-
1 : 2015/05/20(水) 23:44:11.43 -
地の文。安価有り。捏造、独自設定マシマシ。遅筆。
以上がOKで、お暇な方。もう暫くの間、お付き合いしていただければ。
前スレ
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1425468153/前スレで出た艦娘
1.吹雪
2.磯風
3.赤城
4.球磨
5.秋月
6.春雨
7.鳥海
8.古鷹
9.五月雨SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1432133041
ソース: http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1432133041/
-
7 : 2015/05/29(金) 20:03:42.06 -
たしかにすごいよな
1スレ丸々使って、
艦娘「提督、わかってよっ!!」
これだけなんだもんな。全然進んでねぇ。
会話にもなってねぇ。 -
17 : 2015/05/31(日) 17:53:24.22 -
予想以上に足柄さんが書きづらくて戸惑っております。
もう少々お待ちくださいホントすいません。 -
27 : 2015/06/01(月) 21:24:11.71 -
利用者層は被らないと思っていたんですが、あれー?
渋にはロクなの置いてないですよ。
-
49 : 2015/06/08(月) 02:48:12.63 -
早くしますとか言ったの、誰。
推敲後、明日中には。 -
52 : 2015/06/08(月) 14:40:10.90 - 遅くなりました、まもなーく。
-
56 : 2015/06/08(月) 15:18:13.53 -
第一、何が誤算って、ここにくるまでオコトワリ勢もLOVE勢も、一回も出てないって事なんですよ。
ごめんなさい、始めまーす。 -
57 : 2015/06/08(月) 15:19:16.00 -
牙が、欲しかった。彼女らのような、牙が。
-
58 : 2015/06/08(月) 15:19:54.88 -
10.足柄
-
59 : 2015/06/08(月) 15:20:44.91 -
じゃじゃ馬、という言葉がある。
いやじゃいやじゃと言うことを聞かない『邪邪馬』。
そんな辺りが語源らしい。
転じてはね馬だとか暴れ馬なんかを意味し、そこから利かん気娘を指すようになったのだとか。おてんば、という何となく意味が似ている気がする語も、一説には、江戸時代の宿駅で公用に使われた馬を御伝馬と言い、この御伝馬が他
の馬より充分に食料を与えられていたため元気に跳ね回った事から、活発な女の子をおてんば、というようになっただとか言う。
共通点は、一般的にどちらも女性をイメージする言葉であるということだが。五月雨「あ、足柄さん! ちょっと、ちょっと待って下さい!」
提督「ん」
-
60 : 2015/06/08(月) 15:21:19.12 -
書類の山に一区切り。
小休憩も兼ねて執務室を出て、しばらく歩いた廊下の先で焦り声を耳にした。足柄「だーいじょうぶよ。すぐに汗の処理もするし、兵装だって煤が付いてるだけだから」
五月雨「そ、そういう事じゃなくって! あ、もう、ちょっと!」
声の主は先ほど部屋を出た五月雨、そして足柄か。
曲がり角の先から聞こえてくる声に、ぱたぱたと忙しない足音も混じる。
音の軽さからそれは五月雨のものだろうが、それはそれとして聞き逃せない文節が聞こえた気がする。提督「兵装に煤、って……」
状況は限られている。
艤装は言うまでもなく武装だ。
勿論、飾っているだけのものでは無いにせよ、置いておくだけで煤が付くわけがない。 -
61 : 2015/06/08(月) 15:22:27.66 -
砲撃か、被弾か。
どちらにせよ暴発と言う可能性を除けば、準戦闘行為以上の事が無ければ炭素屑が発生しようがない上に、その炭素屑を付着させているのはよりにもよっての足柄である。
『餓えた狼』こと妙高型重巡3番艦の足柄である。提督「足柄め……」
あり得る。
十分あり得る。
あのじゃじゃ馬、いや、じゃじゃ『狼』ならば十分すぎるほどにあり得る。確かに業務は休み、思い思いに過ごせと流した。
言葉の欠如に関しては俺が悪い。
が、それでも、兵装まで持ち出そうとは、場合によっては対応も考えねばならない。 -
62 : 2015/06/08(月) 15:23:06.03 -
声の距離から考えて、そう遠くでもない。
そろそろ鉢合せるだろうと見積もり、角で待ち伏せる。五月雨「ですから、足柄さ……わあっ、提督!?」
そしてその目算は正しく、ほどなく壁の影から五月雨の青い髪が覗き、続いて手を体の前に突っ張った五月雨自身が現れた。
その手の先に足柄がいるのだろう。曲がり角の先にまさか俺がいるとは思わなかったのだろう、俺の顔を見つけた五月雨は大きく目を見開く。
こちらを向いたその頬には先ほど見た焦げ跡は見つからず、方法はわからないがきちんと加療は受けてくれたようで、一先ずはそれに安心する。
さて、それじゃあ次はと、口を開いた。 -
63 : 2015/06/08(月) 15:23:45.57 -
提督「五月雨、ちょっと」
五月雨「ダ、ダメェッ! ダメですっ!」
提督「足柄も話を聞かせぇぶっ!?」
しかし、こちらを向いた五月雨は何を考えたか悲鳴を上げた。
そして何やら顔を赤くした彼女は、身体の前面に突っ張っていた両腕を俺の方に伸ばし、次の瞬間、俺の視界が真っ暗に閉ざされた。
咄嗟の事で何が何だかわからないが、口ももごもごと上手く動かない。足柄「あら、提督。丁度良かった」
提督「ふぁ、ふぁひがら?」
五月雨「あら、じゃありませんよ、足柄さん!」
-
64 : 2015/06/08(月) 15:24:38.81 -
顔面全体を温く柔らかいものに圧迫されているようで、開いたままの口では上手く音を紡げない。
上半身も何やら前かがみにさせられ、更には頭全体が何かそれなりの太さの物にがっちりと固定されている。五月雨「だから言ったのに! ちゃんとして下さいって言ったのに!」
足柄「別にいいじゃないの。何が減るわけでもないし、涼しいし」
五月雨「ですから、そういう問題じゃないんですって!」
先の言い争いの続きなのだろうか、足柄と五月雨の声は俺などそっちのけでやり取りを続ける。
五月雨は相当語調を強くして足柄の何かを批判しているようだが、足柄はそれを意にも介していない様子。
どうやら話し合いは平行線のまま、ずっとこの調子で廊下を進んできたようだ。
それにしても五月雨の声が聞こえるたび、やたらとその振動が俺に伝わるのは何なのか。 -
65 : 2015/06/08(月) 15:25:25.44 -
五月雨「とにかく足柄さんは——!」
提督「は、はみだえ。ひょっと」
五月雨「——ひぅっ!? ちょ、提督、喋らないで……っ!」
尚も抗議を続ける五月雨に、とりあえず呼びかける。
すると、眼前の暗闇が、もぞ、と蠢いた。
同時に、耳元で聞こえる五月雨の声も揺らぎ、顔面に感じる熱もほんのりとその温度を上げた。……状況から考えるにこれは。
-
66 : 2015/06/08(月) 15:25:58.38 -
足柄「どーでもいーけど、五月雨ちゃん。提督、苦しそうよ?」
五月雨「し、仕方ないですっ! 足柄さんが私の言うこと、聞いてくれないんですからっ!」
足柄「私のせいなの……?」
五月雨「そーですっ!」
-
67 : 2015/06/08(月) 15:26:52.32 -
どうやら俺の推測は正しいらしく、確かに後頭部からがっちりと顔面を押さえつけられているこの状態では、あまり吐くも吸うも自由でない。
正直、鼻がつぶれ、口も思い通り動かないこの状況。
なかなかに息苦しいし、ついでに言えば体勢も辛い。
近くの五月雨に、なるべく腕が当たらないようにばたばたと身振りのみで抗議の意を示すが、どうやら彼女に俺の意図は通じていないらしく、更に頭部への締め付けがきつくなっただけだ。五月雨「ですから、足柄さんは早く部屋に戻って下さい! 艤装のお手入れとかは、私がやっておきますから!」
足柄「大丈夫よ。装備の手入れは自分で出来るから」
五月雨「でーすーかーらーっ!」
肺に蓄えられた余剰酸素によるガス交換も、そろそろ限界だ。
確か五月雨は艤装を装着していなかったと思うが、にも関わらず俺の拘束は一向に解けない。
呼吸困難の焦りと苦痛から、頭に回された腕を掴んでも五月雨「ダ、ダメです! ダメですからね、提督っ!」
-
68 : 2015/06/08(月) 15:27:31.06 -
そう言って五月雨は普段以上のポテンシャルでもって、俺の力に抵抗して一層締め付けを強くする。
五月雨がこうまで冷静さを失っている理由は、十中八九、一緒にいる足柄にあるのだろうが、正直こちらもそれどころではない。
何だか段々後頭部が痺れてきて、ついでに末端の感覚も鈍くなってきた。五月雨「後で装備の手入れしたら、ちゃんと部屋に戻るから。だから先に、ね?」
足柄「それが、ダメなんですー!」
そしてここに至って、更に拘束力が強化される。
最早こうなっては仕方がない。
緊急避難だ、許せ、五月雨。 -
69 : 2015/06/08(月) 15:28:16.19 -
五月雨「んひゃぁっ!?」
背に腹は代えられないと腹を括り、布越しに思いっきり空気を吸い込む。
ギリギリまで絞られた肺胞全てを満たすには到底足りないが、とりあえずのエネルギーの確保は達成された。
そしてその副次的効果として五月雨「提、督っ。お願……っ、息、吸わないで、下さ……っ」
死ねと言うのか。
冗談じゃない。
悪いが五月雨の抗議を無視し、もう少しだけ呼吸を進める。
すると、眼前の暗闇の濃度が薄まった。
が、それでも視界の九割を占めるのは黒。
黒い布地、恐らく五月雨のセーラー服の襟の部分辺りだろう。
その辺りに頭を埋めていた、そう信じたい。五月雨「ダメっ、提と……っ!」
-
70 : 2015/06/08(月) 15:28:51.29 ID:JoNOniy/O -
>>68
これ逆だよな
足柄がダメなんですーとか言ってて吹いたわ -
71 : 2015/06/08(月) 15:28:59.66 -
提督「だぁぁああーっ!」
五月雨「あっ!?」
とりあえずのエネルギーの確保は達成され、そしてその副次的効果として五月雨の弱体化にも成功。
妙に艶っぽい声音を上げた五月雨の腕を、気合の一声と共に強引に振りほどき、すぐに後方に一跳び下がる。
再び拘束されでもしたら、次こそ無事の保証はない。足柄「おぉー」
少し離れたところで足柄の感嘆の声が聞こえる。
そのもう少し手前で、顔を真っ赤に染め上げ、潤んだ半眼でこちらを睨む五月雨。
その目に溜まった涙は先程のようなブラフでは無くどうやら天然物のようで、両腕で肩を抱きふるふると震えている。
だがこちらとしても、その目付きには断固として物言いを付ける。
俺にも非があるかもしれないが、五月雨も悪い。
悪いったら、悪い。 -
74 : 2015/06/08(月) 15:30:05.01 -
>>70
あ、ホントだ。ごめんなさい。 -
75 : 2015/06/08(月) 15:30:56.95 -
五月雨「て、提督……っ」
提督「俺が悪かった」
声を震わす五月雨に、即座に白旗を挙げる。
いかんせん、彼女がその両の腕でもって守っている箇所が良くない。
確かに脱出方法は悪かった。
いや、最低と言ってもいいかもしれない。
が、あの場面で他にどうすれば良かったというのか。
そしてこれからどうすれば良いというのか。五月雨「う、うぅ~」
-
77 : 2015/06/08(月) 15:31:44.65 -
奥歯を噛み締めながら呻き声を上げ、睨視を解く気配のない五月雨と向かい合い、考える。
これ以上、下手は打てない。
いきなりフロントヘッドロックじみた拘束方法を試みた五月雨も五月雨だが、その事で彼女を責めるべきではないことくらい、流石にわかる。
結果はどうあれ、五月雨に悪気はなかったに違いない。
なら、話を逸らしてやるのが無難か。提督「そうだ、五月雨」
五月雨「……何ですか」
提督「えっと……そうだ。きちんと入渠してくれたんだな、安心したよ」
-
78 : 2015/06/08(月) 15:32:25.35 -
出来るだけ自然に、出来るだけゆっくり、出来るだけにこやかに。
以上の三点を心掛けて、五月雨に話題を振ってやる。
このまま世間話的な流れに持ち込めれば、重畳だ。五月雨「あ、はい。あの後すぐに、入渠して」
俺の『安心』という単語に毒気を抜かれたのか、五月雨は、ふ、と肩の力を抜いた。
