サシャ「それが持ち味ですからね」


1 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/11(日) 21:18:34 ID:Taafcv6E

・『サシャ「いつだって、あなたの味方です」』の続きです


ソース: http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/internet/14562/1399810714/


2 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/11(日) 21:19:19 ID:Taafcv6E

—— 試験一日目 朝 女子寮 ユミルたちの部屋

クリスタ「今日はいつもより早めに部屋を出たのに、井戸の周りかなり混んでたね。あの時間に列に並ぶなんて初めてだよ」

ユミル「まあ、なんてったって卒業試験の一日目だからな。みんな気合い入ってんだろ。どうせ明後日にはまたいつも通りに戻るだろうけど」

クリスタ「……? 試験は全部で四日間でしょ? どうして明後日にはいつも通りになるの?」

ユミル「緊張するのも浮き足立つのも体力使うからな。本命の立体機動の試験が終われば少しは空気が緩むってことだよ。……たぶんだけどな」

クリスタ「……そんなに単純かなぁ」ウーン…

ユミル「単純かどうかは明後日になりゃわかるさ。……ほれ、さっさと着替えて準備しろよ。メシ食いに行くぞ」ヌギヌギ

クリスタ「あ、そっか朝ごはんの……わぁっ! 見てユミル、もうこんな時間!」アタフタ

ユミル「だからさっさと着替えろって言ったろ? ……さて」チラッ

サシャ「……」モゾモゾ


3 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/11(日) 21:19:54 ID:Taafcv6E

ユミル「おいダンゴムシ、起きろ。いつまで寝てんだ」ペシペシ

クリスタ「朝だよサシャ、起きてー」ユサユサ

ユミル「あと十数えるうちに出てこないと布団引っ剥がすぞいーちにーいさーんしーい」

サシャ「……」ヒョコッ

クリスタ「あ、顔が出た。……おはよう! サシャ」ニコッ

サシャ「……おはようございます。クリスタ、ユミル」

ユミル「はいはいおはよう。……待っててやるからお前も準備しろよ。試験に間に合わなくなっても知らねえぞ」

サシャ「……いいです」

ユミル「何が」

サシャ「ごはん、いらないです……」モゾモゾ

ユミル「……」

クリスタ「どうしたの? お腹空いてないの?」


4 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/11(日) 21:20:52 ID:Taafcv6E

サシャ「……昨日から、お腹が痛くて」

ユミル「食えば治る」

サシャ「……」

ユミル「……」

サシャ「……」クルンッ

クリスタ「あっ、今度は丸まっちゃった……サシャ、起きてー。朝だよー」ユサユサ

ユミル「……クリスタ、ちょっと廊下で待ってろ。少し説教する」ハァ

クリスタ「……」ジトーッ…

ユミル「お前が見てないからって別にサシャをいじめたりはしねえよ。すぐに終わらせるつもりだしな」

クリスタ「すぐに終わるなら、私がここにいても——」

ユミル「クリスタ」

クリスタ「……わかった。外で待ってるね」スタスタ… ガチャッ バタンッ


5 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/11(日) 21:21:33 ID:Taafcv6E

ユミル「ったく……あまりクリスタに心配かけんな。誤魔化すほうの身にもなれよな」チラッ

サシャ「……どうしてクリスタに言わないんです?」

ユミル「事情を知ったら際限なく甘やかすに決まってるからだ。そりゃお前のためにならねえだろ?」

サシャ「……」クルンッ

ユミル「……なあ、布団から抜け出せないなら引っ張ってやろうか? なんなら私が蹴り出してやってもいいぞ?」フミフミ

サシャ「……私のこと、いじめないんじゃなかったんですか」

ユミル「そんなの、お前がクリスタにチクらなきゃいい話だろ」フミフミ

サシャ「……言いつけますよ」

ユミル「いいぞ別に。その代わり、その後に何が起こっても私は知らないからな」フミフミ

サシャ「……いじわる」

ユミル「正解」

サシャ「……」モゾモゾ

ユミル「……あのなぁ、辛いのは自分だけだとでも思ってんのか? あいつにしてみりゃお前はフった側だろ? フラれた側のこともちったぁ考えて行動しろよ」ハァ


6 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/11(日) 21:22:08 ID:Taafcv6E

ユミル「お前がメシ時に顔出さねえと、あのクソ真面目は気に病むぞ」

サシャ「……」

ユミル「お前がしたいことってそういうことじゃないんだろ? だから今日まで頑張ってきたんじゃないのか?」

サシャ「……そんなの、もう意味ないですよ」

ユミル「……意味がない?」イラッ

サシャ「だって、頑張ったって……無駄じゃないですか……」イジイジ

ユミル「……」イライラ

サシャ「もう、追いつくのも追いかけるのも……しなくていいんです。忘れろって、言われたんです……」ウダウダ

ユミル「…………」ムカムカムカムカ

サシャ「終わっちゃったんですよ、何もかも。……だから今の私には、なんにも残ってな——」

ユミル「ふんっ!!」ゲシッ!!

サシャ「んぎゃっ!?」ゴロンッ ドシンッ!!


7 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/11(日) 21:22:50 ID:Taafcv6E

ユミル「あったまきた。——もうお前なんか知らん。勝手にしろ」

サシャ「え、あ、ユミル……?」オロオロ

ユミル「うるせえな、私はクリスタほど気が長くないんだよ! ——人が黙って聞いてれば、いつまでもいつまでもグダグダグダグダ弱音吐きやがって……! そこでブツクサ言ってりゃ何か変わるのか!? 違うだろ!?」

ユミル「自分には何も残ってないって本気で思ってるんなら、今すぐ壁から飛び降りて巨人どもの餌になってこい! それが嫌ならそこで一日中うじうじしてろ!」バサッ

サシャ「……」

ユミル「……ふんっ」プイッ

クリスタ「……ねえ、今の音なに? 何か落ちたような——」ガチャッ

ユミル「なんでもねえよ。——食堂行くぞクリスタ」グイッ

クリスタ「えっ、えっ? 待ってユミル、サシャはどうするの?」

ユミル「そんな奴は部屋にいない」スタスタ…

クリスタ「いないって……あっ、待ってよユミル!」


8 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/11(日) 21:23:27 ID:Taafcv6E

クリスタ(ドアが閉まってたから、最後に言ったことくらいしか聞こえなかったけど……二人が喧嘩したってわけじゃないんだよね? そうだよね?)オロオロ

クリスタ(どうしよう、ユミルを追ったほうがいいのかな……? でも、床に座り込んじゃったサシャも気になるし……)チラッ

サシャ「……」

クリスタ「……あのね、サシャ。ユミルがちっとも教えてくれなかったから、昨日サシャに何があったのかは詳しく知らないの。その前提で聞いてくれる?」

サシャ「……」コクッ

クリスタ「ありがとう、じゃあ手短に話すね。——それでね、ユミルが最後に怒鳴ってたことなんだけど……本当は、あんなこと言いたくなかったんだと思うの」

クリスタ「何に対してユミルが怒ったのかは、私にはわからないよ? でもね、『巨人の餌になっちゃえ』とか、『一日中うじうじしてろ』とか、そんなことは全然思ってないはずなの。それはサシャにもわかるよね?」

サシャ「……わかります」

クリスタ「でしょ? ——だからね、サシャもあんな風に言われて、とっても嫌な気持ちをしたかもしれないけど……同じくらい、ユミルも傷ついてるはずなの。言いたくないこと言っちゃって、絶対後悔してると思うの」

クリスタ「それで、サシャに聞きたいんだけど……私、ユミルを追いかけてもいいかな? ——ユミルってね、誰かに甘えるっていうのがすごく下手なの。だから私が今行ってあげないと、このまま一人ぼっちになっちゃうと思うんだ」

サシャ「……そうですね。一人ぼっちは、寂しいですよね……」ギュッ…


9 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/11(日) 21:24:05 ID:Taafcv6E

クリスタ「もちろん、サシャのことを心配してないわけじゃないんだよ? でもね、ユミルのことも私——」

サシャ「大丈夫です、ちゃんとわかってますよ。……ユミルのところに行ってあげてください、クリスタ」

クリスタ「……いいの?」

サシャ「私は平気です。食堂にも、後からちゃんと行きますから」ニコッ

クリスタ「そっか、そう言ってもらえてよかった……ありがとね、サシャ」ホッ

サシャ「いえいえ、どういたしまして」

クリスタ「でもさ、ユミルもちょっと酷いよね。なんでも知ったような顔して、私にはなんにも教えてくれないんだもん」ムー…

サシャ「……ユミルは、クリスタのこと心配してるんですよ。クリスタのことを思って何も話さないんです」

クリスタ「それはわかるよ? ……でも、私だけ一方的に守られたくなんかないな」

クリスタ「私じゃ頼りにならないってわかってるけど……それでも、力にはなりたいなって思うよ。せめて一言でも相談してもらえたら、一緒に悩んだりはできるのに」ムー…

サシャ「……」


10 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/11(日) 21:24:56 ID:Taafcv6E

クリスタ「あっ……ごめんね、つい変な話しちゃった。——そろそろ追いかけなくちゃいけないから、私はもう行くね?」スクッ

サシャ「……クリスタ」

クリスタ「ん? なあに?」

サシャ「ユミルのこと、よろしくお願いします。……後で私も謝りに行きますから」

クリスタ「……うん、わかった。任せておいて! 試験が始まる前までに元気いっぱいにしておくよ!」エッヘン

クリスタ「だから、サシャも……その、元気出してね? うまく言えないんだけど」

サシャ「……」

クリスタ「昨日、サシャに何があったのかは……ユミルは教えてくれないだろうし、サシャも無理に話そうとしてくれなくてもいいけど」

クリスタ「サシャが話したくなったら、私はいつでもどこでも聞くからね? そういう時は、いつもみたいに遠慮しないで私に話して? ねっ?」ナデナデ

サシャ「……はい。わかりました」

クリスタ「じゃあまた後で、食堂で会おうね!」ガチャッ バタンッ


11 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/11(日) 21:26:11 ID:Taafcv6E

サシャ「……」

サシャ「……はぁ」ポフッ

サシャ(ああああ……もう……何やってるんでしょうね、私……)

サシャ(ユミルを、怒らせて……クリスタにも、心配かけちゃって……)グスッ…

サシャ「……」

サシャ(……でも、ユミルの言うとおりですよね。こうやって弱音を吐いてても何も変わりません)ゴシゴシ

サシャ(このまま一日中布団と結婚してたいですけど……クリスタとも約束しましたし、食堂にはちゃんと行きましょう。いつも通りの姿を見せて、心配かけないようにしないと——)グー…

サシャ「……」グーキュルルルル…

サシャ「……」

サシャ(……お腹も空きましたしね。まずは着替えましょう)モソモソ


12 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/11(日) 21:27:26 ID:Taafcv6E

—— しばらく後 食堂

ベルトルト「……」チラッ

ライナー「……」ボーッ…

ベルトルト(ライナー、朝からぼんやりしてるな……食事もちっとも進んでない)

ベルトルト(やっぱり昨日、サシャと何かあったんだ。告白するとは聞いてたけど、この様子だとフラれたのかな……)

ベルトルト「ライナー、大丈夫? 手が止まってるみたいだけど」モグモグ

ライナー「ん? ……ああ悪い、しっかり食わねえと身が持たないよな。今日から四日続けて試験なんだから、気合い入れねえと」モグモグ

ベルトルト「試験もそうだけどさ……ほら、サシャの」ヒソヒソ

ライナー「サシャ? あいつがどうした?」

ベルトルト「昨日は教えてくれなかったけど、本当は何かあったんだろ? 話しにくいなら無理には聞かないけどさ、いつまでもぼんやりしてると——」

モブ男「よお、ここいいかー?」ガタッ


13 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/11(日) 21:28:00 ID:Taafcv6E

ライナー「おう、向かい側でよければいいぞ。ベルトルトもいいよな?」

ベルトルト「……うん、いいよ」

モブ男「悪いな。他の机空いてなくってよ」

ベルトルト「……」

ベルトルト(しまった……これじゃサシャの話ができないじゃないか)

ベルトルト(ライナーも少しは考えてほしいよ、全く……いや、逆に追求されたくないことがあるから人を呼んだって考えるほうが自然かな)

ベルトルト(……だとしたら、うまくはぐらかされたのは僕か)ハァ

モブ男「ところでライナー、少し聞きたいことがあるんだがいいか?」ヒソヒソ

ライナー「……? なんだ、試験の話か? だったら声を潜めなくてもいいだろ」

モブ男「いや、試験のことじゃねえんだ。——あのさ」

モブ男「お前、芋女と付き合ってんのか?」

ベルトルト(わーお)

ライナー「……何のことだ?」


14 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/11(日) 21:28:37 ID:Taafcv6E

モブ男「とぼけるなって。——お前らさぁ、昨日の夕方に営庭でキスしてたろ? 俺見たんだぜ?」

ライナー「……悪いが全く記憶にないな。別の何かと見間違えたんじゃないのか?」

モブ男「いいや、あれは絶対にお前と芋女だった。間違いねえよ」

ライナー「……」

ベルトルト「あ、あのさライナー! 今日の試験のことなんだけど——」

モブ男「おいおいベルトルト、ちょっと静かにしてくれよ。今は俺がライナーと話してんだからさ」ギロッ

ベルトルト「……ごめん」シュン

モブ男「わかればいいんだよわかれば。——それでさぁ、あんな遅くまで二人で何してたんだよ。デートにしちゃあ長すぎだし、街にある連れ込み宿にでも行ってたのか?」ニヤニヤ

ライナー「……おい。冗談も程々にしろよ」

モブ男「何言ってんだ、冗談言ってるのはお前のほうだろ? 顔はいいけど芋女はありえねえって」ヘラヘラ

ライナー「……」


15 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/11(日) 21:29:37 ID:Taafcv6E

モブ男「……でさ、結局芋女とは昨日どこまでいったんだ? 少しでいいから聞かせて——」

     —— バンッ!!

ベルトルト「!!」ビクッ

モブ男「うわっ!?」ガタンッ

ライナー「……いい加減にしろ。いつまでくだらん話を続けるつもりだ」

モブ男「く、くだらないって……だってお前ら、前からそういう噂ばっかりだしよ。気になって当然だろ? 俺は確かめてみようとしただけで——」

ライナー「……いいか。この際だからはっきり言っておく」

ライナー「俺とサシャの間には何もない。どんな噂が流れているのかは敢えて聞かないが……お前らが勘ぐるような関係は一つもない」

ライナー「わかったら妙な妄想をして騒ぎ立てるな。こっちはいい迷惑だ」


16 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/11(日) 21:30:25 ID:Taafcv6E

—— 食堂前 廊下

コニー「ふーんふっふふーんふっふふーんふっふふーん♪ めーしっ♪ めーしっ♪」ルンタッタ

コニー(……ん? あそこにいるのは——)

コニー「よおサシャ! こんなところで何やってんだ?」ポンッ

サシャ「……いえ、ちょっと」

コニー「ここに突っ立ってるってことはもうメシ食ったのか? 早ぇなーお前」ウロウロ キョロキョロ

サシャ「……」

コニー「なあなあ、ところで今日のスープの具はなんだった? 豆は入ってたか? 最後の試験なんだから少しは奮発してほしいよなぁ、あんまり量が少ないと頭が働かねえ——」

サシャ「……ごめんなさい、コニー。失礼しますね」タタタッ

コニー「は? 失礼しますって……あっ、おい!」

コニー「……? なんだあいつ」

コニー(顔色も紙みてぇに真っ白だったし……具合でも悪いのか? パン半分残しといてやるかなぁ……)スタスタ…


17 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/11(日) 21:31:02 ID:Taafcv6E

—— 食堂

モブ男「い、いや、関係ないならいいんだ。しつこく聞いて悪かったな……でもよぉ、何も机叩くことはないだろ? こっちが驚くじゃねえか」

ライナー「……ああ、すまんすまん。つい手が滑っちまってよ」ハハハ

モブ男「まあ、芋女と一緒にされちゃ誰だって迷惑——って、ああっ! スープが全部、上着にかかっちまってる……!」ガタッ

ライナー「何? そりゃ悪いことしたな……昼になっちまうが、詫びに俺のを全部やるよ。朝の分はもう空なんでな」カランッ

モブ男「いや、スープはともかく……どうすんだよこの上着、替えはちょうど切らしてるのに……」ビッチョリ

ライナー「今から洗えば明日の試験には余裕で間に合うだろ。なんなら俺が洗濯を引き受けてやってもいいぞ」

モブ男「何言ってんだ、試験は明日からじゃなくて今日からだろ!? 今日の分はどうすんだよ!!」

ライナー「どうするって聞かれてもな。他の奴から借りるか、私服で出るしかないだろ」

モブ男「し、私服って……!」ワナワナ…

ライナー「幸い、今日の試験は対人格闘と技巧だ。服装はあまり関係ない。周りの目は気になるだろうがな」

ライナー「借りる相手のアテは残念ながら思い浮かばないが、私服で出席するつもりなら俺が教官に話してきてやるぞ? どうする?」

モブ男「はぁっ!? ふざけんな、そんな恥ずかしい真似できっかよ!!」バンッ!!

ライナー「そうか? お前がさっきまでやっていたことと同じだろ?」


18 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/11(日) 21:32:02 ID:Taafcv6E

ライナー「俺はてっきり、お前も他人から笑い者にされたいんだと思ったんだがな。違ったか?」

モブ男「んなわけねえだろ! どういう聞き方すりゃそうなるんだ!」

ライナー「そんなの見てればわかるだろ。さっきのお前は座学の講義を受けている時より、よっぽど生き生きしてたんだがな。自覚がないのか?」

モブ男「うぐっ……! だ、だからって、芋女と一緒にするんじゃ——」

ライナー「おい」

モブ男「」ビクッ

ライナー「いつまでそのくだらん呼び方を続けるつもりだ。いい加減不愉快なんだが」

モブ男「は? ……なんだよ、お前芋おん——」

ライナー「サシャだ。芋女じゃない。……言い直せ」

モブ男「……お前さぁ、サシャとは別に何も関係ねえんだろ? そんなムキになる必要あるのかよ?」

ライナー「……それは」

ベルトルト「……関係なくても、気分はよくないよ」


19 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/11(日) 21:32:39 ID:Taafcv6E

ライナー「! ……ベルトルト」

ベルトルト「僕からもお願いするよ。サシャだって女の子なんだし……そういう呼び方はやめてあげてほしいな」

ベルトルト「それに、その……今まで流れてたっていう噂話はともかく、君がさっき言った連れ込み宿っていうのは単なる推測だろ?」

ベルトルト「僕ら男子はいいとしても、女子にとってそういう話を無闇に広められるのはあまり良くないと思うんだ。だから——」

モブ男「……ちっ、わかったよ。やめればいいんだろ、やめれば」ガタッ

ライナー「……? おい、どこに行くんだ」

モブ男「移動するんだよ。こんなところでメシなんか食ってられっか」スタスタ…

ライナー「まあ待てよ。——さっきの話なんだがな、俺の訓練服でよければ貸してやろうか? 確か替えがまだあったはずなんだ」

モブ男「……何?」ピク


20 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/11(日) 21:33:27 ID:Taafcv6E

ライナー「俺とおまえの体格差じゃ、私服の時と同じ視線を浴びることになるだろうが……まあ、少なくとも教官に報告する必要はなくなるだろう。服装違反してるわけじゃねえからな」

モブ男「……」

ライナー「それでどうする? 俺の上着を貸してやるか? 必要なら今から取ってくるが」

モブ男「……いらねえよ。もういいから話しかけんな」

ライナー「おいおい、ちょっと待てって。上着は脱いでいかねえのか? 今から洗濯しねえと明日の試験には間に合わんぞ?」

モブ男「~~~~っ!! わかったよ、脱げばいいんだろ、脱げば!! 言ったからには明日までになんとかしとけよな!!」バサッ スタスタ…

ライナー「おっと。——ったく、食堂で服を投げつけるとは感心しねえな。水がこぼれたら俺まで洗濯しないといけなくなるじゃねえか」ブツブツ…

ベルトルト「……」

ライナー「ベルトルト、悪いが先に行く。ちょっと野暮用ができたんでな」ガタッ

ベルトルト「なら、僕も食べ終わったし一緒に行くよ。……少し話したいこともあるからね」


21 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/11(日) 21:34:03 ID:Taafcv6E

—— しばらく後 井戸近く

ライナー「よっと……」ザバーッ…

ライナー「あいつ、普段はしっかり洗ってないらしいな。……見ろよベルトルト、もう二回も石鹸かけたのにまだ水が黒いぞ」ゴシゴシ

ベルトルト「……」

ライナー「……? ベルトルト? どうした?」

ベルトルト「えっ? ……ああいや、ちょっとね」

ライナー「そろそろ水を取り替えるか。そっちの桶取ってくれ」

ベルトルト「うん、任せて。……よいしょっと」チャポンッ

ライナー「ありがとな。……しかし、今の時期に冷水で洗濯はキツいな。自分で言い出したこととはいえ、引き受けなきゃよかったぜ」ゴシゴシ

ベルトルト「……あの時、よく手が出なかったね」

ライナー「お前が味方してくれなきゃどうなってたかわからなかったけどな。おかげで助かった」ゴシゴシ

ベルトルト「いいよ別に、それくらい。気にしないで」

ライナー「しかし、サシャは結局俺たちがいる間に姿を見せなかったが……あの食いしん坊が食事時に顔を出さないなんて珍しいよな。腹でも下したんじゃないか?」ハハハ

ベルトルト「……」


22 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/11(日) 21:34:40 ID:Taafcv6E

ベルトルト「……あ、そういえばさ」ゴソゴソ

ライナー「ん? なんだ?」ゴシゴシ

ベルトルト「昨日の晩に、君に頼まれた包帯なんだけど……前に野戦治療演習で使った余りを見つけたんだ。よかったら使ってよ」

ライナー「包帯……?」

ベルトルト「うん。目立った汚れもないしまだ使えるよ。ええと、どこにしまったんだっけ……」ゴソゴソ…

ライナー「ちょっと待てベルトルト、俺は怪我なんかしてねえぞ? 包帯なんてどこに使えばいいんだ?」

ベルトルト「……え?」

ライナー「いや、だからな? 傷も出血もねえのに、そんなものどこに巻くんだって聞いてんだよ」

ベルトルト「……」


23 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/11(日) 21:35:23 ID:Taafcv6E

ベルトルト「……ねえライナー。昨日の午後は何をしてたか覚えてる?」

ライナー「は?」

ベルトルト「……」

ライナー「昨日の、午後って……お前、何言ってんだ?」

ベルトルト「いいから答えてくれ。……大事なことなんだ」

ライナー「そう言われてもなぁ、お前もよく知ってるとは思うんだが……」ポリポリ

ベルトルト「……」

ライナー「昨日はサシャと出かけたんだ。前もって何度か話したはずだぞ?」

ベルトルト「何のために? 何のためにサシャと出かけたの?」

ライナー「大通りに新しく開いた店で、肉が食えるらしいから付き合えって言われたんだよ。結局店には行かなかったんだけどな」

ベルトルト「他には? 他にはどこか行った?」

ライナー「行ってねえよ。……なんだなんだ、お前まで疑ってんのか? 普通に考えりゃ訓練兵の身で連れ込み宿なんて入れねえだろ」

ベルトルト「違うんだ。そうじゃなくて——」


24 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/11(日) 21:36:54 ID:Taafcv6E

ベルトルト(……朝から何か、変だとは思ってたんだ)

ベルトルト(いや、おかしいのは昨日の晩からだったけど……でも、受け答えの違和感を覚えたのは、今日の朝になってからだ)

ベルトルト(どこか憑き物が落ちたみたいな、妙に明るい話しぶりで……試験前で気が昂ってるだとか、一晩寝たら落ち着いたとか、頭の中では無意識に理屈をつけて納得してたけど)

ベルトルト(その違和感を、積極的に追求する気になれなかったのは……僕は、こういう風になったライナーを、知っていたからだ……)

ベルトルト(……もう二度と、こんなことは起こらないと思ってたのに)

ベルトルト「昨日……昨日、君が街から帰ってきた後にさ、僕と何を話したのかは覚えてる?」

ライナー「おいおい……何言ってんだ、ベルトルト」

ライナー「帰ってきてからお前と話はしてねえだろ?」

.


25 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/11(日) 21:37:53 ID:Taafcv6E

ベルトルト「…………」

ライナー「おい、顔が青いぞ? 大丈夫か?」

ベルトルト「……なんでもない。変な質問してごめん」

ライナー「いや、まあいいけどよ……手遅れになって倒れちまう前に自分で医務室に行けよ? 俺らみてぇな身体のでかい奴は、人によっちゃ運ぶだけで一苦労なんだからな。コニーやアルミンだと潰れちまうかもしれねえぞ」ハハハ

ベルトルト「……」

ベルトルト(昨日の晩に、寮に帰ってきてから……僕の前で怪我を治したってこと、忘れてる)

ベルトルト(巨人の力を忘れてるってことは、つまり……戦士のことも、任務のことも、一緒に忘れてるってことだ……!)

ベルトルト(ど、どうしよう、なんでこんな時に……!? ここしばらくはずっとなかったのに……!)

ベルトルト(やっぱり昨日、サシャと何かあったんだ。それで、サシャとのことは……兵士じゃなくて戦士として接した記憶だから、一緒に閉めだしちゃったんだ……)

ベルトルト(……待てよ。もしかすると、サシャに任務のことも話しちゃったのかな。だとしたらまずいぞ……! 計画のことを教官にでも報告されたら、どうしようもなくなる……!)

ベルトルト(くそっ……! こんなことになるなら、昨日無理矢理にでも何があったのか聞いておけばよかった……!)

ベルトルト(とにかく今は、できる限り探ってみよう。まだ情報が少なすぎる……でも、僕とライナーとサシャで共通すること、何かあったかな……)


26 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/11(日) 21:38:24 ID:Taafcv6E

ベルトルト「えーっと……あのさライナー、秋に四人で町に出かけた時のことは覚えてる?」

ライナー「なんだよ、さっきから変な質問ばかりして。記憶力の検査か?」ザバーッ…

ベルトルト「うん、まあ……そんなところ」

ライナー「しかし、秋って言えば何ヶ月も前の話だろ? ……四人ってヒントだけじゃなぁ」ウーン…

ベルトルト「ええと、そうだな……そうだ、確かあの日の前に大きな嵐があったよ。覚えてない?」

ライナー「嵐? ——ああ、そういやそんなこともあったな。ということは……」ブツブツ…

ベルトルト「……」

ライナー「……わかった、あれか! 覚えてるぞ、結構洒落た雰囲気の喫茶店に行ったんだよな!」ポンッ

ベルトルト「そ、そう! そうだよ、その話! ——それでね、その時にさ……僕たちの他に、誰がいたのか、わかる……?」


27 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/11(日) 21:39:52 ID:Taafcv6E

ライナー「誰って……アニとサシャだろ。もう忘れたのか?」

ベルトルト「……」

ベルトルト(……あれ? どういうことなんだ……? サシャとのこと、全部忘れたってわけじゃないのか……?)

ベルトルト(昨日のことだけ……なのかな。——いや待てよ、昨日のことだって、サシャと出かけたこと自体は覚えてるんだ。ということは、忘れてるのはサシャとの関係……?)

ベルトルト(んん……? わからなくなってきた……ええと、何か法則とか、条件のようなものがきちんとあるのかな。だとすると……)ウーン…

ライナー「なあ、お前今日はなんだかおかしいぞ? 試験前で緊張してんのか?」

ベルトルト「……うん。まあ、そうなのかも」

ベルトルト(おかしいのは君だよ、とは流石に言えない……)

ライナー「よーし、これくらいでいいか。——俺はこれから物干し場に向かうが、お前はどうする? 一緒についてくるか?」ザバーッ…

ベルトルト「僕は……」

ベルトルト(今のライナーを、一人のまま歩き回らせるのはよくないよね。……でも)

ベルトルト「……いや、行かない。ここに残るよ」


28 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/11(日) 21:40:32 ID:Taafcv6E

ベルトルト「物干し場と倉庫を往復してたら、試験の開始時間に間に合わなくなるかもしれないし……ここに残って、君の代わりに桶とか洗濯板を片付けておくよ。だからライナーは、その服干したら真っ直ぐ営庭に向かって」

ライナー「おお、悪いな。助かる。……じゃあ頼んだ、また後でな」スタスタ…

ベルトルト「……」

ベルトルト(もちろん、一人にさせておくのはよくない。よくないけど……僕が近くで見張ってたところで解決する問題でもないんだ)

ベルトルト(これまでだって、元に戻そうとしても戻らないことが多かったからな。今は時間がないし、しばらくこのままにしておこう)

ベルトルト(でも、どうしよう……今回ばかりは自然に治るのを待つってわけにはいかないぞ。計画の日までもう何日もないんだ。今はよくても、その日までにはなんとか元に戻さないと)

ベルトルト(ここは、アニに相談したほうがいいのかな……いや、駄目だ。連絡を取るのは前回で最後って決めたじゃないか。不用意な接触はできるだけ避けないと)ブンブン

ベルトルト(それに兵士化のことはまだしも、サシャのせいでこんなことになっただなんて聞いたらどうなるか——あっ!)


29 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/11(日) 21:41:09 ID:Taafcv6E

ベルトルト(ま、まずいぞ……! 今のライナーにサシャを会わせるのは危険すぎる……!)オロオロ

ベルトルト(一緒に出かけたことは覚えてるみたいだけど、怪我をしたことは覚えてないんだ。今日は偽装用の包帯も巻いてないし、塞がった傷を見られたら不審に思われる……!)

ベルトルト(流石にそれだけで巨人のことに辿り着けるとは思えないけど……あの子、妙に勘が鋭いからな。徹底してかからないと)

ベルトルト(……そもそも、あの傷はどういう経緯でできたものなんだろう。転んだだけじゃ指からあんなに出血しないだろうし……ということは、何かで切ったのか……?)

ベルトルト(その辺りをなんとかサシャから聞き出せないかな。……もしかしたら、あの怪我が原因で兵士化したっていう可能性もあるかもしれないよね)

ベルトルト(でも、僕にそういうことできるんだろうか。……誰かから何かをそれとなく聞き出すなんて、それこそライナーやアニに全部任せてきたのに)ドヨ-ン…

ベルトルト(……いいや、できるかできないかじゃない。やらなきゃいけないんだ。こういう時くらい力になってあげないと)グッ


30 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/11(日) 21:41:54 ID:Taafcv6E

ベルトルト(……けどまさか、今頃になって兵士になっちゃうとは思わなかったな。最近は、まあ……考え方は過激になってたけど安定してたし、心配いらないと思ってたのに)

ベルトルト(それだけ、サシャとのことが本気だったってことだよね。思い詰めすぎて任務まで忘れちゃうのは予想外だったけど……やっぱり、色々辛かったんだろうな)

ベルトルト(……ん? ということは……今朝起きてから、ずっと兵士のままだったってことだよね?)

ベルトルト(食堂でやり取りしてる時は、サシャを庇ってとぼけてるのかと思ってたけど……そういうわけじゃなかったのか)

ベルトルト(あの状態で連れ込み宿なんていきなり言われて、ライナーもびっくりしただろうな。……でも、そうか)

ベルトルト(サシャとのことを覚えてなくても……サシャのこと、守ったんだ)

ベルトルト「……すごいな」ハァ

ベルトルト(僕も、ライナーみたいになれたらな……。そしたらライナーは兵士化することもなかっただろうし、アニにも辛い思いさせなくて済んだかもしれないのに……)

ベルトルト(僕にも……そういう守り方、できたらいいのにな)


31 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/11(日) 21:43:15 ID:Taafcv6E

—— 午前 営庭 試験:対人格闘術

エレン「……よし」スーハー

エレン(卒業試験は全部で四日間だ。一日目は対人格闘と技巧、二日目は立体機動。三日目は座学で、四日目は兵站行進……)

エレン(技巧と座学で点数取りにくい俺は、今日の対人格闘と四日目の兵站行進で稼ぐしかない。……もちろん、立体機動を落とさない前提で、だ)

エレン(憲兵団はどうでもいいが、俺だって一つくらいはミカサに勝ちたいんだ。1位と8位じゃ逆転は無理かもしれねえけど、諦めるわけにはいかない)

エレン(やることは決まった。まずはこの対人格闘で満点を取る! ミカサが満点だったらその上を取る! これだ!)バシッ!!

エレン(さて、方針が決まったところでアニ辺りと組むか。最後にもう一勝負して弾みをつけてえしな)スタスタ…

エレン(ええっと、アニはどこに——)キョロキョロ

ミカサ「エレン」


32 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/11(日) 21:44:05 ID:Taafcv6E

エレン「……」

ミカサ「エレン、今日は私と組んでほしい」

エレン「……お前なぁ、こういう試験の時くらい俺から離れて——」

ミカサ「私と組んでほしい」

エレン「聞いてるか? だからな、いつまでも子どもみたいにうろちょろうろちょろ」

ミカサ「私と組んでほしい」

エレン「……あのさ」

ミカサ「私と組んでほしい」

エレン「……」

ミカサ「私と組んでほしい」

エレン「断る。他の奴にしろ」

ミカサ「今日は無理。死人を出したくないなら私と組んでほしい」

エレン「……脅迫かよ」

ミカサ「早くして。教官が見てる」

エレン「……わかったよ。組めばいいんだろ組めば」


33 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/11(日) 21:44:50 ID:Taafcv6E

エレン「……」

ミカサ「……」ムスッ…

エレン(眉間にめちゃくちゃ皺寄ってる……)

エレン「……お前、なんだか今日は機嫌悪くねえか?」

ミカサ「悪くない」

エレン「……」

ミカサ「……」

エレン「……」

ミカサ「……今日の朝、少し不愉快なことがあった。……ので」ボソボソ…

エレン「不愉快なこと? ……ああ、ライナーたちが大声で話してたあれか」

ミカサ「そう。……今エレンが組んでくれなかったら、私はあの上着の男のところに行って何かいけないものをもぎ取ってしまったかもしれない。だから感謝している」ギリッ…

エレン「もぎ取るって何を……いや、やっぱりいいや。答えるな」


34 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/11(日) 21:45:26 ID:Taafcv6E

ミカサ「……それと、今日の朝は食堂にサシャが来なかった」

エレン「? なんで知ってんだお前」

ミカサ「今日は一日中ずっと食事当番だからわかる。私は最初から最後まで食堂にいたけれど、サシャは少しも姿を見せなかった。代わりにパンを受け取りに来る人も来なかった」

エレン「見逃した可能性は」

ミカサ「ない。ありえない」ブンブン

エレン「ふーん……サシャが朝メシ食わないなんて珍しいよな。何かあったのか?」

ミカサ「わからない。詳しいことは聞いていない。……でも」チラッ

ミカサ「……ここから遠目に見ても、少し元気がないように思える」

エレン「もしかすると、今朝のやり取りを廊下で聞いてたのかもな。それで気まずくなって逃げたとか」

ミカサ「仮にそうだとしても、最後はライナーとベルトルトがはっきり言ってくれたから気に病むことはない。……と、思う」

エレン「じゃあ、具合が悪かった……わけじゃなさそうだよな。コニーといつも通りじゃれあってるし」

ミカサ「うん。私にもそう見える」コクッ

エレン「そんなに気になるなら本人に直接聞いて来いよ。ここで俺と喋ってるよりかはそっちのほうがよっぽど早いぞ」

ミカサ「うっ……それはそうかもしれない、けど……」モジモジ


35 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/11(日) 21:46:13 ID:Taafcv6E

ミカサ「……こういう時、なんと声をかけてあげればいいのかわからない」

エレン「なんてって……『よう元気か』でいいんじゃねえの?」

ミカサ「……『よう元気か』」

エレン「棒読みすぎるな」

ミカサ「『ようっ! 元気か!!』」グッ

エレン「お前普段そんな喋り方しねえじゃん。怪しまれるぞ」

ミカサ「……エレンがそう言えって言ったのに」ム-…

エレン「そうは言ってねえだろ……そもそも俺に言ってどうすんだよ。サシャに言ってこいサシャに」

ミカサ「なんて言えばいいの?」キョトン

エレン「話が戻ったんだが」

ミカサ「……ごめんなさい」シュン

エレン「いや、別に謝らなくてもいいけどさ……」ハァ


36 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/11(日) 21:47:13 ID:Taafcv6E

エレン(……なんだよ、朝のことが不愉快だったから俺のところに来たわけじゃねえじゃん)

エレン(そんなのは、ただの建前で……本当は、ミカサは俺のところに相談に来たんだ)

エレン(……はは、素直じゃない奴。……って、俺が言えた義理はねえか)ポリポリ

ミカサ「さっきから一生懸命考えてはいるのだけれど、いい言葉が浮かばなくて……つい、エレンのところに来てしまった。……怒ってる?」

エレン「怒ってねえよ。流石にそこまで気は短くねえって。……なあ、ミカサはなんでアルミンのところじゃなくて俺のところに来たんだ? そういう相談はアルミンのほうが適役だろ?」

ミカサ「確かに、アルミンに聞けば正しい答えを教えてくれるだろうとは思う。……でも」

エレン「でも?」

ミカサ「その答えを、そのままサシャに伝えるのは違う気がする。……もちろん、アルミンの答えがよくないという意味ではないのだけれど」

エレン「ふーん……なんだ、わかってんじゃねえか」

ミカサ「……? わかってるというのは?」

エレン「他の奴から言われたことをそのまま伝えたんじゃ意味がねえってことだよ。アルミンの言葉はアルミンの言葉だからな。お前がそのまま同じこと言ってもサシャには通じない」

ミカサ「……つまり?」


37 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/11(日) 21:47:48 ID:Taafcv6E

エレン「ミカサが思ったことを、そのままサシャに伝えればいいんじゃねえの?」

ミカサ「えっ……む、無理。そのままは伝えられない。……難しい」ブンブン

エレン「だったらさ、言葉じゃなくて……お前が他の奴にやってもらって嬉しかったこととか、サシャがやってもらって喜んでたことをやってやりゃいいだろ」

ミカサ「……嬉しかったこと」

エレン「ああ。それこそパンの一つでもやれば少しは元気になるだろ。サシャだしな」

ミカサ「……なるほど、わかった。行ってくる」クルッ

エレン「はぁ? 行ってくるって……今!? 今行くのか!?」

ミカサ「善は急げ」ダッ

エレン「ちょっと待てって、俺はどうすりゃいいんだよ! お前がいなくなったら俺一人になっちゃうだろ!」ガシッ

ミカサ「そんなこと言われても私は忙しい。ので、あそこで散歩しているアニとでも組んでいて」ピッ

エレン「アニとって……いや、そりゃ最初からアニと組むつもりだったから別にいいけどよ、でもなんかこう、放置されてるっていうか釈然としねえっていうか……」ブツブツ…

ミカサ「エレン」

エレン「あぁ!? なんだよまだ何かあるのか!?」


38 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/11(日) 21:48:51 ID:Taafcv6E

ミカサ「エレンに相談してよかった。……ありがとう」

エレン「…………どういたしまして」

ミカサ「それでは行ってくる。——アニの足技に気をつけて。怪我をしないように」タッタッタッ…

エレン「……おうともよ」

アニ「……」ウロウロ

アニ(対人格闘術なんか大した点数にならない。こんなことやったって意味なんかない。……でも、流石に卒業試験ともなるとそうはいかないらしいね)

アニ(当たり前と言えば当たり前か……三位から二十位辺りまでは点数が団子状態だから、たった一点で順位がガラリと入れ替わる。点を取れる機会をみすみす捨てる奴はいない)

アニ(みんながみんな真面目に取り組んでるせいで、サボるのも一苦労だ。……全く、試験をやるならこんな時間なんて設けないで試験だけやってほしいよ。準備運動なんか人と組んでやるものじゃないし)スタスタ…

アニ(……ん?)ピタッ

エレン「……」


39 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/11(日) 21:49:31 ID:Taafcv6E

アニ「……何? 目の前に立たれると邪魔なんだけど」

エレン「……アニ。俺と組め」ムスッ…

アニ「はぁ? ……ねえ、さっきあんたミカサと組んでなかった?」

エレン「それがどうしたんだよ」

アニ「また上からライナーが降ってくるのは勘弁してほしいから聞いてるんだよ。ミカサはどこ?」キョロキョロ

エレン「安心しろ。今回はそのミカサからのご指名だ」

アニ「……ミカサが私を指名したの? あんたの相手に? なんで?」

エレン「なんだっていいだろ。……いいからやるぞ。教官が見てる」

アニ「あんた、もしかしてミカサにフラれたの?」

エレン「…………」

アニ「冗談だよ。……いいよ、組もうか」クスッ


40 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/11(日) 21:51:32 ID:Taafcv6E
果たして戦士ライナーの出番は今回あるのか というわけで次回に続く

今回のお話も前回のお話と同じくゆったりめの進行です 週一くらいで投下します
あと都合のいいモブさんがたくさん出てきます 一応全員違うモブのつもり


51 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/22(木) 20:08:47 ID:9RgZ4tP2

アニ「あんた、さっきまでミカサと何話してたの? 随分盛り上がってたみたいだけど」

エレン「別に盛り上がってはねえよ。……サシャのこと話してたんだ。あいつ、今朝は食堂に来なかったんだってさ」

アニ「へえ……」

アニ(……そういえば、告白するって話どうなったんだろ)

アニ(昨日、ライナーはサシャに言ったのかな。そのせいで、あのサシャが食事を抜きたくなるほどの何かがあったとか……? でも、ライナーは普通に食堂に来てたよね)

アニ(まあ……任務に支障が出なければ、あの二人がどうなろうが興味はないけど……)ソワソワ

アニ(男の人に告白されるのってどんな感じなんだろ。そこだけちょっと気になる……)ウズウズ

エレン「よし、まずは俺がならず者をやるぞ。準備はいいか?」グッ

アニ「……」ソワソワ

エレン「……? アニ? 聞いてるか?」

アニ「え? ……ああ、聞いてるよ。うんうん聞いてる」コクコク

エレン「だったらさっさと構えろよ。時間なくなっちゃうだろ」

アニ「……」


52 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/22(木) 20:09:35 ID:9RgZ4tP2

アニ「……ところでさ、ミカサから昨日のことは聞いてないの? あんた」モジモジ

エレン「は? 昨日? ——昨日は俺、ミカサとずっと一緒にいたぞ? 何を聞くんだ?」

アニ「そうじゃなくてさ、……昨日、えっと……あの……出かけたらしいね。サシャ」ソワソワ

エレン「……ああ! そういやそうだったな!」ポン

アニ「そのことは、ほら……なんか聞いてないの? ミカサはサシャと仲いいじゃない? 昨日のことについて何か——」

エレン「知らん」

アニ「……」

エレン「そういう話はしなかったからわかんねえよ。それにミカサも今朝から食事当番だしな。サシャと話す機会なんかなかったんじゃねえか?」

アニ「……じゃ、じゃあさ、あんたライナーと同じ部屋でしょ? 昨日一緒に出かけたライナーなら、サシャがごはん食べに来なかった理由もわかるんじゃない?」ソワソワ

エレン「あー、そうかもなー」

アニ「でしょ? ライナーからは何か聞いてないの? 具体的にいつどこで何を言ったとかそういうの」

エレン「聞いてねえなぁ」ポリポリ

アニ「……」


53 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/22(木) 20:10:34 ID:9RgZ4tP2

エレン「俺とアルミンが街から帰ってきた時はまだ戻ってきてなかったし、飯食って部屋に戻ってきた時はもう寝てたからなー。朝もそういう話する暇なかったし」

アニ「じゃあ今聞いてきなよ。私はここで待ってるから」

エレン「え? やだよ面倒くさい」

アニ「遠慮なんかしなくていいって」

エレン「してねえよ」

アニ「……あんたさ、サシャとライナーに何があったか気にならないの?」

エレン「いや別に?」

アニ「…………ふぅん」チッ

エレン「」ビクッ


54 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/22(木) 20:11:21 ID:9RgZ4tP2

アニ(この駆逐馬鹿が……! あんたが気にならなくても私が気になるんだよ……!)イライラ

エレン(し、舌打ちされた……!? なんだか知らねえけどめちゃくちゃ怒ってるぞ、アニの奴……!)ビクビク

エレン「……な、なあ、話してねえで訓練しようぜ? 近くに教官はいねえけどさ、こうやって話してる時間がもったいねえし……」オロオロ

アニ「……あんたに教えることは、もう何もない」

エレン「何もないって……そんなわけねえだろ! まだ俺お前に一度も勝ってねえんだぞ!?」

アニ「技術の基本はもう全て教えたんだ。……私に勝てないのは、あんたに足りないものがあるからだよ」

エレン「足りないもの……?」

アニ「——女子力だ」


55 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/22(木) 20:12:02 ID:9RgZ4tP2

エレン「……」

アニ「……」

エレン「他の奴と組むわ俺」スタスタ…

アニ「待ちな。何も冗談で言ってるわけじゃないんだ。——あんた、サシャの成績が急に上がった訳を知ってるかい?」ガシッ

エレン「……いや、知らねえけど」

アニ「実はそれ、女子力のおかげなんだよ」

エレン「…………」

アニ「格闘技において、身体の柔軟性はとても大事だ。それはあんたも知ってるだろ?」

エレン「……おう」

アニ「ここだけの話、柔軟性ってのは女子力と比例するんだよ。——ねえ、最近のサシャって女の子らしくなったと思わない? 以前と比べてさ」

エレン「……確かに、前と比べたら落ち着きは出てきたが」

アニ「でしょ? それも女子力のせいだよ」

エレン「……」


56 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/22(木) 20:12:46 ID:9RgZ4tP2

アニ「私があの子に格闘の手ほどきしてたの見たことあるでしょ? あの時に私が教えたんだよ。『強くなりたいなら女子力を鍛えろ』って」

エレン「初耳だぞ」

アニ「はじめて話したからね」

エレン「……俺、サシャより前からお前に格闘術習ってたんだけど」

アニ「あんた、私が最初から『女子力をつけろ』って言ったら素直にやってなかったでしょ? あんたがある程度力を付けて、足りないものを自覚した時……改めて、話そうと思ってたんだよ」

エレン「……」

アニ「まあ、疑うのも無理はないけどね。……ちなみに、ミカサやライナーが強いのも女子力のおかげだよ」

エレン「はぁ? ミカサはともかく、ライナーなんて女子力から遠く離れた——」ハッ


57 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/22(木) 20:13:51 ID:9RgZ4tP2

エレン(そういえばライナーは裁縫ができたよな。昨日、ボタンを付ける時の手際もかなりよかった……)

エレン(まさかあいつら、本当に女子力が……!)

エレン「……」

アニ「……どうやら、思い当たる節があるようだね」フッ

エレン「ああ、悔しいことにな。——待てよ、ということは……ベルトルトやジャンもか!? あいつらも……!」

アニ「そうだよ」

エレン「コニーやマルコも!?」

アニ「当然さ。あんた以外の上位はみんな女子力が充実してるんだ」

エレン「な、なんだって……!?」

アニ「試しにミカサに聞いてごらん。ミカサは強さの秘密をあんたに知られたくないだろうからね。あんたが女子力を身につけたいって言っても、嫌がって教えてくれないと思うよ」

エレン「聞いてくる!」ダッ

アニ「待ちな。……ミカサは忙しそうだからね、代わりに私が教えてあげるよ。これさえやればすぐにでも強くなれるって方法をね」

エレン「……! そんな方法があるのか!?」


58 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/22(木) 20:15:01 ID:9RgZ4tP2

アニ「あるよ。——昨日、ライナーとサシャに何があったのかを詳細に調べて私に報告するんだ。できるだけ早めに」

エレン「……? どういうことだ? あいつらの話を聞くと、その……柔軟性が」

アニ「女子力」

エレン「……女子力が上がんのか?」

アニ「ああ、恋バナは乙女の嗜みだからね。そりゃあもうめちゃくちゃ上がるよ。うなぎ登りさ」コクコク

エレン「けどよ、なんでいちいちアニに報告しなきゃいけないんだ? 聞くだけじゃ駄目なのか?」

アニ「駄目に決まってるでしょ!!」

エレン「うおっ!? な、なんだよ怒るなよ……」ビクビク

アニ「……で、弟子の成長を見守るのも師匠の勤めだからね。これでも一応あんたのこと、心配してるのさ」ソワソワ

エレン「ふーん……まあいいや、じゃあ昼の休み時間にでも聞いてくるか」

アニ「……」グッ

アニ(やった……! これで本人たちに聞きに行かなくて済む! ミカサやミーナに探りを入れる手間も省ける!)ヨッシャ

エレン(柔軟体操だけじゃ身体は柔らかくなんねえのか……今まで俺がやってきたトレーニングってなんだったんだろう……)ションボリ


59 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/22(木) 20:16:10 ID:9RgZ4tP2

サシャ「せいやぁーっ!」バッ!

コニー「あちょーっ!」バババッ!

サシャ「くっ……コニー、なかなかやりますね……!」ゼエハア

コニー「へへへ、強くなったのはお前だけじゃないってことだ……! 俺もこっそり特訓したからな……!」

サシャ「な、なんですと……!? ちなみにいつ……?」

コニー「秋ごろから二週に一回くらいのペースで、エレンと組み手してたんだ……! そして俺は、この前必殺技を手に入れた!」

サシャ「必殺技……!」

コニー「今こそそれをお披露目する時だ……! サシャ、お前は俺の技の練習台になってもらうぜ!」ビシッ

サシャ「そんな……! 練習台になったら死んじゃいますよ! 死んじゃったらごはんが食べられません!」

コニー「! それもそうか……じゃあ少し手加減する!」

サシャ「それならいいです!」


60 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/22(木) 20:17:01 ID:9RgZ4tP2

コニー「……」ジリジリ…

サシャ「……」ジリジリ…

コニー「アニの弟子であるお前と、エレンの弟子である俺……戦うのは必然だったんだな……!」

サシャ「師弟対決……というわけですか……!」

コニー「師弟の弟子同士が対決したら……なに対決なんだ……!」ゴゴゴゴゴ…

サシャ「さあ、私にはよくわかりません……!」ドドドドド…

ミカサ「……」コソコソ


61 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/22(木) 20:18:13 ID:9RgZ4tP2

ミカサ(サシャが喜ぶことは、改めて考えるまでもない。何かしらの食べ物を渡せば、サシャはたちまち笑顔になるはず……とはいえそれでは捻りがないし、何よりここには食べ物がない。今すぐ実行するということは不可能……)

ミカサ(私が他の人にしてもらって嬉しかったこと……そう、それはエレンにマフラーを巻いてもらったこと。これなら、やろうと思えばすぐできる)

ミカサ(後ろから、こっそり近づいて……このマフラーをサシャの首にぐるりと巻けば、たちまち元気になるはず。間違いない)シュルッ

ミカサ(驚いたサシャは暴れるかもしれないけれど、抵抗する暇は与えない。必要ならば絞め落としてでも巻きつける。元気になるためには多少の犠牲は仕方がない)

ミカサ(さあ、一瞬でケリをつけなければ……)

ミカサ「……」

ミカサ(首の周りが、寒い……)カタカタ…

ミカサ「……へくちっ」プルッ


62 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/22(木) 20:19:20 ID:9RgZ4tP2

コニー「おっ? ミカサじゃねえか、何してんだ?」

サシャ「あ、本当だ。どうしたんです? さっきまでエレンと組んでませんでした?」クルッ

ミカサ「……サシャ」

サシャ「ミカサも混じります? これからコニーが手加減した必殺技を見せてくれるそうなんですよ! 一緒に迎撃しましょう!」

コニー「果たしてお前らに俺の超必殺技が止められるかな……!」フフン

ミカサ「……」スタスタ…

サシャ「……? ?? ミカサ? あの……」

ミカサ「動かないで」ガシッ

サシャ「は、はぁ……」

ミカサ「……」

ミカサ(こっそりやるのは失敗したけれど、まだチャンスはある。何より今のサシャは警戒していない。マフラーを巻き付けることくらい、私にはできるはず……!)


