰「そッス。そうして勢力争いが終わって、どちらかの勢力が弱まってくれればミョウジョウが掛け合ってその片方の勢力に対抗できる勢力に拡大する事が理事長の目的ッス」
春紀「……その為の生贄って訳かい、アイツらは。」
鳰「まぁ、"たった"十数人の犠牲で春紀さんの家族含む大勢のミョウジョウの生徒に加えて、世も平穏になって万々歳ッスから、仕方ない事ッス」
春紀「仕方無い、か。……そうだな、そう信じるしかないな、今は」
鳰「あ、どうやら武智さん起きたみたいッスね」
未だに揺れるアタシの思いに、鳰はただニコニコと胡散臭い笑顔を浮かべるたけだった
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29 : 2015/01/04(日) 13:07:18.92 -
<千葉/幕張/住宅街>
乙哉「ん……あれ、しえなちゃんだ~」
しえな「ハァ、お前は何時も通りなんだな……」
あの後、処置を終えた武智は何かしらの原因で微熱が出ていた。
急いで氷枕や薬を準備して持ってきた時、丁度額の濡れたタオルをぽとりと落としながら目を覚ました。
乙哉「あは、すっごいだるぅ~い」
しえな「当たり前だろ、お前今7度5分あるんだしな。その様子じゃ病院から抜け出した時、無理やり点滴針抜いただろ」
乙哉「……そういえばそうだったかも。ねねしえなちゃん、今何時?」
しえな「ん? お前と会ったのが17時だから……今は19時か。」
乙哉「二時間も寝ちゃってたんだ。あ!そういえば、あたしにしえなちゃん家の場所教えてくれたの誰なんだろ」
しえな「さぁな。少なくとも、私と武智の関係を知ってる奴なんだろう。」
乙哉「ふぅん……」
しえな「おい、とりあえずこの薬飲んで、もう一回横になった方がいいぞ」
乙哉「あ、これってアレだよね?ラブコメとかにある鉄板でさぁ~、しえなちゃんがフーフーしながらお粥食べさせてくれるんでしょ!?」
しえな「腹が減ったなら食べるモノは持ってくるけどフーフーはしないッ!」
乙哉「え~、じゃあ口移し!?」
しえな「飛躍しすぎだろ!! いいから薬飲めよ!」
とはいえ、何も入っていない腹にいきなり薬はどうかと私自身も思ったので、適当にカップ麺を武智に渡した。
……り、料理が出来ないんだから仕方ない。うん、仕方ない。
まぁ、武智はラーメンにはやたらとうるさいので食べないかと思ったけど、予想以上に腹が減ってたんだろう、一気に啜り上げて完食していた。
薬も飲み終えたところで、本題に入る事にする。
しえな「……なぁ、なんで武智は脱走出来た?」
乙哉「あぁ、それはね、"葛葉"が手筈を整えてくれたよ!」
しえな「葛葉が……?」
葛葉、といえば走り鳰が生まれ育った暗殺者の名家の一つだ。
東のアズマ、西の葛葉とは、まさしく東西に位置するその二つの勢力がこの現代社会に大きな影響を及ぼしている事に由来している。
でも、何故其処で武智の脱走に繋がる…?
乙哉「うん。まぁ、でも、殺されかけたし。…あたしの推測だけど"ミョウジョウに深く関わった十年黒組"だから狙われたんじゃないかな?というか思い当たる節がそれくらいだし」
しえな「黒組だから……?(その理由は、情報を得る為?だとすれば…)」
だとすれば、必ずその情報を抹消する為のアクションがミョウジョウ側からあるはずだ。
なら、せめて、せめて十年黒組のメンバーにだけでもこの事を伝えなければ……と、携帯に手を伸ばした。
なんとか、"ツテ"を探ってメンバーの番号を見つけてみせる。
そんな真面目に思考している隣で、武智は目を丸くして
乙哉「しえなちゃん、やっぱりしえなちゃんはしえなちゃんだね」
しえな「…? ボクはボクだろ。」
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30 : 2015/01/05(月) 00:00:39.44 -
※もし見てくださってる方がいらっしゃればまだ続けようと思います。自分短編の方が向いてるのかな…と思う今日この頃。関係無い事で申し訳ないです。
<千葉/幕張/ホテル>
鳰「ほうほう、やっぱ一度はミョウジョウに敵対心を持ってたらしいッスから、食いつき方が違うッスね」
春紀「それで、このままじゃ他のメンバーに情報が伝わって全部筒抜けになっちまうけどどうするんだ?」
鳰「あ、これも一つの手なんで、ウチらが殺しに掛かる事がバレても特に意味は無いッス。寧ろアリアリッスよ」
春紀「……手の内がバレた暗殺ほど間抜けなモンは無いと思うが」
鳰「警戒心だけでもたせとかないと、先に葛葉と東に殺されたらたまったモノじゃないッスよ。だからまぁ、ウチ達が殺す前に死なれたら困るからっていう保険ッス」
春紀「理に叶っちゃいるけどなぁ……アタシを買い被り過ぎじゃないか?いくら走りと協力しても、相手はあの東だって居るし、最終的には伊助様だって居る。本当に達成できるか?」
鳰「そこは春紀サンの手腕に掛かってるッスよぉ~? ウチも回数制限付きのサポーターですし、春紀サン次第で結果は変わるッスよ?」
(本心からそうなんだろうが)お前が失敗しようがしまいがミョウジョウ的には微々たる不利益だ、とその胡散臭い笑顔に浮かぶ瞳から読み取れた。
どうせアタシの事も都合の良い捨て駒としか思っていなんだろうし、アタシも承知の上で駒になっているのだから今更怒るようなことでもない。
これはとても合理的で、とても外道な取引だ。
鳰「偶然にも剣持さんの母親は外出中の様子。ミョウジョウからの情報で、どうやら今夜は遅くまでパートらしいッスね」
春紀「……行くか?」
鳰「そッスね、ウチも一応は向かいのマンションの一室で監視してるんで、何かあれば胸元の集音マイクのスイッチを二回押してくださいッス」
そう言って小型のピンがついたマイクを手渡され、それをカーディガンの内側に取り付ける途中、走りの方は走りでその身長の1.5倍はありそうな長く細い得物を取り出した。
それは、消音器が取り付けられたボルトアクション式の狙撃銃。
ぎょっとした顔でそれを眺めていたアタシの方を見て、説明書らしき何かを指さしながら
鳰「あぁ、これはエアガンッス。まぁ違法改造レベルのモノなんで見つかったら捕まるッスけどね」
春紀「…それ以前に、お前銃器何て扱えたのか?」
鳰「何度か試し撃ちした位ッスけど。ま、エアな分反動は本物よりも大分落ちてるッスから、せいぜい当てても殺し切るというよりは傷を負わせて機動力を削ぐ用途ッス」
その割には説明書をまじまじ眺めている様子の走りに、本当に大丈夫なのか…?と不安になるアタシだった
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34 : 2015/01/05(月) 15:35:09.55 -
※見てくださっている方がいてくれて嬉しいです。実質初SSなので至らぬ点等ありますが、日々精進していくつもりなので宜しくお願いします
<千葉/幕張/住宅街>
しえな「よし…!!」
集団下校に所属していた時、個人的に親しかった情報管理系の得意な友人に頼み込み、削除していたデータを復元してもらった。
その名称は、"一之瀬晴"。
唯一といってもいいまともに会話が成り立っていた彼女とは、一度だけだがメアドを交換していた。が、すぐに削除していた。
殺す対象の、いわば遺物にもなるモノを手にしていたって後味が悪くなるだけだ……当時はそういう理由だった。
ただ、まさか此処に来て彼女にまた連絡を取る事になるなんて思ってもいなかった。
……横でニヤニヤしながらボクの頬をつついてくるシリアルキラーを横目に、番号を打ち込んで通話ボタンを押す。
数回のコールの後、
晴『しえなちゃん!? やっとかけてくれたんだ!』
しえな「あぁ、まぁ、な。……一之瀬、これは東に伝えてほしい大切な事なんだ。」
晴『え、どんな事なの?』
しえな「"ミョウジョウに気を付けろ"。いいか、絶対に、どんな奴でも玄関を開ける時は東と一緒だ。いなかったら居留守してくれ。それと、他の黒組メンバーの番号を知ってたらこれを伝えてほしいんだ」
晴『……』
数秒の沈黙の後、まるでこくりと頷いたかのような息遣いで
晴『うん、分かった。兎角にも伝えておくね。ありがとうしえなちゃん』
しえな「……一度は殺そうとしていたボクが言うのも何だけど、その、絶対死ぬなよ。」
晴『……晴は死なないよ。今は兎角さんだって近くにいるし、それに……晴は、もう恐れたりしないから。』
しえな「あぁ。それなら、安心した。」
ばいばい、と短い返事と共に通話が切れると共に、妙な脱力感に襲われた。
その様子を見ていた武智が、それまで小突いていた頬から今度はボクの肩に両手を乗せて顔を寄せてきて
乙哉「……あはは、よく頑張ったね、しえなちゃん」
しえな「子供扱いするな……やっと、剣持しえなとして、"十年黒組"として一仕事やれたって少しだけ嬉しいんだよ」
乙哉「元、だけどね♪ それに晴っちも無事みたいで良かった~。先に殺されちゃたまったものじゃないから♪」
しえな「まだ諦めてないのか、お前……そういえば、何でボクとこうしてまともに話してる? 切り刻まないのか?」
乙哉「いやぁ、流石に一度は命を助けてもらった恩人でもあるんだからさぁ? すぐに切り刻んで殺したりしないよ♪」
しえな「……お前にもまだそんな考え方が出来たんだな。刑務所生活、効果あったんじゃないか?」
乙哉「さぁ、どうだろね♪」
そんな風にやり取りをしている最中に、非通知の着信が鳴り響いた。
流石に警戒したボクはゆっくりと通話ボタンを押し、そしてスピーカーモードをオンにすると——————
