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1 : 2015/04/03(金) 21:08:06.58 -
悪魔のリドルssです。
・注意事項
一部のキャラクターは少しキャラ崩壊しております。
暗殺って何? って空気感。短めの山も谷も無いコメディですが、上記が大丈夫な方はよろしければお付き合いください。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1428062886
ソース: http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1428062886/
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2 : 2015/04/03(金) 21:11:04.55 -
情報の持つ優位性は極めて大きいものだ。
たった一つの情報でも状況が一変してしまうことは大いにありうる。
例えば、個々の能力ではどうにもならない程の決定的な戦力差がある場合、情報の有無はまさに死活問題。
戦術、戦略、地形、天候、弾薬、食料、何だっていい。
知りうる有益な情報を総動員し、作戦を組み立て敵よりも優位に立てば、劣る戦力で戦況をひっくり返すことだって不可能ではない。
とりわけ敵対する相手の情報は重要だ。相手の経歴は勿論、性格や癖も把握すれば弱点に繋がる情報を導き出せる可能性は十分にある。
そして、その情報を得る手段も実に様々だ。多くの場合は何かを見たり、人から聞いたり、もしくは実際に体験することによって情報を取得する。
時には、積み上げられた経験からくる予測だって価値のある情報になりうるだろう。
しかし、私には上記以外にも情報を獲得する為の有効な手段を持っている。
恐らくそれは常人では到達できない域まで達しており、やりようによってはそれだけで相手の本質まで見抜くことが出来るだろう。
何度も言うが、情報は状況を有利に進める為の重要な要素だ。
だからこそ、私は迅速に行動を開始した。
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3 : 2015/04/03(金) 21:15:55.22 -
・1号室
兎角「少し出てくる」
晴「こんな時間にですか? 学校に忘れ物?」
兎角「ちょっとした野暮用だ。夕食の時間までには戻る」
晴「うん、分かった。気をつけてね、兎角さん」
兎角「ああ」
晴に見送られ部屋を後にする。
鼻の感度は良好。これなら問題なく目的を果たせそうだ。
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5 : 2015/04/03(金) 21:20:51.75 -
・2号室
伊介「東さん?」
2号室に入ると椅子に座ってマニキュアを塗る犬飼伊介を発見した。
伊介「ちょっと何ー? ノックもなしに勝手に——」
早速標的を見つけた私は相手が身構えるよりも早く間合を詰める。狙うのはがら空きの首筋だ。
伊介「な——」
即座に背後を奪い、万全の体勢に持ち込む。
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6 : 2015/04/03(金) 21:30:46.91 -
伊介「ちょっとアンタ何してっ……!」
兎角「…………」
伊介「ちょっ、何……やめっ、んっ……あン♥」
兎角「うっ……」
犬飼を開放して距離をとる。犬飼は崩れ落ちるようにしてテーブルに突っ伏した。
伊介「一体何なのよ……」
兎角「けほっ、けほっ」
伊介「人の体嗅ぎ回っておいてなんて反応してんのよ、ムカツク……」
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8 : 2015/04/03(金) 21:39:45.51 -
犬飼の体臭を一言で表すならば、むせ返る程の香水の匂いがした。
正直、作られた匂い、特に香水は苦手だ。部屋に入った時に少し嫌な予感はしていたが、まさかこれ程とは。
春紀「ただいまー、って兎角サンじゃん。何か用かい?」
ちょうど良く次の標的が現れたので、口直し(鼻直し?)のつもりで寒河江にも詰め寄る。
春紀「うわっ、何々!?」
兎角「…………」
寒河江からも香水の匂いがしたが、犬飼よりは幾分爽やかな感じだ。
それにこのほのかな甘い匂いは……いつも食べているポッキーの匂いだろうか。
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9 : 2015/04/03(金) 21:54:43.06 -