こういった時に毎回思うが、本当にいい娘だ。
相手の好意に素直に反応することが出来る。
いきなり事を収めるのは流石に出来なかろうが、この分ならそれも難しくなさそうか。五月雨「入渠、して……」
が、五月雨は何やら、入渠、という単語を再度繰り返し、更に何を思ったか自分の胸元に視線を落とした。
そうして数秒、再び五月雨の肩が小刻みに震えだす。五月雨「て、提督……なんで私が、入渠したってわかって——」
提督「あ」
-
79 : 2015/06/08(月) 15:32:59.41 -
下手を、打った。
良い匂いだった。
付け加えれば微妙に湿気を感じた。
だから明石に治してもらったんじゃないな、と直感的に結論付けてしまった。
更に言えば、とぼければよかったのに相槌まで打ってしまった。
取り返しは効くまい。五月雨「て」
五月雨の口が大きく『え』の形に開かれ、それとは真逆に普段くりくりとした目が水気に潤む。
顔色は、白くなったり青くなったりを僅かな間で繰り返し、最終的には発光せんばかりに赤くなった。
頭上には錯覚でなく、湯気が見える。最初期組である付き合いの長さか、彼女の頭の中で何が渦巻いているのか、何となくわかってしまう。
先程、執務室から辞す前に五月雨自身が言った言葉、そして今さっきまで俺にしていた行動の意味と結果、そしてたった今の俺と五月雨の会話が、彼女の中でぐるぐると渦巻き、結果、オーバーヒートを起こしかけているのだろう。
五月雨「て」
-
80 : 2015/06/08(月) 15:33:47.77 -
もう、為す術はない。
今はとりあえず彼女を見送ろう。
そしてお互いの頭が冷めた頃、もう一度話し合おう。
多分それが一番いいし、多分それしか無い。
今はそうしてもらった方が、若干ではあるが好都合だし。そう諦めた俺の目の前で、五月雨は目一杯に息を吸い込み、
五月雨「提督の、ばかぁああーーっっ!!」
あらん限りの声量でもってその言葉のみを吐き出して、それをそのまま推進力にしたかのような猛烈な速度で、彼女が来た方向へと再び駆けて行ってしまった。
その速度たるや、昨日の春雨のそれよりも早いかも知れない。 -
81 : 2015/06/08(月) 15:34:20.96 -
足柄「あーあ」
そしてその余韻が消えた頃、角から足柄がひょい、と顔だけを覗かせる。
呑気なもんだ。足柄「馬鹿、ですって」
提督「……馬鹿、だってな」
思えば今の一幕、二割三割程度は、この足柄に責任の一端があるのではないかと思ったが、止めた。
俺がヘマったのは事実だし、考えたって虚しいだけだ。提督「足柄、お前、その恰好……」
足柄「ああ、コレ?」
-
82 : 2015/06/08(月) 15:35:05.14 -
そして五月雨がああまでして見せまいとした足柄の格好は、まあ、確かに。
カーキ色のタンクトップと、同色のホットパンツ。
しかもヘソ出し。
首にこそ汗拭き用のタオルを引っ掻けてはいるが、五月雨の言った通り艤装はつけっぱなしで、その砲塔が煤けてはいるが、その露出度は妙高型の、腰にマウントするタイプの艤装と妙にマッチングしている。マッチングしてはいるが。
提督「その恰好でウロウロするのは、どうよ」
足柄「だって暑くって」
なるほど、五月雨がああまで頑なになるわけだ。
息切れこそしていないが全身が汗でしっとりと湿っているのを見れば、出撃とまではいかないまでも演習場で延々と弾をぶっ放していたというところだろう。
それにしたってあの服装だって艤装の一部なんだから、火器を運用する際はきちんと着用しろと言いたいところではあるが。足柄「……何よ」
-
83 : 2015/06/08(月) 15:35:49.46 -
提督「いや……」
まあ、男性である俺に対してはもちろん、女性に対してだって刺激が強かろう。
彼女に、その格好とその服装を選択させるに至った理由は、言うまでもなく彼女のズボラさだ。
それを考えれば、そこに女性的な魅力たる『色気』は皆無だと言っていい。
ただ、何と言おうか。端的に一言で言い表してしまえば、生物的な魅力に溢れている。
体のラインに沿った、どころか、曲線直線、丸みや角度。
その全てが一目で把握できる出で立ちが、足柄の背格好が、その身体に秘めた強靭さを感じさせるのだ。
贅肉は無いが生命活動に必要な脂肪をきっちりと蓄えている体の丸みの向こうには、持てる身体能力の高さがわかる筋肉が、発達し、脈づいているのがわかる。
加えれば、そのフィジカルをいかんなく発揮できている証拠が、今の汗を湛えた姿であるなら足柄と言う一個体が生物としてのスペックをどれ程の高水準で備えているかが良く分かる。加えてその容姿だ。
つまり、この個体と番になれば、あらゆる身体的な意味において『強い』一族を形成できる。
その確信を否応なく感じさせるのだ、足柄のこの姿は。足柄「何、何なのよ」
-
84 : 2015/06/08(月) 15:36:22.63 -
じっと動かない俺に、足柄は重ねて疑問の声を寄越す。
提督「いや、何ていうか。——風邪はひくなよ」
足柄「わかってるわよ、そんな事は」
まあ、そんな理屈をともかくとしてしまえば、足柄の服装はばっさりと、はしたない、で斬ってしまえる。
五月雨が気にしていたのも要はそこだろう。
未だに止まらない汗を首のタオルで拭いつつ、足柄はそのまま歩きだし提督「ちょっと待て」
足柄「ん、何?」
提督「何処に行くつもりだ」
-
85 : 2015/06/08(月) 15:37:06.95 -
その艤装を掴んで止める。
彼女が歩いて行こうとしていたのは、鎮守府の外へ続く方向だ。
五月雨には方便で、体を休めたり遊んだりする以外は禁止、とは言ったものの、別に鍛錬すること自体に問題があるわけではない。
が、足柄は既に汗だくの状態。
足柄、いや、妙高型の全員もまた件の時期以来、球磨ほどではないにしろ鍛錬が多くなった艦娘だ。
オーバーワーク、とまではいかないまでも、心配にはなる。足柄「何処って……外だけど。ちょっと走りこみにでも」
そして概ね予想通りの回答だ。
重ねるが、鍛錬自体に問題はないが。提督「ちょっとは休め。せっかくの休日だぞ」
足柄「休みの日だから、じゃない。普段通りだったら仕事もしなきゃならないんだから、その分、動いて、鍛えておかなきゃ」
-
86 : 2015/06/08(月) 15:37:44.73 -
じゃないと勝利なんて掴めないわよ、と足柄。
寝溜め、というのは良く聞くが、足柄の場合は動き溜めと言ったところか。
普段からして異常なほど勝利に拘泥する彼女らしいと言えばらしいが、それにしたってだ。提督「そうは言っても、足柄な」
足柄「もう、提督ってば部屋に篭ってばっかりだから——そーだ」
説得に挑もうとする俺の腕を、にやりと笑った足柄が逆に掴む。
提督「ん?」
足柄「予定、変更ね。そーよ、部屋に篭ってばっかりだから、そんな考えになるのよ」
そしてそのまま足柄は方向を変え、俺が来た方向、つまりは執務室へと歩を向ける。
-
87 : 2015/06/08(月) 15:38:23.13 -
提督「あ、足柄?」
足柄「目一杯、体を動かせばそんな考えも吹っ飛ぶわよ。付き合いなさい。さあ、行くわよー」
提督「あ、足柄!? そうじゃなくて今はな、いや、それよりも俺、身体を動かすんだったらもう早朝に」
足柄「さ、着替えた着替えたー」
提督「足柄ー!?」
足柄「私は優しくないわよー」
艤装と同期した艦娘の膂力に敵うわけもない。
さんざ大声を上げる俺を余所に、足柄はずんずんと、上機嫌そうに廊下を進み続けた。 -
88 : 2015/06/08(月) 15:38:49.09 -
— — —
-
89 : 2015/06/08(月) 15:39:35.60 -
足柄「~~~~っ! あーっ、疲れたーっ!」
提督「……っ、ふぅーっ」
たっぷり走った。
寒くはないが、かといって暑くもない。
俺がすでに走った早朝から大分上がった気温は運動するには最適で、加えて燦々と降り注ぐ陽光は、俺が先に走った景色とはまた違ったモノを見せてくれる。
青く染まった海と、ずっと高くに見える蒼穹。
決して小さくない鎮守府本棟の周りを5周した後は数えるのをやめたが、海風の心地よさに引っ張られ1時間半程は走ったか。
アスファルト舗装された道路に外した艤装を置き、そのまま大の字に寝そべった足柄を横目に見つつ、ゆっくりと屈伸運動を始める。
目の前に広がる海からの照り返しが、少々眩しい。提督「疲れが残るぞー」
-
90 : 2015/06/08(月) 15:40:13.93 -
足柄「少し休んだら、すぐに始めるってば」
体を起こさずひらひらと右手を挙げて応じる足柄に溜息を一つついて、伸脚に移る。
足柄「にしても、やっぱり提督、結構動けるのね」
提督「運動を欠かしたことは無いからな。それでも艦娘の運動量には及ばないが」
流石に朝っぱらに使ったジャージに再び袖を通す気にはなれず、洗い替えの一着に着替えて足柄と共に外に出た後、鎮守府の本棟を回り始めて以来、彼女に後れを取ることは無かった。
部屋に篭ってばかり、と言ってはいたものの、やっぱりという辺り足柄も俺がある程度動けることは知っていたようだ。足柄「ふー。……さってと」
一際大きく息を吐き出し、身体のバネだけで跳ね起きた足柄は、俺の隣に並び、追随するように整理運動を始める。
-
91 : 2015/06/08(月) 15:40:41.41 -
足柄「にしても、走ったわねー」
提督「何で付き合ったかな、俺も」
足柄「まあ、いいじゃない。悪い気分じゃないでしょ」
提督「休みとは言っても、俺は仕事、有るんだがな」
足柄「まあまあ」
心理学で昇華、という言葉がある。
苛立ちや葛藤を、社会的、精神的価値をもつものに置き換えて満足させることだか言うが、確かに若干すっきりしたような気はする。
まあ、疲労のおかげで、脳のキャパシティを余計な考え事に振れないだけかもしれないが。足柄「ま、それに」
-
92 : 2015/06/08(月) 15:41:20.34 -
横で前後屈をしつつ、足柄がにやりと笑う。
俺を執務室へと引っ張っていった笑いとはいささか質の異なる、語弊無く表せば女性らしからぬ下卑た笑みだ。足柄「それだけ動けば、やましい気持ちも起こらないでしょ」
提督「……気付いてたか」
足柄「もっちろぉん、当ったり前じゃない」
後ろに反らした体をぐ、と中途半端に戻した足柄は、鼻息荒く胸を張り、その豊かな胸部に右手を添え高らかに言う。
足柄「当然よね、この精悍なボディ!」
提督「はあ、そうですね」
魅力を感じたのは、確かに。
精悍、という単語もごもっとも。
が、相変わらず色気は無いと思う。
強いて言うなら艶気か。しっとりと汗で湿ったタンクトップも、その布の色が濃ければ透ける肌色も僅かだ。
眼福、というのは少し違う。 -
94 : 2015/06/08(月) 15:41:55.80 -
足柄「なーんで、丁寧語なのよ」
提督「特に意味はないですが」
足柄「ホラ、それー」
不服そうな足柄をおいて先に整理運動を終え、先ほどまで彼女が寝転んでいた場所の近くに腰を下ろす。
じんわりと体の動きを鈍らせる疲れが、設地した尻から地面に吸い込まれていくようだ。提督「しっかし、頑張るよな」
足柄「え、何が」
提督「ん、足柄も、妙高型の皆も……球磨とかも。とにかく皆、さ」
足柄「ああ」
-
95 : 2015/06/08(月) 15:42:27.48 -
足柄は相槌を一つ。
整理運動を継続しながら、雲一つない青天井を仰ぎ見て、言う。足柄「そんなの当然じゃない」
きっと足柄、いや、妙高型や球磨だけじゃない。
練度が限界に達した後も、演習に、出撃に。
艤装を背負って海上を駆ける艦娘は多くいる。
彼女ら全てが、恐らくそう言うだろう。足柄「自分が強くなるこの瞬間が、私は一番好き」
強くなるためだ。
彼女らは、数字上はこれ以上強くなる事はない。
妖精達の技術による艤装の性能計測は、極めて正確にその練度を算出する。
それは足柄も例外でなく、彼女の性能は既に、妙高型3番艦の『足柄』としてはほぼ完成している事が確認できている。提督「強く、か」
-
96 : 2015/06/08(月) 15:42:57.40 -
足柄「そう。強くよ」
何を見ているのか、足柄の横顔には曇りなどないように見える。
が、間違いなく彼女の練度は頭打ちなのだ。
これ以上はどう足掻いたとしても足柄「甘く見ないでよ。私は、ううん、私達は艦娘なのよ?」
しかし、俺の考えを先回りしたように、こちらを伺い見ることすらせずに足柄が口を開く。
同時に提督「うわっ!?」