しえな「っ、お前は……!?」
全く予想外の人物の声が聞こえた。
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35 : 2015/01/05(月) 20:41:06.07 -
<千葉/幕張/住宅街>
鳰『んじゃ、手筈通り夜闇に紛れて入ってくださいッス。一応音声を聞いて、剣持さんが武智さんの元を離れた時に片方から殺すのが手っ取り早いと思うッス』
春紀「……」
いざ本番となると、色々と後ろめたい気持ちや躊躇う思いが浮かび上がってくる。
しかし、家族の事だけを頭に思い出して、震え出している肩を無理やり押さえつけた。
晴ちゃんを殺すと決心した時よりも、何故か今の方が激しい焦燥感に襲われている。
失敗すれば、アタシが身売りしても養えるかどうか厳しい現状……その"現実"が、学園生活という温い場所での暗殺とは違う事を感じさせた。
支給されたガントレットは、元々持っていたモノよりしっくり来た。
握りやすさなどもきちんと計算されているのかとても握りやすいし、硬度もまたコンクリートの壁を軽く小突いても剥離しない。
春紀「(裏口、はどうだろうな。逆に怪しまれるか……?)」
剣持宅の対角にある塀の影から様子を伺う春紀だったが、しかし、其処で不意に闇の中でギラリと輝くモノが——————
グジュッという肉が抉れる音が聞こえたと思った時には、自分の右大腿に巨大な裁ちバサミが突き刺さっていた。
一瞬遅れて、その傷を見た途端に凄まじい熱と痛みが右脚に走り、自分では止まらない悲鳴が喉から絞り出された。
思わずガクリと右足が崩れ、どくどくと溢れだす血液をぼーっと眺めていると、次に飛んできた裁縫用のハサミをすんでの所で首を捻って避け、右頬に一筋の赤い線が浮かび上がる。
ポタポタと血の滴る右脚を庇っていると、その視線の先には右手の薬指と小指以外包帯に包まれ、剣持の家にあったものかもう一本の裁ちバサミを掲げながら向かってくる武智の姿があった。
月明かりを背に向かう彼女の瞳は、何処か青く輝いていた。
乙哉「は る き ち ゃ ん ♪ こんな暗がりを歩いていると、シリアルキラーにバッタリ出くわしちゃうかもね?」春紀「っ、づっ……武、智。」
乙哉「どうして"分かったか、とか聞かれても教えないよ~? ……ねぇ、今の春紀ちゃん超綺麗。強気な貴女が崩れて呻いてるの、すっごくゾクゾクしちゃう♥」
春紀「流石、あんだけの傷負っといてもシリアルキラーやってんのなっ……っづ、でも、アタシも引けないんだよ!」
激しい痛みに耐えながらも、突き刺さった裁ちバサミをゆっくりと引き抜くと、溢れだす傷口を手持ちのハンカチでキツく縛った。
一気に血を失ったせいか少しフラフラとする、手早く終わらせなければ共倒れになってしまうかもしれない。
裁ちバサミを出来る限りの力で投げ返すと、乙哉は特に動く事なく軽く体を捻るだけで避け、しかし次の時には踏み込んでいた春紀に気付いていなかった。
乙哉「(あれ、早—————)」
春紀「ッ、らァ!!」
硬いガントレットによる一撃は正確に乙哉のレバーを捉え、凄まじい衝撃と共に肋骨を粉砕して彼女の身体を吹き飛ばした。
ブロック塀に叩きつけられた乙哉は、強制的に肺から空気が吐き出された苦しみに顔をしかめつつずるずると地面に崩れ落ちる。
しかし、その視線の先に居る春紀の右足のハンカチから血が滲み出ているのを見て、なるほどそういう事かと口角を吊り上げた。
確かに不意は突いたつもりではあったが、予想以上に深い傷を与えていた裁ちバサミを握り直すと、互いに負った傷を庇いながら睨み合った。
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36 : 2015/01/06(火) 00:37:10.15 -
※ここから三人称視点
春紀「(クソ、やっぱ無理して踏み込むんじゃなかった……ッ)」乙哉「ぺっ、まさか春紀ちゃんがそんなに早く動けたなんて、ちょっと見直したかな♪」
春紀「あぁ、そういやお前は東達にやられてすぐに居なくなってたな。ま、独学だけど腕には自信あるよ」
まるで日常的な会話の様に穏やかに会話する二人だったが、しかし互いが互いの武器の間合いにいかに先に入ろうと睨み合っていた。
ガントレットは刃物を弾いて殴れるが、右足の深い傷でかなり動きが鈍くなっている。
対して、乙哉も先ほど脇腹に貰った重たい一撃は肋骨に粉砕とは行かずとも確実にヒビは入っている。
どちらも激しくは動けないとはいえ、まだ乙哉の方が動ける。
乙哉「へぇ……ま、呆気なく殺されるよりは全然良いけどね♪ 脂汗止まんない位には、苦しいみたいだし!」
春紀「手厳しいねぇ……」
右脚を軽く引きずる様にして構えた春紀は、しかし重心がやはり軽くズレているのかどことなくフラフラとしている。
乙哉の方は左手で裁ちバサミを構えると、もう片方の二本の指しかない手で引き抜いた最後の裁縫用のハサミを至近距離で春紀に投げた。
左のガントレットでハサミを弾き、そのまま低姿勢で突っ込んできた乙哉が突き出してきたハサミの先端部を右のガントレットで受け止めた。
ギィンという鈍い金属音が響きわたると共に、そのままハサミを掴んで一気に乙哉を引き寄せると、そのまま頭突きを叩きつけようと頭を引いた、ところで
乙哉の方から顔を近付け、無防備な春紀の首筋に思い切り噛み付いた。
春紀「ッ、ぐぁっ!?」
薄く皮が引き裂かれる痛みに、反射的にハサミを手放した春紀は、そのまま裏拳の様にして乙哉の右頬を強打した。
激しく脳が揺さぶられた乙哉は、たまらず口を離すも、ぐらぐらと揺れる視界の中でもしっかりと春紀の顔を見つめて、首筋から溢れて唇に付いた血をペロリと舐め取った。
そのまま自然と距離が離れる事になったが、首筋を抑えて蹲る春紀に対し、乙哉は軽い脳震盪でフラフラと体を揺らしながらも口の端から流れた血を拭い取った。
春紀「ぐ、くっ……」
乙哉「あは♪ 純粋な腕力じゃ勝てないんだから、何でもするよ、あたしはね♪」
『本当に追い詰められた人間は、何だってする』……理事長の言葉を思い出し、捨てきれないしみったれた甘えが春紀にはまだ残っているんだろう。
乙哉の方は、肩と脚は銃弾でボロボロで、右手に限っては指が三つも無くなっている。
手負いの獣程恐ろしいモノは無いと、改めて実感させられた。
-
38 : 2015/01/06(火) 01:47:05.30 -
<千葉/幕張/住宅街>
鳰「……かぁ~、春紀サン先にやられてるじゃないッスかー! そんなんじゃこの先不安ッスよ~」
そこから数十メートル離れたマンションの一室、そのベランダの柵に肘を乗せたまま、暗視機能のある双眼鏡で二人の姿を眺めていた。
かなり手負いなはずの乙哉が、元々の単純な腕力や格闘の技術において勝っている春紀に善戦していたのは驚いた。
ま、ウチは別にどっちが倒れようが構わないッスけど、そろそろ援護の一つでも————————
しえな「やっぱりお前達ミョウジョウか、走り。」
ガチャリと、決して開かない筈の扉が開いた音がした先に、立っていたのは今まさに"暗殺されようと"しているはずの剣持しえなだった。
確かに暗殺者としての技量自体大した事は無いと油断していたとはいえ、背後を取られるほど警戒していなかった訳が無いはずだ。
咄嗟に気付いた鳰が、携帯していたナイフを引き抜こうとした瞬間、一気に腕を捻られて床に押さえつけられた後、腕を縄で固く縛られた。
驚くほど手際の良いその動きに驚愕する鳰だったが、うつ伏せに倒された彼女を両腕で抑えたしえなは、
しえな「……ボクだって一応は暗殺者の端くれだ、流石に動揺してる相手よりも先に動けるなら、これくらいは出来る!」
鳰「いっつつ、こりゃあ一本取られたッスねぇ~……」
手にしていたナイフを器用に回転させて縄を切り裂こうとしたところで、流石にしえなに払われた鳰は、困ったような表情を浮かべながら、
鳰「まさか、剣持さんが此処までやれるなんて、少し甘く見過ぎてたッスねぇ」
しえな「……今すぐ寒河江を止めろ。これ以上やらせるなら、ボクはお前を本当に殺すぞ」
しえなの殺すという言葉を聞いた途端、ピクリと肩を震わせた鳰は、そのままクツクツと喉を鳴らすように、笑いを押し殺すように、
鳰「……アンタにゃ殺せないッスよ、一般人"風情"が」
それまで押さえつけられていた筈の鳰が、小柄な体格とは思えない程の力でぐるりと体を一回転させ、取り押さえていた筈のしえなごと床にたたきつけた。
激しい衝撃に眼鏡が外れてしまったしえなは、しかし逃すまいと手を伸ばそうとしたところで、
(((((鳰「"ウチの一切の命令を拒めない。"」))))
鳰の視線と、ぶつかってしまった。
それまでの動きが嘘の様に、ガクリと項垂れたしえなは、そのまま虚ろな瞳でゆっくりと立ち上がると、
鳰「そのナイフで、心臓を一突きッス」
命じられた通り、揺らりとした動きで床に落ちていた鳰のナイフを拾い上げると、そのまま勢いよく自らの心臓にナイフを突き立てた。
ドスッという鈍い音と共に、ぽたり、ぽたりとナイフから滴る血液がフローリングに斑模様を作り出し、ソレまで棒立ちだったしえなが急に激しく咳き込み、血の塊を吐き出しながら崩れ落ちた。
パチン、という鳰の指の合図と共に幻術は解け、しえなは自分が何故こんな事をしたのか分からないという様な表情を浮かべてナイフを突き立てた心臓を見つめていた。
しえな「ごぶっ、ゲボッ!!……は、しりっ……お、前の、葛葉、力…幻術っ」
鳰「残念ッスねぇ~、"しえなちゃん"。ウチがただのか弱い女の子だと思ったら大 間 違ぁ~い!! これでも名家"葛葉"の一族ッスよ?