63 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/22(木) 20:20:05 ID:9RgZ4tP2

ミカサ「……」シュルッ

サシャ「……? マフラー?」モフモフ

コニー「マフラーだな」

サシャ「でもどうして私の首に巻くんです? これ、ミカサの大事なものじゃ——」

ミカサ「……」

サシャ「? ミカサ? みーかーさー?」ペシペシ

コニー「固まったまま動かねえな」ツンツン

ミカサ「……」

ミカサ(ひぃ……寒いぃ……)カタカタカタカタ…

ミカサ(で、でも……これでサシャも元気が出たはず。確かめなければ……)プルプル

ミカサ「……サシャ」

サシャ「はいはい、なんですか?」

ミカサ「これで元気に……元気に……………………くしゅんっ」プルッ


64 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/22(木) 20:21:22 ID:9RgZ4tP2

ミカサ「……」

サシャ「……」

コニー「……」

ミカサ「……」クルッ タッタッタッ…

ミカサ「……」ゴソゴソ

ミカサ「……」チーンッ

コニー「鼻かんでる」

サシャ「鼻かんでますね」

コニー「お前、早くそれミカサに返してやれよ。寒そうだろ」

サシャ「ですねぇ。優しく巻いてあげましょうか」シュルッ


65 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/22(木) 20:22:07 ID:9RgZ4tP2

サシャ「ミカサ、ミカサ。ほら、これ巻いてください」シュルッ

ミカサ「……サシャ」

サシャ「はいはい、なんですか?」ナデナデ

ミカサ「……元気出して」

サシャ「出ました出ました。ミカサのおかげでいっぱいになりましたよ!」サスサス

ミカサ「……それならよかった」

コニー「うおっ、今日のミカサは随分と薄着だなぁ。ちゃんと服着て来いよ」ジロジロ

ミカサ「対人格闘だったから、あまりモコモコしていたら動きにくい。……ので」

サシャ「それで風邪引いちゃったら意味ないじゃないですか」

コニー「そうだぞ、ミカサは俺たちと違って馬鹿じゃないんだからな。身体は大切にしろよ!」

ミカサ「……うん。わかった」


66 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/22(木) 20:23:07 ID:9RgZ4tP2

コニー「あっ、そうだ! 寒いなら俺の作業用の軍手貸してやるよ。ないよりマシだろ?」ゴソゴソ

サシャ「なんでそんなもの持ち歩いてるんです?」

コニー「持ち歩いてるってか、前に作業した後そのまま突っ込んでたんだよ。——ほらミカサ。試験までそれつけてろよ」ポイ

ミカサ「ありがとう。……? これ、ごわごわしてる」

コニー「ごわごわしてるけど洗濯はしてあるぞ。白いだろ」

サシャ「洗濯した後にわざわざ突っ込んどいたんですか?」

コニー「違う違う、上着ごと軍手洗って干したんだよ。しかも二回くらい」

ミカサ「……くしゃくしゃになってる」ビローン

サシャ「干物みたいですね」

コニー「食うなよ? お前なんでもかんでも口に入れるからな」

サシャ「むっ……なんでもかんでもとはなんですか! 流石に軍手は口に入れませんよ!」プンスカ

ミカサ「……ふふっ」クスクス


67 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/22(木) 20:24:06 ID:9RgZ4tP2

マルコ「……」ジーッ…

マルコ(ミカサがサシャとコニーにお世話されてる……)

ジャン「……あ、あのさぁマルコ」ソワソワ

マルコ「何? まさか君、ミカサのお世話したいだなんて言わないよね?」

ジャン「…………言わねえよ」ヌギッ…

マルコ「だよね、よかった……その上着をそっとミカサの肩にかけてこようだなんて思ってないよね?」

ジャン「おっ…………思ってねえし」

マルコ「本当に?」

ジャン「……おう」

マルコ「……」

ジャン「……暑かったからな」ボソッ

マルコ「そうだね、暑いね」


68 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/22(木) 20:25:26 ID:9RgZ4tP2

ベルトルト「……」ウロチョロ

ベルトルト(うーん……サシャに話が聞きたいんだけど、話しかけづらいな。あの三人の中に割って入ってもいいんだろうか)

ベルトルト(まあ、ずっと三人で話してられないだろうし、そのうち一人あぶれて相手を探し出すだろうけど……その時にサシャが余るとは限らないよね……)

ベルトルト(……仕方がない。多少無理矢理でも行ってこよう)スタスタ…

ミカサ「……」パフパフ

コニー「ミカサ、その軍手似合ってるぜ!」ニッ

ミカサ「うん、ありがとう。……あったかい」

サシャ「軍手って意外と温かいですよねぇ。手袋よりも隙間があって寒そうなのに」

コニー「そこはほら、不思議な力が宿ってんだよ。不思議な力が隙間を埋めてんだ」

サシャ「不思議な力ってなんですか?」

コニー「知らん」

ミカサ「私もわからない。……ので、後でアルミンに聞いてみよう。きっと教えてくれるはず」


69 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/22(木) 20:26:20 ID:9RgZ4tP2

コニー「待てよミカサ、なんでもかんでもアルミンに頼るのはよくねえぞ。ここは三人で考えてみようぜ」

サシャ「そうですね、三人よればもんじゃ焼きって言いますし!」

ミカサ「……文殊の知恵」

サシャ「そうそう、それですそれです」

コニー「『もんじゅ』ってなんだ?」

ミカサ「私もわからない。……ので、後でアルミンに聞いてみよう。きっと教えてくれるはず」

コニー「待てよミカサ、なんでもかんでもアルミンに頼るのはよくねえぞ。ここは——」

ベルトルト「あの……三人とも、ちょっといいかな」


70 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/22(木) 20:27:24 ID:9RgZ4tP2

ベルトルト「ぼんやりしてたら組み損ねちゃってさ、もしよかったら誰か僕と組んで欲しいんだけど——」

コニー「……」

サシャ「……」

ミカサ「……」

ベルトルト「……? え、何? 三人で僕の顔じっと見て……何かついてる?」ペタペタ

サシャ「ここはベルトルトに聞いてみましょう」

ミカサ「異議なし」

コニー「ベルトルトはいっぱい本読んでるもんな。……というわけでベルトルト、もんじゅって何のことなんだ?」ズイ

ベルトルト「も、もんじゅ……? ……ごめん、知らない。何の話?」

サシャ「もんじゃ焼きっておいしいんですか?」ズイッ

ミカサ「どうして軍手はあんなに温かいの?」ズズイッ

ベルトルト「え、えっと……?」

ベルトルト(どうしよう、三人が何を言ってるか全くわからない……)オロオロ


71 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/22(木) 20:28:39 ID:9RgZ4tP2

コニー「あっ、やべえ! 教官こっち来るぞ!」

サシャ「本当だ、急いで組まないと……!」

ミカサ「ちょうど四人いるから、二人ずつに分かれよう。ベルトルトもいい?」

ベルトルト(……! やった、チャンスだ……!)

ベルトルト「うん、じゃあ僕はサシャと組むね」ガシッ

サシャ「へ? 私ですか?」

ベルトルト「そうだよ。ついでにもう少し離れたところに移動しよう。隣でやったら腕や足がぶつかるかもしれないし」スタスタ…

サシャ「は、はぁ、そうですね……じゃあコニーにミカサ、また後で!」スタスタ…

コニー「おおー……あいつら足速ぇなぁ。もうあんなところまで行っちまったよ」

ミカサ「ベルトルトに、サシャを取られた……」ムスッ…

コニー「んあ? なんだミカサ、サシャと組みたかったのか? だったら俺、ベルトルトと代わってくるぞ? 話せば代わってくれるだろうしな」

ミカサ「……ううん、いい。コニーとやる」フルフル

コニー「そっか、じゃあ代わりに俺がサシャのものまねしながら組んでやるよ! えーっと……さあミカサ、かかって来い……くるです! 相手になるぞ……じゃない、相手になるです!」ババッ

ミカサ「……サシャはそんなこと言わない」


72 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/22(木) 20:29:35 ID:9RgZ4tP2

ライナー「……」ウロウロ

ライナー(うーん、駄目だ。相手が見つからん。完全にあぶれちまったな……)

ライナー(しかしなんでこういう時間は毎度余る奴が出てくるんだ? アニみてぇにサボってる奴がいるからか?)

ライナー(このままぼさっと立ってるわけにはいかないよな。他に誰かいないか?)キョロキョロ

ライナー(……ん? ユミルがこっちに向かって歩いてくるな……)

ユミル「……」スタスタ…

ユミル(あの腑抜け……もといサシャがヘコんでようがどうでもいいが、クリスタが気にしてたからな。朝に追ってきた来た後も、一生懸命フォローしてたし……)

ユミル(だから、今からやることはサシャのためじゃない……クリスタのためだ。クリスタのために仕方がなくやるんだからな)

ユミル「ようライナー。暇なら私とお話しようぜ」

ライナー「……」


73 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/22(木) 20:30:23 ID:9RgZ4tP2

ユミル「おいおい、なんだよその顔は。組む相手が私じゃ不満か?」

ライナー「いや……驚いただけだ。お前が真っ直ぐ俺のところに来るなんて思ってなかったんでな。正直そのまま通りすぎるんじゃないかと読んでたんだが」

ユミル「そうか? 今までだってたまに組んでたろ?」

ライナー「教官に言われた時だけな。こういう誰とでも自由に組める時間は、いつもクリスタにべったりだっただろう。お前」

ユミル「ああ、そういうことか……まあ、その推測も間違っちゃいないな。今もべったりって言ったらべったりだ」

ライナー「……? どういう意味だ?」

ユミル「どういう意味でも今はどうでもいいだろ。……少し端に寄るぞ。これから話すことは、できれば他の奴らには聞かれたくないからな」スタスタ…

ライナー「……わかった。行こう」スタスタ…


74 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/22(木) 20:31:24 ID:9RgZ4tP2

サシャ「ベルトルト、ベルトルト。どこまで行くんですか? 結構ミカサたちから離れましたけど……」スタスタ…

ベルトルト「ああ、うん。そうだね……この辺でいいか」

ベルトルト(うまいこと、サシャを誘い出すことには成功した。——さて、どうやって聞こうかな……)ウーン…

サシャ「あの……こうやって組んでくれたってことは、もう怒ってないんですか?」

ベルトルト「え? 怒る? 何を?」

サシャ「……山岳訓練の、です」

ベルトルト「……あ」

ベルトルト(すっかり忘れてた……そういえば、そんなこともあったな。でも今は、正直それどころじゃないっていうか……)

ベルトルト「ええっと……確かに、やられたあの日は結構腹が立ったけど、今はそうでもないよ。君が言うとおり、あの時油断してたのはこっちだしね」

ベルトルト「それに、もう終わっちゃったことだからさ。どうしようもないことをいつまでも根に持ったりしないよ」


75 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/22(木) 20:32:23 ID:9RgZ4tP2

サシャ「……アニと同じこと言うんですね。ベルトルト」

ベルトルト「えっ、アニ? アニもそんなこと言ってたの?」

サシャ「はい。……ついでに、卒業試験で叩きのめすって言われました」

ベルトルト「……怖いね」プルプル…

サシャ「ええ、とても怖かったです……」ガタガタ…

ベルトルト(サシャのついでに僕まで叩きのめされたらどうしよう……)プルプル…

サシャ「え、ええっと……じゃあ、組みましょうか。また突っ立って話してたら教官が来るかもしれませんし」イソイソ

ベルトルト「そうだね、じゃあ……じゃないや。ちょっと待って」

サシャ「はい? なんですか?」

ベルトルト「……」

サシャ「……?」

ベルトルト「……えーっと」

ベルトルト(駄目だ……遠回しに聞く方法なんて思い浮かばないや。もう真正面から聞いちゃおう)


76 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/22(木) 20:33:37 ID:9RgZ4tP2

ベルトルト「あのさ……昨日、ライナーと何かあった?」

サシャ「……」

ベルトルト「……」

サシャ「……そんなの、本人から直接聞けばいいじゃないですか」

ベルトルト「うん、だから本人に聞いてるじゃないか。直接」

サシャ「……」

ベルトルト「昨日は帰りが遅かった上に、手を怪我してたみたいだから心配してるんだよ。でもライナーは何があったか教えてくれなかったし、夜ごはんも食べないでそのまま寝ちゃって——」

サシャ「……! 医務室、行ってないんですか?」

ベルトルト「え? えっと……それは……」

ベルトルト(確か、記録が残っちゃうから行かないって言ったんだよね……でも、まさかそのままサシャに言うわけにいかないし……)

ベルトルト「た、大したことないって本人が強がってさ。それに……それに、そうだ、この前の野戦治療演習で残ってた消毒液と包帯があったから、それで一応消毒して手当てしたんだ。だから、君は心配しなくて大丈夫だよ」

サシャ「……約束したくせに」ボソッ


77 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/22(木) 20:34:27 ID:9RgZ4tP2

ベルトルト「約束? 医務室に行く約束したの?」

サシャ「……」

ベルトルト「……」

ベルトルト(ああ、また黙っちゃった……うーん、困ったな。やっぱりそれとなく聞き出すなんて、僕には無理だよ……)

サシャ「……してません。約束なんか」

ベルトルト「えっ、してないの? ……どっち?」

サシャ「してません。——私とライナーは、関係ないんですから……そんな約束なんか、してません」

ベルトルト「関係ないって……」

サシャ「朝にライナーが言ってたじゃないですか。ベルトルトも聞いてたでしょう?」

ベルトルト「朝に? ……あっ」

ベルトルト(食堂で話してたあれか……! でも、あの時サシャは食堂にいなかったはずだ。ということは——)

ベルトルト「……もしかして、あの時廊下で聞いてたの?」

サシャ「……」


78 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/22(木) 20:35:28 ID:9RgZ4tP2

ベルトルト(き、聞いてたんだ……! 何も言わないけどわかるぞ、サシャは聞いてたんだ……! しかも、結構都合の悪いところだけ聞いてたっぽい……!)

ベルトルト(どうしよう、誤解だって言ったほうがいいのかな。でも、今はライナーがサシャとのこと忘れちゃってるし、結局昨日はどうなったのかすらわからないし……)

ベルトルト(せっかく別れたのに、よりを戻すような結果になったら……戦士に戻った後に、ライナーはまた苦しむかもしれない……)

ベルトルト(ううっ、どうすればいいんだ……ライナー、アニ……)チラッ

ベルトルト「……あれ!?」

サシャ「ひゃっ!?」ビクッ

ベルトルト(どうしてユミルがライナーと一緒にいるんだ!? ……ま、まさか、昨日のことをライナーに聞き出すつもりなんじゃ……!)ダラダラ

ベルトルト(まずいぞ……勘のいいユミルなら、ライナーの異変にも気がつくかもしれない……! どうしよう、どっちを優先したら……)オロオロ


79 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/22(木) 20:36:31 ID:9RgZ4tP2

サシャ「ベルトルト? どうしました? すごい汗ですけど……」

ベルトルト「うん……うん、ちょっと待ってね。うん……」ダラダラ…

ベルトルト(聞き出すことも誤解を解くことも後からいくらでもできる。今はあっちを先に何とかしよう!)

ベルトルト「ごめん、サシャ。……僕、ちょっと用事ができちゃった」

サシャ「はい? 用事?」キョトン

ベルトルト「うん。だから後でもう一度話を聞かせてくれる? 今は……今はちょっと……!」ハラハラ

ベルトルト(あああああ……! ユミルがなんか話してる! まずい、まずいぞ……!)

ベルトルト「ええっと……本当にごめん! じゃあね!」クルッ ダッ

サシャ「あっ……ちょっ、ベルトルト!?」

ベルトルト(ああもう、どうしてこう次から次へと問題が出てくるんだ! 戦士に戻ったら覚えとけよ、ライナー!)


80 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/22(木) 20:37:20 ID:9RgZ4tP2

ライナー「この辺りが限度だろう。あまり離れすぎても教官に注意されるからな。……で、話ってなんだ?」

ユミル「大したことじゃねえよ。——まず、山岳訓練の話だが……もう気づいているとは思うが、そのまま黙っておいてくれるとありがたい」

ライナー「……? 何のことだ?」

ユミル「いいんだいいんだ。そのまますっとぼけてくれると助かる」

ライナー「お、おう……?」

ユミル(この反応……どうやら、点数をちょろまかしてたのは私だけじゃないらしいな)

ユミル(あの順位の跳ね上がり方からして妙だとは思ってたが、これはサシャもやっちまったって考えるのが自然か)

ユミル(まあ、実直なこいつのことだから……自分がやらせちまったようなもんだって思ってるんだろうな。ライナーに追い付きたいって気持ちがなけりゃ、サシャも無茶してなかっただろうし)

ユミル(だからこそ……サシャが「一緒に行けない」って言った程度で、あっさり諦めた理由がわからないんだよな。切り捨てられないで庇っちまうくらい好いてるくせに、なんで簡単に手放したんだ? やらなきゃいけないことってのがそんなに大事なのか?)

ユミル(こいつは……こいつらは一体、何を考えてる?)ジーッ…


81 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/22(木) 20:38:19 ID:9RgZ4tP2

ライナー(山岳訓練だと……? 黙っておいてくれって何のことだ? ユミルが何かやったのか? 心当たりがまるでないんだが……)

ライナー(もしかして、話す相手を勘違いしてるんじゃないだろうな? ……怒鳴られるかもしれんが、確かめてみるか)

ユミル「……お前さぁ、昨日は——」

ライナー「待てユミル。……その山岳訓練の話とやらで、一つ確認しておきたいことがあるんだが」

ユミル「ん? なんだよ」

ライナー「お前、話す相手を間違ってないよな? さっきから何を言いたいのか、俺にはさっぱり——」

ベルトルト「ちょっと待ったぁっ!!」ズザザザザ——ッ!

ライナー「」ビクッ

ユミル「」ビクッ


82 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/22(木) 20:39:13 ID:9RgZ4tP2

ベルトルト(ま、間に合った……! かな……!?)ゼエハア

ユミル「な、なんだよベルトルさん。何か用か? えらい勢いで走ってきたが……」

ベルトルト「ユミル……!」ガシッ

ユミル「ひっ!?」ビクッ

ベルトルト「僕……僕! 今、すごくユミルと組みたい! ユミルがいい!」ハァハァ

ユミル「は、はぁ……!? 息切れしながら気持ち悪いこと言うんじゃねえ!! あっち行け、手も離せこら!」ブンブン

ベルトルト「絶対に離すもんか……!」ギギギ…

ユミル「他にいくらでも相手がいるだろ!! なんで私なんだ!!」

ベルトルト「ユミルじゃないと駄目なんだよ……! 他の子じゃ意味がないんだ……!」ハァハァハァハァ

ユミル「そんなの知らねえよ!! ていうかせめて息整えてから話せっての!!」ブンブン


83 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/22(木) 20:40:14 ID:9RgZ4tP2

ライナー「べ、ベルトルト……? ユミルとは、俺が組んでたんだが……」オロオロ

ベルトルト「君はあっちにいる暇そうなダズと組むこと!! いいね!?」ハァハァ

ライナー「え? ……いや、ちょっと待ってくれよ。俺たちはまだ話の途中で——」

ベルトルト「それ全部僕が聞いとくから!!」

ライナー「お、おう? そうか?」

ベルトルト「そういうこと!! じゃあユミルもらってくから!!」ズルズル…

ユミル「ちょっ……! 待てこら離せ!! 私はお前じゃなくてライナーに話があるんだ!!」ジタバタ

ベルトルト「僕は今からライナーになる!!」

ユミル「意味わかんねえよ!! はーなーせー!!」ジタバタジタバタ

ライナー「……」

ライナー「……なんだったんだ今の」


84 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/22(木) 20:41:36 ID:9RgZ4tP2

—— 昼 食堂

ライナー(あの後はベルトルトがユミルにべったり貼り付いてて、結局話が聞けなかったな……今も食堂に来てねえし、どこかで何か話してんのか?)

ライナー(後でユミルを探すか……もしくは、技巧の時間になんとか捕まえて続きを聞くか? だが、どうも話す相手を間違ってるような気がするんだよな。山岳訓練で思い当たることなんて特にないし……)ウーン…

ジャン「よおライナー、朝からお疲れさん」ガタッ

マルコ「ここ座っていいかな? それとも後から誰か来る予定?」

ライナー「ああ、ジャンにマルコか。誰とも約束してないから座っていいぞ」

ジャン「約束してなくても勝手にあいつのほうから来るんじゃねえか?」

マルコ「あはは、そうだね。今は見当たらないみたいだけど……もう食べ終わったのかな? それともこれから来るのかな」キョロキョロ

ライナー(……? あいつって誰だ? ベルトルトのことか?)

ジャン「それよりお前、今日は色々と散々だな。スープ取られるわ洗濯させられるわ……さっきの試験前も相手取られてたしよ」

マルコ「でもさ、ベルトルトが大声張り上げるなんて珍しいよね。目立つのは好きそうじゃないのに、あんな事するなんて……よっぽどユミルの相手をしたかったのかな」

ライナー「さあな、俺にもよくわからん」ハァ…


85 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/22(木) 20:42:30 ID:9RgZ4tP2

コニー「ライナー、ライナー!」タタタッ

ライナー「コニー? どうした、何か用か? 座りたいなら少し詰めるが」

コニー「いや、席はあるから大丈夫だ。——あのさ、俺のパンをサシャにやってもいいか? 朝に少し残した分なんだけどよ」

ライナー「……? コニーの好きにしたらいいんじゃねえか?」

コニー「そうか? 一応お前に聞いてからのほうがいいと思ったんだけどさー。——んじゃやってくるわ!」ダッ

ジャン「勝手に渡せばいいものを、わざわざ聞きに来るとは……律儀な小坊主だな」

マルコ「こら、小坊主とか言うなよ。……律儀なのはまあ、コニーだからね」


86 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/22(木) 20:43:15 ID:9RgZ4tP2

ライナー「なあ、なんでコニーは俺に聞いたんだ? お前ら何か知ってるか?」

マルコ「なんでって、そりゃあ……ねえ?」

ジャン「お前があいつの保護者だからじゃねえの?」

ライナー「……俺はいつからサシャの保護者になったんだ」

ジャン「……」

マルコ「あー……そういう……」

マルコ(つまり、保護者という認識はないってことだから……なるほどなるほど、新しい惚気かな?)

ジャン「……あー、イライラする」チッ

ライナー「??」


87 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/22(木) 20:44:16 ID:9RgZ4tP2

—— 調理場

ミカサ「……」ジーッ…

ミカサ(どうやら、昼はきちんと食堂に来たみたい。……でも)

ミカサ(……絶対におかしい。朝は食べていないはずなのに、スープを半分以上残している)

ミカサ(マフラーを巻いただけでは、元気が出なかったのだろうか……でも、あの方法はエレンが教えてくれたもの。効かないはずがないし、サシャだってにこにこ笑っていた)

ミカサ(……こうなったら、アルミンにも相談してみようか。エレンの言うことを信じないわけではないけど、何かしら違った意見が聞けるかもしれない)

ミカサ「……」ソワソワ

ミーナ「? ミカサ、どうしたの? トイレ?」

ミカサ「ううん、違う。トイレじゃない。……少し、用事を思い出して」ソワソワ

ミーナ「用事? だったら先に済ませてきちゃいなよ。もうしばらくは暇だし」

ミカサ「急ぎの用事ではないので、後からでも大丈夫。ここにいる」フルフル

ミーナ「そう? だったらいいけど……でもさ、そんなそわそわしててお皿洗えるの? 割ったりしない?」

ミカサ「しない。私は強い。すごく強い。……ので、ちゃんと洗える。一人でも」

ミーナ「いやいや、一人で洗わなくてもいいけどさ」


88 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/22(木) 20:45:02 ID:9RgZ4tP2

ミーナ「……」

ミカサ「……」ソワソワ

ミーナ「……」

ミカサ「……」ウロチョロ

ミーナ「……用事、済ませてきたら?」

ミカサ「大丈夫。ここにいる」フルフル

ミーナ「うーん……じゃあ、言い方変えるね。——『見ててこっちが落ち着かないから、先に用事済ませてきて。お願い』」

ミカサ「でも」

ミーナ「でもじゃない。……ほら、ここは私に任せて行った行った」グイッ

ミカサ「……わかった、すぐ戻ってくる。ありがとうミーナ」

ミーナ「どういたしまして。しっかり解決してから戻ってきてねー」フリフリ


89 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/22(木) 20:47:14 ID:9RgZ4tP2

—— 物干し場

ライナー「……」ペシペシ

ライナー(晴れてるせいか乾きが早いな。これなら夕方に取り込んで、夜の間は部屋干ししても問題なさそうだ。午後に雨が降らなきゃいいんだが……)

ライナー(ん? 袖から雫が垂れてるな。絞るのが甘かったか?)ギュー… ポタポタ

ライナー(これでよしっと……おっと、手が濡れちまったな。ハンカチハンカチ)ゴソゴソ フキフキ

ライナー(しかし、ベルトルトもユミルも見かけねえなぁ。どこ行っちまったんだか……)ゴソゴソ…

ライナー(……? なんだかハンカチがしまいにくいな。中に何か入ってんのか?)

ライナー(奥に押し込んでるから取りづらいな……よっと)ズルンッ

ライナー「布? ……じゃねえな。これもハンカチか」

ライナー(二枚も入れるわけねえから……ポケットに突っ込んだまま、一緒に洗濯しちまったってことか。一応毎回確認してるんだけどな……)

ライナー(しかし、こんな柄のハンカチなんか持ってたか? 斑模様なんて買った覚えがないんだが)ピラッ

ライナー(色も……なんだこりゃ? 赤……というか、赤黒いな。まるで血みたいな——)


90 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/22(木) 20:48:33 ID:9RgZ4tP2

ライナー「……」

ライナー「うっ、うおおおおおおっ!?」バシーン!! ズザザザザッ!!

ライナー(な、なんで血塗れのハンカチがポケットの中に入ってんだ!? 誰かの嫌がらせか!? それとも俺が寝ぼけて自分で突っ込んだのか!?)ドキドキ

ライナー(驚いて、思わず地面に叩きつけちまったが……このまま放置するわけにはいかねえよな。回収しねえと……)キョロキョロ

ライナー(でも、あんな不気味なもんを素手で触るのはな……ちょっと長いが、物干し竿を借りるか)ガコンッ

ライナー(……中から変なものが出てきませんように)

ライナー「……」ツンツン

ライナー「……」ベシベシ

ライナー「……」

ライナー「……」スッ…

   「……何してるの」

ライナー「ぎゃあっ!?」ビクッ!!


91 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/22(木) 20:50:08 ID:9RgZ4tP2

ライナー「み、ミカサか……驚かすなよ! びっくりするだろ!」ドキドキ

ミカサ「そんなつもりはなかった。ごめんなさい。……ところでこれは何?」ヒョイ

ライナー「こら、触るんじゃない! 呪われても知らねえぞ!」ビクビク

ミカサ「……」サワサワ

ライナー「お、おい……」

ミカサ「……」

ライナー「……」ビクビク

ミカサ「……あっ」

ライナー「な、なんだどうした!! 呪われたのか!?」

ミカサ「違う。……何か出てきた」ビローン…

ライナー「……? なんだそりゃ? 虫の死骸か何かか?」

ミカサ「違う。ひも」

ライナー「ひも?」

ミカサ「正確には髪ゴム。……見て」ビヨンビヨン


92 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/22(木) 20:51:00 ID:9RgZ4tP2

ライナー「おおっ、伸びたな。しかしそれで髪を結うのか? 短すぎて使えねえだろ」

ミカサ「伸びるから大丈夫。……使うつもりなら結んであげる。アルミンが」

ライナー「お前じゃないのか」

ミカサ「こういうのはアルミンが得意。今から行くので一緒に行こう。ついてきて」スタスタ…

ライナー「……俺は使うとは一言も言ってないんだが」

ミカサ「ハンカチも返す。はい」ポイ

ライナー「うおっ!?」ササッ

ミカサ「? どうして避けるの? また地面に落ちてしまった」ヒョイ

ライナー「いや、返されても使い道がないしな……それに、受け取るのは……その、怖いっつうか……」モソモソ

ミカサ「そもそも、このハンカチは誰の?」

ライナー「知らん。俺のじゃないことは確かだ」

ミカサ「そう。……なら、焼却炉に捨ててくる」スタスタ…

ライナー「! そうか? そりゃ助かる——」ハッ


93 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/22(木) 20:52:06 ID:9RgZ4tP2

ライナー(待てよ……逆に、捨てた途端に呪われるようなシロモノじゃねえだろうな……!?)

ライナー(ベルトルトが前に話した怪談の中で、そういうのがあったよな……あれはハンカチじゃなくて人形だったが……)

ライナー「待てミカサ。……やっぱりくれ、そのハンカチ」

ミカサ「? 使うの?」キョトン

ライナー「使わねえ。使わねえが……捨てたら、後悔するような気がする」

ミカサ「そう。じゃあ受け取って」ズイ

ライナー「……」ササッ

ミカサ「触りたくないなら無理やりポケットに突っ込んであげる。どこがいい?」

ライナー「……右胸で頼む」

ミカサ「わかった。——ふんっ!!」ズボッ

ライナー「」ビクッ!!

ミカサ「これでよし。……では、アルミンのところに行く」スタスタ…

ライナー「……おう」


94 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/22(木) 20:53:04 ID:9RgZ4tP2

—— とある空き教室

アルミン「……で、なんだって? 女子力が何?」

エレン「だからさ、女子力をつけると強くなるらしいんだよ」

アルミン「うん……うん、わかった。そこまではわかったよ。それで? 次に君はなんて言った?」

エレン「アルミンもやろうぜ」

アルミン「嫌だよ」

エレン「なんでだよ!! お前いつも『僕も……ミカサやエレンみたいに強くなりたい……!』って言ってたじゃねえか! 女子力くらい我慢してつけろよ!!」

アルミン「強くはなりたいけどさ、どっちかっていうと僕は男らしくなりたいんだけどな。それこそライナーとかベルトルトみたいな」

エレン「あいつらも女子力が充実してんだぞ!!」

アルミン「とてもそうは見えないよ……ええと、アニからその話聞いたんだっけ? からかわれてるんじゃないの?」

エレン「騙すならもっとマシな嘘つくだろ?」

アルミン「う、うーん……? そうかなぁ……?」


95 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/22(木) 20:55:00 ID:9RgZ4tP2

ミカサ「アルミン、エレン。ここにいたの?」ガチャッ

エレン「ん? ああ、ミカサと……ライナーか? 二人で何してんだ?」

ライナー「ちょっとその辺で会ったんでな。ついてきたんだ」

アルミン「ふうん……あれ? 今日はミカサ、ずっと食事当番じゃなかったっけ? こんなところにいていいの?」

ミカサ「大丈夫。断った上で抜けてきた。……アルミンにすぐ相談したいことがあって」

アルミン「僕に相談? ライナーも?」

ライナー「いや、俺は付き添い……でもないか。俺もお前に用があるんだ」

アルミン「僕に?」

エレン「俺は?」

ライナー「……すまん、今は特にない」

エレン「……そっか」シュン

ミカサ「先にライナーの用事を済ませてしまおう。……アルミン、これを結んであげてほしい」スッ


96 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/22(木) 20:57:58 ID:9RgZ4tP2

アルミン「ああ、髪ゴムだね。ミカサのかな?」

ミカサ「ううん、ライナーの。……らしい」フルフル

アルミン「ライナーの……ということはあれだね。いいよ、やってあげる」

エレン「俺がやる! 俺にやらせてくれ!」

ミカサ「駄目。エレンはこういうのはへたくそ」ブンブン

エレン「へたくそって言うなよ! 傷つくだろ!」プンスカ

アルミン「はいはい、喧嘩しない喧嘩しない。——でも、この短さだと輪っかがかなり小さくなっちゃうよ? それでもいい?」

ライナー「ああ、大丈夫だ。……すまねえな、アルミン」

アルミン「気にしないでよ。これがないと眠れないんでしょ?」クスクス

ライナー「……? あ、ああ」

エレン「リラックスして寝るためのおまじないだっけ? 確かに一昨日と昨日は寝入ってたよな、ライナー」

ライナー「……そうなのか?」

エレン「ああ、ぐっすり寝こけてたぜ」

ライナー(あんな細っこいもんにそんなすげぇ効果が……? なら、一緒に持ってたハンカチもそういう曰くつきなんじゃねえか? よくわからないが……)

ライナー(迂闊に捨てなくて正解だったな。……あのハンカチも、もうしばらくは持っておこう)


97 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/22(木) 20:59:31 ID:9RgZ4tP2

アルミン「はいできた。こんな感じでどう?」

ライナー「おお、充分だ。ありがとうなアルミン」

アルミン「どういたしまして。また千切れたら持ってきてね、結んであげるから。——それで、ミカサの相談したいことって何? このタイミングってことは技巧の話かな?」

ミカサ「違う。サシャのことについて相談に来た」

アルミン「サシャの?」

エレン「ああっ! そうだ、サシャで思い出した! ——なあライナー、お前昨日サシャと何かあったのか?」

ライナー「は? ……いや、何もないが」

エレン「本当かよ? 昼飯食った後にどこか行ったりとか、何か変なこと話したりとかしてねえか? あったら教えてくれ、頼む!」

ライナー「んなこと言われても、昨日はただメシを食いに行っただけだしな。しかも本命の店には行けなくて、代わりに……」

ライナー(……あれ? 昨日は代わりにどこでメシを食ったんだ? 他の店に入ったんだっけか? ……いや、違う気がするな)

ライナー(待てよ……そもそも俺はいつ寮に帰ってきたんだ? すぐに帰ってきたのか、それとも夕方まで街にいたのか?)

ライナー(朝のあいつは、夕方に俺とサシャを営庭で見たって言ってたよな。——だが、サシャと一緒に帰ってきた記憶なんて、少しも……)


98 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/22(木) 21:00:15 ID:9RgZ4tP2

ミカサ「エレン、流石にその聞き方はぶしつけだと思う。もう少し考えて」

アルミン「そうだよ、何もそんなストレートに聞かなくてもいいじゃないか。話しにくいことだってあるだろうし……」

エレン「そりゃあ、俺だってこんなことしたくねえけどさ。女子力をつけるためには必要らしいんだよ。仕方ねえだろ……」シュン

ミカサ「女子力? ……何の話?」キョトン

エレン「女子力を手っ取り早く身につけるには恋バナが有効らしいんだ」

ミカサ「……アルミン、エレンが何を言ってるのかわからない」

アルミン「うん、それは後で説明してあげるね。説明してもわからないだろうけど。——ごめんねライナー、言いにくいなら無理に答えなくてもいいよ? エレンは僕が説得しておくから……」

ライナー「……」

アルミン「……? ライナー?」

ミカサ「どうしたの? 顔が青いけれど……」

ライナー「いや……なんでもない。少し目眩がしただけだ」


99 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/22(木) 21:01:08 ID:9RgZ4tP2

アルミン「調子が悪いなら医務室に行く? 支えてあげるくらいなら僕らにもできるけど……」

ライナー「駄目だ。医務室に行ったら記録が残っちまうからな……」

エレン「は? 当たり前だろ? 記録残さねえと教官に変に疑われちまうぞ?」

ライナー「……」ハッ

アルミン「前にそれで罰則受けた訓練兵がいたよね。医務官を通さないで勝手に傷の治療をして、消毒薬の瓶を丸ごと空けちゃった子」

ミカサ「薬もタダではないから、ある意味当然といえば当然。お金を請求されてもおかしくないくらい」

エレン「おかげで俺らもとばっちり受けちまってるけどなー。医務官がいないと医務室開けてもらえねえから、夜メシの後に指切ったら朝までそのままなんだよな。本当困るぜ」ハァ

ライナー「……なあ。さっきの俺、何か言ったか?」

エレン「……? だから、医務室に行ったら記録が残るんだろ? だよな?」

アルミン「うん。どうも記録を残したくないみたいに僕には聞こえたけど……」

ミカサ「私にもそう聞こえた。……成績を気にしてるのかもしれないけれど、目眩ならきちんと診てもらったほうがいい。明日の立体機動の試験に関わるかもしれない」

ライナー「そう……だな。このままじゃ、まずいよな……」


100 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/22(木) 21:02:05 ID:9RgZ4tP2

ライナー「……悪い。先に戻る。結んでくれてありがとうな、アルミン」フラフラ…

アルミン「えっ、戻るって……部屋に戻るなら送って行こうか? 僕たち、他に用事もないし……」

ライナー「部屋までなら一人で行ける。大丈夫だ……目眩も、横になったら治るだろ」

エレン「ライナー……その、悪い。変なこと聞いちまったよな、俺」シュン

ライナー「いや、エレンのせいじゃない。気にするな。……ただ、もしかすると横になったまま寝こけちまうかもしれねえからな。試験の二十分前になっても見かけなかったら起こしに来てくれないか?」

エレン「ああ、それくらいなら任せてくれ。俺が責任持って起こしに行く!」

ライナー「なるべくそうならないようにするけどな。……じゃあ、また後でな」スタスタ… ガチャッ

エレン「……やっぱり、聞き方がまずかったかな」ウーン…

アルミン「そうだね、エレンはもうちょっと駆け引きを覚えたほうがいいかもね。なんでもかんでも真正面から聞いて教えてもらえるとは限らないよ?」

エレン「うーん、ライナーなら教えてくれると思ったんだけどなー……」ポリポリ

ミカサ「エレン、後でライナーに謝りに行こう。私もついていってあげるから」

エレン「……前にお前、アルミンに同じこと言われてなかったか?」

ミカサ「知らない。気のせい」ブンブン


101 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/22(木) 21:02:52 ID:9RgZ4tP2

—— とある廊下

サシャ「……」

サシャ(お腹、痛いです……)ズキズキ…

サシャ(なんだか頭もくらくらしますし、無理にでも朝食べればよかったですね……でも、朝は……)

サシャ(……わかってるんです。本当は……朝のあれは、私を守るためについてくれた嘘だって……)

サシャ(なのに……嘘なのに、こんなにさびしいなんて……)

サシャ(今までと同じじゃなくても……違う関係なら、まだ築けるかもしれないって思ってましたが)

サシャ(これじゃあ、もう……無理ですよね。私のせいであんな噂を立てられるなら、あまり近づかないほうが、いいですよね……)

サシャ(もう、話しかけることも……できないかも……)ジワッ…

サシャ「……」ゴシゴシ

サシャ(あと、三週間とちょっと……兵団が同じだったら、もっと長い間……)

サシャ(もしライナーが調査兵団を選んだら、違う兵団に行くべきなんでしょうか。そのほうが、……っ)ズキズキ…


102 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/22(木) 21:04:25 ID:9RgZ4tP2

サシャ「痛くない、痛くない……」ブツブツ…

サシャ「忘れなくちゃ……気のせいだって、こんなの、嘘なんだから……」

サシャ「ユミルが言っていた通り、食べれば治るんです。……食べれば、痛くなくなるんですから……」

サシャ「関係ない、関係ない……関係、ない……」

サシャ(……そうですよ。一人でも大丈夫だってところ……ちゃんとライナーに見せなくちゃ)

サシャ(ああやって、いつまでも庇われてる場合じゃないんです。……一人でも平気だってところを見せないと、またライナーに心配かけちゃいます)

サシャ(もっと頑張らなきゃ……頑張って、ライナーに心配かけないようにしないと!)グッ

サシャ「よしっ!」スクッ

サシャ(いつまでもこうしてはいられません! 次は技巧でしたよね、寮に戻って少し復習しておきましょう!)


103 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/22(木) 21:05:44 ID:9RgZ4tP2

ライナー「……」フラフラ…

ライナー(昨日は、店には行かなかったんだ。……そのはずだ。それは覚えてる)

ライナー(だが……その代わりに、どこに行って、何をしたか……思い出せない……)

ライナー(なんで覚えてないんだ……? どこかで頭でも打ったのか?)

ライナー(もしかすると、このハンカチの血は俺のなんじゃねえか? 記憶が飛ぶほど強く頭をぶつけて、その傷を押さえるか血を拭うかして……)

ライナー(……それはないか。この出血量だと相当深い傷らしいしな。自分で触った限り、頭にそんな傷はなさそうだ。一晩で塞がったわけでもないだろうし)サスサス

ライナー(そもそも、昨日使ったなら訓練服にハンカチが入ってるわけないからな。昨日は帰ってすぐ寝たらしいから、まだ私服に入れっぱなしになってるはずだ)

ライナー(やっぱりこれは、誰かの嫌がらせって線が濃厚だな。——まあ、ハンカチの件は後で考えるか。先に飛んじまってる記憶をなんとかしよう)

ライナー(ベルトルトに相談……いや、「記憶が飛ぶなんて気味が悪い」って言われたらヘコむな。やめておこう)ブンブン

ライナー(サシャに話を聞くのが一番手っ取り早いんだろうが、今朝から妙にタイミングが合わないんだよな。さて、どうしたもんか……)

   「よしっ! 午後も頑張りましょう!」スクッ!


104 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/22(木) 21:06:31 ID:9RgZ4tP2

ライナー「おっ、ちょうどよかった。——サシャ!」

サシャ「……ライナー?」ピクッ

ライナー「ちょっといいか? お前に聞きたいことがあるんだが」スタスタ…

サシャ「……」

ライナー「大したことじゃないんだけどな、昨日二人で出かけただろ? そのことで少し——」

サシャ「……私はないです。話すことなんて」

ライナー「いや、お前にはないかもしれんが俺にはあるんだ。——それでだな、」

サシャ「……」プイ スタスタ…

ライナー「……? おい、ちょっと待てよ。何も無視することねえだろ」スタスタ…

サシャ「私は忙しいんです。技巧の試験の前に、色々と復習しないといけないんです」

ライナー「そうなのか? そりゃすまねえが……だが、こっちも急ぎなんだ。すぐに終わらせるから少し付き合ってくれないか?」

サシャ「無理です。すごく忙しいんです。大変なんです。ライナーに構ってる暇はありません」スタスタスタスタ…

ライナー「だから、何も構ってくれって言ってるんじゃない。少し話を聞かせてほしいだけなんだ」スタスタスタスタ…


105 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/22(木) 21:07:42 ID:9RgZ4tP2

サシャ(ううっ、ライナーってばしつこいですね……! もうっ!)

サシャ「何も話すことなんかないですってば! 私のことはほっといてくださいよ!」ダッ

ライナー「あっ……おい、待てって! 逃げるな!」ダッ

サシャ(わあああ! 追って来ちゃいました! どうしましょうどうしましょう!)タッタッタッ

サシャ(というか、この姿見られたら二人で遊んでるって思われちゃいますよね!? できるだけ、人目を避けて逃げないと……! えっと、えっと……!)キョロキョロ

サシャ(と、とにかく外に……営庭さえ通らなければなんとかなるはずです! 適当な物陰でやり過ごして、寮にさっさと戻りましょう!)ヒョイ

ライナー(……! 兵舎の外に出たか。本気で逃げ回る気なのか、それともそのまま女子寮に逃げこむつもりか……)

ライナー(ともかく、さっきのサシャの反応ではっきりした。——恐らく昨日は何かがあったんだ。俺の記憶がぶっ飛んで、あいつが聞き出されるのを嫌がるほどの何かが……!)

ライナー(無理やり聞き出すのは気乗りしないが、このままじゃ俺だってすっきりしないままだ。……悪いが付き合ってもらうぞ、サシャ)

ライナー(簡単に女子寮まで辿り着けると思うなよ……! 本気で追わせてもらうからな!)ダッ


106 : ◆H4iwFNXQsw 2014/05/22(木) 21:08:31 ID:9RgZ4tP2
区切りが微妙なんですがお待たせしまくってるので一旦投下 次回は二人のラブラブなんだか本気なんだかわからない鬼ごっこから
ここまでで全体の三分の一 の手前辺りです。今回もかなり長くなりそう

113 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/03(火) 21:03:55 ID:oBFHsesc

—— しばらく後 とある小屋付近

サシャ「……」キョロキョロ

サシャ「よし、こっち側からなら……」タタタッ

サシャ「……あっ」

ライナー「……」スタスタ…

サシャ「……」コソコソ

サシャ(完全に撒いたと思ったのに、まさか先回りしてるなんて……! ——ライナー、なかなかやりますね。今度コニーと鬼ごっこする時に混ぜてあげましょう)グヌヌ

サシャ(でも、これからどうしましょうか……営庭を避けて女子寮に行くには、あの小屋の横を通らないといけませんし)チラッ

サシャ(ライナーの横を通り抜けるだけなら難しくないと思うんですけど、その後が大変なんですよね。この空腹状態で、ライナーを振りきれるんでしょうか……)グー…

サシャ(やっぱり、無理してでもごはん食べておくべきでしたね。……そういえば、残したスープって一体どこに行くんでしょう? 食事当番で分け合うんでしょうか、それとも捨てちゃうんでしょうか)

サシャ(ああ、お腹空きましたぁ……)グー…


114 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/03(火) 21:04:48 ID:oBFHsesc

ライナー(女子寮に戻るためのルートなんざいくらでもあるが、どうもサシャは営庭を通ることだけは避けてるらしいからな。先を読んで回りこむなんて簡単だ。……しかし)

ライナー「……」チラッ

ライナー(あそこの木箱の陰から聞こえてきた腹の虫は、どう考えてもサシャだよな……? あいつ、コニーからまだパンもらってないのか?)

ライナー(朝も昼も見かけなかったが、メシはきちんと食って……るよな。そうじゃないとこうして逃げ回れねえはずだ)

ライナー(……よくよく考えたら、律儀に追いかけないで食いもんで釣ればよかったんじゃないか?)ハッ

ライナー(けど、今は食べるようなもん持ってないしな……。夜メシは明日の試験のためにも抜くわけにはいかねえし)

ライナー(そもそも、なんでサシャにここまで逃げられなきゃならねえんだ? 話くらい聞かせてくれてもいいだろうに)

ライナー(それとも……昨日はそれほど深刻なことをやらかしちまったのか? もしそうなら、ああやって逃げられても仕方がないか)

ライナー(だが……そのことを謝るにしたって、サシャから話を聞かないとこっちは何もできねえんだ。……なんとも情けない話だが、俺は覚えてないんだから)

ライナー(とにかく、サシャをとっとと捕まえるか。このままだと昼休みが全部潰れちまうしな)スタスタ…


115 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/03(火) 21:05:27 ID:oBFHsesc

サシャ(いっそのこと、営庭を一気に抜けてしまいましょうか。この距離なら全速力で走れば振りきれるでしょうし、流石に女子寮の中までは追ってこな……追ってきませんよね? 大丈夫ですよね?)

サシャ(……いえ、考えてる暇があったら動くべきです! ここでぼんやりしてたらライナーに見つかっちゃいますし!)

サシャ(よし……! そうと決まれば、なんとかライナーがあっちを向いてる隙に……)クルッ

ライナー「……」ジーッ…

サシャ「……」

ライナー「……」ジーッ…

サシャ「……」コソコソ

サシャ(あっちどころか、私のほうをじっと見てるんですが……ええと、どうしましょう……?)

ライナー「おーいサシャ、出てこーい」

サシャ(ああああ……! 呼ばれちゃってます……! バレバレじゃないですかぁ……!)

サシャ(……仕方ありません、こうなったら真っ向勝負ですよ、ライナー!)スクッ


116 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/03(火) 21:06:22 ID:oBFHsesc

サシャ「ふふふふふ……! よくぞ私のいるところがわかりましたね! お見事です!」

ライナー「結構バレバレだったぞ」

サシャ「えっ? ……い、いえ、決してそんなことは」

ライナー「本気で隠れたいなら腹の音も押さえないとな。あまりにもでかいんで、巨人の唸り声かと思ったぐらいだ」

サシャ「きょっ、巨人……!? そんなに大きくありませんよ! 何言ってるんですか!!」

ライナー「いいや、離れた俺のところまで聞こえたんだから相当なもんだろ。……お前、今日はまともにメシ食ってないんじゃないのか? コニーが心配してたぞ?」

サシャ「え、ええっと……ごはんは、その…………あっ」グー…

ライナー「おっ。それだそれ、その音だ」

サシャ「う、ううっ……!///」サスサスサスサス

ライナー「擦って収まるわけねえだろ」

サシャ「……わー! わぁーっ! わああああっ!」グー…

ライナー「誤魔化しきれてないぞ」

サシャ「……っ///」プルプル…

サシャ(ああもう、なんでこんなタイミングで……っ!///)カアアアッ…


117 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/03(火) 21:07:34 ID:oBFHsesc

ライナー(ほー……サシャにも腹の音を気にするなんてところがあったんだな。あそこまで顔を赤くするとは意外だ)

ライナー(……少しだけ煽ってみるか。うまくいけば昨日のことも勢いで聞けるかもしれん)

ライナー「なあサシャ、いい加減逃げ回らないでほしいんだがな。それだけでかい腹の音じゃ、また隠れてもすぐに見つけられるぞ」ジリッ…

サシャ「うっ……!」

サシャ(ま、また大きいって言った……! いくらなんでも酷いです……!)ガーン…

ライナー「もう観念したらどうだ? 第一、お前が俺に敵うわけねえだろ」

サシャ「……!」カチンッ

ライナー(ただの追いかけっこならまだしも、こっちは行き先がわかってるからな。しかもあれだけでかい腹の虫じゃ、朝も昼もろくに食ってねえってことだろうし、いずれ体力が尽きるはずだ。……そこまで深追いしたくはないが)

サシャ「……なんですかそれ。私じゃライナーに追いつけないって言いたいんですか?

ライナー「ん? ……いや、追ってるのは俺のほうだぞ? お前じゃない」

サシャ「……」ムカムカ

サシャ(今まで……ずーっとここまで、私はライナーのこと追いかけてきたのに……)

サシャ(……つまりは、相手にもされてなかったってことですか)ムカムカムカムカ


118 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/03(火) 21:08:30 ID:oBFHsesc

サシャ「……わかりました、奥の手を使います」

ライナー「奥の手……?」

サシャ「これだけは使いたくなかったんですけどね。——それっ!」ダッ

ライナー「あっ、この……!」

ライナー(しまった、横を抜けられた!)

ライナー「こら、逃げても無駄だって言ってるだろうが! おとなしく捕まれ!」ダッ

サシャ「捕まえられるなら捕まえてみてくださいよ! ——とうっ!」ダンッ!!

ライナー「なっ……!?」

ライナー(あいつ、屋根の上に飛び上がりやがった……! どういう運動神経してんだ!?)

ライナー「おい降りろ! 落ちたらどうする!」

サシャ「落ちませんよ—だ! ——ふんだ、もう追ってこないでくださいよ!」ダッ

ライナー「追わねえわけにいくか! おいサシャ——」

サシャ「いーっだ!!!!」タッタッタッ…


119 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/03(火) 21:09:10 ID:oBFHsesc

ライナー「……」ポカーン…

ライナー「……」

ライナー「『いーっだ』ってお前……ガキじゃねえんだから……」

ライナー(しかも、追い詰められたら屋根の上を走って逃げるって……猫かあいつは)

ライナー(逃げ回るのを諦めさせるつもりだったんだが、逆にムキにさせちまったな。足を滑らせて落ちなきゃいいんだが……)

ライナー(……悩んでないで追いかけるか。——だが、あいつどこからどうやって降りるつもりなんだ? 女子寮の屋根に飛び移るなんて芸当はできねえだろうし、何かアテが……ん?)チラッ

ライナー(蹄の跡……? そうか、ここは厩舎の近くか。ということは……)キョロキョロ

ライナー(そうだ、確か……この小屋の裏手に、馬用の飼い葉が積んであったはずだ。……もしかして、そこに着地するつもりなのか?)

ライナー(……よし、先回りしてやる。木や山に登るのは簡単でも、降りるのは難しいからな。今から追いかけても間に合うはずだ!)ダッ


120 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/03(火) 21:10:03 ID:oBFHsesc

—— 小屋の屋根の上

サシャ「ひぃ、ひぃ……」ヨロヨロ…

サシャ(お腹痛くて、登るので精一杯です……)ゼエハア

サシャ(もう追ってこないでしょうし、ちょっと屋根の上で休みましょう。……ああ、疲れた)ペタン

サシャ(屋根の雪、全部溶けちゃっててよかったです……冬まっただ中だとこの手は使えないんですよね。屋根自体も濡れてて危ないですから)

サシャ(……そういえば、ライナーの聞きたいことってなんだったんでしょうか。結構切羽詰まってるみたいでしたけど)

サシャ(昨日……と言ったら、怪我のことでしょうか。確か医務室には行ってないんですよね。そのことについて、何か聞きたいことがあったとか……?)

サシャ(……ライナーの話、ちゃんと聞いてあげればよかったですね。さっきは周りに人がいませんでしたし、それに……もう、話す機会なんて、ないかもしれないのに……)ジワ…

サシャ「……」ゴシゴシゴシゴシ

サシャ(早く寮に戻って、試験の準備をしましょう。もう時間は少ないですけど、何もやらないよりかはマシです……)


121 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/03(火) 21:10:43 ID:oBFHsesc

—— 小屋の裏手 軒下

ライナー「……」ジーッ…

ライナー(さて、飼い葉が積んである場所は見つけたが……おかしいな。サシャが降りた形跡がないぞ)キョロキョロ

ライナー(溶けた雪で地面がぬかるんでるからな。着地したら跡ぐらいは残るはずなんだが……まだ上から降りてきてないのか? もしくは、他の場所から飛び降りたか……)

ライナー(……もう一周だけ見てくるか)スタスタ…


122 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/03(火) 21:11:48 ID:oBFHsesc

—— 小屋の裏手 屋根の上

サシャ「……」キョロキョロ

サシャ(よし、ライナーはいませんね。うまく撒けたみたいです)

サシャ(ええっと、飼い葉は……あらら、思ったより位置がズレてますね。もうちょっと移動しないと……)ズリズリ…

サシャ(あれ? なんだか、この前見た時より量が少ないような気が……? 気のせいですかね?)

サシャ(うーん、上からだとわかりにくいですね。——ちょっとだけ離れて、少しだけ身を乗り出してっと……)ズリズリ… ググッ

サシャ(ふむふむ……あれくらいの高さなら大丈夫そうです。あの上に着地さえできればなんとか——)

サシャ「う、うぐぐっ……!」プルプルプルプル…

サシャ(ううっ……! これ……この体勢、かなりキツいです、早く戻らないと……)グググッ…

    「おい! 危ねえぞ!!」

サシャ「えっ? ——わあっ!!」グラッ…

サシャ(おっ、落ちる……っ!)


123 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/03(火) 21:12:42 ID:oBFHsesc

—— 小屋の裏手 軒下

ライナー(一周したが、俺の足跡しかなかったな。——しかし、地面がぬかるんでるせいでブーツが泥だらけだ。後で拭き取らねえと……)スタスタ…

   「う、うぐぐっ……!」

ライナー(……? 上から声が——)チラッ

ライナー(!? な、何やってんだあいつは……! 屋根からあんなに身を乗り出す奴があるか!)

ライナー「おい! 危ねえぞ!!」

サシャ「えっ? ——わあっ!!」グラッ…

ライナー「!! サシャ!!」ダッ

ライナー(駄目だ、ここからじゃ間に合わない……っ!)


124 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/03(火) 21:13:28 ID:oBFHsesc

サシャ「う、ううっ……!」ガシッ…

ライナー(……! よかった、かろうじて屋根にしがみついたか……! だが、あのままじゃ——)

ライナー「待ってろ、下で受け止める!」ダッ

サシャ「……! いっ、いいです! 大丈夫ですからっ、来ないでください……っ!」プルプル…

ライナー「強がってる場合か! どこも大丈夫じゃねえだろ!」

サシャ「違います、本当の本当に大丈夫ですから! そこからどいてください!」

サシャ(落ち着け、落ち着け……)スーハースーハー

サシャ(これくらいの高さなら、小さいころに何度か落ちたことがあったはず……!)

サシャ(今回は森じゃなくて平地ですから、受け身を取った後で木の根っこに頭をぶつけることはないはずです……! やり方だって立体機動の訓練で散々やってますし、あの通りにやれば……!)ググッ…

サシャ(体を振って、勢い付けて——)グイッ… ブオンッ

サシャ「えいっ!」ピョンッ

ライナー(……! 飛び降りやがった!)