足柄が芝の上に置いた艤装の銃座が、彼女が仰ぎ見ている天頂とは九十度角度を異にした水平線へと照準を合わせる。
同期は、切れているはずだ。足柄「運用すれば摩耗していく鉄の体とは違って、今の私達は自分を高めることが出来るわ」
-
97 : 2015/06/08(月) 15:43:24.42 -
そして足柄はこちらに向かってその手を一振りし、
足柄「見てなさい。……撃ェエーっ!」
高らかに叫ぶ。
艤装に据え付けられた砲塔の一基から轟音と共に弾が射出される。
一瞬、その音に怯んだものの反射的にその軌跡を追うと、今、俺たちがいる場所からかなり離れた海面に一本の水柱が立つのが見えた。と、同時。
足柄「撃ェエーっ!」
間髪入れず、再び叫んだ足柄の声と同時、先ほどとは違う方向からまた一弾が飛び出す。
それは遠く離れて着弾し、また一本水柱が立つ。提督「……ん?」
-
98 : 2015/06/08(月) 15:44:04.10 -
そして三発目。
着弾と同時、違和感に気付く。
水柱は形こそ違えど、大きさがほぼ同じだ。更に四発、五発。
それらは焼き直しのように同じ軌跡を辿り、少なくとも陸から見ている限り同か所に着弾しているように見える。足柄「失敗して、改めて、磨いて。それで身に着ける技術、勘、経験。これは、計測じゃ計れない強さよね」
そして全ての砲塔から硝煙が立ち上る。
多分、そこまで大きな誤差は無いわ、と足柄。風はそこまで強くない。
射撃条件としてはそこまで難しいものではなく、実演としても地味ではあるが。
複数門の砲台からの射撃を全て、ほぼ同箇所に着弾させるのは並みの難度ではなかろう。
加えて提督「……技術で、今、艤装を離れた位置から動かしたのか?」
-
99 : 2015/06/08(月) 15:44:33.99 -
足柄「艦載機だって、言っちゃえば空母の艤装だし。それと同じようなモンよ」
軽く言うが、足柄は遠隔操作の艤装で今のをやってのけた。
磨いた技術。
それの披露としては申し分ない。足柄「見た? 強く、なれるのよ。まだまだ、間違いなくね」
大したものだ、素直に驚いた。
確かに強くなれるのだろう。
練度が限界に達した後でも、艦娘の可能性は潰えない。だが。
提督「そこまで強さを求めるなら、足柄」
-
100 : 2015/06/08(月) 15:45:03.52 -
だからこそ、解せない。
納得がいかない。
提督「だから、それ以上強くなりたいなら」
足柄「だから、あれは要らないのよ」
さらに上回りたいと思うのなら、その為の方法は、少なくとも現時点では一つしかない。
足柄「これだけ見せたのに、まだ言うのね」
空を仰ぎながら、足柄の答えは、艦娘の答えは変わらない。
変わらない拒否。
強くなる手段を自ら遠ざける言葉を、何度聞かされてきただろう。 -
101 : 2015/06/08(月) 15:45:40.59 -
提督「あれの機能は、保障されている。練度の限界を突破できるのは間違いない。なのに、か」
足柄「そんなの知ってるわ。だから、よ。嫌なの」
言って足柄は、視線を天から地に、空から俺に移す。
睨む足柄の瞳孔は、自身の字名の通り鋭く細まっているようにも見えた。足柄「前にも言った通りよ、提督。もう一度言いましょうか」
餓狼の眼が、俺を捉える。
その様すら以前と同じだ。足柄「貴方からあれを受け取った私が、それで強くなれるとは思えない」
妙高型の皆が、同じような事を言った。
それで強くはなれないだろうと。
そう言って、彼女らは今もって戦場に向かい続けている。 -
102 : 2015/06/08(月) 15:46:19.95 -
提督「強くはなれるだろう。何故」
足柄「何故、なんて今更よ。私や妙高姉さん達だけじゃない。鎮守府の皆があれに頼らないで強くなってる」
足柄はそう言って俺の横、置かれた自分の艤装の真ん中に収まるように腰を下ろし、そのまま膝を抱える。
そして目を細め、彼女の砲弾が着弾した辺りを見たかと思うと、すぐに膝頭に額を当てて顔を隠してしまった。足柄「それでも、提督はまだ、あれにこだわるのね」
提督「足柄……?」
今の視線、そして声には先の鋭さは無い。
感じるのは何か諦めのような、虚ろな感情。
彼女がそうなった場面なんて見たことは無いが、きっと追い詰められた人間はこんな声を出すのだろう。 -
103 : 2015/06/08(月) 15:46:55.69 -
提督「足柄。お前……何を知ってる?」
足柄「皆、知ってるわ。でも、提督もそれは分かってるんでしょう?」
そうだ。
恐らく、艦娘全員がほぼ同じ情報を共有していることを俺は知っている。
今までも何度もそれをほのめかされ、時に直接言われてきた。だが、俺が今聞いたのは。
足柄「そろそろ気付いていいはずよ、提督。でも、私にはそれを言う勇気はないし」
俺の考えをまとめさせまいとしたのか、間を置かずに足柄は言う。
これ以上ここにいてほしくない。
ここで気付いてほしくもない。
丸めた背中から伝わる意思が、しかし俺には信じられない。
あの足柄が何にそんなに臆病になるのか。 -
104 : 2015/06/08(月) 15:47:28.20 -
足柄「それに、これは提督自身が気付かなきゃいけないし、気付いてほしい事。そうでなければきっと意味がないわ」
だから、もう行って。
そして足柄はそれを最後に、顔を上げないまま口を閉ざしてしまう。
提督「……風邪、引かないようにちゃんとしろよ」
足柄が無言のまま頷くのを見て、羽織っていた俺の上着を彼女の艤装にかけ、本棟に足を向ける。
俺は足柄を傷つけたのだろう。
彼女が自分の強さを俺に見せ、俺に指輪を諦めさせようとしたのは何となくわかる。だから、傷つけたことに関して謝るのは筋違いだ。
俺は、なぜ彼女が傷ついたかがわかっておらず、原因もわからないままの上っ面の謝罪は、何より足柄に失礼だ。 -
106 : 2015/06/08(月) 15:48:09.03 -
あと少し。
そろそろ気づいてもいい。
多分、もう答えは目の前なんだろうが。提督「……勇気、か」
足柄の一言が気にかかる。
問題の根は深そうだ。
自分が傷つかずにそれを知れるとは思っていない。が、足柄が、ひょっとしたら今まで俺が『オコトワリ』されてきた全ての艦娘達がそこまで怖がる何か。
それを知って俺はどうするのか。
どうできるのか。それだけが未だに見えない。
-
107 : 2015/06/08(月) 15:48:37.85 ID:8hCrpx9AO - 所でこっち使ってるってことは前スレは埋めちゃっていいのかな?
-
108 : 2015/06/08(月) 15:49:09.90 -
五月雨hshs。
いっぱい艦娘が書けて楽しいんですが、足りない語彙のレパートリーが更に尽きてきました。自業自得ですが、何でコンマ式にしたのか。
とりあえずあとちょっとなんで、一応このままで行きます。あ、あと>>68すみません。マヂ恥ずかしい。
↓+2 次の艦娘
-
114 : 2015/06/08(月) 15:52:55.91 -
>>107
あ、ありがとうございます。
ですがお手数かけてもなんですので、自分で埋めてきます。千代田、了解しましたー。
-
119 : 2015/06/08(月) 16:25:46.37 -
前スレ>>1000まいことやられました。
頑張ります。 -
123 : 2015/06/08(月) 16:35:39.09 -
あ、紛らわしくてすみません。別に展開は変えません。
うまいこと言われたな、ってだけで。 -
147 : 2015/06/09(火) 05:58:49.14 -
よくある「意味深な強い引き」の連続だからなあ
人類は衰退しましたの漫画の回で揶揄されてた奴の典型だし、そりゃ読者の気持ちが離れて当然よ -
151 : 2015/06/09(火) 10:31:24.89 -
吹雪「イヤだから、ですよ。それ以外に理由が要りますか?」
磯風「吹雪がどういった考えで指令のそれを断ったのか、それ自体は彼女の考えだから詳細には分からない」
磯風「これに関して私と同じ考えなのかもしれないし、違うかもしれない。だが、私と吹雪とで同じものもある」
鳥海「私からは、何も言えません。前もそうでしたが私の理由はもちろん、春雨さんの理由も。彼女も、それを望んでいると思います」
古鷹「だから、私達は貴方のその指輪を受け取りたくなくって……そして、私の口からその理由を言えません」
老提督「後は、彼女らと話す事だ。それこそ、私との対話で全て気付くなど、彼女らの望むところではあるまいよ」
足柄「そろそろ気付いていいはずよ、提督。でも、私にはそれを言う勇気はないし」安価選ばせてフラせ続けてこれだしなあ、辟易する人だって出ておかしくないでしょ進展はよ
-
162 : 2015/06/09(火) 20:51:26.84 -
「嫌なら読むな!」「完結まで覗かなきゃいいだろ!」
~~~~~半年後~~~~~
「嫌なら読むな!」「完結まで覗かなきゃいいだろ!」
-
205 : 2015/06/13(土) 21:08:24.69 -
俺はウンコな出来のアニメも最後まで見てからウンコだって評価するくらい我慢強いから追いかけるよ
可能性はゼロに近いとは思うけど「うおお、そんな理由だったのか。そりゃあ断るし言いたくもないわ!」って
なるかもしれんしね
でも理由がクソみたいなもので説得力もなければその時は遠慮なくこの作品はウンコだって言うよ
とは言え読んでる人だってアホじゃないんだからウンコっぽい事には気づくし、途中でウンコだって言っても気にはならんね
今のところはウンコみたいな出来だし。艦娘が好きな人が読んでるのに艦娘に魅力がないって相当よ -
227 : 2015/06/20(土) 18:53:27.81 ID:p6B6V/sOo - >>1ダイヤモンドメンタルなめんなよ
-
229 : 2015/06/21(日) 15:39:29.32 -
>>227
叩くと砕ける、って事ですね。頑張ります。遅くなりました。ぼーちぼーち、今日中にはー。
-
232 : 2015/06/21(日) 17:15:25.75 -
ドライブ無かった。おのれディケイド。
始めまーす。 -
233 : 2015/06/21(日) 17:16:38.14 -
共に戦うことが出来たなら。
共に傷つくことが出来たなら。
そして、もしその時が来るとして—— -
234 : 2015/06/21(日) 17:17:10.02 -
11.千代田
-
235 : 2015/06/21(日) 17:17:43.21 -
吹雪「司令官」
軽く汗を流し、着替えて戻った執務室。
メンタル面は一先ず置くとして、体全体に染みた疲労のせいで少し微睡みたくもなるが、どうせなら後腐れなく寝てしまいたい。
その一心で瞼に乗った眠気を何とか跳ね除けながら、残り少なくなった書類に向かっていると、コンコンと丁寧なノック音が聞こえた。吹雪「いらっしゃいますか、司令官」
提督「……ん、開いてるぞ」
しばし間を開けて、再び。
一瞬返答に詰まったのは、扉の向こうから聞えた声のせいだ。声自体に驚いたというわけではない。
もちろん、その声の主のせいだ。 -
236 : 2015/06/21(日) 17:18:50.50 -
提督「……入ってくれ、吹雪」
固唾。
文字通り、非常に飲み込みづらい一滴が、喉を転がり落ちていく。
たかが一日半顔を合わさなかっただけなのに、普段どんな顔を彼女の前に晒していたか、そんなことまでが考えに昇る始末。
思春期の男子学生か。吹雪「はい、失礼します」
が、当の吹雪はそんな俺の逡巡など全く素知らぬ顔で、あっさり扉を開き執務室にすたすたと入り込んでくる。
胸には厚くはないものの幾枚かの書類を抱えている。吹雪「遅くなってすみません、こないだの出撃の書類をですね……どうしたんですか?」
提督「いや、何でもないです」
-
237 : 2015/06/21(日) 17:20:02.08 -
何だ、気にしてたのは俺だけか。
いや、今までも何人にも『フラれ』ているからこんな経験は無いでもなかったが。
いやいや、恐らく、吹雪と会うことがあったとしても彼女の態度は変わらないのだろうという予感もあったしそれが実際正しかったわけなんだから凹む必要なんかないんだが。提督「……なんか、面倒くさいなぁ」
吹雪「え、ごめんなさい。書類、後にしたほうがいいですか?」
提督「ああ、いや、そうでなく」
こちらの言葉を曲解した吹雪は、さっと書類を後ろに隠す。
曲解させるような独り言を言ったのは俺だが。やっぱり、初期艦は特別、でしたか。
頭の中の古鷹がクスクスと笑う。
ちょっとうるさいですよ、お姉さん。 -