アンタ程度の一般人、両手が縛られてようと余裕で殺せる。」しえな「っ、がはッ!!」
鳰「あーあーきたねぇッスよしえなちゃん。なんッスか、遺言の一つでも残したいッスか?」
しえな「———————」
鳰「くだらない遺言、ありがとうッス♥」
そして、鳰の踵がしえなのナイフの柄を直撃した瞬間、一度大きくビクリと跳ねあがったしえなの身体は、もう二度と動く事はなかった。
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41 : 2015/01/06(火) 19:55:16.85 -
<千葉/幕張/住宅街> 【時刻】 20:00
春紀「ハァ、ハァっ……」
乙哉「……息が荒くなってきたみたいだよ? 呼吸も整えられなくて、真面に刃物の軌道を読めるかな?反応できるかな?♪」
互いに睨み合う状況の中、首筋の傷を片手で抑えながらも、グラグラと揺れる右脚を懸命に崩れない様に集中しているアタシは、武智の言葉に歯噛みした。
呼吸が乱れるという事は、つまり動き全てに無駄が出来る……それに比べて、武智の方も決して軽くは無いダメージを負っているにも関わらず落ち着いていた。
普段から人間の死に近いところにいる殺人鬼と、せいぜい一般人に毛が生えた程度の暗殺者では踏んだ場数が違うんだろう。
だが、だからといって此処で引くわけにはいかない。
次の一撃で確実に落とすと、気合を入れたところで胸の内に取り付けてあるマイクが点滅したのを確認し、ワイヤレスのイヤホンを片耳に取り付けた。
電子音の後に聞こえてきたのは、走りの声。
鳰『剣持しえなの処分は終わったッス。今から十秒後に狙撃するんで、少しだけ距離を空けといてくれると助かるッスよ』
春紀「…そう、か。」
剣持が死んだらしい。
自分も同じだからという意識があるせいか、不思議と悲しいという感情は浮かばなかった。
ただ、やるせない思いだけが胸の内に積もり、ぐっと拳を握りしめてただ一言「ごめんな」と口にするだけだった。
その様子を察したのか、武智の方もそれまでの狂気的な笑みが一瞬だけ凍りついた気がした。
そして、約束通りの十秒後。
本当に僅かだがどこかで空気が漏れる様な音が聞こえたと思った矢先、目の前にいた武智の右脚から少なくない血が飛散した。
当の本人は何が何だか分からないといった様子で、自分の右足を貫通する事無く留まったプラスチック弾に激痛に顔をしかめて崩れ落ちた。
殺すのではなく傷を負わせるのが目的、となれば、その痛みはハサミが突き刺さるのとは比べ物にならない程の痛みだろう。
じわり、と反射的に溢れだした涙が唖然とした表情の武智から溢れだした途端、既に銃撃されていた左足の傷も限界だったらしく、その場に蹲ってしまった。
声を押し殺している様子だったが、
乙哉「ふーっ、ふーっ……!!」
春紀「っ…」
その痛々しい光景に、思わず反らしてしまいそうな顔を必死で武智の方へと向けていた。
これが、今自分が自分の為だけにやろうとしている事だと、自覚する為に。
-
42 : 2015/01/07(水) 21:49:54.06 -
春紀「…剣持が死んだ。そして、アタシは武智、アンタも殺さないといけない。」
乙哉「……はっ、あは! 結局、"こっち側"から抜け出す事なんて出来なかったんだっ♪」
春紀「あぁ。あたしの弱さのせいで、剣持は死んだし、武智も死ぬことになる」
乙哉「都合っ、良いよね……家族の為に殺すなら、ソレは赦されるって?」
春紀「違う、アタシは罪を背負う覚悟をもって此処に—————」
乙哉「だったら、春紀ちゃんは大馬鹿だよ。自分の無知のせいで、しえなちゃんを無駄死させちゃったんだ」
鋭く突き刺すような低音で言葉を紡ぐ武智に、何も言えずにただ俯いてしまう。
既に、右手には武智を殺す為に握り締めたナイフがある。
これを彼女の心臓に突き立てれば、それで目的は達成される。
振り下ろす為に、右足を引きずりながらもナイフを掲げた瞬間、武智の意味深な言葉にその動きは止まってしまった。
春紀「どういう、意味……ッ」
乙哉「しえなちゃんは結局ただのか弱い乙女だったから何も出来なかった。でもあたしがこうして春紀ちゃんを足止めすれば刻ませてくれるって言うから、一つ約束をした。
そのしえなちゃんがいないんだから、代わりに刻ませてよ!! 脱走までして、こんな大けがまでしてさぁ!!!」
互いに血は流れ過ぎている、まともな思考回路ではない事は確かだが、何か深い意味のありそうな言葉と武智自身の欲望が同時に溢れ出して支離滅裂な言葉になり分からない。
それに、完全に振り下ろす手前のナイフは思いがけない武智の捨身のタックルで吹き飛ばされ、そのまま馬乗りにされた。
引き剥がそうとするも、必死に抑える武智の力に抜け出すのは難しい。
武智は、欠損している左手も合わせ両手で、忍ばせていたのか、恐らく工作用の一般的なハサミを握りしめると
武智「あたしの勝—————」
タン、という乾いた様な音が響いたのは、武智が何かを言いかけてハサミを振り上げた時だった。
鳰「いくらなんでも躊躇い過ぎじゃないッスか~春紀さん?」
生暖かいその液体が、武智の心臓から溢れだすモノだと気付いたのは、現れた走りが握り締めている物を見た時だった。
ビチャッビチャッという音と共に、まるで蛇口を捻った様に溢れ出す血液は次第に武智の表情から色を奪い、その体はアタシの方に倒れ込んできた。
顔のほとんどが血まみれになり、生臭い様な鉄の匂いを感じた時にはもう、武智は息絶えていた。
走りの小型拳銃にはあの狙撃銃の様に消音器が取り付けられており、血塗れで倒れ込んだ武智とアタシの方を、蔑んだような瞳で見つめていた。
鳰「まるで春紀さんが撃たれるのを、武智さんが庇ったみたいな構図になってるッスね! これはこれで絵になってる」
春紀「……助かった」
鳰「礼なんていらねッスよ~(ウチはただそこの気持ち悪い快楽殺人鬼が目敏かったから殺っちゃっただけッス)」
春紀「武智と剣持、死体はどうするんだ?」
鳰「それならミョウジョウの担当係が処理するんで、取り敢えずその恰好じゃ街歩けないッスから車手配したッス」
春紀「そう、か。」
寄りかかっている武智の死体は恐ろしいほど熱が無く、そしてずっしりとした重さを感じさせる。
血の匂いもあり、ゆっくりと彼女の身体を抱え起こすと、開いたままの瞳孔と目が合ってしまった。
その瞳は、それだけで凄まじい威圧感を感じ、思わず手が滑りそうになってしまうのをなんとか持ち直し、静かに黙祷を捧げて地面に寝かせた。
拭い取ったカーディガンにこびり付いた赤黒い血液は、この日確かに人生で二人目の人間を殺害したという事実を突きつけた。
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44 : 2015/01/08(木) 02:25:49.80 -
※ウチの担当編集者(友人。起案してくれたのは彼です)が、シナリオ的に安価は今後の展開的に止めておこうと言い出したのでここからは安価無しで行きます。
時間軸ヤバい事になってますが、平行して行われてたって言う補完お願いします;;五号室編エピローグ
<千葉/幕張/ホテル> 2:00 12/26
春紀「……」
頬を伝う水が、やたらと現実味を与えてくる。
あの後、黒塗りのバンが現れると、中からやってきた黒服の男と女達が武智の死体を運び、血痕の処理や周囲のブロック塀などの修繕に取り掛かった。
着々と手早い作業が進んでいくのを、茫然とした様子で眺めていたアタシは、改めて自分の姿を見下ろした。
武智の血で赤黒く染まった上着に、ハサミの刺突による大量出血の右足、もう固まり掛けているが血が流れる首筋、全身血塗れだ。
担架の様なモノに乗せられた運ばれていった武智の遺体に目をやり、ぐっと奥歯を噛み締めて、ガントレット越しとはいえコンクリートの地面へと拳を叩きつけた。
これから、こんな事を何度も繰り返していかなければならないと思うと、罪悪感に押しつぶされてしまいそうだった。
武智に至っては、一度、目的の為とはいえ救っている。……いや、正確に言えばもう手遅れだったのかもしれないが。
だからこそ、自分の手で彼女を傷付け、最後には直接手を下していないとはいえ見殺しにしたこの感情は—————
其処まで行って、アタシは自分の頬を殴りつけて無理やり思考を吹き飛ばした。
走りの手を借りて立ち上がったアタシもまた、それなりに重傷を負ったので、そのままホテルで専門的な治療を受ける事になった。
なんとか防水性のギプスを取り付けて傷口に水が触れないようにしてあるが、首筋の傷は未だにズキズキと痛んでいる。
歯型どころか皮膚ごと持っていかれたその傷が痛むたびに、あの時のらしくなく必死の形相を浮かべた獣の様な武智の姿が思い浮かぶ。
……あそこで手を引きたいなんて思ったせいで、逆に殺されかけたのは、反省しなければいけない。
そうは言っても、生殺与奪の権利を手にしても、簡単に誰かの命を奪うなんて事、出来ない。それだけは、"処理"などという言葉では片づけてはいけない。
春紀「(罪を背負う覚悟、か。)」
固めた拳は、コンクリートを殴りつけた痛みがまだ残っていた。
目一『……そう。お疲れ様、鳰さん。』
鳰「いやぁ~、久しぶりに"帰ってきた"って感じで頭がスッキリしたッス。滅多に使わない銃も使えたッスから」
目一『剣持しえなさんと武智乙哉さん。……しえなさんはともかく、21世紀の切り裂きジャックが失踪したとなると、世間の方も騒がしくなりそうね』
鳰「そうッスねぇ。あそうそう、剣持さんの話なんスけど、これが意外と目敏かったッス。別の誰かが"ミョウジョウを探ろうと"してるみたいッスね」
目一『あらかた予想はつくけれど、確定的ではないものね。平行して、"鼠取り"の方も頼めるかしら?』
鳰「了解ッス!」
春紀がシャワーを浴びている間、パッド端末で通話していた鳰は、通話を切ると深いため息をついてベッドに寝転がった。
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46 : 2015/01/09(金) 01:39:59.15 -
※視点変更は、※をつけたところから変わる事にします
鳰「(一先ずは第一段階終了ってとこッスかねぇ……まー、流石にこのままだとどっかで死んじゃいそうで不安ッス)」
春紀の実力は元々そこまで評価はしていなかったが、格闘術においては恐らく純粋に鳰よりも力がある為活用できる。
ただ、如何せん本人の意志がまだフラフラと彷徨っている様子。
右脚の刺傷も、全力で走るのは厳しい位には傷が深かったし、二週間の内の何日かは休養を取らせることも考えた方がいいだろう。
シャワールームから現れた春紀さんを見て、ウチはそれまでの思考を取っ払ってニコニコとした笑みを張り付けながら、
鳰「お、上がったッスか~」春紀「あぁ。走りは次入るのか?」
鳰「そッスねぇ、ウチはもう少し作業があるんで、春紀さんはもう寝ちゃって構わないッス」
※そう言い残し、手を軽く振りながら走りは部屋から出て行った。
残されたアタシは、右脚のギブスの調子を確かめながらも、いつものジャージ姿でベッドに倒れ込んだ。
深夜二時……あれから殆どぼーっとしていたからか、時間が過ぎるのがとても速く感じられた。
とてつもなく不安に押しつぶされそうな時、助けだったのは、冬香達に電話を掛ける事だった。
————数時間前
冬香『お姉ちゃん、お仕事頑張ってる?』
春紀「あぁ。そっちはどうだ、特に変わった様子はないか?」
冬香『うん。お姉ちゃんが入れてくれたボーナスのおかげでお母さんの治療費も払えたし、光熱費とかも何とか払えたよ。』
春紀「そっか……あ、そういや姉ちゃんの部屋に置いてあったミサンガ、あれ冬香が作ってくれた奴なのか?」
冬香『そうだよ! お姉ちゃんのお仕事って建設現場らしいから、お姉ちゃんに危ない事が起こりませんようにって』
春紀「ハハッ、大丈夫だよ。姉ちゃん頑丈だから、もし怪我しても絶対帰るからな!」