春紀「あははっ、そこくすぐったいって!」
いかん、香水の匂いのせいで頭がくらくらしてきた。
これ以上この場に留まっていたんじゃどうなるか分かったもんじゃない。
頭と鼻がどうにかなってしまう前に私は足早に2号室を後にした。
春紀「あ、行っちゃったよ。というか伊介様大丈夫か? 何かぐったりしてるけど。息も荒いし」
伊介「うっさい……」
春紀「しかし、何の用だったんだろうなー、兎角サン」
伊介「東兎角……処女のくせに、意外と侮れないわね……」
春紀「?」
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10 : 2015/04/03(金) 22:05:25.41 -
・3号室
香子「…………」
兎角「…………」
2号室が強烈だった分、3号室はかなり落ち着いた印象を受ける。
立て続けに鼻に強い負荷を受けていたならば、これ以上の続行は不可能だっただろう。
香子「——で、何の用なんだ東。何故さっきから私の体を嗅ぐ?」
神長の匂いは鉛筆やら画用紙を彷彿とさせる。性格の通り、何ともお堅い印象だ。
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11 : 2015/04/03(金) 22:19:43.78 -
涼「よっぽど嗅ぎ入るものがあるのかのう。して東よ、香子ちゃんの香りは如何に?」
香子「それは聞くことか?」
兎角「……鉛筆とか画用紙みたいな匂いだ。あと、ほのかに火薬の匂いがする」
香子「あまり嬉しくない評価だな……」
涼「ほほう、そこまで分かるのか」
私の嗅覚を甘く見て貰っては困る。
しかし、神長の匂いにはまだ奥がある気がして、私は更に入念に匂いの元を探った。
この感じはさっき似たような匂いを嗅いだ気がする。この匂いは確か……。
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13 : 2015/04/03(金) 22:33:36.12 -
兎角「……チョコレート?」
涼「ふむ、チョコレートと言えば香子ちゃんの好物じゃな。チョコを食べた時の香子ちゃんの笑顔がまた可愛らしくての。スマホの待ち受けにしているくらいじゃ」
香子「何をしてるんだお前は……私のことはもういいだろう。次は首藤の匂いを嗅いだらどうだ」
言われなくともそのつもりなので、私は神長から離れてソファでストレッチをしている首藤へと近付く。
涼「む、次はわしか」
兎角「…………」
涼「ほほ、中々こそばゆいな」
首藤の匂いを嗅ぐと、芳香剤のような香りがした。
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14 : 2015/04/03(金) 22:43:00.31 -
いや、芳香剤とは少し違うな。これは温泉……温泉の素の香りか。
しかし、首藤の匂いにはまだ奥がある。何だか懐かしさを覚えるこの匂いは……。
兎角「……何か、実家のような匂いがする」
香子「実家? 東のか?」
涼「はて、わしは東の実家が何処にあるかも分からぬが」
着物、障子、風呂敷。色々なものが頭を過ぎるが、どれも少し違う気がする。
兎角「畳……いや、しっくりこないな」
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15 : 2015/04/03(金) 23:04:17.88 -
香子「…………タンス?」
兎角「それだ!」
頭の中でカチリとピースがはまった。間違いない。
涼「香子ちゃんはわしをそんな風に思っておったのか……」
香子「あ、いや。別にそんなことは——」
知るべき答えは得た。最早この場に用はない。
何やら二人は取り込み中なようなので、私は空気を読んで静かに部屋から退出することにした。
香子「わ、私は使い古されたタンスの匂いも割と良いものだと思うぞ……?」
涼「わしはもう埃を被っている段階なんじゃな……」
香子「い、今のは言葉のあやで……東からも何か言って——って、東? 東ーー!?」
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17 : 2015/04/04(土) 22:08:30.73 -
・4号室
華やかでいて慎ましく、そしてほのかに香る花の様な甘い香り。
良い匂い、4号室はその一言で十分な程の部屋だった。これは中々期待出来るかもしれない。
千足「おや、東?」
部屋に入るとマグカップを両手に一つづつ持った生田目と遭遇した。特に警戒する訳でもなく、キョトンとこちらを見詰めている。
無警戒なのはこちらにとっても好都合だ。体が強張っていたのでは位置取りに苦労する。
