ソース: http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1451529977/
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2 : 2015/12/31(木) 12:06:31.83 -
扶桑「提督、少しトランプをしませんか?」
そう言って扶桑と山城が執務室へとやってきたのは、あの作戦を前日に控えた夜のことであった。
提督「ああ、構わんが。神経衰弱か? それとも七並べか?」
扶桑「いえ、ブラックジャックです」
提督「ブラックジャック?」
俺は思わず聞き返していた。
こう言っては何だがこの姉妹、何と言うか、運が悪いところがある。
カードを引き、二枚のカードの合計値を21に近づけるというルールで、かなり運要素の絡むゲームだ。山城「不幸だわ……」
案の定というか、3回中3回とも俺が勝った。
扶桑「提督。賭けをしませんか?」
そう扶桑が切り出したのは、俺が5連勝をしたとき。
つまり彼女達が5連敗したときだった。 -
3 : 2015/12/31(木) 12:07:25.59 -
提督「賭け?」
個人的にギャンブルはあまり好まない。
しかし戦場の慰みとして、多少の額であるならば賭けも許可していた。
だから。提督「かまわんが……。しかしこう言ったら何だが……」
山城「提督は私達が負けるとでも言いたいの?」
提督「そうは言わん。だが……」
5回のうち、俺の札が良くない時もあった。
しかしそれでも勝つことができたのは、この場の流れが俺に来ているからであろう。
勝者の驕りが無いとは言わないが、それでも分は俺にあるように思えた。扶桑「提督、お願いします。上限は1万円までにしますから」
そう言われると、弱い。
俺は。提督「まぁ、そのくらいなら」
と受けていた。
扶桑の白く滑らかな指が、場に出ていた全てのカードを集める。
その美しさは、さながら一枚の絵画のようですらあり。扶桑「提督?」
見とれていた俺は、カードが配られたことにすら気づいていなかった。
提督「あ、ああ。すまん」
山城「扶桑姉様は確かに美しいですが、少し見つめ過ぎでは……」
その山城の言葉にもう一度謝り、俺は配られたカードを見た。
キングの絵札とダイヤの8。
絵札は10点となるため、この時点で俺の持ち点は18である。
ディーラーである扶桑の表に向けられたカードを見れば、スペードの7。 -
4 : 2015/12/31(木) 12:08:33.36 -
扶桑「スタンド」
扶桑がスタンドを宣言したということは、裏向きのカードとの合計値が17点以上ということだ。
もし裏向きのカードがエースならば18となり、プッシュ。即ち、引き分けとなる。
しかし、エースである確率は49分の1。
このまま行けば、勝てる可能性の方が高い。提督「俺もスタンドだ」
だから俺は、新たにカードを引くことをやめた。
山城「……ヒット」
一方の山城はヒットを宣言し、カードをもう一枚引く。
山城「……ヒット」
どうやら3枚目のカードもあまり良くなかったらしく、山城はサイドヒットを宣言した。
山城「バスト。……やっぱり不幸だわ」
バストとは、手札の合計値が21点を超えることで、その時点で負けが確定する。
こうなると、扶桑と俺の一騎打ちだ。
扶桑の滑らかな指が、裏向きに並べられたカードにかかる。
オープンされたカードは、クローバーのクイーン。
扶桑の合計値は17。
俺の方が一点勝った。扶桑「……勝てると思ったのですが……」
提督「まぁ、運が良かっただけさ」
山城「運……ですか……はぁ……」
山城は盛大なため息をついた。
それがツキを逃してしまったのだろうか。
その後も俺は順調に勝ち続けることになった。 -
5 : 2015/12/31(木) 12:09:38.95 -
扶桑「……とうとう、1万円が無くなってしまいましたね……」
提督「さて、そろそろ」
俺がそう言うと。
山城「提督、勝ち逃げですか? やっぱり不幸だわ……」
山城がそんなことを言い出した。
提督「おいおい、勝ち逃げって……」
俺がそう言おうとすると。
扶桑「提督、最後にもうひと勝負だけいいですか?」
山城「そうです、姉様の言う通りです。このままでは終われません」