冬香『ホントに大丈夫かなぁ~……あ、ぐずりだしたからまたねお姉ちゃん!』
春紀「おう、頼りにしてるよ、冬香」
————
春紀「(……ミサンガ、切れないといいけどな。)」
左足首に巻きつけてある緑を基調にした和風な模様のソレを一瞥して、ソレまで抑えていた疲れがどっと雪崩れ込み、そのまま眠ってしまった。
-
48 : 2015/01/10(土) 02:48:06.31 -
三号室編 11:00
<東京/ミョウジョウ学園/オリエンテーションルーム
目一「……お疲れ様、春紀さん。久しぶりの暗殺はどうだったかしら?」
春紀「そんな事はどうだっていいだろ。アタシは言われた通りやって、アンタらは報酬さえくれればそれでいい。」
目一「中々追い詰められている様でよろしいわね。それじゃあ鳰さん、頼みましたよ」
鳰「了解ッス~。えー、次は首藤涼さんと神長香子さんッスねぇ」
春紀「首藤と神長……」
鳰「首藤さんの方は、まぁ~隠居生活してるみたいッスけど、神長さんの方は"クローバーホーム"っていう、元居た暗殺者育成組織から逃げてるッス」
春紀「首藤の方の詳しい事情を聞いてもいいんかい?」
鳰「あ、別に構わないッスよ? えー、首藤さんは、ハイランダー症候群って言って肉体年齢が変わらない病気を持ってるッス。実質何年生きてるかわかんねーッスねぇ」
春紀「(……やたらと空気感が違ったり、特徴的な喋り方はそういう事だったのか)」
鳰「こんなところッスかね。ホームの方は今落ち着いてるらしいッス。もし妨害があれば、ホームの方の暗殺者も殺る事になるッス」
春紀「どっちから先に殺る?」
鳰「んーっと、実はこっそり神長さんに偽の手紙を送ってて、首藤さんの居場所も教えてるッスから、そこを纏めて殺る感じッスかね」
春紀「神長の方はある程度知っていた。それなりに基本的な事は出来るみたいだけど、首藤は未知数だぞ。しかもそれだけ生きてるって事は場数が違うんじゃないか?」
鳰「まぁ~自分で力でなんとかするのは苦手だって言ってましたし、実質神長さん位じゃないッスか?」
-
49 : 2015/01/11(日) 04:23:18.23 -
春紀「……今からでも構わないのか?」鳰「あー、それでもいいッスけど……春紀さん、平気な顔してますけど、右足の刺し傷相当深いって知ってるッスよね?」
春紀「痛み止めが効いてなかったら、流石にアタシも泣きたくなる位には痛い」
鳰「(それはそれで見てみたい気もするッスけどね!)という訳で、今日は例によって情報収集だけにするッス。あ、もちろん三号室以外のメンバーの事も調べるッスよ~」
目一「あぁ、それと」
理事長が指を鳴らした途端、宙に浮かんだホログラムに映し出された衛星からの映像の中に、今まさに人目から避ける様にして移動している神長の姿が映し出された。
黒いコートを羽織り、路地裏を駆け巡っている辺り未だに"ホーム"に追われているんだろうな……と思っていた矢先、その数十メートル後ろに黒いフードを目深に被った怪しげな集団が走っていた。
そして、神長が向かう先にも……同じような人間が数人、路地裏のあらゆるルートに展開されていた。
目一「こういう状況みたいよ?」
春紀「……どこが休養なんだ?」
鳰「ま、先に殺されちゃたまったもんじゃないッスから、行くしかないッスよ~」
オリエンテーションルームから退出したアタシ達がエレベーターで下っていると、ガラスの向こう、ミョウジョウの正門の影に何処か見慣れた影が見えた……気がした。
この時アタシはソレを———だと思っていたけど、実は違っていた事が後程分かる事になる。
-
50 : 2015/01/11(日) 04:23:45.93 -
<東京/新宿/路地裏>
私はホームから抜け出す為、必死の逃走劇を繰り広げていた。
ミョウジョウ学園から立ち去ってすぐに、借りていたアパートは襲撃されたらしくボロボロで、適当な目立たないホテルなどを転々とする中で金銭も尽きた。
そんな時、あらゆる方面から秘匿しつつも私を支援してくれたのは首藤だった。
彼女は黒組が終わったと同時に連絡が途切れていたが、首藤が脱落すると共に一之瀬に聞いていたらしく、私に連絡してきた。
時には泊まる宿を、時には食料を……それら全てが、長い時を経て作り上げた彼女自身の人脈によって行われた事だった。
初めは首藤家に匿ってもらう誘いも来たが、流石に首藤自身を巻き込む程、私の事情で迷惑をかけたくなかった為当然の如く断った。
そうして、首藤涼という人間の———————人と人との繋がりが、私をここまで生かしている。
ただここ数日特に激しい襲撃が続き、その中で首藤からの誘いの手紙を受け取ったのだが、正直向かうのは厳しかった。
向かって巻き込むのも考えたし、それ以前に、今自分の死を覚悟していたからだ。
香子「(左に三、右ビルの中に二……ッ)」
爆弾は夜間の、港の倉庫など特に限られた場所でなければ目立ちすぎてしまう為使えない。
使えるモノはせめて閃光手榴弾、平衡感覚を奪う音響爆弾、この辺りだろう。この二つでもかなりの音は出るが、耳鳴りの様なモノの分普通の爆発よりはマシだ。
そして特徴は、手製故に爆破時間も変更する事が出来る点で、殆どが投げてすぐに爆発する様に設定してある。
利点はすぐさま爆発する為対処に難しくピンポイントで投げられればかなり有効、しかし欠点として確実性があまり無い。
誰も居ないところへと投げた場合、逆に自分の位置を晒してしまう。
ビルの窓へ、二人の敵影が見えた予測位置に閃光弾を投げ込み、そのままビルの窓を叩き割って鍵を開け転がり込む様にして突入する。
咄嗟に腕で光を庇ったらしい二人の女達に対し、腰から引き抜いた改造されているスタンロッドを押し当てると、それだけでビクビクと筋肉が激しく痙攣し悶絶しながら倒れていく。
押し当てるだけで昏倒させてしまう程には電流を強めているそれを再度振りかぶると、まだ瞳の開いている方の女へと間髪を入れず叩き込んだ。
気絶した事を確認すると、二人の首筋へとナイフを突き刺して確実に息の根を止める。
そのまま流れる様にロッドを再度伸縮させて腰に取り付けると、首から提げていたヘッドホンに耳栓が取り付けられたモノを掛ける。
……そして、敢えて派手に動き誘っていた通りにやってきた背後の三人が、窓から銃弾を撃ちこもうと拳銃を構えた瞬間、ベルトに取り付けてある無線式起爆装置のレバーをカチリと右へ。
人体を物理的に殴りつけるかのような錯覚を覚える程の音の暴力が三人と香子を襲い、必死に抑えていた香子も少し頭がクラクラする感覚に陥った。
ただ当の三人達は直撃を受け、激しく嘔吐して崩れ落ちる者も居れば、泡を吹く者も居た。
これまで通り、せめてもの情けとして今度は頸を殴りつけて昏倒させてはナイフで一刺しを三度繰り返す事で難を逃れた。
目の前に転がった五つの死体を眼下に、胸を撫で下ろしつつも凄まじい緊張感の中、また失敗せず全て成し遂げられた自分に安堵を覚える。
香子「(私はもう、"あの時"の様な失敗だけは犯さない……この罪を全て償いきるまでは。)」
両腕にグッと力を込めて、五人それぞれを非常階段の裏や角など目につき辛い場所へと運んだ。
荒く息を吐いて整えた香子は、激しい戦闘にも対応できるように自作した度の入ったゴーグルをかけ直し、また路地裏を抜ける為の道へと向かっていく。
目指す場所は、新宿区郊外。
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51 : 2015/01/11(日) 06:23:33.93 -
<東京/ミョウジョウ学園/正門前> 11:15
春紀「……え」
溝呂木「お、寒河江! 久しぶりだなぁ~、元気してたか? って、どうしたんだその足!?」
あの後、一階についた走りは「先に手回ししとくんで、春紀さんは現場に直行してくださいッス」とどこかへと立ち去って行った。
アイツの企みに関しては、それを容認しているアタシには何も口出す事は出来ない。とにかく、正門へと急ぐことにした。
が、こんな時に限って関わりたくない人間と出くわしてしまった。
……他に目立った外傷は無かった為か、やたらとギブスに追及してくるスーツ姿の溝呂木ちゃんに、アタシは凍りついた様な表情を浮かべて
春紀「ま、まぁ、ちょっとね……久しいね、溝呂木ちゃんも。」
溝呂木「そ、そうか? 無理はするなよ~。寒河江が転校しちゃった後、金星祭は無事大盛況で終わった……んだけどなぁ」
春紀「何かあったんかい?」
溝呂木「剣持に続いて柩と生田目もどんどん転校していってなぁ。思えばあの時が特に集中してたよ」
春紀「そ、っか……」
アタシが失敗した後、そこまで集中して失敗していった事を思うと、流石に溝呂木ちゃんにも同情するところはあった。
でも……これ以上彼のペースで会話していけば、いつしか必ずアタシが弱音を吐いてしまいそうだ。そう思わせるような明るさ、晴ちゃんよりも穢れの無い輝きを感じるのが彼なんだから。
こほん、とわざとらしく咳払いすると、
春紀「ごめん溝呂木ちゃん、アタシちょっと急いでて。今日此処に来たのも、退学手続きに少し不備があって来てただけなんだ。」溝呂木「忙しいのに引き止めちゃったのか、ごめんな寒河江。……あ、そういえば!」
ごそごそと鞄の中を探り続ける溝呂木ちゃんがソレを引き抜くと、アタシに向けて
溝呂木「遅れたけど、誕生日おめでとう。良かったら寒河江にって思ってな!」
それは、赤を基調としたフレームに星の装飾が鏤められたフォトフレームで—————最初に一度だけ撮った、クラスの写真が入っていた。
本性を隠した笑みを浮かべる武智と、不機嫌そうに腰に手を当てる剣持の姿を見た途端、昨日の光景がフラッシュバックする。
傷だらけの四肢に、ぽっかりと穴が開いた心臓からは蛇口を捻ったかの如く血が溢れ出し、そしてそれら全てを間近で見つめていた。
心臓を一突きにされ、開ききった瞳孔で虚空を見つめる冷め切った剣持の遺体。
溝呂木「まぁ、といってもクラス皆に配るから、あやかってみただけなんだけどな! フレームはそれぞれ皆をイメージしてみたんだけど……って寒河江?どうしたんだ!?」
バクバクと心臓の鼓動が早くなり、焦燥感で揺れる瞳はフラフラと宙を彷徨い、思わずアタシは胸の辺りを握りしめ、頭を抱えた。
アタシが殺した。だからこのプレゼントが届く事は無いし、この写真に写る彼女達はこの世には居ない。
二人の人間の人生を奪ったアタシは、これからまだあと何人もの人間の人生を奪い去ろうとしといる。
自分の事情だけで。私利私欲の為。—————
考えると頭がパンクしそうだったアタシは、受け取ったフォトフレームを握りしめたまま全力で溝呂木"先生"の前から逃げた。
-
52 : 2015/01/12(月) 23:38:20.84 -
<東京/新宿/路地裏> 12:30
これまでとは違う、相当量のホームによる追跡はここで本当に終わらせるという強い意志をとても感じる。
あの五人を始末して以降、ついに逃げ続けている中で八方塞がりの様な状況に陥ってしまった。
全方位合わせて恐らく十五人は待ち構えているであろうそれらの中には、かつて寝食を共にした"成績優秀者"達もちらほら見えた。
だからこそ、相討つようにして彼ら二人と対峙した後、こちらは右腕と肩に銃撃を受け、向こうに爆弾で被害を負わせた。
動きがこれまでの人員とは圧倒的に違っていたからだ。
香子「(ハァ、ハァッ……くそ、どうする!?)」
右腕の傷は応急処置できたものの、実質銃すら握れないような状況ではここを脱するには絶望的だ。
左手に握り締めた拳銃を見つめ————————最悪の状況を想定し、セーフティを解除した。
自決する事もまた一つの選択肢だ。
だが、そう簡単に生を諦めるわけにはいかない。自分のせいで死んでしまった、彼女のためにも。
自分の罪を全て償うまでは、まだ死ねない。
音響爆弾と閃光弾も数は少ない。そして今隠れ潜んでいる廃ビルもあまり広いとは言えない為、罠を仕掛けるとしても少数だ。