千足「私に何か用かな? それとも桐ヶ谷?」
兎角「……二人共だな」
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18 : 2015/04/04(土) 22:15:37.60 -
話が早くて助かる。私は言葉が返されるよりも早く、生田目の体に密着した。
千足「な、何を——」
兎角「…………」
千足「んっ……!」
兎角「…………ふむ」
一通り嗅ぎ終わり、私は脱力した生田目を椅子に座らせた。ついでに落としそうになったマグカップも両手に保持する。
生田目からは牛乳とコーヒー豆の匂いがしたが、それはこのマグカップの中で湯気を立てているホットミルクとホットコーヒーを作っていたからだろう。
生田目自身から感じ取れたのは、薔薇の香りだった。
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19 : 2015/04/04(土) 22:21:54.21 -
情熱的な真紅の薔薇。イメージ通りというか、予想通りというか、何だか生田目のバックに薔薇の花を幻視しても全く違和感がないような気がする。
柩「あの、お二人は一体何を……?」
声がする方を振り向くと、寝室から顔を覗かせた桐ヶ谷を発見した。どうやら一部始終を見ていたのか、少し困惑の混じった眼差しを向けている。
兎角「別に何も。それより早く飲んだ方が良いんじゃないのか。冷めるぞ」
千足「あ、ああ、そうだ。桐ヶ谷、ホットミルクを作ったんだ。飲んでくれないか……」
柩「は、はい。頂きます……」
おずおずと私の手からマグカップを受け取る桐ヶ谷。
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20 : 2015/04/04(土) 22:29:57.37 -
そして、警戒が一瞬緩んだ隙を突いて私は素早く桐ヶ谷の背後へと回り込む。
兎角「…………」
柩「えっ、えっ? 何ですか……?」
兎角「……シャンプーの香りか」
思いの外、普通な匂いに少々拍子抜けしてしまう。
柩「あの、もしかしてさっきもこうやって匂いを……?」
兎角「ああ。生田目からは薔薇の香りがした」
柩「素敵な千足さんらしいですね。イメージにぴったりです!」
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21 : 2015/04/04(土) 22:36:34.56 -
千足「はは、何だか照れるな……」
兎角「……ん? この匂いは——」
桐ヶ谷にはまだ隠れた匂いがあった。入念に吟味し、私は遂にその匂いの正体の尻尾を掴んだ。
兎角「薬、か……?」
柩「!!」
千足「薬?」
兎角「ああ」
柩「あああ、あのっ!」
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22 : 2015/04/04(土) 22:43:31.49 -
びっくりした。いきなり大声を上げた桐ヶ谷が何だか慌てたように捲くし立てる。
柩「そろそろ夕食の時間ですよね? 良ければ三人で食堂に行きませんかっ? カレー御馳走しますよ! カレー!」
兎角「まだ早いだろう。それに、夕食は一ノ瀬と行く」
柩「くっ……!」
千足「薬……もしかして風薬か?」
兎角「いや、そういう感じじゃ——」
柩「そっ、そうなんですよ! 実は朝から少し体が怠くて……こほっ、こほっ」
急に咳き込みだす桐ヶ谷。どう見てもわざとらしい。
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23 : 2015/04/04(土) 22:52:37.16 -
しかし、生田目はそんな態度に心底心配そうな表情を浮かべ、桐ヶ谷に駆け寄ると姫君を助ける王子の様に小柄な桐ヶ谷の体を抱き上げた。
柩「ち、千足さん……!」
千足「これ以上悪化したら大変だ。今日はもう安静にしていよう」
完全に二人の世界が形成されてしまった。さっきまでの心地いい室内の香りが一気に甘ったるくなる。
柩「千足さん、ありがとうございます」
千足「気にしないでくれ。さ、寝室に行こう」
うぷ。糖度が一層増した。脳髄まで蕩かされそうだ。
これ以上は不味いと判断した私は、胸やけの酷い胸を押さえながら部屋を後にした。
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24 : 2015/04/04(土) 23:00:21.00 -
・5号室
兎角「……」
しえな「……」
兎角「…………」
しえな「…………」
普通。
剣持しえなの匂いを表す言葉はそれで十分だった。というか、この言葉以外では似たような表現しか思い浮かばない。
