【艦これ】響「ウラジオストクのヴェールヌイ」


1 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/14(月) 20:11:24.96 ID:vgA+tlJao

※地の文、オリジナル艦娘、独自設定あり

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1442229084


ソース: http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1442229084/


2 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/14(月) 20:12:22.58 ID:vgA+tlJao
—2015年 7月某日—

—日本・茨城県太平洋沖—

響(ヴェールヌイ)「…………」

   夏の盛りなのに、風は冷たい。
   空一面を雲が覆っているからだろうか。

   輸送艇を改造した司令船。私はその舳先に立って、海の向こうをぼうっと見ている。
   後ろからは、司令官や姉妹たちの賑やかな声が聞こえてくる。

暁「司令官、おにぎりっていくつ持ってきたの?」

提督「なんだ暁、もう腹減ったのか」

暁「ち、違うってば! これはその……そう! 食糧の貯蔵量の確認で」

提督「分かってる分かってる……ちゃんと人数分用意してるよ」

雷「お米とか海苔は大丈夫? 足りなかったらいくらでも作ってあげるわ!」

電「だ、ダメですよ……大事な食糧なんですから」


3 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/14(月) 20:14:18.25 ID:vgA+tlJao
提督「そうそう。この船すっとろいからなぁ、下手したら2日はかかるかもしれん」

雷「えぇーっ!?」

暁「もうちょっと速いの無かったの? 司令官!」

提督「文句言うなよ。艤装でウラジオまで行くなんて疲れるだろ? 燃料だって馬鹿にならん。
   それに引き換え、この船なら……」ズズッ

暁「あっ、何そのイス!」

提督「ほーら、こうやって寝っ転がってても着く」ゴロゴロ

雷「だらしないわねー……」

電「これだから少佐どまりなのです」

提督「……言うようになったな、お前」

響「…………」

暁「…………」


4 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/14(月) 20:18:09.84 ID:vgA+tlJao

   背後からトテトテと足音が聞こえる。
   暁がすぐそばにやってきたようだ。

暁「……ねぇ、響。どんなところなの? ウラ、ウラジ……って」

響「ウラジオストク?」

暁「そ、そう! ウラジオストク!」

響「……そうだね。雪はあんまり降らなかったかな」

暁「へぇー、ロシアってどこも真っ白って思ってたけど」

響「流石にそれはね……それに、夏も結構暑かった」

雷「港町だったんでしょ? 横須賀とどっちが立派だった?」

電「おっきな橋があるって聞いたのです」

響「橋? あぁ、あれは最近……」

   いつの間にか、雷と電も近くに来ていた。
   提督は相変わらず、ビーチベッドみたいな椅子で休んでいる。

暁「本で見たけど、あの駅も素敵よね……レディや紳士がたくさん乗ってるのよ、きっと」

提督「こらこら、観光に行くんじゃないんだぞ。合同演習だ、合同演習」ゴロゴロ

暁「司令官だってお休みモードじゃない!」

提督「俺の仕事は向こう行ってからだ。航行は副長さん達に任せたよ。俺よりよっぽど信用できるぞ」


5 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/14(月) 20:22:09.20 ID:vgA+tlJao
電「……でも、司令官さん。合同演習って、もっと大規模な艦隊でやるんじゃないんですか?」

雷「そうよね。私たちだけなんて……」

提督「……知ってのとおり、ロシア海軍も近年になって純国産の艦娘を建造し始めた」

提督「ドイツやイタリアに引き続き、旧連合国側も着々と艦娘を増やしてるわけだな」

提督「何せ、深海棲艦は世界中の海にいる……ロシアだって例外じゃない。
   北方海域から流れてきた奴が、オホーツクや日本海にたびたび出没してるんだ」

提督「ただ、厄介なことに……何でもあの辺りは、潜水艦タイプが妙に多く出てくるらしい。   
   それなのに、ロシア側の艦娘隊には、対潜のノウハウがほとんど無い……」

響「……ほとんど、ってことは無いと思うよ」

雷「?」

提督「ま、あくまで聞いた話だからな。だが何にせよ、ロシア側は対潜技術の向上を求めている」

提督「そこで、今回の演習ってわけだ。日本艦娘の優れた対潜技術を、何としてもモノにしたいんだろう」

電「でも、それなら由良さんや五十鈴さんが……」

提督「何言ってる。『横鎮の六駆』って言やぁ、対潜戦闘じゃトップクラスって有名だぞ?」

雷「あー……たくさんやったわよね、対潜哨戒」

暁「由良さんたちにも褒められたわよね」


6 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/14(月) 20:26:21.00 ID:vgA+tlJao
提督「あちらさんが欲してるのは、装備でも性能でもない。経験だ」

提督「俺が手塩にかけたお前達が、その実績を見込まれて選ばれたんだ。
   ……光栄なことじゃあないか、なぁ」

電「……はい!」

暁「ま、まあ当然よね! そのくらい」

雷「まっかせなさい! ロシアの子たちもしっかり面倒見てあげるわ!」

響「……ふふっ」

暁「あ……」

響「? どうしたんだい?」

暁「ううん、その……ちょっと安心したの。響、さっきからずっと怖い顔だったじゃない」

響「え? ……私が?」

電「はい……ちょっとだけ」

雷「いつも以上に無口だったしね。あんまり、ロシアに良い思い出が無いのかなって。
  ……ごめんなさい。色々聞いちゃって」


7 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/14(月) 20:30:10.74 ID:vgA+tlJao
響「……嫌な思い出なんかじゃないさ」

   吹きつける風に、帽子を押さえる。
   指に触れる、小さな2つの感触。団結の槌と鎌、希望の星。

響「いつだって変わらないよ。楽しいことも、悲しいことも……全部あったから、今の私がいる。
  ……こうやって船の上に立ってると……いろんなことを思い出すんだ」

暁「……ねえ、響。よかったら……」

響「……昔話?」

暁「あっ、だ、ダメならいいのよ。でもね、妹が寂しくなかったかっていうのは、お姉ちゃんとしてしっかりと……」

雷「あ、私聞きたい聞きたい! 響、昔の事はぜーんぜん話してくれないじゃない!」

響「まあ、あんまり……そういう機会がなかったからね」

提督「……そうだな。俺もちょっと興味がある」カチャカチャ

電「響ちゃんさえよければ……私も聞いてみたいのです」


8 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/14(月) 20:34:12.98 ID:vgA+tlJao
響「…………」

暁「ど、どう? 響……」

   暁はちょっと不安そうに、雷と電は目を輝かせて、私の答えを待っている。
   提督は提督で、人数分の椅子を用意しはじめた。いつの間にか甲板に置いていたらしい。

響「……そうだね。これも、いい機会かもしれない」

   私の返事を合図に、みんながパッと笑って椅子に座る。
   自分の事を話すと思うと、なんだか少しむず痒い。
   
   椅子に座りながら、司令船の進む先に目をやる。
   さすがにまだ、あの広大な大陸は見えない。

響「……実はね。ちょうど、この時期だったんだ」

電「えっ?」

響「……1947年の7月。あの時は夜だったけど、やっぱり空は曇っていた」

響「星も月も、ちっとも見えない。……ほんとうに、暗い夜だった——」


9 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/14(月) 20:36:01.93 ID:vgA+tlJao

            эп.1

   Бухта Золотой Рог

           —金角湾—


10 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/14(月) 20:40:05.39 ID:vgA+tlJao
—1947年 7月7日 夜—

—ソ連・ウラジオストク近海—

—駆逐艦「ヴェールヌイ」・甲板—

水兵A「……まるで信じられんね」

水兵B「馬鹿言うな、俺だけじゃない……ソ連の奴らも見たって言ってんだ。
     1人や2人なんて数じゃあない」

水兵A「四六時中酒浸りの奴らだ。お前も一緒に飲んでたんだろうが」

水兵B「あんな酷いもん飲んでられっか! 本当だ、本当にいたんだよ……」

水兵A「……『白い髪の女の子』ねぇ……」

水兵B「誓ってもいい! 昨日の真夜中だ。艦首に、俺のガキと同じくらいの、髪の真っ白な女の子が……
    そうだ、黒い帽子を被ってた。服も確かに水兵の……」

水兵A「へいへい……で、別嬪だったか?」

水兵B「あ? まぁ……多分」

水兵A「そりゃあいい。一度はお目にかかりたいもんだね」

響「どうだろう……やっぱり人によるみたいだよ。こっちの人は才能あるけど」

水兵B「 」

水兵A「……ん?」


11 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/14(月) 20:42:05.46 ID:vgA+tlJao

   ——泡を吹いて倒れた水兵さんを、もう一人が慌てて運んでいく。
   ちょっと悪いことをしてしまったかな。
   でも、あんなに若いのに私たちが見えるのは、結構すごいことかもしれない。

   この頃の私たちには、まだ身体が無かった。
   艦の魂、艦の化身……平たく言えば、フネの幽霊。
   当然、身体がないなら艤装もない。だから、外見は普通の人と変わらない。

響「…………」

   夜の海は静かだった。
   私の他に海を走るのは、ソビエトから来た随伴の潜水艦。
   ……捕虜を連行する憲兵だ。

響(……もう、2年も経つんだね)


12 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/14(月) 20:44:05.52 ID:vgA+tlJao
   ——実を言うとね。あの当時……私は、かなり腐っていた。

   姉妹はみんないなくなって、私だけが沈み損なった。
   最後の最後まで機銃を撃っても、私たちの負けは覆らなかった。

   ……戦い続けたかったわけじゃない。沈みたかったわけでもない。
   ただ……どうしようもない虚しさしか、私には残っていなかった。

   復員艦の仕事は嬉しかったよ。
   やっと、兵隊さんたちを休ませてあげられる……そう思うと、虚しさも吹き飛んだ。

   そして、全てが終わったら……私も休みたいと思った。
   生まれ故郷の舞鶴に帰って、毎日静かに海を見て……。

   けれど……


13 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/14(月) 20:48:03.91 ID:vgA+tlJao
水兵A「……ったく、あいつは……」

ソ連水兵「Привет!」ドタドタ

水兵A「え?」

ソ連水兵「Где инженер?  инженер!」

水兵A「インヂ……ああ、Кроме того, турбины?」

ソ連水兵「Да. Посмотрите на него.」

水兵A「はいよ……どこ行ったかな、おやっさん」

 
響「…………」

   ——私は、売られた。
   
   かつての敵国、ソビエト連邦へ。


14 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/14(月) 20:50:06.02 ID:vgA+tlJao

   いや、その言い方は正しくないかもしれない。
   私が引き渡されたところで、祖国には何一つ得がない。
   
   ……賠償だ。敗北のカタに、捨てられたんだ。

   あれだけ、必死で戦ったのに。
   あれだけ、姉妹を失ったのに。
   あれだけ、兵士を帰したのに。

   ——私は、祖国に捨てられた。

   ——そんな風にしか、思えなかった。

響「…………」


15 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/14(月) 20:52:04.53 ID:vgA+tlJao

   今なら分かる。私が選ばれたのは、ただの運だった。
   抽選で選ばれた賠償艦。国の人たちも、私を捨てようとしたわけじゃなかった。

   ……でも、でもね。
   あの時は、そんなの、知る由もなかった。

響「……信頼、か……」

   『ヴェールヌイ』。
   ウラジオストクに運ばれる前、ナホトカという港に立ち寄ったとき。
   ソ連の人から、その名を貰った。
  
   水兵さんの話によれば、「信頼できる」って意味らしい。
   ……私は、もう、「響」じゃなかった。

響(……何が信頼だ。こんなことになって……何を信じればいいって言うんだ)


16 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/14(月) 20:56:09.90 ID:vgA+tlJao
響「……?」

   ふと、夜の海から視線を感じた。
   右舷方向に目を凝らす。ちょうど、ソ連の潜水艦がいる辺りだ。

?「…………」

   海上を進む潜水艦。その上に立った人影が、こちらを見つめていた。
   短く切り揃えられた、淡い銀色の髪。月明かりもないのに、ぼうっと輝いていた。
   
   おそらくは、あの潜水艦の艦娘だ。
   女の子に間違いないはずだけど、遠目からは繊細な少年のようにも見える。

響「…………」

   しばらく互いに視線を交わし、それから自然に目を逸らした。
   見据えなければならないものは、他にいくらでもあった。


17 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/14(月) 20:58:11.31 ID:vgA+tlJao
—ウラジオストク・埠頭—

   到着したのは翌日の未明。
   港に係留され、諸々の手続きが行われる中、私は埠頭を散策していた。
   
   艦から離れすぎない距離ならば、私たちは自由に歩き回れた。
   横須賀や舞鶴にいたときも、しばしば鎮守府内を見て回ったものだ。

響(……意外と広い)

   繋がれた艦船の数は多い。
   そのほとんどは、小型・中型の潜水艦だった。

?「——、———」

?「——? ————、——……」

   埠頭にいる他の艦娘たちから、奇異の視線が向けられる。
   何を話しているのかは聞こえなかった。
   距離もあるし、なによりロシア語も分からない。


18 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/14(月) 21:00:04.46 ID:vgA+tlJao

?「…………」

響(ん?)