238 : 2015/06/21(日) 17:20:31.28 -
吹雪「あの、司令官?」
提督「おっと、悪い、吹雪。……そうだな、なるべくなら昨日のうちに上げておいて欲しかったんだが」
吹雪「うっ……。ご、ごめんなさい」
提督「や、っても別に急ぐモンでもないし、持ってきてくれたんだから全然構わないんだが」
そう言って吹雪から書類を受け取る。
見るまでもなく、彼女の練度が限界に達した際の出撃に関する書類だ。
そう言えば、昨日古鷹が持ってきてくれた書類の中で、これだけが抜けていた。
流石の古鷹も全ての回収はできなかったか、たまたま吹雪が完成を遅らせてしまっただけなのだろうが。提督「……うん、了解した。後はこっちで処理しておくよ」
吹雪「お願いします」
提督「ああ」
-
239 : 2015/06/21(日) 17:20:58.82 -
受け取ったものをパラパラと捲り、大まかに目を通す。
大きな不備が無い事を軽く確認し、処理予定の書類の小山の中に放り込む。
後は特別間違った部分が無ければ、軽く手を加えて本営への逓送便に突っ込むだけだ。提督「お疲れ様、休みなのにありがとうな。後は好きに……どうした?」
吹雪「え」
提督「いや、だからどうしたって……吹雪?」
吹雪「え、えっと……ん、と」
抱えた書類は受け取った。
そうすると、彼女はもうここには用は無いはずだ。が、それでもあまりこの部屋から、正確には執務机の前から動く気配のない吹雪に呼びかける。
しかし当の吹雪は歯切れ悪く、えっとだの、うーんとだのと躊躇いの感嘆詞を吐き出してきょろきょろと執務室内を見回すだけで、具体的な言葉を喋らない。
吹雪の真面目な性質だ。
自分の中の意志とか欲求とか、それらを具体的に組み立てられないまま表に出すのを良しとしないために、彼女がこうやって言葉を詰まらせるのは度々ある。
普段だったら待ってやるところだが -
241 : 2015/06/21(日) 17:21:25.81 -
提督「吹雪。今日は休みだから、何かあっても後日でいいぞ」
吹雪「え。あ、あのですね、えーっと」
提督「……なんだ、一体」
吹雪「あ、っと。そのー……そうだ、お茶! お茶淹れますよ、司令官、いりますでしょっ!?」
提督「うあ? あー、まあ、欲しいっちゃ欲しいけど」
吹雪「じゃ、吹雪淹れますね、ちょっとお待ちを!」
提督「けど、そんなの自分で、って、あー……」
普段だったら待ってやるところだが、今日は折角の休みなんだからちゃんと、と言おうとしたところで、吹雪はすたすたと給湯スペースに向かってしまう。
何なんだ、一体。 -
243 : 2015/06/21(日) 17:22:03.86 -
吹雪「あれ、濡れてる……。司令官、ご自分でお茶を?」
提督「ああ、五月雨が来てだな、その時に」
吹雪「五月雨ちゃんが……へぇ」
かちゃかちゃと準備に手を動かす吹雪を、流石に途中で追い出すのも非道いかな、と置いておく。
まあ、言葉を纏めるまでの時間稼ぎなんだろうが、何か言いたいのならそれこそ別に後日でも構わないような気もするが。提督「折角の休みなんだから、きちんと休めばいいのに」
それこそ、書類だって別に明日でも構わなかったのだ。
確かに、昨日出してもらうのが、もっと言えば出撃直後に提出してもらうのがベストだったのだが、逆に今日でも大丈夫なんだから明日だって大丈夫なのは吹雪にだって解っていたはずだ。遅れた書類は提出しにくい。
その気持ちは管理職である俺には痛いほど良く分かるが、それだけだろうか。 -
245 : 2015/06/21(日) 17:22:29.75 -
吹雪「別に、好きに過ごせ、って言われた通りにしてるだけですよー」
提督「そうですかい」
五月雨も似たような事を言っていたっけ。
どうにもこの鎮守府には勤勉な奴が多くて困る。
ワーカーホリックとかいうのか、こういうのも。
まあ、それさえも時間を置くための何かなのかもしれないが。提督「まあ、いいか。それ淹れたら、もういいからな。ちゃんと休めよ」
吹雪「え、えっとですね、それは……」
提督「何だ、まだ何かあるのか」
吹雪「えーーーーっとぉ……」
提督「全く……ん?」
-
246 : 2015/06/21(日) 17:24:35.79 -
あからさまに、そして全力で俺と視線を合わせないように、というよりそもそも俺に背を向けて給湯しているため目を合わせようもないのだが、それでもなお少しでも意図を読み取られまいとしているのか、吹雪の首の筋肉にぐ、と力が入る。
時間稼ぎの意図を悟られている、と吹雪側もわかっているのだろうが、かといって今話されても、その会話を纏めるのに苦労するのが目に見えている。さて、どうしたもんか。と思案に入ろうとしたと同時、かちゃり、と、金属同士が控えめに擦れる音が微かに聞こえてきた。
千代田「おっ邪魔っしまーすよー……っと」
提督「……千代田?」
千代田「え?」
音源は先程も吹雪に開けられた執務室の扉が開けられた事に因るもののようで、出来た隙間を少しずつ広げるように扉はゆっくりと開けられていく。
何事かと見ていると、その隙間が腕一本分ほどになった頃、室内の様子を窺うように顔だけを覗かせたのは千歳型航空母艦2番艦の千代田だ。 -
247 : 2015/06/21(日) 17:25:15.65 -
千代田「ぅげ、提督っ!?」
提督「ぅげ、ってお前さんね」
中腰なのだろうか、彼女の身長よりも幾分か低い位置に出されたその顔は、執務室内に俺の顔を見つけるや、開口一番、割と汚い声を上げて驚く。
執務室の扉は割と厚い。
さっき程度の声量で俺と吹雪の会話は外に漏れることは無かっただろうし、どうやら千代田はこの部屋の中に誰もいないだろうと訪れたようだが。千代田「な、何でいんのよ、提督が」
提督「いや、ここは誰の部屋だよ」
千代田「だ、だって、さっきこの周り走ってたじゃない、足柄さんと一緒に」
提督「ああ、アレか。帰って来たんだよ、さっき」
千代田「何でよ、もっと走ってなさいよ……」
提督「あのなぁ」
-
248 : 2015/06/21(日) 17:25:42.99 -
なるほど、そういう根拠か。
それにしたって、何て言い草をしてくれやがるのか。
更には、この言い方だと千代田はここに忍び込もうとしていたらしい。
どうして千代田がそんな事を。提督「……何だ、流石にそろそろ練度を上げる気になったのか」
千代田「んなっ、ち、違わいっ! 何だって、私が今更そんな事しなきゃいけないのよっ!」
提督「何だ、違うのか。そろそろだと思ったんだが」
千代田「ヤだってば! 別にいいでしょ、空母は他にもいるんだし、今のままだって運営に不足は無いし、何より別に練度が低いってわけでもないんだからっ!」
提督「まあ、極論すればそうだが」
千代田「じゃあ良いじゃない、私の練度が今のままだって」
提督「ふむ……」
てっきりそうだと思ったんだが、外れたようだ。
-
249 : 2015/06/21(日) 17:26:14.97 -
千代田の練度数値は98%だ。もう大分前から。
そもそもケッコンカッコカリが発令され、そしてこの鎮守府が例の時期を迎えて以降、彼女の練度の伸びは異常に悪くなった。
吹雪の練度の違和感に最近まで気付かなかったのも、千代田の他にも何人か似たような事をしている艦娘がいたからだ。聞くまでもなく、彼女らが何を避けているのかは分かる。
こちらとしても彼女らの練度が限界に達しないと、大っぴらに、というのは少々違うが、ともかくケッコンカッコカリの話題を振るには抵抗があるし、そもそも振ったとして意味がない。
要は話を振られる前の予防策、そんなところだろう。
前提が無いのだから無論、効果は覿面だ。が、その場合、どうしたって出撃数は落ちる。
練度を上げまいとしている娘達は各々のやり方で、例えば予備艤装を使ったりだとか、巧みにMVPを他の娘に譲ったりだとか、色々な手段でもって自身の練度をコントロールしているようだが、それでも『練度を上げない』との一点に目的を定めるなら、出撃どころか艤装を使わないのが一番手っ取り早い。
それでも我が鎮守府の出撃、戦果が共に高水準を保っていられる事について、全く、陰でどんな動きがあるのだろうかと考えるだけで、この鎮守府の艦娘コミュニティの深淵さには頭が下がる。 -
250 : 2015/06/21(日) 17:26:55.69 -
ともかく、だからだろうか。
千代田は最近、俺の顔を見るなり逃げるようになった。
顔を見るなり、だけではなく、何かにつけて俺を避けている。
いっそあからさまなほどに、場所、時間を問わず、極力、俺と行動を共にしないように試みている。
だからさっきも、何の用事までかは知らないが、俺がいない間に執務室に入ろうとしたのだろう。
全く、徹底している。まあ、それでもともかく、だ。
提督「ま、とにかく部屋に入ったらどうだ。そんな体勢じゃキツいだろ」
千代田「べ、つに、こんな所に用事なんか……」
提督「お邪魔します、ってただろうが、お前」
千代田「……そーだけどさー」
中腰のまま部屋の中に頭部だけを突っ込んで言い合いを続けるのも不毛と判断したのか、入室した千代田は、後ろ手にぱたんと扉を閉める。
ただ、口を面白くなさそうに尖らせ、加えて入口から動こうともしない。
斜め下方に視線を投げ、不貞腐れたように後ろ手を組んだままだ。 -
251 : 2015/06/21(日) 17:27:26.83 -
吹雪「えっと……千代田さんも、飲みますか、お茶?」
千代田「え」
場の空気に困ったのか、ひっそりと給湯スペースに収まっていた吹雪が、千代田に声をかける。
が、呼ばれた千代田は、吹雪の方に首を向けるや、目をしきりに瞬かせた。
呆気にとられているのだろうか、気色ばんだ表情も抜け、ポカンと口まで開けたまま、呆然と吹雪の顔を見る。千代田「……え、何で吹雪がいるの?」
吹雪「いましたよ。すみませんね、影が薄くって」
千代田「違うわよ、そんなこと言ってなくて! だって、吹雪——」
幽霊を、とまではいかないが、いないはずの人を見つけた。
正に、そんな表情。
千代田がこの部屋を訪れた段階では彼女の中で、俺はもちろんのこと、吹雪に至ってはここにいることがあり得ない存在だったようだ。 -
252 : 2015/06/21(日) 17:27:59.20 -
俺がいないと思ったのは、まだわかる。
しかし吹雪は、今でこそ筆頭秘書艦ではなくなったにせよ、最古参の艦娘だ。
別に執務室にいること自体はおかしくない。
一斉で休みだと流したことを千代田が念頭に置いていたとしても、あそこまで驚くだろうか。考えている間に、千代田は吹雪に駆け寄り、その肩を掴んだ。
そしてそのまま吹雪を自分の方に引き寄せて千代田「だって、貴女、昨日あんなに——っ」
それだけ言った後に、弾かれたように俺の顔を見た。
その眼つきは鋭く、半ば睨むようなそれ。
しかし、その強い眼差しの上の眉は、自分の行動を悔いるような角度だ。提督「な、何だ?」
突然、そんな複雑極まりない視線を送られれば、当然驚く。
同時に困る。
正直、何を言うかを躊躇い、間抜けにも聞き返すしかない俺を一瞥した千代田は、はあ、と深い溜息を一度だけ吐いて、吹雪の肩を離した。 -
253 : 2015/06/21(日) 17:28:46.52 -
千代田「吹雪……」
吹雪「司令官に、この前の出撃の書類を持ってきて。それでそのついでにお茶を淹れてあげます、ってそれだけですよ」
千代田「そう……」
吹雪「ええ」
千代田と吹雪はたったそれだけのやり取りをした。
提督「……ぉう?」
そして、たったそれだけの相槌を打ち、千代田は応接ソファにドカリと、腕を組んだまま少々乱暴に腰を下ろす。
位置は、執務机と正対する、つまりは俺の真正面だ。
何やら二人の間に、俺がわからないやり取りがあったことだけは分かるのだが、栗色の髪の下の俺を睨め付ける双眸が、それに関する質問を許してくれそうにない。 -
254 : 2015/06/21(日) 17:29:17.93 -
提督「え、千、千代田?」
千代田「何?」
にべもない。
千代田は半眼で俺をじっと見つめたまま、一部分のせいで多少組みにくそうなその両腕を、しかし僅か程も緩めようとせず、足まで組んだふんぞり返った体勢でソファに陣取った。提督「何かの用で来たんじゃ……?」
千代田「後にする。暫くいるわ」
提督「えぇー……」
『何か』をしには来たんだろう。
しかし今千代田はそれを放りだして別の事を、というより吹雪の様子を見る事をより優先するようにしたようだ。
何の為に、かまではわからないが。 -
255 : 2015/06/21(日) 17:29:45.26 -
千代田「で、吹雪。私ももらっていい? ってか別に、提督にお茶なんか」