扶桑達の気持ちもわからなくはない。
しかし俺としても、これ以上部下から金銭を巻き上げることを思うと、そうそう簡単には首肯できずにいた。扶桑「でしたら提督」
提督「ん? 何だ?」
扶桑「提督は今までの勝ち金全てを賭けてください」
提督「全て?」
扶桑「そう、全てです。提督の持ち金も全て。その代わり私達は……山城」
山城「はい、扶桑姉様」
そう言うと、扶桑と山城は、髪飾りを外した。
そして、胸元から一葉の写真を取り出し。扶桑「これを賭けます」
提督「……いいのか?」
俺は差し出された髪飾り二つと、一葉の写真を見る。
写真に写っているのは、扶桑・山城・朝雲に山雲。満潮や最上、時雨。
みんな微笑みを浮かべて写っている。
それを見た俺は。提督「……本当にいいんだな?」
扶桑「ええ。髪飾りなら、また買いに行けばいい。写真ならまたみんなで撮ればいいんです。それに……」
山城「私達はまだ負けていませんから」
なるほど、道理である。
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6 : 2015/12/31(木) 12:11:24.05 -
提督「よし、受けよう」
扶桑「ありがとうございます、提督。ただし……」
扶桑がカードを集め、手際よく切っていく。
最後の勝負とあって、少しルールを変えることを扶桑は提案してきた。
俺は普通通りに、配られた二枚の札の合計値で。扶桑と山城は一枚ずつカードを持ち、その合計値で点数を競う。
そして最もカードの合計値が21に近かった方が、三万円と髪飾り二つと一葉の写真を手にするというわけだ。
その提案を聞いたとき、俺は拒否しようかと思った。
扶桑、山城、俺の3人であれば、扶桑か山城のどちらかが勝てば扶桑姉妹の総取りとなる。
そして俺は別にそれでいいと思ったからだ。
しかし扶桑は。扶桑「ぜひこのルールでお願いします」
と譲らなかった。
一枚目のカードが配られる。
ハートのジャック。
二枚目のカードが配られる。
ハートの3。
合計値は13。扶桑「提督、どうしますか?」
どうすべきだろうか。
ヒットを宣言し、もう一枚引くべきだろうか。
ここで9以上のカードを引く確率は50分の19。
決して分の悪い賭けではない。
しかし俺は。提督「スタンド」
今の手札で勝負することにした。
扶桑「では、私達もスタンドです」
そう言って、扶桑は自身のカードを開ける。
スペードのエース。山城「不幸だわ」
そう言って山城が場に出したカードは。
クローバーのエース。
合計値は12。提督「なぜだ?」
ヒットを宣言し、もう一枚引いていれば扶桑達が勝った可能性が高い。
なぜ引かなかったのだろうか。扶桑「それは、それを提督に持っていて欲しかったからです」
そう言って扶桑は、髪飾りと一葉の写真を俺に手渡してきた。
提督「これを?」
扶桑「ええ」
提督「なぜわざわざこんな周りくどいことを?」
山城「普通に渡したら受け取ってくれましたか?」
確かに受け取らなかっただろう。
「何を遺品みたいに。お前達はまた戻って来るのだから、こんな物はいらない」とでも言って。 -
7 : 2015/12/31(木) 12:12:24.72 -
扶桑「それに……」
扶桑は一旦言葉をそこで止めた。
そして山城が続ける。山城「“それ”は、私達よりも不幸な人に渡すわけには行きませんでしたから」
そう言って、悪戯っぽく微笑んだ。
扶桑「じゃあ山城、私達はこのへんで失礼しましょうか」
山城「そうですね、姉様」
扶桑「では、提督。お休みなさい」
山城「お休みなさい」
そう言って、扶桑と山城は執務室を後にした。
提督「……次のカードは?」
扶桑達が出て行ってしばらく。
出しっぱなしのトランプを何となく眺めていた時、ふと疑問が降ってきた。
あの時、扶桑達が3枚目のカードを引いていたら、どうなっていたのだろうか。
その疑問を解決すべく、俺は山の一番上のカードに手をかける。提督「スペードのジャック」
なるほど、あの2人は本当に運が無い。
提督「それとも……運が無いのは俺の方かな?」
あの時、俺がヒットを宣言しカードを引いていれば、このカードは俺のものになっていたわけだ。
提督「確かに俺は運が無い」