   あてもなく歩いている途中、背の高い艦娘とすれ違った。
   
   髪型は少し横に広がったおかっぱ……今で言うボブカットかな。
   色は、まぶしいくらいの金色。
   ギザギザに切られた前髪の下から、鋭い眼光が覗いていた。意志の強そうな、薄茶色の瞳だった。
   服装は士官風で、派手な飾りはない。巡洋艦かもしれないと、何となく思った。

金髪「……япошка」

   すれ違いざまに、金髪がぼそりと言う。
   やはり意味は分からない。でも、察せられるものはあった。

   ——決して、歓迎はされていないらしい。


19 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/14(月) 21:04:04.04 ID:vgA+tlJao
—基地内部・廊下—

響「…………」

   その後も、いろいろ歩き回って……
   夜が更けるころには、埠頭も基地も、ほとんどの施設を見終わってしまった。

   
響(……戻ろうか、そろそろ)

   そう思って、来た道を引き返そうとした……その時だった。

?「……!」バッ

響「!?」

   振り向いた先のつきあたりに、一瞬だけ小柄な人影が見えた。
   角に隠れたみたいだけど、誰かがあそこにいるらしい。
   小さな三つ編みのお下げが、廊下の角からはみ出している。


20 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/14(月) 21:08:10.22 ID:vgA+tlJao
響「…………」

?「…………」

響「…………」

?「…………」ソローッ

   しばらく黙って見ていると、その子がおそるおそる顔を出した。

 
三つ編み「……Э-э……」

三つ編み「Привет, как дела?」

響「……?」

三つ編み「Я Тбилиси. Как тебя зовут……?」

響「…………」

   おどおどしながらも話しかけてくれた。それは嬉しかったけど、返事をすることはできなかった。
   すまないが、ロシア語はさっぱりなんだ。
   気の毒だとは思ったが、視線を返すぐらいしかできない。


21 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/14(月) 21:12:06.65 ID:vgA+tlJao
響(……駆逐艦、かな)

   ——目の前の女の子を、じっと見据える。
   斜めに分けた亜麻色の髪を、両方の耳のやや後ろから、三つ編みにして垂らしている。

   ぱっちりとした群青色の目は、どこか不安そうに震えていた。
   一目で駆逐艦と分かる、幼い顔だった。

   服は、ベルトで留めた白い水兵服。
   青と白の横縞が、襟のところから覗いていた。
   下には濃い灰色のスカート。足には白いタイツを履いていた。

三つ編み「——!!」

   目が合うや否や、その子はびくっと身を震わせる。
   そして再び角に引っこみ、そのままどこかに行ってしまった。

   ……目を凝らしすぎたのかもしれない。にらんだつもりはなかったんだけどね。
   顔も少し、怖かったかな。

響「…………」


22 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/14(月) 21:16:04.89 ID:vgA+tlJao
?「あーあー、怖がらせちゃって、まぁ……」

響「っ……!?」

   背後から聞こえた声に、慌てて振り向く。
   いつの間にか、別の誰かが来ていたらしい。

   ——しかし、それよりももっと驚いたのは……

響「日本……語……?」

?「……戦争に来たわけじゃあないんだ。
  適当に仲良くやっといた方が、互いのためだと思うけどね」
 

   背の高い1人の艦娘が、廊下の壁にもたれかかっていた。
   髪は深い栗色。後ろにひっつめ、団子にしてまとめ上げている。
   額の真ん中と両方のもみあげからは、波打つ後れ毛がひょろりと垂れ下がっていた。

響「……ソ連の艦なのかい?」

?「もちろん。太平洋艦隊所属、正真正銘のソビエト艦だ」

   陰りのある金色の瞳が、垂れ目がちな目から覗いていた。
   口は片側だけが小さく吊り上がって、どこか冷たい笑みを作っていた。
   良く言えば頭の切れそうな、悪く言えば小賢しそうな、そんな印象の人だった。


23 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/14(月) 21:20:08.08 ID:vgA+tlJao
響「……どこでその言葉を?」

?「この国から一歩も出ちゃあいないよ。
  真面目に敵の言葉を学んでたのが、私ぐらいのもんだったわけ」

   士官服を女性用に仕立て直したような服。
   縦2列に並んだ金のボタン、腰を引き締める革のベルト。前側に切れ目の入った細いスカート。

   ——そう言えば、さっきすれ違った金髪の艦娘と、そっくりそのまま同じ服だ。
   なら、同じ型の巡洋艦だろうか。

響「……なら、独学で?」

?「お勉強が好きなもんでね……暇つぶしにパラパラやってたら、いつの間にやら先生役だ」

響「……先生?」

   流暢に日本語を話しながら、その人がゆっくりと歩いてくる。
   私より、頭2つ分は背が高い。

  
?「巡洋艦、ラーザリ・カガノーヴィチ。金角湾イチのインテリだよ。……自分で言うのも何だけど。
  ここの代表から、あんたの世話役を仰せ付かってる」


24 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/14(月) 21:24:04.82 ID:vgA+tlJao

   へらっとした敬礼をかまして、その人——ラーザリが言う。
   どんな形であれ、敬礼には敬礼で返さねばならない。

響「駆逐艦、ひび……ヴェールヌイ。本日付けで、ソ連海軍太平洋艦隊に——」

ラーザリ「ああ、いいからいいから、そういうの。大体のことはもう聞いてる」

響「……そうか」

ラーザリ「ま、世話役なんて言ってもね、せいぜい言葉を教えるぐらいだ」

ラーザリ「その後は自分で適当にやってよ? 面倒見のいい方じゃないんでね……」

響「……自分のことは自分でやるよ」

ラーザリ「ん、ならいい…………」

響「……? 何か?」

ラーザリ「……いや。ヤポンのセーラー服は、どんなもんかと思ってね。
     バッジは適当に着けておくといい。うるさい奴もいるんだよ……」

響「バッジ?」

ラーザリ「貰ってない? 鈍器と刃物とお星様……」

響「……?」

   そう言われて、ポケットの中を探る。
   ——指の先に、小さな感触があった。

響「……!」
 

   ポケットから取り出して、目を疑う。
   小さなバッジが確かにふたつ、手のひらの中で輝いていた。


25 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/14(月) 21:28:28.60 ID:vgA+tlJao
響「おかしいな、いつから……」

ラーザリ「ふぅん……ま、そんなもんか。私たちだって、気付いたら持ってた」

響「識別章だろう? どこに着けるんだい?」

ラーザリ「どこに着けたって同じだよ。ほとんどの奴は気にしちゃいない。
     ……気にする馬鹿もいるけどね」

響「じゃあ、君はどこに?」

ラーザリ「ポケットの中」

響「…………」

   ——なるほどね。
   どうにも、こういう人らしい。

ラーザリ「さて……来たばかりで悪いけど、さっそく授業だ」

響「え?」

ラーザリ「できるだけ早いうちに、って指示でね。
     ペラペラになれとは言わないけど……聞き取れるようにはなってもらう」

ラーザリ「艦長の指令が分からないんじゃ、航行どころじゃないからな……」 
   
響「…………」

ラーザリ「……改めてようこそ、ヴェールヌイ。
     東の最果て、ウラジオストクへ」


26 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/14(月) 21:32:06.55 ID:vgA+tlJao
——
————
————————

雷「へえー、じゃあ、その人がロシア語の先生なのね?」

響「うん。それから1週間は、朝から晩まで勉強づけさ」

提督「……1週間?」

響「? ああ……」

提督「……あ、1日中勉強したのが?」

響「読み書きと会話ができるまで、だけど」

提督「」

電「す、すごすぎるのです……」

響「ほかにやることも無かったしね。それに、私たちは物覚えのいい方だろう?
  乗っていた水兵さんのことだって、1人1人ちゃんと覚えてる」

雷「あ、それもそうね」

提督「……自信無くすなぁ。向こうの通訳は任せたぞ」

響「……兵学校でロシア語やってたんだろう?」

提督「今は防衛大。……そりゃまあ、3年は勉強したがよ、今じゃ日常会話も怪しいんだから」

響「あれ? おかしいな、この前……」 


27 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/09/14(月) 21:36:05.48 ID:vgA+tlJao
暁「でも響、そのラーザリさんって人、結構ヘンな人だったのね?」

響「うん? まあ……変わった人ではあったかな、確かに」

雷「ロシアの艦娘って、もっとこう……こわーい人かと思ってたけど」

響「……まあ、少なくとも彼女は違ったよ」

暁「ねえ司令官。インテリ、って?」

提督「ん? そりゃまあ、俺みたいな奴……」

響「…………」シラーッ

提督「……知識階級、っていう意味の言葉でな。元はロシア語だ。
   お役人とか文学者とか、頭を使うことを仕事にしてる人たちだよ」

暁「ふぅん……」

雷「話を聞いてるだけだと、なんだか適当そうな先生だけど……
  教え方はちゃんとしてたの?」

響「……そうなんだよ。今でも不思議なんだけど……」

————————
————
——


28 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/14(月) 21:40:11.13 ID:vgA+tlJao
—1947年 7月 第2週—

—基地内部 図書室—

響「あー、あな、すとぅじぇんた……」

ラーザリ「студентаは男性名詞だよ。紹介したいのは女の子、つまり……?」

響「……! す、すとぅじぇんか」

ラーザリ「正解、次は発音だ。『де』は音が一緒にならないように、こう……『де』……」

響「じえ」

ラーザリ「……へっ、こりゃ大変だ」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ラーザリ「Над седой равниной моря ветер тучи собирает」  

響「……上? 灰色の……ああ、灰色の海の上を……
  風、雲……『風と雲が集まる』、でいいかな?」

ラーザリ「だいぶ耳も良くなったか……けど今、1個抜かしたよ」

響「あれ?」

ラーザリ「Над седой равниной……」

響「ああ、 равн……ええと……」

ラーザリ「シベリアにはそこら中にあるなぁ……」

響「——『平原』! 『灰色の海原を』……」

ラーザリ「ん。まあ、まだまだ簡単だけど……」


29 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/14(月) 21:44:06.44 ID:vgA+tlJao

   ちょうどその時。
   部屋の外から、消灯時間を知らせるラッパが聞こえてきた。

ラーザリ「……もう終わりか。まーた1日使っちゃったよ。
     今日あたり、哨戒の報告書でも読んでやろうと思ってたけど……」

響「……ごめん」

ラーザリ「……ま、何だっていいけどね……」

——
————
————————

響「……面倒だなんて言いながら、ちゃんと分かるまで教えてくれた。
  『暇じゃないんだ』なんて言ってるくせに、一日中付きっ切りで教えてくれたよ」

暁「へぇー……」

響「……彼女とは他にも色々あったし、手放しで褒められるような人でもなかった。
  けれど、恩を感じたのは本当だ」

響「もし、ラーザリに言葉を教わらなかったら……私はきっと、独りのままだった。
  淋しさに耐え切れなくなって、もっとねじくれていたかもしれない」

響「だからね、実を言うと、ラーザリのことは……今でも結構、尊敬してるんだ。
  本人は嫌がるだろうけどね……」

電「……ふふっ」

————————
————
——


30 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/14(月) 21:46:08.77 ID:vgA+tlJao
—1947年 7月中旬 昼—

—基地内部 廊下—

響(……さて、今日も……)

三つ編み「…………」ソーッ

響「あ……」

三つ編み「——!」サッ

響(……また、隠れてしまった)

響(そう言えば……あの子、毎日……)


31 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/14(月) 21:48:05.68 ID:vgA+tlJao
—図書室—

響「『——あたかも炎の蛇のように、これら稲妻の反映は、海にもがいて消えてゆく』」

響「『嵐だ! もうすぐ嵐が来るぞ!』」

響「『勇気あふるる海燕、怒り叫ぶ海の上を、稲妻を縫って飛んでいる』」

響「『そして、勝利の預言者は叫ぶ。——嵐よ、激しく来たれ!』」

ラーザリ「…………」

響「…………ふぅ……」

ラーザリ「……Хорошо(上出来だ)。発音もおかしくない」

響「……ハラショー……」

ラーザリ「ん?」

響「なんだか、良い響きだ」

ラーザリ「へぇ、ヤポンの艦も駄洒落を言うのか」

響「…………」

ラーザリ「……分かった、分かったよ。こっちも冗談。
     しっかし、1週間でここまでとはね……」

響「まだまだだよ。読むのは少し慣れないし……」


32 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/14(月) 21:52:03.81 ID:vgA+tlJao
ラーザリ「こうやって普通に話せてるんだ。目標は十分に達成したよ。
     ……私の仕事も、ようやく終わりだ」

響「…………」

ラーザリ「ま、なんだ……慣れないことはするもんじゃないね。
     もう教師役なんざ、頼まれたって——」

響「……ありがとう」

ラーザリ「……へ?」

響「……忙しいのに、ずっと付き添ってくれて……
  ラーザリがいてくれて、ほんとうに良かった」

ラーザリ「…………」

ラーザリ「……そんな顔もするんだ、あんた」

響「え?」

ラーザリ「……いいや。それに、礼なんていいよ。
     私は自分の仕事をしただけ。あてがわれたのもたまたまだ」

響「……有り難いよ、それでも」

ラーザリ「…………」


33 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/14(月) 21:56:03.82 ID:vgA+tlJao
響「……そうだ、ラーザリ」

ラーザリ「ん?」

響「最初に会った日に、こんなお下げの女の子がいただろう? ほら、あの三つ編みの……」

ラーザリ「ああ、トビリシか」

響「トビリシ……?」

ラーザリ「駆逐艦だよ。……いや、正確には何て言ったかな……」

響「やっぱり、この艦隊の?」

ラーザリ「そりゃまあ、ね。……私はそこまで親しくないけど。いっつも1人で何かやってる」

響「……いつも? 姉妹艦とかは……」

ラーザリ「さぁね……少なくとも、ここにはいないらしい。
     他の駆逐艦の連中も、ほとんど埠頭には出てこないし……あいつが何か?」

響「いや……いいんだ」


34 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/14(月) 21:58:02.92 ID:vgA+tlJao

   ——姉妹艦がいない、か。
   最初から造られていないか、別の艦隊にいるか、あるいは……

響(……よそう。私が気にすることじゃない)

響(……でも……)

 『Привет, как дела?』

 『Я Тбилиси. Как тебя зовут……?』

   ——あの時。
   あの子は、なんて言っていたんだろう。

響「…………」


35 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/14(月) 22:00:07.73 ID:vgA+tlJao
—埠頭—

響「…………」

   夜の埠頭を当てもなく歩く。
   こうやって外を見て回るのも、ひどく久しぶりな気がした。

?「だ、駄目です! 無理ですよっ、そんなの!」

?「——やかましい! 今度ばかりは本気だぞ!」

響「……?」

   倉庫の陰で、誰かが言い合っている声がする。
   見てみれば、あの三つ編みの女の子と、最初の日にすれ違った金髪だった。

金髪「奴ら、私たちを完全に締め出す気だ。哨戒任務の報告を問うたら……奴ら、何て言ったと思う!」

三つ編み「え、えぇ?」

金髪「——『輸送艦が知ってどうする』……そう言って、下品に笑っていた!」

金髪「同志の、ソビエトの守護を託された私を! 役立たずの輸送艦呼ばわりだ!」

三つ編み「えと、その、あの……」

金髪「このままでは、太平洋艦隊は潜水艦に乗っ取られる。
   現に奴らの棟梁が、何食わぬ顔で代表気取りだ! こんな横暴が許せるか!?」

三つ編み「お、横暴って、別に……」


36 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/14(月) 22:04:12.81 ID:vgA+tlJao
  