平凡、凡庸、無色、可もなく不可もなく、取り立てて挙げられる特徴がないというか、特徴がないのが特徴とでも言うべきなのか、とても感想に困るものだった。
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25 : 2015/04/04(土) 23:05:24.44 -
兎角「はあ……」
しえな「……いきなり何の用なんだよ東。どうしてボクの髪の匂いを嗅いで溜息なんかついてるんだよ」
兎角「存外、いや、思った通り、いや、予想の斜め下をいく結果だったから」
しえな「何で匂いを嗅がれただけでこんなに失望されなきゃいけないんだよ、腹立つな」
兎角「…………いや待て!」
しえな「!? な、何だよ、びっくりした……」
兎角「…………」
しえな「…………?」
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26 : 2015/04/04(土) 23:10:31.47 -
兎角「やっぱり普通か」
しえな「何なのこの人」
乙哉「たっだいまー! しえなちゃん居るー?」
丁度良くもう一人の標的がこちらに出向いてきた。剣持から察するに、あまり期待は出来ないので早々と済ませてしまおう。
乙哉「あれ? 誰か居——」
剣持のおさげを投げ捨て、標的が完全にこちらを認識するよりも早く、私は武智に肉迫して懐へと飛び込んだ。
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27 : 2015/04/04(土) 23:16:01.45 -
乙哉「わわっ、兎角サン……!?」
兎角「…………」
乙哉「えっ、何っ、アッ、やん……!」
一通り嗅ぎ終わって武智を開放すると、その場に力なく座り込んでしまった。
しえな「……何でこいつ、こんなに脱力してるんだ?」
兎角「さあ」
乙哉「ハァハァ……兎角サンったら、意外とテクニシャン……」
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28 : 2015/04/04(土) 23:21:50.17 -
しえな「で、武智の匂いはどうだったんだよ」
兎角「かなり意外なことに……花の良い香りがした」
しえな「はあ!? いやいや武智に限ってそんな乙女チックな匂いの訳ないだろ!」
乙哉「やーん、しえなちゃんったらちょっとひどい……」
確かにこの結果には私も少し疑問が残る。なので、武智の髪を一房手に取って再度匂いを嗅いでみることにした。
乙哉「何もおかしいことなんてないってばー。あたし、花を綺麗に活けられるくらいお淑やかな乙女なんだよ?」
しえな「本人の目の前で本人用の献花活ける奴のどこがお淑やかな乙女なんだよ!」
乙哉「えー、変な匂いなんてしないよねー兎角サン?」
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29 : 2015/04/04(土) 23:25:40.22 -
兎角「——何か、鉄臭さと生臭さが混じり合ったような匂いが奥から……」
しえな「やっぱりか! やっぱりオブラート以下の薄さの乙女の壁だったじゃないか!」
乙哉「あははっ、ばれちゃったかー」
しえな「そのサイコパススマイルをやめろぉっ! 台詞と狂気的に噛み合ってて怖いんだよっ!」
目的は果たした。剣持と武智が漫才に興じてる内に私は退出するとしよう。
武智「……それっ、お返し!」
私が部屋を出ようとすると、突然武智が背後から飛び掛かってきた。
そして、私の首筋に鼻を当てて、スンスンと匂いを嗅ぐ。
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30 : 2015/04/04(土) 23:30:40.60 -
兎角「…………」
乙哉「……あれー?」
しえな「どうしたんだよ?」
乙哉「いや、兎角サンカレー好きでしょ? だからてっきりカレーの匂いがするもんだと思ったからさ、ちょっと拍子抜けしちゃって」
兎角「!!」
しえな「いくらカレー好きだからって、体臭までカレーな訳——」
乙哉「あいたぁっ!」
しえな「!?」
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31 : 2015/04/04(土) 23:36:19.26 -
兎角「誰が! 世界カレー連盟のトップだ! ふざけるのも! 大概にしろ!」
乙哉「痛っ! 誰もそんなこと言ってな、あいたっ!」
兎角「それと! 私の好物は! カレーライスだ! 公式プロフィールにも! そう書いてある! ライスが重要なんだ! カレーだったら! 何だって好きだと思うな! こちとらアイスで! 痛い目にあってるんだよ!」