125 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/03(火) 21:14:35 ID:oBFHsesc

サシャ「ていやぁっ!」ダンッ!! ゴロゴロゴロゴロ…

サシャ(やった……! きちんと受け身取れました! 成功です!)ゴロゴロ…

ライナー「あっ……おい、そっちは——」

サシャ「へっ? ——ぎゃっ!?」ズボッ

サシャ(し、しまった……! 飼い葉の位置を計算に入れてませんでした!)ガサガサガサガサ

サシャ(早く抜け出さないと……! ええと、上! 上はどっちですか!?)モシャモシャ

ライナー「待て待て、暴れるんじゃない! おとなしくしろ!」

サシャ「上上上! ライナー、上はどっちですかぁっ!?」ジタバタ

ライナー「いや、上って言われても……ああもう、とにかく引っ張りだすからじっとしてろ! お前足以外全部飼い葉に埋まってるぞ!」

サシャ「足!? ということは、足のほうに進めばいいんですねわかりました!」モシャモシャ

ライナー「違うっ!! 今は逆さまになってるからそっちに進んでも意味ないぞ!!」

サシャ「えっ、今の私逆さまなんですか……? いやぁ、どうも動きにくいと思って——わぷっ!?」バサバサッ

サシャ(ああああ、上からどんどん飼い葉が崩れて——)

サシャ「うひゃあああああああっ!?」バサバサバサバサ…


126 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/03(火) 21:15:15 ID:oBFHsesc

ライナー「……」ポカーン…

ライナー(屋根から、飛び降りた後……なんとか地面に着地して、受け身を取ったまではよかったんだ。そこまではよかった)

ライナー(そのまま転がって、飼い葉の山に頭から突っ込んで……逆さまでしばらく暴れた後、埋まっちまった)

ライナー(……生きてるよな? ちょうど右足だけ飼い葉から出てるし、つついてみるか……)

ライナー「お、おーい……? サシャ……?」ツンツン

サシャ「……」

ライナー「……」ドキドキ

サシャ「……」

ライナー「……」ジーッ…

サシャ「……」ムクリッ

ライナー「うおっ!?」ビクッ!!

サシャ「……」

ライナー「さ、サシャ……? 大丈夫か? どこも打ってねえよな? 折れたなら誰か呼んでくるか?」オロオロ


127 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/03(火) 21:16:04 ID:oBFHsesc

サシャ「……ライナー」

ライナー「お、おう。なんだ?」

サシャ「ここの飼い葉っておいしくないんですね。がっかりです……」シュン

ライナー「……」

サシャ「これなら、私の故郷の山でむしった雑草のほうがまだおいしいですよ。ここのお馬さんたちに食べさせてあげたいです」

ライナー「いや、ここの飼い葉って……飼い葉に良し悪しなんてねえだろ。どれも同じじゃねえのか?」

サシャ「全然違いますよ! 隣村の飼い葉はなんとなーく甘かったですし! 麓の町はそれとなくハーブの風味がしましたし!」

ライナー「……食ったのか?」

サシャ「え? 食べたことないんですか?」キョトン


128 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/03(火) 21:16:36 ID:oBFHsesc

ライナー「…………」

サシャ「おや、眉間に皺寄せてどうしました? 風邪ですか?」

ライナー「……なんでもない」

ライナー(ったく、心配して損したな。屋根から落ちたってのに、いつも通り元気じゃねえか……)ハァ

ライナー「悪かったな、屋根の上まで追い込むような真似をして。……ほら」スッ

サシャ「? ハンカチ?」キョトン

ライナー「それで顔拭いとけ。泥ついてるぞ」

サシャ「えっ、そんな……!」ゴソゴソ パカッ


129 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/03(火) 21:17:14 ID:oBFHsesc

サシャ「わ、わ、本当ですね……飼い葉まで引っ付いてます……」フキフキ

ライナー「……」

ライナー(手鏡なんて持ってたのか……いや、前から持ってたか? 少なくとも俺は見たことないが……)

ライナー(もしくは、昨日出かけた時に買ったのかもしれないな。——その時に、俺が何かやらかしたのか……?)ウーン…

ライナー(くそっ、記憶が飛んでるってのは厄介だな。なんでもかんでも怪しく見えちまう……)イライラ…

サシャ「……あ、あの」クイクイ

ライナー「ん? ……ああ、拭き終わったのか。綺麗になったじゃないか」

サシャ「はい、ありがとうございます。——それで、ハンカチなんですけど……かなり汚れちゃったので、ちゃんと洗って返します。試験明けになるかもしれないんですけど、それでもいいなら」


130 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/03(火) 21:17:51 ID:oBFHsesc

ライナー「あー……いい。やるよそれ」

サシャ「えっ? ……くれるんですか?」

ライナー「さっき追い回しちまった詫びだ。……本当はパンの一つでもやるべきところなんだろうが、今回は勘弁してくれ。昼にスープ抜いちまったばかりでな、俺も今日はキツいんだ」

サシャ「……本当に? 本当にくれるんですか? これ」

ライナー「いらないなら俺が処分して——」

サシャ「もらいます!!」

ライナー「……? そうか? ——まあ、泥の汚れは落ちにくいって言うしな。ハンカチとしてはもう役に立たねえだろうが……そうだな、たぶん靴磨き程度にはなるだろ。お前の好きに使ってくれ」

サシャ「そんなことには使いませんよ。……大事にします」ギュッ

ライナー「……おう」

ライナー(大事にしなくてもいいと思うんだが……まあいいか)


131 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/03(火) 21:18:49 ID:oBFHsesc

ライナー「ああそうだ、試験前に髪のほうもなんとかしておけよ? その頭で技巧室に入ったら反感買うぞ」

サシャ「そうですね、部品の隙間に飼い葉が挟まったら困りますよね……」ガシガシ

サシャ(ううっ……、なんだかライナーに言われた途端、頭がちくちくしてきました……痒いです……)ガリガリ

ライナー「おいおい、んな乱暴に頭を掻く奴があるか。こういうのはな……」シュルッ

サシャ「へっ? あ、髪ゴム……」

ライナー「終わったら返してやるよ。こういうのは一旦ほどいて、ゴミを払って軽く櫛をかけるんだ」バサバサッ

サシャ「へえ……ライナーは櫛持ち歩いてるんですか? すごいですね!」

ライナー「持ってるわけねえだろ。お前のを貸せ」

サシャ「ないです」

ライナー「……」

サシャ「持ち歩いてないです。邪魔なので」

ライナー「……それもそうだな。まあ、今のところは手櫛でいいか」ワシャワシャ

サシャ「ひゃあっ!?」ビクッ!!


132 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/03(火) 21:20:15 ID:oBFHsesc

サシャ「あ、あ、あの……自分でできるので、そこまでやってもらわなくても……」オロオロ

ライナー「いや、こうなったのも元はといえば俺のせいだしな。このまま途中でやめても落ち着かねえし、最後までやらせてくれ」ワシャワシャ

サシャ「……ちょっとだけですからね、結んでもらったら帰りますからね、もう追ってこないでくださいね」ブツブツ…

ライナー「わかったわかった。——まあ、ゴミはこんなもんだろ。今から結うから動くなよ?」クイ

サシャ「は、はぁ……よろしくお願いします……」モジモジ

ライナー「こら、動くなって言っただろ。止まれ」グッ

サシャ「……」ピタッ

ライナー「よし、それでいい」キュッ

サシャ「……」

サシャ(なんか、ライナーってばいつも通りですね。——というか、いつも通りすぎるような……?)

サシャ(まるで、昨日は何もなかったみたいに振る舞って……まさか、本当に忘れてたりして)チラ

ライナー「よそ見するな。前向け」

サシャ「……はぁーい」

サシャ(考え過ぎですよね。いくらなんでも)


133 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/03(火) 21:21:14 ID:oBFHsesc

ライナー「よし、できたぞ。どこも引きつれてないよな? 痛くないか?」

サシャ「……」

サシャ(なんでこんなに上手になってるんですか……!? 前に結ってもらった時はいっぱいいっぱいだったのに……!)

サシャ(もしかして、あれからわざわざ練習したんでしょうか? この前髪ゴムを持って帰ったのも、実はそれが目的で……?)ジーッ…

ライナー「……? なんだ、文句があるならちゃんと言え」

サシャ「いえ、その……随分手馴れてるんですね」

ライナー「そうか? これくらい普通だろ?」

サシャ「……」

ライナー「じゃあ俺は帰るからな。どっか痛むんなら自力で医務室行けよ」スタスタ…

サシャ「あっ……! ちょ、ちょっと待って下さい! ——あの、私に話があるんでしたよね? そっちはもういいんですか?」

ライナー「あるにはあったが、そこまで大事な話じゃないしな。お前が嫌なら別にいいぞ」

サシャ「違います、嫌ってわけじゃなくてですね……お話は、したいんです。したいんですけど……」キョロキョロ

サシャ(見える範囲には誰もいませんし、……少しくらいなら、いいですよね? 一緒に話しても問題ないですよね?)


134 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/03(火) 21:22:08 ID:oBFHsesc

サシャ「昨日のことが聞きたいんですよね? 少しだけならいいですよ」

ライナー「……いいのか?」

サシャ「私に答えられるかどうかわかりませんけど、それでもよければ」

ライナー「ああ、充分だ。助かる。——それで、昨日のことなんだが」

ライナー(……待てよ? ここで馬鹿正直に『昨日の記憶がない』って話したらまた逃げられるんじゃないか?)

ライナー(ここから女子寮はすぐ近くだし……次に逃げられたら、今度はいつ話を聞けるかわからんな)

ライナー(……少しぼかして話してみるか)

ライナー「昨日は……昨日は、二人でどこに行ったんだっけか」

サシャ「そうですねぇ、昨日は色んなところに行きましたけど……あっ! もしかして、今度はベルトルトと食べ歩きに行くんですか?」ポン

ライナー「あ、ああ、そうだ。そのつもりでベルトルトを誘ったんだが、行った店の位置と食い物をど忘れしちまってな。よかったら順番に回ったところを教えてくれないか?」

サシャ「それくらいならお安いご用ですよ! ——えっとですね、まずは鶏の串焼きのお店に行ったんですよね。中心部の露店通りの、……ええと、ちょっと待ってくださいね。地面に地図を書きますから……はい、この辺です! ここはおいしいので一番最初に行くべきですよ!」ガリガリ

ライナー「ほうほう、それで?」

サシャ「次はですね、ここから西にもうちょっと歩いて——」ガリガリ


135 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/03(火) 21:22:50 ID:oBFHsesc

—— 五分後

サシャ「——ですので、プレッツェルは絶対に外せませんよ? ベルトルトと一緒に行った時は必ず寄ってくださいね?」

ライナー「……ああ」

サシャ「それで、次は——」

ライナー「ちょっと待て」

サシャ「はい? なんですか?」

ライナー「いや、その……俺たち、そんなにたくさん食ったのか? 昼だけで?」

サシャ「食べましたよ?」

ライナー「……」

サシャ「……? 話を戻しますね。——それで、六番目のプレッツェルのお店から東に向かって、こっちの真ん中の道を抜けたところで素揚げしたお芋を食べたんです。カラッと揚がってておいしかったんですよね! ここもおすすめです!」ガリガリ

ライナー「……」


136 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/03(火) 21:23:36 ID:oBFHsesc

サシャ「その次はですね、ここの——」

ライナー「まだ食うのか!?」

サシャ「えっ? ……いえ、食べ物屋さんはここで終わりですよ? 次はアクセサリーショップに行ったんです。ここの辻を曲がってすぐのところですね」ガリガリ…

ライナー「お、おお……そうか、そうだったか」ホッ

ライナー(七軒目で打ち止めか、よかった……だが、昨日の数時間で恐ろしい量を食ってるな。今日の夜は少し多めに筋トレするか)

ライナー(……それにしても)チラッ

サシャ「どのお店も捨てがたいですけど、やっぱり最初の串焼きのお店は格別でしたよね! 鹿や猪とはまた違った味で……いえ、もちろん狩りで狩った獲物もおいしいんですけど、それでもやっぱりお塩のスパイスが利いてるだけで幸せっていうか——」ニマニマ

ライナー(こうして聞く分には、記憶が飛ぶようなことがあったとは思えないんだがな……)


137 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/03(火) 21:24:55 ID:oBFHsesc

サシャ「ですからね、やっぱりベルトルトと行く時はこっちの西側から回ったほうがいいと思います! 午前中から行くなら朝ごはんも抜いてきたほうがいいですよ? まあ、お腹がいっぱいになればなるほど、お財布が軽くなっちゃうんですけど……」ガリガリ

ライナー「……なあ」

サシャ「はい? なんですか?」ガリガリ

ライナー「昨日は楽しかったか?」

サシャ「……」ピタ

ライナー「……」

サシャ「……半分、ですかね」

ライナー「半分か」

サシャ「……」ガリガリ…

ライナー「その、もう半分を楽しめなかったのは……」

サシャ「……」ガリッ…

ライナー「……もしかすると、俺のせいか?」

サシャ「……」

ライナー「……」


138 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/03(火) 21:25:47 ID:oBFHsesc

ライナー(サシャの奴、黙りこんじまったな。……まあ、すっとぼけてると思われても仕方がないか。もう少し聞いてから切り出すべきだったかもな)

ライナー(ここは形だけでも謝っておくべきか……? それとも、余計なことをせずに待つところか……)

サシャ「……違います」

ライナー「……? 違う?」

サシャ「そんな風に思ってないです。私」

ライナー「……」

サシャ「私が、弱いから……だから……っ」ギュッ

サシャ(だから、あの時……嘘でも、気休めでも……一緒に行くって、ライナーに言えなくて……っ)ジワッ…

ライナー「!? お、おいサシャ、なんで泣いてるんだ?」

サシャ「な、泣いてません。目にゴミが入っただけです……」ゴシゴシゴシゴシ

ライナー「こら、袖で拭う奴があるか。ちょっと待てよ、今何か……」ハッ

ライナー(しまった……! 後は血塗れのハンカチしか持ってねえ……!)ガーン

ライナー(いくらなんでもこれを差し出すのはちょっとな……いや、逆にこのハンカチを見せて、何か心当たりを聞くってのもありか?)ウーン…


139 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/03(火) 21:27:04 ID:oBFHsesc

サシャ(ああ、もう……泣き顔、見たくないって言ってたのに……また……)ピクッ

サシャ(……? あれ、どこかから、何か……?)

   —— タッタッタッ…

サシャ(! 足音……! ど、どうしましょう、誰かこっちに来ます……!)オロオロ

ライナー「あのな、サシャ。驚かないでこれを見て欲しいんだが——」ゴソゴソ…

サシャ「というわけで、お店はさっき言ったとおりです! それじゃあ失礼しますね!」スクッ

ライナー「は? ちょっと待てよ、話はまだ途中——」

サシャ「いいえ、もう終わりました! 私がお話できるのはここまでです! ——もう追ってこないでくださいね、さっきの追いかけっこは私が勝ったんですから!」ダッ

ライナー「おい、だから待てって! こっちはまだ終わってねえぞ!」

サシャ「だから、私がお話できるのはここまでなんです! それではまた!」タッタッタッ….


140 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/03(火) 21:27:54 ID:oBFHsesc

ライナー「……逃げられちまったか」ハァ

ライナー(だが、思ったよりは色々聞けたような気が……しないな。結局メシの話しかしてねえぞ)

ライナー(途中まではいい感じだったんだがなぁ……っつーか、あそこまで慌てて逃げることねえだろ……)イジイジ

ライナー(もしかして、実はそこまでサシャに嫌われちまってたのか? ……いや、完全に嫌われてるなら、髪を結った時に逃げてるよな。勘ぐり過ぎか)

ライナー(せめて、このハンカチを見たことがあるかどうかだけでも聞けたらよかったんだがなぁ……)ゴソ

コニー「おーいライナー!」タッタッタッ…

ライナー「……? コニーか? どうした?」

コニー「あのさ、この辺でサシャ見なかったか? パン渡してえんだけどどこにもいねえんだよ、あいつ」

ライナー「サシャなら今あっちに行ったぞ。女子寮のほうだ」

コニー「……」ジーッ…

ライナー「? なんだ?」

コニー「そのハンカチ……」

ライナー「ハンカチ? ——あっ! い、いや、これはだな……」アセアセ

コニー「ライナー、お前……そういうもん持ち歩いてんのか? いくらなんでも趣味悪ぃぞ」ジトッ…


141 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/03(火) 21:28:54 ID:oBFHsesc

ライナー(ぐっ……! まずい、このままじゃおかしな方向に誤解される……!)

ライナー「違うんだコニー。これはだな……あー…………そうだ、これはある種のまじないなんだ。実は」

コニー「まじない……??」

ライナー「血染めのハンカチを持ち歩くと成績が上昇するんだ」キリッ

コニー「な、なんだってー!?」ガーン!!

ライナー「しかもだな、これはただのハンカチじゃないんだぞ? ——このハンカチはな、あのリヴァイ兵長から譲り受けたものなんだよ」

コニー「リヴァイ兵長……!? ……誰だ?」キョトン

ライナー「……お前、人類最強の兵士の名前も知らないのか?」

コニー「知らねえ」ブンブン

ライナー「……」

コニー「で、そのリヴァイ兵長のハンカチをなんでライナーが持ってんだよ? もしかして知り合いなのか?」

ライナー「いや、知り合いじゃない。これはとある筋から手に入れたものなんだ。——因みにな、ただ血の付いたハンカチじゃ駄目だからな。調査兵団の兵士が持っていたハンカチじゃないと意味がないんだ。だから自分の手を切ろうとするんじゃない馬鹿やめろ」ガシッ

コニー「えー、なんでだよ。別に訓練兵のハンカチでも問題ねえだろー?」ブーブー

ライナー「『壁外に行った兵士が再び壁内に持って帰ってきた』ってことが重要なんだよ。そういうところにご利益があるらしい」


142 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/03(火) 21:30:06 ID:oBFHsesc

コニー「ふーん……じゃあ、今の卒業試験中に手に入れるのは無理かぁ……」シュン

ライナー「……」ダラダラ…

ライナー(すまん、すまんコニー……! 本当はご利益どころか出処すらわからねえんだ、そこまで落ち込まないでくれ……!)オロオロ

コニー「……まっ、いいか。取り敢えず俺はサシャを追いかけねえとな」クルッ

ライナー「追いかけるって……おい、もう女子寮の中にいるかもしれんぞ?」

コニー「その時はその時で考える! ——ライナー、色々ありがとな! んじゃ行ってくるわ!」タッタッタッ…

ライナー「試験前には戻ってくるんだぞー」

コニー「わかってるって!」タッタッタッ…

ライナー「……」ハァ

ライナー(なんとか誤魔化せたようだな。……くそ、嫌な汗かいちまった)

ライナー(あの勢いで女子寮に入っちまわなきゃいいんだが……いや、流石のコニーでもやらねえか。そんなこと)


143 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/03(火) 21:31:38 ID:oBFHsesc

ライナー(……さっさとハンカチしまっちまうか。これ以上言い訳を考えるのも面倒だしな)ゴソゴソ… ポロッ

ライナー「おっと。……危ねえ危ねえ、髪ゴム落とすところだった」ガシ

ライナー(ハンカチはともかく、髪ゴムのことはサシャに聞いておくべきだったかもな。実はサシャのものだったのかもしれねえし)

ライナー(それにしても……女の髪なんか触ったことないのに、やけにスムーズに結べたな。まるで前にやったことがあるみてえな……)

ライナー(ということは……このちぎれた髪ゴムで、夜な夜な練習していて……それがサシャに知られて殴り飛ばされたとか……?)

ライナー(……いやいや、俺はそんな変態じゃないぞ、第一やってやる相手なんかいねえだろ。予行練習にしては早すぎだ)ブンブン


144 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/03(火) 21:32:24 ID:oBFHsesc

ライナー(しかし、サシャもよくおとなしくしてたよな。他の奴に結ってもらうのに慣れてんのか?)

ライナー(けどなぁ……ミカサやクリスタみたいな女友達ならまだしも、普段はあまり話さねえ俺なんかじゃ——)

ライナー「……」

ライナー(……だよな、普段はあまり話さねえんだよな。それこそ班が一緒になった時くらいだ)

ライナー(それなら……なんで昨日は一緒に出かけたりしたんだ?)

ライナー「……」

ライナー(……まあ、それこそ深い意味はねえか。どうせ暇そうにしてたのが俺だけだったんだろ、たぶん)スタスタ…

ライナー(取り敢えず、後でもう一度謝っておくか。……腹の音でからかったのはまずかったよな)


145 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/03(火) 21:33:48 ID:oBFHsesc

—— 同刻 女子寮近くの小屋の物陰

ベルトルト「……」コソコソ…

ベルトルト「……」ジーッ…

ベルトルト(……あ、クリスタが一人で出てきた。ユミルはまだ部屋かな?)

ベルトルト(時間も時間だし、工具箱も持ってるから……そろそろ技巧室に向かうのかもしれないな。ということは、ユミルとは別行動か……)フムフム

ベルトルト「……」

ベルトルト(……なんで僕、昼休み中ずーっと女子寮の玄関見張ってるんだろ)ズーン…

ベルトルト(昼食を食べ終わるまでユミルに付きっきりだったから、ライナーとサシャを見失っちゃったんだよな……それで、食べ終わった後も仕方なくユミルの後をつけてたんだけど……)

ベルトルト(ユミルってば、ライナーに接触する素振りなんか全ッ然見せないし……念のためにこんなところまで追ってきたけど、今の時間まで女子寮に入ったままだ……)

ベルトルト(こんなことなら、ライナーかサシャを探したほうがまだマシだったかな。……いや、サシャも食堂で見かけなかったじゃないか。女子寮の中にいる可能性だってあるはずだ。僕がここで張り込みしてた時間は、無駄なんかじゃ——)

ベルトルト「あっ、誰か走ってきた……隠れないと……!」コソコソ…

ベルトルト「……」ジーッ…

ベルトルト(あっちの倉庫の横から出てきたサシャが、女子寮の中に入っていった……)

ベルトルト(なんだよ、サシャは寮の中にいなかったんじゃないか……! ——ということは、僕のこの張り込みの時間って、一体何だったんだ……)ズゥーン…


146 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/03(火) 21:35:23 ID:oBFHsesc

ベルトルト(……いや、正直に張り込みする僕が馬鹿だったんだよな。どう動くかわからないユミルやサシャを追うより、素直にライナーを探しておけばよかった)

ベルトルト(ユミルの後をつけるにしろ、もっと良いやり方があったはずだ。……こういう、人の後をつけるのはアニが得意なんだよな。話せるうちに、尾行のコツを聞いておけばよかった)

ベルトルト(ライナーなら、こんな時どうするんだろう……なんだかんだ言って顔が広いから、いろんな人にユミルの場所を聞いて回るのかな。人と話すのも得意だから、理由を聞かれてもうまくはぐらかしちゃうんだろうな……)

ベルトルト「……」

ベルトルト(僕……自分がこんなに何もできない人間だなんて思ってなかった。ライナーやアニは、僕のことそんな風に言わないけど……でも、二人がいないとそう思っちゃうよ……)

ベルトルト(僕の人間関係って、こんなに狭かったんだな。人と関わらないようにしてきたのは僕だけど……ライナーとアニがいなくなっちゃったら、何も残らない……)

ベルトルト(誰にも相談できないって、結構辛いなぁ……いや、誰かに話すわけにはいかないんだけどさ……)

ベルトルト「……」

ベルトルト(……帰ろう。寮に帰って、ライナーと合流しよう)スクッ

ベルトルト(どうせ僕らには……他に頼れる人なんていないんだ……)スタスタ…

コニー「おっ、ベルトルト! ちょうどいいところにいたな!」ガサガサ


147 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/03(火) 21:36:14 ID:oBFHsesc

ベルトルト「コニー? なんでここに……ちょっと待って、その頭につけてるの何?」

コニー「ここに来る途中でむしった雑草で作ったんだ! よく隠れてるだろ?」ドヤァ

ベルトルト「……芸術的だね」

コニー「へへっ、だろ? ——ところでお前、サシャ見かけなかったか? 技巧室にパン持って行ったら叱られるからさ、さっきからずーっと探してんだけど見当たらねえんだよ」

ベルトルト「サシャなら女子寮に入っていったよ。ついさっき」

コニー「マジか!? しまった、遅かったかぁ……」ポリポリ

ベルトルト「コニー、サシャにパンあげるの? なんで?」

コニー「なんでって……あいつ、今日は朝から元気ないみたいだったからさ。パンでも食えば機嫌だけでもよくなるかと思って——んんん?」ズイッ

ベルトルト「わっ……な、何?」ビクッ

コニー「……ベルトルトも元気ねえみてえだな。眉毛がいつもより下がり気味だぞ?」

ベルトルト「眉毛で判断してるの……?」

コニー「眉毛だけじゃねえけどなー。——サシャも元気ねえのにお前までしょんぼりすんなよなぁ、試験で緊張してんのか?」

ベルトルト「……そうだね。まあ、そんなとこ」


148 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/03(火) 21:37:06 ID:oBFHsesc

コニー「そっか、んじゃ俺のパンやるよパン。食え食え」ブチィッ

ベルトルト「えっ? それ、サシャのなんだろ? 僕が勝手にもらってもいいの?」

コニー「いいんだよ、まだ俺のなんだから。——これ食って元気だせよな、ベルトルト」

ベルトルト「……うん、そうする」

コニー「えーっと、半分の半分だからー……? えっと……うん……よし、三分の一な! お前の取り分だ!」ポン

ベルトルト「四分の一だよ」

コニー「そこに気づくとは……やはり天才か」

ベルトルト「……ぷっ」

コニー「おっ、笑ったな。もう元気出たのか?」ニッ

ベルトルト「うん、もう大丈夫。……ありがとう、コニー」ナデナデ

コニー「うおっ!? なんだよジョリジョリすんなよな! はげるだろ!」ジョリジョリ


149 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/03(火) 21:37:47 ID:oBFHsesc

—— 午後 とある教室 試験:技巧

サシャ「……」カチャカチャ

サシャ(ボルトを緩めて……シャフトはこっちに置いて……)キュッキュッ カチャッ

サシャ(最後に、ここのネジを外して……)キュルキュル…

教官「そこまで。——以降、こちらから指示があるまで装置に触ることを禁止する。工具は机の上に置け」

サシャ「はっ!」ゴトッ

教官「……」ジーッ…

サシャ「……」

教官「右のワイヤーを巻き取るシャフトが歪んでいるな。明日までに部品を交換しておくように。替えはあるか?」

サシャ「いえ、ちょうど切らしてます。その部品はこの前替えたばかりでしたので……」

教官「では、新しいものを渡しておく。——試験は以上だ。技巧室に戻って整備に入れ。整備が終わったら寮に帰ってよし」

サシャ「はっ! ありがとうございました!」


150 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/03(火) 21:38:36 ID:oBFHsesc

—— 技巧室

サシャ(ふう、緊張しました。……えーっと、どこに座りましょうか)キョロキョロ…

ミーナ「サシャ、こっちこっち! こっち座れるよ!」

サシャ「おお、ミーナにアルミンですか……座ってもいいんですか? じゃあ失礼しますね!」イソイソ

アルミン「どう? うまくできた?」

サシャ「一応、いつも通りにはできたと思います。でも、教官の前で分解するのって緊張しますね。ドライバーも何回か落としそうになりましたし」

ミーナ「わかるわかる。変なところに力が入って余計疲れるよねー……見られながら組み立てるよりは何倍もマシだけどさ」

サシャ「しかも、何から何まで完全にバラバラにしちゃうんですもんね。……移動中にネジとか落っことしてないといいんですが」

ミーナ「でもさ、なんで目の前で組み立てさせないんだろうね? 別にやりたいわけじゃないんだけどさ、分解するのを見ても評価しにくいと思うんだけど」

アルミン「そんなことないよ。分解するのにもそれなりの知識がいるからね、悪くない評価方法だと僕は思うな」

アルミン「それに、組み立てとなるとそれぞれ時間のばらつきが出てくるからさ、とてもじゃないけど全員分見てられないんだよ。それこそジャン辺りなら、ちょっとした整備に三十分はかけるし。分解なら一人十分もかからないでしょ?」

ミーナ「むぅ……確かに、分解に時間をかける人なんて見たことないなぁ」


151 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/03(火) 21:39:36 ID:oBFHsesc

サシャ「でもやっぱり、分解だけで評価できるとは思えないんですが……ここまでバラバラにしちゃったら、部品のはめ間違いとか起こるんじゃないですか? そういうところは見なくてもいいんでしょうか」

アルミン「見るよ。明日」

ミーナ「明日? 明日は立体機動の試験しかないよ? 技巧の試験時間なんて取ってないじゃない」

アルミン「うん。だから、明日の試験の結果でわかるんだよ。いつもより成績が落ちたら整備がきちんと出来てないってことだし、逆に上がったら自分に合った調整に仕上げてきてるってことになるからさ」

サシャ「へえ、なるほどー……」

ミーナ「ということは、明日の試験は技巧の試験も兼ねてるってこと?」

アルミン「技巧だけじゃないよ。明日の午後は臨時で組んだ班での試験だからね、まだ試験内容は発表されてないけど、恐らくかなり複雑な作戦をやらされるはずだ。そしてその時は、座学で習った兵法が役に立つはずだよ」

アルミン「しかも、明日の試験は一日中だからね。兵站行進で培った体力がなかったら、とてもじゃないけど最後まで保たないよ」

アルミン「だから、明日の試験はただ単に立体機動の成績を見るだけじゃない。少なくとも、他の三科目の成績にも関わってくる……すごく、大事な試験なんだ」

サシャ「……なんだか緊張してきました」カタカタ…

ミーナ「私も……」プルプル…

アルミン「そんな緊張することないって。……二人とも、僕よりは体力あるんだし」ハァ


152 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/03(火) 21:40:45 ID:oBFHsesc

ベルトルト「……」キョロキョロ

ベルトルト(ライナーは……まだか。まあ、僕よりも後ろに並んでたし当然かな)

ベルトルト(仕方がない。さっきと同じことになるかもしれないけど、ユミルとサシャを見張ろう。たぶん、クリスタも入れて三人一緒にやってるだろうし……)

ベルトルト(あ、あれ……? また別行動!? しかも真逆の机に座ってるなんて……!)

ベルトルト(なんで一緒にいないんだよ……! もう、仲良くしなよ三人とも……!)イライラ…

ライナー「ベルトルト? 出入口で突っ立って何やってんだ? 整備終わったのか?」

ベルトルト「! ライナー……!」クルッ

ベルトルト(よかった、ライナーが来た……! 後はこのまま、試験が終わるまで一緒にいれば——)

コニー「ベルトルトォォォォォォッ!!」ガシィッ


153 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/03(火) 21:41:43 ID:oBFHsesc

ベルトルト「うわっ!? ——な、何するんだよコニー! 危ないじゃないか!」

コニー「ごめんなさい!!」ペコッ

ベルトルト「えっ? ……ああ、うん、わかればいいんだけど……えっと、僕に何か用?」

コニー「ああ、用事だ用事! ——あのさ、この前お前と一緒に部品買いに行っただろ? 覚えてるか?」

ベルトルト「うん、買いに行ったっていうか……交換してもらおうと思ったら買い取り扱いにされたっていうか……挙げ句の果てに部品を買い直さなくちゃならなくなったっていうか……そもそも一緒に行ったんじゃなくて、たまたま街で会っただけっていうか……」ブツブツ…

コニー「よかった、じゃあ来てくれ!」グイッ

ベルトルト「来てくれって……ちょっ、ちょっと待ってよ、行くならライナーも一緒に——」

コニー「悪ぃライナー、俺のところ空席一つしかないんだ。別のところ探してくれるか?」

ライナー「ああ、構わんぞ」

ベルトルト「僕が構うんだよ!!」

ライナー「頼られてよかったじゃねえか。きちんと教えてやれよ、ベルトルト」ポン

ベルトルト「そりゃ悪い気はしないけど……あっ、待ってよコニー、袖引っ張らないで! 伸びるから伸びるから!!」ズルズルズルズル…

ライナー「……さて」

ライナー(サシャはどこに……ああ、アルミンとミーナが一緒か。席も空いてるみたいだし……行ってみるか)スタスタ…


154 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/03(火) 21:42:28 ID:oBFHsesc

サシャ「ところで、アルミンはもう整備終わったんですか?」

アルミン「うん、後はしまうだけだよ。……でも、寮に帰ってもやることがないからね。読む本もほぼ処分しちゃったし……エレンとミカサが終わるまではここにいるつもりだよ」

サシャ「じゃあ」

アルミン「アドバイスはしないよ? 一応これも試験だからね」ニッコリ

サシャ「……ですよねー」シュン

ミーナ「組み立てるのが得意な人はいいなぁ…… 一から組み立てるのってかなり大変だよね。そもそも私、技巧はあんまり得意じゃないし」カチャカチャ

サシャ「ああ、わかりますわかります。私も組み立てるのは苦手なんですよね。分解は結構好きなんですけど」カチャカチャ

アルミン「分解ができるなら組み立ても簡単じゃない?」

ミーナ・サシャ「「簡単じゃないっ!!」ですよっ!!」ガチャンッ!!


155 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/03(火) 21:43:09 ID:oBFHsesc

ミーナ「まずね、ネジが本ッ当に無理! どれくらい締めたらいいのかわからないから、いつも適当に締めちゃって……技巧室でトリガー引いて動作確認しても、実地演習で使ってるうちに緩んできちゃう時もあるし! 納得できるほど完璧に整備できたことなんて一度もないよ!」

サシャ「ここまでバラバラにしちゃうとはめる順番がわからなくなっちゃうじゃないですか! 似たような部品が多すぎなんですよ、もう少し形を変えてくれたらいいのに……!」

アルミン「ネジは最後まで締めてから何回転か緩めればいいよ。それで何回か試行錯誤して、自分に合ったネジの締め具合を探せばいいと思う。部品は分解しながら順番に並べとけば、後から悩むことが少なくなるよ。回数こなせばどれがどこの位置か自然と覚えてくるし」

ミーナ「そっか、なるほど!」キュルキュル

サシャ「もちろんそうしたんですけど、移動する間に混ざっちゃったんですよぅ! ほら!!」ザラッ

アルミン「どれどれ? …………うん、頑張って」

サシャ「頑張りますけどぉ……あうう、くじけそうです……」シクシク…

ミーナ「あっ……! アルミンどうしよう! もう試行錯誤する時間がないよ!?」

アルミン「時間がないのは流石の僕にもどうしようもないよ。取り敢えずネジを締めながらトリガーを引いて、自分が一番引きやすい固さより少し強めに締めておけばいいんじゃないかな」

ミーナ「強めに? なんで?」

アルミン「使ってるうちに緩んできちゃうんでしょ? ということは基本的に締めが甘いんだよ。緩むか緩まないかくらいの微妙なところで、自分に合った調整をしないと」

ミーナ「そっか、なるほど!」ポンッ


156 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/03(火) 21:45:08 ID:oBFHsesc

サシャ「……って、落ち込んでる場合じゃないんですよね。早く組み立てないと」カチャカチャ

ミーナ「そうそう、私たちまだメインのシャフトすら取り付けてないんだし」

アルミン「頑張ってね。僕は暇だから表面を磨いておくよ」キュッキュッ

ミーナ「手助けは」

アルミン「しないよ?」

ミーナ「くぅうう……っ!」カチャカチャ

サシャ「頑張りましょうミーナ、これが終わったら夜ごはんですよ!」カチャカチャ

ミーナ「私ごはん当番だもん……! 全然楽しみじゃないもん……!」カチャカチャ

ライナー「……ここ、空いてるか」

サシャ「」ガチャンッ


157 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/03(火) 21:46:39 ID:oBFHsesc
今回はここまで あと3~4回ほどかかります

164 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/13(金) 21:34:22 ID:tLsKXAdc

アルミン「ライナー? うん、空いてるよ。よかったら座る?」

ライナー「ああ、そうさせてもらう」ドスッ

サシャ「……」ダラダラ

サシャ(な、なんで私の真正面に……!? どうしましょう、こんなところで話しかけられでもしたら……)オロオロ

ミーナ「サシャ、手が止まってるよ? 大丈夫?」

サシャ「はい、大丈夫です。大丈夫ですが……私……その、私……えっと、移動します。ごちそうさまでした」スクッ

アルミン「え?」

ミーナ「移動しちゃうの? なんで?」

サシャ「あの……それは、えっと……」モジモジ

ライナー「……わかった。俺が移動する」スクッ

サシャ「!! いえ、ライナーはここにいてください! 大丈夫ですから!」

ライナー「何が大丈夫なんだ。……後から来たのは俺のほうだからな。俺が移動するのが当然だろう」

サシャ「いえ、私、そんなつもりじゃなくてですね……」オロオロ

アルミン「……」

ミーナ「……」


165 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/13(金) 21:35:09 ID:tLsKXAdc

アルミン「移動するって、横に少しズレるってことだよね? サシャ」

サシャ「え?」

ミーナ「ちょっと近くに寄り過ぎちゃったもんね。暑苦しくはないけど、肘が当たって窮屈じゃない? 違う?」

サシャ「……! は、はい! そうです! その通りです!」コクコク

アルミン「だってさ、ライナー。だから君が移動する必要はないよ」

ミーナ「そうそう、ちょっと大袈裟に考え過ぎだよ? そんなこと言われたらサシャだって困るじゃない」

ライナー「……そうだな。少し過剰反応だった。すまんサシャ」

サシャ「い、いえ……私こそ、すみません……」

アルミン「取り敢えず、二人とも目立つから座りなよ。他の人に見られたくないでしょ?」

サシャ「……! はい……そうですね、座りますね、すぐ座ります」イソイソ

ライナー「……ああ」ドスッ


166 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/13(金) 21:35:56 ID:tLsKXAdc

サシャ「……」カチャカチャ

アルミン「……」キュッキュッ

ミーナ「……」カチャカチャ

ライナー「……」カチャカチャ

サシャ(……気まずいですね)

アルミン(気まずいなぁ……)

ミーナ(なんでこんなに空気重たいの?)

ライナー(これは……どう考えても俺のせいだよな。三人には悪いことをした……)

サシャ(アルミンとミーナが助けてくれなかったら、またこじれるところでした……後で二人にはお礼をしないといけませんね。何がいいんでしょう……)

アルミン(なんだか不穏な雰囲気だったから取り敢えずごまかしたけど、この後はどうしたらいいんだろう……ミーナがなんとかしてくれないかな……)チラッ

ミーナ(せっかくいい感じでアルミンが言い訳してくれたのに、また変な空気になっちゃった……アルミン、なんとかしてよ……! 私よりも頭いいんでしょう……!?)チラッ

ライナー(この妙な空気の中で、さっきのことを切り出すってのはなぁ……)チラッ


167 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/13(金) 21:37:08 ID:tLsKXAdc

サシャ「……」カチャカチャ

サシャ(……ん? 何か視線を感じますね)チラッ

ライナー「……」ジーッ…

サシャ「……」

ライナー「……」ジーッ…

サシャ「……何見てるんですか」

ライナー「あっ……いや、すまん。なんでもない」カチャカチャ

サシャ「……」カチャカチャ

ライナー(しまった、見過ぎたか……)

サシャ(あああああ、また変な言い方を……! なんでもっとうまく言えないんでしょう、私……!)

サシャ(……いえ、今はこれでいいはずです。周りに人がたくさんいるんですから……話してるところなんか見られたら、陰で何を言われるかわかったもんじゃありません)

サシャ(むしろここは、積極的にツンツンしていきましょう。——大丈夫です、私は間違ってないはずです……)

ライナー(サシャに話しかけるのは後回しにするか……なんだか警戒されてるみたいだしな)ハァ


168 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/13(金) 21:38:03 ID:tLsKXAdc

ライナー「……ところで、アルミンは何してるんだ? 整備はどうした?」

アルミン「もう終わったよ。今は暇潰し……じゃない、手入れしてる最中なんだ」

ライナー「お前今暇潰しって」

アルミン「言ってないよ?」

ライナー「……寮には戻らないのか? ここにいたって暇なだけだろう?」

アルミン「そうでもないよ? 他の人の整備方法を見るのって結構面白いからね。寮に戻ってボーッとしてるよりも楽しいよ」チラッ

ミーナ「……そう言われると緊張してきたかも」ギクシャク

サシャ「あんまり見ないでくださいよぅ……」プルプル…

アルミン「そんなじっとは見てないって。気負わなくていいよ、二人とも」クルクル…

ライナー「……? アルミン、どうしてハンカチに立体機動装置を包んでるんだ? そのままケースにしまわないのか?」

アルミン「ああ、これ? ……まあ、大した意味はないよ。願掛けみたいなものかな」

ミーナ「願掛け? ——それってつまり、『食堂でスプーンを床に落としたら次の日の朝はおかわりできる』みたいなジンクスのこと?」

サシャ「その話もっと詳しく」ガタッ

ライナー「座れ」


169 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/13(金) 21:38:51 ID:tLsKXAdc

アルミン「ごめんねミーナ、僕のこれはそういう面白い話じゃないんだ。——あのさ、結構前にウォール・シーナから技師の人が来たでしょ? 覚えてる?」

ミーナ「そんな人来てたっけ……?」

サシャ「記憶にございません」ブンブン

ライナー「確か、去年の期末試験の直前に来てたよな。技巧の試験の監督もしてなかったか?」

アルミン「そうそう、よく覚えてるね。——その人に聞いたんだけどさ、僕らが使ってるこのケースって、実は欠陥品らしいんだ」

ミーナ「欠陥品……?」

アルミン「普通に使う分には問題ないんだけどね。なんでも、ケースに入れたまま強い衝撃を受けると部品が歪んじゃうんだって」

ライナー「部品ってざっくり言われてもな……具体的にはどの辺りが悪くなるんだ? レールアームならまだわかるが、リールケースや射出装置にも影響あるのか?」

アルミン「僕は実際に落として壊れたところを見たわけじゃないから、技師の人に聞いた話になるんだけど……えーっとね、確かここの……」パコッ カチャカチャ

サシャ「何の躊躇いもなく分解し始めましたね」

ミーナ「また自力で組み直さなくちゃいけないってことでしょ? ……無理無理、私なら絶対無理」ブンブン


170 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/13(金) 21:39:36 ID:tLsKXAdc

ライナー「これは……かなり広範囲に影響があるな」

アルミン「うん。だから替えの部品を持ってなかったら悲惨だよね。今回は試験前だから特別に教官が支給してくれてるけど、基本的には自分で調達してこなくちゃいけないからさ」

ミーナ「……私、もうほとんど部品残ってない」

サシャ「私もです……今回も教官からもらっちゃいましたし」

アルミン「僕もだよ。この時期はみんなそうなんじゃないかな? 来年入ってくる訓練兵のために、新しく立体機動装置を作らなくちゃいけないから供給量が減るんだよね」

ライナー「部品の位置はわかった。——それで、強い衝撃ってのはどれくらいだ? 装置本体だけならそれなりに耐久力はあるだろ。机から床に落としたくらいじゃびくともしないはずだが……」

アルミン「それも技師の人に説明してもらったよ。正確な高さは覚えてないんだけど……これくらい、だったかな」スッ

サシャ「……机より低いじゃないですか」

アルミン「それでもケースを持ち歩いてる時よりは高いでしょ? だから『普通に使う分には問題ない』って判断されて、検査が通っちゃったんだって」

ライナー「持ち歩いて運ぶ分には壊れないだろうが、保管庫で出し入れする時には危ない高さだな。上の段に入れてる奴は特に」

ミーナ「……私、上の段なんだけど」

サシャ「私もです……どうしましょう……」


171 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/13(金) 21:40:26 ID:tLsKXAdc

アルミン「それとね、馬車に載せた時みたいな、弱い振動をずっと与え続けるのもよくないらしいよ。——ほら、去年の春にトロスト区襲撃想定訓練があったでしょ? あの時、全員で自分の立体機動装置を背負っていったよね?」

ミーナ「ああ、そういえばあったね。……重かったなぁ、あの時は」

ライナー「てっきり馬車代を節約しているのかと思ったんだが、なるほどな……そういう理由があったのか」

サシャ「私、馬に食べさせる飼い葉がもったいないから取りやめたのかと思ってました」

アルミン「もちろん、ケースのことだけが理由じゃないだろうけどね。ああやって運ばせるのも訓練になるだろうし……この場合は兵站行進になるのかな」

ミーナ「ね、ねえ……? あの時の移動中ってさ、点数付けられてないよね? 私、結構後ろのほう歩いてたんだけど……」

アルミン「さあ? 僕にはなんとも言えないよ」

ミーナ「……」

サシャ「だ、大丈夫ですってミーナ! これから取り返せばいいんですから!」ポンポン

ライナー「そうだぞ、まだ試験は始まったばかりなんだからな! なんとかなるさ!」グッ

ミーナ「……そうだね。落ち込んでばかりもいられないかぁ……」ハァ


172 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/13(金) 21:41:31 ID:tLsKXAdc

アルミン「ええっと、ともかく……気休め程度だけど、何もやらないよりかはマシだと思ってやってるんだ。だからさっきは願掛けって言い方をしたんだよ」

ミーナ「じゃあ私もやる! 願掛けでも気休めでもおまじないでもいいからやる!!」ゴソゴソ

ライナー「そうだな、何があるかわからんからな」ゴソゴソ

サシャ「アルミンと一緒に整備して正解でした!」ゴソゴソ

アルミン「やるのはいいけど早く組み立てないとね。……ふぅ、できた」キュッキュッ

ミーナ「へっ? できたって……もっ、もう二回目組み立てたの!? 早くない!?」

アルミン「試験の時と違って全部分解したわけじゃないからね。カバー外しただけだし」

ミーナ「ううっ……! 私も早く楽したい……!」キュッキュッ…

ライナー「……」

サシャ「……」

ライナー(よくよく考えたら血の付いたハンカチしかねえ……)

サシャ(よくよく考えたらライナーからもらったハンカチしか持ってません……)


173 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/13(金) 21:42:32 ID:tLsKXAdc

ライナー(これを使う、のか……? ハンカチとしてはもう使えねえだろうから、再利用という点から見れば正しい使い方なのかもしれんが……流石にこれはやばいんじゃないか……? 別の意味に捉えかねられんぞ……)

サシャ(なんでこういう時に限って普通のハンカチ忘れてきちゃったんでしょう……でも、普通のハンカチで包んだらもったいないといえばもったいないですよね。アルミンが使ってるのは結構古びたものみたいですし……やっぱり、包めば機械油とか付くんでしょうか)

ライナー「……」

サシャ「……」

ライナー「……やらねえのか? サシャ」

サシャ「いえ、今は……さっきもらったのしか、ないので」

ライナー「それで包めばいいだろ」

サシャ「え、でも……」ソワソワ…

ライナー「別にもらったもんだからって気にしなくていいんだぞ? ありゃもうハンカチとしては使えねえだろうしな」

サシャ「……後でやります。今はほら、先に組み立てないといけませんし……」カチャカチャ…

ライナー「おっと……そうだな、お前の言う通りだ」カチャカチャ…


174 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/13(金) 21:43:50 ID:tLsKXAdc

ライナー(……おっ? 今のやり取りはいい感じじゃなかったか? 普通に話せたよな)

サシャ(あっ……! いつもの調子で、つい普通に話しちゃいました……)

ライナー(今なら切り出しても大丈夫かもな。……よし)チラッ

サシャ(もっと……もっと気合いを入れてツンツンしないと……!)

ライナー「……なあサシャ」

サシャ「……」カチャカチャ…

ライナー「……」

サシャ「……」カチャッ…

ライナー「おい、無視するなよ。聞こえてるんだろ?」ズイッ

サシャ「わっ!」ビクッ

サシャ(か、顔がいきなり目の前に……! 何乗り出してきてるんですかびっくりするじゃないですか!!)ドキドキ

アルミン(なんか始まった)

ミーナ(ええっと、ネジを一旦全部締めてから緩めるんだったよね……)キュッキュッ


175 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/13(金) 21:45:11 ID:tLsKXAdc

ライナー「……」ジーッ…

サシャ「き、聞こえてます。聞こえてますけど……い、今、すごく難しいところをやってるんです。静かにしてください」カツカツ

ライナー「そこ、ネジ穴じゃないぞ」

サシャ「うっ……! あ、あの……なんでこっちずっと見てるんですか? 集中できないんですけど……」ソワソワ

ライナー「お前が聞いているのに無視するから悪いんだろうが」

サシャ「……」プイッ

ライナー「はぁ、また無視か……わかった。じゃあそのままでいい。俺が勝手に話す」

サシャ「……」サッ

ライナー「耳を押さえたら整備できねえぞ」

サシャ「……なんなんですかもう」プク-ッ

アルミン(なんなんですか君たち)

ミーナ(ああもうっ! 整備したいのに隣が気になる……!)ソワソワ…


176 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/13(金) 21:46:16 ID:tLsKXAdc

ライナー「いいから、黙って聞いててくれ。昼休みのことなんだが——」

サシャ「その話は終わったはずです。私から話すことはもうありません」カチャカチャ…

ライナー「だから違う、それとは別件だ。……その、さっきは悪かったな。色々」

サシャ「色々って言われても……どの話ですか? 泥だらけになったことなら別に気にしてませんけど」

ライナー「いや、それも含めての話ではあるんだが……あの時、少しからかいすぎたと思ってな。改めて謝らせてほしい」

アルミン「……」

ミーナ「……」

アルミン(泥だらけってなんで……?)

ミーナ(からかったって何を……?)

アルミン(なんで泥だらけになったの……? ていうか二人で何してきたの……!?)ソワソワ

ミーナ(何をどうからかったら泥だらけになるわけ……!?)ソワソワ


177 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/13(金) 21:47:07 ID:tLsKXAdc

サシャ「……だ、だから、気にしてませんってば。もういいでしょう、この話は」

ライナー「よくない。……正直、お前があそこまで気にしてるとは思わなかったんだ」

サシャ「き、気になりますよ……だって…………ィナーの…………ですし……」ボソボソ…

ライナー「しかし、大きいってのは厄介だよな。こればっかりは自分で何とか出来る問題じゃねえし」

サシャ「……っ///」カアアアアッ…

アルミン(なんでサシャの顔が真っ赤になってるんだ……?)

ミーナ(何の? 何の話?)

アルミン(「だって」の後、なんて言ったんだろう? よく聞こえなかったけど……ライナーの何かって言ってたな……)

ミーナ(誰の何が大きくて厄介で自分で何とか出来る問題じゃないの? しかもなんでいきなりそんな話を?)


178 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/13(金) 21:47:58 ID:tLsKXAdc

サシャ「や、やめてくださいよ。こんなところでする話じゃないですって……っ!」アセアセ

ライナー「こんな時じゃないと話せねえだろ。昼は一度逃げられたしな」

サシャ「うっ、それは……でっ、でも、その……そういうこと、話されるのは……すごく、は、は、は、恥ずかしいんです。やめてくださいっ……///」モジモジ

アルミン(ちょっと君たち何の話してるの! ねえ!)

ミーナ(昼間から何してるの? 二人で何してきたの? こんなところじゃなくてどんなところなら話せる話なの?)

サシャ(もうっ、なんでアルミンとミーナのいる前でお腹の音の話なんかするんですか! ライナーってば酷いですよぅ……)ソワソワ

ライナー「そこまで神経質にならなくてもいいと思うけどな。お前だけじゃなくて誰だってぶち当たる問題だ。……俺もな、つい最近まで悩んでたぞ」

アルミン(ライナーも!? なんで!? しかもつい最近!?)

ミーナ(えっ男の人ってそういうの気にするの!? アルミンも!?)チラッ

ライナー(腹の音ってのは自分でコントロールできないから困るよなぁ……わかる、わかるぞサシャ)ウンウン

サシャ「でも……あの、その、あんまり、そのことは話したくないんです。人のいるところでは、特に……」チラチラ

サシャ(ああもう……! 冷たくしなきゃいけないのに、ライナーに遊ばれっぱなしです……! 他の人に見られたらどうしましょう……)ソワソワ

サシャ(こうなったら集中しましょう、集中……えっと、ここの部品をこっちに——)ソッ…


179 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/13(金) 21:48:43 ID:tLsKXAdc

ミーナ「……」ガタッ

アルミン「……」スクッ

サシャ「あっ」カチャンッ

ライナー「……? どうした二人とも、整備終わったのか?」

ミーナ「いや、整備は終わってないんだけどね……その…………」モジモジ

アルミン「だって、ほら…………邪魔じゃない? 僕たち」

ライナー「は? なんでそうなる」

ミーナ「そりゃあ……」チラッ チラッ

アルミン「ねえ……?」チラッ チラッ

ライナー(? 何故俺とサシャを交互に見るんだ……?)

ライナー(……ああそうか、アルミンとミーナもサシャの態度がおかしいってことに気づいてんだな? ——ったく、だったら気を利かせて、このままここにいてくれよな……俺一人じゃ会話にならなくて困ってるってんのに……)

ライナー「誰も邪魔になんか思ってないぞ。むしろいてもらったほうがいいだろ? サシャ」

サシャ「…………」

ライナー「……おいおい、これくらいは答えてくれてもいいんじゃないか? いい加減俺だって傷つくぞ?」ムッ…


180 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/13(金) 21:50:04 ID:tLsKXAdc

サシャ「や、やっと……」プルプル…

ライナー「……? やっと?」

サシャ「やっと……やっとここまで組み上げたのに今ので全部外れちゃったじゃないですかぁっ! もうっ!」ガタンッ!!

ライナー「うおっ!?」ビクッ

ミーナ「あっ」カチャンッ

サシャ「あああああ……もう、全部やり直しぃぃ……」ヘナヘナ…

ライナー「そ、そう落ち込むなって、何も壊れたわけじゃねえんだからよ……」オロオロ…

アルミン「ごめんサシャ、まさか外れちゃうと思ってなくて……あっそうだ、飴あげるから元気出して? ねっ?」

サシャ「飴ですか!?」ガバッ!!