決意した後の私の行動は迅速かつ的確で、もしかするとこれまでの人生の中で一番正確に動けていたのかもしれない。
襲撃の合図を確認すると、上階の窓から侵入してきた数人が罠に引っかかり、更には別の入り口で引っかかった。
同時に二か所、一先ず片方から確認しようと拳銃を構えた瞬間、
ゴーグルを掛け耳には特殊なヘッドフォンを取り付けた男に背後から殴りつけられ、そこで私の意識は途絶えた。
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54 : 2015/01/13(火) 02:35:10.82 -
<東京/新宿/路地裏> 12:10
春紀「……この辺り、か。」溝呂木先生のプレゼントの入った紙袋を、結局捨てきれないまま持ってきてしまったアタシはそのまま電車に乗って新宿へやってきた。
アタシが住んでる東村山とはずいぶんと違った都会の印象を与えてくるこの場所は、実を言うとあまり好きではない。
アタシの父親……"父親だったモノ"と、別れた場所だった。
春紀「(どんな事情があったかは知らない。でも、アタシ達と母さんを放り出していったアイツだけは、見つけたら殺してやりたいくらいだッ……!)」
今更怒りを覚えた所でどうすることも出来ないが、もしあの時別れず、苦しい家計ながらも支えてくれていたら今こうしてアタシが誰かを殺す必要も無かったかもしれない。
でも、それが見当違いな言葉だというのも分かっている。
結局、自分を捨てきれないアタシの甘さのせい……だと、そう思うしかない。
街道は買い物客や会社員らしい人々でごった返しており、その人の群れの中を歩き続けるのは少し疲れた。
目的地である裏路地はまだもう少し距離がありそうだが、取り敢えず近くの道に入る事にした。
ゴミは散乱しているし、衛生観念とはかけ離れた路地裏は、異臭と共に此処が"危険"な場所だという典型的なイメージを与えてくる。
……そうして、数分歩いた後、角を曲がった瞬間、
ゾクリ、と背筋に走った悪寒に気付いた時には既に、右腕は捻る様にして絡め取られ、右脚の甲に逃げられない様ブーツで踏みつけられ、もう片方の手でナイフを首元に軽く当てられた。
相当手際が良いところから、もしかするとホームの人間がこちらの素性に気付いて襲い掛かってきたのかもしれない。
流石にナイフを首に押し当てられてはどうすることも出来ず……と、そこで、そのナイフを握る手が何処かで見覚えのあるモノという事に気付く。
「そんなんじゃ、神長さんにも殺されるんじゃないの?馬鹿❤」
聞きなれた声。甘ったるい、それでいて不思議と優しさを感じるその声を耳元で聞いた時、思わず目を見開いた。
春紀「伊介、様……!!」
伊介「アンタがどうしてこんな事してるのか位知ってるけど、まさかクラスメイトまで殺っちゃうなんてね❤」
春紀「……なら、知ってるなら、此処でアタシを殺すのか?」
伊介「別に❤ ただ、伊介はアンタがこっち側にまた足を突っ込んだ事に関しては口出しする権利は無いけど……」伊介「これ以上アンタが馬鹿やらかすって言うなら、殺す❤」
ぐっ、と固められた腕に更に力が込められ、関節が激しい痛みにミシミシと軋み出した。
伊介「ミョウジョウは—————」
と、何かを口にしようとした伊介様は、何かに気付いた様にハッと顔を上げた途端、拘束していたアタシの身体を突き放してそのまま横にステップした。
其処に投擲用のダガーナイフが飛来し、そのナイフが飛んできた先を見ると、
「駄目じゃないッスか、伊介さん。兎角さんを殺し損ねた時と同じじゃないッスかぁ~?」
-
55 : 2015/01/13(火) 02:55:07.07 -
※あ、書き忘れていたんですが、右足のギブスは包帯を保護する程度の者なので動く事にはそんなに支障はない位です。
その先に立っていた走りは、普段の飄々としたような雰囲気は無く、鋭く犬歯を剥いて伊介様を睨み付けていた。その瞳は、こちらに向けられていない筈なのにアタシの頭にズキズキとした頭痛を感じさせるような……そんな気がした。
対する伊介様の方は、鳰の方は見ずに、チッと大きく舌打ちすると、去り際に小さく、
伊介「鳰は幻術を使う。そして、アイツは葛葉の家系の人間よ。」
そう言い残すと、すぐさま近くの角を曲がり、走りが追いかけて角を見た時には既にその姿は無かった。
残されたアタシに、走りはくるりと振り返るとまた胡散臭い笑みを張り付けて
鳰「いやぁ良かったッス。まさか伊介さんが此処で春紀さんを襲ってくるなんて驚いたッスよ~」
春紀「……どういう事だ、葛葉の家系がどうだとか、お前が"幻術"だとか。」
鳰「どういう事も何も、別に隠してるつもりはなかったッスけどね。ウチは走りから抜けた、いわばミョウジョウへの亡命者ッス。」
春紀「呪術幻術を得意とする葛葉って言葉位はアタシでも聞いた事はあった。もしそれが本当だとしたら、アタシのこの行動は全部、お前が仕組———」
アタシが殺しに乗り切ったのも何もかも全て、その責任を走りに押し付けようと口を開こうとした瞬間、凄まじい力で首を圧迫された。いや、"そう錯覚していた"だけなのかもしれない。
走りの瞳が赤く爛々と輝き、その瞳を見てしまったそれだけで全身から力が抜けていく。
鳰(((((『自分が決めた責任をウチに擦り付けるなんて、とことん"クズ"ッスねぇ、春紀さん。ま、クラスメイトを二人も殺しておいて今更ッスけど』))))))
春紀「ぐっ、が、ぁっ……!!」コンクリートの壁に叩きつけられたアタシは、力が入らない四肢をダラリと投げ出してその場にズルズルとへたり込んだ。
叩きつけると同時に手を離していた走りは、そのままアタシの胸倉を掴むと
鳰「これは全て春紀さん自身が決めた事ッス。もう逃げられない事位、自分でも分かってる癖に未練がましいッスよ。」
春紀「ッ……」
鳰「さて、と。ウチはウチで調べる事が山ほどあるんで、春紀さんはちゃっちゃと神長香子の支援、行ってくださいッス」
そう言い残した走りが去っていく背中を、やりきれない気持ちで見つめ、暫くそのまま立ち上がる事も出来ずに俯いていた。
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56 : 2015/01/13(火) 21:10:28.10 -
<東京/新宿/廃ビル>
……激しい痛みを覚えた時、私の意識は徐々に覚醒した。
目の前にはかつて共に暗殺者となるべく育てられた同郷の友人達が並んでおり、みな一様に悲しげな表情や怒りに満ちた表情など各々違った感情を見せている。
先ほど感じた痛みは恐らく気を戻す為に頬を殴られたんだろう。
痛む首筋と頬の感覚に、そう理解した。
すぐには殺さず、こうして拘束しているのが……情けか、それとも拷問でもするつもりなのか。
そう思案していると、メンバーの一人が私の頭に拳銃を突きつけ、リーダー格らしい男、知ってはいるが名前は知らない彼が前に出た。
「香子、俺達はお前の身柄を拘束してホームに連れていく様に言われている。……実際ホームのメンバーを数人殺しているお前はホームで粛清されるだろう。」
香子「……そんな事、今更どうした。最初から覚悟している。」
「お前の手際、見事なモノだったよ。以前成績最低だった奴とは思えない程に、な。成長した今のお前を殺すのは惜しい。
もし、お前にまたもう一度だけホームで共に活動する気があるなら、俺達全員で上の奴等を説得してみせよう。」香子「……」
確かに、もはやこれまでと思っていた私にとっては思わぬ助けなのかもしれない。
生きてさえいれば、首藤にだってまた会える。
だが、私はそれでも、
香子「私は、イレーナ先輩の意志を継いだ。例えこの身が地獄の炎に焼かれようと、もう殺しの世界とは手を切った!!」「……お前はそうやっていつまでも死人に縋っていたな。あぁ、そうか。やはりお前はどこまでも出来損ないの暗殺者だ。」
カチリ、とセーフティが解除される音が響き、一瞬の静寂の後、廃ビルの一角で無常な銃声が響き渡った。
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57 : 2015/01/14(水) 00:07:51.31 -
…………その銃弾は、確かに私を貫く筈だった。
それなのに、銃を突きつけていた男がゆっくりと崩れ落ちていく様を見て、目を疑った。
そんな奇跡が、起こってもいいのか。
全員が各々の装備を構え、瞬時に振り返ろうとする間、襲撃者は間髪入れずにマシンピストル—————弾倉を調整した自動拳銃を撃ち放つ。
小火器とは思えない精密な射撃は、数人を残して反撃される前に的確になぎ倒していく。
残った数人がたじろいでいる間、鋭い蹴りや拳が次々に突き刺さり、長い桃色の髪を翻して最後の一人へとヒールの踵を叩き込んで制圧を完了した。
その手際の良さや大胆さは、目の前に立つ人物ならばあり得る事だろうと納得してしまった。
伊介「あら?❤ 間抜けな顔して、眼鏡が無くなっちゃったせいなの❤」
香子「犬飼……お前、なんで、」
伊介「別にアンタを助ける為じゃないわよ❤ 首藤さんに"依頼"されてここに来ただけだし❤ 伊介疲れたしもう帰るから❤」
言いたい事だけ言い残した犬飼は、首藤からの託らしい手紙を一枚こちらに投げると、長い髪を両手で払い、ヒールを鳴らして立ち去って行った。
拘束自体は近くに倒れているメンバーから拾った鍵で解除したが、とはいえ、犬飼の実力はやはり侮れないなと改めて感心する。
立ち上がった私は、周囲に倒れる"元"友人達に一度十字を切ると、落ちている自動拳銃を一つ拾い上げて路地裏の外へと駆け出した。
※
そこに、入れ替わる様にして入ったアタシは、目の前に広がる惨状に思わず顔をしかめてしまった。十近い人間が一様に少なくはない血液を流して倒れ込んでいる姿は、正常な思考の人間ならばまず気味の悪さを感じる。
そして、その先に一か所だけ妙に開けた場所があり、手錠らしき何かが落ちていた。
あれから走りの連絡も受けていないし、こちらから取るにもあの様な別れ方をした手前中々連絡できない。
神長は、無事にここを抜けられたんだろうか。
春紀「(……全員、ホームの人間なのか。神長といえど、流石にこの人数を纏めて殺るのはハッキリ言って無理だ)」
ならば、誰かが介入したと考えるのが自然であり、ソレが出来る一人の人物を知っている。
犬飼伊介。
まさか本当にこれだけの数を同時に制圧出来そうな人間を、もう一人位しか知らないし、その一人が此処に来ることなど絶対にありえない。
……伊介様が口にしていた言葉の数々、そして行動。何かが引っかかる気がするし、大切な事を伝えているのは何となく分かる。
でも、今は走り達ミョウジョウとの取引によって家族を守る事が先、だ。
春紀「(……一先ずは、戻るか。)」
先ほどの取っ組み合いや走りの一発で右脚の傷がまた痛み出したのもあり、出来るだけ早足でミョウジョウへと引き返す事にした。
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63 : 2015/01/16(金) 18:57:26.85 -
<東京/新宿郊外/アパート>
香子「……ここか。」路地裏から抜けた後、拳銃を隠しとにかく目的地である首藤の元へと走った私は、ホームの人間による襲撃に警戒しつつも特に無く首藤家へたどり着いた。
改めて、ポケットに入れていた首藤からの託を取り出し、確認する。
……最初に首藤から"届いた"という事になっていた筈の手紙とは筆跡がだいぶ違っていたが。
元々貰っていた手紙と比較すると、かなり違和感を感じる内容だと分かる。
香子「(しかし、こんなボロいアパートに本当に居るのか?)」
軽く見積もって築五十年は軽く超えているであろう古き良き木造建築。
洗濯機は旧式で共同利用、トイレまでもが同じように共同で利用できるよう屋外に設置されている。