乙哉「わ、分かったから、痛い! も、腿の裏蹴らないで……いたぁっ!?」
しえな「…………」
兎角「このっ! このっ!」
しえな(早く出てってくれないかなあ、出来れば二人とも)
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32 : 2015/04/04(土) 23:41:42.97 -
・6号室
ゆったりとした雰囲気の中から感じ取れる上品な香り。
その匂いの元は言わずもがな、寮の備品ではない持ち込みの豪奢な家具に囲まれたこの部屋の主が作り出している。
純恋子「——何か用かしら? これから番場さんとお茶の予定なので手短に済ませてほしいのですけど」
ティーカップを片手に優雅な仕草で英純恋子はこちらを見遣る。
純恋子「しかし、そちらから乗り込んでくるとは思いませんでしたわ。真っ向からの対決ということかしら。良いでしょう、受けて立って差し上げます。小細工の無い純粋な力量での勝利ならばより明確に私が最強だということが——」
何だかよくわからないことを一人でうだうだと呟いている。まあ別に会話を求めている訳ではないので話の内容を理解することもなく——元より聞き流しているが——私は英に接近して万全な位置取りをする。
純恋子「——証明され、ひゃんッ!?」
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33 : 2015/04/04(土) 23:45:41.92 -
兎角「…………」
純恋子「なっ、何をしていますの……!?」
最初に感じられたのはやはりと言うか何と言うか、紅茶の香りだった。
私は紅茶に詳しい訳ではないが、気品に溢れた匂いから察するに英は日頃から相当高価な茶葉を使用しているのだろう。これが噂の英ブレンドと言うやつか。
純恋子「ふっ、ふふ。中々やりますわね、んっ! しかし、この程度で膝を屈する私ではありませんわっ。全力を受け止め、その上での完全勝利を実現さ、せて……あっ、み、みせますわ!」
英は特に抵抗も見せず、ただじっと耐えている。よく分からんがこちらにとっては好都合なので、私は引き続き匂いを嗅ぐ。
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34 : 2015/04/04(土) 23:50:21.19 -
兎角「…………」
純恋子「う、くっ……」
兎角「ん……?」
純恋子「やっ、んんっ……!」
兎角「…………何だこの匂いは。油か?」
純恋子「——え!?」
先程までの優雅な匂いとは一転、この場にはまるで似つかわしくない油のような匂いが私の鼻を突いた。
純恋子「そっ、そんな筈はありませんわ!」
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35 : 2015/04/04(土) 23:57:26.26 -
兎角「いや、私の嗅覚に間違いはない。本当に油の匂いがする。特に腕から匂うな、それも両腕」
純恋子「あ、ああ……英財閥の技術を結集して作り上げた消臭剤がこうも容易く……」
がっくりと項垂れる英。さっきから何かと忙しい奴だ。
真昼「は、英さん……?」
そこに、お茶会の約束で訪れたと思われる番場真昼が現れた。
真昼「あの……二人はどうしてそんなに密着して……?」
純恋子「え? あっ! ち、違いますの番場さん、これはっ……!」
他人に見られて今更気付いたのか、英は急に慌てふためき出す。その顔を言葉で表すなら、浮気現場を見られた妻とでも言うべきだろうか。何故そんな表情をしているのかは皆目見当もつかないが。
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37 : 2015/04/05(日) 00:29:08.19 -
一方の番場はこの光景に多少驚いているものの、不思議そうな目でただ見詰めているだけ。当たり前と言えば当たり前か。
そして、私はというと英の匂いは大方嗅ぎ終わったので、次の目標となる番場へと詰め寄る。
真昼「ひゃ……な、何ですか……?」
兎角「肩の力抜いて、別に何も心配しなくていい」
真昼「き、緊張するます……」
ふむ、番場の匂いはミントの様な清涼感を感じさせるものだった。白っぽいと言うか、透明感があると言うか、色素の薄い肌や髪を連想させる印象通りな匂いだと思う。
素直に良い香りだと思ったが、それよりも気になることが一つ。
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38 : 2015/04/05(日) 00:57:21.24 -