ミーナ「ああっ」ゴトンッ

アルミン「昨日、ミカサが街でいっぱいお菓子買ってきてさ。さっき少しだけ分けてもらったから、サシャにもあげるよ」ゴソゴソ…

サシャ「あめ……!!」キラキラキラキラ…

ライナー「サシャ、もらうのはいいが今は食うなよ? 試験中だぞ、一応」

サシャ「……やだなぁ、食べるわけないじゃないですか。それくらい弁えてますよ」ピーヒョロロ

ライナー「間があったな」


181 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/13(金) 21:50:51 ID:tLsKXAdc

ライナー「アルミンもアルミンだ。軽率にそういうものを出すとは感心しないな」

アルミン「あはは、ごめんごめん。つい……今日のところは見逃してよ、ライナー」

ライナー「ったく、仕方ねえなぁ……で、そういう菓子はいつも持ち歩いてんのか? 座学や技巧ならいいが、立体機動の時には落ちるだろ。それ」

アルミン「ううん、これは昼間にもらったばかりだったから入ってただけで、いつもは入れてないよ。……あ、そうだ。ライナーにもあげるね。いちご味」コロン

ライナー「いや、いらねえよ。俺はこういう甘いもんは——」

アルミン「まあまあ、いいからいいから。……こういうものは一つくらい持っといたほうが都合がいいかもよ?」ヒソヒソ

ライナー「は? 都合がいい……?」

アルミン「いざという時に手懐けるために必要でしょ?」

ライナー「お、おう……? そうだな……??」

ライナー(手懐けるって……こういうのはサシャにしか通用しねえだろ。飴一つで他に誰が食いつくんだ?)チラッ

サシャ「あーめっ♪ あーめっ♪」ニマニマ


182 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/13(金) 21:52:07 ID:tLsKXAdc

アルミン「そうそう、ミーナにもちゃんと分けてあげるね。みかん味でいいかな?」コロン

ミーナ「…………」

アルミン「……? ミーナ?」

ミーナ「……私のも、外れてた」

アルミン「えっ? 外れてたって? ……あっ」

ミーナ「~~~~っ! もう、サシャがいきなり立ち上がったせいで私までやり直しじゃない!! どうしてくれるのよ!!」プンスカ

サシャ「なっ……! 先にやったのはミーナたちじゃないですか! 二人がやらなかったら私だってしませんでしたよこんなこと!」ガツッ

ミーナ「ああああーっ! またぶつかった! 歯車取れたぁっ!」カランッ

サシャ「えっ? ……あ、あの、ごめんなさ——ってちょっと待った、言うほどバラバラじゃないでしょうそれ! 私は最初っからやり直しなんですよ最初っから! ほらほらほらほら!」グイグイ

アルミン「ふ、二人とも、落ち着いて……」オロオロ

ライナー「喧嘩するなって、なっ? 俺も手伝ってやるから——」

ミーナ・サシャ「「ライナーとアルミンは黙ってて!!」ください!!」クワッ!!

アルミン「はいすいませんごめんなさい」ヘコヘコ

ライナー「わかりました静かにします」ヘコヘコ


183 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/13(金) 21:52:54 ID:tLsKXAdc

ミーナ「むぐぐぐぐ……」ギリッ…

サシャ「がるるるる……」ジロッ…

ライナー「……」カチャカチャ…

アルミン「……」キュッキュッ

ライナー「……」

アルミン「……」

ライナー「……さてと」ガタッ

アルミン「ちょっと待ってライナー。どこ行くの?」ガシッ

ライナー「なぁに、便所だ便所。すぐ戻ってくるって」ハハハ

アルミン「へえ……じゃあその手に持った立体機動装置は置いていきなよ。お手洗いで使わないでしょ?」

ライナー「えっ? 普通使うだろ?」

アルミン「使わないよ。そもそも何に使うのさ」

ライナー「……」

アルミン「ライナー?」


184 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/13(金) 21:53:49 ID:tLsKXAdc

ライナー「いや、だってよ……無理だろあいつら止めるの……」ボソボソ…

アルミン「僕にだって無理だよ置いてかないでよ一人にしないで」グイグイ

ライナー「話しかけたらうるさいって言われるからな……せいぜいそっと距離を取るくらいしかできねえぞ?」ササッ

アルミン「だからって現場放棄しても何の解決にもならないじゃないか。何とかしようよ」

ライナー「その何とかが無理なんだろ? ——なあ、アルミンはこういうことには慣れてねえのか? お前ミカサと幼馴染だったんだろ? ミカサと誰かが喧嘩してるのを仲裁したことは?」ヒソヒソ

アルミン「ないよ。そもそもミカサはエレンや僕以外の人にはあまり執着しないからね。去る者は追わずっていうか、モメるほどまでの状態にまでならないっていうか」

ライナー「執着がないって言っても一度くらいはあるだろう? 昔ならともかく、訓練兵団に入った今ならそういう相談もあったんじゃないか?」

アルミン「だからないんだってば。大体ミカサと口喧嘩してもほとんど勝負にならないし、仮に負けそうになっても彼女には拳があるからね。こういうモメ状態に陥ってるのなんか見たことないんだよ」

ミカサ「私が何?」

アルミン・ライナー「」ビクッ


185 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/13(金) 21:54:47 ID:tLsKXAdc

ミカサ「アルミン、ライナー。三人がけの椅子を二人で占拠してはいけない。もっと詰めて」

ライナー「……すまん」ササッ

アルミン「ごめん……」ササッ

ミカサ「……? そこまで寄る必要はない。ライナー、もう少しアルミンから離れて。そのままだとアルミンが椅子から落ちてしまう」

ライナー「……おう」モソモソ

アニ「それで、なんでサシャとミーナが睨み合ってるわけ? 何かあったの?」

サシャ「ミカサあああああっ!」ダキッ

ミーナ「アニいいいいいいっ!」ギューッ!!

ミカサ「むむっ……どうしたのサシャ、そんなにくっついたら暖かくて幸せな気持ちになってしまう」ホワホワ

アニ「暑い。邪魔。離れて」グイグイ


186 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/13(金) 21:56:23 ID:tLsKXAdc

ミーナ「だってだってサシャがね私のね装置をね」ヒックヒック

サシャ「ミーナがミーナがせっかくここまで頑張ったのにミーナが」エグエグ

アニ「二人とも落ち着きなよ。どっちも何言ってるのかわかんないし」

ミカサ「どうどう」ポフポフ

アルミン「……」

ライナー「……」

アルミン「ライナー。提案なんだけど」

ライナー「おう。なんだ」

アルミン「あの二人はミカサとアニに任せておこう」キュッキュッ

ライナー「そうだな。手に負えん」カチャカチャ


187 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/13(金) 21:57:09 ID:tLsKXAdc

—— 一分後

ミカサ「——ということで、二人とも不幸な事故だったのでお互い謝る必要はないし、相手を謝らせる必要もない。ので、このことはさっさと忘れて仲良くすべき」

アニ「それでも気になるなら形式的にでも謝っとけば? ……全く、くだらないことで言い争ってるんじゃないよ」ハァ

ミーナ「ごめんなさい」ペコッ

サシャ「すみませんでした」ペコッ

アルミン(解決した)

ライナー(馬鹿な、簡単過ぎる……! なんでこんなあっさりと……!?)

アニ「あんたたちも正面から取り合ってるんじゃないよ。少し考えれば真面目に喧嘩してないことくらいわかるでしょ?」

ライナー「全然わからん」ブンブン

アルミン「どうやって見分ければいいの?」

アニ「見ればすぐわかるよ、それくらい。——はい、ありがとミーナ。これ返すよ、助かった」スッ

ミーナ「いえいえ、どういたしまして」


188 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/13(金) 21:58:05 ID:tLsKXAdc

アルミン「……? アニ、ミーナからドライバー借りてたの? なんで?」

アニ「ああ、これ? 私のドライバーが昨日の夕方から行方不明でね。朝も昼も探してたんだけど、見つからなかったからミーナに借りたんだよ」

ミーナ「私も一緒に探したんだけどねー……どこに家出しちゃったのかなぁ、アニのドライバー」ハァ

サシャ「家出……ということは、アニのドライバーには足が生えてるんですか? 食べられます?」ジュルリ

アニ「生えてないよ。それに食べられないから」

ライナー「朝昼探して見つからないなら、ただ単にその辺に落としたってわけじゃなさそうだな。最後にあるのを確認したのはいつだ?」

アニ「この試験の前の技巧の時間だよ。だから……そうだね、一週間以上前か」

アルミン「ふむふむ……つまり、犯行時刻は一週間以上前の技巧の時間から昨日の夕方までってことか」ウーン…

ミーナ「ちょっと待ってよ、犯行時刻って……盗まれたわけじゃあるまいし、そんな大袈裟なこと言わなくても——」

ミカサ「いえ、実は私もその可能性を考えていた。寮の部屋には個別に鍵はかかってないし、私たち三人はいつも部屋にいるわけではない。貴重品は寮母さんに預けるけれど、工具箱なんてものは預けないから……しまう位置さえわかっていれば、盗むのはたやすい」


189 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/13(金) 21:58:58 ID:tLsKXAdc

ライナー「……一気にきな臭い話になったな」

アルミン「因みにアニの工具箱はどこに置いてあったの?」

アニ「机の上」

ライナー「盗み放題じゃないか」

アニ「……そういうあんたはどこに置いてたわけ?」ジロッ

ライナー「そりゃ当然………………俺も机の上だな。そういえば」

アルミン「僕もだよ。大抵の訓練兵はみんな机の上に置いてるんじゃないかな? いざという時は他の人に持ってきてもらうように頼むことがあるから、わかりやすい位置に置いておくんだよね」

ライナー「ということは……犯行は誰にでも可能だったってことだな。男子以外」

ミカサ「いえ、誰でも可能なわけではない。私たち三人が同時に部屋を空ける時間帯を把握していなければできない。……ので、同じ階の人間である可能性が非常に高い」

サシャ「うーん……でも、そもそも部屋に置いてある時になくしたとは限らないんじゃないですか? お手洗いに入ってる隙にとか、ちょっと工具箱をその辺に置いて目を離した時にとか……」

ミーナ「……あ、そっか。最後に確認したのが技巧の時間だから、ここの部屋に工具箱を置いて保管室に行ったら誰でもできちゃうのか……」ウーン…

アルミン「人類皆容疑者ってことだね!」パチンッ

ミカサ「それは範囲が広すぎる」

アニ「……」


190 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/13(金) 21:59:57 ID:tLsKXAdc

アニ「……あのさ、そんな大袈裟に考えなくていいよ。どうせその辺に落としたに決まってるんだし」

ミーナ「えー……? そうかなぁ、落としたなら教官のところに届け出があってもいいと思わない?」

サシャ「そうですよね……これ、立体機動装置のカバーを開けるためのドライバーでしょう? 調整用の精密ドライバーならともかく、こんなに大きいものが落ちてたら普通気づきますよ」

アルミン「訓練兵なら工具の大事さを知ってるだろうし、拾ったらみんなに心当たりがないか聞いて回ったりするよね。その話を聞かないってことからして怪しいよ」

ライナー「アニ、お前のそのドライバーだが……何か目立った特徴はないのか? 探す時の目印にしたい」

アニ「は? ……探すの? 今日これから? 明日も試験なのに?」

ミカサ「じゃあいつ探すの?」

アニ「卒業試験が全部終わってからでいいでしょ? 第一、しばらくドライバー使う用事ないんだし」

サシャ「でも、早く見つけてあげないとお腹を空かせてるかもしれませんよ? アニのドライバー」

アルミン「ドライバーはごはん食べないよ、サシャ」


191 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/13(金) 22:00:48 ID:tLsKXAdc

ライナー「確かに使う用事はないかもしれんが……自分のものをなくしたままってのはどうも落ち着かないんじゃねえか? 明日の試験にも影響が出るかもしれんぞ」

アニ「そんなヤワな鍛え方してないよ。……あのさ、探偵ごっこがやりたいなら他所で勝手にやってくれない? 近くでやられちゃいい迷惑なんだけど」カチャカチャ…

ミカサ「わかった、では勝手にやろう。——ただその前に、アニのドライバーの特徴を教えてほしい。情報がなかったら何もできない」

アニ「人の話聞いてた? ——だから、何もしなくていいよ。私のことはほっといて」

ミカサ「何かしたい」

アニ「……」

ミカサ「させてほしい」

アニ「…………」

ミカサ「させて」

アニ「しつこい」

ミカサ「じゃあ教えて」

アニ「……わかったよ。一度しか言わないからよく聞きな」ハァ


192 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/13(金) 22:01:48 ID:tLsKXAdc

アニ「柄は金属でできてるんだけど……てっぺんが三日月型に欠けてるんだ。普通に使ってたらまずつかないような傷だから、見ればすぐにわかると思うよ」

ミカサ「なるほど、三日月型……ところで、どうしてそんなオシャレな装飾をしたの? 目印ならハートマークを入れたらよかったのに」

アニ「……一番最初に立体機動装置を分解した時に、どうしても部品が外れなかったからドライバーの柄で殴ってたんだよ。それで傷がついたの」

ライナー「……お前そんなことしてたのか」

アルミン「道具は大事に使おうよ」

アニ「うるさいな、私の勝手でしょ。……これで満足?」

ミカサ「うん、満足した。ありがとうアニ」スクッ

サシャ「……? ミカサ? どこ行くんです?」

ミカサ「おさんぽ。一周だけしてくる」スタスタ…

ライナー「……一応今は試験中なんだがなぁ」

アルミン「いいんじゃない? ミカサはもう組み立て終わったみたいだし」

サシャ「えっ? ——本当だ、もうできてます……!」ガーン

ミーナ「わ、私も急がなきゃ……!」カチャカチャ…


193 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/13(金) 22:02:50 ID:tLsKXAdc

アニ「……隣」ムスッ…

ライナー「ああ、空いてるぞ。今詰める」ササッ

アニ「……どうも」ストンッ

ライナー「……なあアニ。愛想を良くしろとは言わんから、そうみんなに冷たく接してやるな。せっかく親身になって話を聞いてくれてるんだからよ」ヒソヒソ

アニ「余計なお世話だよ。第一ミーナたちには何も関係ないのに、なんで口出しされなきゃいけないわけ?」カチャカチャ…

ライナー「他の奴らはともかく、ミーナには関係あるだろ。お前、あいつからドライバー借りたんじゃないのか? なら立派に当事者ってことになるだろ?」

アニ「それは……そうかもしれないけど」

ライナー「まあ、お前が人付き合い苦手なのは知ってるけどな。だがこういう時くらいは歩み寄ってもいいんじゃないか?」

アニ「……嫌だよ。他人と関わるとろくなことがない」

ライナー「そうも言ってられないだろ。俺たちは兵士なんだからよ、助け合いや協力は不可欠だぞ? 巨人を倒すためにもな」

アニ「……兵士?」ピクッ

アニ(さっきから妙に話しかけてくるなとは思ったけど……もしかして、今のライナーは——)

アニ「ねえ、あんた——」


194 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/13(金) 22:03:53 ID:tLsKXAdc

ミカサ「アニ、アニ。ドライバーあった」タタタッ

アニ「……は? あったってどこに?」

ミカサ「あっちのほう。——ついてきて。私じゃ本物かどうかわからないから」グイッ

アニ「……」チラッ

ライナー「行ってこいよ。見間違いだったら戻ってくればいいだけの話だろ?」

ミカサ「……見間違いじゃない」ムー…

ライナー「ははは、そうか? 悪い悪い」

アニ「……はぁ、わかったよ。今行くから袖引っ張らないでくれる? 伸びるし」スクッ

ミカサ「ドライバーが逃げたら追うのが大変」

アニ「だから、ドライバーに足は生えてないってば。……じゃあ、行ってくるから」スタスタ…

アルミン「これは……スピード解決しそうな予感?」

ミーナ「こんな短時間でよく見つけたね。常人離れしてるというかなんというか……」

サシャ「でもちょっと空気が不穏ですよ? ……大丈夫ですかね、二人とも」

ライナー「二人で何とかできるだろ。どっちも口下手だが頭は回るからな」カチャカチャ…


195 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/13(金) 22:04:48 ID:tLsKXAdc

ミカサ「ここ。ここにある」ピッ

アニ「いや、ここって言われても……」

アニ(……確かに、机の上にそれっぽいのはあるけど)チラッ

モブ女「……?」キョトン

アニ(まさか本当に盗まれてたとはね……まあ、まだ断定はできないか。ただ単に拾って預かってくれてただけかもしれないし、この子のものである可能性も充分にあるし)

アニ(でも、今の時期に面倒事は起こしたくないんだけどな……見つけてくれたミカサには悪いけど、ここは勘違いで通そうか。ドライバーくらい、別になくなっても困らないし——)

モブ女「ミカサにアニ……? 私に何か用?」

ミカサ「ううん、違う。あなたじゃなくてその使ってないドライバーに用事がある」

モブ女「これ? 貸してほしいの?」ヒョイッ

ミカサ「違う。それはアニのだから返してほしい」

モブ女「……はい?」ポカン

アニ「……」

アニ(……ああ、そういえばミカサは口下手だったね。忘れてた)


196 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/13(金) 22:05:43 ID:tLsKXAdc

モブ女「アニのって……ちょっと、何言ってんの? これは私のなんだけど」

ミカサ「でも、そのドライバーの特徴はアニから聞いたものと全く同じ。もしあなたのものだというのなら、そのてっぺんの傷がどういう経緯で付いたものなのかを詳しく説明してほしい」

モブ女「どういう経緯って言われても、机から落としただけだよ。それ以外に何かあるの?」

ミカサ「机から落としただけではそんな傷はつかない。——アニから聞いたときは半信半疑だったけれど、こうして見たらすぐわかった」

ミカサ「その形状に欠けさせるには、特殊な使い方をする必要がある。その特殊な使い方の話が出てこない時点で、そのドライバーは元々あなたのものではないとわかる」

モブ女「……」

ミカサ「あなたがどういう経緯でそのドライバーを手に入れたのかは敢えて聞かない。たまたまどこかに落ちていたものを拾って、自分のものにしただけなのかもしれない」

ミカサ「でも、今ここにこうして落とし主が現れた。だから返してと言ってるだけ」

アニ「……」

アニ(この状況……周りから見たら、ミカサが無理やりドライバーを強奪しようとしている風にしか見えないだろうね)

アニ(ミカサはこれで説得できてると思って……るんだろうな。たぶん)ハァ

アニ(まあ、このまま黙ってるわけにもいかないか……取り返すなら自力でやらないとね)ジロッ

モブ女「……! な、何よ」ビクッ


197 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/13(金) 22:06:33 ID:tLsKXAdc

アニ「ちょっとそのドライバー貸してくれる? 確認したいことがあるんだけど」

モブ女「……」ジッ…

アニ「別にそのまま持って帰ったりはしないよ。私のじゃなかったらすぐ返すから」

ミカサ「もしアニのじゃなかったら、今日の私の夕食は全部あなたにあげる。それなら文句ないでしょう?」

アニ「だってさ。……どうする?」

モブ女「……わかったわよ。どうぞ」スッ

アニ「どうも。……さて」キュルッ

モブ女「あっ……! ちょっと、何してんのよ!」ガタッ

アニ「確認したいことがあるって言ったでしょ。そんな騒がなくてもすぐ終わるよ」

ミカサ「アニのドライバーは柄が外れるの? 何故?」ジーッ…

アニ「これ、元々は刃先を交換できるドライバーなんだよ。しばらくこれ一種類で使ってたから、自分でも忘れてたんだけどね」キュルキュル…

ミカサ「ほうほう、なるほど」ジィーッ…

アニ「ミカサ邪魔。近い」グイ


198 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/13(金) 22:07:25 ID:tLsKXAdc

アニ「あった。……ミカサ、柄の内側に文字が彫ってあるよね。読んでくれない?」

ミカサ「わかった。……『Leonhart』」

モブ女「は、はぁ……!? な、何それ……! デタラメ言わないで、ちょっと見せてよ!」ガタッ

ミカサ「はいどうぞ」スッ

モブ女「……! 嘘でしょ、そんな……」

アニ「というわけで、だ。……あんたが恋のおまじないでもしてない限り、私の名前を自分の工具に彫るわけないよね」

モブ女「……」

アニ「これでもまだあんたのだって言い張るの? ……それならそれで、こっちには考えがあるけど」

モブ女「……わかったわよ、返せばいいんでしょ返せば!」ブンッ

アニ「はいはい、預かってくれてどうも。邪魔したね。……帰るよミカサ」スタスタ…

ミカサ「わかった、帰る。——おじゃましました」スタスタ…


199 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/13(金) 22:08:11 ID:tLsKXAdc

アルミン「おかえり二人とも。……それで、ドライバーは本物だったの?」

ミカサ「もちろん。私の目に狂いはない」ドヤァ

サシャ「狂いがなさすぎて逆に怖いんですが」

ミカサ「ニンジャは観察力が大事」ニンニン

サシャ「むむっ……! 狩人だって観察力なら負けませんよ!」ギラギラ

ミーナ「何はともあれ戻ってきてよかったね、アニ! これで整備にも集中できるんじゃない?」

アニ「……」ムスッ…

ライナー「どうした、眉間にしわ寄ってるぞ? 何か言われたか?」

アニ「別に何も言われてないよ。……ねえミカサ、あんたどういうつもり?」

ミカサ「……? 何の話?」キョトン

アニ「とぼけないでよ。あんたならもう少し上手い言い方できたでしょ? 口下手の限度を超えてたよ、あれは」

ミカサ「……私の勘違いだったら申し訳ないのだけれど、あの時のアニはあまり乗り気じゃなかったように見えた」

アニ「勘違いも何も最初から言ってたよ。迷惑だって」


200 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/13(金) 22:09:06 ID:tLsKXAdc

ミカサ「いえ、私はそうは思わなかった。少なくとも、ドライバーを探し出すことに関してはまだ諦めていないように感じた。だから、どちらかと言うと……その」チラッ

アニ「何? はっきり言ってよ」

ミカサ「……アニは、私たちに迷惑をかけることを嫌がっていたのではないだろうか」

アニ「……」

ミカサ「普通の人なら、どうでもいいものを長時間探したりはしない。話題にもしないでさっさと忘れる。……特徴を他人に教えたりなんかしないし、そもそも覚えてすらいないと思う」

ミカサ「だから、本当は……『大切にしていたドライバーを探したい』という気持ちと、『私たちに迷惑をかけたくない』という気持ちが混ざり合って、さっきは『迷惑だ』の一言で切り捨ててしまったと考えている」

ミカサ「……ので、アニを乗り気にさせるにはどうしたらいいか考えた結果、ああいう言い方になった」

アニ「……」

ミカサ「アニ、怒ってる……?」

アニ「別に。……余計なお世話だとは思ってるけど」ムスッ…


201 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/13(金) 22:10:03 ID:tLsKXAdc

アニ「ドライバーはちょうど新しいのが欲しかったところだから、なくなっても困らなかったよ」プイ

ミカサ「そうなの? ——ではもう一本買って、そっちのドライバーは予備にするといい」

アニ「……こんなことされたら余計気を遣うんだけど。その辺は考えてなかったの?」

ミカサ「考えてなかった。……というか、私が勝手にやったことだから、アニが気にする必要はないのでは?」

アニ「そっちが思いっきり巻き込んでたでしょうが」ジロリ

ミカサ「……おお、そう言われればそうかもしれない」ポン

アニ「……まあ、一応お礼は言っておくよ。——どうもね」

ミカサ「ふふっ、どういたしまして」クスッ

アニ「……ミカサ」

ミカサ「何?」

アニ「私の訓練服に身体をねじ込もうとするのはやめて」グイッ

ミカサ「大丈夫大丈夫、平気平気」グニュリ

アニ「平気じゃないよ服が伸びる……っ!」ググググッ…


202 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/13(金) 22:11:40 ID:tLsKXAdc

ミカサ「アニ、何をそんなに恐れているの……? さあ、同じ服の中に入って私に話してみて……?」

アニ「恐れてるんじゃなくて嫌がってるんだよ邪魔」グイグイ

ミカサ「なんと……! そんなに心が寒いなら二人でほっかほかになろう。二人羽織しよう」モゾモゾ

アニ「しない。そもそも訓練服は一人用だからあんたの入る隙間はない」

ミカサ「……ふむ。それも一理あるかもしれない。——ではライナー、あなたの上着を貸して」

ライナー「俺のも一人用なんだが」

ミカサ「なるほど、それならベルトルトのを借りてこよう」スタスタ…

ライナー「やめてやれ」ガシッ

ジャン「……」ジーッ…

マルコ「ジャン、何か言いたいことがあったら一言」

ジャン「アニが羨ましい」ギリッ

ベルトルト「君、見境ないんだね……」

コニー「重症だな」

マルコ「何言ってるんだい、かなり前からさ」ハハハ


203 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/13(金) 22:12:29 ID:tLsKXAdc

—— 夜 食堂

アニ「……」

サシャ「……」

ミーナ「……」

アニ「……なんでサシャがここにいるの」

サシャ「ミーナに一緒に食べようって誘われたからです」

アニ「……ミーナって食事当番じゃなかったっけ」

サシャ「そうらしいですね。でも、お昼の狩りがどうとかで先に食べさせてもらえることになったみたいですよ」

アニ「借り?」

サシャ「はい、なんでもミカサがお昼に狩りをしたそうなので……何を狩ってきたんでしょうかねえ、お肉一切れでも分けてもらえないでしょうか」ムフフ

アニ「……まあ、それは置いといて」チラッ

ミーナ「……」ムスッ…


204 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/13(金) 22:13:10 ID:tLsKXAdc

アニ「あんたが機嫌悪いなんて珍しいね。ミーナ」

ミーナ「……私、ああいう陰でコソコソやるのって好きじゃない」ムー…

アニ「……ああ、技巧の時間の話か。——だけどさ、あんたが機嫌悪くならなくてもいいんじゃないの」

ミーナ「アニが怒らないから私が代わりに怒ってるの!!」バンッ!!

アニ「……」パチクリ

ミーナ「あっ……ごめん、大声出して」シュン

アニ「別にいいよ。……怒ってくれてどうも」

ミーナ「……どういたしまして」ショボン…

サシャ「でも、教官に報告しなくて本当によかったんですか? 証拠はあってないようなものですけど、このまま黙ってちゃ泣き寝入りになっちゃいますよ?」

アニ「こんなの今に始まったことじゃないからね。報告してたらキリがないよ」ハァ

ミーナ「えっ、前にもこんなことあったの? 私聞いてないよ?」

アニ「言わなかったからね」


205 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/13(金) 22:13:58 ID:tLsKXAdc

ミーナ「あっ……アニの一匹狼ぃっ! 一人っ子ぉっ!!」バシバシ

サシャ「一人っ子なんですか?」

アニ「ノーコメント。……ミーナうるさい。机叩かないで」

ミーナ「ばかばかばかぁっ! レオンハートなのに狼なんてずるいんだからぁっ!! このいいとこ取りぃっ!!」バシバシ

アニ「知らないよ、どこに怒ってるのさ……ところで、あんたも気をつけたほうがいいよ。サシャ」

サシャ「? 何をですか?」キョトン

アニ「何をじゃないよ。あんたも上位なんだから、こういうやっかみは慣れてるだろうけど……卒業試験が終わるまでは何をされるかわかったもんじゃないんだ。気は抜かないほうがいい」

アニ「特にあんたは前回の山岳訓練で一気に順位を上げてるからね。ふとした時に階段から突き落とされても不思議じゃないよ」

サシャ「……なんでそんな縁起でもないこと言うんですか」ガタガタ

アニ「それだけ目立つことをしたんだからね、当然でしょ。——あんたやミーナは気づいてなかったかもしれないけどさ、こういう雰囲気は前からあったよ。サシャなら身に覚えがあるんじゃない?」

サシャ「えー……? そう言われましても……さっきから、何が何やらよくわからないんですが」ウーン…

アニ「じゃあ聞くけど、この前の山岳訓練の前後に何かなかった? 大して親しくもない奴に話しかけられて、酷い言葉を浴びせられたことは?」

サシャ「……ありました」

アニ「でしょ?」


206 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/13(金) 22:14:37 ID:tLsKXAdc

アニ「今は訓練所全体がピリピリしてるんだ。全員……とまでは言わないけど、一部の人間は、隣に座っている誰かを引きずり下ろすのに必死になってる。あんたもぼんやりしてると巻き込まれるよ」

サシャ「……ここの訓練所、そんなギスギスしてましたっけ……?」

アニ「時期的なものだから仕方がないさ、諦めな。——憲兵団を目指してる奴は当然として……駐屯兵団を希望していても、望み通りの町に配属されるかどうかは最終成績次第だからね。順位が上がればそれだけ自分の希望が通りやすくなる」

ミーナ「……だからって、あんなことするの? 同じ訓練所の仲間なのに……」

アニ「さっきも言ったけど、全員が全員やってるわけじゃないよ。やっかむのだって体力と時間がいるんだからね。みんなそこまで暇じゃないし」

アニ「今回だって、やつあたりするのに都合がよかったのがたまたま私ってだけさ。こんなの野良犬に噛まれたのと一緒だよ、気にするだけ時間の無駄だ」

ミーナ「……」ムー…

アニ「だからあんたも怒ることないよ、ミーナ。……さっさとごはん食べな」ポン

ミーナ「……うん。そうする」

サシャ「余ったら私が請け負いますが」ジュルリ

ミーナ「だーめ。あげないよーだ」モグモグ

アニ「……」


207 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/13(金) 22:15:20 ID:tLsKXAdc

アニ(こんな小競り合いなんかどうでもいい。……それより、ライナーのことをなんとかしないと)

アニ(あいつ、いつから兵士になってたんだろ……? 原因は、まあ……考えるまでもなくサシャなんだろうけど)

アニ(やっぱり昨日、何かあったのかな。……計画までに元に戻ればいいけど、原因がサシャなら難しいだろうね)

アニ(ベルトルトは知ってて放置してるのかな。それとも気づいてないのか……もしくは気づいてるけど、手が打てなくて困ってるのか)

アニ(何にせよ、一度あいつらと話す必要があるね。それも早いうちに——)

ミーナ「——というわけで、アニはお湯を持ってきてね」

アニ「……」

ミーナ「サシャは一度私の部屋に来て、食器とか運ぶの手伝ってくれる? ミカサはそのまま部屋に向かうって言ってるから」

サシャ「はーい、わかりました!」

アニ「……ちょっと待って。何の話?」


208 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/13(金) 22:16:12 ID:tLsKXAdc

ミーナ「あれ、聞いてなかったの? ——今日は夜ごはん食べたらユミルの部屋に集合だよ。ミカサがみんなにお土産くれるんだって」

サシャ「ついでにちょっとしたお茶会をやるんですって! 楽しみですよねー!」ニマニマ

アニ「……い、いや、私はいいよ」アセアセ

ミーナ「いいよじゃなくて行くんだよ」

アニ「だってさ、ほら……あの、用事あるから。私」

ミーナ「今日は当番ないでしょ? 用事って何?」

アニ「……く、草むしりとか……?」

ミーナ「今は冬だから草生えてないよ?」

アニ「……お土産なら、部屋で渡せばいいじゃない。そこなら逃げも隠れもしないよ」

ミーナ「だめだめ、全員一緒に渡したいんだってさ。私とアニとサシャとクリスタとユミルに」

アニ「…………試験前だし、早く寝たいんだけど」

ミーナ「すぐ終わるって言ってたよ」

アニ「……」

アニ(……ああもう、なんでこんなことに)イライラ


209 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/13(金) 22:17:18 ID:tLsKXAdc
今回はここまで これで話の半分くらいです 盛り込みまくってるのでまだ長い模様

ところで映画の前売券のデザインが素晴らしくいいですね 
>>1はライサシャの部分だけ拡大コピーしてポスターにして壁に貼りたいのですが、公開劇場が近くにありません どうしたものか……


217 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/28(土) 20:55:18 ID:.iLUm1v.

—— 夕食後 女子寮 ユミルたちの部屋

ミーナ「十八、十九、二十……よし、いいかな。注ぐよー」トポトポ

クリスタ「……! わぁ、いい匂い……!」クンクン

ミーナ「でしょ? ちゃんとしたお茶っ葉の専門店で買ってきたからね、味はお墨付きだよ」

サシャ「へー……トロスト区には茶葉の専門店があるんですか? 見たことありませんけど……」

アニ「結構小さな店だし、繁華街から外れたところにあるからね。注意して探さなきゃ見つけにくいんじゃないかな」

クリスタ「……? アニも行ったことがあるの? お茶っ葉のお店」

アニ「ミーナに無理やり連れられてね。……でもまさか、調査兵団の屯所の近くとは思わなかったけど」

ミーナ「だって、トロスト区の中じゃあそこが一番品揃えいいんだもん。——しかもこの紅茶はね、その店ではいつも売り切れで買えない超人気商品なの! 今回やっと手に入れたんだー」トポトポ

サシャ「そんな貴重なのに開けてよかったんですか?」

ミーナ「いいのいいの。むしろこういう機会がないと一生開けそうにないし」トポトポ

アニ「それで何缶か無駄にしてたよね、あんた」

ミーナ「あーあー聞こえなーい」ワーワー


218 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/28(土) 20:56:03 ID:.iLUm1v.

ユミル「ただいまー。空の木箱とミカサを持ってきたぞー」ガチャッ バタンッ

ミカサ「こんばんは。遅れてごめんなさい」ヒョコッ

アニ「おかえり。ちょうどお茶が入ったところだよ」

ユミル「じゃあタイミングよかったな。——それじゃあ、木箱を二つくっつけてっと」ガコッ

クリスタ「その上に布を敷いて……はい、簡易テーブルのできあがり!」ファサッ

ミカサ「おお……すごい。なんだか本格的に見える」

サシャ「まだまだこんなもんじゃないですよ! ——カップを置いてー、四つ折りにしたハンカチをお皿代わりに置いて—」コトッ

ミーナ「はい、お茶会の準備出来ましたー!」パチパチ

アニ「……あのさ、別にここまでしなくてもよかったんじゃないの? カップとハンカチは床の上に直接置けば——」

サシャ「何を言ってるんですかアニったらいいですかおいしいものを食べる時にはそれなりの準備がですね!!」ズズイッ

ユミル「へいへい、わかったから座れ座れ」クイ

クリスタ「それでミカサ、お土産ってなぁに? そっちの紙袋に入ってるの?」

ミカサ「その通り。この中にちゃんと全員分詰まっている」ガサガサ

ユミル「しっかし、なんでいきなり土産なんか買ってきたんだよ。どういう風の吹き回しだ?」


219 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/28(土) 20:56:52 ID:.iLUm1v.

ミカサ「では、なぜ私がお土産を買うに至ったのかという話から始めよう。——まず、昨日の昼はエレンとアルミン、そして私を加えた三人で町へとお出かけした。兵舎を出て営庭をのんびり歩いていた私たちは、そこで驚くべきものを」

ミーナ「長い長い長い」

ユミル「必要なところだけ喋れ」

ミカサ「クッキーおいしかったからみんなで食べよう」キリッ

クリスタ「わあ、短くなった」

アニ「簡潔だね。満点だ」

サシャ「クッキー!? お土産ってクッキーなんですか!?」ガタッ

ミカサ「うん。12枚あるから6人で食べよう。1人2枚ずつ」

アニ「12枚って……かなり多いね」


220 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/28(土) 20:57:39 ID:.iLUm1v.

ミカサ「12という数字は素敵な数字。2でも3でも4でも6でも12でも割り切れる。可能性は無限大」

サシャ「1でも割り切れますよね?」キリッ

クリスタ「駄目だよサシャ、クッキー12枚も食べたら太っちゃうよ? お砂糖もバターもいっぱい入ってるし……」

ミーナ「ほほう、クリスタちゃんはお腹のお肉が気になる年頃でいらっしゃる?」ムニムニ

クリスタ「きゃっ!?///」ビクッ

ユミル「おいこら馬鹿ミーナやめろ女神に贅肉なんてついてるわけないだろうが!!」

サシャ「そうですよ、クリスタは贅肉どころか腹筋バッキバキですよ? ミカサほどではないですが」

ミカサ「ふふふ、それほどでも……///」テレテレ

アニ「……別に今のはあんたを褒めたわけじゃないでしょ」

クリスタ「わ、私の腹筋のことはともかく! ——ミカサ、早くみんなで食べようよ! 時間がなくなっちゃう!」

ミカサ「わかった。——それではご対面しよう」ビリビリッ …ガサゴソ


221 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/28(土) 20:58:35 ID:.iLUm1v.

サシャ「ふわああああ……!! これは……!」キラキラキラキラ…

ユミル「……でかっ」

ミーナ「大きさ、手のひらくらいはあるよね……。一口で食べられないクッキーってはじめて見たかも、私」

クリスタ「私もはじめてだよ……ねえミカサ、もしかしてこれかなり高かったんじゃない? 本当にもらっちゃっていいの?」

ミカサ「もらっちゃっていい。……実は、エレンとアルミンにも援助してもらった」

アニ「あの二人が? なんで?」

ミカサ「エレンが『これでお茶会でも開けばいいだろ』と提案してくれた。『お前は口下手だから女友だちとお喋りする機会なんて滅多にないんだろうし、これできっかけでも作ってこいよ』とも」

ユミル(おいおい、友だち作りが下手な妹を心配する兄かあいつは……)

ミーナ(卒団間際にきっかけ作りを提案しても遅すぎると思うんだけど、エレンなりに一生懸命考えたんだろうなぁ……)

クリスタ「ちなみにアルミンは何か言ってなかったの?」

ミカサ「糖分の有用性についてひたすら語っていた」

アニ「……そこはざっくりなんだね」

サシャ「ねえねえミカサまだですかーミカサミカサまだですかー」ユラユラ


222 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/28(土) 20:59:24 ID:.iLUm1v.

ミカサ「落ち着いてサシャ。——それではクッキーをみんなに配布しよう。時計回りで1枚ずつ選んでほしい。私はひと通り味見してきたから、最後に残った2枚で構わない」

ユミル「んじゃ隣の私からだな。えーっと、一番デカそうなのは……これか」ヒョイ

クリスタ「あっ、ユミルずるい! それ狙ってたのにぃ……」ムー…

サシャ「そうですよユミル、一番おっきいのを一番最初に選ぶなんて卑怯です!」ブーブー

ユミル「早い者勝ちだって言うだろー」サクサク

サシャ「ああああ……!」

クリスタ「もう食べちゃった……酷いよ、そんな見せつけるようにして食べなくても……」シュン

アニ「……早く選びなよ二人とも」

クリスタ「あっ、ごめんねアニ。……そうだなぁ、じゃあ私はこれ! チョコのにするね!」ヒョイ

サシャ「私はですねー……どーれーにーしーよーうーかーなー♪」ウロウロ

アニ「……とっとと決めなよ」イラッ

サシャ「すみませんすみませんこれにします」ヒョイ


223 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/28(土) 21:00:14 ID:.iLUm1v.

ミカサ「アニはどれにするの? このレーズンがいっぱい入ったもの? それともこっちの厚いの?」

サシャ「えっ、厚いのがまだ残ってたんですか!?」ガタッ

ユミル「ほう……なるほど。——どれだミカサ」ズイッ

クリスタ「ユミルはだめー!! 見ちゃだめなんだからね!!」ガバッ

サシャ「さあミカサ、クリスタがユミルの目を塞いでるうちにどのクッキーか教えてください早く!!」

ユミル「指の隙間から見えてるぞークリスタ」ハッハッハ

クリスタ「いやーっ!! だめなのー!! 見ちゃだめなのー!!」ギュー

ミーナ「……二人とも、ユミルに思いっきりからかわれてるね。いつも部屋ではこうなのかな?」クスクス

アニ「さあね。でもこれだけ騒いでちゃ、そろそろ隣の部屋の誰かが乗り込んできてもおかしくないんじゃない? ……私はこれにするよ」ヒョイ

ミカサ「マロンクッキー? ……アニは栗が好きなの?」

アニ「……少しね」

ミーナ「まったまたぁ、大好きなんでしょう本当はー」ニヤニヤ

アニ「うっさい」ペチン

ミーナ「あうっ」


224 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/28(土) 21:01:04 ID:.iLUm1v.

ミーナ「うう、酷いよぅ……何も叩かなくてもいいじゃない……」サスサス

アニ「からかうほうが悪い。……あ、おいしいねこれ」サクサク

ミカサ「三十枚を越えるクッキーの中から厳選したのだから当然」ドヤァ

クリスタ「選んできた……? ——っていうことは、昨日はお菓子屋さんに行って来たの? 確か何軒かそういうお店あったよね」

ミカサ「そう、三人で行ってきた。——特に裏通りにあるあのお店はすごかった。古今東西の様々なお菓子が並んでいた」

サシャ「えっ? なんですかそこ天国ですか? もしくは桃源郷でしょうか?」

ミカサ「違う。トロスト区」

ユミル「だっはははははは! トロスト区ってお前!! 天国とかけてんのかよ!!」バチコンバチコン

ミカサ「かけてない」ブンブン

アニ「ユミル、笑いすぎだよ。それにうるさい」

ミーナ「うーん……でも、トロスト区にそんなお菓子屋さんあったかなぁ……? 少なくとも私は知らないけど……」

ミカサ「……」ギクッ


225 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/28(土) 21:01:52 ID:.iLUm1v.

ミカサ「……くっ、やはりミーナの前で嘘は吐けない」プイッ

サシャ「えっ……? ということはお菓子屋さんないんですか!?」ガーン!!

ミカサ「ええ、実はそんなお店はなかった。——でも代わりに、アルミンがそのお店で古今東西の様々なお菓子の話をしてくれた」

サシャ「ほうほう、それでそれで?」ズイッ

ミカサ「例えば、かつて東洋にはオモチというお菓子があった。食感はふにふにで、ほわほわで、もっちもちしていた……とのことらしい」

サシャ「ふにふにで、ほわほわで、更にもっちもちの食感……!?」ガタッ

ミカサ「そう……更にそのオモチを乾燥させて、表面を炙ると……」

サシャ「ど、どうなるんです……!?」ドキドキ…

ミカサ「——オカキ、というお菓子に変化する」

サシャ「オカキ……!」

ミカサ「そう、オカキ。——つまり、オモチは一粒で二度美味しいお菓子であるということ……!」

サシャ「ふおおおおっ!! すごいですね! オモチ食べてみたいです!」パチパチ


226 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/28(土) 21:02:52 ID:.iLUm1v.

アニ「……なんで実物もないのにあんなに盛り上がれるの?」

ミーナ「まあサシャだし?」サクサク

クリスタ「サシャだもんねぇ」サクサク

アニ「……」

アニ(全く、あの子はお気楽でいいね……こっちはこんなことしてる暇ないっていうのに)ハァ

アニ(まあ、サシャにとってはライナーが戦士だろうが兵士だろうが関係ないか。——でもあの観察力だし、今のライナーに違和感くらいは持っててもおかしくないと思うんだけど……)チラッ

ミカサ「更に更に、東洋にはワタアメという、ふわふわーでほわほわーでもっさもさーの飴がある! ……らしい」

サシャ「あ、飴なのにふわふわでほわほわでもっさもさ!?」ガーン!!

アニ(……別に気にした様子もないんだよね。むしろ、いつもより元気そうだし)サクサク


227 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/28(土) 21:03:43 ID:.iLUm1v.

アニ(そういえば、結局晩まで待ったのにエレンから報告なかったな……まあ、兵士になってるんだから聞きようがなかったのかもね。ライナーは、戦士としてサシャに告白したんだろうし……)

アニ(……本当は、こんなところでのんびりしてないでベルトルトと接触するべきだよね。こうしてみんなでお茶飲んでお菓子食べて、だらだら喋って……いったい何の意味が——)ハッ

アニ「……あれ?」

ミーナ「ん? どうしたのアニ、お茶足りなかった? まだあるけど」チャポン

アニ「……いや、別になんでも」プイ

アニ(これ、もしかして……雑誌に書いてあった『女子会』ってのじゃない……!?)

アニ(す、すごい……! 私、今すごく乙女なことしてる……! これで恋バナとか始まったら完全に女子会じゃないの……!?)

アニ「……」ソワソワソワソワ

クリスタ「……? アニ、どうしたの? もしかしてトイレ?」

アニ「………………違うし」シュン

クリスタ「そう? ならいいんだけど……」サクサク…


228 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/28(土) 21:04:31 ID:.iLUm1v.

クリスタ(このチョコ入ったのおいしいなぁ……ミカサにお店教えてもらって、今度ユミルやサシャと一緒に出かけて買ってこようかな……)

ミーナ「……」ジーッ…

クリスタ「……? ミーナ、食べないの?」キョトン

ミーナ「いや、なんていうかさぁ……クリスタが食べてる姿って、小動物みたいですっごくかわいいなって」ジィーッ…

クリスタ「へっ?」キョトン

サシャ「ああ、私もそう思ってました! 子リスみたいですよねー、クリスタ」

クリスタ「こ、これは、そのっ……/// 急いで食べちゃったらもったいないなーって思って、いつもこういう食べ方してるわけじゃっ」アセアセ

ユミル「そうそう、クリスタを動物と一緒にするなよミーナ。サシャのほうがよっぽど動物っぽいだろ?」ケケケ

サシャ「むっ! そんなことは………………まあ否定できませんけど」ガジガジ


229 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/28(土) 21:05:15 ID:.iLUm1v.

アニ「……」バリッ… モグモグ

ミカサ「アニ、おいしい? おいしい?」ウロウロ

アニ「……まあまあ」

ユミル「おいしいならクリスタみたいにもっとにこやかに食べろって。なんで眉間に皺寄せてんだよ」

アニ「…………」ムスッ…

ミーナ「あらら……駄目だよユミル、アニは反抗期なんだからもっと優しく言わないと」

クリスタ「そうだよ、それに私そこまでにこやかに食べてないもん!」プンスカ

ミカサ「……………………おいしくなかった………………?」

クリスタ「えっ? ……あっ、違うのミカサ、そういうことじゃなくて……!」オロオロ

サシャ「この世においしくない食べ物なんかないのでいらないなら私が請け負いますがアニ!!」チョーダイ!!

アニ「嫌だよ。そんな目で見たってあげないから」プイ


230 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/28(土) 21:06:00 ID:.iLUm1v.

ミーナ「でも、アニって結構特殊な嗜好してるよね。栗はともかく、二枚目にカボチャを選ぶとは思わなかったな」

ミカサ「ええ、私も驚いている。……まさか数あるクッキーの中でそれを選ぶとは……!」ワナワナ…

サシャ「アニって健康志向なんですか?」

アニ「クッキー食べてる時点で健康志向じゃないと思うけど」

ユミル「しかもこんな時間に食べてるしなー。寝る前に菓子食うと太るらしいぞー」

クリスタ「…………」プニュプニュ

ミーナ「一晩食べたくらいで太るわけないって、大丈夫だよ。……それで、なんで栗とカボチャなの? まだココアとかプレーンとか残ってたのに」

アニ「……前に食べた時、おいしかったから」

ユミル「ふーん……ま、妥当な理由かぁ……」ウトウト…

ミーナ「確かにあのお店のカボチャのポタージュはおいしかったよね! また食べに行く?」

サシャ「行きます!!」

ミカサ「サシャに言ってるわけじゃないと思う」

アニ「いや、あれはまずかったから却下」

ミーナ「えっ!? じゃあいつの話!? いつカボチャ食べたの!? 食堂のごはん!?」

アニ「……教えない」


231 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/28(土) 21:06:52 ID:.iLUm1v.

ユミル「……」トロン…

クリスタ「あれ? ユミルどうしたの? 眠いの?」

ユミル「んー……? いや、あんまり……」ゴロン

クリスタ「あっ……もう、床に寝そべっちゃ行儀悪いよ! ちゃんとベッドに寝よ? ねっ?」

ユミル「……」ノソノソ

クリスタ「匍匐前進は服が汚れちゃうからだめだってば! ほらユミル、起きて起きて!」ユサユサ

アニ「……ねえ、なんだかユミル寝ぼけてない? 目が虚ろだし」

ミーナ「まだ消灯時間前なのにねぇ。もしかして、昨日は夜更かしでもしたのかな? それで眠いとか?」

サシャ「いえいえ、そんなことないですよ。昨日はちゃんといつも通りごはん食べてお風呂入って、消灯過ぎにはいびきかいてましたし」

ミカサ「では、今日の試験の疲れが溜まっていたのではないだろうか。午前はともかく、午後の技巧は神経を使う作業だったから」

サシャ「ああ、そうなのかもしれませんね…… ……あれ? でもユミルって技巧は得意なはずですよ? クリスタに何度か教えてるの見ましたもん」


232 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/28(土) 21:07:42 ID:.iLUm1v.

アニ「……もしかしてさ、お茶かクッキーになんか混ざってたんじゃないの?」

サシャ「ほうほう、何かが混ざって…………何かってなんです?」

アニ「知らないよ。……けどまあ、眠くなるような成分とかかな。たぶん」

ミーナ「待って待って、仮にそうだとしてもお茶には入ってないよ! みんな同じの飲んでるんだし、カップもちゃんと洗ったし!」ブンブン

サシャ「ということは、ミカサが買ってきたクッキーが怪しいってことになりますけど……」

アニ「ミカサ、買ってきたクッキーの種類全部言える?」

ミカサ「もちろん。私は肉体を完璧に支配できる……ので、昨日買ったクッキーの種類を全て覚えることもお茶の子さいさい」グッ

アニ「肉体は関係ないと思うけどね。じゃあ言ってみて」

ミカサ「私が選んだ順番と価格が高い順番とアルミンが豆知識を披露してくれた順番のどれがいい?」

アニ「……どれでもいいから早くして」イライラ

ミカサ「わかった。では私が選んだ順番で思い出そう。——まず、一枚目はプレーン、二枚目はチョコチップ、三枚目がオレンジピールで、その次がココア、ピスタチオ……」ブツブツ…

ミーナ「うーん……こうして聞く限りじゃ普通のラインナップだね」

サシャ「そうですね。何も変なものは入ってなさそうですけど……」


233 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/28(土) 21:08:40 ID:.iLUm1v.

ミカサ「マロンにアーモンド、ラムレーズン、カボチャ……それからええっと」

アニ「ちょっと待った。……ラムレーズン?」

ミカサ「そう、レーズンではなくラムレーズン。間違いない」

アニ「ふぅん、なるほどね……つまり、ユミルはただ単に眠いんじゃなくて酔っ払ってるってわけか」ハァ

ミーナ「……サシャ、ラムレーズンって何? レーズンとは違うの?」ヒソヒソ

サシャ「ラムレーズンっていうのは、レーズンをラム酒に漬け込んだもののことですよ。独特の風味が出ておいしいんですよねー」ムフフ

ミーナ「ラム酒……ってことはアルコール漬けってこと? ……えっ、お酒? いいの?」

サシャ「まあ、世の中にはお酒の入ったチョコレートも普通に売ってますしね。それにオーブンで焼いたらアルコール分は飛んじゃうはずなので、問題ないはずなんですが」

アニ「焼きあがった後に風味付けで吹きかけでもしたのかな。それでも空気に触れてれば飛んじゃうはずだし……酔うほどアルコールが残ってたなら、他のクッキーに匂いが移っててもおかしくないんだけど……」ブツブツ…

ミーナ「でも、どれもお酒っぽい匂いはしなかったよね? ……なんで酔っ払っちゃったんだろ、ユミル」チラッ

ユミル「にゃっははははははは! クリスタお前なんで耳が二つしかないのに顔が二つに増えてるんだよ! 聞こえねえだろそれじゃ!!」バチコンバチコン

クリスタ「ユミル、しーっ! 寮母さんが来ちゃうよ! あと顔は二つもついてないから!」オロオロ…


234 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/28(土) 21:09:31 ID:.iLUm1v.

アニ「……飲酒って何か罰則あったっけ」

サシャ「ええっと、確か結構重たいのがあった気がします。……少なくとも、バレたら卒業試験は受けられなくなるでしょうね」

ミーナ「だよねぇ……」

ミカサ「……? 三人とも、何故罰則の話をしているの? ユミルが食べたのはお菓子であってお酒ではない。罰則を受けるのはおかしい」

アニ「ああ、それは私も同じ気持ちだよ。……でもさ、あの馬鹿笑いするユミルを見て教官や寮母さんが納得してくれると思う? 『お菓子を食べたらああなりました』って言って信じると思う? 『飲酒を隠蔽しようとしている』って判断するのが普通なんじゃない?」

ミカサ「えっ……? で、でも、お店のおばちゃんは『訓練兵でも食べて問題ない』って言ってたし……だから……」オロオロ…

サシャ「ああー……お店のおばちゃんはそう言うでしょうねぇ、一枚でも多く売れてほしいでしょうし」

ミーナ「これはエレンとアルミンの監督責任が問われるところだね」キリッ

ミカサ「……もしかして、買ってきてはいけないものだった?」

ミーナ「うーん……休日の昼だったら問題なかっただろうけど、卒業試験の真っ最中にこれはまずいんじゃないかな……?」

アニ「営倉にぶちこまれるだけで済めばいいけどね。……最悪、卒業できずに開拓地送りかな」

ミカサ「……………………」サーッ…


235 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/28(土) 21:10:31 ID:.iLUm1v.

ミカサ「ど、ど、ど、どうしよう……! 私のせいでユミルが……!」オロオロ…

サシャ「だっ、大丈夫ですよ、ミカサのせいじゃないですって! ——あっ、そうだ! まずは空気を入れ替えてすっきりしましょう! というわけで窓開けますね!」スクッ

ミーナ「待って待って待って、窓開けたらユミルの声が外まで聞こえちゃうよ! えっと、まだお湯が残って……ああっ! もうない!」カランッ

アニ「三人とも落ち着きなよ。本当に飲酒したわけじゃないんだから、たぶん朝にはお酒が抜けて元通りになってるはずだ。だから、今私たちがやるべきことは——」

ミカサ「たぶん!?」クワッ!!

アニ「ひっ」ビクッ

ミカサ「…………………………………………たぶん?」ジィーッ…

アニ「……ぜ、絶対。絶対大丈夫だから」

ミカサ「そう……ならよかった。一安心」ホッ

アニ「……とにかく、今はユミルを人目に晒さないことだけを考えるんだ。取り敢えずサシャはクリスタと協力して、ユミルを部屋から出さないように努めることだね。点呼もなんとか誤魔化しな」

サシャ「……私たちでユミルを押さえきれるんでしょうか……?」

アニ「その辺は『頑張って』としか言えないよ。もちろん、私たちもできる限りはフォローするさ」


236 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/28(土) 21:11:22 ID:.iLUm1v.

アニ「見つかった時に一番危険なのはユミルだけど、私らだってタダで済む保証はないんだ。もしかしたら、ユミルに酒を飲むように促したって疑われる可能性もあるし」

ミカサ「……そんなつもりじゃなかったのに」シュン

アニ「わかってるって。……今回はちゃんと説明しなかったお店の人が悪いよ。あんたのせいじゃない」

ミーナ「そうそう、アニの言うとおり! ——今日は楽しかったよ、ミカサ。誘ってくれてありがとね」ナデナデ

サシャ「私も、ごはんの他にこんなおいしいもの食べられてすっごく幸せでした! 今度はみんなでクッキー食べに行きましょう? 約束ですよ?」グッ

ミカサ「……うん、わかった」コクッ

アニ「まあ、ユミルがここまでお酒に弱いのも予想外だけどね……クッキーでこれなら、酒場の匂いだけでも酔えるんじゃないの?」

サシャ「あっ、そういえば……二年目の秋のお祭りの時に、うすーいお酒が出たことありましたよね? 確かあの時のユミルって、自分のお酒に手を付けてないのに妙に顔が赤かった気が……」ポン

ミーナ「あっ、それなら私も覚えてるよ! 『余ったお酒がもったいないから』って言って、クリスタに無理やり飲ませてた時だよね?」

アニ「……きっとあの時、もう既に匂いで酔ってたんだね」

ミカサ「なんということでしょう……」ガタガタ…

ミーナ「お酒って怖いねぇ……」

サシャ「ですねぇ……」


237 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/28(土) 21:12:20 ID:.iLUm1v.