吹雪「そんなわけにはいかないですよ。ちょっと待ってくださいねー……」
提督「いやいや、部屋に帰って休みなさいよ君ら……」
どっちにせよ、様子を見るならここでなくても良かろうに。
吹雪だって、しつこいようだが、今日ここに来る理由は無いんだし。期せずの、どころか、正直に言ってしまえば要らん来客が、しかも二人も部屋に居座られてしまえば、ぶっちゃけ面白くはない。
というよりも純粋に邪魔だ。
吹雪は、まあ、茶なんかの世話を焼いてくれるようだが、千代田は何をしているのか。
吹雪にしたって、本当は休んでもらいたいのに。 -
256 : 2015/06/21(日) 17:30:43.78 -
提督「今日は休みです、って一斉しただろう。ここにいることが無駄とまでは言わんが……」
吹雪「なら、何か」
千代田「問題が?」
提督「言わんが……ねー」
徹底的に話を聞かないつもりなのか。
吹雪にしても何やら用事があるようだし、千代田は吹雪を見ているつもりのようだし。きちんと休んでほしいんだが。
普段が普段、過酷な環境にあるだけに。提督「まあ、いいか。……で、吹雪、いったい何の用なんだ?」
吹雪「え?」
-
257 : 2015/06/21(日) 17:31:22.13 -
こうなったら仕方がない、俺の仕事は後回しだ。
どうせもう量もそんなに無い。
出来れば先回りできる仕事もやっておきたかったのだが、彼女らの休養の方が優先だ。言われた吹雪は、淹れた茶と茶請け皿を執務机に置き、同じものを千代田の前に並べ、疑問符を浮かべている。
ちなみに茶請けは、片手で、最悪咥えたままでも咀嚼できる小さめのどら焼きが幾つか。
生地自体に粘度があるから、ドジがあっても書類には落ちにくく汚れにくいだろうとの配慮も含めての選択か。提督「何か、用があったんだろう? 言葉を纏めるのを急ぐ必要はないが、それの協力は出来る」
吹雪「司令官……」
提督「ちゃんと話してくれ、聞くから。……どうせ言わないと、行くつもりはないんだろう?」
吹雪「そ、うですけど、そんな」
-
258 : 2015/06/21(日) 17:31:58.07 -
昨日の今日だ。
吹雪は賢い。
それが彼女自身にとって想定外の感情だったとしても、昨日、退室前に俺に感情をぶつけてしまったことを気付いていないはずがない。
言葉を詰まらせているのは、それが原因だろう。
わだかまりというハードルさえなければ、よりスムーズに考えを纏められるはずだ。椅子から立ち、執務机の前に回る。
盆を持ったままの吹雪の手に、少し力が篭るのは見逃さないが、吹雪も吹雪で割と頑固だ。
それなりに強引に物を進めなければ、無駄な停滞をしかねない。せっかくだから、どら焼きを一つ口に放り込んで、茶も一啜り。
たし、と机に置き直し、吹雪に寄る。千代田「……」
吹雪を見ている、と決めたらしい千代田の動向が気になったが、腕組み姿勢のまま、ついでに言えばそちらに俺の目が向いたことで少々目を丸くはしたものの、睨み目のまま静観の構えだ。
千代田的には、俺が吹雪に話を聞くだとかはまだセーフらしい。 -
259 : 2015/06/21(日) 17:32:33.05 -
提督「で、何を言いに来たんだ?」
吹雪「え、んっと。その……」
また、言葉を詰まらせる。
急かしても意味がないのは分かりきっている。ので、待つ。
合いの手を入れて吹雪の回路を促進しようかとも考えたが、それにはまだ材料が足りない。
吹雪が何の話をしに、この部屋を訪れたのか——提督「いや——」
待て。
部屋を訪れた時の吹雪の様子はどうだった。
普段と、変わっていないんじゃなかったか。
俺もそう思ったはずだった。
目の前で盆を抱える吹雪の様子は、明らかに常とは異なる。 -
260 : 2015/06/21(日) 17:33:09.40 -
わだかまりというハードルさえなければ。
そんな事が頭を過ぎった時点で気づくべきだった。
そして、そのわだかまりは何が原因となっている物だ。吹雪は確実に、昨日の件を気にしている。
なら、聞こうとしていることは?提督「吹雪、お前」
吹雪「へ?」
艦娘に、出来るだけの事を。
俺は、そうしたいだけだ。
そうしてほしいだけだ。
何の気兼ねをすることも無く、何を気にする必要もなく。
前大戦で大半は沈み、今なお争いの場に引き出されている彼女らが、せめて彼女らの手の届く範囲で自由を享受できるように。提督「……指輪の事か」
吹雪「……ぅ」
-
261 : 2015/06/21(日) 17:33:40.11 -
吹雪の、喉が鳴る。
わかりきったことだが、図星か。
吹雪に限らず、鎮守府全ての艦娘達がこれに不満を持っている。
その不満の端緒を知りたいのはもちろん、しかし、彼女らはそれを口にしてくれない。
口にしないにも関わらず、それでもなお、ここまで彼女らが遠回しにしてくるのは何なのか。
諦めさせようとするなら、今後一切、これを拒否するないしの声明を、俺に出せばいい。モヤモヤ、する。
その表現が一番近しい。
交渉、などと言う高度なレベルではなく、話し合い、という言葉を使うのも憚られる。
簡単な事が今の現状には抜けている。「これがこうだから、こうして下さい」或いは「こうして欲しいです」。
話し合いのイロハの『イ』だ。
その「これがこう」の部分を、彼女らはごっそり省いて話さないのだ。
だから、モヤモヤする。 -
262 : 2015/06/21(日) 17:34:30.94 -
ぎりぎりの位置で、その一線で踏みとどまり、何かを窺っている様なそんな現状。
何、と聞いても、どうした、と尋ねても、何も言わず、煙に巻き、現状は何も好転しない。
しかし、彼女らはそれを是としている。いや、もしかしたらそうせざるを得ない理由があるのかもしれない。
彼女らが怖がる、何か。
せめて、それさえ探り出せれば。提督「言いたい事は、言ってくれ。……アレを諦めろ、というのは無理だが、そういう話でもいい。不満を溜め込むのは、良くない事だ」
艦娘に、出来るだけの事を。
俺は、そうしたいだけだ。
そうしてほしいだけだ。
その為には、なんだって。俺の事なんて二の次だ——
提督「……話を、しよう。俺の仕事とか何とかを気にしてるなら、そんなの後にしよう。俺の事なんて、どうでもいいから——」
-
263 : 2015/06/21(日) 17:35:02.96 -
千代田「いい加減にしなさいよ」
もう少し。
吹雪に手が届くギリギリの場所で、その声が俺の行動を遮った。
声の圧が、音の振動が、そのまま壁にでもなったように俺と吹雪の間に屹立した。
声の出所など、確かめるまでも無い。千代田「この茶番、いつまで続くの?」
千代田がソファから立ち上がり、先の眼光を更に鋭く、俺を睨みつけている。
提督「千代、田?」
吹雪「千代田さん……っ!」
ゆらり、と。
ゆっくりと上半身を逸らせた千代田は、その逸らした上半身を助走にして、俺に向かって大きく一歩踏み出した。待て。
何が。 -
264 : 2015/06/21(日) 17:35:57.47 -
千代田「ねえ、これ、いつまで続くのよ。何度、私達はそれを聞けばいいの?」
提督「何?」
手を伸ばせば触れれる距離に、千代田が立つ。
俺より頭一つ低いに関わらず、顎を少し上げてこちらを見るその視線は、俺を見下す意図が明確に含まれていた。
何度聞けばいい。
そんなのこっちのセリフだ、とは思うが、今はそれじゃない。何が千代田の気に障った。
さっきまでは大人しくこちらの様子を見ていただけだったのに。
千代田が明確に口にしたわけではないが、彼女の意図は、吹雪の様子を見る事だったはず。
なら何故、吹雪の事情を聴こうとしたことに対して、こんなにも。吹雪「千代田さん、待って。ダメ……っ!」
千代田「吹雪、ごめんね。我慢するつもりだったけど、もう無理」
吹雪が千代田と俺の間に立つが、悲しいかな、身長差からあっさり千代田に横に除けられる。
吹雪を後ろに背負う形になり、千代田はなおも俺に詰め寄る。千代田「答えなさいよ、提督。これはいつまで続くのよ……!」
-
265 : 2015/06/21(日) 17:36:27.19 -
これは、いつまで。そんなものわかるわけがない。
奥歯を軋らせ詰め寄る千代田に、しかし彼女の沸点の見当をつけることも出来ないため臆することすらできず、ただその場に棒立ちになる。いつまで。
そんなもの、わかるわけがないじゃないか。
だって——提督「そんなの——」
千代田「答えなさい、提督……っ! 提督は——」
提督「——そんなの、俺に聞くな! お前達が答えてくれないんじゃないかっ!!」
腹が、立つ。
もしかしたら、彼女らにこの感情を向けるのは、初めてかも知れない。
煙に巻いて、言い逃れて、それでも「わかってくれ」だなんて。勝手だ。
勝手も、いいところだ。 -
266 : 2015/06/21(日) 17:37:09.90 -
吹雪「司、令官?」
俺の怒鳴り声に驚いたのか、吹雪は目を丸くした。
持ったままでいた盆を更に強く抱きしめ、ほんの少しだけ後ずさったようにも見える。が、千代田は
千代田「私達が?」
俺を見下すような視線を変えず腕を組んだまま、鼻で軽く笑った。
光の加減か、その顔は少し青くなっているようにも見える。千代田「違うでしょ、提督。そんなの答えたところで、きっとこの問題は収まらないわよ」
吹雪「——っ、千代田さん、止め」
-
267 : 2015/06/21(日) 17:37:43.59 -
千代田の言葉に、吹雪は、ハッと何かに気付いたように千代田の腕にしがみつく。
千代田「この問題が終わらないのはね、提督が、いつまでもあの艤装にこだわっているからよ」
吹雪の方を一瞥もせず、千代田は、ぎり、と自分の二の腕に爪を食い込ませながら言葉を継ぐ。
確かに、千代田の言う通りかもしれない。
だが、俺にはあの指輪にこだわる理由がある。あの指輪に。
あの艤装に——
提督「——え?」
間抜けな声が、不随意に漏れた。
耳に届いてからようやく、それが自分の声だと気付いた程に無意識に出たその声を合図に、俺の頭も体も同時に止まった。 -
268 : 2015/06/21(日) 17:38:24.91 -
艤装。
千代田は今、艤装、と言ったのか。何を。
船体に施された装備を指す言葉として、或いは艦娘が身に纏う、彼女らの前世を模した砲や魚雷発射管、その他各種を指して言うなら問題ない。
が、今のはそうじゃない。ケッコンカッコカリの、指輪。
千代田は、今、間違いなく、それを指して艤装と言った。
それは間違っていない。
あれは艦娘と強い絆を結ぶための指輪だ。
大本営の発表では、そう公開されている。それしか公開されていない。
-
269 : 2015/06/21(日) 17:39:01.43 -
彼女らが操る船体装備は確かに不思議な力を持ち、あの指輪をそれらと類似する品として艤装と認識するのは不自然ではない。
だがそれなら、艤装のような物、或いは、艤装と似た力を持つ物、の筈だ。千代田は何の逡巡も無く、艤装、と言い切った。
彼女らがそれを正確に知るはずがないのに——いや。千代田以前に、一人。
提督「吹雪……?」
千代田の後ろで目を見開いている俺の初期艦が、目に入る。
恐れ、後悔、配慮。
様々な感情が綯交ぜになった視線を俺に向ける吹雪。そうだ、千代田以前に一人。
あの指輪を艤装と言った艦娘が一人、いた。
俺が、気付かなかっただけだ。あの時吹雪は、その艤装は受け取らないと、明確に——
提督「千代田……いや、吹雪。……違う、お前達——」
-
270 : 2015/06/21(日) 17:39:35.27 -
足が震える。
力が入らず、床が本当にここにあるのかを疑う。
後ろ手を机に突かなければ立つことが出来ず、背中を冷や汗がとめどなく伝って落ちていく。提督「お前達、何を——いや、どこまで、知ってる?」
足柄にした質問が厳密には間違っていたことを今、口に出して初めて自覚した。
何を、ではなく、どこまで、だ。
彼女らはどこまで知っている。 -
271 : 2015/06/21(日) 17:40:05.32 -
千代田「彼女達を……ううん、違うわね——」
千代田は俺の質問に答えないまま、青い顔で嘲笑を浮かべてかぶりを振り、す、と再び俺を見る。
何かに耐えるように、或いは自分を痛めつけるように、その爪を未だ二の腕に食い込ませ続けたまま。千代田「——艦娘たちを愛していますか? ……そんなところかしら」
-
272 : 2015/06/21(日) 17:40:34.38 -
『一つ、皆さんに質問があります。艦娘たちを愛していますか?』
-
273 : 2015/06/21(日) 17:41:03.48 -