純恋子「はぁはぁ……番場さん、可愛い……」
荒い息遣いで欲望と羨望の混じった眼差しを向けて来るお嬢。頬を赤らめて目をぎゅっと瞑っている番場を見ている訳だが、何が奴をここまで掻き立てるのだろうか。
純恋子「私も是非、ああして番場さんとの蜜月を……でも、もしこの匂いを知られてしまったら……やっぱり、ああでもっ、いやしかし!」
またうんうんと一人で唸りだしている。本当によく分からん奴だな。
真昼「あの、大丈夫ですか……?」
英の様子が流石に少し心配になったのか、番場が英に近付き顔を覗き込む。
純恋子「番場さんと……ブツブツ……」
真昼「英さん……少し熱があるます……」
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39 : 2015/04/05(日) 01:00:40.04 -
純恋子「っ!?」
茶菓子をポリポリと摘まんでいると、番場が英の額に手を当てた。その瞬間、英の顔がカッと赤くなる。
純恋子「ば、番場さんが、上目遣いで、私に触れッ……!」
ボンッ、という音と共に崩れ落ちる英。機械みたいな奴だな。
真昼「きゃあっ、は、英さん!」
慌てふためく番場を尻目に、英の表情は何故か満ち足りたものだった。まさか英がこんなにも感情の起伏が激しい奴だったとは、何だか印象がガラリと変わったぞ。
それにしても、この茶菓子は中々美味いな。今度晴に食べさせてやったらあいつは喜ぶだろうか、等と考えながら私は茶菓子を口の中に放り込むと部屋を後にした。
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43 : 2015/04/05(日) 16:53:24.86 -
・廊下
兎角「さて……」
陽は徐々に落ち、約束の時間は迫りつつある。
ならば、私が向かうべき場所は唯一つ。
兎角「——戻るか」
鳰「ちょおっ! 待つッス待つッス!」
1号室に向けて歩き出そうとすると、7号室から走り鳰が転がり出てきた。
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44 : 2015/04/05(日) 17:00:54.87 -
兎角「……何だお前は」
鳰「何だじゃないッスよおおお兎角さーん。2号室から順に来たら最後は7号室っしょ? そこは」
どうやら私の動向を最初から監視カメラ越しに見ていたらしい。案外暇なのか、こいつ。
兎角「いやお前の匂いならもう知ってるし」
鳰「いやいやっ、伊介さんや武智さんにも普通に接してたじゃないッスか! ウチからも腐った海の匂いなんかしないッスよおおお」
構ってちゃんここに極まれり。本当に暇なんだな。
鳰「どうしたんスか? ん? 匂い、嗅がないんスか? ん? ん?」
兎角「……それ以上近付くな」
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45 : 2015/04/05(日) 17:03:23.11 -
鳰「遠慮なんかしなくていいんですよー?」
兎角「いや本当に、うっ! げほっ」
鳰「?」
兎角「かはっ! 待て本当にそれ以上は——!」
鳰「ど、どうしたんスか!」
兎角「うぐっ! 本当にキツ、げほっげほっがはっ!」
鳰「え、ちょっと——」
兎角「ぐおっ! 目に染みる程にッ!? ごほっごほっ! がっは! げほぉっ! う、おぇ——」
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46 : 2015/04/05(日) 17:10:43.50 -
鳰「…………」
兎角「悪かった悪かった」
これ以上時間を浪費するのはよろしくない。面倒事はさっさと済ませてしまおう。
兎角「…………」
鳰「お、やっとその気になったッスか?」
走りの匂いを嗅ぐと、何故か甘ったるい匂いがした。この匂いの正体は——。
兎角「……何か砂糖みたいな匂いがする」
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47 : 2015/04/05(日) 17:16:18.98 -
鳰「ちょ、砂糖菓子の様に純情可憐で才色兼備な鳰ちゃんの匂いなんて、照れるじゃないッスか~」
兎角「微塵もそんなことは言っていない。どう考えてもプチメロンパンの匂いだろ」
ふざけた妄言を一蹴すると、走りはバレたかとでも言う様に舌をペロッと出して二ヒヒッと笑った。
鳰「ま、プチメロはウチの主食ッスからね~。むしろ朝昼晩毎日プチメロしか食べたくないくらいッスよ!」
兎角「でもお前、この間食堂でハンバーガー食べてなかったか?」
鳰「え——」
刹那、周囲の空気、そして走りの表情が一瞬にして凍り付く。