ミーナ「……で、結局私たちは何をすればいいんだっけ?」

ミカサ「ユミルのアルコールが抜けるまで優しく見守る」

アニ「違う」

ミカサ「……ユミルのアルコールが抜けるまで厳しく見守る」

アニ「それも違う。……まあ、消灯時間までは交替で介抱かな。せめて水だけでも調達してこないとね」

アニ「あとは、笑い声が隣の部屋まで聞こえないように対策を練らないと……まあ、これは上から毛布を被せておくだけでいいと思うけど」

ミカサ「そんなものじゃ生ぬるい。この麻袋と麻縄で確実に仕留めよう」シュルッ

アニ「仕留めなくていいよ。……わっ!」ヨロッ

ユミル「……ふへへぇ」ノシッ…

クリスタ「ユミルだめー! そんな全身でのしかかったらアニが潰れちゃうよ!」グイグイ


238 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/28(土) 21:13:09 ID:.iLUm1v.

アニ「……ユミル、どいて。重い」

ユミル「んー……」ウツラウツラ

アニ「どいてってば。邪魔だよ」イライラ

ユミル「ふへへ……クリスタはほんとうにかわいいなぁ……」ニマニマ

アニ「クリスタはあっち」

クリスタ「私はこっちー!」グイグイ

ユミル「なぁーに言ってんだよクリスタ、よーくクリスタの顔を見てみろよぉ……」ムニュッ

アニ「……」

ユミル「この流れるような金髪、くりくりの瞳、小柄な身体……! どこをどうとってもクリスタそのものじゃねえか……!」ナデナデ

サシャ「いえ、どこからどう見てもアニそのものですけど」

ユミル「アニ? ……え、クリスタお前アニになったのか? 私に黙って?」

アニ「…………」

ミカサ(ひええええ……)ガタガタ…

ミーナ(とてつもなく怒っていらっしゃる……!)プルプル…


239 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/28(土) 21:14:05 ID:.iLUm1v.

ミーナ「ね、ねえユミル……その子がクリスタだってことはわかったからさ、一旦離してあげてくれないかな? そんなにぴったりくっつかなくてもいいんじゃない?」

ミカサ「是非そうしたほうがいい。この部屋が焼け野原になってしまう前に」コクコク

ユミル「やだぁー」ギュー

アニ「・・・・・・」

サシャ「えっと……あの…………そ、そうだ! ユミル、このままだとアニ……じゃなかった、クリスタがユミルの重さで潰れちゃいますよ! かわいそうだからどいてあげてください!」グイッ

ユミル「私の愛は重くなんかないっ!!」

サシャ「愛の話はしてません!!」

ユミル「なんでみんな私からクリスタを取り上げようとするんだよぉ……これは私たち二人の問題なんだからほっといてくれよぉ……」グスグス…

ミカサ「クリスタじゃないから取り上げようとしているのに、何故わかってくれないのだろうか」

ミーナ「人って酔うとこうなるんだねぇ……勉強になるなぁ」フムフム

クリスタ「…………」ムー…


240 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/28(土) 21:15:01 ID:.iLUm1v.

クリスタ「ユミル、いい加減にしてよ! クリスタは私! わーたーしーなーのー!」ポカポカ

ユミル「はっはっはっは、馬鹿言うなよクリスタ、そんなことになったらクリスタが二人に増えちまう…………待てよ、クリスタが二人? ということは両手に花?」ハッ

アニ「・・・・・・・・・・・・」

サシャ「ユミル、アニが怖いのでその辺にしておいてもらえませんかー……?」

ユミル「夜は両脇で挟んでもらうとして……食事はどうする? やはりここは平等に横に座ってもらうのがいいんだろうが……しかし、それだとクリスタの顔を眺める時間が減ってしまう……ということは、ここは上下でサンドイッチしてもらって……」ブツブツ…

ミーナ「全然聞いてないね」

ミカサ「こうなったら、私たちが取るべき道は一つしかない」

サシャ「説得も失敗に終わりましたもんねえ。それで、何するんです?」

ミカサ「実力行使。……ユミルをアニから力尽くで引き剥がす」

ミーナ「やっぱりそれしかないかぁ……」

サシャ「ですね。早く寝かしつけちゃいましょう」

アニ「……もうちょっと早くに提案してもらえなかったのかな。それ」ハァ


241 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/28(土) 21:16:19 ID:.iLUm1v.

ミカサ「引き剥がすのは私とクリスタでやる。ので、ミーナとサシャは調理場にヤカンを返してきた後、帰りにお水を持ってきてほしい。そろそろ閉まる時間のはずだから」

ミーナ「あ、そっか。試験中だからいつもより早いんだっけ」ポン

サシャ「でも、ミカサとクリスタの二人に任せて大丈夫なんですか? 体格的に考えれば、私とクリスタが代わったほうが……」

クリスタ「……サシャ。女にはね、引けない時があるの……!」ゴゴゴゴゴ…

サシャ「は、はぁ……? まあ、クリスタがやりたいならいいんですけど……」

ミーナ「じゃあ、パッと行ってサッと帰ってくるね! アニ、私はいないけど頑張って!」グッ

アニ「急いで帰ってきてお願い」

ミーナ「わかったわかった。——さあサシャ、早く行こう!」ガチャッ

サシャ「はーい。——ではみなさん、頑張ってくださいねー!」タタタッ バタンッ


242 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/28(土) 21:17:30 ID:.iLUm1v.

—— 同刻 男子寮 エレンたちの部屋

エレン「……」ポリポリ

アルミン「……」ポリポリ

ベルトルト「……」ポリポリ

マルコ「……」ポリポリ

コニー「……」ポリポリ

ジャン「……」ポリポリ

ジャン「……………………」


243 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/28(土) 21:18:28 ID:.iLUm1v.

ジャン「……なあ、一体なんなんだ? この集会はよ」

エレン「『俺とアルミンが買ってきたひよこ豆をみんなで楽しく食べる会』」ポリポリ

ジャン「なんでひよこ豆なんだよ」

アルミン「ミカサにクッキー買ってあげたらお金がなくなっちゃったからだよ」ポリポリ

ジャン「……で、楽しいか? これ」

エレン「……」ポリポリ

アルミン「……」ポリポリ

ジャン「なあ」

コニー「……」ポリポリ

ベルトルト「……」ポリポリ

マルコ「……」ポリポリ

ジャン「……」

コニー「……あ、そういえばさ」


244 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/28(土) 21:19:20 ID:.iLUm1v.

コニー「これはひよこ豆っていう名前だけどよ、にわとり豆ってねえのかな」

ジャン「あるわけねえだろ馬鹿」ポリポリ

アルミン「お菓子屋さんには売ってたよ。砂糖を上からかけて、にわとりのトサカに見立ててた。高かったから買うのやめたけどね」

コニー「だってよ」

ジャン「……」ポリポリ

コニー「あるじゃんか。にわとり豆」

ジャン「うるせーな。だからなんだってんだよ」イライラ

エレン「ジャン、見苦しいぞ。素直に負けを認めろよ」

ジャン「負けてねえよ。つーか口出しすんな。関係ねえだろお前」

エレン「あぁ? ——ここは俺の部屋だしこの豆は俺が買ってきたもんだしそもそも俺はお前に声かけてねえのになんで来てんだよ」

アルミン「僕がかけたんだよ」

ジャン「だとよ。——そもそもここはお前だけの部屋じゃねえしお前一人で買ってきたわけじゃねえし俺はお前じゃなくてアルミンに誘われたから来たんだよ」


245 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/28(土) 21:20:12 ID:.iLUm1v.

アルミン「まあ、僕が誘ったのはマルコなんだけどね」ポリポリ

ジャン「……」

コニー「ちなみに俺はエレンから誘われた」ポリポリ

ジャン「…………」

マルコ「僕はコニーが誘われたって聞いたから、ジャンも誘うべきだと思った」ポリポリ

ジャン「……そこはそっとしといてくれよ」

マルコ「うーん……そうしようかとも思ったんだけどさ。ジャンは強い人ではないから、後から聞いたら一人でしくしく泣くんじゃないかと思って……」

ジャン「……………………」

エレン「嫌なら今から帰ってもいいぞ、ジャン」

ジャン「誰も嫌なんて言ってねえだろ。……ちっ、仕方ねえから付き合ってやるよ」バリボリバリボリ

アルミン「ジャン、一度に摘んでいいのは一粒までだよ。そして次の豆は口の中の豆がなくなってから手を出すこと。これが絶対条件だ」

ジャン「たかが豆粒ごときをしけた食い方してんじゃねえよ、ったく……なあベルトルト、お前もそう思うだろ?」

ベルトルト「……え? あ、ごめん。聞いてなかった。何?」ポリポリ


246 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/28(土) 21:21:07 ID:.iLUm1v.

ジャン「だから、こんな食い方じゃ何も楽しかねえだろっつってんだよ。これじゃあ会の目的に反してるじゃねえか。なあ?」

ベルトルト「そうかな? 僕は今、すごく心が安らいでるけど……」

ジャン「……は?」

ベルトルト(日中はず————————————————っとライナーのこと考えてたからなぁ……ああ、今みたいな何も考えなくていい時間はほっとする……)ホッコリ

アルミン(こんなギスギスした空気でほっとするって……)ゾッ…

マルコ(ベルトルト、疲れてるのかな……試験疲れにしちゃ早い気がするけど……)

ジャン(そういやこいつ、心なしか目ん玉濁ってねえか? ……明日の試験大丈夫なのかよ)

エレン(もしかして、ベルトルトは俺たちに気を遣って「安らぐ」って言ったんじゃねえか? これ以上険悪な空気にしたくないから、本当の気持ちを偽って……)ハッ

ジャン「……」チラッ

エレン「……」チラッ

ジャン「……エレン、一時休戦だ。いいな」ポリポリ

エレン「そうだな。そうしよう」ポリポリ


247 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/28(土) 21:21:55 ID:.iLUm1v.

コニー「そういやライナーはどこ行ったんだ? さっきから全然見ねえけど」キョロキョロ

ベルトルト「トイレじゃないかな。知らないけど」

ジャン「知らないのかよ」

マルコ「トイレにしては長すぎないか? ここに来て、もうそろそろ三十分は経つよ」

アルミン「そもそも、夜ごはんを食べた後から姿を見てないんだよね。誰か知らない?」

ジャン「聞くのが遅すぎんだろ……俺たちが来た時に聞けよ。そういうことは」

エレン「仕方ねえだろ。俺とアルミンだってトイレだと思ってたんだよ」

マルコ「……そういえば、兵舎の廊下でフランツに声をかけてたな。もしかしてそのせいかも」

アルミン「……? かけられてたんじゃなくてかけてたの? ライナーがフランツに?」

マルコ「うん。——何やら大きな木箱を持ってたから……あれはきっと、倉庫の掃除でも頼まれたんだと思うな。それを手伝ってるんじゃないか?」

ジャン「こんな時間までか? ……俺はてっきり、誰かと逢引してんじゃねえかと思ってたんだがなー」

ベルトルト「……それはないよ」ボソッ

ジャン「そうか? ……まあ、試験前だしあいつらも弁えてるか」


248 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/28(土) 21:23:01 ID:.iLUm1v.

コニー「それでよ、そのライナーの話なんだけどさ——」

ジャン「なんだよ、まーたイチャイチャイチャイチャしてる現場でも押さえたのかちくしょう羨ましいふざけんな!!!」バリボリバリボリ!!

エレン「ジャンうるせえ」

マルコ「気管に豆が入っても知らないよ」

コニー「違ぇよジャン、そういう話じゃねえって。——実は昼に、すげえもん見ちゃったんだ。俺」

ジャン「すげえもん……? 今更キスの一つや二つじゃ驚かねえぞ俺は」ポリポリ

アルミン「そうだね。そろそろ血で血を洗う殺人事件くらい起きてくれないと」アハハ

コニー「……あながち間違ってねえかもな」

アルミン「え?」

コニー「あいつさぁ……人気のない小屋の陰でハンカチ握りしめて、はぁはぁしてたんだ……!」


249 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/28(土) 21:23:50 ID:.iLUm1v.

マルコ「……えーっと、処理中?」

エレン「何のだよ」

アルミン「そりゃあ……ねえ……?」」チラッ

ベルトルト「…………」ダラダラ…

ジャン「コニー、お前……いくらなんでも趣味が悪いぞ。そういう時は覗くもんじゃねえだろ……」

コニー「いやいや、趣味が悪いのはライナーだろ。だってそのハンカチ真っ赤だったんだぜ?」

アルミン「真っ赤……?」

ベルトルト「……と、トマトでも拭いたんじゃないかな。たぶん」

エレン「トマトの旬は夏だぞ。冬には出回らねえよ」

ジャン「知らねえよそんなもん」

コニー「トマトはないな。あれは間違いなく血だった」

マルコ「狩猟民に言われると説得力があるね」

コニー「ライナーはまじないだって言って誤魔化してたけどよ、血に染まったハンカチを持ってはぁはぁするまじないなんてあるか?」

アルミン「うーん……少なくとも僕は聞いたことないかな」


250 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/28(土) 21:24:48 ID:.iLUm1v.

ベルトルト「……じゃ、じゃあさ、ナイフで手を切ったんじゃない? もしくはブレードで、こう……ズバッと」シュッ

コニー「いいや、ナイフじゃあんなに血は出ねえよ。——あれはたぶん噛み傷だな」

ジャン「噛み傷だぁ? なんだよ、サシャにでも噛まれたって言いてえのか?」

ベルトルト「……!」ハッ

ベルトルト(……もしかして、昨日ライナーはサシャに噛まれたんじゃないか?)

ベルトルト(自分は真剣に想いを伝えているのに、未だに自分のことを食糧扱いするサシャに嫌気が差して……それで、彼女と関わりがあったことも忘れてしまおうと……!)

ベルトルト(あ、ありえる……! いや、絶対にそうだ! そうに違いない!)

コニー「いいや、人に噛まれてもあそこまで血は出ねえよ。きっと犬か猫だろ」

エレン「……? なんでそう言い切れるんだ?」

コニー「昔、妹に思いっきり指を噛まれたことがあってさ……その時、血はほとんど出なかったんだけど内出血でむちゃくちゃ腫れたんだよなぁ……」

マルコ「うわぁ……」

アルミン「やんちゃな妹さんをお持ちでいらっしゃる……」


251 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/28(土) 21:25:57 ID:.iLUm1v.

コニー「そんでさぁ、ベルトルトは何か知らねえか? ライナーは調査兵団の……なんだっけ、なんたらかんたらさんって人からもらったって言ってたんだけどよ」

エレン「調査兵団!? それ俺もほしい!!」

ジャン「馬鹿、嘘に決まってんだろ」

マルコ「憲兵団の記念ハンカチならあるよエレン。あげないけど」

アルミン「あげないんだ……?」

ベルトルト「……コニー、ありがとう」

コニー「おう? 何が?」

ベルトルト「今夜はゆっくり眠れそうだよ、僕……」フフフ…

コニー「……? そうか? ならいいけどよ……」ポリポリ…

ベルトルト(なんだよ、深刻に考えて損したなぁ……あの二人だし、そんな理由ならそのうち適当に仲直りするだろうからほっといても……あれ? 仲直りしていいんだっけ? 駄目なんだっけ?)

マルコ(うわあああ……! ライナーが血塗れのハンカチ持ってたって聞いて笑ってる……!)ゾゾッ…

ジャン(さっきから安らぐだの眠れそうだのなんなんだよ! 俺にはお前がわかんねえよベルトルト!)

エレン(そうか……眠れなくなるほど悩んでたのか、ベルトルト……今度ミカサに頼んで眠れるお茶でも持ってきてもらうかな……)ウーン…

アルミン(この話題はもう広げないほうがいいよね……? えっと、他に何かなかったかな……)チラチラッ


252 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/28(土) 21:26:59 ID:.iLUm1v.

アルミン「……そ、そういえばさ、そのライナーはいつ帰ってくるのかな? 早くしないと豆がなくなっちゃうけど」

ジャン「あー……そうだな、そろそろ探しに行ったほうがいいかもな、そうするべきだ」スクッ

コニー「? だからフランツの手伝いだろ? このままここで待ってりゃ来るんじゃねえか?」

マルコ「いいや、一刻も早く探すべきだと僕は思うな。だから僕も行ってくるね」スクッ

アルミン「じゃあ僕も行こうかな。もう豆でお腹いっぱいだし」スクッ

エレン「アルミンが行くなら俺も行くかなー。——ベルトルトとコニーはどうする? ここで待ってるか?」スクッ

コニー「俺は面倒くさいからいいや。ここで待ってる」ポリポリ

ベルトルト「僕も遠慮しようかな。あんまり大人数で動き回ったら、教官に目をつけられるかもしれないし」

マルコ「あっ、そうか……今の時間だと、見回りの教官に見つかる可能性もあるのか……」ウーン…

ジャン「別に見つかったっていいだろ。まだ消灯時間前なんだしよ」

エレン「そうそう、何もやましいことはしてねえんだし、堂々と歩いて問題ないって」

アルミン「じゃあ、十分くらい探したら一旦ここに戻ってくるってことで。——二人とも、留守番頼むね」ガチャッ バタンッ


253 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/28(土) 21:27:54 ID:.iLUm1v.

—— 男子寮 廊下

エレン「よし、それじゃ手分けしてライナー探そうぜ! ——ということで俺は兵舎行ってくる!」ダッ

ジャン「へいへい、行って来い行って来い」シッシッ

マルコ「……ねえアルミン、ベルトルトは本当に大丈夫なの? 最近眠れてる? 寝相はどう? 何か悩みごととかあったりしない? ごはんは毎日三食欠かさず食べてる?」ヒソヒソ

アルミン「うーん……ごはん事情までは把握してないけど、最近はちゃんと眠れてると思うよ。悩みごとは……ちょっとよくわからないな。ライナーに聞けばわかるかもしれないけど」

ジャン「そのライナーのことで悩んでたりするんじゃねえのか? あいつの色ボケは最近凄まじいからな」

マルコ「そうそう、今日の昼なんて『保護者じゃない』ってはっきり否定してたからね」

アルミン「……! ということは——遂になっちゃったのかな。恋人に」

マルコ「かもね。……実は昨日、大人の階段登っちゃったのかも」

ジャン「……………………あんにゃろぉぉお……」ギリギリ…

マルコ「ジャン、眼力で壁に穴は空かないよ」

アルミン「いくら歯を食いしばってもカップルは別れないんだよ」


254 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/28(土) 21:28:46 ID:.iLUm1v.

ジャン「俺はなぁ、朝からどうもおかしいと思ってたんだよ……! あれだけ色々やらかしといて『何も関係ない』なんてよぉ……! んなわけねえだろふざけんなよこんちくしょうめ……!!」ブルブル…

アルミン「まあまあ、落ち着いてよジャン。——ライナーだって恥ずかしかったんだよ。まさかあんな風にからかわれるとは思ってなかっただろうし」

マルコ「部屋に戻ってこないのも、実は僕らの追及を避けるためだったりしてね」

アルミン「ああ! それありえるかも!」ポン

マルコ「元々騒ぎ立てられるのが好きじゃなさそうだからね。確か一番最初の時も周りに釘刺してなかった?」

アルミン「うんうん、そんなこともあったね……懐かしいなぁ、あの後ミカサに言い聞かせるのすごく大変だったんだよなぁ……何回も何回も何回も何回も説明したのにわかってくれなくて……」ウフフ

マルコ「アルミーン? おーい、帰ってきてくれアルミーン」ユサユサ

ジャン「くっそぉぉおおお……!! 遂にライナーも彼女持ちかぁあぁぁ……!! 羨ましいぃぃいいい……!!!」ギリギリギリギリ…

マルコ「彼女持ち……? ——あっ! もしかして……ライナーは手伝いをするついでに、恋人としての心得をフランツから聞き出してるんじゃないかな? それで時間がかかって……」ポン

ジャン「おっしゃあまとめて血祭りにあげてやらぁ!!」ガララッ

マルコ「えっ? ——ちょっ、ちょっと待てよジャン! そっちは窓だぞ!!」

ジャン「うるせえ今更外歩き用のブーツに履き替えてられっかよ!! ——駆逐してやる……! 彼女持ちは、この世から一匹残らず!!」ビョンッ

マルコ「ジャ——————ン!?」


255 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/28(土) 21:29:48 ID:.iLUm1v.

     —— ビュオオオオオ….

アルミン「くしゅんっ!! ……あ、あれ? ねえマルコ、ジャンはどこ行ったの? いつの間にかいなくなってるけど……」キョロキョロ…

マルコ「……」

アルミン「……? ねえ、どうして窓が開いてるの? 何かあった? ていうか寒いから閉めていい? 風が吹き込んできてるし……」

マルコ「……」

アルミン「?? ……えーっと、閉めるね? いいかな?」ガラガラ…

マルコ「アルミン。……今、僕らの期待の星が窓から飛び立ったよ」

アルミン「え? ああ、うん……? え、何が? 何の話?」

マルコ「……僕は営庭を見てくるよ。彼ほどの情熱はないけど……こんな僕でも、力になれると思うから……!」スタスタ…

アルミン「う、うん……? わ、わかった……??」

アルミン(えーっと、エレンは兵舎、マルコは営庭なのか……僕は食堂のほうでも見てみようかな。サシャと逢引してる可能性だってまだ捨てきれないしね……)スタスタ…


256 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/28(土) 21:30:37 ID:.iLUm1v.

—— 同刻 とある倉庫

フランツ「……ふぅ、やっと終わった。ありがとうライナー、助かったよ」

ライナー「おう、気にすんな。——それじゃ、鍵閉めて寮に戻るか」

フランツ「あ、いや……ええっと、ごめんライナー。僕はその、ハンナと約束してるから……寮にはまだ……」ソワソワ…

ライナー「約束って……今から会うのか? 明日は立体機動の試験なんだからな、程々にしといて早く寝ろよ?」ハハハ

フランツ「ああ、そうするよ。——そういえばさ、ライナーは憲兵団志望だっけ?」

ライナー「いや、俺は……まだ決めてない」

フランツ「あれっ、そうなんだ? ……実は僕、ちょっと悩んでるんだよね」ハァ

ライナー「……? どうした、調査兵団に鞍替えするのか?」

フランツ「違う違う。もちろん希望は駐屯兵団なんだけどさ……その、ハンナが……」モジモジ

ライナー「ハンナ? ……もしかして、ハンナが調査兵団希望なのか?」

フランツ「ううん、それも違うんだ。——あのさ、この前ハンナと二人で話してた時に気づいたんだけど……お互いに駐屯兵団を希望しても、同じ地区に配属されるとは限らないんだよね」

ライナー「まあ……そりゃそうだな。しかも数年経てば異動もあるだろうし……」


257 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/28(土) 21:31:15 ID:.iLUm1v.

フランツ「だろ? だからさ、その……もし配属先が別れたら、ハンナには……お、お嫁さんになってもらおうかなって、考えてるんだけど……!」モジモジ…

ライナー「嫁さんって……おいおい、流石にそれは早くねえか? まだ結婚できる年齢じゃねえんだしよ」

フランツ「そうかな? ——ならせめて、『結婚しよう』って口約束だけでもしようかと考えてるんだけど……それもまだ気が早いと思う?」

ライナー「それは…………あー……すまん、俺はそこまで考えたことないからわからん」

フランツ「そっか……ごめん、そうだよね……もういっそのこと二人で開拓地に行って、いつまでもいつまでも幸せに暮らそうかなぁ……そのほうがきっと……」ブツブツ…

ライナー「……まあ、なんだ。鍵は俺が返してきてやるから、好きなだけ二人で楽しんでこいよ。今から行けば一時間は話せるだろ?」

フランツ「えっ? ——いやいや、手伝ってもらったのにそこまでしてもらっちゃ悪いよ! ちゃんと僕が返してくるって!」

ライナー「鍵を返して教官に報告するだけで十五分はかかる。——これ以上ハンナを待たせてやるなよ。ずっとお前のこと待ってるんだろ?」

フランツ「……! それは……」


258 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/28(土) 21:31:56 ID:.iLUm1v.

ライナー「いいって、気にすんなよ。俺は用事なんてないからな、それくらいやってやる」

フランツ「……ごめん。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうよ」

ライナー「ああ、任せとけ。——逢引するのは構わんが、くれぐれも教官には見つからないようにな。まだ消灯前とはいえ、卒業試験の真っ最中なんだ。見つかったら何を言われるかわからんぞ」

フランツ「うん、気をつけるよ。——でも実際、誰も来ないような場所を見つけるのって難しいんだよね。せめて見回りの教官だけでも回避できればいいんだけど……」

ライナー「そうだな……今の時間なら男子寮の近くの倉庫がいいんじゃないか? 次の見回りは二時間後のはずだからな」

フランツ「へえ、そうなんだ? 見回りの時間を把握してるなんてマメなんだね、ライナーは」

ライナー「……」

フランツ「じゃあまた明日。手伝ってくれてありがとう。おやすみ」スタスタ…

ライナー「ああ、おやすみ。……」


259 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/28(土) 21:33:18 ID:.iLUm1v.

ライナー(なんで教官の見回りの時間を覚えてたんだ……? どこかで日程表か当番表でも見たっけかな……?)

ライナー(まあ、そんなことは気にしなくてもいいか。さっさと鍵閉めて——おっと)ヒラヒラ… パサッ

ライナー「……どうすっかなぁ、このハンカチ」ハァ…

ライナー(結局、誰のものなのかは突き止められなかったな……まあ、仮に突き止めても返したりはできねえだろうが……)

ライナー(捨てる、のはちょっとなぁ……かといっていつまでも持ち歩いてるわけにもいかねえし、部屋にも置いときたくねえし……)

ライナー(こうなったら工具箱に入れておくか? 指を切った血だって言えば誤魔化せそうだよな…… ……ん?)サワサワ…

ライナー「刺繍……? ってことは、これは名前か……?」サワサワ…

ライナー(最初の文字は、……あー…………汚れが酷いな。読めねえ……)ジーッ…

ライナー(おっ、苗字はなんとか……ブ、ラウ……? いや、ブラウンじゃないな、最後はなんて書いてんだ……?)

ライナー(待てよ、ブラウン……ブラウ、ブラウス?)

ライナー「……サシャ・ブラウス」


260 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/28(土) 21:35:41 ID:.iLUm1v.
おまたせしております 今日はここまでです あと1~2回ほどかかります なお次回と次々回は怒涛の展開予定

今回のお話が終わったら、書き溜めてあるホンワカパッパなライサシャ話を放出するのでもうちょいお待ちください


261 : ◆H4iwFNXQsw 2014/06/28(土) 21:42:46 ID:.iLUm1v.
age忘れた それではまたー

268 : sage 2014/06/30(月) 20:51:19 ID:6kuBOZNQ
支援絵描きたいんだけどいいかな
あとうpの仕方教えてくれ

269 : ◆H4iwFNXQsw 2014/07/01(火) 22:03:02 ID:EKYn8UHU
みなさま、いつもレスありがとうございます

>>268
返信遅れまして申し訳ありません 支援絵とても嬉しいです ありがとうございます
>>1に気兼ねせず、>>268さんの気が赴くままにガンガン描いちゃってください
ですが、画像のアップロードのやり方は>>1もよくわかっていないので助言ができません 申し訳ないです


273 : ◆H4iwFNXQsw 2014/07/16(水) 21:15:31 ID:pRG7Wr5.
>>1です 次回投下分はシリアス分が多いので推敲に苦戦してます のでもうちょい待ってね

279 : ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 15:59:31 ID:8fx7JoSg
どうもお久しぶりです、1です
取り敢えず今晩、本編最後まで+サシャのお誕生日SSを投下する予定です

ただし現時点でまだ本編が出来上がっていないので、本編を途中で切り上げた後にとんでもない位置でお誕生日SSが差し込まれるor今日はお誕生日SSを投下しないことになるかもしれません(本編は途中までできてるのである程度の位置まで投下します)

お誕生日SS自体は今日中にpixivのほうにあげるので、「本編はいいからお誕生日はよ!」という方はそちらで先に閲覧してくださると助かります

ではでは、また夜に


282 : ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 21:58:32 ID:8fx7JoSg

—— 同刻 女子寮 ユミルたちの部屋

クリスタ「はぁ、はぁ……疲れたぁー……」グッタリ…

ミカサ「アニに覆いかぶさったまま、あそこまで暴れるとは……ユミル、恐ろしい子……!」チラッ

ユミル「むふふふふ……くーりすたぁ……」スピー…

クリスタ「本当は起きてるんじゃないかって思うくらい力が篭ってたよね……アニ、大丈夫だった? ユミルにどこか握り潰されてない?」

アニ「そうだね……強いて言うなら全身かな」グッチャリ…

ミカサ「髪がぐちゃぐちゃになってる」ペタペタ

クリスタ「ユミルにパーカーも取られちゃったもんね……はいアニ、私のカーディガンだけど入るかな? どう?」ファサッ

アニ「……ん。大丈夫、ちょうどいいよ。……ありがと」

クリスタ「どういたしまして。——でもそれ、布地が薄いから外には出ないでね。そのまま出たら風邪ひいちゃう」

ミカサ「……それにしても、部屋がだいぶ散らかってしまった。どうしよう」キョロキョロ…

クリスタ「後で私とサシャでなんとかしておくから平気だよ。——あ、でも企画紙だけは集めるの手伝ってほしいかも。さっきサシャの机の上に置いてあるの崩れちゃったから……」

ミカサ「わかった。任せておいて」グッ

アニ「全く、なんでこんなに溜めておくかなあの子は……掃除くらい定期的にやりなよ」ガサガサ…


283 : ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 21:59:24 ID:8fx7JoSg

アニ(ん? これ、壁上固定砲の整備の割り当て表……?)ペラッ

アニ(そういえば、ミーナとサシャは同じ班だっけ。他にはエレンとコニーと……サムエルとトーマスだったよね。たぶん)

アニ(タイミングが合わなくて、ミーナの日程は見てなかったけど……ええっと、次はいつなんだろ……?)ジーッ…

ミカサ「終わった。こっちはこれで全部」ガサガサ…

クリスタ「こっちにももうないみたい。——アニはどう? 全部集まった?」

アニ「……」

クリスタ「……? アニ、終わった?」

アニ「……ああ、集まったよ。これで全部」スッ…

クリスタ「ありがとう! ——えーっと、取り敢えず机の端に寄せておいてっと……」ガサガサ

アニ「……ごめん、二人とも。ちょっと抜ける」スクッ スタスタ…

ミカサ「……? お手洗い?」

アニ「うん、そんなとこ。……じゃあね」ガチャッ バタンッ


284 : ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:00:10 ID:8fx7JoSg

ミカサ「……」

クリスタ「……」

ユミル「zzz…」スピー…

ミカサ「……もうちょっと片付けようか。お部屋」

クリスタ「そうだね。サシャとミーナが帰ってきたらお茶会もお開きだろうし……今のうちに目処だけでもつけちゃおう」

ミカサ「余ったクッキーはそれぞれハンカチに包んで持って帰ってもらうとして……ええっと、カップはどこに……」カチャカチャ…

クリスタ「あ、一旦私の机の上に置いていいよ。灰色の工具箱が置いてある机」

ミカサ「わかった。……ということは、こっちがサシャの机であっちがユミルの机?」

クリスタ「そうだよ。何か面白いものでもあった?」

ミカサ「……この、ユミルの机の上に飾ってあるドライフラワーは」

クリスタ「コニーからもらった花冠だよ」

ミカサ「ほうほう……これが噂の……」ジーッ…

クリスタ「それね、大掃除の時にも捨てなかったんだ。……きっとユミルね、もらった時すごく嬉しかったんだと思うの。今でもたまに手入れしてるんだよ」

ミカサ「なるほど……とてもいいことを聞いた。今度ユミルにからかわれたらそのことを言おう」

クリスタ「あはは、お手柔らかにね。……」


285 : ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:00:48 ID:8fx7JoSg

クリスタ「あの……今日はありがとうね。ミカサ」

ミカサ「? クッキーのこと?」

クリスタ「ううん、それもだけど……お茶会のことも。——実は今日の朝ね、ユミルとサシャが喧嘩してたんだ」

ミカサ「あの二人が……? 珍しい」

クリスタ「うん、珍しいよね。すごくびっくりしちゃった。——だから私ね、どうしたらいいのかわかんなくなっちゃって……今朝はユミルのほうを追っちゃったの」

クリスタ「サシャには何もしてあげられなくて、すごく気にかかってたんだけど……ミカサがお茶会を開いてくれたから、今朝よりは元気になったみたい。——だからありがとう、ミカサ」

ミカサ「どういたしまして。……クリスタの力になれて、私も嬉しい」

クリスタ「私もしっかりしなきゃね。いつまでもユミルやミカサに頼ってるわけにはいかないし……もっともっと頑張って、みんなの役に立たないと……!」グッ

ミカサ「ではまず、この部屋を復元することから始めよう。それがみんなの役に立つ近道」

クリスタ「そうだね! ぴっかぴかにしよう!」キュッキュッ

ミカサ「いえ、そこまで気合いを入れなくてもいい。……私は木箱を元の場所に戻してくる。ので、クリスタはこのままユミルを部屋で見張っていてほしい」ガチャッ

クリスタ「了解、任せといて! ——ミカサ、いってらっしゃい!」フリフリ


286 : ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:01:33 ID:8fx7JoSg

—— 井戸

ミーナ「……」チャプチャプ

サシャ「……」チャプチャプ

ミーナ「……お酒の酔いを覚ますのって、どれくらいの水が必要なのかな」

サシャ「さあ……? でも桶二杯分もあれば充分なんじゃないですか? これ以上飲んだらお腹じゃぶじゃぶになっちゃいますよ」

ミーナ「じゃあこれでいっか。……帰る?」

サシャ「そうですね。みんな待ってますしそろそろ行きましょう」スタスタ…

ミーナ「ヤカン返すのに結構時間かかっちゃったからね、できるだけ急ごっか。——そういえばさ、ずーっと聞きそびれてたことがあるんだけど……今聞いてもいいかな? 駄目?」ソワソワ…

サシャ「……? なんです?」

ミーナ「もう、わかってるくせにー……昨日のデートのことだよ、デート!」

サシャ「……昨日の」

ミーナ「ミカサやユミルにはもう話したんでしょ? 私も聞きたいなぁ」

サシャ「……」


287 : ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:02:12 ID:8fx7JoSg

ミーナ「? どうしたの? ——あっ、もしかして髪のこと何か言われた? 変だとかおかしいとか、いつもと違うとか……」オロオロ…

サシャ「ああ、いえ……髪は綺麗だって褒めてもらえましたよ。いつもと感じが違っていいって言ってました」

ミーナ「本当!? ……よかったぁ、実は地味に気になってたんだよね。安心したよ」ホッ

サシャ「昨日はありがとうございました。ミーナのおかげですごく助かりましたよ」ペコッ

ミーナ「いいよいいよ、あれくらいならまたやってあげるって!」

サシャ「いえ、髪もですけど……クリスタとユミルのこともですよ。あの後仲裁してくれたんですよね? 二人とも、朝は普通に会話してましたし……」

ミーナ「あー、それねー……実を言うと、昨日はユミルの話をずーっと聞いてただけなんだよね……だから正直、私は何もしてないっていうか……」ポリポリ…

サシャ「いえいえ、ばっちりですって。さっきのふざけあいっぷりを見れば充分わかりますよ」

ミーナ「そう? ならいいんだけど…… ——って、今はユミルとクリスタの話はどうでもいいんだってば! サシャとライナーの話聞かせてよ! 私、昨日の夜はず——————っとヤキモキしてたんだからね?」

サシャ「や、焼きモキ……!? なんですかそれ、新しいおやつか何かですか!?」ガシッ

ミーナ「サシャ、食べ物の話じゃないから」ブンブン


288 : ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:03:08 ID:8fx7JoSg

ミーナ「それで、髪のこと以外には何かなかったの? ……あっ、そういえば新しい髪飾りは? もしかして部屋にある?」ワクワク

サシャ「いえ、髪飾りは買ってないんですよ。お店が定休日で閉まってて……」

ミーナ「あらら……そうだったんだ。残念だね」

サシャ「……」

サシャ(ミーナには、協力してもらったんですから……ちゃんと話すべきですよね。昨日のこと……)

ミーナ「ミカサから聞いたんだけど、新しく開いた食堂にも行けなかったんだよね? ……ということは、昨日は踏んだり蹴ったりだったわけかぁ……」

サシャ「そうですね……あとはライナーに好きって言われたくらいですかね」

ミーナ「そっかそっか、好きって言われたんだー…… ……はい?」

サシャ「それでですね、えっと……『一緒に来てくれないか』って言われたんですけど、私断っちゃいまして——」

ミーナ「待って待ってサシャ早い早い! ……え? 好きって言われたの? 本当に?」

サシャ「本当ですよ?」

ミーナ「……ライナーに?」

サシャ「……? そうですけど」

ミーナ「…………ちょっ、ちょっと待ってね。急いで心の準備するから」スーハースーハー


289 : ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:04:13 ID:8fx7JoSg

ミーナ(つ、遂にこの時が来ちゃったのかぁ……! わぁー……、本人じゃないのに緊張する……!)ドキドキ ソワソワ

ミーナ(えっと、えっと……こういう時って何から聞けばいいんだろう? やっぱり告白の言葉からかな……それとも返事から? もしくは遠回しにシチュエーションの話……?)

ミーナ「あ、あのねサシャ……こんなこと、聞いていいのかわからないんだけど……」モジモジ

サシャ「はい? なんですか?」

ミーナ「えっとね……その、告白された時にさ……」

ミーナ「……二人で何か食べてなかった……?」

サシャ「……」

ミーナ「……」

サシャ「いえ、特には」

ミーナ「…………………………だよね」

ミーナ(混乱しすぎて変なこと聞いちゃった……でもあの二人だし、普通の告白なんてするわけないよね……?)


290 : ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:04:59 ID:8fx7JoSg

ミーナ「……ん? ちょっと待って、『一緒に来てくれ』ってどこに? まさかお店屋さんじゃないよね?」

サシャ「違いますよ。ライナーの故郷にです」ブンブン

ミーナ「…………あのさ、告白されてすぐに『故郷に一緒に来てくれ』って言われたの? 『付き合ってください』とか『恋人になってくれ』とか、そういうのは一切なし?」

サシャ「? そうですけど」

ミーナ「…………」

ミーナ(告白の勢いついでにプロポーズって……二人とも、ちょっと段階飛ばし過ぎじゃない!? せめて『結婚を前提にお付き合い』じゃないの!?)

ミーナ(……でもなぁ、二人とも既に付き合っちゃってるようなもんだったし、そういうこと言うのも今更って感じなのかな。もしかして、私の考え方のほうが間違ってるのかも……?)

ミーナ(ああもう、山育ちの流儀なんて私にはわかんないよ! なんなの二人とも!)ジタバタジタバタ

サシャ「ミーナ? どうかしました?」

ミーナ「……なんでもない。ええっと……それで、なんて返事したんだっけ? さっきはちゃんと聞こえなかったんだけど」

サシャ「……『行けない』って、言いました」

ミーナ「だよねぇ……」

ミーナ(いきなり『結婚しよ』って言われてオッケー出す子なんていないよ、ライナー……! しかもまだ付き合ってさえないのに……!)


291 : ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:05:41 ID:8fx7JoSg

サシャ「あの時は……あんまり突然だったので、何を言ったらいいのかわかんなくなっちゃったんです。それで、そのまま思ってることを伝えるしかできなくて……」シュン

ミーナ「いやいや……そんなの咄嗟に受け答えできる子なんてほぼいないと思うよ? それこそミカサくらいじゃない?」

サシャ「……そうですね。私もミカサになりたかったです……」ショボン…

ミーナ「ミカサになったからって解決する問題でもないと思うけどねー……。——あのさ、余計なお世話かもしれないけど、二人でもっとちゃんと話し合ったほうがいいと思うよ? 大事なことなんだし……」

サシャ「……? 何を話し合うんですか?」

ミーナ「え? それは……その、改めて言われたらよくわかんないんだけどさ……」ウーン…

サシャ「……」

サシャ(いくら話し合ったって……私が足手まといになるって事実は変わらないんですよね。なんて言うか……気持ちの根っこの部分で、ライナーがそう思っちゃってるんですから……)

サシャ(そういう気持ちって、話し合ってすぐ変わるものなんでしょうか? ——やっぱり、私がしっかりしてるところをちゃんと見せないと意味がない気がするんですが……)

サシャ(でも、もう卒業まで時間がありませんし、そういうのを見せる機会なんて少しも……いえ、そもそもライナーには『忘れろ』って言われちゃってるんですよね。朝も『関係ない』って他の人に言ってましたし)

サシャ(私……これ以上、何をどうしたらいいんでしょう……)シュン…


292 : ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:06:40 ID:8fx7JoSg

ミーナ(めちゃくちゃ深刻そうな顔で悩んでる……! やっぱりあれかな、卒業後の新居の相談とかもされたのかな……!? それとも結婚式の衣装の話……!?)

ミーナ(くっ……! 試験中なのにどうしてこんな難題を持ってくるの、ライナー……! 私、部屋に戻ったら消灯までお勉強しようと思ってたのに……! これじゃ夜も眠れないじゃない……!)ギリッ…

ミーナ(とにかく、そういう相談は後からハンナに乗ってもらうとして……今はサシャを元気づけないと……!)

ミーナ「……ほら、そんな顔になっちゃうってことは、まだ何か話し足りないことがあるんでしょ? サシャ」

サシャ「……話し足りないのかどうかは、わかりませんけど」

ミーナ「けど?」

サシャ「ライナーと、話は……もっと、したいです。……足りないです。全然」グー…

ミーナ「サシャ……」

サシャ「……」グー

ミーナ「……」

サシャ「……」

ミーナ「……足りないって食べ物のこと?」

サシャ「いえ、違います」ブンブン


293 : ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:07:24 ID:8fx7JoSg

ミーナ「さっきクッキー食べたばかりなのに、もうお腹空いたの? サシャ」ハァ

サシャ「だってぇ、朝ごはん食べてないんですもん……あれじゃ全然足りないですよ。今も労働しましたし……」ウダウダ

ミーナ「まあ、今日は身体だけじゃなくて頭も使っただろうからねー……ええっと、食べ物何かあったかな……」ゴソゴソ…

サシャ「えっ……? ミーナ、何かくれるんですか!? やったぁください!!」チョーダイ!!

ミーナ「あーごめん、何も持ってないや」

サシャ「えぇー……そんなぁ……」ショボーン…

ミーナ「そもそもお菓子を持ち歩くこと自体あんまりしないし……あっ、そうだ! ねえサシャ、昼間にアルミンからもらった飴はどうしたの? あの時食べなかったんだよね?」

サシャ「飴ですか? あれはですね、確か……ああっ! そういえば立体機動装置のケースに入れたままです!」ガーン!!

ミーナ「あらら……じゃあ、今食べるってのは無理かぁ。もう保管庫の鍵も閉まってるだろうし……」

サシャ「……いえ、一応保管庫の前までは行ってみます。もしかしたら鍵が開いてるかもしれませんから」

ミーナ「そんなにお腹空いてるの……?」

サシャ「違いま…… ……せんけど、明日に持ち越したら試験中に食べちゃいそうで不安なんですよね。だから回収できるなら今のうちにしたいです」

ミーナ「確かにね……立体機動の死因が『飴を喉に詰まらせて窒息死』だと情けなさすぎるよね」

サシャ「ちょっと、勝手に殺さないでくださいよ! ——ミーナは先に帰っててもいいですよ。ここからだと結構時間かかりますし、クリスタたちも待ってるでしょうから」

ミーナ「いいよ、一緒に行くよ。……このまま帰っても、勉強に集中できなさそうだしね」


294 : ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:08:21 ID:8fx7JoSg

—— 保管庫前 廊下

アルミン(調理場と食堂には誰もいなかったから、エレンと合流しようと思って兵舎に来てみたけど……)キョロキョロ…

アルミン(うーん……エレンどころか見回りの教官にすら会わないな。ちょうど人がいない時間帯なのかも……)

アルミン(ここは一旦寮に戻って、マルコやジャンから話を聞いたほうがいいよね。もしかしたらライナーも戻ってるかもしれないし…… ——あれっ?)

アルミン(この部屋、中で明かりが動いてる……?)ジーッ…

アルミン(ええっと、ここは……ああ、立体機動装置の保管庫か。この時間だし、訓練兵ってことはないよね。教官かな?)

アルミン(でも、教官がいったい何の用で……? まさか、抜き打ちで立体機動装置のチェックをしてるとか……?)

アルミン「……」

アルミン(……ちょっとだけ、ちょっとだけ)ギィッ…

   「……どうだ?」ヒソヒソ

  「ちょっと待ってよ、手元が暗いんだから……」ヒソヒソ

   「早くしろって。誰か来たらどうすんだ?」

  「わかってる。急かさないでってば……」カチャカチャ…


295 : ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:09:15 ID:8fx7JoSg

アルミン(……あれ? 教官じゃない? エレンやライナーでもないし……)

アルミン(男子と女子の二人組……かな。何してるんだろう、こんな時間に……)

アルミン「……」

アルミン「……」ガチャッ

   「うわっ!」

  「きゃあっ!」ガタンッ

モブ男「誰だ! ——って、なんだよ……アルミンか……」ホッ

モブ女「あー、びっくりしたぁ……」

アルミン「ごめんね、驚かせて。——二人で何してるの? ケースの中に工具でも忘れた?」

モブ女「え? ——あ、いや……え、えっと、これは、その……」オロオロ…

モブ男「整備だよ。立体機動装置の整備。見りゃわかるだろ?」

アルミン「整備って……こんな時間に?」


296 : ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:10:34 ID:8fx7JoSg

モブ男「俺たちは試験中に名簿と部品の照合やらされてたからな。特例で整備の時間を取ってもらえたんだよ」

モブ女「そ、そうそう! 誰にどの部品が支給されたのかも記録しないといけないからね! すごく忙しかったんだから!」コクコク

アルミン「へえ、そうなんだ。……ということは、ここの鍵は君たちが持ってるの?」

モブ女「はぁ……? 当然じゃん、鍵持ってなきゃ入れないでしょ? ——ほら、これが証拠」チャリンッ

アルミン「……その鍵、木札がついてないね。キース教官じゃなくて見回りの教官から直接借りてきたの?」

モブ男「別に誰から借りて来ようがお前に関係ないだろ。……アルミン、何か言いたいことがあるならもっとはっきり言えよ」ジロッ…

アルミン「ああ、うん……ごめん、なんでもないよ。——邪魔したね。整備頑張って」ガチャッ バタンッ

モブ男「……」

モブ女「……」

モブ男「……できたか?」ヒソヒソ

モブ女「うん、コニーとジャンは終わった。次はマルコとサシャと……ベルトルトの装置を持ってきて」ヒソヒソ


297 : ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:11:24 ID:8fx7JoSg

—— 保管庫前 廊下

アルミン「……」

アルミン(保管庫の鍵は、僕が知ってる限り3つある。——1つは教官室の目立つところに下げてあって、もう1つは主任のキース教官が管理してる。この2つは、どっちも大きめの木札がついていたはずだ)

アルミン(あの二人が持ってた鍵に、木札がついてないってことは……見回りの教官から直接借りてきたってことだ。……もしかしたら、鍵束から勝手に盗んできたって可能性もあるけど)

アルミン(記録係だったのは本当だから……おそらく『試験官に渡すはずの記録用紙を立体機動装置のケースの中に忘れた。試験官に忘れたことを知られたくないから、こっそり鍵を貸してほしい』って言って借りてきたんだろう)

アルミン(つまり、『整備の時間を作ってもらった』っていうのは嘘……だよね。やっぱり)

アルミン(……決められた時間以外で整備するなんて思いっきり違反行為だ。早いうちに教官に報告するべき……なんだろうけど……)

アルミン(でも、彼らが違反行為をしていたって証明する方法なんかない……僕が教官室と保管庫を往復している間に、彼らはここを立ち去っているだろうし)

アルミン(組み立て後の立体機動装置は、教官に見せてないんだから……整備状態が変わっているかどうかなんてわかりっこないし)

アルミン(……どうしよう)ウーン…

   「あれ? アルミンじゃないですか。こんばんはー」


298 : ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:12:05 ID:8fx7JoSg

アルミン「サシャ? ……と、そっちの隅っこに座り込んでるのはミーナ……だよね? こんなところで何してるの?」

サシャ「保管庫に忘れ物を取りに来たんですよ。ミーナは私の付き添いです」チラッ

ミーナ「豚小屋出身……家畜以下……家畜小屋……血まみれ……」ブツブツ…

アルミン「……付き添いにしては頼りなさそうだけど」

サシャ「保管庫の隣の技巧室に近づくのが怖いんですって。……ほら、アルミンが夏に話してくれた怪談があったでしょう? そのうちの一つが技巧室にまつわる話だったじゃないですか」

アルミン「ああ、なるほど……ちょうどよく思い出しちゃったんだね。——あれ? サシャは平気なの? 話を聞いた時はそれなりに怖がってたと思うんだけど……」

サシャ「怪談の中に食べ物が出てこなかったので、どんな話だったかもう忘れちゃいました」テヘペロ

ミーナ「ううっ、その図太さが私もほしいぃ……おばけこわいよぉぉ……」プルプルプルプル…

サシャ「さっきからずーっとこの調子なんですよねー……そうだ、アルミンからも何か言ってあげてくれません? 早くしないと消灯時間になっちゃいますし……」ポン

アルミン「わかった、任せておいてよ。——ねえミーナ、君が思い出したのって工具を失くした子の話? それとも整備が苦手な子の話?」ニコニコ

ミーナ「……アルミンは馬鹿なの? それともわかった上でいじわるしてるの?」ジトッ…

アルミン「ごめんごめん、冗談だよ」


299 : ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:13:00 ID:8fx7JoSg

アルミン「鍵がかかってるから、今は誰も技巧室の中にいないよ。安心して、ミーナ」ポンポン

ミーナ「そんなのわかってるよ……! その代わり浮遊霊とか地縛霊とか動物霊とか生霊とか騒霊とかいるんでしょ!? ああもうアルミンの馬鹿!! サシャのうっかりさん!! なんで忘れ物なんかするのさー!!」イヤイヤ

サシャ「おおー……ミーナ、おばけのこと詳しいんですね。びっくりしました」パチパチ

ミーナ「好きで詳しくなったんじゃないよ! アルミンの語り方が妙に印象に残るのが悪いのっ!!」

アルミン「あはは、照れるなぁ」テレテレ

ミーナ「もういやぁ……早く終わらせてぇ……」モゾモゾ…

サシャ「仕方ないですねぇ……ではミーナはここに置いて行きましょう。私が一人で取りに行ってきます」スタスタ…

アルミン「そうだね。僕も寮に戻るよ」スタスタ…

ミーナ「いやいやいや置いて行かないでえええええっ! ——あっ、そうだ! ねえ、エレンとコニーとトーマスとサムエルも呼んでこよう? 固定砲整備四班の仲間なんだからさ、こういう時こそみんなで助けあおうよ、ねっ?」

サシャ「ええー……? 私の飴玉一粒で全員召集なんて、すごく恥ずかしいんですが……」

アルミン「これから全員集めるなんて時間的に無理だよ、ミーナ。諦めて」

ミーナ「だってさぁ、私たち三人だけじゃ勝てないよぉ……おばけが出てもやっつけられないじゃん……」イジイジ…

アルミン「……」


300 : ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:13:43 ID:8fx7JoSg

アルミン「……それって、僕じゃ頼りないってこと?」ムッ…

ミーナ「へ? ——いや、そういう意味じゃないけどさ、でも……」ウダウダ

アルミン「……」

アルミン(そりゃあ、僕は筋肉質でもなければ背も高くないし、腕っ節だって強くないけど……女の子二人を守るくらいならできるのに)ムー…

アルミン「大丈夫だよ。用事があるのは技巧室じゃなくて保管庫のほうなんだし……今、保管庫にいるのはれっきとした訓練兵だから」

サシャ「訓練兵? こんな時間に何してるんですか?」

アルミン「立体機動装置の整備をしてるんだって。『教官から許可は取ってある』ってその子たちは言ってたよ」

ミーナ「……足あった?」

アルミン「あったあった」

ミーナ「…………透けてなかった?」

アルミン「透けてない透けてない」

ミーナ「……………………サシャ、サッと行ってパッと帰ってこよ。そして寮に帰って寝よ」ギュッ

サシャ「元からそのつもりですよ。——というわけでアルミン、すみませんがついてきてもらえますか? ミーナがしがみついたままだとドアも開けられないので……」

アルミン「いいよ。——ついでに中の二人には僕から説明するね」


301 : ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:14:26 ID:8fx7JoSg

—— 保管庫

モブ男「……ん? なんだよアルミン、まだ何か用か?」

アルミン「ううん、違うよ。用事があるのは僕じゃなくて——」チラッ

サシャ「こんばんはー……」ヒョコッ

ミーナ「あはは、どうも……」ヒョコッ

モブ女「……!」

モブ男「……何しに来たんだ、お前ら」

アルミン「忘れ物をしたから取りに来たんだって。——整備中なのに何度も邪魔してごめんね?」

モブ男「……」

モブ女「……ねえ、その忘れ物って本当にここにあるの? 自分の部屋の中はちゃんと探してきた?」

サシャ「いえ、部屋は探してはないですけど……ケースの中にあるのは確実なんですよ。——こっちはこっちで勝手に探すので気にしないでください。ええっと、私のはっと……」スタスタ…

モブ男「待て。……ほら、これだろ? お前の立体機動装置」ゴトッ

サシャ「へ? ——あっ、すみません。ありがとうございます。……えーっと、確かここに入れたはず……」パカッ ゴソゴソ…

ミーナ(……? なんだろう、今の……なんか違和感があったんだけど、気のせいかな……)

