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1 : 2015/07/16(木) 01:22:24.84 -
榛名「提督、お体の調子はどうですか?」
提督「大丈夫。良好だ。看病にわざわざ来るほど大げさなものではない」
榛名「しっかり寝てないといけません! 微熱とはいえ、こじらせたりしたら大変ですから」
提督「榛名は心配性だ。でも、そうだな、なんだか俺はもうじき死ぬ気がするよ」
榛名「風邪になると弱気になるものです。おかゆを作ってきました。榛名が提督に食べさせます。あーん」
提督「熱いものは苦手だ」
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1436977334
ソース: http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1436977334/
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2 : 2015/07/16(木) 01:22:59.71 -
榛名「大丈夫です! ちゃんとふーふーしました。提督、あーんです!」
提督「………分かったよ。あーん。熱い! おい! 熱いままだぞ」
榛名「そうですか。では、口移しで」
提督「やめろ、やめろ。自分で食べるから、スプーンを渡してくれ」
榛名「仕方ありません。では、榛名はその間に林檎を剥いています」
提督「ああ、そうしてくれ。あむ。美味しいよ」
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3 : 2015/07/16(木) 01:23:49.61 -
榛名「はい。剥けました。あーん」
提督「シャクシャク。ナイフの扱いも器用になったものだな、榛名」
榛名「この鎮守府の初めから秘書艦としてずっと提督の身の回りの世話をしてきたのです。これぐらいは」
提督「………そうだったな。榛名には感謝している。ありがとう」
榛名「ふふふ。急にどうしたのですか?」
提督「いや、絶好の機会に思えてな。これを逃すと後悔しそうだ」
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4 : 2015/07/16(木) 01:24:48.70 -
榛名「末期の清算みたいです。提督は榛名のことを大げさと言いましたが、あなたも大概ですよ」
提督「大げさではない。むしろ小さすぎる。榛名がいてくれたからこそ、この今の穏やかな時間を過ごせるのだから」
榛名「流石にそれは過大評価です。面映ゆいです」
提督「榛名、俺は不思議な気持ちだよ。自分の人生を振り返ると、大半はどうしようもないゴミだが、ここぞという重要な所でなんとか救われているような、奇妙なバランスで、よくぞここまで生きてこれたかのような」
榛名「提督、それは誰もが感じることですよ。人生の分岐点を見つけてあれがなければ今の自分は生きていないだろうという感覚。単なる後付けの感傷なのかもしれませんが、それが運命というものなのでしょう」
提督「そうか。ならば、俺にとって榛名は運命の相手だということだな」
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5 : 2015/07/16(木) 01:54:53.27 -
榛名「もう! 今日の提督は大げさ過ぎます!」
提督「だから大げさなわけないだろ。榛名がいなければ俺は生きていなかったかもしれない」
榛名「それは」
提督「丁度いい。思い出話でもしようじゃないか」
榛名「思い出ですか?」
提督「そうだ。あれは俺が断崖絶壁から身投げした時の話だ」
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6 : 2015/07/16(木) 01:56:00.12 -
提督「当時の俺は戦果をあげることができない万年へっぽこ提督だった。資材を備蓄し装備を整えて戦略を練ってもパッとしなかった」
提督「才能がなかったんだろう。何をしても上手くいったという手応えを得られなかった」
提督「しかし、それに気づくのが少し遅かった。もはや引き返せないといった状態だった」
提督「そんな時そこにお誂え向きの断崖絶壁があった。口を開いた暗闇は俺にとっての誘蛾灯だった。ふらふらと意志せずとも引き寄せられていって、改まった覚悟もなく、何気なく飛び降りた」
提督「それが自殺だと気付いたのは飛び降りた後だった。しかし、その時の俺はもうそれでも良いと考えていた。鎮守府には少なくとも俺より優秀な提督が新たに着任するだろう。俺の人生はこの幕切れで満足するとしようってな」
提督「そんな時だった。榛名、お前が現れてくれたのは」
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7 : 2015/07/16(木) 03:46:10.32 -
榛名「あの時はなんと言いますか無我夢中でした。提督が飛び降りたのを見て、自殺なんて馬鹿な真似はやめさせないといけないという衝動で、後を追ったのです」
提督「まさか後追いしてくる奴がいるとは思わなかったよ」
榛名「そこで最初は言い争ったものです。私は命を粗末にしないでくださいと言って、提督は私には未来があるのだからこんな無益な説得なぞするなと言ってきましたね」
提督「俺は生き続けてもきっといつまでもうだつがあがらない人種だった。そんな俺の自殺に榛名を巻き込んでしまった形になったんだ。俺に罪悪感が芽生え、それを怒りとして榛名にぶつけるのはお門違いと知りつつもせざるを得なかった」
榛名「私からしてみれば、説得にかけつけたら、いきなり怒鳴られたという事態だったわけです。そうなると、こちらも何だかムカムカしてしまい語気を強めて引くに引けなくなりました」