スペードのジャックが歪む。
カードが曲がることも気にせず、俺は強く握りしめた。
涙が一粒。ぽとりとカードに落ちる。 -
8 : 2015/12/31(木) 12:13:17.76 -
−−後日−−
時雨「扶桑も山城も凄かったよ……。皆が忘れても、僕だけはずっと覚えているから……」
岸壁に腰掛け海を眺めていた時雨が、ふとそんなことを口にした。
扶桑たちの最期は、それはそれは壮絶なものであったらしい。
扶桑、山城。最上に満潮、朝雲に山雲。
時雨だけを遺し、あの作戦に参加した全ての艦娘が海中へち旅発った。提督「時雨」
俺は・みしめるようにその名を口にした。
約束は果たさなければならない。
それが遺された者の責務というものであろう。
あの日、扶桑から受け取った写真の裏には、このような一文が添えられていた。『この中で生き残った者があれば、私達の代わりに幸せにしてあげてください』
俺は思わず時雨を抱きしめた。
優しい潮風が、時雨の髪に付けられた飾りを揺らす。提督「不幸な男女と」完
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9 : 2015/12/31(木) 12:14:36.72 -
赤城「ようこそいらっしゃいました、提督」
赤城はそう言ってわずかに微笑んだ。
人口も50人ほどしかいない、なんとも長閑な島である。提督「出迎えご苦労」
そう言って俺は答礼を返す。
赤城「船旅は如何でしたか?」
前任の提督が“名誉の戦死を遂げた”ため、俺がその後任に選ばれた。
しかし“戦死”というのは表向きの理由で、どうやら事実は事故死であったらしい。
真相はわからないが、何かに取り憑かれたかのように突然走り出したかと思えば、石を抱えたまま海へと飛び込み、そのまま海中から上がってくることはなかったそうだ。提督「まぁ、船は好きだからな。楽しかったよ」
俺は先の赤城の問いにそう答えた。
赤城は前任の提督が海に飛び込む瞬間を見ていたそうだ。
もっとも、見ていたのは赤城だけではない。
他にも何人かの艦娘。そして、島の住人も何人かその瞬間を目撃している。
全員の証言に矛盾する点は無く、戦場特有の環境によって精神を患ったもの。事件性は皆無。
それが海軍の総意であった。赤城「提督もお気をつけくださいね?」
赤城にそう言われるまでは、俺もそう思っていた。
提督「気をつける? いったい何にだ?」
赤城「非常に申し上げにくいのですが……」
赤城はそう言って目を伏せた。
赤城「この島には、亡霊がいます」
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10 : 2015/12/31(木) 12:15:49.93 -
亡霊?
俺はあまりオカルトを信じるたちではない。
しかし、特に海に関わる者は、その大小はあるにしても、ある種迷信に対して無心ではいられない。
というのも、迷信というのは何もないところには生まれないからである。
それは先人たちの知恵とも言っていい。
経験則に基づいた危険を察知するために、寓話的に語り継がれているものも多々あるからである。赤城「この島の住人にも奇妙な自殺をする者もいます」
なるほど。
昨日まで元気だったり、特に理由もない自殺を亡霊の仕業と考えているというやつか。提督「わかった、気をつけよう」
周囲から見たら実に取るに足らないように思えることであっても、本人にとっては死ぬ理由になることだって多くある。
そんなところであろうと思っていたら。赤城「提督は信じていらっしゃらないかもしれませんが、私は見ました……」
そうか、赤城は前任者が死ぬ瞬間を目撃しているのであったか。
ならば、神経を鋭敏にさせるのもやむを得ないことである。提督「忠言感謝する。本当に気をつけるとしよう」
俺がそう言うと、赤城は懐から小さな木彫りの人形を取り出した。
赤城「亡霊を避けるには、祈祷してもらったものがいいそうです。提督、お一つ差し上げます」
精巧とは程遠いできではあったが、せっかくの好意だ。
提督「ありがとう」
俺は人差し指ほどの大きさの人形を受け取った。
提督「ところで、その亡霊を見た者はいるのか?」
赤城「そうですね……。人によって姿を変えるそうです」
姿を変える?