他に入居者も居るらしく、此処から見えるいくつかの窓からはテレビの光らしきものが漏れ出していた。
慎重に警戒心を緩める事無く歩んでいくと、201号室と札がついている扉の前へと立った。
……こうして会うのも数か月ぶりで、出来る限りの支援をすると間接的な干渉はあったものの、なんとか今まで生き延びてきた。
そして、実質クローバーホームの追撃から逃げ切ったといっても過言ではない状況にまで到達する事が出来たのも、一重に首藤のおかげと言っていい。
犬飼を送り込んできたのは予想外だったが、それによって最後の"成績優秀者"達を撃退できた。
まずは、感謝すべきだろう。
二度ノックすると、
『ん、開いておるよ』
聞きなれた声で返事が返ってきた為、ゆっくりとノブを回して扉を開けると、そこには紺色を基調とした和服に身を包む首藤が立っていた。
彼女は華やかな笑みを浮かべると、右手を差し出して
涼「久しぶりじゃな、香子ちゃん」香子「……あぁ。」
短い返事だったけれど、差し出された手をがっしりと握った私は、思わず笑みと一緒に涙が出てしまった。
それを見た首藤は、何も言わずに私を抱きしめ、優しく頭を撫でてくれた。
遠い在りし日のあの人の事を思い出して、柄にもなく彼女の胸を借りて……涙が止まるまで縋り付いた。
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64 : 2015/01/16(金) 19:04:29.73 -
※大体平行した時間軸でやっていくので、時間表記を一旦やめます。あった方がわかりやすいという意見があればまたつけます。
【二日目 昼】
<東京/ミョウジョウ学園/客室>
春紀「……戻った」
鳰「お、春紀さんおかえりッス~。んで、結局どうなったッスか?」
春紀「アタシが行った時にゃ全部終わってた。神長の行方は分からないけど、無事だろうな」
鳰「……あ~、まぁ予想はしてたッスけど。面倒臭いッスねぇ、あの"鼠"。」
あれから特に寄り道をすることも無く、また電車に揺られてミョウジョウ学園へと引き返したアタシは、オリエンテーションルームとは別の客室に向かった。
一応、ここが拠点となるらしい。ま、一々最上階に上るのも面倒だから合理的だろう。
出迎えた走りに、路地裏での出来事から少し気まずい雰囲気を感じていたが、相手はまるで何ともなかったかのようにあっけらかんとしていた。
いや、こいつの場合はただ"そういう風に"演技しているだけなのかもしれない。
-
65 : 2015/01/16(金) 19:05:02.61 -
春紀「伊介様の事か」鳰「犬飼伊介。まー、東兎角は純粋な戦闘力は高かったッスけど、経験数やら知識量やらも考えると、総合的に一番厄介なのがあの人ッスからねぇ」
春紀「……」
鳰「あれ、あれあれ~? 春紀さ~ん? 伊介さん相手だからってやり辛さとか感じちゃってるんスかぁ!?」
春紀「……黙れ」
鳰「やだなぁ、春紀さんはただ、そう! "ロボット"みたいにトントンとターゲットを始末していきさえすればいいッスから! あ、そういやロボットみたいな人いたッスね!」
春紀「黙れ」
鳰「"冬香ちゃん達の為にも"、人を殺すって決めたッスよねぇ。いやぁ~さ・す・が、寒河江家の大黒柱! クズ親父に捨てられてもめげずに———」
春紀「黙れッ!!!!」
ロッカールームの一件を思い出すが如く、全力で鳰の腿を蹴り飛ばそうと右脚を振り上げた瞬間、武智のハサミによる傷がじくりと痛んだ。
それと同時に、鳰と視線がぶつかってから、また路地裏で感じた様な、そう、言えば夢の中に居るかのような浮遊感を覚える。
脚を蹴り飛ばす直前の格好でそのまま止まっていたアタシに、鳰がケラケラと嘲笑を浮かべて痛むアタシの右脚をわざとらしくいたわる様に撫でると、
鳰「春紀さん、アンタには徹底的に甘さを捨ててもらわなきゃ困るんスよ。親しい人間だろうがなんだろうが、それを殺すのがアンタの仕事だ」
春紀「ッ、だったら、一々癇に障るような事を口にするんじゃねぇ!」
鳰「はぁ~、子供のかんしゃくを宥める親の気分ッスよ~?」
春紀「なんだと!?」
鳰「ウチだって鬼や悪魔じゃないッスから、これでも取引相手である春紀さんの事は最大限フォローしてるつもりなんスよぉ。
それなのに、何時までも女々しく過去に囚われるんスか? 全部決めたあの時から、春紀さんは過去を殺して新しい、家族の為に全てを捨てる『寒河江春紀』を演じなきゃならねんスよ」傷口を撫ぜていた手は、やがて纏わりつくようにアタシの太腿へと這わせ、ゾクゾクと嫌悪感から来る悪寒に苛まれた。
それでも振り払えないのは、それだけ右脚の痛みが……いや、精神的なところで、走り鳰という存在に怯えていたのかもしれない。
春紀「……過去を捨てて、演じる?」
鳰「今ここにある自分は、"十年黒組何て知らない、ただのしがない暗殺者"って考えれば、少しは気が楽になるッスよ。家族の為ッスよね?」
春紀「…家族の為。」
鳰((((『春紀さんなら出来るって、ウチは信じてるッスから。家族の為ッスから、仕方が無い事ッス。』))))
※
そして、とどめの言葉に笑みを乗せ、一度だけ肩口の刺青を見せて幻術の力を強める。
ウチがやっているのは至極簡単な暗示。まぁ、こうして精神的にも肉体的にも弱っている相手なら昼間だろうがなんだろうが術に嵌めるのは簡単な事。
大きく頷いた春紀さんは、落ち着いたのか振りかぶっていた脚を引くと、そのままソファに沈み込む様に座り込んで虚空を見つめてるッス
ま、流石にここまで術で強制していかなければいけない程強情だとは思っていなかったッスけどねぇ~、ちょっと予想外ッス
鳰「ウチの方も色々と手回しは終わったし、無事首藤さんと神長さんも合流できたところで……今夜、仕掛けに行くッスよ」
春紀「あぁ、分かった。」
鳰「右脚の傷、ちょっともう一度医者に診てもらう事にするッスよ。体が資本ッスから、ね?」
春紀「……あぁ、分かった」
術が抜けきるのは、まだもう少し掛かりそうッスねぇ。
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68 : 2015/01/18(日) 04:51:47.65 -
<東京/新宿郊外/アパート>
香子「……悪い、首藤。」
涼「ん、ここまでたった一人で生き抜いてきたんだからの、そりゃ緊張の糸だって切れても仕方ないよ」
あれから数分、抱き合っていた私は、激しい衝動が収まってきた頃に今更ながら恥ずかしくなって急いで離れた。
なんというか、私にも泣いた理由は理解できず………優しく微笑む彼女に、母性を感じたのだろうか。
香子「本当に、支援してくれてありがとう。おかげで、私はここまで来ることが出来た」
涼「儂の長い年月で築いたモノが、こんな形で役に立つとは思わなんだ。まぁ、人殺しに加担するのは少し癪だったがの」
香子「……巻き込んでしまった事も謝罪する」
涼「いやいや、気にしなくてもいいよ香子ちゃん。儂かて一度は人を殺そうとしたんじゃから」
一之瀬晴、そういえば彼女は東と一緒にどこかのマンションで同棲していると聞いたが、元気にやっているんだろうか。
そんな風に私が思考していると、首藤が真剣な眼差しでこちらを見つめている事に気付く。
いつも破天荒なところのある首藤にしては珍しい光景に、思わず首を傾げると
香子「……眼鏡か?」
涼「違う違う。……真剣な話だからの、少し長くなるかもしれんが聞いてくれ。」
香子「分かった」
涼「端的に言うと、ミョウジョウ学園から刺客が送られるらしい。この情報は全て、依頼した犬飼に聞かせてもらったんじゃよ」
香子「犬飼、か。よく雇えたな…」
涼「まぁ、ちょちょいっと取引をしたんじゃ。話は続くが、その刺客というのが"走り"と"寒河江"らしい」
香子「走りはともかく、寒河江が?」
涼「何でも家族を養う為に暗殺に協力しているらしい。……まぁ、寒河江にも寒河江なりの事情がある。追及はしてやらないでおこう。」
香子「……なるほど。私を呼んだのは、これを知らせる為なのか。」
涼「そして、この音声を聞いてほしい。」
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69 : 2015/01/18(日) 04:52:32.26 -
手慣れていない様子でガラパゴスケータイを取り出した首藤は、音声ファイルに表示を合わせてクリックした。
『……気持ちッ、悪いな、その、刺青』
そこから聞こえてきたのは、走りと剣持のやり取りの一部始終らしい音声。
心臓を一突き、そう確かに走りが口にした途端、悶えだした剣持が崩れ落ちる音が聞こえ、そしてこの台詞を最後に静寂に包まれる事になった。
首藤は、複雑といった表情で携帯を指さすと
涼「これも犬飼からなんじゃ。実は剣持に先に働きかけておったらしくての、ずっと通話状態で剣持と武智の様子を探っといたらしい。」
香子「……走りの奴が葛葉の家系の人間で、本当に幻術とやらが使えるのか。」
涼「これが意味するのは、やり方次第では走りの奴一人で"全ての状況を覆す"事は簡単なんじゃよ。」
香子「という事は、寒河江もその幻術に少しは影響されている?」
涼「どれ程のモノかは分からんが、恐らくは多少なりと干渉されているんじゃろう。でなければ、あの寒河江がそう簡単に承諾するとは思えんよ」
香子「……」
涼「気付け薬位なら準備出来るよ香子ちゃん。効果があるかどうかは分からなんだが、無いよりはましじゃろうからな」
香子「首藤は、争う気なのか?」
涼「儂とてそう易々と死ぬわけにゃいかないよ。ここまで生きてきた、ならばこの身がやがて衰えて朽ち果てるその時までは。」
香子「(……私は、)」
暗殺を止めたい。
その為に私はホームを捨て、そしてその野望は見事成功に近い成果を上げた。
……命の恩人に大きな借りを返す最後の仕事。なら、やるしかないだろう。
香子「私も共に戦う。必ず首藤には指一本触れさせない」
涼「……!!」
はっと目を見開いた首藤は、そのまま驚いた面持ちで私の顔を見つめると、やがて柔らかい笑みを浮かべて
涼「……やっぱりかっこいいのう、香子ちゃんは」
香子「ああ。」
そんな彼女に、柄にもなく私も笑みを返した。
眼鏡が無くなってしまっていても、彼女の姿はしっかりとこの目に映っていただろう。
その影が、消えてなくならない為に、私は戦おう。
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72 : 2015/01/19(月) 22:50:18.21 -
<東京/ミョウジョウ学園/客間> 18:00
春紀「……」
走りとのひと悶着の後、あれからミョウジョウの専属医師に右脚の傷を診てもらったアタシは、一人ソファに寝転がって深く沈んでいた。
頭にもやがかかったようにぼーっとしていた意識が、やっと冴えてきたのはついさっきの事で、あれからもう数時間経っている。
頭痛とも言えず、吐き気ともいえない気だるさが全身を支配して何もやる気が起こらなかったし、疲労から二時間近く何時の間にか眠っていた。
寝起きのまま天井を見つめていると、不意に足音が聞こえた。
ドアノブが回り、
鳰「あ、起きたッスか? 調子はどうッスかねぇ」
春紀「……あんま良くない。」
鳰「まぁ、あれだけ無茶して動いてたらそりゃそうッスよぉ~」
春紀「冬香達の様子はどうなんだ?」
鳰「前回の春紀さんの成功報酬で、まぁなんとか食に関しては困ってないみたいッスね」
春紀「……そう、か。」
未だに、アタシは殺す事を是としていない。
誰かを殺して得たモノが、今家族たちを生かしている。
あの時、狂気を振りまき襲い掛かってきた武智の冷え切った身体と涙ぐんだ表情を間近で見て感じてしまった事もあってか、後悔や虚無感がいつまでも残っている。
甘さを捨てきれずに自分の都合だけを押し通そうとしているアタシは、クズと言われても仕方がないんだろう。
鳰「そうそう、三号室の件ッスけど、今日の0時に仕掛けるッス」