アルミン「……」


302 : ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:15:12 ID:8fx7JoSg

サシャ「あったあった、ありましたよ! よかったぁ、これでなんとか朝まで保ちそうです!」コロン

モブ男「見つかったのか? ——なら、ケースは俺が戻しておいてやるよ。そっちの机の上に置いといてくれ」

サシャ「えっ、いいんですか? それじゃあお言葉に甘えて——」スタスタ…

アルミン「待った。……サシャ、装置はまだ置かないで」

サシャ「へ?」キョトン

モブ男「……」

アルミン「あのさ……どうして今、サシャの装置をすぐに取り出せたの? サシャが装置を探してるって言った直後に、机の下から出てきたよね。なんで?」

モブ男「……たまたま位置を覚えてたんだよ。なんでもクソもねぇだろ」

アルミン「だって訓練兵は200人以上いるんだよ? 200以上もある装置の中から、サシャの装置の位置をたまたま覚えてたの?」

モブ女「別におかしいことでもないでしょ。アルミンだって、エレンやマルコの装置の位置なら把握してるんじゃないの?」

アルミン「正確な位置までは覚えてないよ。それに、昼間ならまだしも今はランタンの明かりしかないからね。さっきの君みたいに、すんなり探し出せる自信はないな」

モブ男「……」

アルミン「そもそも、なんでサシャの装置が机の下から出てきたの? ……僕は昼間に、サシャの装置は保管庫の上段にしまってあるって聞いたばかりなんだけど」

ミーナ「! ああそっか、何かおかしいなって思ってたけど……そういえばそんなこと言ってたよね、サシャ」

サシャ「は、はい……そうですけど。……あの、すみません。状況がよく飲み込めないんですが……」オロオロ…


303 : ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:16:31 ID:8fx7JoSg

モブ女「……私の装置を取り出すのに邪魔だったから、一旦床に下ろしただけだよ。そのまま戻し忘れてただけ」

アルミン「邪魔な装置を下ろしただけなら、装置が誰のものかを確認しておく必要はないよね?」

モブ男「……お前、言いがかりつけたいなら回りくどいことするなよ」

アルミン「うん、ごめんね。……ちゃんと確認してからじゃないとさ、本当に言いがかりになっちゃうと思ったから聞いたんだ」

モブ男「……」

モブ女「……」

アルミン「だって二人とも、おかしなところが多すぎるよ。——せっかく教官から整備の時間をもらえたのに、どうしてそっちの彼はケースすら開いてないの? 君たちは二人しかいないのに、なんで棚から出してある装置は三つもあるの? 整備をしてるのに工具箱すら持ってきてないのはなんで?」

モブ男「……」

モブ女「……」

アルミン「こんな時間に、こんなところで……本当は、二人で何してたの?」


304 : ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:17:19 ID:8fx7JoSg

モブ女「……あーあ、もう無理だって。誤魔化せないわ、これ」

モブ男「おい。黙れよ」

モブ女「いいじゃない、別に話しても。……さっさと打ち明けて、この三人に少しでも協力してもらったほうが楽だと思うよ。色々と」チラッ

アルミン「……」

モブ女「やだアルミン、睨まないでよ。整備してたってのは本当なんだからさ……まあ、私らのじゃなくて他の人のだけど」

アルミン「他の人……?」

ミーナ「ということは……誰かに整備し直してくれって頼まれたとか? 技巧不得意な子って結構いるし……」

モブ女「違う違う。だって上位の人たちは自分できちんと整備できるでしょ? 他の人に頼んだりしないよ」

サシャ「上位の……? ってことは、ミカサとか、……アニとか、ユミルのことですか?」

アルミン「……もしかして、上位の人の立体機動装置をいじってるの? 勝手に?」


305 : ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:18:24 ID:8fx7JoSg

モブ男「そんな深刻そうな顔しなくても大丈夫だって。中のボルトを少し締めるだけだから、移動中に壊れるってこともねえよ。……まあ、トリガーはいつもより引きにくくなるだろうけどな」

モブ女「これくらいなら怪我もしないだろうしね。多少は動きが悪くなるかもしれないけど……そんなの私らには知ったこっちゃないし」

モブ男「天才どもは俺らみたいな凡人とは作りが違うからさ、こういうハンデでも付けてもらわなきゃ追いつけないんだよな」

モブ女「そうそう。……まあ、上位のサシャにはわからないだろうけど」チラッ

サシャ「……」ビクッ

モブ女「ミーナやアルミンならわかってくれるでしょ? こっちは必死に頑張ってるってのにさぁ、相手は簡単にそれ以上のことをこなしちゃうんだよ? 近くで見てて虚しくならない?」

ミーナ「それは……全くないって言ったら嘘にはなるけど、でも、」

モブ男「だろ? ——アルミンなんか特にそうじゃないのか? あのミカサやエレンの幼なじみなんだからさ」

アルミン「……僕がエレンやミカサのことをどう思っているのかは関係ない。君たちが今やっていることは立派な不正行為だ。他人の答案を覗き見するのとは訳が違う、開拓地に送られても文句は言えないぞ」ジッ…

モブ女「あれっ、協力してくれないの? 意外だなぁ」

サシャ「意外も何も、アルミンやミーナがそんなことするわけないじゃないですか! 二人がそんな卑怯な真似をするわけないですよ!」

モブ女「じゃあサシャはどう?」

サシャ「えっ? ——わ、私だって……しませんよこんなこと。やるわけないじゃないですか!」


306 : ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:19:05 ID:8fx7JoSg

モブ女「そう? ——だってさ、他の上位の子の成績が落ちたら、それだけあんたが憲兵になれる確率が上がるんだよ? 乗らない手はなくない?」

サシャ「……いえ。私は別に、憲兵になりたいわけじゃないですから」

モブ女「はぁ……? じゃあ、なんで山岳訓練であんなに張り切ってたの? 意味わかんない」

モブ男「エレンといいお前といい、憲兵に興味がないならもう少し手を抜いてくれよな。お前らのせいで貴重な枠が潰れてるんだぞ?」

サシャ「そ、そんなこと、私に言われても……」

モブ女「そうだ! ——ねえサシャ。本当に憲兵に興味がないんだったらさ、明日からの試験は手を抜いてよ」

サシャ「え……い、嫌ですよそんなの! なんで私が、」

モブ女「別にいいでしょ? ミカサより下は成績がダンゴだから、サシャが手を抜いてくれたら私たちのどちらか一人は上がれるし」

モブ男「そうだな。もう細工しちまった装置はどうしようもねえけど、お前が約束するなら他の奴らのは見逃してやってもいいぞ。——幸い、お前らのお友だちの分はまだ手を付けてないからな」

モブ女「それでサシャ、どうする? 明日からの試験、手を抜いてくれるかな?」

サシャ「……わ、私は…………」

ミーナ「……勝手なことばかり言わないで」


307 : ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:20:00 ID:8fx7JoSg

ミーナ「サシャだって……ううん、サシャだけじゃなくて、他の子だってあなたたちと同じように頑張ってきたんだよ? どんな理由があったって、それを踏みにじる権利なんて誰にもない! こんなことしていいわけがないよ!」

モブ女「ふうん……ミーナまでそんなこと言うんだ。——あんた、アニに一泡吹かせてやりたいって思ったことないわけ? あの子に勝ちたくないの?」

ミーナ「勝ちたいよ。でも、あなたたちみたいなやり方で勝っても全然嬉しくない。こんな……相手のいないところで一方的に勝ち負けが決まるようなやり方は、絶対に間違ってる」

ミーナ「これなら、兵舎裏に呼び出して一対一で喧嘩するほうがまだマシだよ。ちゃんと相手と向き合わなきゃ、『勝った』なんて胸を張って言えないもの」

モブ女「……」

モブ男「……で、そっちは? お前はどうなんだよ、アルミン」

アルミン「……そうだね。僕も正直、エレンとミカサが羨ましくてしょうがない時があるよ。悔しい思いなんてのはしょっちゅうだ」

アルミン「君たちの言うとおり、努力だけじゃ埋められない才能ってのが、世の中にはあるかもしれないよね。——でもさ、君たちは違うだろ?」

モブ男「は? ……違うって何が、」

アルミン「そっちの彼は、座学の時間よく居眠りしてるよね。友だちにノートを借りてるのを何度か見かけたよ。技巧の時間は、毎回誰かに細かい整備を押し付けてたでしょ? そこに座ってる彼女みたいな、技巧が得意な子に」

モブ男「! お前、なんで知って……」

アルミン「ごめんね、偶然何度か目に入っちゃったんだ。——それで、そっちの君だけど」

モブ女「わ、私?」ビクッ

アルミン「うん。——君は兵站行進の時に、故意に荷物を減らしてたよね。この前の山岳訓練の時は、ゴールが見えてから班員の子に荷物を渡すように強要してた。……そうだよね?」

モブ女「……!」


308 : ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:20:49 ID:8fx7JoSg

アルミン「今言ったことは教官には話してないよ。でも、僕ごときにバレてるんだから、とっくの昔にわかってるんじゃないかな」

モブ女「そ、そんなの……私たちだけじゃないでしょ! 他のみんなだってやってるし、あんたの幼なじみのエレンやミカサに……そう、そこのサシャだって、陰で何をやってるかわかったもんじゃないでしょ!」

サシャ「…………あの、私は、」

アルミン「そうだね、そういうルールに反する行動をしてるのは君たちだけじゃない。僕が知らないだけで、その三人がそういうズルをしたことがあるのかもしれない」チラッ

サシャ「……」

アルミン「……でもね、僕の知ってるその三人なら、もっと下手くそに立ち回ってると思うよ」

モブ男「……は?」

モブ女「何、どういう意味? 下手くそって……」

アルミン「君たちみたいな、自分たちだけ安全地帯にいるような方法は絶対に取らないってことだよ。もし、そういう行為をやるにしても……自分も相手と同じ立場に立って、反撃されるのも覚悟の上でやるんじゃないかな。……頭が良い君たちとは違ってね」

アルミン「僕が知ってる上位の人は、そういう人たちばかりだったよ。——君たちはどう? さっき僕が言ったことを踏まえて、不正行為をやったこともきちんと受け入れた上で、『自分は必死で頑張ってきた』って本当に言える?」

モブ女「だ、だからそれは、普通にやっても勝てないから、仕方なくやったことで——」

アルミン「『普通にやっても』じゃなくて、『普通にやらなかったから』でしょ? ——君たちがもっと要領の悪い人だったら、たぶん成績は今と違ったものになってたと思うよ。こんな方法を取らずに済んでたかもしれない。……まあ、もう遅いけどね」


309 : ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:21:38 ID:8fx7JoSg

モブ男「……」

モブ女「……本当に、追いつけてたと思う? 上位のユミルやサシャやアニに……それに、あのミカサを越すなんてこと、他の誰にもできないんじゃないの? 男子にだって無理なのに……」

アルミン「できるよ。すごく難しいことだけど、不可能じゃない。……ね、サシャ」

サシャ「へっ? ……な、なんですか?」キョトン

アルミン「秋の基礎体力訓練で、一度だけミカサに勝ったことがあったよね。覚えてる?」

サシャ「覚えてますけど……あれは、どっちかっていうとまぐれみたいなものですし、勝ったって言うわけじゃ……」

アルミン「それでも勝ちは勝ちでしょ? ……僕は見てたよ。あの日だけじゃなくて、これまでずっと……サシャが諦めないで頑張ってきたのを、ちゃんと知ってる」

サシャ「アルミン……」

モブ男「……そりゃあ、芋女は他の奴らとは違うからだろ。変人っぷりなら104期の中でも一番だしな」

モブ女「……ねえミーナ。あんたさっき、アニに勝ちたいって言ってたよね。……本当にできると思うの? 今だってロクに追いつけてないのに?」

ミーナ「それでもやるよ。——だって私、アニに追い付きたいもの。今は無理でも……何年かかっても、いつか絶対隣に並びたい。……胸を張って、アニの友だちだって言えるようになりたいから」

モブ男「……無理に決まってんだろ、そんなの」

ミーナ「無理でもやるよ! だって私にはそれしかできないんだもの、やるしかないじゃない!」

サシャ「……!」


310 : ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:22:15 ID:8fx7JoSg

サシャ(そう、ですよね……ミーナが言ってるとおりです)

サシャ(卒業まで時間がないなら、卒業してからも頑張ればいいんです。今は認めてもらえなくても……認めてもらえるまで、追いかけちゃえばいいんです)

サシャ(私がこれまで頑張ってきたのは……私自身が、ライナーの隣にいたいって思ったからじゃないですか)

サシャ(その気持ちに嘘を吐いて、諦めちゃったら……もう二度と、追いつくことなんてできません)

サシャ(私は私らしく、好きなものを好きなだけ追いかけるだけです。——だってそれが、……ライナーが教えてくれた、私の、いいところなんですから……)


311 : ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:23:14 ID:8fx7JoSg

アルミン「……君たちのことは、キース教官に報告するよ。その鍵を借りた経緯を聞き出して、上位の人たちに整備状態を確認してもらう」

アルミン「順位に関わりがない僕とミーナ、それに上位のサシャも合わせて三人も証言すれば、不正行為なんて簡単に立証できる。言い逃れはできないよ」

モブ男「……おい、ベルトルトの装置寄越せ」

モブ女「は? ……ちょっ、ちょっと! これ以上は本当にやばいって! 今ならまだ——」

モブ男「いいから寄越せよ! ——なあアルミン。お前さぁ、技巧の時間に得意げに話してたよなぁ? ケースに入れたまま衝撃を受けるとなんだっけ?」グッ…

アルミン「!」

  —— ケースに入れたまま強い衝撃を受けると、部品が歪んじゃうんだって

サシャ「……! まさか……!」

モブ男「そのまさかだ。——ほらよ、まずはベルトルトのからだ!」ブンッ

ミーナ「ああっ!」

サシャ(——! 落ちる……っ!)ダッ


312 : ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:23:59 ID:8fx7JoSg

—— 同刻 とある倉庫

ライナー(なんでサシャのハンカチが訓練服に入ってるんだ? 昨日捨てたはずだよな、これ……)

ライナー(ベルトルトがゴミ捨てに行くって言ったから、あいつに渡して……? いや、渡したか……? うまく思い出せねえ……)

ライナー(……あれ? そういやなんで俺は倉庫にいるんだ? サシャと待ち合わせしてたんだっけか……)キョロキョロ…

ライナー(……いや、違う。あいつには……二人で出かけた夜に忘れろって言ったんだ。待ち合わせなんかしてない……)

ライナー(ということは、つまり……)

ライナー「……」

ライナー「…………」

  「……ライナー」

ライナー「うおっ!?」ビクッ!!


313 : ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:24:37 ID:8fx7JoSg

ライナー「あ、アニか……! いきなり声かけるなよ、びっくりするだろ!」ドキドキ

アニ「……」

ライナー「……アニ? どうした、何かあったのか? ……って、お前薄着じゃねえか。いつものパーカーはどうしたんだ?」オロオロ…

アニ「……ねえ、今のあんたは戦士? 兵士? どっち?」

ライナー「あ、あぁ……今か? 今は戦士だが……すまん、お前にも迷惑かけたよな? 情けねえことに何も覚えてないんだけどよ……」

アニ「……」

ライナー「帰ったらベルトルトにも謝らねえといけねえよな……そういえば、今はまだ試験中なんだろ? 俺、妙なこと口走ってなかったか?」アセアセ

アニ「……これ、見て」クシャッ

ライナー「は? 見ろって言われても、この月明かりじゃ細かいところまでは……ああ、整備班の日程表か? お前の分はもう確認済みだぞ、計画に支障は——」

アニ「いいから。……早く見て」グイッ


314 : ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:25:18 ID:8fx7JoSg

ライナー「……? なんだよ、時間の変更でもあったのか? ……おい、ちょっと待て。これ4班のじゃねえか。お前は関係ないだろ」ガサガサ

アニ「その4班に、誰がいるか覚えてる?」

ライナー「誰って……知らないが、誰がいるんだ?」

アニ「エレン、コニー、サムエル、トーマス……」

ライナー「……」

アニ「それに……ミーナと、サシャ」

ライナー「……それがどうした」

アニ「ベルトルトが、壁を壊すのは……調査兵団が出発する日の、昼前だったよね」


315 : ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:26:05 ID:8fx7JoSg

アニ「その日の、その時間に……壁の上の固定砲を整備するのは、4班なんだ」

ライナー「……」

アニ「どうしよう……ねえライナー、私どうしたらいい? ミーナが、ミーナが死んじゃう、どうしよう、」ギュッ…

ライナー「死ぬって……落ち着けよ、まだそう決まったわけじゃ、」

アニ「落ち着けるわけないでしょ!? 死なないって保証もないのに!!」

ライナー「お、おい……! 声が大きいぞ、人が来たらどうする!」

アニ「あっ……ごめん。静かにする……」

ライナー「……」

ライナー(あのアニが、ここまで取り乱すとは……こいつの中で、それだけミーナの存在が大きくなってたってことか? ……だが)

アニ「中止は、しなくてもいいから……せめて、時間だけでもずらせないの? 朝でも夜でもいいからさ、その時間以外にできない? ねえ、」

ライナー「駄目だ。計画はそのまま実行する。……調査兵団の当日の細かい動きが読めない以上、時間は前にも後にも変更できない。この時間帯が最適だって、前にも説明しただろ?」

アニ「わかってるよ、わかってるけど、」

ライナー「俺たちは故郷に帰るんだ。そのために……これは必要なことだ。避けて通ることはできない」

アニ「……じゃあ、帰るのやめる」


316 : ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:26:50 ID:8fx7JoSg

ライナー「馬鹿言え。……できるかそんなこと」

アニ「できるよ。これまでだってやってこれたんだ、これからだってうまく立ち回れば——」

ライナー「親父さんに二度と会えなくなってもいいのか?」

アニ「……っ」ギリッ…

ライナー「壁内に残るってのはそういうことだ。……お前は本当にそれでいいのか? 後悔するころには、きっと取り返しのつかないことになってるぞ?」

アニ「……」

ライナー「それに、お前の親父さんのことだけじゃない。……マルセルの親父さんとお袋さんは、あいつが死んだってことすらまだ知らねえんだぞ」

ライナー「あいつは……マルセルは巨人に丸飲みされちまったから、死体なんて残らなかった。形見になりそうなものも、全部巨人の腹の中だ。……俺を庇ったせいでな」

ライナー「だから俺は、マルセルのことをあいつの両親に伝えなきゃならねえ。俺にはその責任がある。——たとえお前相手でも、これだけは曲げられない」

アニ「……」


317 : ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:27:31 ID:8fx7JoSg

ライナー「やりたくないなら無理にやらなくてもいい。お前がいなくても、俺とベルトルトだけでなんとかする。……俺が譲歩できるのは、それくらいだ」

アニ「……嫌だ、そんなの……」

ライナー「嫌だも何も、お前がやりたくないんなら仕方がないだろ。——話は終わりだ。俺は寮に戻る。お前も早く帰れ」

アニ「……」

ライナー「……アニ」

アニ「違う、違うよ……そうじゃない。そうじゃないんだよ……!」

ライナー「……? 違う?」

アニ「あんた、前に言ってたよね。——この訓練所に入ってすぐ、エレンのお母さんが巨人に食われた時の話を聞いたって」

ライナー「……ああ」

アニ「どう思った?」

ライナー「……」


318 : ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:28:24 ID:8fx7JoSg

アニ「気の毒だなって……そう思ったんでしょ? 違う?」

ライナー「……そんな無責任なこと考えるかよ」

アニ「別に見栄なんか張らなくてもいいよ。……あんたたちからその話を聞いた時、私もそう思ったもの」

ライナー「……」

アニ「当然だよね。だって……五年前の私たちは、人間を殺そうと思ってやったわけじゃない。ただ『壁を壊してこい』って言われて、それに従っただけだもの」

アニ「壁の中に、私たちと同じ姿の人間がいるなんて……私たちが壁を壊したせいで、誰がどこでどうなるかなんて……想像はできても、実感なんか少しも湧かなかった。……あんたたちからエレンのお母さんの話を聞いた後も、……同じだった」

ライナー「……」

アニ「私ね、ミーナが調査兵団に行くって言った時も、別になんとも思わなかったの。……たぶん『駐屯兵団に行く』って聞いても、同じ反応したと思う」

アニ「その時は……ミーナは、私の知らないところで、……勝手に、し、死んじゃうんだろうなって、思ってたから……っ」グッ…

アニ「だって……だって、そんなことまで考えちゃったら、キリがないでしょ? 私の知らないところで死なれても、私にはどうしようもないもの。そうやって、割り切るしかないじゃない。……ミーナのことも、エレンのお母さんのことも」

ライナー「……」

ライナー(……違う。アニは、そんな風に思っちゃいない……)

ライナー(本当に、割り切ってるんだったら……そんな辛そうな顔で話すかよ……)


319 : ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:29:09 ID:8fx7JoSg

アニ「でも、今回は違う。——壁の上には固定砲があるから、五年前みたいに壁を壊すだけじゃ終わらない」

アニ「固定砲を壊さないと、きっと作戦はうまくいかない。だから……固定砲の近くにいる兵士を、……当然、排除しなくちゃいけない」

アニ「今度こそ、私たちが……この手で直接、誰かを殺さなくちゃいけない。五年前とは違って、……やらなくちゃいけない」

ライナー「……それも、故郷に帰るためには必要なことだ。俺もベルトルトも覚悟してる」

アニ「……ベルトルトは、覚悟なんかできてないよ」

ライナー「あいつは立派な戦士だ。……『自分には意思がない』っていつも言っているが、何をやるべきかはちゃんとわかってるさ」

アニ「……なら、なんでベルトルトは時間を変えようって言ったの?」

ライナー「——!」

アニ「きっとベルトルトは、計画を聞いた時にはもう気づいてたんだよ。でも、計画を中止することはできないってこともわかってたから……だから、時間を変えようって言い出したんだ」

ライナー「……」

アニ「ねえライナー、本当にこのままでいいの? 今ならまだ『壁を壊しただけ』だって、自分を誤魔化したままでいられる」

アニ「でも、今回の計画を進めちゃったら……そういう自分への言い訳も、できなくなっちゃうじゃない……」

アニ「このままじゃ、ベルトルトも……あんたも、今よりずっと苦しむことになるんだよ? それでもいいの?」


320 : ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:30:04 ID:8fx7JoSg

ライナー「……」

アニ「お願い、何か言ってよ……私たちが止めてあげないと駄目なんだよ。ベルトルトはもう覚悟しちゃってるんだもの、私たちが言ってあげないと、ベルトルトが、ミーナを……ミーナが、死んじゃうよ……」

ライナー「俺は……」

ライナー(卒業と同時にウォール・シーナに潜り込むためには、ウォール・ローゼの破壊は絶対条件だ。……そこだけは変えることができない)

ライナー(俺が、外側と内側の門を両方壊せば……いや、無理だ。いくらなんでも連続で巨人は出せねえ。——しかも、時間を空ければ空けるだけ対策が打たれちまうし、調査兵団が戻ってくる確率も跳ね上がる……)

ライナー(やはり、外側と内側の門を壊すのは別々の人間がやるしかない。……アニの巨人は論外だ。あいつの巨人は足が早いが、壁を壊すほどの威力は出ない)

ライナー(ベルトルトに内門をやらせても……あいつの巨人は移動ができないから、タイミングを間違えれば、……それこそ取り返しの付かないことになる)

ライナー(……俺に何ができる? ——俺だって、できるなら二人には……人殺しなんかさせたくない。同期の奴らと、殺し合いなんかさせたくないんだ……)

ライナー(ベルトルトとアニを守るために、俺は何をしたら——)

アニ「……もう、やだ」


321 : ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:30:51 ID:8fx7JoSg

ライナー「……アニ?」

アニ「やだよ、もう……こんなのやだぁ……」ポロポロ…

アニ「なんで、私なの……? なんで……なんで、わたしたちが、こんな目にあわなきゃいけないの……? ねえ、おしえてよ……」ポロポロ…

ライナー「……それは」

アニ「私だって……私だって!! できるなら、普通の女の子みたいになりたかった!!」グッ…

アニ「みんなで、くだらないお喋りしたりっ……遊びに、行ったり……したかった……っ!」ポロポロ…

ライナー「……」

アニ「わたし……私は、こうならないために、こんな風に躊躇したくないから、みんなから距離を置いてきたのに……っ! なんで……っ、今頃になって、こんな……っ!」


322 : ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:31:38 ID:8fx7JoSg

アニ「……こんなことになるなら、兵団になんか入らなきゃよかった。……壁内になんか来なきゃよかった……!」

ライナー「アニ……」

アニ「こんなことになるなら……! 私はずっと一人でいればよかった……!」グッ…

アニ「こんな辛い気持ち、知りたくなかった!!」

  —— ゴトンッ!!

アニ「ひっ」ビクッ

ライナー「うおっ!?」ビクッ


323 : ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:32:34 ID:8fx7JoSg

アニ「……」

ライナー「……」

アニ「……な、何? 何なの? 今の音……」ビクビク…

ライナー「わからん。何かがどこかで落ちたんだろうが……」

ライナー(兵舎のほうからか……? しかし、雪が落ちたにしちゃあ音がこもってたような……)

アニ「お、落ちた……? 落ちたって何が? 雪が?」

ライナー「いや、雪じゃない。方角からして、立体機動装置の保管庫だとは思うが……装置が勝手に落ちるわけがないからな。調理場で鍋が落ちたって考えたほうがまだ自然だろう」

アニ「……調理場?」ピクッ

アニ(確か、調理場には……ミーナとサシャが……!)

ライナー「実際に行ってみないとなんとも言えねえが……ここまで音が響くってことは、相当でかいもんが落ちたんだろうな。まあ、見回りの教官が確認するだろうから、俺たちは気にしなくても——」

アニ「……行ってくる」ダッ

ライナー「は? 行ってくるって……お、おい! 待てよ、どこに行くんだ!」ダッ


324 : ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:33:25 ID:8fx7JoSg

—— 同刻 保管庫

サシャ「はぁっ……はぁ……っ」

サシャ(よかった……なんとか、床に落ちる前に間に合いました……)ホッ

サシャ(ベルトルトの装置、無事でよかった……)ギュッ

ミーナ「び、びっくりしたぁ……手を離した時は、どうなることかと思ったけど……」ドキドキ…

アルミン「……」

アルミン(今……サシャがなんとか滑りこんで受け止めたから、ケースが直接床に落ちはしなかったけど……かなり大きな音だった)

アルミン(ケースを受け止めた時に、背中が机に当たった音だって思いたいけど……でも、今のは……)

モブ女「馬鹿、何やってんのよ! 装置の中のボルトを締めるだけってあんた言ったじゃない、ここまでやるなんて——」

モブ男「お前こそ何言ってんだ、あそこまで言われて黙ってられるかよ! 大体、元はと言えばお前の整備がトロいからアルミンなんかに見つかったんだろうが!」

モブ女「はぁっ!? 私のせいにするわけ、信じらんない!!」

モブ男「じゃあなんだよ、今からあいつら無視して一個ずつフタ開けて細工するってのか!? 間に合うわけねえだろそんなの、やれるもんならやってみろよ!」グイッ

サシャ「!!」ガシッ


325 : ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:34:16 ID:8fx7JoSg

モブ男「……おい。手ぇ離せよ」

サシャ「い、いやです……! 離しません、絶対に!」ギュッ

モブ男「この野郎……寄越せって言ってんだよ!」ガツッ

サシャ「いっ……!」ズキッ

アルミン(!! 腕を蹴った……!)

ミーナ「サシャ!!」ダッ

モブ女「動かないで!! ——こっち来たら、次はマルコのを壊すよ」

ミーナ「うっ……!」ピタッ

アルミン「……不正行為を隠蔽するための傷害行為なんて、教官にバレたら一発で開拓地行きだよ。もう憲兵どころの話じゃなくなるけど、君たちはそれでいいの?」

モブ女「へえ、そうなんだ。じゃあもう二、三人くらい道連れにしちゃおっかな。——ちょっと、早くしてよ!! いつまでやってんの!!」

モブ男「んなこと言われたって、こいつ手ぇ離さねえんだよ……っ!」グググッ…

サシャ「う、うぐぐぐぐっ……!」グググググ…


326 : ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:34:58 ID:8fx7JoSg

モブ男「くそっ、しぶといな……おい! 先に芋女の装置壊しちまえ!」

ミーナ「!! い、嫌だよ、絶対渡さないから!!」ギュッ

アルミン「……」チラッ

アルミン(どうしよう、数の上では僕らのほうが有利だけど……サシャはベルトルトの装置を抱えてる上に、相手のすぐ近くにいる)

アルミン(情けないけど、僕らだけじゃあっちの二人には到底敵わない。……サシャの装置を守るだけで精一杯だ)

アルミン(さっきの音で、見回りの教官も保管庫のことに気づいたはずだ。今はこの状況をできるだけ維持して、なんとか隙を伺うしか——)

モブ女「……待った。そういえばさ、サシャってライナーと仲が良かったんじゃなかったっけ?」

アルミン「……!」

サシャ「……え?」ピクッ

モブ男「ライナーと? ——でもあいつ、今朝は食堂で否定してなかったか? サシャとは何も関係ないって」

モブ女「あんなの嘘に決まってるでしょ。それに、関係ないかどうかはやってみせればわかるって。……えっと、こっちだったよね」スタスタ…

サシャ「……! や、やめてください!! 本当に何も関係ないですから!!」

モブ女「ほーら怪しい。馬鹿は単純で助かるよねー。……あ、あった」ガタゴト


327 : ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:35:57 ID:8fx7JoSg

モブ女「よいしょっと。……お、結構傷ついてるじゃん。使い込んでるんだね、すごいすごーい」パカッ ガチャガチャ

サシャ「や、やめてください……! やめて……!」

モブ男「ならさっさとベルトルトのを寄越すんだな。そしたらライナーのは見逃してやるよ」

サシャ「……! それは……」ギュッ

ミーナ「そんなのどっちも選べるわけないでしょ!? いい加減に——」スタスタ…

モブ男「おい、動くなって言ったろうが!!」ガシッ

サシャ「——いたっ……!」

ミーナ「あっ……!」ピタッ

モブ男「よし、それ以上こっちには来るなよ? 次は髪の毛じゃすまねえぞ」グイッ ブチブチッ

サシャ「いっ……!」

ミーナ「う、ううっ……!」ギリッ…

モブ女「ねえ、もうここまで来たらボルト締めるだけじゃ割に合わなくない? シャフトでも折ってみよっか?」カチャカチャ…

サシャ「……!」

サシャ(このままじゃ、私のせいでライナーの装置が……! でも、ベルトルトの装置を渡すわけにはいきませんし……どうしたら……)ギュウッ


328 : ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:36:54 ID:8fx7JoSg

アルミン(あれだけがっちり髪の毛を掴まれてるんじゃ、サシャが自力で逃げ出すのは無理だ。ほぼ頭を押さえつけられてるようなものだし……)

アルミン(でも下手に突っ込んだら、今度は装置どころかサシャに何をされるかわからない……くそっ!! 早くなんとかしないと……!!)

サシャ「……いいです。わかりました」

アルミン「……? サシャ?」

サシャ「私の装置、壊していいですから……ライナーとベルトルトの装置は、壊さないでください。お願いします……」

アルミン「……!」

ミーナ「そんな……! そんなの駄目に決まって、」

モブ男「うるせえな、外野は黙ってろよ! ……それだけか?」

サシャ「……明日からの試験、全部休みます。出席も、しません……」

サシャ「だから……もう、やめてください。お願いします……やめて……」ギュッ

モブ女「……だってさ。どうする?」

モブ男「……まあ、いいんじゃないか? もう上位の何人かには細工してあるし、そこの二人が教官にチクらなきゃ憲兵は余裕だろ」チラッ

ミーナ「……」ギリッ…

アルミン「……」


329 : ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:37:36 ID:8fx7JoSg

モブ男「交渉成立だな。……ほらミーナ、芋女の装置寄越せよ。バラバラに分解してやるからさ」

ミーナ「……その前に、サシャの髪から手を離して。もう掴んでなくてもいいでしょう」

モブ男「悪いな。それは条件に入ってねえんだよ」

ミーナ「……」

サシャ「……ミーナ、渡してください」

ミーナ「でも……」

サシャ「いいんです。——二人に何かあったら、ミカサやアニに合わせる顔がないですから」

ミーナ「……」

アルミン「……ミーナ。渡さなくていいよ」ボソッ


330 : ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:38:28 ID:8fx7JoSg

ミーナ「……? アルミン?」

アルミン「僕が、サシャの髪を掴んでるあいつに体当たりするから……その隙に、サシャを連れて廊下に出るんだ。外に出たら、見回りの教官を呼んできて。……できるだけ早く」ヒソヒソ

ミーナ「え……? で、でも、そんなことしたらアルミンが、」

アルミン「僕だって男だ、平気だよ。……殴られるのなんか、昔から慣れてるし」カタカタ…

ミーナ「……震えてるじゃない」

アルミン「平気だって。……ちょっと寒いだけだよ、こんなの」グッ…

アルミン(他の誰かを待ってなんかいられない。……僕が、身体を張ってミーナとサシャを守らなきゃ)グッ…

アルミン(黙って助けを待っていたら……そんなのは、今までの僕と同じだ。このままじゃ、いつまで経ってもエレンやミカサに追いつけない。——僕だって、変わるんだ……!)

モブ男「おいミーナ、早くしろよ! いつまで突っ立ってんだ!」イライラ

ミーナ「わ、わかってるよ……!」チラッ

アルミン「……じゃあミーナ、いちにのさんで行くから」

ミーナ「アルミン……!」

アルミン「行くよ。——いち、にの……!」グッ…


331 : ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:39:20 ID:8fx7JoSg

—— 保管庫前 廊下

ライナー「……いない」キョロキョロ…

ライナー(途中でアニを見失ったから、取り敢えず保管庫近くまで来てみたが……見当たらねえってことは、調理場のほうに向かったのか)

ライナー(仕方ねえな。ここは引き返して、調理場に行って…… ……ん?)

ライナー(保管庫に明かりが点いてるな。——もしかして、中にアニが……!)ダッ

ライナー「アニ!」ガチャッ

    「うわっ!」ドタンッ

   「きゃっ!!」ビクッ


332 : ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:40:17 ID:8fx7JoSg

ライナー「……? な、なんだ? アルミンにミーナか? なんで入り口で突っ立ってるんだ、危ねえぞ」

ミーナ「……」ポカン

アルミン「ら、ライナー……」

ライナー「っつうか、いくらなんでも転ぶほど驚くことはねえだろ……アルミン、大丈夫か? 手なら貸すぞ?」スッ

アルミン「い、いや……僕は平気だよ。……大丈夫」チラッ

ライナー「そうか、ならよかった。——ところでアニがここに来なかったか? どこかに走って行っちまったんだが…… ……ん?」キョロキョロ…

モブ男「……」

モブ女「……」

ライナー(ああ、他にまだ人がいたのか……あいつら、あんな暗いところで何してるんだ?)ジーッ…


333 : ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:41:35 ID:8fx7JoSg

ライナー「……で、これはいったい何の集まりなんだ? さっきの音もお前らがやったのか?」

モブ男「別になんでもないって。——アニはここには来てねえよ。他を探してくれ」

ライナー「おいおい……なんでもないのに四人も人が集まるわけねえだろ? ——もしかすると、さっきのは装置が落ちた音じゃねえのか? なら点検しねえとまずいな、ちょっと見せてくれ」スタスタ…

モブ男「!! く、来るな!!」グイッ

   「……っ! いたっ……」

ライナー(……? もう一人いたのか? 机の陰で見えなかったが——)チラッ

ライナー「……」

ライナー「……サシャ?」

サシャ「」ビクッ


334 : ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:44:29 ID:8fx7JoSg

すまんな、冒頭で最後までと言っていたがあれは嘘だ! 長らくお待たせした上に間に合わずすいませんでしたごめんなさい
次回は来週、今度こそ最後まで行きます ライナーがなんやかんやで戦士に戻ってるのでもちろんライサシャもあるよ! やったね!

それと、最初のほうで触れたサシャのお誕生日SSですが、こちらでの投下は来週のライナーのお誕生日SSとセットでする予定です
待ちきれない方は上にも書いたとおり、pixivで検索してみてください
ではではまた来週ー


340 : 以下、名無しが深夜にお送りします 2014/08/01(金) 19:40:58 ID:2s.VQs1A
祝ライナー生誕日

341 : ◆H4iwFNXQsw 2014/08/01(金) 20:35:33 ID:GRxOnENo
>>340 ライナーおめでとう!
というわけでどうもこんばんは、1です
当たり前というかなんというか、一週間でSS2本を仕上げるのはちょっと無理でした ので、本日は本編・お誕生日SSともに、こちらへの投下はありません 申し訳ない

因みにライナーのお誕生日SSについてですが、サシャのお誕生日SSに続いてこちらもpixivに先に投下します というかもうしてきました
ですが、「いくらなんでも同じ話を投下しても面白みがないだろう」ということで、本日pixivに投下しましたライナーのお誕生日SSは【不完全版】となります
なので、こちらの掲示板での次回の投下は、今回のお話最後まで+サシャのお誕生日SS(pixivに既にあるもの)+ライナーのお誕生日SS【完全版】となります 泣いても笑っても次回は三本立てだよ! やったね!

そんなわけで、pixivだけで読む人はちょっと物足りないけどお誕生日当日に読めて少し嬉しい、こっちの掲示板で読む人はちょっと遅いけど通しで完全版で読めてなんか嬉しい、pixivで読んできたけどもう一回読む人は二度嬉しい という、最近のコミックスやアニメのような完全版商法の仕様になっております ご了承ください

「ちょっと>>1が何言ってるのかよくわかんない」という方は、取り敢えず「ここのスレさえチェックしておけば全部読める」ということだけ把握しておいていただければ充分です
そんなわけで長文失礼いたしました ではではー


350 : 以下、名無しが深夜にお送りします 2014/08/26(火) 14:14:28 ID:OXDnTIns
載せる気あんのかよ
何日経ったとおもってんだよ
めんどくさくなったならもう適当なこと言うな

351 : ◆H4iwFNXQsw 2014/08/26(火) 16:59:06 ID:p3uoRHk.
>>350
長い間お待たせして本当に申し訳ありません
面倒くさくなったのでも載せる気がなくなったのでもなく、一度最後まで書き上げた展開にどうしても納得がいかず、現在書き直している最中です
ちまちま更新したいところでもあるのですが、自分の書き方の関係上それもできずにいます
今月中に一度は来る予定ですので、どうかご容赦ください

というか>>1も早くまったりほのぼのイチャイチャエロスを書きたいっす


387 : ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:09:05 ID:LsyHm.7c
お待たせしました 1です
なんとか頑張ったんですが結局最後までは仕上がりませんでした すみません
取り敢えず推敲して自分で納得できたところまで投下していきます

388 : ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:10:01 ID:LsyHm.7c

サシャ「……」チラッ

ライナー「そんなところで何やってんだ? お前」

サシャ「……」プイッ

ライナー「……? おい、聞いてんのか?」

ライナー(なんだ……? 反応が妙だな。何かあったのか?)

サシャ(……ど、どうしましょう。なんでライナーがここにいるんですか? てっきり寮にいると思ったのに、こんな時間まで出歩いてるなんて予想外です……!)オロオロ…

サシャ(えっと……えっと! とにかく、今抱えてるベルトルトの装置と、机の上にあるライナーの装置は守らなくちゃいけませんから……下手に二人を刺激しないためには……)ウーンウーン

サシャ(……ううっ、だめです。なんにも考えが浮かびません……! いっそのこと、ライナーが装置を持って逃げてくれればいいんですけど、してくれないでしょうし……)チラッ

サシャ(……取り敢えず、一旦状況を元に戻しましょう。そのために——)

サシャ(ライナーには、一刻も早く帰ってもらわないと……!)グッ…


389 : ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:10:49 ID:LsyHm.7c

モブ男「なあライナー。見ての通り、俺たちは今取り込み中なんだよ。——アニを探してるんだろ? 早く見つけないと寮に帰っちまうかもしんねえぞ?」シッシッ

ライナー「いや、いくらなんでもこの状況を放置していくわけにはいかねえだろ。正直何をやってるのかはわからないが……取り敢えず、その手は離してやってくれないか? 見てるだけで痛そうだしな」

モブ男「……」チラッ

モブ女「……」チラッ

ライナー「おい、何を目配せしてるんだ? いちいち相談しなきゃ何もできねえのか? さっさと離して——」

サシャ「いっ、いいですっ! 離さなくていいです、ずっと掴んでてくださいっ!」ガシッ

モブ男「へっ?」

ライナー「……!」ピクッ

モブ女「は?」

ミーナ「んん……?」

アルミン「えっ?」


390 : ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:11:42 ID:LsyHm.7c

サシャ(とにかく、今は装置を守るためにも現状維持するしかありません! ——正直、手がさっきからジンジンしますし、何本か髪の毛が抜けて痛いですけど……)ズキズキ…

ライナー(あ、あいつ……! 手を握ってやがる! しかもあんな気軽に……!)イライラ…

アルミン「サシャ……? 何言ってるの? 髪、掴まれて痛いんじゃ……」

サシャ「いいえ、いいんですこのままで! ——ねっ、あなたも手を離したら困るでしょう!? ですよね!?」ギュッ

モブ男「えっ? ——そ、そりゃあ、困るか困らないかって言われたら困るけどよ……」チラッ

ライナー「…………」

ミーナ(うわぁ……ライナー、複雑な顔してる……)

アルミン(これは……昼間の喧嘩の延長で、サシャがライナーに意地を張ってるって見ていいのかな。……なんで今やってるのかはわからないけど)

ライナー「……つまり、なんだ。……同意の上でやってんのかそれは」

サシャ「そ、そうですよ? もちろんそうです! ——ですよね? ねっ?」クイクイ

モブ男「あ、いや、同意っていうか……その……」オロオロ…

ミーナ(めちゃくちゃ動揺してる……!)

アルミン(ええええええ……!? サシャ、状況わかってるんだよね? 今はそれどころじゃないんだけどな……)ハラハラ…

ライナー「……………………ほう」


391 : ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:12:24 ID:LsyHm.7c

ライナー「……アルミン説明しろ。何があった」

アルミン「えっ、僕? ——ええっとね、その子たちが上位の子の立体機動装置に細工してて、僕らがその現場を押さえたところで……」

ライナー「違う。そっちじゃない」

アルミン「えっ? そっちじゃないって、」

ライナー「あそこにサシャが座り込んで、あいつに髪をわし掴みにされてる理由だ。お前なら知ってるだろ?」

アルミン「それは……あの、そっちの彼が、ベルトルトの装置を床に落っことそうとしたんだ。それをサシャが受け止めたところで、頭を押さえつけられちゃって」

ライナー「なるほどな、さっきのでかい音はそれか。……それでサシャ、どこが『同意の上』なんだ? アルミンの話を聞いた限りじゃとてもそうは思えねえぞ?」

ミーナ(そっち!? 細工の話はどうでもいいの!?)

アルミン(ああ……! ライナーまでサシャのペースに乗っかっちゃった……!)

サシャ「え、えと……それは、そのですね……」チラッ


392 : ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:13:07 ID:LsyHm.7c

モブ男「……」プイ

サシャ(ああっ、顔逸らされちゃいました……うぐぐ、こうなったら……!)

サシャ「あの……私が教えてあげたんです。頭を押さえると逃げ出しにくいですよって」

モブ男「言ってねえよ」

ライナー「言ってないってよ」

サシャ「ちょっ……! 酷いですよ、ここまでしておきながら味方すらしてくれないなんて!!」プンスカ

モブ男「そもそも味方してやる義理がないからな」

ライナー「だとよ。……残念だったな」フフン

サシャ「ぐぬぬ……とんだ裏切りですよ、これは……!」ギリッ…

モブ女「……ちょっと、いつまでやってんのよ」


393 : ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:13:46 ID:LsyHm.7c

モブ女「あのさぁ、用事がないならとっとと出てってくんない? こっちはいきなり割り込まれて不愉快なんだけど」イライラ…

ライナー「そうか? そりゃすまなかったな。——じゃあ行くぞサシャ」

モブ女「は?」

サシャ「へっ? ……な、何言ってるんですか。行きませんよ私」ブンブン

モブ女「そうよ、勝手に連れて行かないでくれる? ……ていうか、サシャなんかどうでもいいでしょ。さっさとアニ探しに行ったらどう?」

ライナー「どうでもいいわけあるか。——離れていてもあれだけでかい音がしたんだ。装置を受け止めた時にどこかしら打ってんじゃねえのか? お前」チラッ

サシャ「……」プイッ

ライナー「まあ、答えたくないなら答えなくてもいいが……手当てをするならできるだけ早いほうがいい。医務室は開いてないが、応急処置くらいなら俺にもできるからな」

モブ女「……だから、こっちが優先だって言ってるでしょ? 話聞いてる?」イライラ…

ライナー「いいや、そっちがどんな用事だろうが怪我人が優先だ。埋め合わせが必要なら後で俺が引き受けてやる。——それと、そっちのお前」チラッ

モブ男「! ……な、なんだよ」ビクッ

ライナー「いつまで汚ねえ手でベタベタ触ってんだ。……離せ」


394 : ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:14:51 ID:LsyHm.7c

モブ男「……」パッ

サシャ「あっ……」パサッ…

サシャ(手、離されちゃいました……ということは)チラッ

ライナー「……」スタスタ…

サシャ(ひええええ……! やっぱりこっちに来ます……! ええっと、ええっと……)キョロキョロ…

ライナー「立てるか? ……ほら、持ってる装置寄越せ」

サシャ「……」プイッ

ライナー「……ったく、手間のかかる奴め」グイッ

サシャ「あっ……」

サシャ(ああ……ベルトルトの装置、持ってかれちゃいました……)オロオロ…

ライナー「ミーナ、この装置も一緒に預かってくれ。……で、そっちの机の上のは誰のだ? 上位ってことはミカサかアニ辺りか?」

モブ女「……どっちも外れ。あんたのよ」

ライナー「そうか。それも細工するつもりだったのか?」

モブ女「……」

ライナー「お前までだんまり決め込まれちゃ困るんだけどな。……やりたいなら勝手にやれ」


395 : ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:17:52 ID:LsyHm.7c

モブ女「……!」

サシャ「えっ? な、なんで……」

モブ女「……本気で言ってんの?」

ライナー「お前こそ立派なのは口だけか? ——早くやれよ」

モブ女「……このっ!」ブンッ

サシャ「あっ……! ——待って、やめてください!!」

    —— ガシャンッ!!       ガンッ  カラカラカラ…

サシャ「あぁっ……!」


396 : ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:18:29 ID:LsyHm.7c

ライナー「うおっ……危ねえなぁ、好きにしろとは言ったが投げて返せとは言ってねえぞ? ぶつかったらどうしてくれるんだ? ——アルミン、ミーナ。お前らは平気か? 破片に当たってねえよな?」

ミーナ「う、うん……大丈夫。私は全然……」

アルミン「僕も平気だけど……でも、ライナーの装置が……」チラッ

アルミン(あんなに強く壁に叩きつけられたら、シャフトが何本か歪んじゃったんじゃ……)

ライナー「気にすんな。装置なんか後でいくらでも直せるからな。——で、そっちのお前は満足か?」

モブ女「……」

ライナー「どんな手を使ってでも勝ちたいって気持ちはわからんでもない。……だが、こういうやり方は後味のいいもんじゃないとは思うぞ」


397 : ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:19:30 ID:LsyHm.7c

エレン「おい、今の音はなんだ!?」ガチャッ

ミカサ「何かがぶつかったような音がしたけれど……」ヒョコッ

ライナー「おお、ミカサにエレンか。ちょうどよかった。——ここ、任せていいか?」

エレン「? ?? ……お、おう? 別にいいけどよ……」

ミカサ「……何があったの」

ライナー「俺も細かい経緯は知らん。後はアルミンから聞いてくれ」

ミカサ「……わかった。アルミン、説明して」

アルミン「うん……じゃあ、かいつまんで説明するよ。えっと——」

サシャ「……」

サシャ(そんな……ライナーの、装置が……)

サシャ(私が……私の装置を、すぐに渡さなかったから……)

サシャ(……私の、せい……)ジワッ…

ライナー「サシャ、いつまで座ってんだ。手が必要なら貸すぞ?」スッ


398 : ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:20:19 ID:LsyHm.7c

サシャ「……いいです。一人で立てます」ゴシゴシ スクッ

ライナー「そうか? ……足は問題なさそうだな。他に痛むところはあるか?」

サシャ「ありません、大丈夫です。……どいてください。寮に帰りますから」スタスタ…

ライナー「何言ってんだ、大丈夫なわけないだろ? いいからちょっと見せて——」

サシャ「……『忘れろ』って言いましたよね」ボソッ

ライナー「……」ピタッ

サシャ「もう、関係ないんですから……いつまでも私に構わないでください。他の人に仲がいいところを見られたら、ライナーだって困るでしょう?」

ライナー「仲がいいって……手を貸したくらいじゃ、別になんとも思われねえだろ」

サシャ「じゃあはっきり言います。……迷惑です。ついてこないでください」

ライナー「は……? ——お、おい、迷惑ってことはないんじゃないか? 俺はお前を心配してだな、」オロオロ…

サシャ「それにしつこいです」プイッ

ライナー「」


399 : ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:20:57 ID:LsyHm.7c

サシャ「すみません、先に失礼します。……おやすみなさい」スタスタ…

ライナー「……」

ライナー(……そう、か。迷惑か……俺のやったことは、サシャにとって迷惑だったんだな……そうか……)

ライナー「…………」

ミーナ「あれっ? ……ねえライナー、サシャ行っちゃったよ? 追いかけなくていいの?」

ライナー「……いいんだ」

ライナー(そうだよな……俺があいつに「忘れろ」って言ったんだもんな。いつまでも付きまとってたら迷惑……迷惑か…………そうか……しつこいんだな、俺は……)ズーン…

ミーナ「……全然よさそうに見えないけど」

ライナー「まあ……正直追いかけたいところなんだが、ついてくるなってはっきり言われちまったからな。……きっともう、俺の顔も見たくないんだろ」

ミーナ「顔も見たくないって……それ、違うと思うけどなぁ」ウーン…

ライナー「違うも何も、俺は本人の口からはっきり聞いたんだぞ? どうしようもねえよ……」ウジウジ…

ミーナ「…………」

ミーナ(全くもう……この二人は本っ当に手間がかかるなぁ……)ハァ


400 : ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:21:52 ID:LsyHm.7c

ミーナ「まあ、サシャのことはともかく……これ渡しておくね。カバーは外れてなかったから部品は飛んでないと思うけど、一応確認しておいて」ポン

ライナー「ああ、俺の立体機動装置か……悪いな、助かる」

ミーナ「お礼は私じゃなくてサシャに言ってよ。私はただ、床に落ちてた装置を拾ってきただけなんだし」

ライナー「……? サシャに?」

ミーナ「うん。——あの二人がライナーの装置を壊すって言った時にね、サシャは自分の装置を壊してもいいって……明日からの試験も全部休むって言ったんだよ」

ライナー「全部? 立体機動だけじゃなくて、座学も兵站行進もか? ……そんなことしたら」

ミーナ「そうだね。……最悪、卒業できなくなってたかもしれない」

ライナー「……」

ミーナ「装置は壊れたら直せるけど、サシャが積み上げてきた三年は取り返せないのに……それでもいいってサシャは言ったの。——そんなこと、簡単に言えると思う? 顔も見たくない人のために?」

ライナー「……そうだな。少なくとも、俺にはできないな」

ミーナ「そう? ……私は、誰かさんに似たんじゃないかなって思ってるんだけど」チラッ

ライナー「いや、俺にも無理だ。——これまでやってきたことを投げ出すくらいなら、他の方法を考えるだろうな……」

ライナー(サシャがそこまでして守ってくれた装置を……俺は、こうやって台無しにしちまったのか……)グッ…


401 : ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:22:28 ID:LsyHm.7c

ライナー「…………」

ミーナ「今、ライナーが何考えてるか当ててあげよっか。——サシャを追いかけたいんだけど、アニのことも心配なんでしょ? 違う?」

ライナー「……すげぇなミーナは。お前、なんでもお見通しなのか?」

ミーナ「まあ、その顔見たらそれくらいわかるよ。……アニは私がなんとかしておくから、サシャのところに行ってあげてよ。——ねっ?」

ライナー「……いや、駄目だ。いくらなんでも、アニをほっぽり出してサシャのところに向かうわけには——」

ミーナ「じゃあ、私からお願いするよ。——サシャのところに行って。今すぐに」

ライナー「……」

ミーナ「……」

ライナー「……本当に、頼んでいいのか?」

ミーナ「いいよ。……私のこと、信頼して預けてよ。絶対なんとかしてみせるから」

ライナー「……」


402 : ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:23:19 ID:LsyHm.7c

ライナー「……わかった。アニのことは一旦お前に任せる。——とはいっても、今からサシャを追って間に合うとは思えねえが……」

ミーナ「ううん、そんなことないよ! ——ライナーが言ったとおり、もしサシャがどこか怪我してるなら……たぶん、痛みが引くまでどこかに隠れてるんじゃないかな」

ライナー「隠れるって……逆じゃないか? 普通は寮に早く戻ろうとするもんだろ?」

ミーナ「でも、部屋に戻ったらクリスタとユミルがいるんだよ? 試験中だし、二人にはあまり心配かけたくないと思うよ。……昨日から、サシャは二人のこと気にかけてたし」

ライナー「……」

ミーナ「もちろん、怪我してないのが一番いいとは思うんだけど……ベルトルトの装置を受け止めた時にね、少し変な音がしたからちょっと気になってるんだよね。だから——」

ライナー「わかった。まずはサシャを探しがてら寮まで行ってくる。——本当に任せていいんだよな?」

ミーナ「もちろん! ——でもライナー、サシャがいる場所わかるの? 闇雲に探しても見つからないと思うけど……」

ライナー「ああ、大丈夫だ。……あいつが隠れそうな場所なら、いくつか心当たりがある」


403 : ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:24:08 ID:LsyHm.7c

—— とある倉庫

サシャ「……」チャプチャプ…

サシャ「……いたっ」ズキッ

サシャ(もう、かなり時間経ったのに……なんでどんどん痛くなるんですか、おかしいですよ……)ズキズキ…

サシャ(包帯、部屋にありましたっけ。……戻ったらクリスタに聞いて……ああ、その前にユミルに水使っちゃったこと、謝らないと……)

サシャ(……他人のために何かをするのって、こんなに痛いんですね。知りませんでした)

サシャ(結局、私は……隣に並びたいって思って、……思ってただけで、本当は……何もわかってなかったんですね)

サシャ(……私、本当にライナーに追いつけるんでしょうか。ただの装置すら、守れなかったのに……)ジワッ…

サシャ「……」ゴシゴシ…

     —— ガタガタガタッ

サシャ「!」ビクッ


404 : ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:25:11 ID:LsyHm.7c

     —— ガタガタガタ… ガタンッ…

サシャ(な、なんで人が……? 今の時間は見回りの人、来ないはずなのに)

サシャ(つっかえ棒代わりにほうき挟んでますし、平気ですよね……?)チラッ

     —— ガタガタッ… ガタガタガタ… 

サシャ(うーん、諦める気配がないですね……というか、あのままじゃほうきのほうが先に折れちゃうんじゃ……?)ハラハラ…

サシャ(ほうき折れたら、罰則あるんでしょうか……ていうか当然ありますよね。力仕事ならまだいいですけど、反省文は苦手なんですが……)

     —— ガタッ ガタガタ…

.