いや、そもそも見える者なのか?赤城「前の提督の時は、老人の姿をしていたそうです」
赤城の話によれば亡霊は、その人が死ぬ直前に死を伝えにくるそうだ。
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11 : 2015/12/31(木) 12:17:21.34 -
赤城「他にも少女の姿をしていたり、中には深海棲艦の姿をしているときもあったそうです。あとは、そうですね……」
赤城は悪戯っぽい笑みを浮かべ。
赤城「空母赤城の姿をしているときもあるそうです」
と、付け加えた。
一瞬の間があり、それから俺たちは顔を見合わせて笑った。
どうやら、深刻になりかけた空気を変えるための、赤城なりの冗談であったらしい。
ひとしきり笑いあったのち。赤城「本日はお疲れでしょう。お部屋にご案内いたしますね」
そう言って、俺はこれから自室になる部屋へと案内された。
そして赤城はその部屋から去るさい。赤城「そうそう。亡霊は取り憑く前に、その人の前に現れ、“印”を渡すそうです」
提督「印?」
赤城「そうです。たとえば……木彫りの人形とかを」
そう言った赤城の顔には、冷たく獰猛そうな笑みが浮かんでいた。
「亡霊のいる島」完
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12 : 2015/12/31(木) 12:18:51.34 -
提督「これは……何だ?」
俺の目の前には、物体Xとも呼ぶべき何かが、皿に盛られて置かれていた。
比叡「比叡特製カレーですが?」
そんな当たり前のことをなぜ今更聞くのかとばかりに、物体X、どうも比叡特製カレーというらしい、の製作者。比叡は答えた。
提督「……カレー……か」
俺は、ヘレンケラーが初めて水をwaterと認識したときのような新鮮さと驚きを持って、カレーという言葉を口にした。
というのも、俺の眼前に置かれたそれは、色こそカレーであったが、それ以外は世間一般で言うそれとは大きな隔たりがあったからだ。提督「なぁ、榛名。これはカレーか?」
たまらず俺は、本日の秘書官としてそばに控えていた榛名に問いかけた。
榛名「え!? は、はい! 榛名は大丈夫です!」
もはや答えになっていない。
比叡「やだなぁ司令。どう見てもカレーじゃないですか。ね、榛名?」
榛名「は、はい! 比叡お姉さま。は、榛名は大丈夫です!」
比叡「ね、司令。榛名もカレーだって言ってますよ?」
いや、言っていなかった。
このまま榛名に問い続けても大丈夫ではあるまい。
そこで俺は比叡に問うことにした。提督「なぁ比叡。いったい何を入れた?」
比叡「司令の好きな物しか入ってませんよ?」
ああ、うん。
確かに俺は、苺も好きだし、チーズケーキも好きだ。
シュークリームも、大福だって好きだ。
だがな、比叡。提督「なぜ苺、チーズケーキ、シュークリーム、大福をカレーに入れようと思ったんだ?」
比叡「そんなの決まってるじゃないですか!」
提督「決まってる?」
比叡「そうです。好きな物に好きな物を入れたらより美味しくなるからですよ!」
「比叡、気合い! 入れて! 作りました!」という言葉は聞き流した。
提督「なぁ、榛名。カレー、食べられるか?」
榛名「い、いえ。榛名は本当に大丈夫です!」
ああ、うん。
正しい“大丈夫”の使い方だ。
だがな、榛名よ。
日本語というのは難しいものだ。提督「そうかそうか。榛名はカレーが食べたいか、なら」
榛名「い、いえ! 榛名は大丈夫です! それにそれは、比叡お姉さまが提督のために作られた物。勝手に榛名が食べるわけにはいきません!」
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13 : 2015/12/31(木) 12:20:56.49 -
断固拒否された。
俺の言うことなら割と何でもよく聞く榛名にここまで拒絶される物体X、もとい比叡特製カレー。比叡「さあさあ、司令。榛名もそう言ってることですし、遠慮せずに食べてくださいよ」
どうやら年貢の納めどきというものらしい。
比叡「司令の好きなハーブティーもコーヒーも入ってるんで、香りもバッチリです! あ、もちろん緑茶も入ってますよ!」
うん、もはや何の香りかわからなくなっている。
俺は意を決して、カレーもどきを口に含んだ。提督「ま、まず……」
比叡「え?」
はっきり言うまでもなくマズイ。
マズイというより、これは食べ物なのだろうか?