春紀「今回は偵察しなくていいんかい?」
鳰「首藤さんの情報網と人脈は馬鹿にできないッスねぇ~、あの地域でミョウジョウの諜報員に探らせたらみーんなだんまり。結局目ぼしい情報は得られずじまいッス。あ~せっかくの休日だったのに最悪ッスよ~!」
春紀「じゃあ、直接仕掛ければいいんじゃないのか?」
鳰「いやぁ、今回はマジもんの暗殺者がいるッスから。大胆に仕掛けるにはリスクの方が大きいからッスよ」
春紀「……なるほど。」
鳰「それじゃあこれ、痛み止めの飲み薬と注射する用の薬品ケースッス。必要な時に使ってください、ただ後から超~きっついのが返ってくるのは覚悟してくださいッス」
春紀「分かった」
鳰「後、前回ちょっと動き過ぎたのもあってか、あんまりサポート出来ないッッスから。危うくなったら一度引くのも手ッス」
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73 : 2015/01/19(月) 22:51:25.08 -
はぁ~、と長い説明の後にため息をついた走りは、ソファに転がっているアタシの近くまで歩いてくると覗き込むようにして早速薬品が入ったケースを手渡してきた。
未だにコイツの近くに居るだけで何か気だるさの様なモノを感じる……もしかすると、自然と顔が険しくなっていたのかもしれないが、一先ずケースを受け取った。
が、その時、交差した手で、走りがアタシの髪を一束掴むと、
鳰「へぇ、意外と髪の毛綺麗にしてるッスね~」
春紀「……何の真似だ」
鳰「いやぁ、いつも大変な仕事の繰り返しなのにこんなに綺麗な髪を保てるなんてすごいな~って感心しただけッスよ!」
春紀「ッ、離れろ!」
鳰「おぉっと、怖い怖い」
片手で振り払うと、すぐさま起き上がって走りを睨み付けるアタシに、ヘラヘラと茶化したような笑みを浮かべる走りに、不可解さすら覚える。
……ここ数日、やたらとアタシに直接かかわってくる事が多い。
それは仕事仲間といった感覚とは程遠く、どこか、こちらを探るような赤い瞳は寒気すら感じられる位だ。
鳰「(……経過は良好、ッスかねぇ)」
その読みが当たっている事に気付くのは、まだまだ後の話。
-
74 : 2015/01/20(火) 02:10:52.93 -
<東京/新宿郊外/アパート→雑木林> 19:00
香子「……驚いた、公園の中にこんな場所があったとは」
涼「ほほほ、本当は私有地なんじゃが、ツテで一時的に貸してもらってるんじゃよ。」
周辺住民の事も考えて、アパートに立て籠もる考えは捨てた。
そして、自分の"爆弾"をより有効的に扱うためには何処かというところで、首藤の提案でこの自然運動公園の中にある鬱蒼とした雑木林に潜伏する事にした。
早くても今日仕掛けてくるだろうという犬飼の予想が果たして当たるかどうかは分からないが、用心に越したことはないだろう。
香子「もし仮に、寒河江と走りだけがやってきたとして……寒河江に関しては、私が言うのはなんだがかなり"素人"に近い」
涼「……正直、寒河江は剣持に続く程には"精神的に"まだ青かったからのう。」
香子「とすると、やはり厄介なのはそのバックについている走り達ミョウジョウ学園の方だろうな。もし"幻術"を使うというのなら、出来る限り相手の術を物理的に封じる手段を増やすべきだ。」
そう言うと、私は背負っていた登山用の大きいリュックを地面に降ろし、いくつかの部品や薬品を取り出していく。
物珍しそうな様子で覗き込んでくる首藤を横目に、いつも通りの作業工程を終え、数個の爆弾を並べる。
香子「音響爆弾と閃光爆弾。それと、もう一つはスイッチ式の火力を抑えた爆弾だ。」
涼「罠用に張る爆弾は、また別にあるんじゃろう?」
香子「ああ。スイッチ式のモノも使うが、一つだけ高価だからほぼ使えなかった生体を認識して射出される機構のモノがある。これには気絶させる位の電流が流れる"スタンガン"を使う」
涼「スタンガン……あぁ、飛ばす方かのう」
香子「数センチのチップだから、音もほとんど聞こえないし、当たってもそう簡単には死なない位に収まるだろうしな。」
涼「香子ちゃん、あれから随分と成長して、儂は嬉しいよ」
香子「……伊達にホームの人間とやり合ってきてはないからな。」
涼「うむうむ。それじゃあ、後は上手く配置するとしようかの」
香子「出来るだけ奥の方にしよう。茂みが深い所や、敢えて浅いところにも数個。後は、ブービートラップもいくつか仕掛けよう」
既に、私は元々着ていた黒服のままだが、首藤は緑を基調とした迷彩柄の服装で統一している。動きやすく、また草木の中では衛生面や虫に関しての対策もしなければならない点で理に叶っている。
互いが互いに目配せし、役割を分けて来たるべき決戦の時に向けて準備を進めた。
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75 : 2015/01/20(火) 17:56:16.88 -
※人物の状態変化をそれぞれ分かりやすい様に書きます
走り鳰……正常。目立った外傷は無い。服装はミョウジョウ学園制服に黒のタイツ、ローファ
寒河江春紀……負傷。右脚大腿部に深い刺し傷アリ(包帯+ギプス小)、首筋に切り傷アリ(包帯小)、右頬に切り傷アリ(ガーゼ)。未だ傷は癒えていない
服装はいつもの制服にカーディガン+白のアウター。黒のタイツ+黒のブーツ
<東京/新宿/ビジネスホテル> 21:00
鳰「……んじゃ、今から三時間後ッスね。これから三時間、自由時間にするんで、ウチは自分の部屋に居るッス」
春紀「分かった。それじゃあアタシは街に出てくる」
鳰「首藤神長コンビに遭遇しそうになったら極力避けてくださいよぉ~? かち合ったら超超超メンドくさいッスからね!」
右脚の様子は依然変わらず、無理をすれば傷口が開いてしまう。
痛み止めの効力は一時間らしく、また連続で使用してしまうと体が拒否反応を起こして最悪死ぬ。
一時とはいえ完全に痛みを消す程の劇薬にはそれなりの代償があった。
ターゲットの近くである新宿のビジネスホテルに移ったアタシは、立ち去る鳰の背を眺めた後、静かにベッドから立ち上がる。
……そして、静かに携帯電話を取り出すと、ビジネスホテルを後にした。
クリスマスも終わり、比較的静けさを(といっても、相変わらず都心は騒がしいが)取り戻した街道を歩く途中、路地裏へと曲がる。
少しだけ奥まった場所へと向かうと、携帯のタイマーをセットしてアウターを脱いだ。
ゆっくりと、いつものファイティングポーズに構え、その正中を睨み付ける。
これは東兎角を本気で殺す為に、彼女の技を見切る特訓。
目を閉じて思い浮かべるのは、ナイフを自在に操りこちらの攻撃の全てを受け流し、追えぬ速度で走らせるナイフの軌跡。
基本的に地力の握力や腕力で勝っている所を、圧倒的な技術力の差で超えられているのが現状だ。
これまでのキックボクシングスタイルではなく、完全にダッキングや拳を主体にした素早さ重視の動きを何度も繰り返す。
拳が冷気を切り裂いていく中、滴った汗で張り付く前髪を掻き上げ、急速に冷えていく体温を無理やりに温める。
逆手に構えたナイフが走る先を、一つ一つガントレットの拳で弾いていく。
首を軽く傾け、両足を滑らせ—————ピタリと静止する。
その理由は、視線の先にとある人物が立っていたからだ。
春紀「……首藤」
涼「久しぶりじゃの、寒河江」
相対する二人は、それぞれ拳を引き、タオルを差し出した。
涼「まぁまぁ、早く汗を拭わないと風邪を引いてしまうぞ?」
-
76 : 2015/01/20(火) 18:26:58.78 -
※状態/今回首藤さんの過去にオリジナル設定があります
首藤涼……和装。羽織りを引っ掛けており、足袋に下駄を履いている
神長香子……黒を基調としたパーカーに近い服装。
<東京/新宿/ビジネスホテル>
春紀「……」
涼「ほほ、こうして一対一で話すのは随分と久しいのう」
あれから、素直にタオルを受け取った春紀は、滴る汗を拭いながらも、適当なコンクリートブロックに座り込む涼を横目で見ていた。
彼女には、何か、全てを引き込む様な不思議な魅力があると初見でもそう感じていた。
こうして近くで相対するだけでも、外見は若くとも内面が老成している事を。
涼「寒河江、正直に言って儂と香子ちゃんはお前達がもしやってきたら本気で迎え撃つつもりじゃ」
春紀「……あぁ、覚悟はしてる」
涼「でものう……正直、儂はもう、"生きる事"に意味を見いだせなくなってしまった」
春紀「生きる、意味?」
涼「儂には昔想い人が居た。彼は儂にとても優しくしてくれたし、儂もまた彼を精一杯愛した。愛して愛して———愛した先にあったのは、軽蔑じゃ」
アウターをもう一度羽織ってもまだ寒気を感じる中、静かに語り出す首藤を、アタシは止めなかった。
涼「少しずつ年老いていく彼は、いつまでも老いず年若い娘の姿のままの儂を、初めはそれでもと愛してくれた。でものう、世間という奴は厳しいものじゃった。
老いぬ儂を"化け物"だのなんだのと蔑み立ち去って行った友人も多くいたし、実の両親すら儂を気味悪がった。」
春紀「……」
涼「徐々に、齢も三十を迎える頃。ついにはあの人まで儂の元から離れて、儂に残されたのは少ない財産と限られた友人のみじゃった。その時は確か、戦争が始まろうとしていた時だったかの」
人類史上二度行われた最悪の争い、その二度目が始まろうとしていた季節に二人は別れたらしい。
勿論彼も出兵される事になったらしく、それはそれはとても心配していた。
涼「それから数年して、儂はついに自らの病を知る事が出来た。それが"ハイランダー症候群"。知ったのは良かったがの、治療法が無いと言われた時は本当に自殺しようかとも考えた。
ただ、それでも死ねなかったのは—————死んでしまったあの人から送られた手紙のせいなんじゃ。彼は出兵前に儂との思い出を綴った手紙を送ってきた。
最初はただ虚無感に襲われて、捨ててしまおうと思っていたが、結局読まないまま仕舞い込んでしまった。病状が発覚してから、ふと思い出したようにその手紙を眺めた時、
いくら貶され様が踏まれ様が涙だけは見せた事のない儂は生まれて初めて、心の底から涙を流した。そして、そこで"絶対に死ねない"呪いに掛かってしまった。」春紀「……それが、アンタが黒組にやってきた理由だったな」
涼「しみったれた老人の我が侭で、の。黒組の後、もう一度あの人の墓参りをしてからは、儂には生きている実感は無くなった。もう100年近く生きた老体じゃ、生にも悔いは無い。」
アタシなら、愛する家族に軽蔑され見放されてしまう位なら死を選んでいたかもしれない。
それでも首藤は、強く強く生きた。そこには恐らく同情の余地もない壮絶な人生が繰り広げられていたんだろうが、素直に"凄い"事だと思う。
涼「既に二人、屠ってしまったとはいえ、まだ踏みとどまれる筈じゃ。死とは、誰か人間の"死"とはそれ程までに悔恨を残してしまう。」
春紀「……ただの同情話で釣ってきたって訳でもないだろうしな。アンタのその眼を見る限り」
涼「死が怖いのでなく、それが寒河江、お前にどれほどの衝撃を残してしまいかねないか、それだけが心残りなんじゃよ。」
-
77 : 2015/01/20(火) 18:52:36.93 -
※訂正
同情の余地もない→同情する事すら出来そうにない
-
81 : 2015/01/22(木) 23:16:27.22 -
春紀「…」
涼「"お前は、日向に居るべき人間"だからの。世話を焼きたくもなるんじゃよ」
そう口にした彼女の瞳は、まるで自分の子供をあやすかのような優しげだった。
どこかで見たことがあると思っていたら、まだ幼い頃、元気な頃の母親が向けてくれた慈愛とよく似ている。
……勿論、出来る事なら暗殺など止めている。他に方法が無いからコレに縋った訳で、もしやめてしまえば家族がどうなるかわからない。