   前は気付かなかったけど、金髪の人も三つ編みの子も、
   左胸に例のバッジを着けていた。

金髪「……蹶起だ。こうなれば革命しかない。水上艦総出で抗議集会を開く!」

金髪「駆逐艦たちも束ね上げれば、奴らも無視できない規模になるぞ! 
    トビリシ! あいつらを全員集めろ!」

三つ編み「むっ、無理です! だから!」

金髪「無理とは何だ! 嚮導艦だろう!?」

三つ編み「だっ、だって、ほとんど話したことないし、それに…… ——!」

金髪「……? ——!」

 
   三つ編みの子と金髪が、私の存在に気付いたらしい。
   私はというと、かなり驚いていた。   

   気づかれたことに対してではなく……ロシア語の会話が完全に理解できたことに。
   ——為せば成る、とはよく言ったものだよ。


37 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/14(月) 22:06:05.79 ID:vgA+tlJao
響「…………」

金髪「……何だ、あの日本艦か」

三つ編み「あ、ええと……」

金髪「盗み聞きか? 悪趣味なものだ……ヤポーシュカの艦は皆こうか?
   それとも、間諜でもしていたつもりか」

三つ編み「! あ、あの……!」

金髪「気にするな、どうせ分かりはしない。 ……全く、得体の知れん奴だ」

金髪「こっちに来たきり、一言も喋らん。一体何を考えて……」

響「……そうか。なら、これで少しは分かるかな?」

   その一言を発した瞬間、空気がぴしりと凍った気がした。
   ソビエト艦の2人の顔が、一瞬のうちに驚きに満ちる。


38 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/14(月) 22:08:13.30 ID:vgA+tlJao
金髪「——ッ!?」

三つ編み「……あ……え……?」

響「……盗み聞きをして悪かった。
  でも、間諜なんてするつもりはない。もう、そんな事をしたって仕方ないんだ」

金髪「…………」

   ばつの悪そうな顔をして、金髪の人が去っていく。
   別にこちらに非は無いけれど……何となく、悪いことをした気分だった。

三つ編み「……え、えっと……」

響「大丈夫か?」

三つ編み「あっ、う、うん……」


39 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/14(月) 22:12:06.82 ID:vgA+tlJao
響「……あの時は、だんまりですまなかった」

三つ編み「え?」

響「言葉は分からなかったけど……話しかけてくれて、嬉しかった」

響「ちゃんと喋れるようになったから、改めて話してほしいんだ」

三つ編み「…………」

響「……?」

三つ編み「……っ……!」ポロポロ

響「——!?」

響「な……え? どうしたんだ……!?」

三つ編み「ちっ、ちがうの……ぐすっ、その……
      きっ、嫌われてなくて、よかったって…………」

響「……はい?」


40 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/09/14(月) 22:16:09.56 ID:vgA+tlJao
三つ編み「だ、だって、あんなに怖い顔で……な、なにも話してくれないし、だから……!
      うぅぅ……よかったぁ……よかったよぉ……」

響「あ……そ、そう……」

三つ編み「わ、わたしね、トビリシっていうの。嚮導駆逐艦のトビリシ……」

   涙を拭いながら、その子……トビリシが笑う。
   私よりも、ほんの少しだけ背が高い。

響「駆逐艦の、ひ……ヴェールヌイだ。よろしく」

トビリシ「ヴェールヌイ……すてきな名前ね」

響「……そうかい?」

トビリシ「ねえ、ヴェーニャって呼んでいい?」

響「え?」

トビリシ「あっ、い、嫌ならいいんだけど……」


41 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/14(月) 22:18:20.07 ID:vgA+tlJao
響「……ううん、好きに呼ぶといい。……よく分からないけど」

トビリシ「本当!? よかった……
     あっ、そうだ! ヴェーニャ、ここに来たばかりでしょう?」

響「うん? まあ、まだ1週間ぐらい……」

トビリシ「ここのこと、色々教えてあげる! ついて来て!」ギュッ

響「えっ、ちょ、ちょっと……!」

   私の手を握ってトビリシが駆け出す。
   彼女の賑やかな基地案内は、日付が変わるまでずっと続いた。

   ——これが、最初の一歩だった。
   ソ連で初めての、駆逐艦の友達。そして……ソ連で一番の親友。

   長い友情の、始まりだった。


42 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/14(月) 22:22:08.61 ID:vgA+tlJao
——
————
————————

響「……これが、最初の1週間。何て言おうか……濃かったよ」

雷「……友達、ちゃんとできたのね」

響「うん……いや、何かひっかかるけど」

暁「でも、その金髪の人……なんだかちょっとイヤな感じね」

響「……仕方ないよ。彼女も色々とあったんだ」

電「あ……じゃあ、その人とも?」

響「もうちょっと後の話だけどね。それから——」

 『プツッ——提督、提督。至急ブリッジへお戻りください——』

提督「あ……ったく、しょうがないな、もう……」

響「何だろうね?」

提督「さぁ……航行ルートがどうのって話かもしれん。
   ま、いいや。すぐ戻るから、話進めないでくれよ?」

響「Да, 司令官」


43 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/14(月) 22:24:08.91 ID:vgA+tlJao

   甲板を去る司令官。
   後には私たち姉妹だけが残った。

暁「ね、ね、響。そのトビリシちゃんって子のこと、もっと教えて!」

電「響ちゃんの、最初の友達ですもんね」

雷「結構明るい子だったんでしょ? もう寂しくなんてなかったのよね」

響「……まあ、うん。そうだね。そうだった。
  明るくていい子だったよ、本当」

響(……だけど……)


44 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/14(月) 22:28:05.27 ID:vgA+tlJao
————————
————
——

トビリシ「それでね、あの小屋が薪小屋でね。湿っちゃったのもずっと置いてあるの。
     困るわよね、間違えちゃったら。急に火の勢いが悪くなっちゃうわ。
     あと、あ、そうそう! ここからは金角湾がぜんぶ見えるの!
     あそこに立ってるのがアパートでね……そうだ! あの辺りにはよく子供たちが……」ペラペラ

響(……だ、誰か……)ゲッソリ

     【Продолжение следует…………】


45 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/14(月) 22:29:28.25 ID:vgA+tlJao
第1話終わり だいたい全12話ぐらいの予定
次回はまた近日中に

51 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/18(金) 21:11:51.03 ID:tl6PUQr3o
第2話、長くなったので2~3回に分けて投下します

52 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/18(金) 21:12:31.61 ID:tl6PUQr3o
—2015年 7月某日—

—日本・東北地方沖—

提督「ふー……あ、悪い。お待たせ」

響「少し遅かったね。どうしたんだい?」

提督「いや何だ、低気圧が来てるらしくてな。まあ、向こうに着くまでは大丈夫だろ」

響「そうか……」

電「それで、響ちゃん。お友達が出来てから、どうなったのです?」

暁「決まってるじゃない! 着々と人脈を広げていって、『響王国』ができたのよ!」

雷「そうそう! ロシアの海で暴れまわったのよね!」

響「いや、その……そもそも、任務についてたのは最初の1年だけなんだ」

暁「えぇー?」


53 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/18(金) 21:16:47.66 ID:tl6PUQr3o
響「48年には前線から退いて、それからはずっと練習艦。
  たまに海に出ることもあったけど……戦闘なんて一度も無かったよ」

雷「なーんだ……」

電「でも、戦いが無いのが一番なのです」

響「そうだね……あ、でも、演習だったらたくさんやったよ」

提督「演習?」

響「うん。……と言っても、水兵さんのやるような、本当の演習じゃないけどね」

暁「どういうこと?」

響「……私たちだけで、自主的にやったんだ。
  だいぶ遊びも入ってたけど……それでも、みんな本気だった」

提督「……? 艤装……は付いてないよな? その時」

響「……まあ、聞いてくれれば分かるさ。
  あの演習があったから……私は本当の意味で、みんなの仲間になれたんだ」


54 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/18(金) 21:20:02.14 ID:tl6PUQr3o

           эп.2

    Возьмите дрова
  
         —薪を取りて—


55 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/18(金) 21:23:59.80 ID:tl6PUQr3o
—1947年 8月中旬 夜—

—ソ連・ウラジオストク埠頭—

響「……ふぅ……」

   ナホトカへの輸送任務を終え、本拠地のウラジオストクへ帰還する。
   艦隊を構成するのは、私と2隻の駆逐艦、そして旗艦のトビリシだ。

トビリシ「お疲れさま、ヴェーニャ」

響「ああ……」

トビリシ「どう? お仕事はだいぶ慣れた?」

響「……お仕事、ね……」

   
   修理や整備は万全のはずだけど、何となくガタが来ているのは否めない。
   ——仕方ないか。ずいぶんと無茶をしてきたんだ。

響「……トビリシは速いね」

トビリシ「そ、そう?」

響「ついていくだけで精一杯だよ」

トビリシ「……ありがとう。でも、わたしだってあれが全速力よ。
     ほんとはヴェーニャのほうが速いかも……」

響「まさか」

トビリシ「ほんとうよ。なんだったら、追い越してくれたってよかったのに」

響(……や、駄目だろう、それ)


56 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/18(金) 21:27:59.62 ID:tl6PUQr3o
トビリシ「……ねえ、ヴェーニャ。今日はもう任務終わり?」

響「ん? うん、確か」

トビリシ「じゃあ……えっと……どうする?」

響「……? どうするって……好きに過ごすけど」

トビリシ「……そう……」

響「…………」

トビリシ「…………」

響「……どこに付き合えばいいんだい?」

トビリシ「——!」パァァ

響(しょうがないな、この子は……)


57 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/18(金) 21:32:09.32 ID:tl6PUQr3o
—基地内部・食堂前 廊下—

響「——ボルシチ?」

トビリシ「そう! この時間なら、明日のぶんを仕込んでるのが見られるのよ。
     豚肉でじっくりブイヨンをね……」

響「見せたいものって、それかい?」

トビリシ「……興味ない?」

響「いや……別にその、食べられるわけでも……」

トビリシ「み、見てるだけでも楽しいじゃない」

響(そうかな……?)

トビリシ「それに、ただ見てるだけじゃないのよ。
     おいしそうに食べてるみんなの顔を、頭の中で考えるの。
     そうしてると何だか、ほわーってしてきて……それが本当に楽しいんだから」

トビリシ「……そりゃあ、まあ……ちょっとは、うらやましいけど」

響「へぇ……」

トビリシ「おじゃましまーす……」

   先導するトビリシが、食堂の扉をゆっくりと開く。
   誰もいないのに扉がバタンと開いたら、兵隊さんが怖がってしまうからね。
   本物の幽霊みたいに、壁や扉をすり抜けられたら便利なんだけど、
   私たちではそうはいかない。

響(……あれ? あそこ……)


58 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/18(金) 21:36:08.41 ID:tl6PUQr3o
—食堂—

金髪「——なぜ奴のことを黙っていた」

ラーザリ「別に大した理由じゃない。難癖付けてイビりそうなのがいたからね……」

金髪「……何だと?」

ラーザリ「自覚があるなら結構だ。早いとこ改めてほしいもんだね。
     誰彼構わず突っかかってさぁ……」

金髪「だが、ラーザリ……!」

ラーザリ「そもそも、あれは私の仕事だった。私が任された仕事なんだ。
     お前に報告する義務なんて無いよ」

金髪「……それでも、義理ぐらいはあっていいはずだ! 違うか!?」

ラーザリ「姉妹にいちいち御伺いを立てるのが『義理』か? 
     どんな恥かいたのか知らないけどね、私まで巻き込まないでほしいもんだ」

金髪「……こ、この……! ああ言えばこう言う……!」

ラーザリ「だからさぁ……ん? おぉ、お帰り」

   金髪と言い争っていたラーザリが、私たちに気付いて手を挙げた。
   金髪はこちらを一瞥し、口をへの字に歪ませる。


59 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/18(金) 21:40:06.55 ID:tl6PUQr3o
ラーザリ「どうだった、初任務は」

響「やっぱり少しガタが来てるね。まだしばらくは大丈夫だけど」

ラーザリ「ああ、そりゃ結構だ」

金髪「…………」

ラーザリ「……そうだ。こいつが面倒かけたらしいね」

響「面倒? 別に……」

金髪「…………」

ラーザリ「こいつは姉妹艦のカリーニン。私とは似ても似つかないノータリンで……」

カリーニン「ラーザリ! よくも姉に向かって——!」

ラーザリ「へいへい……」

響「姉? ラーザリの?」

ラーザリ「造られた順じゃあ、そうなってる……ほら、お前も何とか言えば?」

カリーニン「…………」

響「…………」


60 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/18(金) 21:44:12.48 ID:tl6PUQr3o
カリーニン「……マクシム・ゴーリキー型巡洋艦、3番艦のカリーニン。
       ヴェールヌイと言ったな、お前」

響「……ああ」

カリーニン「いいか日本艦! 陰口にならないようにハッキリ言ってやるが!
       私はお前を信用してない!」

響「はぁ……そうかい」

カリーニン「ラーザリやトビリシはどうか知らんが、この私の目は誤魔化せないぞ」

カリーニン「ヘンな真似をしたら、すぐにでもこの艦隊から追い出してやる! 
       ソビエト艦の誇りにかけてな! それだけはしっかりと覚えておけ!」

   そう言って、食堂を早足で去っていくカリーニン。
   ——ここまで敵意をむき出しにされると、かえってすがすがしいものだ。

ラーザリ「……ハァ……」

響「勇ましい人だね」

ラーザリ「……口だけだよ。まともな戦闘なんて一度もやってない。
      ——ま、あいつだけの話じゃないけどね」

トビリシ「…………」


61 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/18(金) 21:48:20.28 ID:tl6PUQr3o
響「……その、前の大戦では?」