いつか聞いた問い。
ケッコンカッコカリが発令される僅かに前。
大本営会議室で聞いた、そこに集められた者たちの覚悟を確認するための問い。あの提督に言われた事が思い出される。
俺の事を鈍いと言い、そして、俺がほんの僅かな事柄を除いたほぼ全てを知っている、と重ねた。
その通りだった。
全て、知っていた。
彼女らが知っているということだけを除いて、全てを。 -
274 : 2015/06/21(日) 17:41:39.04 -
千代田「どこまで? 多分、全部よ。私達が知っているって事を提督が知らない、って事まで含めて、全部」
千代田が、吹雪が。
表情は対象であるにもかかわらず、同じような顔色をした二人の娘が俺を見ている。
気付いていたのかもしれない。
無意識に遠ざかっていたのかもしれない。
艦娘達がそれを知っているなら、きっと受けてはもらえない事を知っていたから。 -
275 : 2015/06/21(日) 17:42:12.66 -
吹雪「——司令官!?」
千代田「っ!?」
ふ、と。
闇が目の前に降ってきた。
同時に、吹雪の悲鳴と、千代田の息継ぎが耳に残る。
が、その二人の姿がどこにあるのかはわからなかった。そしてすぐに、腰、背中と連続して衝撃が伝わる。
何が起こったのか。
それを確認するより前に、俺の意識は闇に沈んだ。いつか、そう願ったその通りに、俺の意識は闇に沈んでいった。
-
276 : 2015/06/21(日) 17:42:57.26 -
共に戦うことが出来たなら。
共に傷つくことが出来たなら。
そして、もしその時が来るとして、共に沈むことが出来たなら。 -
277 : 2015/06/21(日) 17:43:43.00 -
それは、どんなにか素敵な事だろう。
-
278 : 2015/06/21(日) 17:44:19.68 -
今回の安価は無しです、すみません。
どうせ最後なので、滅茶苦茶言わせました。文脈、思考の繋がっていない事、いない事。
ここまでお付き合いいただいた皆様にあっては、本当にありがとうございました。
ようやく進展でございます。 -
281 : 2015/06/21(日) 17:58:40.06 -
>千代田「どこまで? 多分、全部よ。私達が知っているって事を提督が知らない、って事まで含めて、全部」
知 っ て る な ら 初 め か ら 言 え
-
347 : 2015/07/06(月) 22:40:15.65 -
……本当に……
「ごめんなさい」…
それしかいう言葉がみつからない…お待たせしましたです。ちょっとしたら落としますです。
-
349 : 2015/07/06(月) 22:47:41.89 - じゃ、行っきまーす。
-
350 : 2015/07/06(月) 22:48:57.17 -
艦娘は人ではない。
微睡みの底で、軍学校でよく聞かされた言葉を、文字とも声とも取れない形で延々と受け取り続けている。
この言葉をきちんと守れていたなら、お互いにこんなに苦しまないで済んだのだろうか。 -
351 : 2015/07/06(月) 22:49:24.06 -
12.提督
-
352 : 2015/07/06(月) 22:50:25.56 -
別に、突出したものは無かったと思う。
吹雪「はじめまして、吹雪です。よろしくお願いいたします!」
提督「お、おう。よろしく」
そこまで強い使命感があったわけではない。
もう随分前の話、何処からともなく黒い艦隊が現れて、海は彼らの物になった。
そのせいで地球は人類にとって幾分か住み辛い環境になってしまったから、せめてそれを何とかするのに貢献できれば、と仕官した。勉強して、体を鍛えて、学校に入って。
そして最前線を希望した結果、『提督』になれた。
それだけだ。 -
353 : 2015/07/06(月) 22:50:59.61 -
提督になること自体は、そんなに難しくない。
条件としては妖精が見れる事、それと霊場たる鎮守府を維持できる霊媒体質である事。
それが最優先事項。
それら条件にしたって、先天的にそれらを満たしている人間はもちろんいるが、絶対に鍛えられない訳でもない。現在、海軍が協力を請うている妖精以外の妖精がどうなのかは知らないが、少なくともこの妖精を見るのに妖精の目は必要ない。
信心と、それを基にした技術。
噛み砕けば妖精が見えると信じる事、そしてその為の努力が出来る事。
これさえ出来れば、いずれ見ることが出来る。
霊場を維持するのだって、意識する場所が目以外になったというだけで、難易度はそこまで変わらない。要は、八百万の神に対する信心、超常に対する寛容さを持ちやすい日本人のメンタリティからすれば、『提督』になることはさほど難しい事ではない。
まあ、海軍内部的には人格査定やら、その他煩雑な基準もあるにはあるが、結果として俺はそれをパスして提督になった。
一応その際、座学や身体能力その他を総合した成績で優秀という評価を頂いたが、そんな評価があったとしても、俺が何が特別なわけでもない凡百の提督である、ということに変わりはない。 -
354 : 2015/07/06(月) 22:51:54.83 -
提督としての『出自』が平凡ならその後の経過は、と問われても何も出ない。
深海棲艦に対する戦況のパイオニアというわけでも、艦娘運用に革新的なものをもたらしたわけでもない。『提督』の適正審査やその鍛錬方法、そして鎮守府を維持する技術が既に確立され、深海棲艦と渡り合う様々な術がとっくに出来上がった後に着任し、先輩提督たちの後追いで戦果を挙げるのがちょっと上手くいっただけ。
踏み固められた道を行くのはそう大変な事でもなく、座学で得た知識も相まって上手に回すことが出来ただけだから、何を自慢できるわけでもない。けれど、そんな誰かが整えてくれた土台のお蔭で、鎮守府の運用は初期の頃から大分上手に行っていたと思う。
吹雪「作戦が完了したようですね、お疲れ様です」
提督「おう、お疲れ様。よく頑張ったな」
吹雪「えへへ、司令官のおかげです」
-
355 : 2015/07/06(月) 22:52:24.25 -
初期艦の吹雪も、よくやってくれていた。
座学と現場は違う。
何の世界でもそうだが、生の知識というのは、何と言うか腹に溜まる。
ずしりとクるだけあって、一気に摂取してしまうと、消化不良を起こす。
それを効率良く身にするために知識があるに越したことは無いのだが、それでも尚一杯一杯になりかけた俺を吹雪が横から助けてくれた回数は、両の手足では足りない。吹雪「あっ、新しい仲間が来たみたいですよ!」
そして慌ただしく過ごしていく中で、すぐに仲間も増えて行った。
五月雨「五月雨っていいます! よろしくお願いします。護衛任務はお任せください!」
球磨「クマー。よろしくだクマ」
赤城「航空母艦、赤城です。空母機動部隊を編成するなら、私にお任せくださいませ」
-
356 : 2015/07/06(月) 22:52:51.25 -
艦種が増えた分だけ戦術が広がる。
何より、鎮守府が賑やかになった。
始めは俺と吹雪の二人だけだった鎮守府も、所帯がどんどん大きくなっていき、戦果もそれに伴って上昇していく。
施設の規模もその度に拡張していき、新しく着任する娘が来てくれるたびに、歓迎会なんかを開く余裕が出てくるまでそうはかからなかった。
それに従って内外を問わず、関わる人達も増えていく。情勢がある程度安定しているとはいえ、予断を許さない戦況であることを理解はしていたから、締めるところは締めていた。
が、それでも、鎮守府での生活は純粋に楽しかった。
やり甲斐のある事がたくさんあって、自分を慕ってくれる戦友がたくさんいて、自分も彼女らを信頼して。 -
357 : 2015/07/06(月) 22:53:27.83 -
それからもたくさん、一緒に笑って、一緒に悩んで、一緒に騒いで、時々喧嘩もして。
何が、人ではない、だ。
彼女らはこんなに人間だ。彼女らと、ずっと一緒に。
その為になら、何だってしよう。心に決めたのはその頃だった。
-
358 : 2015/07/06(月) 22:54:04.38 -
— — —
-
359 : 2015/07/06(月) 22:54:31.88 -
鎮守府の規模と評価が上がるにつれ、強力な艦を相手取る事や大規模な作戦も増えてきたが、良く練度を向上させた彼女達は、簡単に、とはいかないまでも、それでも立ちふさがる深海棲艦達を悉く打ち破っていった。
俺も今までのノウハウを、そして自身でも海図と睨み合いをしながら彼女らのサポートを行った。
元々勉強なんかは嫌いではなかったし、何よりそうして学んだもの、考えたものは必ずどこかで艦娘たちの役に立つ。
そう思えば何の苦でもなかった。所帯も更に大きくなって、作戦行動以外の時間を持て余す娘達も増えてきた。
彼女らは手隙に各々でやる事を見つけ、自分らの余暇を楽しむだけでなく、更なる自己研鑚に努めたり、鎮守府内の整理や整備、果ては俺の手伝いや身の回りの事にまで気を回しだした。
鎮守府設備はともかくとして、俺の世話に関しては、自分の事は自分で、と初めは断っていたものの吹雪「司令官の事だけを省くと、むしろ時間がかかっちゃうんですよ。大人しくこっちに任せて下さい」
との言から、結局は押し切られる形になった。
-
360 : 2015/07/06(月) 22:55:06.19 -
始めはありがたくも情けないとは思ったが、実際、空いた時間を別の事に当てられるのは大変助かった。
かといって、それらが得意な娘達にばかり負担をかけてもいられまいと、鎮守府内部の役割の回し方を考えた。
それを骨子に艦娘達は多少俺が不在でも十分鎮守府としての役割を果たせてしまうようなシフト割を組めるようになってしまうのだが、それはそれ。
ともかくそれの草案を組めたということで一応俺の面子は保たれ、同時に俺にとっても鎮守府にとっても、あらゆる意味において艦娘達はなくてはならない存在となった。
ここでの仕事は、暮らしは、生活はますます充実していく。そして一緒に、ますます上を。
そんな矢先だった。
-
361 : 2015/07/06(月) 22:55:54.01 -
「艦隊帰投! 工廠に連絡を急いで! ストレッチャー回して!」
作戦完遂するも、吹雪、大破。
轟沈寸前まで負ったダメージが、魂にギリギリ『追い付かない』内に帰投できたのは奇跡としか言いようが無かった。
それなりに大きな作戦だった。
敵陣営最深部へはあと少しで、幾らかの被害はあれどこちらの艦隊の余力は充分、更にはあと一押しで詰め切れる戦況だった。
が、そんな背景はどうでも良い。
事実は、敵の砲撃の当たり所を悪くした吹雪が、艦娘の魂の核を直撃され、僚艦達の曳航で何とか鎮守府に辿り着けた。
それだけだ。帰投の知らせを聞くや、指令室を飛び出し、ドッグへの道でストレッチャーに追いついた。
-
362 : 2015/07/06(月) 22:56:32.19 -
提督「吹雪!」
乗せられた寝台車はおろか、通る場所全てを血塗れにして運ばれていく彼女は、俺を見つけると震える手をふらりと上げ、目を細めた。
提督「吹雪、吹雪!」
壊れた蓄音機でももっとマシな声を発信しただろう。
気遣うでもなく、加療の役に立つわけでもない。
ただ彼女の名前を繰り返し、掲げられた手を握るだけの俺に、それでも吹雪は安心したように口を開いた。吹雪「えへへ、司令、官。私……やりまし、た、よ?」
提督「いい、そんなの、いいっ! 吹雪、頼む、吹雪……っ!」
-
363 : 2015/07/06(月) 22:57:09.64 -
弱々しい笑顔。
切れ切れの息。
力なく握り返してくる手。「止血、きつく押さえて! 吹雪、意識をしっかり! 寝ちゃダメよっ!」
顔と、俺が握る手だけが綺麗だったそうだ。
他のガーゼやシーツに包まれていた部分は、見れたものではなかったらしい。
何がいけなかった、どこに問題が。
何故、吹雪がこんな。
彼女らが戦う後ろで、俺はこんな役に立たないまま喚き散らす事が出来るほどなのに、どうして。何が、誰が。
-
364 : 2015/07/06(月) 22:57:49.37 -
「提督は、ここでっ! 必要燃料、鋼材は!? 高速修復剤の用意を——」
そして幾人もの艦娘達に付き添われ、工廠の扉の向こうに吹雪は消えて行った。
明石「ここまで来たら大丈夫ですよ、提督。ちょっと時間はかかるかもしれませんが、もう安心です」
ここから先は、艦娘達の領域だ。
俺にできることは、もう何も。扉の前で立ち尽くす俺に、応急処置を施してくれていた明石が声をかけてくる。
提督「ああ、すまない——」
どっと、肩の上から疲労が体に落ちてきた。