苦味、甘味、辛味、酸味に塩気。
その全てが一瞬のうちに口内へと広がり、奇妙な香りが鼻へと抜ける。
マズイ以上である。比叡「し、司令……?」
俺が何とか物体Xを飲み下したところ、眼前にはさながら捨てられそうな仔犬のような目をした比叡がいた。
しまったか。 -
14 : 2015/12/31(木) 12:22:05.81 -
提督「い、いや、食べるのが勿体無いくらいに美味しかったよ!」
勿体無いから、もう食べなくてもいいかな?
比叡「そんな、遠慮なんかしないでください! 比叡、気合い! 入れて! また作りますから!」
花が咲く様子を早回しで見せられたような笑顔の比叡。
そんな顔をされては……。
俺は一気に物体Xを体内へと流しこんだ。
そう、味も香りも感じる暇もなく、それはもう一瞬で。
そして。提督「……比叡。今度はいろいろな物を混ぜるのではなく、系統を統一した物で作ってくれないか?」
比叡「系統、ですか?」
提督「そうだ。具材はオーソドックスでいい。人参、ジャガイモ、玉ねぎに肉」
比叡「それじゃあ普通のカレーじゃないですか。気合いが足りません!」
提督「話は最後まで聞け。もちろん、それだけじゃない」
比叡「どういうことですか?」
提督「人参なら人参で、数種類の人参を入れる。ジャガイモならジャガイモで、数種類のジャガイモを入れるといった具合だ」
比叡「なるほど! 司令は、好きなものをガッツリいきたいタイプなんですね!」
提督「……そう……かな……?」
比叡「確かに今回のカレーを弁当にたとえるなら、幕の内タイプ」
提督「え? え?」
比叡「いろいろな物を少しずつ詰め込んだカレーでした」
提督「え? 比叡、どういうことだ?」
比叡「しかし司令も日本男児。カツ丼のように、メインは一品のみ。それ以外は何もいらない! そんなカレーをご所望というわけですね!」
提督「ちょ、ちょっと。ひ、比叡さん?」
比叡「確かに今回はシュークリームも、カスタードのものだけでした。なるほど、次はシュークリームだけにして、その代わりに、生クリーム、チョコレートクリーム、ストロベリークリームなど、ガッツリシュークリームカレーですね!」
提督「え? なにそれ? シュークリーム? カレー? なにそれ? 一旦落ち着こう? ね?」
比叡「わかりました、司令! 比叡、気合い! 入れて! 作ります!」
提督「ちょっと、ちょっと待って! お、俺、シュークリームよりジャガイモとか人参とか玉ねぎとか肉とか好きだからね! ホント、肉とかジャガイモとか大好き! ひ、比叡!?」
シュークリームカレーという不穏な言葉を残し、比叡は足早に執務室を去っていってしまった。
榛名「……提督。比叡お姉さまが、大変申し訳ありません……」
提督「……いや、榛名の責任では……」
俺は、胃の中からせり上がってくるいろいろに耐えながら、次なる比叡カレーの恐怖に怯えていた。
比叡「比叡特製カレーを召し上がれ」その1完
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16 : 2016/01/01(金) 22:00:41.31 -
比叡「お姉さまのお部屋を片付けようかと思います」
そう言って比叡が執務室へやってきたのは、金剛が沈んでから2週間後のことであった。
金剛の撃沈を聞いた瞬間の比叡は、酷く狼狽していた。
そしてその翌日からは、金剛の私室に篭って、出て来なくなった。
俺も榛名も霧島も心配し何度か見に行ったが、比叡はいつも、金剛が気に入っていたマホガニーのアンティーク机を前に座り、窓から見える海をぼんやりと眺めていた。
その姿は、ただただ姉の帰りを信じて待っているようで、俺も榛名たちも、いたたまれない気持ちにさせられた。
しかしそれも、無理もなからぬことであろう。
あれだけ慕い懐いていた姉が帰らぬ人となったのだ。平静でいることの方が難しい。
そんな比叡が、前に向かって歩み出そうとしている。
それは喜ばしいことではあったが。提督「本当にいいのか?」
俺がそう言うと、比叡は晴れやかな、しかしわずかに影を残した笑みを浮かべ。
比叡「はい、いつまでも部屋一つを占有しているわけにはいきませんから。それに……」