ラーザリ「あいつは輸送任務がうやむやで中止。私に至っては建造中だよ」

トビリシ「わたしも、あのころは演習ばかりで……」

ラーザリ「この極東じゃ、戦闘経験のある艦のほうが少ないんだ。
      ましてや、あんたみたいな歴戦のフネは——」

響「…………」

ラーザリ「……くだんない話だったかね。
      ま、とりあえずさ。あの馬鹿に何言われたって気にしなさんなよ」

響「そう言えば、彼女はどこに?」

ラーザリ「さぁねぇ、まーた例の『訓練』かもね」

響「訓練?」

ラーザリ「爆雷投下だ何とか言って、小石とか薪を海に投げてる。
     ……正直、意味ないと思うんだけど」

トビリシ「まあ、実際にやるのは水兵さんですもんね」

響「……なんだ、航行の訓練とかじゃないのか」

ラーザリ「へっ、何だそりゃ」

響「……えっ」

ラーザリ「……ん?」

トビリシ「?」


62 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/18(金) 21:52:38.16 ID:tl6PUQr3o
—埠頭—

   ラーザリとトビリシを連れて、再び夜の埠頭へと出る。
   聞いた話の通り、カリーニンもそこにいた。1人で何かをやっていたらしい。

カリーニン「……おい、なんでお前たち……」

ラーザリ「お前の相手しに来たんじゃあないよ……ほら、あそこ」

カリーニン「……? あいつ、何を?」

ラーザリ「さぁてね……見てれば分かるらしいけど」

トビリシ「やっぱり、お月様が出てると明るいね……ね、ヴェーニャ」

響「…………」

トビリシ「……ヴェーニャ?」


63 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/18(金) 21:56:16.64 ID:tl6PUQr3o
響「…………」タッタッタ

   トビリシを横目に、早足で埠頭を進む。
   目指すは、埠頭の縁の先——黒々とした、あの海だ。

トビリシ「——! ヴェーニャ!? 何してるの、ヴェーニャっ!?」

響「…………」タッタッタッタ

ラーザリ「……! な……」

カリーニン「お、おいッ!」

響「…………」

トビリシ「だめっ、溺れちゃう! やめてヴェーニャっ!」

   縁を踏み、夜の海へと身を乗り出す。
   そのまま、足を水面へと——

トビリシ「————っ!!」


64 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/18(金) 21:58:44.43 ID:tl6PUQr3o

響「……っと」パシャッ

響「…………」スイーッ

響「……うん、久しぶりだけど、いい感じだ」スイーッ

トビリシ「 」

ラーザリ「 」

カリーニン「 」


65 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/18(金) 22:00:08.43 ID:tl6PUQr3o
——
————
————————

提督「……え、何? 艤装なくても立てるの? お前ら」

響「今は無理だよ。しっかりした身体ができたからね。
  昔はほら、ほとんど幽霊みたいなものだったから」

暁「ち、違うわよ! 違うからね!」

雷「でも、みんな結構そうやって遊んでたわよね。海の上でスーッて」

響「その経験があったから、艤装にもすぐに慣れたんじゃないかな」

提督「へぇー……」


66 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/18(金) 22:04:05.20 ID:tl6PUQr3o
————————
————
———

トビリシ「……ほ、ほんとに立ってる……」

響「暁たちと、よくこうやって遊んだ。海の上で追いかけっこしてね……」

トビリシ「アカツキ?」

響「ああ、私の姉だよ」

カリーニン「 」

ラーザリ「……し、沈まないの? それ……」

響「さぁ……浮こうと思ってれば浮けるんじゃないかな?
  前に艦首ごと吹き飛ばされたことがあったけど、ちゃんと海面に『着地』できたよ」

ラーザリ「——な——」

カリーニン「 」

響「……こうやって、海の上で遊ぶたぐいの『訓練』だと思ってたんだけど……
  ——その、本当に知らなかったのかい? みんな……」

トビリシ「…………」

ラーザリ「…………」


67 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/09/18(金) 22:08:31.97 ID:tl6PUQr3o
カリーニン「…………」ザッザッザッザ

ラーザリ「!?」

カリーニン「う……うらぁっ!」ピョン

   変わった声で気合を入れて、カリーニンが海へ跳ぶ。
   着水の瞬間によろめいたものの、しばらくすると感覚をつかみ、水上で仁王立ちをかました。

カリーニン「は……ははは! みっ、見たか日本艦! 
       こっ、これでお前に教えられることなど、何もッ……!」

響「……じゃあ、こっちまで来れるかい?」

カリーニン「え゛……」

響「…………」

カリーニン「……と、トビリシ! 何をしてる! お前もこっちに……」

トビリシ「むっ、無理ですよっ! そんな……!」

響「怖くないさ。ほら、ゆっくりとでいい」

トビリシ「てっ……手っ! ヴェーニャぁ、手つないでっ! ね!」

響「はいはい……ラーザリもどうだい?」

ラーザリ「え? あ、ああ……いや……」


68 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/18(金) 22:12:43.68 ID:tl6PUQr3o

  
   ——その時。
   にわかに水面がざわめき出し、波を割る音が聞こえてきた。

響「……?」

   
   大きなクジラのような影が3つ、埠頭の方へ近づいてくる。
   基地から水兵さんたちが駆け出し、あわただしく何かの準備を始める。

ラーザリ「……潜水艦隊のお帰りか」

響「……潜水艦……」

カリーニン「…………」

   
   無言で陸に上がるカリーニン。私もそれに続いて上陸する。   

   水面に、ざばっと上がる人影があった。
   その数は、帰ってきた艦と同じく3つ。

   3つの人影は軽快に埠頭へ上がり、寄り集まって歩き始めた。
   月明かりに照らされる、3人の女性のシルエット。
   首から下を、黒いゴムのような服でぴっちり覆っている。間違いなく、潜水艦の艦娘たちだ。

    
潜水艦娘A「……あら?」

潜水艦娘B「……ふーん」

潜水艦娘C「あ……」

ラーザリ「…………」


69 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/18(金) 22:16:05.01 ID:tl6PUQr3o
潜水A「……お出迎えご苦労様。貴女たちにしてはずいぶん殊勝ねえ?」

ラーザリ「ちょっとばかり魔が差してね。
     クジラが陸に上がった所でも見に行こうって話になった」

潜水A「……フン。ずいぶんとお暇そうなこと」

ラーザリ「おかげさまでね。でも夜はなかなか寝付けない。
     いつあんたらが任務をしくじって、こっちにお鉢が回ってくるかと……」

潜水A「——黙りなさい、この穀潰し」

カリーニン「——!」

響「…………」

   
   親しさゆえの悪態……とは、どう聞いても違う。
   ざらっとした空気が漂いはじめた。   

潜水B「……しっかし何? 怠け者が雁首揃えちゃって……ねぇ?」

潜水C「えっ……あ、はい。そ、そうですよね」

潜水A「また下らない遊びの相談でしょう? 労働者の敵よ、このトロツキスト」

カリーニン「ッ——! こ、この……!」

トビリシ「カリーニンさん!」


70 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/18(金) 22:23:34.06 ID:tl6PUQr3o
潜水B「何が違うってのよ。仕事はせいぜい月1回のお使い。それもせいぜい、その辺の港……」

潜水A「私たちは毎日のように哨戒よ? それで同等のつもりかしら。
    そのくせ口だけは偉そうに……おこがましいにも程があるでしょう?」

カリーニン「き、貴様らが……そもそも貴様らが私の仕事を——!」

潜水A「——本当に救いようがないわね。自分の無能さを棚に上げて。
    司令官さんは私たちを選んだのよ。……分かるわよね? その意味」

ラーザリ「…………」

潜水B「ハッキリ言ってやるけど、お荷物なの、アンタら。時代遅れの役立たずよ。でしょ?」

潜水C「え、いやあの……そ、そこまでは……」

潜水B「は?」

潜水C「い、いえっ! はいっ!」

   
   眉間にしわが寄っていくのが、自分でもわかった。
   ——こういう話は、聞いていて気持ちのいいものじゃない。


71 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/18(金) 22:24:33.23 ID:tl6PUQr3o
カリーニン「ッ……よ、よくも……!」

ラーザリ「……ま、否定はしないけどね。これからはあんたらの時代でしょうよ」

カリーニン「ラーザリッ!!」

潜水A「……情けないこと。あの同志カガノーヴィチのお名前を頂いておきながら。
    恥ずかしいとは思わないのかしら?」

潜水B「ヘンに捻くれてない分、姉貴の方がまだマシよね。『鉄のラーザリ』が聞いて呆れるわ」

潜水A「——百歩譲って、『鉄クズ』ね」

潜水B「あはは、『鉄クズのラーザリ』! 傑作!」

潜水C「う、うぅ……」

ラーザリ「…………」

カリーニン「——き、貴様らッ——!!」

響「っ——」

   ——何かが体を駆け昇るような感覚があった。
   ボイラーの重油が瞬時に燃え上がり、煙突へと突き抜けるような……


72 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/18(金) 22:29:22.36 ID:tl6PUQr3o
潜水A「…………は……?」

ラーザリ「……え?」

カリーニン「な——」

トビリシ「……ヴェー、ニャ……?」

響「…………」

   ——はじめは、自分でも何をしたのか分からなかった。

   今にも飛びかかりそうなカリーニンを差し置いて、
   気づけば私は、潜水艦たちの眼前に迫り、あの子たちをにらみつけていた。

潜水A「……な、何よ貴女……」

響「——取り消すんだ」

潜水B「……よそ者が何? 引っ込んでなさい、日本艦」

響「仲間をクズ鉄呼ばわりされて、黙ってる方がどうかしてる」

カリーニン「——!」

潜水A「うるさいわね、貴女には関係な——」

響「…………」ギロッ

潜水A「う……」

潜水B「こ、このっ……!」

?「——何を騒いでいるの、あなたたち」


73 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/18(金) 22:32:00.88 ID:tl6PUQr3o
潜水ABC「ッ!!」ビシッ

響「……?」

   横から聞こえてきた声に、潜水艦たちが一瞬で姿勢を正した。
   そのまま声の主に向かって、力強く敬礼する。
   さっきまでの態度とは打って変わって、表情は真剣そのものだ。

響(……あれは……)

   声の主に目を向ける。
   短く切り揃えられた銀髪に、涼しげな目元。中性的な風貌だった。

   黒い革かゴムのような服が、首から下を隙間なく包んでいる。腰にはベルトを着けていた。
   服装を見る限り、彼女も潜水艦なのだろう。

   ——見覚えがあった。
   ウラジオストクに来た夜、私の随伴をしていた潜水艦だ。
   

?「報告が無いから迎えに来てみれば……どういうことか説明しなさい」

潜水B「だ、だって……ラーザリよ、ラーザリが先に……」

?「……そうなの?」

潜水C「それは……その……」

ラーザリ「……ま、先にからかったのはこっちですがね」

カリーニン「おい……!」

ラーザリ「いいから」ボソッ


74 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/18(金) 22:36:04.13 ID:tl6PUQr3o
?「…………」

潜水A「あ……え、ええと……」

?「……言い返したのでしょう?」

潜水A「う……」

?「……全く、あなたがそんなことでどうするんです、姉さん」

潜水A「で、でも、モーラ……」

?「最年長のあなたが止めるならまだしも、口論に加わるとは何事ですか。
  ——あなたたちも。1度や2度ではないはずよ、こんなことは」

潜水B「…………」

潜水C「……はい」

   そこまで言って、銀髪は私たちへ向き直る。

?「……あの子たちが迷惑をかけたようね。きちんと言い聞かせておくわ。
  ——でも、そちらも少しは自重なさい。ここの騒動の大半は、あなたたち水上艦絡みなのよ」

カリーニン「……ふん」

ラーザリ「……善処しますよ」
   
トビリシ「す、すみません……」


75 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/18(金) 22:39:01.15 ID:tl6PUQr3o
?「…………」

   銀髪の潜水艦と目が合った。
   背は、私よりも頭1つぶん高い。しかし、身にまとう雰囲気はそれ以上に大人びている。

?「……前に、海の上で会ったわね」

響「……ああ」

?「駆逐艦・ヴェールヌイ。この国にはもう慣れたかしら」

   薄い青色の目が、こちらを見下ろしていた。静かな目だった。
   でも私は、その瞳の奥に、そびえ立つ氷山のような冷たさと凄みを感じていた。
   ——間違いない。あれは、戦場を知っている目だ。

響「……君は?」

?「計画番号、Л(エル)−12。……予定艦名、『モロトヴェッツ』。
  どちらでも好きに呼びなさい」

響「…………」

モロトヴェッツ「——さぁ、みんな来て。報告を聞くわ」


76 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/18(金) 22:42:27.02 ID:tl6PUQr3o
   
   基地に向かっていくモロトヴェッツ。
   他の潜水艦たちも、私たちをキッと睨んでから、モロトヴェッツの後に続いていく。

モロトヴェッツ「……ラーザリ」

ラーザリ「?」

モロトヴェッツ「……ロシア語は通じるようね。あなたに任せて正解だったわ」

ラーザリ「……そりゃどうも」

  
   そう言い残して、モロトヴェッツたちは去って行った。

響「……トビリシ。あの人は……」

トビリシ「……ここの代表よ。わたしたちのまとめ役をやってるの。
     それに、この艦隊でいちばんの英雄だって……」

響「英雄?」

トビリシ「私もよく知らないけど……前の戦争で、敵を何隻も沈めたんだって」

ラーザリ「戦果だけならウチで一番。……だからみんな、何となく逆らえないってわけ」

カリーニン「…………」

響「…………」

   去っていく潜水艦たちの背中を、じっと見据えるカリーニン。
   その目に宿っているものは、単純な怒りだけではないような気がした。


77 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/18(金) 22:45:03.51 ID:tl6PUQr3o
—埠頭・薪小屋付近—

   すっかり夜も更けたころ。
   どうにも眠れなかった私は、あてもなく埠頭を散歩していた。

   当時の私たちには、基本的に睡眠は必要なかった。
   けれど、しばらく出撃の予定が無いときには、
   よけいな退屈を感じないよう、意識を閉じることもあった。
   
   ——それが、私たちの「眠り」だった。

響「……?」

   埠頭のはずれにある、古びた小屋の近く。
   そのあたりから、何かが飛び込むような水音が聞こえてくる。

   近づくと、人影も見えてきた。
   妙に思って、もっと近寄ってみると——

響「あ……」

カリーニン「……!」

響「…………」

カリーニン「……なんだ」

響「……いや。何をやってるのかな、って」

カリーニン「……何に見える」


78 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/18(金) 22:48:05.74 ID:tl6PUQr3o