それが安心によるものなのか、無力感によるものなのか。
どちらかはわからなかったが、それでも立ったままでいるのは酷く辛かった。
扉の傍に備えられたソファに、腰を下ろそうと思いそちらに踵を返す。
ここにいたところで何の役にも立たない事は分かっているが、それでも吹雪の傍に—— -
365 : 2015/07/06(月) 22:58:27.52 -
提督「……明石、後は頼む」
明石「え、提督……? だって、もうすぐ——」
口からするりと、言葉が滑り出した。
明石の言葉を途中までしか聞かないまま、意思に反してソファに向かわず廊下をのろのろと歩き出した俺の脚は、肉体の、理性の動きに反して、体を来た道そのままに引き返えらせた。違う。
このままではいけない。
何か、何か俺にできることは。ぼんやりと狭まった視界の外には、さっきまで手を握っていた吹雪の表情、血の感触が生々しくちらつく。
一歩一歩がひどく重い足取りは、体を前に運ぶたびに吹雪の血痕を踏み付け、それでも進んだ。 -
366 : 2015/07/06(月) 22:58:57.31 -
執務室に着くや、本棚の前に立つ。
そこから既に一通り目を通した、海戦における戦術指南本、過去の艦隊戦の記録、船体や艤装の解説書——とにかく、目についた資料を片端から引きずり出した。提督「邪魔だな」
机の上に載った作戦資料、報告書を適当に床に落とし、本を積み上げる。
そして一番上に載った本から机に広げた。艦娘達は、頑張ってくれている。
彼女らの努力を、戦いを、無駄にしたくはない。
俺にできるのは、彼女らを上手く指揮すること、彼女らが目いっぱい動けるようにサポートする事。
今までと変わらない事を、しかし今まで以上に。 -
367 : 2015/07/06(月) 22:59:40.29 -
『何か』があってからでは間に合わない。
そんな不測の事態が無いようにしなければならない。
それには何が必要なのか。
練度、火力、装甲、速度、資材、兵装、戦術、先見、経験、勘——。
戦いに必要なものをとにかく探って、ひたすらページを繰り続けて暫く経った頃。吹雪「——司令官、失礼しますね」
-
368 : 2015/07/06(月) 23:00:35.39 -
その手が、ぎしり、と止まる。
一瞬返答に詰まったのは、扉の向こうから聞えた声のせいだ。声自体に驚いたというわけではない。
もちろん、その声の主のせいだ。どれ程、本にかじりついていたのかは覚えていない。
ただ、そこまで長い時間ではなかったと思う。だが、とてもじゃないが人の傷の一つであっても塞ぐのは難しい、そんな短い時間だったのは明確に覚えている。
提督「開いてるぞ。入ってくれ、吹雪」
吹雪「失礼します」
-
369 : 2015/07/06(月) 23:01:11.46 -
そして俺の声に応じてあっさり開いた扉の向こうから、吹雪が執務室に入ってきた。
艤装は置いてきたのだろうが、きっちり服の襟を正して、少しだけ照れくさそうに笑った吹雪は、俺に向かってぴしりと綺麗に右手を掲げた。吹雪「作戦完了……したんですけど、ちょっと危なかったみたいです。ご心配をおかけしてすみませんでした」
提督「いや、いいんだ。よく無事でいてくれた。……本当にもう大丈夫なのか?」
吹雪「ええ、ばっちりです。何でしたらもう一出撃くらい、全然おっけーです」
半袖を更に捲り、二の腕に力を籠めて吹雪はにっこりと笑った。
その見目には傷一つなく、服装にも綻びは無い。
彼女らの服装も艤装の一部であり魂と密接な関係を持つ。
そして吹雪がその時身に着けていた服装一式には傷どころか汚れ一つなく、つまり修復は見事に完了していた。吹雪「あれ、司令官、報告書とかが床に——わぷっ!?」
-
370 : 2015/07/06(月) 23:01:52.85 -
提督「良かった、本当に」
確か、俺は笑っていたと思う。
吹雪に歩み寄り、彼女の後頭部に腕を回してしっかりと抱き寄せた。
数分前の弱々しい彼女からは想像もできない力強さで、腕の中で吹雪がもがいた。吹雪「司、司令官!?」
腕の中で体温を上げていく吹雪の抗議を無視し、腕に一層力を込めて目を閉じ、全身で吹雪を感じる。
吹雪は無事なのだ、と。 -
371 : 2015/07/06(月) 23:02:23.04 -
しっかと固めた腕からの脱出は不可能そうだと悟ったのか、やがて吹雪はその抵抗を弱め、恐る恐ると言った体で俺の背中に同じように手を回してきた。
吹雪「司、令官……。あの……」
提督「何だ?」
吹雪「あの、ご心配、おかけしました。……ごめんなさい」
提督「いい。いいんだ、吹雪。……本当に良かった」
吹雪「…………はい」
少し長い沈黙の後、吹雪は俺の胸の中で弱々しく頷き、そのか細い声が瞼の裏の闇を一瞬、赤く染めた。
ピシリ、と、俺の中で何かの音が聞こえたが、それには気付かないふりをした。
-
372 : 2015/07/06(月) 23:02:54.96 -
— — —
-
373 : 2015/07/06(月) 23:03:26.89 -
艦娘は人では無い。
あの瞬間にそれを理解したのだろうと、今ならわかる。
そして、同時にその認識に蓋をしたことも。戦い、時に傷付こうとも快復し、再び海上に立つ。
彼女らはそういう存在だ。それは動かしようのない事実であり、同時に彼女らが背負う矜持でもある。
人では無い、という言葉には何の侮蔑も拒絶も含まれておらず、ただ彼女らの存在を端的に表し、それを理解するように促す警句だ。
彼女らは人ではなく、艦娘なのだ、と。きっと、俺はまずそれを飲み込まなければならなかった。
築かれた土台を自分の実力だと勘違いしてしまう前に。 -
374 : 2015/07/06(月) 23:04:01.67 -
優秀と言われ調子に乗った人間が、一度は陥る落とし穴。
踏み固められた道に乗っていただけの癖に、その路肩に立っている注意書きを無視する愚行としか言えないような反骨心。
優秀だから。
上手くいっているから。
前にへまをした幾人もの人間と同じ轍を踏むなんて夢にも思わなかった。
いつの間にか、その穴に体全てが嵌っていることに気付きもせず。それ以降も時折、艦娘達が酷く大破し、工廠に運び込まれることがあった。
その度に俺は彼女らの傷ついた姿を目にし、快復した姿に戸惑った。 -
375 : 2015/07/06(月) 23:04:32.12 -
付き添うと、彼女らの息吹を感じるのだ。
吐息は鈍器、腕を伝う血は刃物だ。
それらに打ちのめされ、自分の中の理性は崩れていく。
それを確かに感じながら、俺はそれから目を逸らした。
そして俺の心の損傷は、あの日の吹雪の傷と同じように、蓋の下で俺に気付かれないままぐずぐずと襞を広げていった。勉強する時間が増えた。
始めは、牙が欲しかった。
彼女らのような、牙が。
それを求めても手に入らないのは分かっていたから、次は知識を求めた。 -
376 : 2015/07/06(月) 23:05:01.15 -
過去の、それも艦娘達が現れた時よりもっと昔の、艦船が海上を航行し火力を運用するようになったその黎明期のものまで遡って片っ端から。
幸い、俺の仕事は艦娘達が肩代わりしてくれるのも多く、時間の確保は容易だった。水上戦、航空戦、対空戦、潜水戦、対潜戦、火砲、魚雷、機雷、爆雷、単縦、複縦、単横、輪形、傘形、夾叉、至近、直撃、破損、轟沈——。
学ぶべきことは山とあり、そしてそれを学ぶにつれますます確実なものなど何一つないという結論に近づいていく。
当然だ。
確実に戦況を操る術があるのなら、そもそもこうやって資料を残す意味すらない。
知識が深くなるにつれ、今までの戦果、被害が奇跡に近い事を思い知る。
彼女らの『前世』に則れば、一発の直撃弾はそれだけで艦には致命傷だ。
ならば現状は細すぎる張り綱の上でギリギリバランスを保っている様なもので、下にはどうしようもない不安の大穴がぽっかりと口を開けている。 -
377 : 2015/07/06(月) 23:05:38.78 -
その混沌を覗き込み、問う。
この奇跡は、いったいいつまで。彼女らと、ずっと一緒に。
その為になら、何だって。心に決めた誓いはいつしか形を歪め、しかしなおも俺を前に進ませる原動力であり続けた。
己の手すら溶ける暗夜を、ただひたすらに進み続けて。 -
378 : 2015/07/06(月) 23:06:09.33 -
そして、そんな頃だったと思う。
あの噂が、鎮守府に回り出したのは。 -
379 : 2015/07/06(月) 23:06:40.65 - 一旦ここまで。ちょっと後に再開ー。
-
386 : 2015/07/06(月) 23:34:24.12 - ステンバーイ……ステンバーイ……ゴッ
-
387 : 2015/07/06(月) 23:35:10.02 -
艦娘のほぼ全ては、顕現時に酷い過呼吸に見舞われる。
それは心の、そして『艦の記憶』に因るものだと言われている。
概ね正しいと思う。 -
388 : 2015/07/06(月) 23:36:07.66 -
13.艦娘
-
389 : 2015/07/06(月) 23:37:25.28 -
提督「初めまして。まずは、自己紹介か」
白い清潔なシーツと同じ色の病人着。
それを探って無意識に動く手。
そしてそれを見る眼——というより『自分』。これは何だと体を起こし、その動きに更に戸惑い、目の前に差し出された手に一層混乱が深まった。
何だこれは、一体どうしたのだ、『私』は。提督「混乱は大いにごもっともだ。まあ、すぐに理解できるだろうから、ちょっと聞いてくれ」
-
390 : 2015/07/06(月) 23:38:03.73 -
自分が体を起こしたベッド脇に立ち、手を差し出していた青年が、いつまでも握られない手を苦笑いと共に引っ込める。
代わりにその手で近くの丸椅子を引っ張ってきて、自分の顔が見える場所に腰かけた。
彼の後ろには、艶やかな黒髪をうなじの辺りで短く結んだ少女が柔らかく微笑んで控える。
初対面の筈の彼女の名前が、何故か明瞭に頭に浮かんだ。『吹雪』。提督「体調はどうかな。大体の娘達は丸一日寝た後に起きるんだが、君の調子がまだ悪いなら無理強いはしない。もう少し休みたいというならそうしよう」
頭、首、胴、手、足、そして思考と、心。
疑問を持ちつつ、しかし『考える』より遥かに先に思い通りに動くそれらに当惑しつつも何とか操り、或いは操られながら状況の把握に努める。
そんな具合にきょろきょろと辺りを見回す自分に気を悪くした様子もなく、むしろ慣れているような所作で青年は話を続けた。 -
391 : 2015/07/06(月) 23:38:48.80 -
ここは、どこだ。
白い壁に天井。
幾つものベッドが並べられた『部屋』という囲いだろう。
かつては自身が収まるどころか、自らの中に複数保有していたはずの囲いの中に、何故自分が。
そして何より。傍らに座る青年に目を戻す。
そして何より、彼が身を包む白い服装。
今、身の回り取り囲む幾多の疑問は、どれも自分の理解に及ばない。
が、目の前のこのいくらかくたびれた白い装いは、それら漠々たる不可思議の中で唯一見覚えのあるもので。提督「落ち着いてからで構わないから、少し体を動かすと良い。すぐに慣れるだろうけど、何か問題があったら彼女、吹雪に言ってくれ」
提督「大体何でも出来るから、彼女を頼るといい」
-
392 : 2015/07/06(月) 23:39:53.08 -
青年に視線で示された吹雪は、後ろで組んでいた手を解き、先ほどの青年と同じように自分に向かって手を差し出してくる。
吹雪「吹雪です。えっと……お久しぶり、でいいですか? また会えて、本当に嬉しいです」
今度はきちんと手を握り返し、その感触にまた驚いて急いで手を引っ込める。
柔い。
暖かい。感覚は痛みすら伴って全身を伝わり、その刺激を呼び水に様々なものが次第に明瞭になってくる。
ああ、なるほど。
私は、ここは、これは。 -
393 : 2015/07/06(月) 23:40:40.91 -
提督「段々と落ち着いてきたみたいだし、仕切り直そうか」
そんな自分の様子を見ていたのだろう、意識の焦点がきちんとあってきた頃合を見計らったように青年が再び口を開いた。
提督「改めて、初めまして。これから君の上官になる者だ。君を指揮していた先達と比べられると色々と及ばないと思うが、どうぞよろしく頼む」
提督「辛いとは思うが、再び俺たちに力を貸してほしい」
そして再び差し出された手を今度こそしっかりと握り返し、口を開く。
名前を聞いた青年は少しだけ悲しそうに、しかしそれ以上に嬉しそうに笑った。