涼「儂と香子ちゃんで何とかしてみせるさ。……儂には幸い、無駄に生きてきた人生の中でも繋がりという大切な財産を得ることが出来た。
寒河江が働くために必要な事も世話が出来る。だから、もう、人殺しなんぞ——————や、め、」
春紀「……?」
互いにブロックに座り込んで話していた今の構図は、アタシが俯きがちに反対側を向いていて、首藤が通路の入り口へと向いていた。
だからこそ、頬に撥ねてきた赤黒い液体がなんなのか、初めは理解できなかった。
鳰「—————駄ァ目じゃないッスかァ春紀さん。"ターゲットに遭遇したら、すぐに逃走する"って決めてたッスよねぇぇぇ?」
通路の先、入り込んだ事により若干の暗がりの中にぼんやりと金色が浮かび上がる。
カツ、カツ、とローファを鳴らして歩んできたソイツの手には、以前も見た消音器の取り付けてある拳銃が握られていた。
銃弾に貫かれた首藤は、直前に体を倒していたらしく、なんとか致命傷は避けて肩口から血を流していた。
フラフラとした動きで後ろに飛んだ首藤は、ドクドクと赤黒く染まる和装の右肩を抑えながらも、その視線に力を籠め、
涼「走り……お前の悪名は犬飼からも良く聞いておる。十年黒組自体を"抹消する"など、あまりにも唐突すぎやありゃせんかのう?」
鳰「ハァ、これだからババアのお小言は面倒くさいんスよォ。なんッスか、遺言代わりと受け取っておきましょっかね~」
涼「答えい!!」
鳰「あーあー、はいはい分かりました分かりました~……葛葉と東の勢力抗争が激しくてミョウジョウの情報漏洩の危険性があるので、アンタら全員始末してるって事ッスよ」
涼「……葛葉と東が?」
鳰「そッスよぉ? ほっといてもまぁ拷問されてギリギリまで追い詰められて死ぬか吐くかになるところを、ウチらが楽に逝かせてあげてる訳ッス。」
涼「それは随分とまた、ふざけたエゴイズムじゃのう」
鳰「んま、そういう訳で、さような「待て」
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82 : 2015/01/22(木) 23:31:36.78 -
元々死ぬ覚悟はできていたといわんばかりに目を閉じて俯く首藤の前、走りの銃の射線上に入って静止した。既に持ってきていたガントレットの片方を装着している、リスクは高いが、この距離ならまだ銃を防げる可能性はある。
そして、その行動が気に食わないのは勿論、
鳰「……どいてください、春紀さん。」
春紀「アタシが殺す。今度こそ、アタシ自身がケジメをつけなきゃ、駄目だ。」
鳰「ま~たくっさいくっさい茶番劇でも始めるッスかァ? いい加減ダルいッス」
春紀「この間合いじゃお前が不利だぜ、走り。確かにアタシは取引に応じた、そしてこれはアタシ自身が決めた"責任の取り方"だ。その責任から逃れようとした時もあったけどな」
鳰「……うぜーッスよ。」
春紀「首藤はアタシが殺す。そして、神長も殺す。」
鳰「……」
渾身の力を込めてドスを効かせた視線は、どうやら走りの心を動かせたらしい。
緩慢な動きで銃口を下げると、笑い一つ無いどこまでも冷たい無表情の走りは、そのままこちらを監視し始めた。
アタシもまた、肩を抑えて苦しげに冷や汗を流す首藤の元へと歩むと、彼女の支えとなるように抱き寄せると
春紀「ゴメン。……やっぱりアタシには、この道しか無い。」
涼「ほほ、駄目、じゃっ、たか、のう……」
春紀「ミョウジョウの怖さはもう身に染みる程理解しているからこそ、逃げらんねぇ。立派な犬だよ、アタシはさ。」
涼「……」
春紀『(でも、犬なら犬なりに食い下がってやる。これが、アタシの決めた道だから。)』涼「……そう、か。後、は、お前の人生じゃ。信念を持って、生きろ」
そして静かに、抱き寄せた時に既に巻きつけていたワイヤーに最後の力を込めると、全身から力が抜けた彼女の体がしなだれかかってきた。
優しく受け止めたその顔は、殺されたにも関わらず、不思議と安堵したかのようで。
その表情に、柄にもなく零れたアタシの涙が一粒落ちて行った。
そうして、一人が死を迎えた時、また一人が動き出す。
『……ありがとう、首藤。私は、あなたのおかげで生きている。だからこそ、必ずその歪んだ信念を打ち砕いてみせるぞ、寒河江春紀』
使い慣れていないガラパゴスケータイから聞こえたノイズ混じりの声に、アタシは静かに拳を振り下ろした。
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89 : 2015/01/25(日) 14:42:25.55 -
<東京/新宿/路地裏~ホテル>首藤は、どうやら携帯の通話をオンにしたままやってきていたらしく、最後に聞こえた声も確かに神長のモノだった。
……つい叩き潰してしまったが、よくよく考えればあれも重要な資料になっていたかもしれない。
それでも、隣を、手を後ろで組んで明らかにむすっとむくれて歩いている走りが何も言わないんだから、別段必要なモノでもないんだろう。
鳰「……死体なんかウチの下っ端に運ばせときゃいいんスよ。何で一々持ってくるッスか」
春紀「逆に聞くけどな。剣持と武智の死体はどうした?」
鳰「防腐剤やら何やら、薬漬け状態でミョウジョウ地下に安置らしいッスよ。詳しくは知らないッスけど。死人に興味は無いッス」
春紀「つーことは、首藤もそうなる訳か。」
鳰「確実に黒組全員を殺したって証明が欲しいらしいッスよ、理事長は。何処までも用心深いのは昔から変わんねッスから」
春紀「……」
当のアタシ本人は、背中に首藤をおぶっていた。
肩口の出血は、首藤に貰っていたタオルでキツく縛り、着ていたかなりのサイズがあるアウターを被せているので傍目にはただ眠っている風にしか見えない。
もう二度と動く事の無い人間の重みは、知っていたつもりでも、こうして背負うととても重たい事をしかと感じた。
歩くたびに上下に揺れて落ちそうになる体を、しっかりと持ち直して、二人ホテルへと向かう。
道中、特に走りとの間には会話も無くただ淡々とした時間が過ぎていき、やがてホテルが見えた。
既に黒のバンが待機しており、走りがそちらを指さして
鳰「アレに乗せるッス。ウチは準備があるんで、用が済んだら適当に部屋に戻っといてくださいッス」そう言い残すと、くるりと振り返ってホテルの方へと歩いて行った。
そんな彼女に、特に何かを思う事もなく、無表情で空返事したアタシは、そのまま係の人間へと首藤を引き渡した。
淡々と作業が進む中、受け取って羽織ったアウターから微かに薫った首藤の匂いに、自然と拳を握りしめる。
もう、四の五の言っている場合ではない。
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90 : 2015/01/25(日) 14:44:58.77 -
<数時間後~新宿郊外~> 23:50
春紀「……だろうな」
あの後、それぞれの部屋で各々過ごしていたアタシ達は、鳰が神長の居場所を特定したと聞き、真っ先にそのアパートらしき場所へとやってきた。
しかし、既にそこはもぬけの空であり、何かしら痕跡が無いか一通り見まわしたが、最低限の家具だけが置いてあり、全て空になっていた。
全てを悟った後、神長がここを整理して何処かへと立ち去ったのかもしれない。
とはいえ、指定された時刻である0時まであと10分しかない。
どうしたものか、アウターのポケットに両手を突っ込んで一人手摺りに寄りかかっていると、胸に例の如く取り付けていたマイクが点滅する。
そこから伸びた小さなイヤホンを片耳に取り付け、スイッチを押すと、
鳰『流石に"ホームの落第生"でも馬鹿正直に待ちかまえてたりはしてないみたいッスねぇ。という訳で、取引情報やら地形やらから予測したところ、近くにある大きな私有地が怪しいッスね」
春紀「なるほど、其処なら神長が得意な爆弾も有効的に扱えるな」
鳰『寸前に首藤さんが借りてたみたいッス。まぁ、今から馬鹿正直に向かっても罠だらけで危ねッスから、下っ端にトラップジャマー係を…」
春紀「いや、今から行く」
鳰『……直接サポートできないッスよ? それでもいいんスか?』
春紀「ああ。今回は、アタシがケリをつける」
そう短く呟くと、深いため息と共に点滅していたマイクの光が消える。
さて、啖呵を切った以上、やるしかない。
携帯を取り出し、残りは5分となった時刻を確認し、アパートを後にした。
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102 : 2015/02/08(日) 06:50:55.92 -
四日目
<東京/新宿郊外/私有地> 0:00
春紀「……流石に、目立っちゃいないな。」
走りの提案を突っぱねて走ってきた先にあったのは、確かに相当な大きさの私有地と立札のある場所。
遊具や整備されたコンクリートの道などがある辺り、元々此処は自然公園の様なモノだったんだろうか。
一部に鬱蒼とした茂みを湛える雑木林以外にもかなり草木が生え放題で、これでは確かに罠も仕掛け放題だ。
考えはあるにはあったが、しかしソレは……手当たり次第に石とか投げれば誘爆するんじゃないか、という適当具合。
それを人は馬鹿というんだが、春紀はそれを思いついた時、意外とやれそうだな。と自己完結した。
柵を跨いで中に入ると、此処でタイツを履いている事が幸いした。
人間よりも怖いのは虫や植物という時もある。今がまさに、生え放題の林の中という事もあり、そっちも気を付けていくべきだろう。
舗装されたアスファルトがひび割れた通路を、出来るだけゆっくりと歩いていると、不意に視界の端に光るモノを見つけた。
そして、ソレは何かを探しているかのように時折機械音を発しながら浮遊している。
サイズにしてハエを少し大きくした程のソレの光がこちらへと向く直前に、嫌なモノを感じてすぐさま近くの壊れかけたベンチ近くに伏せた。
光はそのまま頭上を通過し、やがてゆっくりと同じ場所へと戻って行く。
春紀「(……監視カメラ?)」
にしてもやけにザルなトラップだと思った直後、
背後から飛来したダガーナイフに気付くのが遅れ、必死で首を動かしたが、右肩に突き刺さった。
じわりと広がる痛みと滲む血液に歯噛みしつつも、即座に振り向いてガントレットを嵌めた両手を構える。
だが、振り向いたところに缶ジュースの様な形をした何かが転がっており、一瞬で激しい光を瞬かせたかと思えば、次の瞬間にはグラグラと視界が揺れて地に伏せた。
閃光弾
ぼやけた視界に黒い何かが現れたかと思うと、こちらに向けて拳銃を突きつける。
それが誰かは、予想がつく。
ただ、その時アタシは奥歯に仕込んでいたカプセルを一気に噛み砕くと、無理やり眠りから叩き起こされた様な衝撃が全身に走り、跳ね起きる。
その拍子に思わず一発だけ発砲してしまった銃弾が地面を抉り、未だに半分覚醒といった体を振り回し、相手の拳銃を叩き飛ばした。
銃弾すら防ぐそのガントレットで手を叩かれれば、ただではすまないだろう。
飛んだ拳銃を横目に、額を片手で抑えながらもヨロヨロと立ち上がると、
香子「寒河江ッ……!!」
春紀「っ、ははっ、やっべーなぁこの薬……逆に意識が吹っ飛びそうになっちまった」
香子「首藤はお前を救おうとしていた。」
春紀「……あぁ、そうらしいけどな」
香子「だが、私はアイツのやった事は愚かだと思っているし、くだらないエゴイズムだとも思っている」
春紀「実質戦力を見ずに夢想していたな」
香子「それでも、私は最後の最後まで諦めなかった首藤の選択に敬意を払う。同時に、勝手だが私はお前にも失望した」
春紀「……アタシは家族と生きる為に、神長を殺す」
香子「これで話しは終わりだ。生きる為に、私はお前を殺す!!」
春紀「上等だッ……!!」
腰から円筒を取り出し、ピンを抜いた神長がこちらに向かって投げつけたと同時、アタシもまた走り出した。
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