   カリーニンは、1本の薪を握っていた。
   そして、海に向って何かの狙いをつけ、高く弧を描くように投げ入れる。
   薪は、ボチャンと音を立てて沈み、しばらくしてから浮き上がってきた。

響「……それが、例の『爆雷』かい?」

カリーニン「……ラーザリか」ハァ

響「聞き出したのは私だよ」

カリーニン「…………」

   足元に転がっている別の薪を、カリーニンが拾い上げる。
   小屋の横には、何十本もの薪が無造作に積み上げられていた。
   薪の間からは、ところどころロープがはみ出している。運搬に使っていたのだろう。

カリーニン「……なあ」

響「ん?」

カリーニン「さっき……何でラーザリをかばった?」

響「…………」

カリーニン「奴らの言う通り、お前には関係ないことだったはずだ」

響「——世話になったんだ。ラーザリには」

カリーニン「…………」

響「恩があるし、なにより……私は友達だと思ってる。……それじゃあ駄目かい?」

カリーニン「…………」

カリーニン「……そうか……」


79 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/18(金) 22:51:04.33 ID:tl6PUQr3o

   再び、薪が投げ込まれる。
   よく見れば、何本もの薪が海面に漂っていた。

響「……贅沢だね」

カリーニン「……燃やせないんだ、この小屋の薪は」

響「え?」

カリーニン「燃料不足に備えたはいいが、入れるだけ入れて使われずに……
       隙間から入った雪と湿気で、残らず使い物にならなくなった」

カリーニン「……今ではもう、誰にも見向きされない。静かに腐っていくだけだ」

響「…………」

   みたび、カリーニンが薪をつかむ。
   手に持った薪を、じっと見つめている。


80 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/18(金) 22:54:15.57 ID:tl6PUQr3o
カリーニン「……分かっているんだ」

カリーニン「本当は、こんなことをしたって何にもならない」

響「…………」

カリーニン「だが、それでも……何かせずにはいられない。無聊をかこつわけにはいかない」

カリーニン「敵に備えることさえ忘れてしまったら……私たちは、本当の鉄クズになってしまう」

響「……もう終わったんだろう? 君たちが勝って——」

カリーニン「——700万人だ」

響「…………」

カリーニン「……それだけの人間が亡くなった。モスクワの人口を、軽く超える数だ」

カリーニン「この街でも、次々に男がいなくなった。
       彼らがどこに行って、どうなったのか……私には、それすら分からなかった」

    薪を握りしめるカリーニン。
    つかんだ手が、小刻みに震えていた。

カリーニン「……それほどの犠牲を払っても、まだ戦争は終わっていない」

響「……え?」

カリーニン「クレムリンは、同志スターリンは……戦時体制を解いておられない。
       ——当然だ。いつ、あの海を越えて、資本主義者どもが攻め込んでくるか……」

カリーニン「……だから、だから私は……」


81 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/18(金) 22:56:29.75 ID:tl6PUQr3o

    投げられる薪。跳ねる水音。

カリーニン「……見せてやりたいんだ。奴らに」

カリーニン「私には、私たちには力があると。このソビエトを守ることができると」

響「……結局、馬鹿にされるのが嫌なだけじゃないか」

カリーニン「——おかしいか!? 祖国を守る能力も、誇りも! 確かに備えて造られたんだ!」
       
カリーニン「たまたま機を逃しただけで、その全てを否定され、侮られる! 
       奴らにそんな権利があるのか! 私の誇りを踏みにじる権利が!」 

カリーニン「——哨戒にすら出されずに、毎日のように虚仮にされて……」

カリーニン「そして、来るべき時に何もできず、気付けば全てが終わっている……
       ——そんなのは……そんなのは、もう……!」

響「…………!」


82 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/18(金) 23:00:08.81 ID:tl6PUQr3o

    『響……暁が、暁がぁ……』

    『雷ちゃん、帰ってきますよね……沈んで、なんか……うっ、あぁ……』

    『——響ちゃん、お疲れさま。交代なのです』

    『……心配すんな。大和さんは絶対に負けねえし、あたいも入れば百人力さ!
    すぐにみんなで帰ってくる。だから、しっかり治しとけよ!』

    『——然レドモ朕ハ、時運ノ趨ク所、堪ヘ難キヲ堪ヘ、忍ビ難キヲ——』

響「…………」


83 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/18(金) 23:03:22.97 ID:tl6PUQr3o
響「……私たちはフネだ。戦うべき時なんて、自分では決められない」

カリーニン「——分かっている。だが……!」

響「でも……仲間に力を示すだけなら。訓練だけなら簡単だ」

カリーニン「……演習か? 馬鹿を言うな。あれだって自分では……」

響「できるさ」

   海に飛び入り、水面を駆ける。
   旋回しながら薪を拾い、高く高く放り投げる。気持ちのいい水音がした。

響「……できる勝負をすればいい」

カリーニン「……?」


84 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/18(金) 23:06:20.61 ID:tl6PUQr3o

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

カリーニン「……馬鹿な……そんなことが……」

響「別に、気に入らないならいいんだ。こっちも思いついただけだしね」

カリーニン「…………」

響「少なくともあと2人は要るし、勝算だって高くはない。
  けど……やってみる価値はあるはずだ」

カリーニン「……勝てるのか?」

響「……勝負にならないなら、その程度ってことさ」

カリーニン「…………」

響「……もし乗り気なら、また明日。人が揃ってから、改めて説明する。
  ……どうするかは任せるよ」

カリーニン「…………」


85 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/18(金) 23:10:25.59 ID:tl6PUQr3o
—基地内部 図書室—

   翌朝。カリーニンが連れてきた2人に、昨日の提案を説明する。
   集まったメンバーは、当然ながら……私の予想に一致した。

トビリシ「 」

ラーザリ「 」

カリーニン「…………」

響「——説明は以上だ。どうだろう、みんな」

ラーザリ「……本気?」

カリーニン「当然だ」

ラーザリ「いやお前じゃなくって」

響「……無理強いさせるつもりはない。向こうが乗るかも分からないしね」

響「それに……一番大事なのは、遺恨を残さないことだ。
  もし負けても、黙って受け止めるしかない。能無しと呼ばれても、言い返せなくなる」

ラーザリ「……ッ……」

カリーニン「……私は乗った。あとは、お前たち次第だ」

トビリシ「…………」

ラーザリ「……作戦は分かった。戦術も分かった。
      でも……負けたらどうする。今度こそ、あいつらに何も言えなくなって……」

カリーニン「それでも……勝負にすら出ずに腐っていくより、何十倍もマシだろう」


86 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/18(金) 23:14:10.14 ID:tl6PUQr3o
トビリシ「……わたしは」

ラーザリ「!」

トビリシ「……その、ヴェーニャがやるっていうなら……わたしも!」

ラーザリ「トビリシ……!」

響「……ありがとう。心強いよ」

トビリシ「そ、そう? えへへ……」

ラーザリ「……馬鹿馬鹿しい。ヘンに面倒起こすより、へつらっとく方がずっと楽だよ」

響「…………」

ラーザリ「何言われたって、適当に聞き流しとけばいいんだ。
      任務は全部あいつら任せで、私らは自由に過ごせてる。十分な待遇と思うけど」

カリーニン「ラーザリッ!」

ラーザリ「……私はいい。どうしてもってんなら、あんたらで勝手にやるんだね」

カリーニン「……負けるのがそんなに怖いのか!」
   
ラーザリ「……ッ!」

   図書室から出ていくラーザリ。
   ——残念な気持ちは、無かったと言えば嘘になる。
   

トビリシ「……ラーザリさん……」

響「……3人か。やっぱり……」

カリーニン「……いや、やろう。訓練だけでもいい」


87 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/18(金) 23:17:59.84 ID:tl6PUQr3o
響「……勝算はもっと低くなるよ」

カリーニン「それを補うための訓練だろう?」

響「…………」

カリーニン「……なんだ」

響「いや。頑固な人とは思ってたけどね」

カリーニン「……その気になったんだ。お前のせいでな」

響「私に賭けてくれたのかい?」

カリーニン「ギャンブルはしない。……だが、信じてはみる」

響「……嬉しいね」

カリーニン「……! あ、いや、お前じゃあないぞ! お前の発案を、だ! いいな!」

響「はいはい……」

   ——その日から。
   来るべき『対潜演習』に向けた、私たちの訓練が始まった。


88 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/18(金) 23:21:53.29 ID:tl6PUQr3o
いったん終了 続きは2~3日後に

ちなみに戦没者700万人っていうのは、1946年にヨシフおじさんが発表した数
現在では軍人だけでも866万人、非戦闘員も含めて2300万人が亡くなったっていうのが定説
アカは嘘つき、はっきりわかんだね


93 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/21(月) 20:32:19.43 ID:38izdPcoo
——
————
————————

雷「だーかーらぁー! どんな勝負なのよ、その『演習』って!」

響「そのあたりは……もう少し進んだら、ね」

電「……響ちゃん」

響「うん?」

電「……もしかして、その訓練って……響ちゃんが教官だったのですか?」

響「もちろん」

暁「…………」

電「…………」

雷「……あー……」

響「……え、何、何だい?」

提督「……気の毒になあ、ソ連の子たち」

響「……?」


94 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/21(月) 20:36:12.26 ID:38izdPcoo
————————
————
——

—夜 埠頭—

トビリシ「ひゃぁっ!」コツン

響「まただ、またぶつかったよ。最短の航路で旋回するんだ」

トビリシ「う、うん……」

響「走り回ることだけ考えればいい。もちろん速度を落とさずにね。
  一瞬でも止まったらいい的だよ」

トビリシ「や、やってみる……」

カリーニン「ぐっ……!」ヒュン

響「目で追ってたら絶対に当たらない。相手の動きを予測して」

カリーニン「わ、分かっている!」ヒュン

響「相手は水の下にいるんだ。当てるにはそれだけ、高く投げなきゃいけない。
  投擲から着水までの時間は、秒じゃなく感覚で覚えるんだ」

カリーニン「あ、ああ……」ヒューン


95 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/21(月) 20:40:11.24 ID:38izdPcoo

トビリシ「……ね、ねぇヴェーニャ。これでほんとに大丈夫なの……?」ザーッ

響「……タネがばれさえしなければ、ね」ザーッ

カリーニン「——! 来たぞ、潜水艦どもだ!」

響「ッ! トビリシ!」ポイッ

トビリシ「ひゃいっ!」ポイッ

潜水B「……? 何やってんの、アンタら」

響「……陣形の練習だよ。複縦陣」スイーッ

トビリシ「そ、そーなんです」スイーッ

潜水A「物好きねぇ。どうせ出番も無いでしょうに」

カリーニン「やかましい! また妹に怒られたいか!」スイーッ

潜水A「……フン。ご勝手に」

ラーザリ「…………」


96 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/21(月) 20:44:11.99 ID:38izdPcoo

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

トビリシ「……っ!」ザザザッ

響「そう、その旋回だ。その速度だ」

トビリシ「うん……!」

カリーニン「Ураааааааа!!」ヒューン

響「っ……!」コツン

カリーニン「…………」ニヤッ

響「……やられたよ。……でも、何だい、今の」

カリーニン「? ラーザリから教わっていないのか?」

響「……何で『万歳』?」

カリーニン「力が湧くぞ! ほら、お前もだ! Урааааа!!」

響「う、ウラーッ!」

カリーニン「Урааааааааааа!!」

響「Урааааааааааа!!」

ラーザリ「やかましい! あいつら来てるって!」

響「えっ?」

ラーザリ「あっ……」


97 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/21(月) 20:48:12.92 ID:38izdPcoo
カリーニン「…………」

ラーザリ「…………」

響「……そうだね。いい加減、カリーニンばかりに見張りを頼むのも悪いし」

ラーザリ「……!」

カリーニン「ついでに薪も拾ってもらうか。海の上でも走らせて」

響「……まあ、無理にとは言わないけどね」

ラーザリ「…………」


98 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/21(月) 20:52:16.74 ID:38izdPcoo

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

潜水B「またやってる……」

響「複縦陣」スイーッ

トビリシ「カリーンカー♪ カリーンカー♪」スイーッ

カリーニン「こら、訓練中に歌うな!」スイーッ

ラーザリ「…………」

潜水C「……あれ? 行かないんですか」

ラーザリ「え? いや……」

カリーニン「——ラーザリ! いつまで休憩してる!」

ラーザリ「!」

響「手早く頼むよ。3人じゃどうにも不揃いなんだ」

ラーザリ「…………」

潜水A「……あら。仲間外れじゃなかったのね」

潜水B「なーんだ、慰めたげようと思ったのに」

ラーザリ「…………」


99 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/21(月) 20:56:23.81 ID:38izdPcoo

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

響「……だいぶ整ってきたね。あとは……」

   その夜の訓練も終わりかけた、その時。
   背後で、小さな水音がした。

響「…………」クルッ

ラーザリ「…………」

ラーザリ「あーあーあー……何でかなぁ……ホントにさぁ」

響「……よかった。ちゃんと立てたじゃないか」

ラーザリ「……あそこで見てると、あいつらの仲間に思われそうでね」

カリーニン「…………」

トビリシ「……ふふっ」

ラーザリ「ま、本番までやるかは分かんないけど」

響「いざとなったら出てもらうさ」

ラーザリ「……やだねぇ、ほんと」


100 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/21(月) 21:00:17.53 ID:38izdPcoo

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

響「なんだその速度は! 砕氷船か!」

ラーザリ「ひぃっ……」

響「当てるんじゃなく当たりに行かせる!
  爆雷は点じゃない、面に投げるんだ!」

ラーザリ「た、態度がまるで違——」

響「返事はッ!」

ラーザリ「ああー! はいはいはいはい!」ヒューン

——
————
————————

響「……いや、そこまで厳しくなかったよ、本当」

暁「うそぉ」

提督「自覚ないのが怖いんだ、これが……」

響「……まあ、ラーザリは特にひどかったし……そんな感じで、2週間ばかり訓練したんだ」

雷「に、2週間も響のオニしごき……」

電「……なんだか泣けてくるのです」

響「怒っていいかな?」


101 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/21(月) 21:04:14.70 ID:38izdPcoo
————————
————
——