405 : ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:26:10 ID:LsyHm.7c

サシャ「……」

サシャ(仕方ありません。反省文は書きたくないですし開けちゃいましょう。どうせ見回りの教官でしょうし……)スクッ タタタッ

サシャ「すみません、今開けるので待ってください! ——よいしょっと……」ガコッ

     —— ガラッ…

サシャ(あっ、勝手に開いて……)

サシャ「……!」

ライナー「……よう」

サシャ「……」

ライナー「戸、閉めるぞ。……いいよな」ガラガラ… ピシャン


406 : ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:27:32 ID:LsyHm.7c

サシャ「なんで……なんで、ここにいるんですか? 保管庫にいたんじゃ……」

ライナー「お前を探しに来た」

サシャ「探しにって……装置の整備はしなくていいんですか? アルミンとミーナはどうしました? 装置を壊したあの二人は?」

ライナー「さあな。ミーナたちに全部任せてきたから知らん」

サシャ「……アニは放っといていいんですか? きっとどこかでライナーのこと待ってると思いますよ?」

ライナー「大丈夫だ。——それもミーナに任せてきた」

サシャ「……それ、ミーナが大変じゃないですか。後で怒られても知りませんよ私」

ライナー「怒られねえよ。……あいつが自分から『任せてくれ』って言ったんだからな。信頼して預けてきたんだ」

サシャ「…………」

ライナー「それに、アニは……俺一人で解決できる問題じゃなくなっちまってるからな。もう一人を仲間はずれにして、話を進めるわけにもいかねえし……明日以降になんとかするさ」


407 : ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:28:17 ID:LsyHm.7c

サシャ「……だからって、こんなところに来る必要なんかないですよ。今すぐ装置を直しに戻ったほうがいいんじゃないですか? 早くしないと明日の試験に間に合いませんよ? しかも、もうすぐ消灯なのに……」

ライナー「俺は今のお前のほうが心配だ。……そこの床に置いてある水桶で、どこか冷やしてたんじゃないのか?」チラッ

サシャ「えっ? ——ち、違います……してないです、そんなこと……」オロオロ…

ライナー「……」

サシャ「……私のことなんかどうでもいいでしょう。それより装置の心配をしてくださいよ! 私よりも大変な状態なんですから!」

ライナー「どうでもよくない。——装置はすぐに直せるが、怪我はそういうわけにはいかん」

サシャ「……寝れば治ります」

ライナー「馬鹿か、治るわけねえだろ。……わがまま言ってないで、少しは俺の言うこと聞け」

サシャ「……」ムッ…


408 : ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:29:05 ID:LsyHm.7c

サシャ「ほっといてくださいよ、私のことなんか……ライナーには関係ないって、さっきも言ったでしょう? もう忘れたんですか?」プイッ

ライナー「あのなぁ……じゃあ俺は、誰かが怪我する度にいちいち関係持たなきゃなんねえのか? 違うだろ?」

サシャ「……」

ライナー「頼むから、こういう時くらい心配させてくれ。……俺がお前にやってやれることなんか、もうこれくらいしかねえんだぞ」ボソッ

サシャ「……私、そんなに心配されるほど頼りないですか」

ライナー「……だから、なんでそうなるんだ? そんなこと、俺は一言も言ってねえだろ……」ハァ…

サシャ「でも、ミカサやアニなら大丈夫って言ったじゃないですか。——昼間の技巧の時間に、工具を取り返しに行った時……あの二人ならなんとかできるって言いましたよね。……つい今も、ミーナを信じて預けてきたって言ってました」

サシャ「私のことは、そうやって信用してくれないんですか? 私だって……私のことも、信用してほしいです。他の人ばっかり、ずるいですよ……」

サシャ「さっきだって……結果的に、ライナーに守ってもらうことになっちゃって……私だって、やればできるんですから……もうちょっとくらい、信用してください。私、守られてばっかりは……嫌です……」グッ…

ライナー「……」

ライナー(なるほど、信用か……サシャが引っかかってんのはそこなんだな。だが……)


409 : ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:29:49 ID:LsyHm.7c

ライナー「……ここに来る前に、ミーナから何があったのかは聞いた」

ライナー「俺の装置を守ろうとしてくれたことには礼を言う。それと……他に方法が浮かばなかったとはいえ、お前の気持ちを無碍にするような真似をして悪かった」

ライナー「だが、……好きな女を守りたいって思うのは当然のことだろ? 見るからに酷い目に遭ってりゃ尚更だ。——俺がそういうことをしたのは、お前を信用していることとは別の問題じゃないか? そうだろ?」

サシャ「……別じゃないです」

ライナー「……わからねえ奴だな」イラッ…

サシャ「……」プイッ

ライナー「サシャ、こっち見ろ」

サシャ「……い、嫌です。見ません、見たくありません……!」

ライナー「お前なぁ、そうやって人を無視するのも大概に——」ガシッ

サシャ「!! い゛っ……!!」ズキンッ!!


410 : ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:30:33 ID:LsyHm.7c

ライナー「……? どうした?」

サシャ「い、いえ……ちょっと、手が痛くて……」サスサス…

ライナー「手……? 俺が今掴んだのは腕だぞ? なんで手が痛いんだ?」

サシャ「で、ですよね……? あはは、なんででしょうね……」

ライナー「なんだよ、やっぱり怪我してたんじゃねえか。……どれ、ちょっと見せてみろ」

サシャ「やっ……いいですって、寝れば治りますからっ!」アセアセ

ライナー「だから治るわけねえだろ。いいから見せろって、……」


411 : ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:31:21 ID:LsyHm.7c

ライナー「……おい、なんだこれは」

サシャ「……」

ライナー(暗くてよく見えないが……これは、手の指なんだよな……? いくらなんでも、これは腫れ過ぎなんじゃ……)グッ…

サシャ「うっ……ライナー、あんまり触らないでください。痛いです……」

ライナー「……」

ライナー(今、力なんてほとんど入れてなかったぞ? それでこの反応は……)

ライナー「……右手の指だけか?」

サシャ「へ? 何がです?」

ライナー「他に痛いところはないかって聞いてるんだ。隠さないでちゃんと言え」

サシャ「……左腕が、ちょっとだけ」

ライナー「袖、まくるぞ」グイッ

サシャ「えっ、や、あの……そこまでしなくても、ちょっと痛いだけなのでっ」


412 : ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:32:07 ID:LsyHm.7c

ライナー「あざになってるな。……ここはどうしたんだ? 装置を受け止めた時にぶつけたわけじゃねえんだろ?」

サシャ「……」

ライナー「言え」

サシャ「……爪先で、ちょっと小突かれただけです」

ライナー「蹴られたのか」

サシャ「……」

ライナー「……? サシャ、暑いのか?」

サシャ「えっ? ……な、何言ってるんですかライナーってば。今は冬ですよ、冬!」アセアセ

ライナー「じゃあ、お前の額に付いてるその水滴はなんだ? それ、汗じゃないのか?」

サシャ「これは……これは違いますよ。これはさっきですね、水が付いた手でつい額を拭いちゃって——わっ!?」


413 : ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:34:59 ID:LsyHm.7c

ライナー「……」ペタペタ…

サシャ「やっ……! ちょっ、ちょっと、どこ触ってるんですかっ!」

ライナー「首も触ったのか? 水が付いた手で?」

サシャ「それは……あの、ちょっと首が痒かったので少しだけ掻いたんですよ。おかげですっきりしました、はい」

ライナー「首全体を掻いたのか?」

サシャ「……そ、そうですよ?」

ライナー「……」

サシャ「……」

ライナー「……医務室に行くぞ。来い」クイッ

サシャ「えっ? 医務室って……今は開いてないじゃないですか。行っても無駄なんじゃ……」

ライナー「教官に話して開けてもらう。……冷や汗が出るなんてどう考えても異常だ。その怪我は明日の試験に関わる。処置は早いほうがいい」スタスタ…

サシャ「で、でも……、わっ、わわっ!」ヨロヨロ…

ライナー(それとも教官をアテにしないで、一旦部屋に戻るべきか? 治療用の道具が全くないわけじゃないし……いや、まずは井戸に寄って、すぐに指を冷やさねえと……)スタスタスタスタ…

サシャ(あ、歩くの、速い……っ!)


414 : ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:35:41 ID:LsyHm.7c

サシャ「待ってくださいってば! ……もう!」ブンッ

ライナー「あっ……こら、なんで振り解くんだ! しかもそんな急に動かして、悪化したらどうする!」ガシッ

サシャ「無理矢理連れて行こうとするからですよ! ——大体ライナーは大袈裟に騒ぎすぎです! こんなの、明日の朝になったら腫れが引いてるに決まってます!」

ライナー「引いてなかったら? 夜のうちに悪化したらどうする?」

サシャ「……し、しませんよ。しょっちゅう怪我してた私にはわかるんです。だって昔は木の上からよく落ちてましたし、山の斜面も滑ってましたし、石に躓いたこともありますし……」ブツブツ…

ライナー「でも今日お前が転がったのは野っ原じゃなくて床の上だろ? 今言った話のどれにも当てはまらねえぞ」

サシャ「なっ……! 失礼ですね、転がってませんよ!」プンスカ

ライナー「まあ、転がる云々はどうでもいいが……そういう怪我をして、ここまで腫れあがったことは?」

サシャ「えっ? それは、その…………………………ないですけど」

ライナー「ほらな。だと思った」

サシャ「くっ……! まさか私の渾身の嘘が見破られるとは……! ——っ!!」ズキッ


415 : ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:36:25 ID:LsyHm.7c

サシャ(冷やすのやめたせいで、また痛みが……っ!)ズキズキズキズキ…

ライナー「お、おい……本当に大丈夫か? ……そういえば、まだ営庭に雪が残ってたよな? 切り傷はないみたいだから、あれを氷嚢代わりに使えば——」

サシャ「いっ、いいですってば! 冷やすのなんて、水で充分ですから……手を離してください、痛いんです……!」ググッ…

ライナー「!! わかった、わかったから力を入れるな! すぐ離すから……!」パッ

サシャ「……」プイッ

ライナー(またそっぽ向きやがって……全然目が合わないな。意識してやってんのか……?)ジーッ…


416 : ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:37:08 ID:LsyHm.7c

ライナー「とにかく、これから医務室に向かうぞ。途中で井戸に寄って新しく水を汲むから、俺が教官室に鍵を取りに行ってる間にそれで冷やしてろ。いいな?」

サシャ「嫌です」

ライナー「……あのなぁ」ハァ

サシャ「医務室には一人で行きます。教官にも自分で話します。ライナーはもう戻ってください」

ライナー「怪我人残して一人で帰れってのか? 悪いが却下だ。そんな薄情なことできるか」

サシャ「薄情じゃありませんよ。——いいですか? ライナーにとって今の状況は、同期の……芋女が他人にちょっかい出して馬鹿やって、それで怪我したところを偶然見かけただけってことです。本当なら、ここに来る必要もないんですよ? わかってます?」

ライナー「……その呼び方はやめろ」

サシャ「いいですってば、別に。どうせ私は、いつまで経っても芋女なんですから。……それに、私がどんな呼び方されてても関係ないでしょう。ライナーには」

ライナー「……」


417 : ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:38:03 ID:LsyHm.7c

サシャ「早く行ってくださいよ。……私のこと信用してるなら、保管庫に戻ってください」

ライナー「……」

サシャ「ライナーが行かないなら、私が先に出て行きますね。……よいしょっと」チャプンッ

ライナー「……」

サシャ「じゃあ、言われたとおり医務室行ってきますから。——失礼します」スタスタ…

ライナー「待った。……帰る前に、もう一ついいか?」

サシャ「なんですか? ……手短にお願いします。私急いでるんで」

ライナー「目元はいつ手で拭いたんだ?」

サシャ「……」


418 : ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:38:49 ID:LsyHm.7c

サシャ「……ライナーが来る前にですけど」

ライナー「……」ゴシッ

サシャ「わっ……」ピクッ

ライナー「……まだ濡れてるみたいだが」

サシャ「……」

ライナー「汗でも水でもないだろ。これ」

サシャ「……どいてください」

ライナー「……」

サシャ「私、いそいでるんです。早くどいてください。入り口の前にたたれたら、……じゃまです」

ライナー「……」

サシャ「……はやくしてくださいよ。……お願いですから、はやく……っ」

ライナー「……」スッ

サシャ「ありがとうございます。……じゃあ、おやすみなさい」スタスタ…


419 : ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:39:44 ID:LsyHm.7c

ライナー「……」

ライナー(こっちを全然見なかったのは、顔を見せたくなかったからか。……いつから泣いてたんだろうな。全然気づかなかった)

ライナー(しかも、最後……声が震えてたよな。……泣いてるのが悟られないように、堪えてたのか……)

ライナー「……」

ライナー(俺はいったい、何しにここまで来たんだ? あいつがめそめそ泣いてるのを見物しに来ただけか? ……間抜けすぎるだろ)

ライナー(装置の礼を言うだけなら明日でもよかったはずだ。怪我が心配なら、他の誰かに付き添いを頼めばいい。何もかも放り出して、こうやって追いかける必要なんかない。……第一、俺が自分でサシャを突き放したんじゃねえか)

ライナー(……そうだ、これで間違ってないはずだ。あいつがこの先、辛い思いをしないためにも……ここは黙って離れねえと……)

ライナー「…………」


420 : ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:40:54 ID:LsyHm.7c

—— しばらく後 外 とある倉庫の陰

サシャ「……」チャプチャプ

サシャ(暗いからバレないと思ったのに、なんで気づかれちゃったんでしょう。——せっかく途中まで我慢してたのに……)

サシャ(それにしても、こんなに涙もろいなんて……私、歳でも取ったんでしょうか。今からこんなになってたら、おばあちゃんになるころに枯れてるんじゃないですかね……)グスッ…

サシャ「……」

サシャ(つい邪険にしちゃいましたけど、「来てくれてありがとう」くらいは言ってもよかったんじゃないでしょうか。全部置いて、まっすぐ私のところに来てくれたのに……)

サシャ「……」

サシャ(お腹、痛いな……)ジワッ…

    「おっ、いたいた…… ——サシャ!」

サシャ「」ビクッ


421 : ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:41:34 ID:LsyHm.7c

ライナー「お前まだこんなところにいたのか? ……っつうかここ、さっきの倉庫から三つくらいしか移動してねえじゃねえか。何してたんだ今まで」キョロキョロ

サシャ「えっ……あ、……な、何って……手を冷やしてたんですけど……」

ライナー「そうか。じゃあちょっと桶貸せ」

サシャ「……? はぁ、どうぞ。でも飲んじゃ駄目ですよ」スッ

ライナー「飲まねえよ。——よいしょっと」ザッパーン!!

サシャ「!? ちょっ、なんで地面に水撒いてるんですか!! せっかく冷やしてたのに!!」

ライナー「んなこと言ったってもう大分ぬるかったじゃねえか。あれで冷やしてるとは言えないだろ。——ほれ、代わりに雪入れてやったから」ポイ

サシャ「代わりにって、そんな勝手に……あっ、でもさっきより桶が軽いですね。持ちやすいです」ヒョイ

ライナー「だろ? ——けど、そのまま指突っ込んだら流石にまずいか。どの指が痛いんだ? 全部か?」ゴソゴソ…

サシャ「いえ、全部じゃないです。えーっと、たぶん……人差し指と中指……?」

ライナー「じゃあ、二本まとめて布で覆えばいいか。指出せ」

サシャ「……あの」

ライナー「早くしろ」

サシャ「…………」スッ


422 : ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:42:11 ID:LsyHm.7c

ライナー「あー……さっきより腫れてきてるな。たぶん折れてないとは思うが……」クルクル…

サシャ「……」

ライナー「よし、こんなもんか。——じゃあ、桶の中に指突っ込め」

サシャ「……」ズボッ

ライナー「感想は?」

サシャ「……手の甲がじゃりじゃりします」

ライナー「慣れろ」

サシャ「…………ええー……?」

ライナー「慣れろ。——あとは桶が邪魔だな。持ち手を掴むんじゃなくて、腕で抱えられないか? こう、洗濯籠を抱えるような感じで……」

サシャ「はぁ、できますけど……あの、さっきから何しようとしてるんですか? 状況がよく……」


423 : ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:43:09 ID:LsyHm.7c

ライナー「すぐにわかる。……それで、抱っこと肩車どっちがいい?」

サシャ「……はい?」

ライナー「早くしろ。消灯まで時間がないんだ」

サシャ「え、ええっと、突然そんなこと言われても……まあ、その二つなら抱っ——」

ライナー「そういえば、前に肩車してほしいって言ってなかったか?」ポン

サシャ「……」

ライナー「仕方ねえな……——よし。じゃあ俺が地面に座るから、なんとかして跨がってくれ」ズイッ

サシャ「嫌ですよ」

ライナー「……」

サシャ「そんな目で見られても嫌です。…………というか、恥ずかしいですし」


424 : ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:43:58 ID:LsyHm.7c

ライナー「なんで嫌がるんだ……!? お前がしてほしいって前に言ったんだろうが!!」

サシャ「言いましたよ、言いましたけど! ——なっ、なんで肩車、今やらなくちゃいけないんですかぁ……!」モジモジ…

ライナー「一人じゃいつまで経っても医務室に行かないからだろうが!」

サシャ「ぐっ……! それはそうなんですけど、時と場合ってものがあるでしょう!? 嫌ですよ肩車なんて!!」

ライナー「お前に時と場合をどうこう語る権利があると思ってんのか!! ——ったく、もういい! 抱えたほうが早い!」ヒョイッ

サシャ「へっ? ……っ、わ、わぁっ!? ちょっと、どこ触ってるんですか!! せめて背負ってくださいよ!!」ジタバタジタバタ

ライナー「背負ったら桶持てねえだろうが! ほら、ちゃんと抱えてろ! あと暴れるんじゃない!」グイッ

サシャ「で、でも……こんなくっついてるところ、他の人に見られたらどうするんですか! また変な噂になったら……!」

ライナー「俺はいいぞ。それでも」

サシャ「……」ピタッ


425 : ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:44:43 ID:LsyHm.7c

サシャ「……い、いいんですか? だって、また今朝みたいなこと言われたら……」

ライナー「いいんだ。お前が泣かずに済むなら、そっちのほうがずっといい」

サシャ「なっ…………泣いてませんよ。私」プイッ

ライナー「嘘つけ。……無理に強がらなくていいぞ」ポン

サシャ「わっ……」ピクッ

ライナー「さっき、髪引っ張られて痛かっただろ? まだ痛むか?」ナデナデ…

サシャ「……いえ、今はあんまり」

ライナー「そうか、ならよかった。——あのな。昨日の帰り際に、俺はお前に『今までのことは忘れろ』って言ったよな? 覚えてるか?」

サシャ「……はい。ちゃんと覚えてますよ」

ライナー「あの時はな、俺なりにお前の今後を考えて言ったつもりだったんだ。——俺が考えなしのせいで、あんな突き放すような言い方になっちまったが……それでも、俺がいないところで泣かれるよりはマシだと思ったからな」


426 : ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:45:29 ID:LsyHm.7c

ライナー「だがそのせいで、結局は今のお前を苦しめることになっちまった。……本当に悪かった。許してくれ」

サシャ「えっ? えっ……あの、えっと……許すも何も、私は何も怒ってませんよ? 謝らなくていいですから……」オロオロ…

ライナー「いいや、駄目だ。こういうけじめはしっかりつけておかねえと後を引くからな」キリッ

サシャ「……けじめつけてないのに肩車しようとしてたんですか?」

ライナー「……」

サシャ「……」

ライナー「……それはともかく」

サシャ「……」

ライナー「…………すまん」シュン…


427 : ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:46:10 ID:LsyHm.7c

ライナー「……とにかく、話を戻すぞ。——つまりだな、俺は将来のお前のことばかり考えて、今のお前を疎かにしてたんだ。それが正しいことだと思い込んで、お前にもその考えを強要した。……そのことは、本当に悪いと思ってる」

ライナー「だから、まずは『今までのことは忘れろ』ってのは撤回させてくれ。——それで、できればその代わりに……もう二つほど頼みを聞いてほしいんだが……」チラッ…

サシャ「……」

ライナー「……聞いてはほしいが、無理強いはしない。……いや、むしろ断られて当然だと思ってる。下手すると、昨日の頼みよりももっとキツいことになるかもしれねえからな。お前も嫌な思いはしたくないだろうし、あまりしつこく言い寄るような真似をするのもどうかと思うから一言はっきり言ってくれたらすぐに」

サシャ「わかりました。いいですよ」

ライナー「…………いいのか?」

サシャ「頼みごと自体を受け入れるかどうかは別ですけど、話くらいならちゃんと聞きます。……でも一気に二つもお願いするなんて、ライナーは欲張りさんですね」クスッ

ライナー「そうか? まあお前の食い意地には負けると思うけどな」ハハハ

サシャ「…………」

ライナー「あっ………………悪い。ついいつもの調子で……」シュン…

サシャ「……まあ、いいですけど。——それで、頼みってなんですか? あんまり難しいのは無理ですよ、私」ムー…


428 : ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:47:01 ID:LsyHm.7c

ライナー「いや、頼み自体はそこまで難しいことじゃない。——だがその前に、確認しておきたいことがあるんだが……」ソワソワ…

サシャ「? なんですか?」

ライナー「……ところで、さっきの奴とはどんな関係なんだ?」

サシャ「はい? さっきの……?」

ライナー「お前の髪を掴んでた奴だ。……その、前から付き合いとかあったのか? コニーやジャンよりは親しくない感じがしたが……」ソワソワ…

サシャ「は、はぁ……? なんだかいきなり話が飛びましたね。——ええと、別に何もないですけど」

ライナー「本当に?」ズイッ

サシャ「本当ですよ。なんにもないです」

ライナー「そうか、何もないのか……そうか………………いやでもよ、お前さっきあいつの手を握ってたじゃねえか」

サシャ「へっ? ……そうでしたっけ? よく覚えてないんですけど……」

ライナー「握ってたぞ。こう……何がなんでも離さないって感じでガッチリと!」ガシッ!!

サシャ「ひゃああっ!? ——いっ、いきなり変なところ掴まないでくださいよ!!」ビクッ!!

ライナー「! ……す、すまん。興奮してうっかり……」オロオロ…


429 : ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:48:11 ID:LsyHm.7c

サシャ「ああもう、びっくりした……っていうか、私いつまで抱っこされてたらいいんですか? いい加減疲れません?」ペチペチ

ライナー「疲れてない。大丈夫だ。……つまり、あの男とは何の関係もないんだよな?」

サシャ「あるわけないじゃないですか。——第一、手はともかく……さっき髪の毛を触られた時、すごく嫌でしたし」ムー…

ライナー「ああ……確かにあんな掴まれ方をされたら誰だって嫌だよな。変に引っ張られて髪の毛も抜けるだろうし、無理に動けば痛みも——」

サシャ「違いますよ。痛いのも抜けるのもどうでもいいんです。……他の人に触られたっていうのが嫌だったんです」

ライナー「……? 他の人って……お前、よくクリスタやミーナたちに髪の毛いじってもらってるんだろ? あれはいいのか?」

サシャ「いいんです。——だってみんな、あんな乱暴に触ったりしませんし……私の気持ち、ちゃんと汲んでくれますから」

ライナー「……? 丁寧に仕上げてくれるってことか?」

サシャ「……ライナーが褒めてくれたから、大切にしてるんです。髪の毛」


430 : ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:49:04 ID:LsyHm.7c

サシャ「みんな、それをわかっててくれてるみたいで……髪を触るときは、いつも宝物みたいに扱ってくれるんです。……だから、クリスタやミーナたちはいいんです」

サシャ「でも、他の男の人には……、……す、好きな人以外には、あんまり触られたくないんです。……すごく、大切にしてるから……ほんとにっ、さっきはいやで……っ」ジワッ…

ライナー「……」

サシャ「……」プイッ

ライナー「…………その、それはつまり……お前の、好きな奴ってのは……」

サシャ「……ライナーですよ。——大体、昨日の今日で他の人にすぐ乗り換えられるわけないじゃないですか。……こんなに好きなのに」ギュッ…

ライナー「……」

サシャ「……私、ライナーほど器用じゃないですから……昨日みたいにいきなり『忘れろ』って言われても忘れられませんよ。はっきり言って無理です」

サシャ「だから、さっき撤回するってライナーは言ってましたけど……そんなこと言われなくても、しばらく忘れませんでしたし、……ライナーのこと、好きなままだったと思います」

ライナー「……」


431 : ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:50:18 ID:LsyHm.7c

ライナー「そ、そうか……好きなのか…………そっか……」

サシャ「……本当ですからね?」ジッ…

ライナー「あ、ああ……わかった、わかってるから……」コクコク

ライナー(よかった……てっきりもう、愛想尽かされてると思ってたんだが……)ホッ

ライナー(……いやいやいやいや! そうじゃねえよ、しっかりしろ! 浮かれてる場合じゃねえだろ……!)キリッ

サシャ「……ライナーは?」

ライナー「はっ? ……お、俺か?」

サシャ「私のこと……まだ、好きですか? ……さっきの倉庫で言ってくれたような言い方じゃよくわかんないです。ちゃんと言ってください」

ライナー「俺は……」

サシャ「……」

ライナー「……俺も、お前が好きだ。——好きだ、が……」チラッ

サシャ「……///」カアアアッ

ライナー(じ、自分で聞いておいて、赤くなるなよな……! こっちまで恥ずかしくなるだろうが……!///)ソワソワ…


432 : ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:52:08 ID:LsyHm.7c

サシャ「そ、そうですか……好きなんですか……」

ライナー「あ、ああ。……好きだぞ」

サシャ「え、えと……私も……その、好き……ですから……」

ライナー「そっか、好きなのか……そうか……」

サシャ「……」

ライナー「……」

サシャ「……///」

ライナー「……///」

サシャ(なんでしょうかね、これ……昨日も同じこと言ったはずなんですけど、なんだか……今日のほうがドキドキします! これって何なんですかね!?)アワアワ

ライナー(なんだこれ……なんだこれ……? なんでお互いに好き好き言い合ってんだ? 馬鹿じゃねえのか? ……いや、サシャも俺も馬鹿じゃないはずだったんだが……)アワアワ


433 : ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:53:44 ID:LsyHm.7c
というわけで今日はここまで 続きも早めに投下できるように努力しますので少々お待ちください

460 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/02(木) 06:55:51 ID:YcIedaZo
保守ありがとうございます
すみません、書きなおしたり体調崩したりしてまだ続きがほとんど書き溜めできていません
もう少しだけお待ちください

491 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/14(火) 23:02:29 ID:l5tAAD8.
遅くなってすみません
たぶん体調が崩れなければ今週中に来れると思います

今更になってしまいましたが、ライナー+サシャのお誕生日SSと本編をまとめて投下する予定ですのでもうちょいお待ちください


498 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:12:27 ID:m71IgV6Q

サシャ「えっと……えっと! 何の話してたんでしたっけ!!」

ライナー「え? ——ああ、つまりだな……今は他に好きな奴はいないんだろ? お前」

サシャ「いませんよ。できる予定もないです」ブンブン

ライナー「それなら……その、……俺がお前の近くにいても、問題ないよな?」ソワソワ…

サシャ「近くに……? それがお願いと関係あるんですか?」

ライナー「いや、関係があるっつうか……それ自体が頼みごとでもあるというか……」モゴモゴ…

サシャ「んんん……? でも、今も結構距離としては大分近いと思うんですが」ウーン…

ライナー「…………」

サシャ「……あれっ? どうかしました?」キョトン

ライナー「だからな、そういう物理的な距離の話じゃなくて……もうちょっとこう……」ブツブツ…

サシャ「? ?? えっと、ぶ、ぶつりてき……??」オロオロ…

ライナー「……」


499 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:13:17 ID:m71IgV6Q

ライナー「……だよな。はっきり言わないとわかんねえんだよな、お前は」ハァ

サシャ「うぐっ……すみません、わからなくて」シュン…

ライナー「いや、こういうことをあやふやなまま通そうとした俺も俺だ。……ちゃんと言い直す」スーハースーハー

サシャ「はぁ、そうですか……でもなんで深呼吸してるんです?」

ライナー「これでも緊張してるんだよ。……というわけで、だ」

ライナー「……俺と付き合ってくれ。サシャ」

サシャ「………………………………………………はい?」

.


500 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:13:51 ID:m71IgV6Q

ライナー「意味はわかるよな? それとももっとはっきり言ったほうがいいか?」

サシャ「い、いえ……大丈夫です、わかります。わかりますけど……」ブンブン

ライナー「けど?」

サシャ「……付き合うってのは、あれですよね。どこかに行こうって意味じゃないほうですよね? それはわかりますよ、わかるんですけどね……」チラッ

ライナー「……? なんだよ、もしかして疑ってんのか? 別に俺は冗談で言ってるわけじゃねえぞ」ムッ

サシャ「ああいえ、違います。そんなつもりじゃないんですけど……」

ライナー「昨日みたいに、『俺の故郷に来てくれ』とはもう言わない。……俺からは言うつもりもない」

ライナー「その代わり、一緒に過ごせる時間は短くなるだろうが……だからこそ、少しでも長くお前のそばにいたいんだ。そのための口実が欲しい」

サシャ「……口実」

ライナー「恋人同士ならグダグダ言われることもないだろ。……それに、こんな世の中だからな。兵士をやっていようがいまいが、どうせお互いいつ死に別れるかわからないんだ」

ライナー「だったら、……好きな奴と一緒にいたいって考えるのは普通のことだろ?」

サシャ「…………」


501 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:14:30 ID:m71IgV6Q

サシャ「……あの、一個目のお願いがそれなんですよね? 二個目はなんです?」

ライナー「ああ、二つめは……っと、そうだ」ゴソゴソ…

サシャ「……? 何探してるんですか?」

ライナー「さっき上着の中から見つけたんだが……おっ、あったあった」コロン

サシャ「! これ……」

サシャ(確か、技巧の時間にアルミンがくれた飴……ですよね? ライナーもあの時もらってたんでしょうか……)ジーッ…

ライナー「お前にやるよ。どうせ飴なんて俺は食わないからな、それ食って少しでもいいから元気出せ。……まあ、正直どうやって手に入れたものなのかはわからないんだが」ボソッ

サシャ「……わからない?」

ライナー「気づいたらポケットに入ってたんだよ。……この前上着を洗濯した時にはなかったはずだから、これもそこまで古いものではないだろ。そもそも飴は腐らないだろうしな」

サシャ「…………」

ライナー「遠慮しなくてもいいぞ。……まあ、いらねえってんなら持って帰るが」スッ

サシャ「ああああああああああ待って待って待ってくださいいります食べますいただきます!!」ガシッ!!

ライナー「うおっ!? ——わっ、わかったわかった! やるから落ち着け!!」


502 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:15:13 ID:m71IgV6Q

サシャ「むふふふふ……! おいしいぃぃ……!」ニマニマ…

ライナー「……」

サシャ「? なんです? ——あっ、実はライナーも飴食べたかったんですか? 私が持ってるのでよければあげますけど……」ゴソゴソ…

ライナー「いらんいらん、そういうつもりで見てたわけじゃない。……やっぱりお前は笑ってるほうがいいと思ってな」

サシャ「……べっ、別に食べ物をもらったからって喜んでるわけじゃないですからねっ! この飴がおいしすぎるのが悪いんですっ!」ツンッ

ライナー「いや、どっちにしろ元気が出たんであれば俺はそれでいいんだが……っつうか、なんで妙なところで意地張ってんだお前は」

サシャ「だってライナーが変なこと言うからじゃ……あっ、ああああっ!?」ビクッ!!

ライナー「!? なんだどうした!?」

サシャ「こ、この飴……! この飴、中に蜜が入ってます!! それも酸っぱいの!!」

ライナー「……」

サシャ「すごいです、こんなの今まで食べたことありません……! どうやって蜜を中に入れたんでしょう……!?」ワナワナ…

ライナー「そっかそっかー、よかったなー」ニコニコ

サシャ「むっ……! なんですかその微妙な笑い方は!! 私は真面目に話してるんですよ!!」


503 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:15:49 ID:m71IgV6Q

ライナー「悪い悪い。——本当は、お前にはそうやってずっと笑っていてほしいんだけどな」

サシャ「……それが二個目のお願いですか?」

ライナー「いいや、違う。——このまま俺と一緒にいれば、今の倍……いや、それ以上にお前を泣かせることになる。必ずだ」

ライナー「もし、一つ目の頼みを聞いてもらえるなら……そうなっても、できるだけそばにいてやりたいと思ってる」

ライナー「けどな、俺にもできることとできないことがある。——どうやったって、お前の近くにいてやれない時が来る。その時は、お前が思っているよりもずっと早い」

サシャ「……? 早いとか、必ずとか……なんで言い切れるんですか? この先どうなるかなんて、そんなのまだわからないじゃないですか……」


504 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:16:26 ID:m71IgV6Q

ライナー「……すまんが、それは言えん。全部話してやりたいところなんだが、俺一人じゃ決められないことなんだ」

サシャ「……」

ライナー「……ごめんな」

サシャ「いいですよ、別に。……秘密にされるの、もう慣れましたから」

ライナー「……」

サシャ「……すみません」

ライナー「いや、俺が悪いんだからな。……謝らなくていい」

ライナー(こういうところに甘えてるんだよな、俺は……そのせいで今みたいな状況になっちまったってのに……)

サシャ(ああ、もう……! こんな言い方するつもりじゃなかったのに……!)


505 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:17:03 ID:m71IgV6Q

ライナー「この先、俺がいなくなった後に俺を恨んでもいい。……だが、さっきみたいに一人で泣くのはやめてくれ。ミカサでも、クリスタでも……誰でもいいから隣にいてもらえ」

ライナー「これが二つ目だ。——本当は、俺以外にそういう奴が見つかったら一番いいんだけどな」

サシャ「……見つかりませんよ。そんな人」

ライナー「……」

サシャ「見つける気も、ないです。……ほんとは、ずっとライナーにいてほしいです」

ライナー「……すまん」

サシャ「……」

ライナー「ずっと一緒ってのは無理だが……その時が来るまでは、お前の隣にいてやる。約束する。——だから、辛いとは思うが、お前にも背負ってほしい」

サシャ「……背負う?」

ライナー「昨日のやり方じゃ、何もかも全部お前に押し付けることになっちまったからな。今度は俺も一緒だ」

ライナー「きっと今よりも辛くて苦しい思いをすることになるだろうが……もう逃げたりしない。ちゃんと受け止める」

ライナー「これなら、……このやり方なら、お互い対等でいられると思うんだが……どうだ?」

サシャ「……」


506 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:17:40 ID:m71IgV6Q

サシャ「……下ろしてください」

ライナー「……」

サシャ「私たち、対等なんでしょう? だったら隣に並んで歩きたいんです。……というか、抱えてもらわなくても平気ですよ。怪我してるの手だけですし」

ライナー「ああ、なんだ。そういう意味か……だが、下ろした途端に走って逃げたり」

サシャ「しませんってば。……信用してくれないんですか?」ムー…

ライナー「そういうわけじゃない。……じゃあ、下ろしてやるから暴れるなよ? ——よっと」スッ

サシャ「よいしょっと……ありがとうございます。——あの、さっきの返事をする前に、私からもお願いしてもいいですか? 一個だけ」

ライナー「そりゃ構わんが……一つでいいのか? 俺にできることならいくらでもやってやるぞ?」

サシャ「いえ、一個でいいんです。——お別れしなくちゃいけない日がわかったら、すぐ教えてください」

ライナー「……? それだけか?」

サシャ「はい、充分です。——その日の朝でも……無理なら直前でもいいです。私の前から黙っていなくならないでください。お願いします」


507 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:18:19 ID:m71IgV6Q

ライナー「……わかった。その日が来たら……いや、来る前に、お前には必ず伝える。約束する」

サシャ「……」

ライナー「これでいいか? 口約束が不安なら、何か他のもので証明するしかないが……」

サシャ「いえ、大丈夫です。よくわかりました。——じゃあ、その日が来るまでは一緒にいましょっか。私たち」

ライナー「……一緒に?」

サシャ「いていいんですよね?」ジッ…

ライナー「あ、ああ……っつうか、頼んだのは俺だが……」

サシャ「なら、えっと…………………………おっ、おお、おつっ、おつ……き、ぁい、を…………」ボソボソ…

ライナー「……? おつかい?」

サシャ「ち、違いますってば!! えっと、えっと……!」

サシャ(ううっ……なんだか、返事するだけなのに緊張しますね……! 途中で噛まないように、噛みませんように……!)スーハースーハー


508 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:18:56 ID:m71IgV6Q

サシャ「お、お付き合いっ、しましょうっ!! 私とライナーの二人でぇっ!?」ガリッ

ライナー「あっ」

サシャ「……」

ライナー「……」

サシャ「……」ジワッ…

ライナー「……サシャ」

サシャ「ふぁい……」プルプルプル…

ライナー「……自分の舌食っても美味くないと思うぞ」

サシャ「食べたわけじゃないですぅ……」ヒリヒリ…

サシャ(ああああ……! せっかくちゃんと答えようとしたのに、なんで噛んじゃいますかね私は……!)


509 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:19:34 ID:m71IgV6Q

ライナー「……本当にいいのか? そんなに急がなくても、もう少し考えてから返事してもいいんだぞ? 俺だって別に急かしてるわけじゃ——」

サシャ「むっ……失礼ですね、ちゃんと考えましたよ。……今日一日、ずっと考えてました」

サシャ「そりゃあ、周りの人に色々言われるのは嫌ですけど……私だって、一緒にいられないのはもっと嫌ですよ。それに、今更他人のふりなんて難しくってできませんし」ブツブツ…

ライナー「……そうか。ちゃんと考えた上でならいい」

サシャ「ライナーこそ、私でよかったんですか? 私、たぶんこれからもいっぱい迷惑かけると思いますよ?」

ライナー「ああ、もちろん知ってる」

サシャ「……………………」

ライナー「なんだその顔は。——もしかしてお前、今まで一度も迷惑かけたことがないとでも思ってたのか?」

サシャ「いえ、流石にそこまでは思ってませんけど……なんかすんなり納得できないといいますか……」ムー…

サシャ(さっきは対等だって言ったのに、これじゃあいつもと変わんないじゃないですか! ……やっぱり、自分の実力でなんとか見返さないといけませんね)ムー…


510 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:20:23 ID:m71IgV6Q

サシャ「……明日の試験、負けませんからね」

ライナー「はいはい、わかったわかった。……それなら、まずはその指をなんとかしないとな。いい加減医務室行くぞ」

サシャ「はぁーい……」

ライナー「……」

ライナー(……これでよかったんだよな?)

ライナー(将来のサシャにとっては、残酷なことをしてるのかもしれないが……このまま一人ぼっちで泣かせているよりも、こうやって少しでも笑ってるほうが絶対いいに決まってる)

ライナー(今日のこの選択は、間違ってなんかない。……いずれそう思えるようにしてみせる)

ライナー(……明日になったら、ベルトルトやアニともう一度話しあおう。さっきアニと話したことも含めて、計画も練り直しだ)

ライナー(俺が守りたいのはサシャだけじゃない。……ベルトルトやアニにだって、辛い思いはさせたくないんだ)

ライナー(いつか……あいつらも、サシャみたいに笑える日が来るといいんだけどな

ライナー(……いや、俺がそうするんだ。俺はそのために生き残ったんだ。——そうだよな、マルセル……)


511 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:21:01 ID:m71IgV6Q

サシャ「……ところで、恋人になったら何をすればいいんですか?」

ライナー「ん? 何ってそりゃあ……」

ライナー(……あれ? そういや何をすりゃいいんだ? 考えたことなかったが……)

サシャ(恋人っていうとハンナとフランツですよね? あの二人みたいなことすればいいんでしょうか……)ウーン…

ライナー(手は……とっくの昔に繋いでるよな。休日も何度か二人きりで出かけてるし、キスなんて今までしょっちゅうやってるが……)

サシャ(うーん……今まで気にしたことなかったので、ハンナとフランツが何やってたのかまでは覚えてないですね。あんまり難しいことじゃないといいんですけど……)

ライナー(もしかして、恋人らしいことはほとんどやり尽くしてんじゃねえのか? そういえば、いつの間にか食べさせあいにも抵抗なくなってるよな……?)

サシャ(えーっと、さっきライナーはなんて言ってましたっけ……確か、一緒にいる口実がほしいから恋人になりたいって言ってたんですよね? ということは……)

ライナー(待てよ? 逆に考えれば、今まで恋人じゃなかったからできなかったこともできるってことだよな? サシャがいいって言うなら、キス以上のことも……)チラッ

サシャ(もし、他の人に聞かれたら……こ、恋人だって言わなくちゃいけないんでしょうか? ……いえ、言うだけならまだしも、そういう証拠とか見せなくちゃいけないんですかね……?)

ライナー(…………いやいやいや、流石にまずいだろ? そりゃあ俺だってできればアレだのコレだのしたいが…………したいけどなぁ……………………)ソワソワ…

サシャ(証拠っていうと、やっぱり……き、キスとかしてみせればいいんですかね? 他の人の前でするなんて、すごく恥ずかしいんですけど……ハンナとフランツって、そういうことやってましたっけ……?)ソワソワ…

ライナー(……まあ、恋人って言えば身近なところに見本がいるからな。あいつらのようにやってりゃ問題ないだろ、たぶん)

サシャ(ど、どうしましょう……! あの二人みたいなことをしろって言われても、できる気がしません……! やっぱりお付き合いは断ったほうが……)チラッ


512 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:21:44 ID:m71IgV6Q

ライナー「そうだな……ハンナとフランツみたいなことだな」

サシャ「お付き合いやめません?」

ライナー「まだ五分も経ってないぞ」

サシャ「だ、だって……あの二人みたいなことをするのは、流石に恥ずかしいと言いますか……///」ボソボソ…

ライナー「…………」

ライナー(今まで散々やらかしておいて、今更そんなこと言われてもなぁ……)

サシャ(できればハンナとフランツ以外にしてもらえないでしょうかね、他に誰か…… ——あっ!)

サシャ「そうだ、だったらエレンとミカサを参考にしましょう! あの二人の真似なら私でもできますし!」

ライナー「エレンとミカサは恋人同士じゃねえぞ」

サシャ「……じゃあどうしろって言うんですか」


513 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:22:25 ID:m71IgV6Q

ライナー「どうもしなくていい。一緒にいるだけなんだから、いつも通りで問題ないだろ」

サシャ「そういうもんですかねぇ……じゃあ恋人っぽいこと、何もしなくていいってことですか?」

ライナー「そういうことだな。何もしなくて…… ……ん? しないのか?」

サシャ「? だっていつも通りってことはそういうことですよね? 恋人っぽいことって今までしたことないですし」

ライナー「……うん、まあ、そうだな。そういうことになっちゃうんだろうな」

サシャ「違うんですか?」

ライナー「……違わない。全然違わない」ブンブン

ライナー(……まあ、付き合うって言っても手を出すわけにはいかないからな。…………いかないんだが…………でもなぁ…………!)チラッチラッ

サシャ(? ?? なんだかよくわかんなくなってきたんですけど……ええと、付き合うってなんでしたっけ……? 帰ったら誰かに聞いてみますかね……)


514 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:23:00 ID:m71IgV6Q

—— 同刻 保管庫

アルミン「——つまりエレンとミカサが廊下で聞いたのは、あっちの彼女が投げた立体機動装置が壁に当たった音だよ。それから後はまあ……見ての通りなんだけど」

ミカサ「……」

エレン「じゃあ、さっきお前がミーナから預かった装置はライナーのってことか」

アルミン「うん、ミーナには教官を呼びに行ってもらったからね。もしライナーが消灯までに間に合わなかったら、僕が代わりに整備するつもりだよ。——ええと、ジャンとマルコもわかった? 話の途中で来たから、説明が中途半端になっちゃったけど……」

ジャン「ああ、大雑把にはな。……それにしても、装置に細工するなんてな。随分とくだらねえことを考える奴もいるもんだ」ケッ

マルコ「やってしまったものを今更どうこう言っても仕方ないよ。……とにかく、まずは手分けして装置を点検しよう。消灯まで時間もないし、手元が暗いから精確な調整はできないけど……何もやらないよりはマシだ。一旦寮に戻って、コニーとベルトルトも呼んでこないと——」

エレン「なら、二人は俺が呼んでくる。この中で技巧の成績が一番悪いのは俺だからな。アルミンたちは点検に集中しててくれ」

エレン「ついでに寮で起きてる他の訓練兵に声をかけて、ありったけの部品をかき集めてくる。装置直すのに必要になるだろ? 教官に事情を説明しても、必ず部品をもらえるとは限らないしな」

アルミン「そうだね、部品は少しでも多いほうがいいと思うし……そうしてもらえると助かるよ。——ミカサは女子寮のほうを頼んでいいかな? アニとクリスタと、一応ユミルも呼んできてくれる?」


515 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:23:43 ID:m71IgV6Q

ミカサ「……」

アルミン「……? ミカサ? どうしたの?」

ミカサ「……あの二人はどうするの? このまま放っておくの?」

アルミン「どうするって……ミーナが戻って来たら、教官に引き渡すよ。ちゃんと何があったのか説明した上で」

ミカサ「でも、あのままにしておいたら逃げるかもしれない。きちんと拘束しておいたほうがいい」

マルコ「拘束って言われても……周りに縛るものは何もないけど……」キョロキョロ

ジャン「奴らは俺たちで見張っとくから大丈夫だ。整備しながらって言っても三人もいるからな、妙な動きしてりゃ流石に気づくだろ」

ミカサ「……そう」

エレン「……」

マルコ「さあ、時間もないからそろそろ取り掛かろう! ——そうだエレン、コニーを呼ぶついでに僕たちの工具箱も取ってきてくれる? 机の上に置いてあるし、コニーに聞けばすぐわかると思うから」

アルミン「僕の工具箱もお願い! 装置のケースの中に何本か予備の工具が入れてあるんだけど、流石にそれだけじゃ足りないと思うから……」

エレン「コニーとベルトルトと部品と工具箱だな、任せとけ! ……ほらミカサ、お前も行くぞ!」グイッ

ミカサ「……」


516 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:24:26 ID:m71IgV6Q

—— 保管庫前 廊下

エレン「それにしても、部品っつってもなぁ……ネジはともかく、シャフト持ってるやつなんか誰もいそうにねえよな。なんとか見つかりゃいいんだが……」ブツブツ…

ミカサ「……」

エレン「……? おいミカサ、何突っ立ってんだよ。時間ないんだぞ」

ミカサ「……エレンは、私の家族」

エレン「は?」

ミカサ「アルミンは、私とエレンの親友。……ううん、もう家族と言ってもいいくらい」

エレン「……いきなりなんだよ。何の話だ?」

ミカサ「……」

エレン「? ミカサ……?」

ミカサ「サシャとミーナは、私のお友だち。……大事な、友だち」

ミカサ「一緒に遊びに行ったり、ごはんを食べに行ったり……エレンやアルミンとは比べられないけど、それでも……大事な、私の友だち」

エレン「……」

ミカサ「三人とも、私にとって大切な人。……だから今、私はすごく気分が悪い」ギリッ…

エレン「……」


517 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:25:07 ID:m71IgV6Q

エレン「……それで? 今から保管庫に戻ってどうする気だ?」

ミカサ「……」

エレン「俺たちが今やるべきなのは、あいつらに仕返しすることじゃない。……それくらいわかるだろ」

ミカサ「……わかってる。でも、」

エレン「でもじゃねえよ。あの二人をどうするか決めるのは教官だ。お前じゃない」

ミカサ「……」

エレン「大体な、腹立ってんのがお前だけだとでも思ってんのか? だったら勘違いしてるぞ」

ミカサ「……? エレンも怒ってるの?」

エレン「当たり前だ! 仲間を馬鹿にされたあげく怪我までさせられたんだぞ、何も思わないほうがどうかしてるだろ!」


518 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:25:50 ID:m71IgV6Q

エレン「アルミンたちがあれ以上何も言わなかったのは、今やるべきことが何なのかちゃんとわかってるからだ。……あのジャンだって、整備がやり直しになるってこと自体には文句言ってなかったろ?」

ミカサ「……さっきのジャンはあまり話してなかったから、わからない」

エレン「そりゃあ、あの二人に文句つけるよりももっと大切なことがあるってわかってたからだ」

ミカサ「……」

エレン「あの場にいた全員がみんな、少ない時間で何とかしようって考えて一生懸命動いてるんだ。それをお前一人のわがままで台無しにしたいなら戻れよ。好きなだけあいつらに仕返ししてこい」

ミカサ「……それは嫌。台無しにはしたくない」

エレン「だったら早く行こうぜ。時間がなくなっちまう」グイッ

ミカサ「……ごめんなさい、エレン。私は冷静じゃなかった」

エレン「いいって、気にすんなよ。……お前の気持ちはわかるからな、俺も」


519 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:27:43 ID:m71IgV6Q

—— しばらく後 医務室前 廊下

サシャ「ライナーってば、やめましょうよー。勝手に入ったら怒られちゃいますよー?」

ライナー「大声出すな、静かにしろ。いいからお前は手を冷やしとけ。——待てよ、こっちにこう捻れば……」ガチャガチャ…

サシャ「もう一回、見回りの教官に頼みに行きましょうよー。私も一緒に説得しますからー……」

ライナー「どうせまた追い払われて終わりに決まってるだろ。時間の無駄だ」ガチャガチャ

サシャ「でも、鍵を壊して中に入るのは流石にまずいと思うんですけど……その辺の倉庫に入り込むのとは訳が違いますし、罰則もらっちゃうかもしれませんよ?」

ライナー「……それもそうだな。鍵も開きそうにないし、この方法はやめておくか」

サシャ「そうですよ、やめましょうやめましょう! ——もう指もあんまり痛くないですし、明日の朝に看てもらえれば充分ですって。みんなのところに帰りましょう? 装置も点検しないといけませんし……」


520 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:28:37 ID:m71IgV6Q

ライナー「ああ。——こうなったら扉を突き破るしかないな」

サシャ「そうですね、突き破るしかないですよね…………つっ、突き破るぅっ!?」

ライナー「ああ。幸い扉は木でできてるし、なんとかなるだろ」

サシャ「ちょっ……! 駄目ですって、そんなことしたら怒られるだけじゃすみませんよ!?」オロオロ

ライナー「心配するな、俺は他人の家の門も壊したことがあるから要領はわかる!」グッ

サシャ「何の自慢ですか!! ああもう、誰か……」

   「——何をしている?」


521 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:29:26 ID:m71IgV6Q

ライナー「……!」バッ!!

サシャ(きっ、キース教官!? なんで医務室なんかに……!)バッ!!

キース「敬礼はせんでいい。質問に答えろ。……貴様ら、そこで何をしている?」

ライナー「何を、と言われましても……」チラッ

サシャ「……」チラッ

サシャ(まさか『鍵壊して中に入ろうとしてました』なんて言えませんよね……絶対怒られますし……)

キース「何やら『医務室の扉を突き破る』などと聞こえたが、私の聞き間違いか?」

サシャ「…………」ダラダラ…

サシャ(おもいっきりバレてるじゃないですか……! ど、どうしましょう……)チラッチラッ

ライナー「いえ、それは違います。自分もサ……ブラウス訓練兵も、そのようなことは企てておりません。決して」

キース「ほう……では、このような場所で何をしていた?」

ライナー「……月夜の散歩などを、少々嗜んでおりました。ブラウス訓練兵と一緒に」


522 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:30:05 ID:m71IgV6Q

キース「……」

ライナー「……」

サシャ「……」

キース「……散歩か」

ライナー「はい。散歩です」

キース「……」

ライナー「ところで、教官殿は何故こちらに? ……今日の見回りは別の教官だと伺っていましたが」

キース「散歩だ」

ライナー「……散歩でしたか」

キース「ああ、そうだ。——毎年、試験となるととんだ不祥事を起こす奴がいるからな。見回りをしていなくとも気が抜けん」

キース「先程もカロライナから報告があったばかりなのだが……ところでブラウス」

サシャ「は、はいっ!?」ビクッ!!