提督「最後は既に身投げして自由落下の身分、重力の囚人だ、今更どうにかしようなんて権限はない。言い争うだけ無駄だとなり、争いの終止符はうたれた」
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8 : 2015/07/16(木) 03:47:14.59 -
榛名「お互い言い争いで精神的疲労が溜まっていました。だから、布団に潜ってその夜は提督と抱き合って眠りましたね」
提督「ああ、精神だけは活発でまだまだ冴えていたのだが、まぶたが勝手に下がるような疲労感だった」
榛名「その翌日に目が覚めると傍らに通信機がありました。調べてみると鎮守府に繋がっているようでした」
提督「布団や通信機の中にも自分の存在意義を疑い自殺したくなるものもあるかと思い俺は余り気にとめなかったが、榛名はしきりに俺にその通信機を任せようとしてきたな」
榛名「はい。人生は諦めてはいけないからです。やり直すのに遅すぎるなんてことはないと思いました」
提督「いくらなんでも遅すぎると取り合わなかったが、余りに榛名がしつこかったし、それに落下の暇を持て余していたから、しぶしぶ榛名の言う事に従った」
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9 : 2015/07/16(木) 03:48:12.47 -
榛名「提督と秘書艦がいれば、そこはもう鎮守府です。新しい鎮守府ライフのスタートでした」
提督「俺は提督業から逃れるために飛び込んだのに、そこでどうして執務をまたしなければならないのかと不満だったが、することもないしヤケクソ気味だったがな」
榛名「しかし、あの時提督の指揮は素晴らしかったです。作戦のおかげでそこの鎮守府は多大な戦果をあげることができました」
提督「なんたって自殺中の身だ。何も恐れるものもない。気楽なもんだ」
榛名「それが良かったのかもしれませんね。その前の提督は少し気負いすぎていましたから」
提督「能力を発揮するには緊張をほぐす必要があり、そのために効果的なおまじないは自殺だったというわけだ。何ともひどい話だ」
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10 : 2015/07/16(木) 03:49:07.84 -
榛名「向こうの鎮守府の提督はとても感謝していました。その海域を攻めあぐねていて、何かいい作戦を立案しようと連日不眠不休だったようでしたから」
提督「正体不明の通信から提案された作戦をよくもまあ実行に移したと思う。睡眠不足で冷静な判断力を欠いていたんだろうな」
榛名「どうしてあんなに見事な作戦を立てられたのかしきりに不思議がっていましたよ」
提督「それは俺も聞かれた。でも、答えなんて俺にもわからん。だから、答に窮した俺は「自殺したから」と言うしかなかった」
榛名「向こうの提督は不機嫌になっていましたね。馬鹿にしやがって俺に死ねとでも言ってるのかといった具合でした」
提督「そう言われても、それが事実なのだから仕方ない」
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11 : 2015/07/16(木) 03:50:21.51 -
榛名「強く通信が切られたかと思うと、また別の鎮守府に繋がりました」
提督「そこでも同じように作戦を伝えた。何故か直観的にそこに必要な作戦が理解できた。きっと自殺によって死を身近に感じることで何か超常的な視座を得たのだろうな」
榛名「そこでも前の提督と同じようなやりとりをしてましたね」
提督「仕方ないだろ。それしか言えないんだから」
榛名「でも、提督もそのうちノリノリになったじゃないですか」
提督「まあな。何も事情を知らないはずの俺から突然そこの当人より正確な作戦を提案してみせて、不思議がる相手に自殺者であることを伝えて怒らせる。からかいがいがあって楽しみをそこに見出すのに時間はかからないさ」
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12 : 2015/07/16(木) 03:51:48.89 -
榛名「そんな遊びをしばらく続けていると、次は書類がやってきました」
提督「資材運用の見積書やら艦種の育成計画書やらだったな」
榛名「楽しげに通信端末を握っていた提督は途端に嫌な表情を見せたのを覚えています」
提督「そりゃあ、適当に電話口で好き勝手言うのとはわけが違う。しかも、どこか名も知らぬ鎮守府のものときた。面倒に思って当然だ」
榛名「ちょうど落下している机と筆があったので、座ってもらいました」
提督「確かに面倒だとは思ったが、よその運営方針や育成計画に口出す快楽というのもあった。自分の鎮守府の書類より楽しさがあった」
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13 : 2015/07/16(木) 03:53:11.93 -
榛名「完成した書類は次々とどこからか吹く風にさらわれていって、またその風が新たな書類を届けてきました」
提督「学生時代に戻った気分だったよ。試験の控えている勉強は楽しくないのに、ただ自分の趣味としての独学は楽しいのと同じだ。執務も趣味になれば楽しいものだ」
榛名「あの時の提督の熱中っぷりは榛名も初めて見ました。目の前の書類のみに集中して素早く判断を下し処理していく様はそれ以前の提督とは明らかに違っていました」
提督「何か別の心配ごとに気を揉む必要もないし、時間を意識する必要もないからな。全意識を書類に向けることができた」
榛名「榛名もお手伝いしようとしましたが、許してくれませんでした。私も暇だったのに」
提督「それは悪かったよ。へそを曲げられて俺もあの後のフォローが大変だった。今はもうちゃんと榛名にも仕事が分担されているだろ? 拗ねないでくれ」
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14 : 2015/07/16(木) 03:54:56.49 -