比叡は一拍置き、何かを決意するかのように言い切った。
比叡「私がいつまでも落ち込んでいたら、榛名と霧島を困らせてしまいます。あと、お姉さまにも笑われてしまいますから」
提督「そうか。なら、許可しようと思うが、榛名達にはもう言ったのか?」
比叡「はい、榛名も霧島も賛成してくれました。ところで司令」
提督「なんだ?」
比叡「あの机、私がいただいてもいいですか?」
比叡の言う机とは、俺が金剛に買い与えた、マホガニーのアンティーク机のことだろう。
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17 : 2016/01/01(金) 22:01:28.79 -
あの机のことはよく覚えている。
かつて金剛がMVPをとったご褒美として、俺との外出をねだったことがある。
その時、一緒にある家具店に立ち寄り、熱心にその机を金剛が眺めるという一幕があった。
俺が「その机、欲しいのか?」と金剛に尋ねると。金剛「うーん、綺麗な机だとは思いマスガ……」
と言って、金剛は値札に視線を向けた。
なるほど。
かなり高価な代物である。
俺の給料2ヶ月分でも、足が出る額であった。金剛「また今度にするネ。楽しみはあとにとっておくものデース。さ、提督。デートの続きネ!」
そう言ってその時は店を出た。
しかしその後も金剛は何度かあの店に、机を見にいっていたようだ。
そんなことを風の噂で聞いた俺は、金剛とケッコンカッコカリを行う際、あの机を贈ることにした。金剛「提督! Thank youネ!」
提督「まぁ、カッコカリとは言え、一応、な」
金剛「私、この机を一生大事にしマース! 本当に本当にThank youネ! でも……」
提督「ん?」
金剛「Japanでは花嫁が、嫁入り道具を持って行くって聞きました。これじゃあ逆デース……」
提督「ん、まぁ、そうかな?」
金剛「Umm……そうだ! 提督、ちょっとこっちに来てくだサーイ」
提督「? 何だ?」
金剛「いいからいいから」
そう言って金剛は、俺の頬にキスをした。
金剛「I love you forever.I need you」
そう言って。
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18 : 2016/01/01(金) 22:02:34.15 -
提督「それは別にかまわんが」
俺は比叡の申し出にそう答えていた。
提督という職は、何とも因果なものである。
多くの命を預かっている。
である以上、常に生きている者のことを考え続けなければならない。
そうしなければ、死者の数を増やすことになってしまう。
俺には、金剛のことを悲しむことすら許されないのか……。比叡「こんなことを言うのはあれですが……本当にいいんですか? あの机は司令がお姉さまに……」
表情に出ていたか。
比叡が俺の顔を覗き込んでくる。提督「ああ。あの机は金剛のものだ。俺は立場上、金剛を思い出してやることができそうもない……」
あの机を見ていると、どうしても金剛のことを思い出してしまう。
過去を反省することはできても、過去に囚われることは許されない。提督「だからあれは、比叡に持っていて欲しいと思う」
俺はそう言っていた。
比叡「司令……」
提督「すまんな……。で、金剛の部屋の件だったか?」
比叡「はい。片付けようと思います」
提督「そうか。許可しよう。頼む」
比叡「はい。比叡、気合い! 入れて! 片付けます!」
最後のは空元気であったのかもしれない。
提督「比叡にまで心配をかけるとはな……。俺もまだまだか」
執務室を後にする比叡を見送りながら、そう呟いた。
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19 : 2016/01/01(金) 22:09:37.17 -
>>18前にこれが入ります。
その後も金剛は、あの机を大切に扱っていた。
金剛は毎日日記を付けることを習慣としていたが、その日記が書き終わると鍵のついた一番上の引き出しに日記帳をしまう。
そして愛おしむような手つきで机を磨いていた。