—1947年 9月初頭 夜—

—埠頭 薪小屋付近—

   訓練開始から2週間後、月が煌々と輝く夜。
   港のはずれで、私たち4人は待っていた。

トビリシ「く、来るかしら……ちゃんと」

響「モロトヴェッツに話は付けた。もちろん、例の『条件』もね」

ラーザリ「……いよいよ引き返せなくなったか」

カリーニン「今更なんだ。結局ついてきたくせに」

ラーザリ「何、じゃあ今から抜けてもいいわけ?」

トビリシ「ええ!? ちょっと……!」

響「——来たよ」

カリーニン「——!」


102 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/21(月) 21:08:16.28 ID:38izdPcoo

   ゆっくりと近づいてくる4人の人影。
   先頭のモロトヴェッツに、他の3人がぴったりと付き従っている。

モロトヴェッツ「……待たせたかしら」

響「いいや」

潜水A「……勝負だか何だか知らないけれど、こんな時間に呼び出すなんてね。
    貴女たちみたいに暇じゃないのよ?」

潜水B「それより、あの話……本当でしょうね?」

響「……もちろんだ。今日の勝負……いや、演習で負けたら、
  私たちはこれから、何を言われても言い返さない」

潜水A「……ふぅん?」チラッ

カリーニン「当然だ。どんな罵倒も、甘んじて受ける」

ラーザリ「……ま、そういうことで」

潜水A「……確かに聞いたわよ?」

カリーニン「……だが、私たちが勝ったなら……」

潜水B「何だっていいわ、好きになさいよ。どうせ聞いたって意味ないんだもの。ねぇ?」

潜水C「い、いちおう聞いてあげたら……」

潜水A「……ま、気概だけは認めてあげましょう。
    自分から負けに来るなんて、なかなかできることじゃないわよ?」

ラーザリ「…………」


103 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/21(月) 21:12:12.76 ID:38izdPcoo
潜水B「だいたい、何が演習よ。砲塔も機銃もないくせに……」

モロトヴェッツ「……そうね。何をするのか、そろそろ教えてもらえる?」

響「簡単だよ。普段の演習と同じことをする。——こいつを使ってね」

   薪小屋の扉を開ける。
   潜水艦たちが、怪訝な目で小屋を覗き込む。

響「……この薪は、『魚雷』であり『爆雷』だ。
  まず、ここにいる全員で好きなだけ薪を取り、海に出る」

響「それから、陣営ごとに分かれて並ぶ。分け方は、まあ……言うまでもないか」

響「あと数十分すれば、消灯のラッパが鳴る。それが演習開始の合図だ。
  それまでは、走っても潜ってもいけない」
 
響「……いちおう聞くけど、潜り方は分かるね?」

潜水A「……馬鹿にしないでくれるかしら」

潜水B「とっくの昔に教わってるわよ。誰かさんとは違ってね」

響「それならいいんだ。すまなかった」


104 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/21(月) 21:16:11.68 ID:38izdPcoo
響「……合図が鳴ったら、あとは単純だ。手持ちの薪を相手に当てる」

響「投げても、飛ばしても、持ったままでも……とにかく、当てさえすればいい」

響「体のどこに当たっても『大破』だ。
  大破したら、黙って艦隊を離脱。速やかに上陸するように」

潜水C「あの、当たったかどうかは、誰が……?」

響「……自己申告だ。嘘は駄目だよ」

潜水A「……どうかしら。私たちの方は大丈夫でしょうけど?」

カリーニン「……フン」

響「……それから、これが重要なんだけど……薪は原則、使い捨てだ。
  1度手元から離した薪を、拾ってもう1回、なんてのはできない」

モロトヴェッツ「……つまり、補給は不可能と?」

響「そう。さっきも言ったけど、薪は何本持って行ってもいい。
  けれど、使い切ったら戦闘不能だ。この場合も離脱して、陸に帰ってもらう」

ラーザリ「……薪に当たるか、薪が無くなるか。どっちにしたって負けってわけだ」

響「……そんな感じで続けていって、最後まで残った陣営の勝ち。
  ルールについては以上だよ」


105 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/21(月) 21:20:49.49 ID:38izdPcoo
潜水A「…………」

潜水B「…………」チラッ

モロトヴェッツ「……そうね。少なくとも、不公平な勝負には聞こえない」

響「…………」

モロトヴェッツ「……さっきは聞きそびれたけど、もしあなたたちが勝ったら?」

カリーニン「我々の力を認めてもらう。いわれなき非難は、二度と認めない」

モロトヴェッツ「……いいわ。艦隊代表として約束する。
        我ら第1潜水艦隊、演習の申し入れを受けましょう」

響「……ありがとう」


106 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/21(月) 21:24:13.58 ID:38izdPcoo
—金角湾 海上—

   
   薪を取り終え、洋上に並ぶ。
   小屋にあったロープのおかげで、腰や背中に括り付けることができた。

   相手側の潜水艦たちは、多くても1人8本ほど。
   対してこちらは、それぞれ最低でも20本は用意した。
   

トビリシ「練習したけど、やっぱりちょっと重いわね」

響「……まるで二宮金次郎だ」

トビリシ「……だれ?」

ラーザリ「……基地のヒトが見たらどう思うかね。薪がひとりでに海の上を……」

カリーニン「馬鹿言ってないで集中しろ」


107 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/21(月) 21:28:14.10 ID:38izdPcoo
潜水A「……ねぇ、モーラ。本当に良かったの? こんなに少なくて……」

潜水C「その、やっぱり、向こうみたいに何十本も……」

モロトヴェッツ「……見なさい、向こうの駆逐艦」

潜水B「? ああ……ふらついてるわね、なんか」

モロトヴェッツ「あれだけ積めば、多少なりとも速度に影響が出る。
         それを分かっていないはずはない」
         
モロトヴェッツ「利点である機動力をわざわざ殺しているのよ。……きっと何かがあるはずだわ」

潜水B「何か、って?」

モロトヴェッツ「……何であろうと、凌がなくてはならない。
         だからこそ、こちらは機動力が最優先よ」

潜水C「わ、分かりました……」

モロトヴェッツ「……それに、考えてもみなさい。
        視界の悪い夜の海上と、引き波で軌跡を捕捉できる水中……」

モロトヴェッツ「索敵ではこちらがはるかに有利。
        物量に頼らずとも、奇襲と一撃離脱で十二分に戦えるはずよ」

潜水A「……まあ、こっちにはモーラがいるものね」

潜水B「そうそう。ま、本気出すまでもないでしょーけど」

モロトヴェッツ「…………」


108 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/21(月) 21:32:15.24 ID:38izdPcoo

   基地の正面に人影が見えた。
   拡声器付きの台に、ラッパを持った水兵さんが登る。
   ——消灯の時が近づいていた。

響「——! みんな、そろそろ……」

カリーニン「!」

トビリシ「っ……」

ラーザリ「……あんまり期待しなさんなよ」

潜水A「……格の違いを教えてあげるわ」

潜水B「一番になったら褒めてよね、モーラさん」

潜水C「が、がんばります……!」

モロトヴェッツ「……行くわよ、みんな」

   水兵さんが、ラッパを静かに口に当てる。
   これから何が始まろうとしているか、あの人は全く知りもしない。

   ——そして。
   開戦の合図が、おごそかに響いた。


109 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/21(月) 21:36:16.49 ID:38izdPcoo
モロトヴェッツ「潜航!」

潜水ABC「ッ!!」

   潜水艦たちが、一糸乱れぬ動きで海中へ飛び込む。
   やはり、生半な練度ではないようだった。

響「全艦、複縦陣にて最大戦速! 『浦潮作戦』、第一段階開始!」

 「「「了解!」」」

——
————
————————

響「……あ、そうだ。ここからはちょっと、後で人から聞いた話も入るから」

響「そのあたりは、私が直接見聞きしたわけじゃない。それは了解していてほしいな」

提督「? ああ」


110 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/21(月) 21:40:21.81 ID:38izdPcoo
————————
————
——

—海中—

潜水A「——ふふん、見える見える……
    軌跡は横に並んだ4つ、その後ろにもう4つ……」

潜水B「複縦陣とかいう奴ね。馬鹿の一つ覚えでやってたアレよ」

モロトヴェッツ「まずは様子見。無軌道に走っているとは思えないわ。何か狙いが——」

潜水A「……モーラ。そんなまどろっこしい。
    当てさえすれば勝ちなのよ? こうやって、真上にまき散らしてやれば——!」ポイポイ

—海上—

トビリシ「——! 3時方向に薪浮上! 数は4!」

ラーザリ「始まったか……」

響「……なら、こっちもだ。爆雷投擲、始めぇーっ!」


111 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/21(月) 21:44:19.87 ID:38izdPcoo
—海中—

潜水C「……あ」

潜水A「……あ、あら?」

潜水B「……行かないわね、まっすぐ」

モロトヴェッツ「……機雷ならともかく、ただの薪ですよ?
         重心も安定しないし、海流の影響も大きい……この深さでは無駄撃ちです」

潜水A「なら……!」

潜水B「簡単でしょうが!」グンッ

モロトヴェッツ「! マクレル!」

潜水B「ギリギリまで近づいて、確実に撃ち込む! 私たちの定石でしょ!
    見てなさいって、今度はあたしが——」

  ドボン!  ドボン!  ドボン!

潜水B「——え?」

潜水A「……何? あれ……」

潜水C「……投げ込んでますね、あんなにいっぱい……」


112 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/21(月) 21:48:18.68 ID:38izdPcoo
モロトヴェッツ「…………」

潜水B「……っぷ……」

潜水「っ……くく……!」

潜水B「あーっはははは! 何、何なのよぉアレ! どんだけ怖がってんの!?」

潜水A「つ、使い切っちゃうわよ、あのまま……っくく……ふふふふ……!」

潜水B「届かないー! 届かないわよー! そこじゃないのよー!
    あぁー……も、もうダメ……! ひぃー……!」

モロトヴェッツ「……演習中よ。慎みなさい」

潜水B「はーい……っくく……」

潜水C「……でも、本当に撃ち尽くしちゃうんじゃ……」

モロトヴェッツ「…………」


113 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/09/21(月) 21:52:16.19 ID:38izdPcoo
—海上—

響「……よし、投擲中止!」

   ところ構わずバラ撒いたおかげで、海上にはおびただしい数の薪が浮いていた。
   私たちが間を通るたびに、薪がぷかぷかと波に揺られる。

響「……本作戦は、これより第二段階に移行する。カリーニン、ラーザリ」

カリーニン「——了解!」

ラーザリ「……ま、やれるとこまでね」


114 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/21(月) 21:56:14.22 ID:38izdPcoo
—海中—

潜水A「投擲が止まったわ。……いよいよ弾切れかしら」

潜水C「たくさん浮いてますね。……邪魔じゃないのかな」

潜水B「何にしたって、今がチャンスってわけよね……!」ギュンッ

モロトヴェッツ「ッ……待ちなさい!」

潜水B「あいつら、陣形は同じだけど遅くなってるわ。
    近づいて撃てば一発よ!」ギューン

潜水A「あらあら、張り切っちゃって……」

潜水B「よし、この距離なら! まずひとり——」


115 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/21(月) 22:00:22.67 ID:38izdPcoo

   ドボン! 
               ドボン!

         ドボン!

潜水B「——め——?」

   ——ゴツン!

潜水A「な——!」

潜水C「あ……っ!」

モロトヴェッツ「——!!」

潜水B「あ……あ、れ……?」


116 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/21(月) 22:04:14.04 ID:38izdPcoo
—海上—

潜水B「な……何でよ、何で……」プカーッ

ラーザリ「——!」

カリーニン「あ……当たった! 当たったぞぉぉ!」

トビリシ「ぃやったぁ!」ザーッ

響「……ハラショー!」ザーッ

潜水B「——!! あ、あんたたち……それ……!」

ラーザリ「おーっと……負けたら黙って、どうすんだっけね」

潜水B「ッ……!」

カリーニン「や、やったんだ……ハハ……私は……!」

響「——油断は駄目だ。あと3隻……!」


117 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/21(月) 22:08:20.52 ID:38izdPcoo
—海中—

潜水C「そんな……!」

潜水A「どういうこと!? あいつら、なんでマクレルの位置が……!」

モロトヴェッツ「……軌跡は変わらず、前と後ろに4つずつ……陣形に変化はない。
         速度が多少遅くなったとはいえ、それだけでは……」

潜水A「……それに、マクレルは斜め後ろから近づいて行ったわ。
    なのに、あんなに早く気づかれて……」

潜水C「その、ソナー持ってる、とか……」

潜水A「まさか……!」

モロトヴェッツ「……あるいは、ソナーの代わりになる『何か』……」

潜水A「またそれ!? 何なのよ、『何か』って!」

モロトヴェッツ「落ち着いてください! ……何にせよ、もう無闇には出られない」

モロトヴェッツ「持久戦ならこちらに分があります。
         何としても、あの謎を暴かなくては……!」


118 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/21(月) 22:12:12.75 ID:38izdPcoo

—海上—

トビリシ「……来ない、わね」

響「痺れを切らした方が負ける。……向こうだって、それは分かってるはずだ」

響「今は待つんだ。……止まらずにね」

—海中—

潜水C「……航行速度、陣形、共に変化なし。攻撃もありません……」

モロトヴェッツ「……釣りと同じだわ。私たちが引っ掛かるのを待っている」

潜水C「でも、このままじゃ何も……」

潜水A「……モーラ、ソラクシン」

潜水C「?」

潜水A「……あの子たちからできるだけ離れて、薪のない辺りに行きなさい」

モロトヴェッツ「……姉さん、何を」

潜水A「決まってるでしょう。釣られてやるのよ」

潜水C「——!」


119 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/21(月) 22:16:11.93 ID:38izdPcoo
モロトヴェッツ「……囮になると?」

潜水A「……こうやって下から覗いてても、何も分からないままよ。
    顔を出して見るしかないわ。誰かに注意が向いてる隙に……」

モロトヴェッツ「なら、私が……!」

潜水A「……モーラ、貴女が知れば勝ちなのよ。
    あの子たちの秘密を暴いて、貴女がそれを知りさえすれば……」

潜水A「ソラクシンと2人で、あるいは貴女1人でも。
    あの子たちを全員叩きのめせる。違う?」

モロトヴェッツ「…………」

潜水A「……お願いね。勝てるわ、私たちなら」ギュンッ

潜水C「ジェーナさんっ!」

モロトヴェッツ「……ソラクシン。10時の方向へ」

潜水C「っ……!」

モロトヴェッツ「絶対に目から下は出さないで。5秒以上は見ないで、すぐに——」


120 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/21(月) 22:20:33.69 ID:38izdPcoo
—海上—

カリーニン「……! 来たか!」

ラーザリ「カリーニン! 艦隊から8時!」

カリーニン「見えてるッ! いくぞ!」

—海中—

   ドボン!
                   ドボン!
          ドボン!