榛名「私たちはこの新しい鎮守府で、他の鎮守府をサポートして、色々な功績を残しました」
提督「その結果、有名になって本部から特別に勲章を授与されることになった。身投げ前の俺では到底考えられないことだ」
榛名「提督のために式典が催されるようですね。招待状が届いています。どうしますか」
提督「どうしますって、お前、俺らは動けないんだぞ。最近は家具も不自由なく生活にも潤いがあるから忘れているかもしれないが」
榛名「もちろん忘れていませんよ。でも、突然に連絡してきて的確な助言を与えてくる姿を見せない謎の提督ということで、提督のことを知りたいという好奇心が人々のうちにあるようですよ」
提督「興味がないな。今のままで十分だ。自殺のおかげで、以前の金や名誉への欲求というのはもはやない。人生が自殺の渦中なら良かったのにな。そうしたらもっと早くにこの幸福を知ることができた」
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15 : 2015/07/16(木) 03:55:35.09 -
榛名「ふふふ。命を粗末にするそんな真似は榛名が許しませんよ」
提督「命を粗末だって? 冗談だろ。俺は飛び降りたこの数ヶ月か数年かこそ最も充実して生というものを謳歌できた」
榛名「そうですね。それは榛名も同じです。きっと自殺こそ生を知る最たる手段だったのでしょう。殺す対象そのものを見つめなければ達成できない行為ですから」
提督「それにしても不思議なことが一つある」
榛名「なんですか?」
提督「いったい俺たちのこの状況は何なんだ?」
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16 : 2015/07/16(木) 03:56:49.36 -
榛名「………そうですね。これは走馬灯なのかもしれません」
提督「死ぬ前に過去がフラッシュバックするっていうやつか。馬鹿らしいな。俺はこんな過去を持った覚えはない。反対に現状は輝かしい未来が開かれたといった感じだ」
榛名「私が思うに走馬灯というのは、その人生の過去を清算するというものなのだと思います。そしてそれに納得して死を迎えるといった」
提督「それだと、ますます俺たちと走馬灯とは関係ないんじゃないのか」
榛名「いいえ、だから走馬灯が人生を清算するものだとしたら、中には過去だけでは採算が取れないものもあるんじゃないかって思います」
提督「過去だけではって。これは未来を見せる走馬灯とでも言いたいのか。俺たちの生活は全て幻覚だと?」
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17 : 2015/07/16(木) 03:58:20.58 -
榛名「いいえ、そうではありません。これらの書類や勲章、執務室はどう見ても現実のものだと思います。おそらく、これは走馬灯の回想時に十分な過去を用意するための現象なのでしょう」
提督「人生に納得させて死なせる処置とは随分と優しい機能だな」
榛名「私たちが世界を誤解しているだけで、実の世界はとても親切なのかもしれませんね」
提督「そうなると、俺が、いや榛名もか、俺たちがもうすぐ死ぬという感じは嘘ではないようだな。俺たちは思い出話として既にそれを回想してしまったのだからな」
榛名「そうですね。死は近づいています。榛名にも分かります」
提督「ならば、後悔をないようにしないとな」
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18 : 2015/07/16(木) 03:59:27.26 -
提督「ずっと気がかりだったことがある。お前は良いのか? 俺の自殺を止めるために結局は心中みたいになってしまった。お前には悪いことをしたと思っている。責めるなら今のうちだ」
榛名「おかしな話ですね。心中が嫌なら、提督を責めて心残りをなくなるようなことはできませんよ。でも、安心してください。提督を憎く思ったことはありません。むしろ提督と一緒に死ねるならば、私の死に方としてはこれ以上望むべくもありません」
提督「そうか。密かにお前は俺のことを憎んでいるのではないかと疑問だった。今更関係を気遣って建前も言わないだろう。少しだけ安心できたよ」
榛名「では、提督も榛名の質問に答えてくれますか」
提督「なんだ? 俺も今更本心を隠すつもりはない」
榛名「提督は榛名のことを愛してくれますか?」
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19 : 2015/07/16(木) 04:00:37.25 -
提督「それは………」
榛名「もちろん一人の女としてです。これを聞かずして死ぬわけにはいきません」
提督「そうか。………そういえば、ずっと一緒にいたわりにはそのことに関しては、ほとんど確認しあったことがなかったな。いや、そばにいたからこそか」
提督「愛しているよ。俺は榛名のことを愛している」
榛名「………嬉しいです。今までは怖くて聞くことが出来なかったことです。なんだか、涙が出てきちゃいました………」
提督「………空がどんどん遠のいていく。落下の最終刻限が近いようだ」
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20 : 2015/07/16(木) 04:01:28.91 -
榛名「あの提督、抱きしめて貰っていいですか………?」
提督「ああ、もちろんだ」
榛名「………暖かいです」
提督「榛名、俺は自分の気持ちを伝えた。今度は榛名の番じゃないのか」
榛名「そうでしたね。すみません。………すう、はあ」
榛名「榛名も提督のことを愛しています!」
叩きつけられる強い衝撃。
おわり
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