俺も何度かその場面を目撃したことがある。金剛「この机は私の宝物デース。こうやって磨いていると、心が落ち着くネ」
そう言っていたことが思い出される。
なるほど、金剛そのもののような机か。 -
20 : 2016/01/01(金) 22:10:43.98 -
提督「それは別にかまわんが」
俺は比叡の申し出にそう答えていた。
提督という職は、何とも因果なものである。
多くの命を預かっている。
である以上、常に生きている者のことを考え続けなければならない。
そうしなければ、死者の数を増やすことになってしまう。
俺には、金剛のことを悲しむことすら許されないのか……。比叡「こんなことを言うのはあれですが……本当にいいんですか? あの机は司令がお姉さまに……」
表情に出ていたか。
比叡が俺の顔を覗き込んでくる。提督「ああ。あの机は金剛のものだ。俺は立場上、金剛を思い出してやることができそうもない……」
あの机を見ていると、どうしても金剛のことを思い出してしまう。
過去を反省することはできても、過去に囚われることは許されない。提督「だからあれは、比叡に持っていて欲しいと思う」
俺はそう言っていた。
比叡「司令……」
提督「すまんな……。で、金剛の部屋の件だったか?」
比叡「はい。片付けようと思います」
提督「そうか。許可しよう。頼む」
比叡「はい。比叡、気合い! 入れて! 片付けます!」
最後のは空元気であったのかもしれない。
提督「比叡にまで心配をかけるとはな……。俺もまだまだか」
執務室を後にする比叡を見送りながら、そう呟いた。
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21 : 2016/01/01(金) 22:11:26.19 -
そんなことがあった翌日のことである。
俺がいつものように執務室にいると、大淀が執務室に駆け込んできた。大淀「提督、榛名さんたちを知りませんか? 出撃の時間になっても、居なくって……」
いない?
いったいどういうことだろう?
俺は、予定表のページを繰った。
榛名と霧島の名がある。提督「榛名も霧島もか?」
大淀「はい……」
2人とも、出撃翌予定を忘れるような性格ではない。
何かがあった?提督「全館探したのか?」
大淀「はい」
大淀が力なく頷いた。
そこで俺は、昨日比叡が金剛の部屋を掃除すると言っていたことを思い出す。提督「金剛の部屋もか?」
大淀「はい。でもいませんでした……」
どういうことだ?
どこにもいない?
そんな馬鹿な。提督「すでに出撃しているということもないな?」
大淀「はい。榛名さんの艤装も、霧島さんの艤装もドックにありましたので……」
提督「よし、俺も探そう。大淀は待機中の連中を動員して、もう一度捜索してくれ」
大淀「は、はい!」
こうなると、何かあったとしか考えられない。
いったい何があったのだ?
いや、今はまず心当たりを探そう。
俺は真っ直ぐに、金剛の部屋へと向かった。 -
22 : 2016/01/01(金) 22:12:07.25 -
金剛の部屋は、雑然としていた。
本棚から出されたと思しき書籍が床に放り出されている。
その一部は紐で縛られまとめられていた。
片付けの途中であったか。
しかし、そこに榛名の姿も、霧島の姿もなかった。比叡もいない。
ここにいるのは俺だけだった。提督「…………」
ふと、マホガニーの机が目に入る。
金剛の机だ。
主を失った部屋にあって堂々と佇むその姿が、かつてこの机の前で様々記していた金剛の姿を幻視させる。提督「金剛……」
俺は思わずその机を撫でていた。
かつての持ち主が、そうしていたように。
愛おしむように。
懐かしむように。
ふと、潮騒が聞こえる。
マホガニーの机の一番上の引き出しが、1人でに開く。
金剛が鍵をかけ、日記を閉まっていた引き出しだ。
潮騒の音が強くなる。
そして、引き出しの奥からは白い手が見えた。
その手はまるでいざなうかのように、俺の袖をとる。提督「……そういうことか」
俺はなぜ榛名たちが居なくなったかを理解した。
嘗てその机を優しく撫でていた指が、俺を海の底へといざなう。
波の音が間近に聞こえる。金剛「I love you foreve. I need you」完
最近のコメント