こちらまでつられそうになる、良い笑顔だった。ほとんど全ての艦娘が通った提督との出会いは、概ね、そんな具合。
-
394 : 2015/07/06(月) 23:41:22.28 -
— — —
-
395 : 2015/07/06(月) 23:41:54.11 -
— — —
-
396 : 2015/07/06(月) 23:43:22.59 -
艦娘の出自は、船だ。
必要とされて生み出された存在。
人が海を駆けるために必要とした道具の一種で、人間の矛や盾たらんと建造された艦船。
それは人の為にのみ存在し、そしてそれを根底に持つ私達が存在理由を同じくしているのは道理だ。反面、艦娘現出の原因は未だに不明とされている。
大抵の艦娘達は顕現と同時、或いはそれから程なくして自らの存在や現状、言葉や一般知識に加えた生活やこれからの行動に関する、いわば人間としての常識を『思い出す』。
中世ヨーロッパの錬金術によって生み出されるとされるフラスコの中の人造生命体のようだと言われる事もあるが、彼らのように全てを知っているわけではない。
これはきっと過去、私達に接し、私達を率い、私達が擁してきた同輩やその他の人間達が与えてくれたものなのだろう。そして、その彼等の遺した勇気や愛、希望等の言わば『正の感情』を基に深海棲艦への対抗手段として顕現したのが、私達艦娘だ。
——というのが一般的な説である。
-
397 : 2015/07/06(月) 23:43:54.85 -
無論、対向がある。
とは言っても少数派であるが。艦娘こそ無念の塊である、というものがその代表格だ。
-
398 : 2015/07/06(月) 23:44:35.24 -
私達艦娘のほぼ全ては、その顕現時に酷い過呼吸に見舞われる。
それは心の、そして『艦の記憶』に因るものだと言われている。
概ね正しいと思う。
過呼吸の理由は、艦船時の『記憶』を圧迫して理解する際に生じる、心のオーバーフローだ。艦の殆どは、その乗組員達と命運を共にしている。
あるものは戦役中に、あるものは救助の活動中に、あるものはそれらの道中で。
いずれにせよその鉄の巨体は、数の多少はあるものの、共に戦うべき、そして守るべきもの達を大勢巻き込んで海中に没している。その姿を『見』ながら、その時、私達には何も無かった。
掴む手も。
歩み寄る足も。
考える頭も。
そしてそれを辛いと感じる心すら。 -
399 : 2015/07/06(月) 23:45:13.62 -
義勇こそが私達の根幹であるという説を否定する気は毛頭ない。
が、それでもやはりこの目に、この体に、この心に焼き付くのはあの光景だ。艦娘達は、同魂異体、同じ姿形を取ろうとも、それぞれは別の個体だ。
それぞれがそれぞれの心、思い、考えを持っている。
だから個々人毎に異なった思想や信念を持つことも当たり前だが、そんな中で意外にも、無念こそ艦娘の根底であると考える艦娘はそう少なくない。
決して多くも無いが。真相がどちらの論でも構わないがともかく、だから私達艦娘は、存在そのものを人の為とし、迷わない。
進めと言われれば進み、退けと言われれば退く。
無茶を通せと言われれば道理など踏み倒し、戦えと言われれば身体が最後の一片になろうと敵の喉笛を噛み砕こう。そして人の為に沈めと言われれば、それすら躊躇うまい。
臭い言葉と笑われるかもしれないが、道具であるが故の、そして義勇か或いは無念を芯に持つが故の、人への愛のためだ。 -
400 : 2015/07/06(月) 23:46:11.65 -
無念や怨念、怨嗟に身を縛られるつもりはない。
人の為に造られ、今や彼らと同じくなった身。
たまに、艦のままであった方が楽だったと思うときはあるものの、愛する彼らに近づき、頼られ、家族のように寄り添うことが出来る今のこの身体に不満は無い。だから、私達の事を真に考えてくれる提督である『あなた』の元に顕現できた事は、本当に幸せな事なのだ。
私達はすでに艦ではないのだから。 -
401 : 2015/07/06(月) 23:46:55.24 -
— — —
-
402 : 2015/07/06(月) 23:47:31.06 -
吹雪「……千代田さんは?」
古鷹「ようやく眠ったよ。取り乱さなかったのは流石だけど、大分参ってて困っちゃった」
提督が倒れた後、室内に残された吹雪と千代田はとりあえず彼を寝かせようと医務室に向かった。
その途中で偶然、古鷹に会い、彼女と一緒に提督をベッドに寝かせ、その後、古鷹が鎮守府全体への一斉で提督の不調を知らせた。提督が骨子を作り、艦娘達が肉付けをした運用規範がある。
提督の不在がある程度続こうが、運営自体に問題は無い。
だから、艦娘達は提督の心配をする以外に心を割かずに済んだ。彼が広げた混乱を早急に収めたのが、倒れた彼自身が作ったモノと言うのが何とも皮肉めいているが、それはそれ。
提督がきちんとこの鎮守府を作ってきた証拠だ。
その原動力が何物であったにせよ。 -
403 : 2015/07/06(月) 23:48:00.14 -
そして概ね鎮守府全体が落ち着いた頃、提督が倒れた直後から塞ぎ込み黙々と行動していた千代田は、緊張の糸が切れたのか、或いは苛立ちに任せた自分の行動を理解したのか、はらはらと涙を流し、一層押し黙ってしまった。
古鷹がその世話を請け負い、手伝いに呼んだ彼女の姉の千歳と共に、千歳型の部屋に連れ立ち、寝かしつけたそうだ。
だが、彼女が寝入った後、せめて楽な服装に、と着替えさせようとすると、彼女自身の左の二の腕を掴んだ右手がきつく固まって離れなかったらしい。古鷹「執務室から提督を運ぶとき以外、ずっと握ってたみたいで」
ようやく解けた時には、彼女の二の腕はくっきりと手の形に青く変色していたそうだ。
特に、自分を責めるように食い込ませていた爪の部分は内出血を起こしていたようで、今も千歳がつきっきりで加療をしているらしい。古鷹「殊更強い感情を込めちゃったみたいだから、あれはすぐには治らないかも。……まあ、無理もないとは思うけど」
吹雪「ありがとうございます。私じゃ、多分、駄目だったと思いますから」
古鷹「そんなことは無いと思うけど」
-
404 : 2015/07/06(月) 23:48:46.14 -
執務室の赤い革ソファに座り、膝を抱える。
数十分前までは、『内』がどうだったにせよ、元気そうにしていた提督が倒れた。
それは吹雪にとって決して弱くは無いショックだ。が、同時にこれはいつか来る日でもあった。
吹雪が、ひいてはこの艦隊の全員が先送りにしていただけで。
千代田がきっかけを作っただけで、いや、その場にいた自分も同罪か。古鷹「鎮守府全体が共犯だよ。吹雪ちゃんだけが背負う事じゃないから」
て言うかむしろ、一人で背負われるのはズルいかな。と古鷹が隣に座りこんで笑う。
その手には黒く小さな直方体が握られていた。古鷹「明石さんとか大淀さん、夕張さんとかが睨んでた通り、相当の数があったよ。……もっとも、数だけを言ったら遥かに予想の上だったけど」
-
405 : 2015/07/06(月) 23:49:55.25 -
提督のベルトに結着された鍵束。
気絶した彼を寝かしつけた際にそれを抜き取っていたらしい古鷹は、執務室に着くや、袖机の二段目の引き出しを開け、小箱を取り出してきた。
指輪の小箱を見る古鷹の目から、紫電の光がチリチリと奔る。
重巡の姉として、鎮守府のつなぎ役として冷静を保っている古鷹の激情はあまり見ることは無い。古鷹「隠してるつもりだったのかわからないけど、分かり易いったらなかったよね。あそこに触ろうとすると、提督、すごく怒るんだもん」
吹雪「ふふ、そうですね……」
じっと顔を見られていることに気付いたのだろう、ぱっと表情を明るくした古鷹は吹雪にそう言って笑いかける。
が、否が応にも左目から漏れ出る光は、彼女の感情があまり静まっていないのを如実に語る。 -
406 : 2015/07/06(月) 23:50:25.96 -
古鷹「……もうっ」
ぎこちない吹雪の返事と視線に、古鷹はため息と共に左手で目に蓋をして、ソファの背もたれにぼすっと体を預けた。
古鷹「結局、こうなっちゃったね」
吹雪「……そうですね」
しばしの沈黙の後、古鷹が口を開いた。
この結果は、予想の範疇だ。
拒絶の結果、彼がこうなるのは何となくだが目に見えていた。
勿論、ああしたくて、ああしたわけではない。
別の方法は無いかと、ずっと考えていた。
そして皆がそれぞれこれならばという方法を試み、それが結実するまでの間、結論を遅らせていただけだ。 -
407 : 2015/07/06(月) 23:51:03.37 -
古鷹「……提督、大丈夫かな」
吹雪「……大丈夫ですよ。提督ですもん」
だが逆に、必要な事でもあった。
現状を突きつける事。
彼が理解しつつも、そして何となく気づきつつも目を逸らしていた事実を。大切にしてもらっていた。
それこそ愛玩のように。
提督は時々、腫れ物に触れるが如く艦娘に接していた。
お蔭でここで生きるのはとても『楽』だった。その原因は何となくわかる。
だが、吹雪達が求めるのはそれでは秋月「——失礼します。お連れしました」
-
408 : 2015/07/06(月) 23:51:39.50 -
コンコン、と控えめなノックの音に続いた控えめなアルトボイスが、部屋の中に通る。
それを合図に、吹雪と古鷹はソファから腰を浮かし、背筋を伸ばして扉に正対した。そしてかちゃりと開いた扉の向こうから秋月が、そして秋月に促されて一人の男性が室内に入ってきた。
吹雪「——昨日の今日でお呼び立てしてすみません。お忙しいところを本当に」
老提督「いや、畏まらないで楽にしてほしい。道すがら、秋月君から大体の事情は聞いた。大変だったね」
顔は昨日見たばかりだが、言葉を交わしたのは提督を含めても数少ない。
吹雪の言葉を受け、いささか老いた、しかしそれでもなお第一線に居続ける老提督は物腰柔らかく、恐らく昨日も座ったであろうソファの真ん中に再び腰を下ろした。 -
409 : 2015/07/06(月) 23:52:05.37 -
吹雪「私達だけで応対する無礼をお許しください。ですが」
老提督「ああ、構わん。君達が何を聞きたいのかは大体わかるし、多分、彼をあそこまで追い込んだのは、我々年寄りにも責任の一端はあるだろうから」
かといって、若者にはそれを自分で跳ねのけてほしかったのもあるがな、と老提督はあらかじめ吹雪が用意していた茶に口を付けた。
熱、と小さく呟いたものの、彼はそれをぐっと一気に煽り、さて、と左手で膝を叩いた。老提督「もてなしを用意しておいてもらって悪いが、場所を変えたい。ここじゃあ、少し狭いし、人数も足りないからな。君たち全員に関わる事だから」
古鷹「助かります。すぐに手配しますので、ここで少々お待ち下さい。——秋月ちゃん、手伝ってもらえる?」
秋月「はい。——失礼します」
秋月を伴った古鷹が退出した後、室内には吹雪と老提督が残り、しばしの沈黙が流れる。
かといって吹雪は緊張して黙っているわけではない。
視線は一点に集中されている。老提督「——やはり、気になるかね?」
-
410 : 2015/07/06(月) 23:52:38.19 -
吹雪「え。……はい、すみません」
老提督「謝る必要はない、仕方ない事だ。まして事情をある程度知っているなら尚更な」
膝小僧の間で組まれた手。
その左の薬指の銀環を指して、老提督は笑った。
提督とは違う、しかしこれも応じる人に安心を与える笑顔だ。提督の資質は妖精の存在を感じれる事と鎮守府を維持できる事と聞くが、こんな顔が出来るのも資質の一つなのかも、と吹雪はふと思った。
老提督「さて。……それじゃあ、どこから話したものかな」
老提督の言葉を受けて、指輪がきらりと光る。
艦娘と人間との魂を絆で結びつける、銀の環が。 -
411 : 2015/07/06(月) 23:54:14.37 -
>>1ボキャブラリーが…尽きた…?
ネタを上手にばらすってこんなに難しいんですね。
世の作家さんたちは偉大です。
今回の安価も無しです。今日はここまで—。しかし今考えれば、情報開示じゃなくて設定開示でしたね。今更ですが。
-
412 : 2015/07/06(月) 23:54:47.58 - あ、>>395ミスはすみませんでした。恥ずい。
-
506 : 2015/09/04(金) 19:14:04.26 -
酉これでよかったっけ……。
私事でずいぶん間が空きました。ちょっとこれからも間が空きがちになるとは思いますが、完結は頑張ります。
とはいえ、進行がこちらの方でも読めないのでsage進行で進めます。
お飽きでないのなら気長にお待ちいただければ。
最近のコメント