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48 : 2015/04/05(日) 17:28:29.56 -
兎角「…………」
鳰「…………」
兎角「……このことは、プチメロに報告させてもらう」
鳰「なっ、ちょ、ちょっと待ってくださいッス! もしプチメロに見限られでもしたら、ウチ、ウチ……」
兎角「何も問題なんてないだろう。お前にはハンバーガーが居るんだから」
鳰「そ、そんな……」
兎角「このことを耳にすれば、同じプチシリーズのプチアンパンやプチマロンパンも黙ってはいないだろうな」
鳰「あ、あぁ……」
兎角「因果応報だ。自分の罪を潔く受け入れろ」
鳰「い、いやあああぁあぁぁあぁああ————!!」
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50 : 2015/04/05(日) 22:16:54.91 -
・1号室
晴「あ、おかえりなさい兎角さん」
陽はすっかり傾き、1号室に戻ると暖かな笑顔と共に晴が出迎えてくれた。
晴「お風呂の準備出来てますよ。あ、先に夕御飯食べに行く? そ・れ・と・も——」
もったいぶる様に言ってから晴は、
晴「——わ・た・し?」
晴の背中越しにテレビの音声が聞こえてくる。音と時間帯から察するに、晴が毎週見ているドラマの筈だ。内容は今時古臭いコテコテの恋愛モノ。
だからこんなことをしたのだろう。すぐに晴は悪戯っぽく笑った。
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51 : 2015/04/05(日) 22:20:17.61 -
晴「えへへ、なんちゃって」
兎角「——じゃあそれで」
晴「えっ……?」
呆けた声を上げる彼女の華奢な体を抱き寄せる。
特に抵抗することもなく、晴は私の腕でやんわりと包み込まれた。
そうすることで彼女の持つ暖かさと柔らかさ、そしてひなたの匂いを感じる。
心安らぐ良い香り。今までの人生で感じたことのない、何物にも代えがたいものだと改めて実感する。
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52 : 2015/04/05(日) 22:26:02.84 -
晴「珍しいね、兎角さんからこうしてくれるの」
兎角「嫌だったか?」
晴「ううん、全然! むしろ嬉しいよ」
そう言って、晴は顔を私の首筋に摺り寄せて来る。
晴「前に良い匂いって晴のこと言ってくれたけど、晴は兎角さんも良い匂いがすると思ってるよ」
兎角「私が、良い匂い?」
晴「うん。晴好きだなあ、兎角さんの匂い……」
自分がどんな匂いかなんてあまり考えたことはなかった。自身の体を嗅いでみたって無臭というか、香りと呼べる程のものが実感出来なかったから。
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53 : 2015/04/05(日) 22:29:36.84 -
兎角「どんな匂いなんだ」
晴「えっと、言葉にするのは難しいなあ。でも、嗅いでると落ち着くというか安心する感じ、かな」
晴の言葉通りなら、私の匂いは私にとっての晴の匂いと似ているらしい。
私からそんな匂いがするとは到底思えないが。
兎角「……犬みたいだな」
私の胸元で上機嫌に顔を摺り寄せる晴を見て、ボソリと呟く。晴に尻尾があったら、きっと左右に激しく振り回しているところだろう。
晴「ふふっ、わん!」
私の言葉に便乗して犬の鳴き真似をしながら更にじゃれついてくる晴。柔らかな毛先が鼻先に触れてくすぐったい。
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54 : 2015/04/05(日) 22:37:23.60 -
そんなことをしていると、晴から空腹の音が鳴った。もう夕食時なのだから無理もないが、晴の頬には薄く朱で染まる。
兎角「先に夕食にするか」
晴「う、うん。そうだね」
そして、私は晴と一緒に食堂へと向かう。
隣にひなたの匂いを感じながら——。
晴「——ところで、兎角さん。用事は済ませられた?」
兎角「え? あー……」
当初の目的。何だかすっかりおざなりになってしまった感がある。
しかし、例えば様々な派生品のカレーライスを味わった後にシンプルなカレーライスを食してその良さが改めて実感出来るように、今もまた様々な匂いを通じてひなたの匂いの良さを再度実感出来たので、別にいいかと思う私なのであった。
終わり
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