モロトヴェッツ「……ッ!」クルッ

潜水A「……はぁ、はぁ……やっぱり……!」

モロトヴェッツ「姉さん!」

潜水A「……み、見なさい……かわしてやったわ、あんなの……!」

モロトヴェッツ「こっちへ! 早く!」

潜水A「『薪』よ! モーラ!」

モロトヴェッツ「え——?」


121 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/21(月) 22:24:23.34 ID:38izdPcoo
潜水A「『薪の浮き沈み』が目印なんだわ! 
    私たちが水面に近づいたら、まき散らされた薪が『ブイ』みたいに揺れて……
    それで位置が分かったのよ!」

モロトヴェッツ「——! だからあんな数を……!」

潜水A「だから……死角はッ!」ギュンッ

モロトヴェッツ「! 姉さん! 待って、まだ——」

潜水C「モーラさん! ど、どうしたら……!」

モロトヴェッツ「あなたは海面で偵察を! 姉さんは私が援護する!」
    

潜水A「……見えたわ、水上艦。馬鹿正直に4人で固まって……!」

潜水A「——貴女たちが波を引く、その『真後ろ』ッ! 
    薪の揺れが分からない、そこが貴女たちの死角よッ!」バシャッ


122 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/21(月) 22:28:10.92 ID:38izdPcoo
—海上—

潜水A「食らいなさいな! 水上雷げ——」カコーン

潜水A「…………」

潜水A「……え?」

   背後で威勢のいい声が聞こえ、続いて軽快な音が響いた。
   旋回して見てみれば、片手に薪を構えた潜水艦が、ぽかんとした顔で固まっている。

ラーザリ「ほー、やれるもんだね、意外と」

潜水A「な……あ、あ……え?」

ラーザリ「……打ち所が悪かったかな。もしもーし? 脳ミソご在宅?」コンコン

潜水A「な、なんで、どうして……!」

ラーザリ「別にいいけど? 教えてやっても。
     こんな怠け者で、口が悪くて、性根の歪んだ鉄クズに……そこまで教えを乞いたいならね」

潜水C「…………」スーッ

トビリシ「……ッ! ラーザリさん!」


123 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/21(月) 22:32:11.14 ID:38izdPcoo
潜水C「ッ!!」ブンッ

響「くっ……!」ヒュンッ

潜水C「ひゃぁあっっ!」コツン

ラーザリ「ほらほらほォら、とっとと上がんな——」

カリーニン「馬鹿、後ろだッ!」

ラーザリ「え?」ゴンッ

ラーザリ「…………」

ラーザリ「……あーあ……」

カリーニン「あーあ、じゃないッ! 何やってんだぁお前はァ!」

潜水C「あ、当たったぁ……」プカーッ

潜水A「Хорошо! ざまぁ見なさい! ばーかばーか!」プカプカ

ラーザリ「それが最年長の語彙かってのよ。これだから肉体労働者は……」

カリーニン「いいからとっとと上がれ貴様らぁ!」


124 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/21(月) 22:36:14.09 ID:38izdPcoo

モロトヴェッツ「…………」スーッ

モロトヴェッツ「……そうか……そういう事だったの……!」

モロトヴェッツ「やっと分かったわ……あなたたち……!」

モロトヴェッツ「走っていたのは『2人だけ』……ッ!!」

響「……!」

モロトヴェッツ「っ!」ザブン

響「しまった……!」

トビリシ「ヴェーニャ!?」

響「モロトヴェッツに見られていた。この戦術はもう使えない……!」

カリーニン「だが……いけるぞ、これなら! 3対1だ!」

響「——これより、本作戦は第三段階へ移行する!
  各艦、最大戦速にて単独航行! 敵を攪乱しつつ、確実に浮上時を狙え!」

 「「了解っ!」」


125 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/21(月) 22:40:17.54 ID:38izdPcoo
—埠頭—

潜水C「すっ、すみません……て、偵察しろって、言われたのに……!」

潜水A「いいの、いいのよ! 大金星だわ!」ナデナデ

潜水B「このひねくれ艦を負かしたのよ! もっと誇りなさい、ソラクシン!」

ラーザリ「いの一番にやられといて……」

潜水B「う、うるさいっ!」

—海中—

モロトヴェッツ「……やられたわ。完全に裏をかかれた……」

モロトヴェッツ「訓練の風景、そして演習前の陣形。
        そのせいで思い込んでいた……あの『複縦陣』が崩れない、と!」

モロトヴェッツ「あの子たちは……『2人で4人分の軌跡を作っていた』!」


126 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/21(月) 22:44:09.22 ID:38izdPcoo
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

—2週間前 埠頭—

カリーニン「……どういうことだ?」

響「簡単だよ。まず、できるだけ速くて小回りの利く2人が、薪を両手に持つ。
  そうしたら、次は薪の先っぽを水面に着けて、そのまま航行するんだ」

カリーニン「……?」

響「当然、軌跡は本人の分と、両側の薪の分……あわせて『4つ』が並行する。
  そして、2人が前後に並んで同じことをすれば……」

カリーニン「——! 軌跡は『8つ』……4人の複縦陣か!」

響「……もちろん、見抜かれる可能性は十分にある。
  特に、真昼間の何もない海ではね。……だから……」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

モロトヴェッツ「……だから、この時間帯か……!
         航行する影が、昼間ほど鮮明には見えない『深夜』!」

モロトヴェッツ「それに、あのバラ撒いた『薪』も……!
        水面だけに注意を向けさせ、『動き』だけを追わせるために!」
       
モロトヴェッツ「……陣形を変えたのは、きっと投擲が一旦止んだ後。
         そして、あの駆逐艦2人が偽装艦隊となり、残る2人が——!」


127 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/21(月) 22:48:14.31 ID:38izdPcoo
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

—2週間前 図書室—

ラーザリ「……つまり、『浮き砲台』ってわけ?」

響「平たく言えば、ね。さっき言ったように、海上にはすでに大量の薪が浮いている。
  その横にくっついて、じっと動かなければ……」

トビリシ「……見つかりにくい、ってこと?」

響「可能性は高いよ。もちろん、囮役がしっかり気を引ければ、だけど」

響「相手は、囮役の側面や背後を攻めようとするだろう。
  だから、攻撃役は索敵だけに集中して、確実に薪を叩き込む」

響「相手が浮上すれば、撒いておいた薪の揺れで分かるはずだ。
  ……相応の訓練は必要だけどね」

ラーザリ「……バレない保証は?」

響「——あるとは言えない。でも……
  全員で航行しながら戦うよりは、はるかに安定するはずだ」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

モロトヴェッツ「……ヴェールヌイ。あなたの入れ知恵ね……」

モロトヴェッツ「——これほどの戦術……カリーニンたちが独力で考えたとは思えない。
        戦場を知らない彼女たちには……!」

モロトヴェッツ「…………」

モロトヴェッツ「……けれど……ッ!」


128 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/21(月) 22:52:15.30 ID:38izdPcoo
—海上—

   薪を構えながら、海上を駆け回る。
   モロトヴェッツは姿を見せない。だが、慎重になるのも当然だ。
   最後の1人。攻撃であろうと偵察であろうと、一歩間違えれば敗北となる。

カリーニン「いたか!?」

トビリシ「駄目です、まだ……!」

響「焦っちゃだめだ。彼女は必ず来る、それまでは……!」

   ——その時。
   ふと、胸の奥で何かがざわついた。

響「——?」

   目や耳ではないどこかに、得体の知れない感覚が広がる。
   キス島で、琉球嶼で、周防灘で——幾度となく感じた、あの寒気。

トビリシ「……ヴェーニャ?」

   トビリシの背後で、海面がにわかに盛り上がる。
   ——気付いた時には、もう遅かった。


129 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/21(月) 22:56:14.56 ID:38izdPcoo
響「!! トビリ——」

   水しぶきを立て、海面が炸裂する。
   発射された、としか言いようのない速度で、薪がトビリシの背中を打った。

トビリシ「あ——」

   目の前には、茫然としてよろめくトビリシ。そして……

モロトヴェッツ「…………」

   ——まるでイルカのように海上へと飛び跳ね、
   後ろに宙返りをして戻っていく—— モロトヴェッツの姿があった。

響「…………」

響「……冗談だろう?」


130 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/21(月) 22:56:44.95 ID:38izdPcoo
一旦中断 続きはまた3日後ぐらいに

133 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/24(木) 21:01:27.47 ID:ZxM2cIh0o
—海中—

モロトヴェッツ「……侮っていたわ、ヴェールヌイ」

モロトヴェッツ「あの問題児たちを、これほどの集団に育て上げ……
         私たちを、ここまで追い詰めた」

モロトヴェッツ「恐ろしいぐらいの切れ者だわ。
         ——まず何よりも、あなたを撃っておくべきだった」

モロトヴェッツ「……けれど。あなたにだって、思いもよらないことがあるはず。
         裏をかかれることだってあるはず」

モロトヴェッツ「——今の私には、それができる。『1人にしてくれたお蔭で』ね……」

モロトヴェッツ「たとえ演習でも、これ以上の醜態は晒せない。
         ……1人ずつ、確実に撃ち抜いてあげる」


134 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/24(木) 21:05:19.75 ID:ZxM2cIh0o
—海上—

   カリーニンを背後に回らせて、海上を逃げ回る。
   あの攻撃の正体を掴めないうちは、反撃のしようもない。

カリーニン「なんだ……何なんだ、アレはッ!」

響「止まるんじゃない! 逃げるんだ、今は……!」

カリーニン「水中から投げたとでも言うのか!? 馬鹿な!」

響「——違う。あれは、もっと……」

   パシャン、パシャンと、鋭い水音が響く。
   ——私たちの、真後ろからだ。

響「ッ——!」クルッ

   水面を跳ね回りながら、モロトヴェッツがこちらに迫ってくる。  
   いつ潜るか、いつ飛び出してくるか、タイミングは完全に不規則だ。
   おまけに、薪の浮いていないところを絶妙なまでに突いている。

カリーニン「この……おちょくってッ!」

響「埠頭だ、カリーニン!」

   埠頭のコンクリートが、眼前にまで迫っていた。
   左舷側には、埠頭に対して直角に出張った桟橋。
   ——右舷側へ逃げるしかない。


135 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/24(木) 21:08:16.67 ID:ZxM2cIh0o
響「おもーかーじッ!」

   体を傾け、右舷へ急旋回する。
   そのすぐ後ろに、カリーニンも続き——

カリーニン「——あ——」

響「——!!」

   一瞬の破裂音。
   小さな水しぶきと、そのやや右後ろに、大きな水しぶき。
   
   その正体を見切ったときには、もう……
   旋回中のカリーニンの胸に、薪が勢いよく食い込んでいた。


136 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/24(木) 21:12:24.56 ID:ZxM2cIh0o
響「……っ……!」

カリーニン「……すまない……あとを……」

モロトヴェッツ「…………」

   モロトヴェッツが再び宙返りし、水中へと戻っていく。
   その背中には、あと4本の薪が結わえ付けられていた。

響(……罠だったんだ。わざと目立つ動きで追って、
  右にしか旋回できない場所まで追い込んだ……)

響(そして、私たちが向きを変える、その場所まで予測して……!)

   ——もしかしたら、最初からカリーニンだけを狙っていたのかもしれない。
   彼女は、私の航路を忠実になぞっていた。
   私が旋回した場所に、一瞬遅れて薪を撃ち込めば……ほぼ確実に当てられる。

響(……でも……)

響(さっきので、大体の見当は付いた……!)


137 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/24(木) 21:16:08.40 ID:ZxM2cIh0o

   最大戦速で駆け回りながら、頭の中を整理する。
   猛スピードで飛び出した薪。モロトヴェッツの宙返り。2つ同時の水しぶき——

響(——『急降下爆撃』の『逆』なんだ)

響(海の深いところから……薪を掲げて、全速力で斜めに浮上)

響(水面近くで手を離せば、薪は慣性と浮力で、そのまま斜めに飛び出す)

響(それこそ、『発射された』ような速度で……!)

モロトヴェッツ「…………」パシャン! パシャン!

響「っ……!」ギュンッ
   

   跳ね回るモロトヴェッツに、薪を構えながら接近する。
   ——もう、その手には乗らない。


138 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/24(木) 21:20:23.53 ID:ZxM2cIh0o
モロトヴェッツ「——!」ザブン

響(……そして、あの宙返り)

響(薪を離したあと、すぐさま体を反らせば、力は全て上に向く)

響(その勢いで飛び上がり、宙返りをすれば……
  今度は飛び込みの要領で、また深く潜れるというわけだ)

響(……おまけに、こっちは反撃もしにくい。
  空中の相手に投擲なんて、無駄撃ちになるのは分かり切ってる)

響(……宙返りの真下に行くぐらいじゃないと、確実には命中させられない……!)

   モロトヴェッツが潜航する。
   私に薪を叩き込む隙を、じっと伺うつもりなのだろう。

響(……どうする?)

響(単に避けるだけじゃ間に合わない。あの薪を凌ぎ、同時に一瞬で接近する……)

響(それができないなら、私たちは……)


139 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/24(木) 21:24:18.59 ID:ZxM2cIh0o

   横目に、ちらりと埠頭を見る。
   トビリシたちが、潜水艦たちが、揃って私たちの戦いを見守っていた。
   ちょうど、さっきの桟橋のあたりだ。埠頭との間にできた、角のあたりに集まって……

響(……角……)

響(…………)

響(————ッ!!)

   埠頭の岸壁に対して、直角に延びている桟橋。
   その接合部分の直角に向かって、全速力で舵を切る。

ラーザリ「……ん?」

カリーニン「……何だ? どうしてこっちに……」

   みんなが訝しんでいるのが見えた。
   そのまま、ギリギリのところまで角に近づき……

トビリシ「——え……!?」

 
   急停止して反転。角にぴったりと背中を付ける。
   背後から、みんなのどよめきが聞こえた。


140 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/24(木) 21:28:13.95 ID:ZxM2cIh0o
リーニン「な——何をやってるんだ! 止まってどうする!? そんな所で……!」

トビリシ「逃げてヴェーニャ! 早く!」

ラーザリ「…………」

響「…………」

   そして手持ちの薪を、1本だけ背中に残して……他は全て足元にバラ撒く。
   みんなが絶句しているのが、手に取るように分かった。

潜水C「え……え……?」

潜水B「……正気……!?」

潜水A「ど……どうせ自棄よ。やったわモーラ……!」

響「…………」

   視線を落とす。足元の薪と、前方の海……その両方が見えるように。
   ——もう後はない。残された道は、ただひとつだ。


141 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/24(木) 21:32:14.51 ID:ZxM2cIh0o
—海中—

モロトヴェッツ「……壁を背に……前方だけに備えるつもりね」

モロトヴェッツ「——でも、残念ね。私は……」

   パシャン   パシャン
  
     パシャン     パシャン

モロトヴェッツ「——! 薪を……」

モロトヴェッツ「……なるほど。『真下』への備えも抜かりない。
         性懲りもない策だけど……」

モロトヴェッツ「…………」

モロトヴェッツ「——そんなに正面から来てほしいなら……
         いいわ。望みどおりにしてあげる」

モロトヴェッツ「これで終わりよ、ヴェールヌイ……!」


142 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/24(木) 21:36:11.94 ID:ZxM2cIh0o
—海上—

響「…………」

 
   最後の薪を手に取り、ただじっと……その時を待つ。
   背後ではみんなが、固唾を飲んで見守っている。

響「…………」

   意識を、ただ目の前だけに集中する。
   海が、世界が、私に向かって……ゆっくりと閉じていくような感覚。

響「…………」

   どれくらいの時間が経っただろう。
   数分か、数秒か……もしかしたら、ほんの一瞬だろうか。

響「…………」

   ——風が吹いた。
   夏の夜にふさわしい、湿った風が……

   
   ————そして、目の前の海が、ほんの少し————


143 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/24(木) 21:40:09.95 ID:ZxM2cIh0o
響「————っ!!」

   腰を落とす。頭を下げる。  
   ギリギリまで姿勢を低くして、真正面へと突撃する——!

カリーニン「——な……!」

トビリシ「あ——あぁ……!!」

ラーザリ「……ひゅ……」

   水しぶきが上がる。薪が顔を出す。
   仰角45度で迫るそれは——

潜水A「……あ……え……?」

潜水B「……うそ……」

潜水C「うぁ——」

   ——見事に。
   私の、『頭上』をかすめた。


144 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/24(木) 21:45:03.24 ID:ZxM2cIh0o
響「…………」

   まるで水面を這うように、もう1つの水しぶきへ肉迫する。
   直線移動だ。無駄はない。

モロトヴェッツ「————」

 
   直上のモロトヴェッツと目が合う。
   ——信じられない、という顔だった。

響「……捉えたよ」


145 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/24(木) 21:48:14.11 ID:ZxM2cIh0o

   振りかぶった手を、思いきり前に伸ばす。
   手裏剣のように回転しながら、薪がまっすぐ進んでいく。

モロトヴェッツ「——ッ——!」

   モロトヴェッツが腰に手を回す。
   迎撃のために、向こうも薪を撃つつもりなのだろう。
   ——けれど、もう手遅れだ。

モロトヴェッツ「…………」

モロトヴェッツ「…………馬鹿な……」

   ———— そして、最も恐るべき相手の肩に。

   ———— 最後の薪が、命中した。


146 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/24(木) 21:52:12.00 ID:ZxM2cIh0o
響「…………」

   水しぶきを上げて、モロトヴェッツが沈む。
   誰も、何も言わなかった。長い静寂が、あたりを包む。

   やがて……仰向けになったモロトヴェッツが、大の字で浮き上がってきた。
  

モロトヴェッツ「…………」

モロトヴェッツ「……Хорошо(素晴らしい)……!」

響「…………」

モロトヴェッツ「…………私たちの、完敗ね」


147 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/24(木) 21:56:11.58 ID:ZxM2cIh0o

 「「……ぃいやったああああぁぁぁぁぁ!!!」」

   歓声を上げながら、トビリシとカリーニンが駆け寄ってくる。
   その後には、ラーザリが少し恥ずかしそうに続く。

トビリシ「ヴェーニャぁっ! すごい! すごいわっ! あぁもうっ……!!」

カリーニン「やったんだ……やったんだぞ! 私たちはッ! 
      ははは……ヴェールヌイっ! こいつっ! こいつぅっ! やったぞぉ!!」

響「ちょ、ちょっと……2人とも……」

 「「Урааа! Урааа! Ураааааа!!」」

 
   2人に代わる代わる抱き着かれ、頬に何回もチューをされた。
   正直、勘弁してほしかった。


148 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/24(木) 22:00:18.67 ID:ZxM2cIh0o
ラーザリ「…………」

カリーニン「何やってるラーザリ! ほら!」

ラーザリ「え! あ、ああ……」

響「と、トビリシ……苦し—— ん?」

ラーザリ「……ま、何て言うか……その、ほら……ええと」

   しばらく言いよどんでから、ラーザリが私の手を握る。
   そして、顔を逸らしながら……

ラーザリ「…………お疲れさん。悪かったね、色々……」

響「……ううん。ありがとう」

ラーザリ「……よせっての」


149 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/24(木) 22:04:38.08 ID:ZxM2cIh0o
潜水C「う……うぅ……」

潜水B「こんな……納得いかないわよ……こんなの……!」

潜水A「……納得できなくても、負けは負けよ」

モロトヴェッツ「…………」

潜水B「……そうよ。こんなの認めないわッ!」

モロトヴェッツ「……マクレル」

潜水B「もう一度よッ! もう一度戦いなさい! 水上艦!!」

カリーニン「な——はぁ!?」 

潜水B「言っておくけれど、さっきは全然本気じゃなかったのよ!?
    可哀想だから手を抜いてあげたの! 本当!」

潜水A「……あのね、マクレル……!」

ラーザリ「……あーあ……」


150 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/24(木) 22:08:12.02 ID:ZxM2cIh0o
潜水B「大体何よ! あんたたちが勝ったのなんて、ほとんどヴェールヌイのおかげでしょう!?
    個々の実力じゃ私たちが上よ! 分かってるんでしょうね!?」

カリーニン「お前たちだって! モロトヴェッツしかまともに戦ってないくせに!」

潜水B「こ、こんのぉっ……! もう怒った! 本気で負かしてやるわ! ……ヴェールヌイ以外!」

カリーニン「上等だ……! 鼻っ柱へし折ってやる! 来いトビリシ!」

トビリシ「え、えぇー……?」

潜水B「ソラクシン! 手伝いなさい、こいつらぶちのめすわ!」

潜水C「ま、待って……待ってください……!」

響「……どうするんだい、あれ」

ラーザリ「……どーすっかね、ほんと」

モロトヴェッツ「……はぁ……」


151 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/24(木) 22:12:07.22 ID:ZxM2cIh0o

   海の上で、ラーザリたちが2回戦を始める。
   ……演習というよりは、ただの喧嘩だった。
   各々、好き勝手に叫びながら、むちゃくちゃに薪を投げあっている。

響(……でも……)

    『ほーら暁! 私の方が速いわよ!』

    『ふふーん、大人のレディはそんなの……あーもう! 響まで!
     お姉ちゃん抜かしちゃだめなんだからね!』

   
    『まっ、待ってぇ……みんなぁー……』

響(……こんなに賑やかなのも、久しぶりだ)


152 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/24(木) 22:16:27.04 ID:ZxM2cIh0o
響「…………」

ラーザリ「……ヴェールヌイ?」

響「……さすがに、ちょっと疲れたよ。艦でしばらく休んでくるね」

   歩きながら、ふと夜空を見上げる。見渡す限り、満天の星空だ。
   見慣れた星がいくつもあった。はくちょう座、こと座、北斗七星。
   ……そして、静かに光る北極星。

響(……ああ……)

響(今夜は、ぐっすり眠れそうだ……)


153 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/24(木) 22:20:13.45 ID:ZxM2cIh0o
—翌朝—

—駆逐艦「ヴェールヌイ」・甲板—

響「…………」

響「……ん……ああ……」

   眩しい光に、ゆっくりとまぶたを開く。気づけば朝日が昇っていた。
   だいぶ長いこと、意識を閉じていたようだ。

響「……あれ?」

   右の手のひらに、固い感触があった。
   知らない間に、何かを握っていたようだ。


154 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/24(木) 22:24:13.07 ID:ZxM2cIh0o
響「…………これは……」

  
   手の中にあったのは、見慣れたバッジ。
   特Ⅲ型の「Ⅲ」をあしらった、私たちの思い出の品だ。

響(……いつ外れたんだろう。ずっと帽子に着けてたんだけど)

響「…………」

   理由は分からないけど、知らないうちに外れてしまったようだ。
   いつまた同じことが起きるか分からない。なら、ポケットにしまっておく方が安心だ。

   大事に大事に、バッジをポケットに収める。ソ連のバッジと同じポケットだ。
   3つのバッジが、ちゃりちゃりと心地いい音を立てる。

響「……ふふ」


155 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/24(木) 22:28:20.18 ID:ZxM2cIh0o
—埠頭—

響「おはよう、みんな」

トビリシ「あ、おは……よ——」

カリーニン「…………!!?」

ラーザリ「…………」ヒュゥ

響「……? どうしたんだい?」

カリーニン「……どうしたって……お前なぁ」
   
ラーザリ「……馬子にも衣装か、よく言ったもんだね。
     キキーモラにでも編んでもらったか?」

トビリシ「……かわいい……」

響「……へ?」

トビリシ「すっごくかわいい! ヴェーニャっ! ほらっ、来て!」

   トビリシに手を引かれ、基地の窓のそばへ行く。
   ……そして、そこに映っていたのは——

響「……あ……!」

   すっかり見慣れた自分の顔。そして——見慣れない、真っ白な帽子。
   襟のスカーフは無くなって、腰には黒いベルトが通る。

   —— そう、「ヴェールヌイ」の恰好だった。


156 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/24(木) 22:32:19.63 ID:ZxM2cIh0o
響「……いつの間に……」

トビリシ「ね、ね! この水兵服、わたしとお揃いよ! どう!?」

カリーニン「いや待て。何というのか……まだ何かが……
       ——! そうだ、ヴェールヌイ! バッジはどうした!」

響「え、バッジ?」

カリーニン「トビリシと同じ服を着た以上……お前はもう、名実ともにソビエト艦だ。
       ならば、その証として! 胸に2つだ、ピシッと着けろ!」

響「……胸じゃないとダメかい?」

カリーニン「え……いやまあ、駄目というわけでもないが」

響「……そうか。よかった」


157 : 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/09/24(木) 22:36:07.36 ID:ZxM2cIh0o

   窓を見ながら、2つのバッジを……帽子の左側に着ける。
   鎌と槌、そして五芒星が、朝日を受けて煌めいていた。

響「うん。やっぱり、こうでないとね」

ラーザリ「……分かんないなあ、あんたのセンス」

トビリシ「あはは、似合う似合う! ……そうだ! モロトヴェッツさんにも見せに行かない?」

響「え……!? いや、その、それは……」

トビリシ「大丈夫よ! すっごくかわいくてカッコいいから! ね!」

響「ああ、ちょっと……!」

   ——私はね、独りでいるのは嫌いじゃない。
   というより、独りを嫌ったり、辛く思ったりしても、仕方がないと思ってる。
   
   ……でもね。新しい仲間と朝を迎えて、私はこうも思ったんだ。

   ————やっぱり、こういうのもいいな、って。


158 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/24(木) 22:40:10.84 ID:ZxM2cIh0o
——
————
————————

暁「……ぐすっ……」

響「……暁? 何で泣いて……」

暁「な、泣いてない! 泣いてないんだから!」グスッ

雷「よしよし……」ナデナデ

暁「ばかぁ……!」

電「……よかった……よかったね……響ちゃん……」

響「……? 別に泣くような話でも……」

提督「まあ、いいからいいから」


159 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/24(木) 22:43:42.19 ID:ZxM2cIh0o
響「……それにしても、もうこんな時間か。ずいぶん長いこと話してしまったね」

響「お腹空いただろう? そろそろ、お昼にしようか。
  ……給養員さんに、ブイヨンの仕込みをお願いしておいたんだ」

暁「え! 響が作ってくれるの!?」

響「……なんだか、色々懐かしくなってきてね。ボルシチも久しぶりだろう?」

雷「はいはーい! 私も手伝うわ!」

電「みんなでやったら早いのです!」

暁「あ……じゃ、じゃあ私も……」

提督「……無理すんじゃないぞ? みんな」

暁「なんでこっちを見て言うのよぉ!」


160 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/24(木) 22:47:19.96 ID:ZxM2cIh0o
雷「……あ、響」

響「ん?」

雷「そう言えば、潜水艦の人たちとはどうなったの?
  勝負が終わっても、まだゴチャゴチャやってたみたいじゃない」

響「まあ、ね……あれからも週に1回は、カリーニンたちと戦ってたよ」

雷「え、えぇ? それじゃ結局、仲悪いままってこと!?」

響「いや、そうじゃなくて……何て言おうか……」


161 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/24(木) 22:50:18.07 ID:ZxM2cIh0o
————————
————
——

—夜 海上—

潜水B「見なさいカリーニン! 薪小屋の奥にこんなボールが……!」

カリーニン「ちょうどいい……今日はサッカーで叩きのめしてやる」

潜水B「ほざきなさい! ジェーナさん、キーパーお願い!」

カリーニン「トビリシ! ヴェールヌイ! 見てないで来い、作戦会議だ!」

響「……君たちホントは仲良いだろう?」

     【Продолжение следует…………】


162 : ◆hc5Hlyk12iWK 2015/09/24(木) 22:51:10.29 ID:ZxM2cIh0o
第2話おわり 次回は遅くとも2週間以内に

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