キース「その手はどうした? 散歩中に野犬にでも噛まれたのか?」

サシャ「……はい」

キース「……そうか。なるほどな」


523 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:30:41 ID:m71IgV6Q

キース「…………」

ライナー「…………」

サシャ「…………」

サシャ(き、気まずいぃ……! 全っ然間が持たないじゃないですかぁ!! もう怪我とかどうでもいいから、早く寮に帰りたいです……!)ソワソワ…

ライナー(キース教官でも冗談とか言うんだな。……意外だ)フムフム

キース「……医務室に入れ。二人ともだ」

サシャ「え?」

ライナー「? 入れ、とは……?」

キース「専門ではないが、私にも多少は心得がある。応急処置程度でもしないよりはマシだろう。……それとも、明日の朝までそのままにしておくつもりか?」

ライナー「……よろしいのですか? 先程見回りの教官からは、医務官がいなければ医務室は使えないと断られましたが」

キース「本人の過失であればともかく、今回は事情が事情だ。責任は私が持つ。……先に入っているぞ」ガチャッ スタスタ…

サシャ「あっ……」


524 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:31:30 ID:m71IgV6Q

サシャ「……開きましたね」

ライナー「ああ」

サシャ「……行っちゃいましたね」

ライナー「ああ、行っちゃったな」

サシャ「どうしましょっか。……帰ります?」

ライナー「……いや、せっかく開けてもらったんだしな。入ろう」

サシャ「えっ、入るんですか? ……私、キース教官苦手なんですけど」

ライナー「そう言うな。素人の処置よりは安心できるだろ?」

サシャ「……処置は的確かもしれませんけど、別の意味で不安です」

ライナー「大丈夫だ。俺も一緒に行くからな」ナデナデ

サシャ「……途中で帰ったりしません?」

ライナー「しないしない。……約束する、俺を信じろ!」グッ

サシャ「……」

サシャ(まあ、ライナーもいるなら大丈夫ですかね……)


525 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:32:15 ID:m71IgV6Q

—— 医務室

キース「なるほど、人差し指と中指か。……一番痛むのはどの辺りだ?」

サシャ「どの辺りかは……その、よくわかりません。指先じゃないのは確かなんですが、全体がジンジンするので……」チラッ

ライナー「……」ウロウロ…

サシャ「……」

キース「ふむ……ではこれはどうだ? 痛むか?」ギュッ

サシャ「えっと……じんわり、ってくらいです」

キース「そうか、わかった」

ライナー「教官、自分に何かできることは」

キース「何もない。……これはどうだ?」グッ…

サシャ「いえ、特には」

キース「腫れもないし、骨折はしていないようだな」

ライナー「……」ウロウロ…


526 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:32:55 ID:m71IgV6Q

キース「指は曲がりそうか? 試しに曲げてみろ。ただし無理はするな」

サシャ「はい、やってみます。……痛っ」ズキッ

ライナー「!? 痛いのか!?」ガタタッ

キース「静かにしろ、ブラウン。……ブラウス、ゆっくりでいいんだ。そう急がなくてもいい。それで限界か?」

サシャ「はい、一応……」

キース「他に異常は?」

サシャ「異常ですか……えっと、大したことはないと思うんですけど……」チラッ

ライナー「……………………」ジーッ…

キース「ブラウンに気を遣う必要はない。異常があるなら言え」

サシャ「……指の先の感覚が、ちょっとおかしいです。感覚がないというか……」

ライナー「……! サシャお前、さっきはそんなこと……!」ズイッ

キース「黙っていろ。——状態はわかった。それとブラウン」

ライナー「はっ! なんでしょうか!!」バッ!!


527 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:33:43 ID:m71IgV6Q

キース「帰れ」

ライナー「」

キース「帰れ」

ライナー「……い、いや、しかしですね、先程は二人とも一緒に入れと教官が自ら、」

キース「治療の邪魔だ。出て行け」

ライナー「…………自分に、何かできることはないでしょうか。井戸水なら何百杯でも運びますが」

キース「いらん。寝ろ」

ライナー「………………では、医務室の外で待機していても」

キース「寝ろ」

ライナー「……………………わかりました。失礼します」シュン…

ライナー(……おかしい。教官のほうから『入れ』と言ったはずなんだが……なんで俺が追い払われなくちゃいけないんだ……?)トボトボ…

サシャ(あっ……本当に帰っちゃうんですね。……ということは、今日会えるのはこれが最後になるんじゃ……)

サシャ「……あの、ライナー!」

ライナー「!」ピクッ


528 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:34:16 ID:m71IgV6Q

ライナー(サシャとせっかく約束したのに、もう破っちまうなんてな……どうしていつも俺はこうなんだ……!)ドヨヨン…

ライナー「……すまんサシャ。どうやら俺はここまでのようだ」

サシャ「いえ、大丈夫ですよ。ここまでついてきてもらえてすごく助かりました。——今日はありがとうございました。おやすみなさい」

ライナー「……ああ。おやすみ」

サシャ「……それと、えっと……」


529 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:34:56 ID:m71IgV6Q

サシャ「……また明日」ヒラヒラ

ライナー「! ……ああ、またな!」ブンブン!

サシャ「はい、また明日……」

ライナー「おやすみ!! ちゃんと暖かくして寝るんだぞ!!」ブンブンブンブン!!

サシャ「は、はい、気をつけますね。……おやすみなさい」ヒラヒラ

サシャ(手、振りすぎじゃないですかね……? 手の形が見えないくらい速いんですけど……)オロオロ…

ライナー「それでは失礼します!」バッ!!

キース「……ああ。早く寝ろ」

                                     —— ガチャッ… バタンッ


530 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:35:35 ID:m71IgV6Q

キース「……」

サシャ「……」

キース「……ブラウス」

サシャ「……はい」

キース「ブラウンはどうしたんだ」

サシャ「ど、どうしたんでしょうかねぇ……? あはは……」

サシャ(流石に教官には付き合ってること報告しなくていいですよね? ……とはいえ)

キース「……少し待て。包帯を探してくる」

サシャ「……はい」

サシャ(やっぱり気まずいぃ……結局こうなっちゃうなら、さっさと寮に帰ってたほうがよかったです……!)ソワソワ…


531 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:36:20 ID:m71IgV6Q

—— 同刻 保管庫近くの廊下

コニー「なあベルトルト。……エレンが言ってたことって本当なのかな」

ベルトルト「だと思うよ。こんなことでエレンが嘘つくわけないし……コニーだってそれはわかってるだろ?」

コニー「そりゃわかってるけどよ……でも俺、まだ信じらんねえよ」

ベルトルト「……」

コニー「もう一回、最初っから装置の整備し直しだなんてよぉっ……!」ギリッ…

ベルトルト「僕、もう手伝わないからね」

コニー「ちくしょう! ちくしょう!! 今からやって消灯までに間に合うわけねえじゃんか普通に考えて!!」ダンダンダンダン!!

ベルトルト「コニー、寮から離れてるとはいえ地団駄踏まないでよ。静かにしよう」

コニー「だって俺がやったわけじゃねえのにまた整備やり直しとかありえねえだろ!! あああああどうすりゃいいんだぁぁああ……っ!!」バリバリバリバリ

ベルトルト「コニー、廊下で爪とぎ始めないでよ。……大体、なんで工具の取り扱いは上手いのに整備だけ下手なの? おかしくない?」

コニー「装置はさ、ほら、なんていうか……センサイ? だから俺とは合わねえんだよなぁ。——俺が整備できないんじゃない。装置が俺に装備されたがっていないんだ……!」キリッ

ベルトルト「……」

ベルトルト(やっぱり、ちょっとは目を向けておかないとまずいだろうな……)ハァ


532 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:36:56 ID:m71IgV6Q

ベルトルト「……あのさ、コニー。なんでサシャは、僕の立体機動装置を庇ったのかな」

コニー「あぁ? ——さあなー、俺にはわかんねえよ。サシャじゃねえしな俺」

ベルトルト「……」

コニー「でもよ、同じ状況になったら俺だって同じことすると思うぜ? ……まあ、自分の手を下敷きにはしねえだろうけどな」

ベルトルト「……そうだよね。普通しないよね」

コニー「まあサシャだしな。たぶん何も考えてねえんだろ、きっと」

ベルトルト「……」

コニー「んな深刻に考えんなよー。別にサシャが怪我したのはお前のせいってわけじゃ…… ……あれ? あそこにいるのミーナじゃねえか?」

ベルトルト「えっ、ミーナ? ……どこ? 僕には見えないけど……」

コニー「あっちの曲がり角曲がっていったんだよ。……ちょっと見てくる!」ダッ

ベルトルト「あっ……コニー待つんだ、時間がなくなるよ!」ダッ


533 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:37:35 ID:m71IgV6Q

コニー「おーい、ミーナ!」

ミーナ「わっ! ……なんだ、コニーとベルトルトかぁ。驚かさないでよ」

ベルトルト「こんばんは、ミーナ。……君も装置のことで呼ばれたの?」

ミーナ「ううん、違うよ。私は別の用事。……? 二人とも、その箱は何? 妙に大きいけど……」

コニー「よくぞ聞いてくれたな! これは部品入れだ!」

ミーナ「部品入れ? なにそれ?」

ベルトルト「コニーがおつかいで余分に買った部品をしまっておく箱だよ」

ミーナ「……そんなに貯めこんでたんだ」

コニー「おうよ。捨てるに捨てられなくて困ってたんだよな。エレンに必要だって言われたからちょうどよかったよ」

ベルトルト「……ねえコニー、君は卒業したら憲兵団に行くんだろ? 憲兵団でも立体機動装置は使うし、部品もいつでも手に入るわけじゃないから持ったままでいいと思うんだけど」

コニー「……それもそうか!」ポンッ

ベルトルト「……コニー、君は本当に憲兵団に行って大丈夫なの……?」

コニー「ま、なんとかなるだろ。……で、ミーナの別の用事ってなんだ? 大変そうなら手伝うぞ?」

ベルトルト「君は整備があるでしょ」


534 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:38:11 ID:m71IgV6Q

ミーナ「手伝いはいいよ、大丈夫。——実はね、アニを探してるんだけど……」キョロキョロ…

コニー「アニぃ?」

ベルトルト「……? 部屋にはいなかったの?」

ミーナ「さっきまでお茶会してたんだけど、途中でいなくなっちゃったの」

コニー「別に探さなくても消灯になれば部屋に戻ってくるんじゃねえ?」

ミーナ「それだと整備が間に合わないじゃない! ……ねえベルトルト、会ったついでに一つお願いしてもいいかな?」

ベルトルト「えっ? ……僕に?」

ミーナ「うん。……もし私たちが間に合わなかったら、アニの装置を代わりに整備してくれない? アニには私から言っておくからさ」

ベルトルト「……本当に、僕でいいの?」

ミーナ「ベルトルトがいいの。……お願い」

ベルトルト「……」


535 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:38:44 ID:m71IgV6Q

ベルトルト「……いいよ。細かい微調整まではできないけど、それでもいいなら」

ミーナ「いいよいいよ、大丈夫! 本当に助かるよ、ありがとう!」

コニー「じゃあ俺のも」

ベルトルト「コニーは駄目」

コニー「……」

ミーナ「じゃあ私、急いでるからもう行くね! アニにも明日お礼言わせるから後はよろしく!」ダッ

ベルトルト「うん。また明日」フリフリ

コニー「おやすみー。……なあベルトルト」フリフリ

ベルトルト「駄目」

コニー「……俺のも」

ベルトルト「駄目。……自分でやろうね、コニー」ニッコリ


536 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:39:23 ID:m71IgV6Q

ミーナ「……」タッタッタッ

ミーナ「……」

ミーナ「……」キョロキョロ…

ミーナ「……アニ、二人とも行ったよ」

アニ「……」ヒョコッ

ミーナ「一応言われたとおりに頼んだけど……本当にベルトルトでよかったの? 今ならアルミンやマルコもいるよ?」

アニ「……いい。大丈夫」

ミーナ「……保管庫、行くのやっぱり無理そう?」

アニ「……」グスッ…

ミーナ「そっか。じゃあ寮に帰ろう? 帰ったら紅茶淹れてあげるからさ、それ飲んで早く寝ようよ。ねっ?」

アニ「……いいよ、いらない。今から紅茶作るの大変でしょ」

ミーナ「平気だよ。戻ってきたらミカサにも淹れるつもりだったからね。……ねえ、寮に戻るまで手繋いでいい?」

アニ「……勝手にすれば」

ミーナ「うん、じゃあ勝手にする」ギュッ


537 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:40:03 ID:m71IgV6Q

ミーナ(確か、まだ部屋のポットにお湯あったよね。……アニを寮まで送ったら、クリスタたちのところに一旦戻らないと)

ミーナ(……保管庫にも行ったほうがいいかな。でも、あんまり長くアニを一人にはしておけないよね)

ミーナ(あっちはアルミンに任せちゃっていいかな……あ、でもライナーの装置……)チラッ

アニ「……? 何?」

ミーナ「ううん、なんでもないよ。……アニの手、あったかいね。背がちっちゃいからかな?」ギューッ…

アニ「……ばか」

ミーナ「あはは、ごめんごめん」

ミーナ(……こっちのほうが大事だよね。ごめんねライナー、装置はアルミンから受け取ってね……)

ミーナ(でも、ライナーの装置大丈夫なのかなぁ。アルミンとマルコがいるから心配いらないと思うけど……)

ミーナ(部品足りなくなったらどうするんだろ。コニーの持っていった分でなんとか間に合えばいいなぁ……)

ミーナ(……あれ? そういえば、エレンはどうしたんだろう? 一緒にいなかったけど……)


538 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:40:44 ID:m71IgV6Q

—— 医務室近くの廊下

ライナー「……」ウロウロ…

ライナー(サシャも教官も出てくる気配がないな。随分長引いてるみたいだが……)

ライナー(……時間もないし、いつまでもこうしてるわけにはいかないよな。そろそろ行くか)スタスタ…

ライナー「……」ピタッ

ライナー「……」チラッ

ライナー(実は今ちょうど手当てが終わって、俺が立ち去った直後に二人が出てくるって可能性もあるよな? ありうるよな?)チラッチラッ

ライナー「……」

ライナー(……もうちょっとだけ待つか)ソワソワ…

   「——ライナー? 何してんだ?」

ライナー「!」ビクッ


539 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:41:25 ID:m71IgV6Q

ライナー「なんだ、エレンか……驚かすな、心臓に悪い」

エレン「別に俺は驚かそうとして声かけたんじゃねえよ。……で、保管庫にも行かないで何やってんだ?」

ライナー「サシャを待ってんだよ。今、医務室でキース教官に手当してもらってるんだ」チラッ

エレン「へえ……医務官いないのに開けてもらえたのか? よかったな。……ところで、サシャの指は大丈夫なのか? アルミンが折れてんじゃねえかって心配してたぞ」

ライナー「いや、教官も言っていたが折れてはないようだ。医務官に診てもらわないと断言はできないが、たぶん打撲ってことになるだろうな」

エレン「打撲か……それならすぐに処置できそうなもんなのにな。まだ終わらねえのか?」

ライナー「ああ。もう三分はここで待ってるんだが、なかなか出てこねえんだよなぁ……」ソワソワ…

エレン「いくらなんでも三分は無理だろ。……っつうか、待つなら医務室の前か中で待ってりゃいいんじゃねえか? こんな廊下の角に隠れなくてもいいだろ?」

ライナー「そうしたいのは山々なんだが、ついさっきキース教官に追い払われたばかりなんでな。見つかると怒られるからここでいいんだ」チンマリ

エレン「お前の体格じゃ縮こまってもすぐ見つかると思うけどな…… ——サシャの心配もいいけどよ、自分の装置の面倒は見なくていいのかよ? 今アルミンがお前の代わりに調整してるはずだぞ」

ライナー「アルミンが? ——そりゃ悪いことしたな。俺は明日の朝早く起きてやろうとしてたんだが……」


540 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:42:01 ID:m71IgV6Q

エレン「ああ、それでゆっくりしてたのか。……でもよ、明日の朝に保管庫開けてもらえる保証もねえし、できるなら今やっといたほうがいいんじゃねえか? 今ならアルミンやマルコもいるし、コニーが持ってきた部品もあるはずだしよ」

ライナー「……」チラッ

エレン「サシャは明日でいいだろ。……打撲くらいならメシ食えば元気出るって」

ライナー「……わかった。なら、後からちゃんと向かう。お前は先に行っててくれ」

エレン「……………………」ジトッ…

ライナー「言っとくが、サシャを待つためじゃないぞ? 戻る前に少し寄っておきたい場所があるんでな。保管庫に向かうのはその後ってだけだ」

エレン「工具箱なら持っていくようにコニーとベルトルトに頼んだぞ?」

ライナー「違う、男子寮じゃない。……野暮用だからすぐに片付くさ。そう時間はかからねえよ」スタスタ…

エレン「……あの二人なら、今は教官室だ」

ライナー「……」ピタッ


541 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:42:51 ID:m71IgV6Q

エレン「お前とサシャが出て行った後すぐに、ミーナが見回りの教官を呼びに行ったんだ。ここに来る途中に、教官室に二人が入っていくのを見た」

ライナー「……」

エレン「あの二人のところに行くつもりなんだろ? ライナー」

ライナー「……それがどうした?」

エレン「何するつもりだ?」

ライナー「…………」

エレン「なあ、わかってんのか? 教官の目の前で殴り倒したら、お前まで試験に出られなくなるんだぞ? そんなことになったらあいつらの思う壺じゃねえか!」

ライナー「……指以外にもやられたんだぞ。サシャは」

エレン「……」

ライナー「腕を蹴られた上に、あいつが大切にしてるもんを傷つけられたんだ。……このまま黙っていられるわけねえだろ!」

エレン「だからってあいつらに仕返ししてもどうにもなんねえだろうが!! お前があいつら殴ったらサシャの怪我が綺麗さっぱり治るのか!? 違うだろ!?」

ライナー「ああそうだよ治るんだ!! ——場所さえ聞ければもう充分だ、じゃあな!」スタスタ…

エレン「おい待てよ、まだ話は終わってねえだろ!!」ダッ


542 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:43:33 ID:m71IgV6Q

ライナー「……そこをどけ。邪魔だ」

エレン「嫌だ」

ライナー「エレン、一発だけでいいんだ。……頼む、行かせてくれ」

エレン「駄目だ。今のお前は一発じゃすまない」

ライナー「……」

エレン「……本当は俺だって、一発どころか何発でも殴ってやりてえよ」

エレン「一歩間違えれば怪我をしていたのはミーナやアルミンだったんだ。サシャだって打撲で済んじゃいるけど、本当はもっと酷い状態になってたかもしれない」

ライナー「……」

エレン「でもさ……もし俺が同じ立場になったら、ライナーは俺を止めるだろ?」


543 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:44:07 ID:m71IgV6Q

ライナー「……止めねえよ」

エレン「いいや、絶対に止める。……俺の知ってるライナーなら、絶対そうする」

ライナー「……」

エレン「だから、今は保管庫に戻ろうぜ。……サシャもあの二人も、教官に任せておけば間違いねえよ」

ライナー「…………」

エレン「…………」

ライナー「……わかった、俺の負けだ。お前の言う通り保管庫に戻る。——これでいいか?」

エレン「おう、そうしてくれ。……そうと決まれば急がねえとな! 俺も自分の装置の点検まだだからさ、少し手伝ってくれよ。ライナー」

ライナー「少しだけな。……悪かったな、エレン。手間かけさせた」

エレン「別にいいってこれくらい。……俺たち、仲間だろ?」

ライナー「……ああ、そうだな」


544 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:44:45 ID:m71IgV6Q

—— 消灯後 女子寮 ユミルたちの部屋

サシャ「……」

クリスタ「……」ジーッ…

サシャ「……あの、クリスタ? 寝ないんですか?」

クリスタ「寝るよ」

サシャ「いつ寝るんです? さっきからずっとそこに座ってますけど」

クリスタ「サシャが寝たら寝るよ」

サシャ「……そうですか」

サシャ(ずっと見られてたら逆に眠れないんですけど……)モゾモゾ…

クリスタ(今日の朝もついさっきも、サシャのそばにいてあげられなかったんだもの。せめて今だけでも、いっしょにいて、あげなきゃ……)ウトウト…


545 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:45:20 ID:m71IgV6Q

クリスタ「……………………」

サシャ「……クリスタ? 眠いんですか?」

クリスタ「ふぁっ!? ねっ、眠くないよ! 大丈夫だから!」ブンブン

サシャ「本当ですか? 私が寝た後、ちゃんと一人でベッドに戻れます?

クリスタ「戻れるよ! 大丈夫!」グッ

サシャ「……」

クリスタ「……だいじょぶだもん」ウツラウツラ…

サシャ「…………そうですか」

サシャ(どう見てもこのまま寝ちゃいそうですよね……かといって、私が説得しても素直に寝てくれそうにないですし……)ウーン…


546 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:46:05 ID:m71IgV6Q

サシャ「……わかりました。ならせめて、クリスタも布団に入って横になってくださいよ。もし座ったまま寝ちゃったら風邪引いちゃうでしょうし」

クリスタ「私、今まで一度も風邪引いたことないからへいっ……へい、平気………………へくちっ」プルッ

サシャ「ああもう、言った側からくしゃみしてるじゃないですか……ええと、毛布毛布っと」バサッ

クリスタ「ううっ……ありがと、サシャ…… ……でもね、布団に入ったらサシャが起きてるのか寝てるのかわからなくなっちゃうんじゃない? その確認はどうすればいいの?」

サシャ「……ぐーぐー。すやすやー」

クリスタ「むむっ……馬鹿にしないでよサシャ、そんなのじゃ私は騙されないからね! ……あっ、そうだ! だったら二人で一緒に寝るのはどう? これなら布団の中だし横になってるし、サシャの顔もばっちり見えるよ!」ポンッ

サシャ「いやいや、それが一番駄目ですって。勝手にクリスタと二人きりで寝たらユミルに怒られちゃいますよ」ブンブン

クリスタ「うーん、これも駄目かぁ……じゃあ、ユミルも一緒に寝るならどうかな? 私とサシャの二人でユミルのお布団に入っちゃうの」

サシャ「それならまあ、二人きりで寝てるわけじゃないのでいいと思いますけど……三人で寝たら狭くないですかね」

クリスタ「平気だよ、私ちっちゃいからあんまりスペース取らないもの。——そうと決まったらサシャ、こっちおいでよ! 壁側と柵側のどっちがいい?」ポフポフ

サシャ「クリスタ、ユミルのお布団に入るの早いですね……じゃあ、すぐ逃げられるように柵のほうで。——失礼しまーす……」ゴソゴソ…


547 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:46:38 ID:m71IgV6Q

ユミル「……zzz」グーグー

サシャ「……ユミル、あれから結局一度も起きてないんですか?」ヒソヒソ…

クリスタ「うん、何度も揺すったんだけど全然なの。……卒業試験も始まったし、ユミルも緊張してたんじゃないかな。それで今までの疲れがどっと出ちゃったんだよ、きっと」ヒソヒソ…

サシャ「じゃあ、明日の朝起きたらびっくりするでしょうね。いつの間にかベッドで寝てて、両脇に私たちがいるんですから」

クリスタ「そうだね、そう考えるとちょっと起きるのが楽しみかも。……ねえサシャ、そっちの寝心地はどう? 狭くない? ちゃんと寝られそう?」

サシャ「大丈夫ですよ。クリスタにもちゃんと寝てもらわなくちゃいけませんからね、無理にでも寝ます。——それに、明日の試験でライナーに私の実力を思い知らせてやらないといけませんからね! しっかり身体を休めないと……!」メラメラ…

クリスタ「……ふふっ、気合い入ってるね」クスッ


548 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:47:34 ID:m71IgV6Q

サシャ「今日一日かけてやっと思い出したんです。……一人でずっと皮の剥き方を悩んでるよりも、何も考えないでかぶりつくほうが向いてるんですよ、私」

クリスタ「……? りんごの食べ方の話?」

サシャ「違いますよ! ……目の前に好きなものがぶら下げてあるのに、じっと我慢なんかしてられないって話です」

クリスタ「……うん、そうだね。そっちのほうがサシャらしいって私も思うよ」

サシャ「でしょう? ——それが私の持ち味ですからね! 明日の試験でライナーにも思い出させてやりますよ!」

おわり


549 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:48:47 ID:m71IgV6Q
終わりです。読んでくださった方、途中レスしてくださった方ありがとうございました
ぶっちゃけ途中のレスで何度も励まされました 本当にありがとうございます

というわけで仲直りしたついでにくっついた話でした
ギスギスした話&ギスギスしたモブがえらく書きにくくてとんでもなく時間がかかってしまいました お待たせしまくって本当にすみません
次回からやっとデレデレしてるライナーが書けるぞ!よっしゃ!

続けてお誕生日SSを貼ってから、次スレ云々のことを書き込みたいと思います


550 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:50:05 ID:m71IgV6Q

—— 7月26日 とある休日 午後 調理場

サシャ「よいしょっと……」ザクザクッ

サシャ(調理場の使用申請、私の他にもう一人出してたはずなんですが……)チラッ

サシャ(誰も来る気配がないですねー……石窯の中身、焦げちゃわなきゃいいんですけど)

サシャ(勝手に開けて怒られるのはもう嫌ですし……まあ、私は自分の作業に集中しますか)

サシャ「……」

サシャ「……」

サシャ「……はっぴばーすでーわーたしー♪ はっぴばーすでーわーたしー♪」ニュルニュル

サシャ「はっぴばーすでーでぃーあわーたしー♪」ペタペタ…

サシャ「はっぴばーすでーわーたしー♪」

ライナー「……何を歌ってんだお前は」


552 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:51:11 ID:m71IgV6Q

サシャ「あっ、ライナーじゃないですか。こんにちは!」

ライナー「おう。……で、今の珍妙な歌はなんだ」

サシャ「お誕生日を祝う歌です! 知らないんですか?」

ライナー「いや、それは知ってる。知ってるんだが……お前、今なんて歌ってた?」

サシャ「はっぴばーすでーわーたしー♪」

ライナー「それだ。……そういう歌って、普通は誰かに歌ってもらうもんじゃねえのか?」

サシャ「そうですね、普通そうだと思います」

ライナー「……お前まさか歌ってもらう友だちすら失ったのか……!?」

サシャ「違いますよ! これ作ってたのでテンション上がっちゃって」スッ

ライナー「……? ケーキ?」

サシャ「はい、バースデーケーキです!」

ライナー「……お前まさか自分で自分のバースデーケーキ作ってんのか……!?」

サシャ「そうですけど?」

ライナー「…………」

サシャ「おっと、早くしないと生クリームが溶けちゃいますね……えーっと……」ニュルニュル


553 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:52:04 ID:m71IgV6Q

ライナー「……ところで、そっちの石窯はお前が使ってんのか?」

サシャ「いえ? 私がここに来た時には、もう火が入ってましたけど……」

ライナー「そうか。……因みに中は見たか?」

サシャ「見てませんよ? ——実はこの前、アニがシューの皮を焼いてる時に途中で開けちゃってめちゃくちゃ怒られたんですよねー……スネの青あざ見ます? まだ押すとちょっと痛いんですが」ペロン

ライナー「!! こら、スカートをめくるな!! しまえ!!」グイッ

サシャ「え? だって青あざ」

ライナー「いらん!! そんなもん見せんでいい!!」プイッ

サシャ「はいはい、わかりましたよぅ……もう、怒鳴らなくてもいいじゃないですか……」ムー…

ライナー「男にほいほい肌を見せる奴が悪い。……ったく」ブツブツ…


554 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:52:41 ID:m71IgV6Q

ライナー「……」

サシャ「……」ペタペタ…

ライナー「……なあ」

サシャ「はいはい、なんですかー」ニュルニュル

ライナー「さっき営庭でな、ベルトルトが鶏に追っかけられてたぞ」

サシャ「はぁ、ベルトルトが鶏に……はい? なんでです?」

ライナー「さあな。あいつのことだし、これから焼き鳥でもするんじゃないか?」

サシャ「へえー、そうなんですかー……ふーん…………」ペタペタ…

ライナー「……」

サシャ「……私、ちょっと出かけてきますね。すぐ戻ってきますから」スタスタ…

ライナー「おう、行ってこい行ってこい」

ライナー「……」


555 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:53:21 ID:m71IgV6Q

ライナー(……よし、行ったか)スタスタ…

ライナー「……」バコッ

ライナー「……」ジーッ…

ライナー(おお……! いい焼き色に仕上がってるじゃないか。成功だ!)

ライナー(調理場にサシャがいるのを見た時はひやっとしたが、どうやら本当に石窯の中は見なかったらしいな。よかったよかった)ホッ

ライナー(それにしても、意外とクッキーって作るの簡単なんだな。……なんだ、菓子作りもなかなか楽しいじゃないか)フフン

ライナー(あとは粗熱を取るんだったか……ええと、持ってきた紙箱に移して……)ガサゴソ…

ライナー「……」

ライナー(……なんだか柔らかそうだな。大丈夫なのか? これ)ジーッ…

ライナー「……」

ライナー(……もう二、三分焼くか)バタン


556 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:54:32 ID:m71IgV6Q

サシャ「ベルトルトいませんでしたよ、ライナー」スタスタ…

ライナー「悪いな、気のせいだったみたいだ」

サシャ「もう、こっちは忙しいんですよー? ……えーっと、飾り飾りっと」ゴソゴソ…

ライナー「……で、なんで自分でバースデーケーキ作ってんだ? ミカサやクリスタは焼いてくれなかったのか?」

サシャ「もちろん焼いてくれましたよ? でも、このケーキだけは別なんです」

ライナー「別?」

サシャ「このケーキ、私がちっちゃい時にお母さんが作ってくれたケーキなんですよ。訓練所に入る前までは毎年食べてたので、これがないと誕生日って気がしなくって」

ライナー「……思い出の味ってやつか」

サシャ「あはは、そんな大層なものでもないですよ。……よーし、できたー!」ジャーン!!


557 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:55:06 ID:m71IgV6Q

ライナー「どれどれ……ほう、上に乗ってるのは桃か? それ」ジーッ…

サシャ「よくわかりましたね、正解です! 夏は苺が手に入らないので、代わりに桃を使ってるんですよ。——えーっと、フォークフォーク……」スタスタ…

ライナー「一人で食うのか? それ全部」

サシャ「そうですよ? ……あ、フォークあった」ガチャガチャ

ライナー「ちょっとくれ」

サシャ「嫌です。あげません」プイ

ライナー「……くれよ」

サシャ「駄目です。ブラウス家の一族は、誕生日に一人でホールケーキ一個を食べないと年を取ったとは認められないんです」

ライナー「太るぞ」

サシャ「聞こえませーん」プイ

ライナー「…………」


558 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:55:42 ID:m71IgV6Q

サシャ「むふふふふー……それではっ! いっただっきまー」

ライナー「おい見ろサシャ。ジャンが猪を引っ張ってきたぞ」

サシャ「…………えっ、猪? 猪って今言いました?」ガタッ

ライナー「ああ、あっちのほうに走っていった。間違いない」

サシャ「なんですって……!? ちょっと分けてもらえるように交渉してきます!」ダッ

ライナー「おう、がんばれよー」

ライナー「…………」


559 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:56:17 ID:m71IgV6Q

ライナー「……」チラリ

ライナー(くっ……! 俺は甘党じゃないんだ、誘惑なんかされねえぞ……! 今はこっちが優先だ!)バコッ

ライナー(……あんまり色変わってねえな。しかしアニから教えてもらったレシピだと、焼き時間はこれで充分なはずなんだが……)ガサガサ

ライナー(半分だけ出して、残りはもう少し焼くか。よっと……)ザララッ

ライナー(これでよし。こっちは一旦閉めてっと……)バタンッ

ライナー「……」ジーッ…

ライナー(……やっぱり少し生っぽいな。本当に大丈夫か?)

ライナー(途中で何か間違えたんだろうか……分量は合ってるはずだよな。……温度が低すぎたのか? それとも混ぜ方に問題が……)ウーン…

ライナー「……」

ライナー(……駄目だ、わからん)ハァ


560 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:56:52 ID:m71IgV6Q

サシャ「ジャンいませんでしたよ、ライナー」スタスタ…

ライナー「悪いな、気のせいだったみたいだ」

サシャ「まあ誰にでも間違いはありますよね。仕方がないです。——それじゃあいっただっきまーす!」パクパク

ライナー「……ところでサシャ、ちょっとこれを見てくれないか?」スッ

サシャ「ふぁい? ……んん? クッキーのレシピ?」

ライナー「実はな、最近ベルトルトがクッキー作りにハマってるんだが、そこの五番の——」

サシャ「石窯で焼くところですか?」

ライナー「ああ。——そこに書いてある時間通りに焼いてるはずなのに、うまい具合に焼き色がつかなくてベルトルトが困ってるんだ。生地も少し柔らかいし……」

サシャ「焼き色は気にしなくていいと思いますよ。むしろクッキーは半生状態で石窯から出すのが正解です」

ライナー「……なんだと?」ピクッ


561 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:57:28 ID:m71IgV6Q

サシャ「熱を取って乾燥させれば充分サクサクになりますからね。どうしても焼き色を付けたいなら焼いてもいいですけど、時間が経っちゃうとバッキバキになっちゃいますよ? まあ、私はそういうバッキバキなのも好きなので、わざときつね色になるまで焼いたりもしますが」パクパク

ライナー「……そうか」

サシャ「後はそうですねえ……焼き色を付けたいなら、焼く直前に表面に卵を塗ったらいいと思います。パイ生地に塗った時なんかはですね、これがもうとても素晴らしい輝きがパイから溢れて」

ライナー「……もう少し早く言ってくれよ……」ボソッ

サシャ「はい? 何か言いました?」

ライナー「なんでもない。……おい見ろサシャ。コニーが熊を狩ってきてるぞ」

サシャ「はぁそうですか、コニーが熊を……くっ、熊ぁ!? 熊なら私も少しはおこぼれもらえるはずです解体手伝ってきます!」ガタッ ダダダッ

ライナー「おう、がんばれよー」

ライナー「……………………」


562 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:57:59 ID:m71IgV6Q

ライナー「……」ダダダッ バコッ

ライナー「ぐっ……! くそ、遅かったか!」

ライナー(いや、慌てるのはまだ早い! 一枚だけ味見を——)パクッ

ライナー「……」

ライナー「…………かってぇ………………」ゴリッ…

ライナー(ああ、失敗か……しかもきつね色を通り越して黒くなりかけてんじゃねえか……)シュン

ライナー(素直にアニのレシピに従ってりゃあよかったなぁ……取り敢えず、サシャが戻ってくる前に紙箱に移すか……)ザララッ

ライナー「……」チラッ

ライナー(……どうせだから、さっき焼きあがったのも食ってみるか)パクッ

ライナー「……」サクサク

ライナー(……あ、うまい)ホッコリ


563 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:58:35 ID:m71IgV6Q

サシャ「コニーいませんでしたよー、ライナー」スタスタ…

ライナー「……ああ、残念だったな」

サシャ「みなさん逃げ足早すぎですよ……もう、少しくらい分けてくれたっていいのにぃ」ブーブー

ライナー「……」

サシャ「……? あの、私がいない間に何かありました? 元気ないみたいですけど……」

ライナー「いや……お菓子作りって、奥が深いよな」

サシャ「そうですねぇ、だからこそ楽しいとも言えるんですけど——」

ライナー「……」ハァ

サシャ「……」

サシャ「……えっと、ひとくち食べます? ケーキ」

ライナー「もらう」ズイ


564 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:59:08 ID:m71IgV6Q

—— その日の晩 とある倉庫

ライナー「……というわけで、だ。——改めて、誕生日おめでとう。サシャ」

サシャ「ありがとうございます! ……えへへ、なんだか恥ずかしいですね。こういうの」テレテレ

ライナー「年が追いつかれちまったな。まあ、一週間後にまた追い抜いちまうが」

サシャ「でも、今日から六日間は同い年ですよ! 同い年!」ピョン

ライナー「ああ、そうなるのか。……けどなぁ、同い年だからって何かが変わるわけでもないと思うんだが」ウーン…

サシャ「試しに何か変えてみますか? ……とは言っても、何をどうすればいいのかは思いつきませんけど」

ライナー「やめとけやめとけ。別に無理にやる必要もないだろ」

サシャ「えー……せっかく同い年になったのにつまんないです」ムー…


565 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:59:42 ID:m71IgV6Q

ライナー「まあまだ6日もあるんだし、その辺りは自分で考えとけよ。……それよりほら、これやるよ。誕生日プレゼントだ」スッ

サシャ「わぁっ……! やったぁ、ありがとうございます! ——これって今開けてもいいんですか?」ワクワク

ライナー「えっ」

サシャ「……? 駄目なんですか?」

ライナー「い、いや……それは、その…………」モゴモゴ

サシャ「……??」

ライナー「……………………いいぞ。開けても。ここで」

サシャ「はぁ、そうですか。——ではではっ、お言葉に甘えて……」ガサゴソ…

ライナー「……」ドキドキ チラッチラッ

ライナー(落ち着け、ライナー・ブラウン……何を聞かれても店売りで通すんだ。——絶対に、何としてもだ)キリッ


566 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:00:17 ID:m71IgV6Q

サシャ「わぁ……! これ、クッキーですか? おいしそうですねぇ……!」キラキラ…

ライナー「お前はこういうもののほうがいいと思ってな。クッキーなら食えるだろ?」

サシャ「はい、肉やお菓子ならなんでも……っていうか、食べ物じゃないもの以外は基本的に食べますよ?」

ライナー「食べ物じゃないものってなんだよ」

サシャ「机は食べられないじゃないですか。まあ木の皮なら食べますが」

ライナー「……木の皮って食えるのか……?」

サシャ「下処理が必要ですけど食べられますよ? ……ところでこれ、どこのお店で買ってきたんですか? 見かけたことない形ですが」ジーッ…

ライナー「いや、それは…………その、店で買ってきたんだ」モゴモゴ

サシャ「……? あの……そうじゃなくて、どこのお店で買ってきたのかって聞いたんですけど」

ライナー「……店は秘密だ」

サシャ「えー……」ムー…

ライナー「因みに何の形に見える?」


567 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:00:55 ID:m71IgV6Q

サシャ「これですか? ——馬と熊でしょう? むふふ、かわいいですよねぇ」ニマニマ

ライナー「……牛と豚だ」

サシャ「えっ、そうなんですか? ……不思議な形ですねぇ」ジーッ…

ライナー「うん……まあ、……そうだな。不思議だよな」

サシャ「? ?? ——えっと……じゃあこれ、大事に食べますね。ありがとうございました!」ゴソゴソ

ライナー「……おい。食わねえのか?」

サシャ「え? だって前は夜にお菓子食べるなって言ったじゃないですか」

ライナー「言ってない」ブンブン

サシャ「ええー……? 言いましたよ、間違いないです! ホワイトデーのこと覚えてないんですか?」

ライナー「いや、覚えてるが……今日は誕生日だからな。特別に見逃してやってもいいぞ」ソワソワ…

サシャ「……後から怒ったりしません?」ムー…

ライナー「しないしない」ブンブン

サシャ「じゃあ、遠慮なく食べちゃいますかね……それじゃあ、いっただっきまーす!」パクッ

ライナー「……」ドキドキ


568 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:01:32 ID:m71IgV6Q

サシャ「……」モグモグ

ライナー「……うまいか?」

サシャ「はい、おいしいです!」ニコッ

ライナー「……そうか」ホッ

サシャ「流石に全部は無理なので、残りは明日食べますね。—— じゃあ一週間後、楽しみにしててくださいね? ちゃんと調理場の許可は取ってあるので!」

ライナー「ほう、準備がいいな。……何を作るかは決まってるのか?」

サシャ「それがまだなんですよねー……薄ぼんやりとイメージはあるんですけど。何かリクエストとかあります?」

ライナー「リクエストか……なんでもいいのか?」

サシャ「難しい物じゃなければ大抵作れますよ。ちゃんと材料用にお金も貯めてあるので、高めのものでも大丈夫です!」エッヘン

ライナー「それなら、そうだな……」ウーン…

ライナー(……待てよ。「決まってない」って言っても、流石にもう主食は決まってるんじゃないか? 材料の調達の問題もあるし、余計なことは言わないほうがいいよな)

ライナー(昼間にもらったケーキは少し気になると言えば気になるんだが……あれは既に一口もらってるし、もう一度作ってもらうのも気が引けるし……)

ライナー(別のものと言われても、そもそも料理には詳しくねえし……ああ、サシャが焼くクッキーも食ってみたい気がするな。いっそクッキーを頼むのも……いやいや、そんなこと頼んだらクッキーが手作りだってこともバレかねない。クッキーは駄目だ)ブンブン


569 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:02:05 ID:m71IgV6Q

ライナー「……………………………………」

サシャ(めちゃくちゃ悩んでますね……やっぱり当日まで内緒にしておいたほうがよかったんでしょうか。でも、何か食べたいものがあるならそっちのほうがいいと思いますし……)チラッ

ライナー「……」

サシャ「……あの、決められないなら無理しなくていいですよ。私の方で考えますから」

ライナー「……すまん。そうしてくれ。特に思いつかねえ……」ハァ

サシャ「わかりました、お任せください! ——ところで、昼間のベルトルトの話に戻るんですけど」

ライナー「ベルトルト? ……に、鶏は食用じゃないからお前にやれないって言ってたぞ。残念だったな」オロオロ

サシャ「違いますよ、そっちの話じゃないです。——確か昼間に、ベルトルトがクッキーの焼き方で悩んでるって言ってましたよね? もしベルトルトがよかったら、今度調理場使うときに焼き方のアドバイスをしてあげようと思ったんですけど……」

ライナー「お前が? ……ベルトルトに付きっきりで?」

サシャ「いえ、私も調理しなくちゃいけないので付きっきりは無理ですけど」ブンブン

ライナー「……因みに、今度調理場を使う日って」

サシャ「ライナーのお誕生日です」

ライナー「…………」


570 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:02:37 ID:m71IgV6Q

ライナー「……よしわかった。ベルトルトの代わりに俺がお前から習うことにしよう。これで問題ねえよな?」

サシャ「何言ってるんですか駄目ですよ。焼き加減の問題なんですから、ベルトルト本人が直接聞かなくちゃ意味がないです。それにライナーは当日調理場に出入り禁止ですからね」

ライナー「なっ……! なんだと、そんなの初耳だぞ!?」ガーン!!

サシャ「だって今はじめて言いましたもん。——当日のお昼まで私が何を作るかは秘密です。覗きに来ちゃ駄目ですからね」

ライナー「……今からリクエストしたら」

サシャ「しても駄目です」

ライナー「何を作ってるかわかった上で覗きに来てるんだからいいだろ。何も問題ないはずだ!」

サシャ「そのリクエストされたものの他に色々作るから駄目です」

ライナー「…………」


571 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:03:11 ID:m71IgV6Q

サシャ「というわけで、ベルトルトに話しておいてくださいね。なんなら私から直接話しても」

ライナー「そういえばベルトルトはもうクッキー作りをやめたらしいぞ。特に石窯は金輪際見たくないそうだ」

サシャ「へっ? そうなんですか? ……あっ! もしかしてライナーが即興で作った嘘だってことは」ジトッ

ライナー「石窯を見ると目が焼けるらしい」

サシャ「ひぇっ……そ、それは無理強いできないですね。確かめようにもリスクが高すぎますし……わかりました、ベルトルトに教えるのは止めにします」シュン…

ライナー「……」ホッ

サシャ「でも、なんでベルトルトは急にクッキー作りやめちゃったんですか? 慣れれば結構簡単なのに……」ムー…

ライナー「さあな。俺にもわからん」プイッ

サシャ「……なんだか怪しいですね。ここは本人に直接確かめたほうが」

ライナー「菓子の名前を聞くと鼓膜が破れるらしい」

サシャ「……聞けないですね」

ライナー「ああ。聞かないほうがいいぞ」


572 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:04:10 ID:m71IgV6Q

—— 深夜 男子寮 エレンたちの部屋

   「……」モダモダ ギシッギシッ

ベルトルト「……」

   「……」ゴロンゴロン ギシギシッ

ベルトルト「……」ムクリ

   「……」ジタバタジタバタ ギシッギシッギシッギシッ

ベルトルト「……あのさぁライナー、上の段で身体を揺すられると下に響いて迷惑なんだよね。静かにしてくれる?」ヒソヒソ

ライナー「……すまん、ベルトルト。どうも眠れなくてな……」モゾモゾ…


573 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:04:43 ID:m71IgV6Q

ベルトルト「まあ、今日は身体もあまり動かさなかったからね。気持ちはわかるけど……落ち着かないなら腹筋でもしてくれば? 外で」

ライナー「馬鹿言うな、今の時間に外に出たら教官にとっ捕まるだろ。——そうだベルトルト、お前にもこれをやろう」ゴソゴソ ポイッ

ベルトルト「……? なにこれ、クッキー?」

ライナー「ああ。余ったからお前にもやるよ。——因みにそれ、何の形に見える?」

ベルトルト「うーん、そうだな……馬と熊、かな」

ライナー「……牛と豚だ」

ベルトルト「は? どの辺が?」

ライナー「……もういい」クスン


574 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:05:19 ID:m71IgV6Q

ベルトルト「そういえばこれ、サシャにもあげたんだっけ? ——思春期男子の手作りお菓子ってなかなか高度な贈り物だよね。何か言われなかったの?」

ライナー「…………う、うまいって」テレテレ

ベルトルト「ふうん、よかったね。他には?」

ライナー「……」モジモジ ギシギシ

ベルトルト「そういうのいいから早く」

ライナー「……一週間後、なにか作ってくれるらしい」

ベルトルト「へえ、よかったね」

ライナー「……ああ。楽しみだ」ソワソワ ギシッギシッ


575 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:06:02 ID:m71IgV6Q

ベルトルト「楽しみなのはわかったけど、それ一週間も続けるの?」

ライナー「いや、そんなつもりはないんだが……なんだか気が急いちまって」

ベルトルト「一週間前からそんな調子でどうするんだ……? ——もういい加減寝なよ。うるさいから」

ライナー「そうだな、そうするか…… ……じゃあおやすみ、ベルトルト」モゾモゾ…

ベルトルト「はいはい。おやすみライナー」モゾモゾ…

ベルトルト「……」

    —— ギシギシ…   ギシッ…ギシ…ッ

ベルトルト(……ベッドの底が抜けるのと一週間経つの、どっちが早いのかな)


576 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:06:51 ID:m71IgV6Q

—— 8月1日 一週間後 とある休日 男子寮 エレンたちの部屋

ベルトルト「……本当なの? 今の話」

ライナー「ああ。——全て事実だ」

ベルトルト「気のせい……じゃ、ないんだよね……?」

ライナー「そう……だな。そうだと、よかったんだがな……」

ベルトルト「正直、信じられないよ……まさかこんなことが起きるなんて、思ってもみなかった……」

ライナー「お前がそう思うのも無理はない。……俺もまだ、受け入れきれないでいる。自分のことなのにな」

ベルトルト「君から直接聞いて、こうして目にしている今でも……嘘であってほしいと思ってる」

ライナー「……」

ベルトルト「なんで君、誕生日に熱出してるの……?」

ライナー「……すまん」ショボン…


577 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:08:01 ID:m71IgV6Q

ベルトルト「熱っぽいのと頭が痛いのと……身体が少しだるいんだっけ? 喉は痛くない? 口開けて見せて」

ライナー「……」パカッ

ベルトルト「……うん、腫れてはないみたいだね。声も普通に出てるし……炎症がないってことは風邪じゃないよね。知恵熱の一種かな、たぶん」

ライナー「ああ、俺も風邪じゃないとは思う。……しかし、いったいなんで急に熱なんか出たんだろうな。訳がわからん」ウーン…

ベルトルト「…………」

ライナー「なんだその目は。言いたいことがあるならちゃんと言え」

ベルトルト「いや、知っててとぼけてるならまだいいけど、本気で言ってるならちょっと……ねえ、本当にわからない? 心当たりあるだろ?」

ライナー「ない」キリッ

ベルトルト「今日は何の日?」

ライナー「……俺の誕生日だ」モジモジ

ベルトルト「そうだね、おめでとう。……で、今日の昼に何の約束してるんだっけ?」ハァ


578 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:08:55 ID:m71IgV6Q

ライナー「……///」テレッ

ベルトルト「顔真っ赤だよ」

ライナー「熱のせいだな」

ベルトルト「明らかにそれ以外の原因だろ……? ——ええっと、今日はサシャがお昼ごはん作ってくれるんだよね? その約束っていつしたんだっけ?」

ライナー「一週間前だな。細かい日時を決めたのは三日前だが」

ベルトルト「その日から今日までの平均睡眠時間は?」

ライナー「……」

ベルトルト「ライナー?」

ライナー「……八時間くらいだ」

ベルトルト「違うね。かなり甘めに見積もっても二時間くらいだ」

ライナー「……」


579 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:09:28 ID:m71IgV6Q

ベルトルト「僕さぁ、毎日のように君に寝ろって言ったよね? なんで言うこと聞けないの?」イライラ…

ライナー「んなこと言われたって仕方がねえだろ。楽しみだったんだからよ……」イジイジ…

ベルトルト「楽しみって……もう子どもじゃないんだからさ、寝る時間くらいコントロールできるようになろうよ……僕らは今、兵士なんだから」

ライナー「何言ってんだ。今の俺は戦士だぞ」キリッ

ベルトルト「そうじゃなくて……いや、そうなんだけど……ええっと、とにかく生活そのものがルーズっていうか、自分の体調管理もできないような年でもないだろってことだよ」

ライナー「……返す言葉がないな」シュン…

ベルトルト「ああ、存分に反省してくれ。……それで、サシャとの約束はどうするの? なんなら僕から行かないって言っておくけど」

ライナー「いや、言わなくていい。ちゃんと自分で行く」ブンブン

ベルトルト「その体調で? ……いくら君でも、その有り様じゃ食堂のある兵舎まで辿りつけないと思うけどなぁ」


580 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:10:10 ID:m71IgV6Q

ライナー「なら、昼前までに体調を元に戻す。——絶対に、何としてもだ……!」キリッ

ベルトルト「はいはい頑張ってね。……じゃあ僕、そろそろ行くから」スクッ

ライナー「ん? 出かけるのか?」

ベルトルト「教官のおつかいでね。ちょっと街まで行ってくるよ。……念のために聞くけど、一人で大丈夫だよね?」

ライナー「何言ってんだ、ガキじゃねえんだし平気に決まってるだろ? ……そうだベルトルト、もしよかったらシャツ貸してくれないか?」

ベルトルト「シャツ? ないの?」

ライナー「昨日まとめて洗う予定だったんだが、頭が割れるように痛くてできなかったんだ」

ベルトルト「その時点で医務室に行ってよ……勝手に使っていいよ。どうせサイズ同じだし」

ライナー「おう、ありがとな。……気をつけて行ってこいよ」フリフリ

ベルトルト「どういたしまして。約束の時間まではゆっくり身体休めてね。……行ってきます」ガチャッ バタンッ


581 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:10:42 ID:m71IgV6Q

—— 数時間後 昼前 男子寮 エレンたちの部屋

ライナー「……」パチッ

ライナー(あっちぃ……今は何時だ? まだ昼は過ぎてないよな……)ムクリ

ライナー「……」ピトッ

ライナー「……」

ライナー「熱は……よし! あるな!」ニッ

ライナー「……」

ライナー(あああああ……少しも下がってねえじゃねえかぁ……!)ズーン…

ライナー(普通に考えれば、数時間寝ただけで治るわけねえよな……くそっ、頭いてぇ……)ガンガンガンガン…

ライナー(なんでベルトルトは指摘してくれなかったんだ? 無理なら無理って言ってくれればよかったのに……あいつ、最近薄情だよなぁ……俺はそんな子に育てた覚えはないぞ、ちくしょう……)イジイジ…


582 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:11:21 ID:m71IgV6Q

ライナー(身体もさっきよりだるいし……この状態じゃ食堂には行けねえな……)

ライナー(というわけで、すまんサシャ。俺は寝るぞ……)ゴロン

ライナー「……」

ライナー(……待てよ? 俺が約束をすっぽかしたら、サシャはどうなるんだ?)

ライナー(ベルトルトに伝言を頼まなかったから、俺が寝込んでるってことは……きっと知らねえよな……)

ライナー(あいつのことだから、俺が行くまで馬鹿正直に待ってるんじゃないか? 妙に気張ったメシをテーブルいっぱいに並べて、周りがメシ食ってるのにひたすら我慢して……)モンモン…

ライナー「……」

ライナー(寝てる場合じゃない。……行かねえと)ムクリ


583 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:12:34 ID:m71IgV6Q

ライナー「うーん……」ゴソゴソ…

ライナー(着れるような服は……訓練服だけか。中に着るシャツはベルトルトのものを借りるとして……)

ライナー(この汗まみれの身体で行くわけにはいかないよな。身体は拭いていくか。タオルタオル……)ゴソゴソ…

ライナー(しかし、洗濯カゴが大変なことになってるな。こりゃ同室の奴以外には見せらんねえぞ……)

                              \コンコンコンッ/

ライナー「……?」

ライナー(ノック……? 今は食事の時間だよな? 誰が来たんだ……?)

                              \コンコンコンッ/

ライナー(コニーやジャンがノックするわけねえし……ということは、マルコか?)

ライナー(まあ、風邪を引いてるわけじゃねえんだし……中に入れても平気だよな。たぶん)

ライナー「入っていいぞー」ゴソゴソ…

   「はーい。……よいしょっと」ガチャッ ギィッ…


584 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:13:12 ID:m71IgV6Q

   「ライナー、お昼持ってきたんですけど……って、何してるんですか?」

ライナー「タオル探してるんだ。汗を拭こうと思ってな」

   「ふむふむ、汗を……確かにびっしょりですね。シャツが肌に貼り付いちゃってますよ? ——ところで、動きまわってるってことは熱が下がったんですか? ベルトルトは結構重症だって言ってましたけど……」

ライナー「ああ、朝ほどじゃないが額がまだ熱かったな……。だが風邪じゃないから、明日の訓練には間に合うとは思うんだが……そういや腹減ったなぁ、楽しみだなぁ……」ゴソゴソ…

   「受け答えがちょっと支離滅裂でとても心配なんですけど……風邪じゃないならよかったですね! 夏風邪はしつこい上にお腹に来ますから、私にとっては地獄そのものです!」

ライナー「確かに、メシを食えなくなるのはキツいよな。……その食事はたぶん後で食べるから、机の上に置いといてくれ。今は急いでるから食ってる暇がない」

   「はぁ、わかりました。……ところで、ライナーの机ってどれですか?」

ライナー「どこって……エレンの隣だよ。お前も知ってるだろ?」クルッ


585 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:14:11 ID:m71IgV6Q

サシャ「どれですかねー?」ウロウロ

ライナー「」

サシャ「うーん……エレンの机はすぐにわかりましたけど、他の三人の机は見分けがつかないですね……右でいいですか? っていうか席替えしました?」コトッ

ライナー「……」

サシャ「もーしもーし」フリフリ

ライナー「……」ムニッ

サシャ「むぁっ!? ……な、何するんですか! 人のほっぺたで遊ばないでください!」ペチンッ

ライナー「……痛い」

サシャ「へっ? ……ああああ、すみませんすみません、そんな強く叩いたつもりはないんですけど」オロオロ…

ライナー「……」

ライナー(本物……なんだよな? だが、なんでサシャが男子寮に……)


586 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:15:15 ID:m71IgV6Q

                              \コンコンコンコンッ/

   『ブラウン? 起きているのか?』

ライナー(なっ……! 教官、だと……!? 何故俺のところに……!?)

ライナー(いや……教官はともかく、サシャがここにいるのはまずくないか!? 女子が男子寮にいるだけでおかしいってのに、部屋に連れ込んでるのがバレたら……いや俺が連れ込んだわけじゃねえけども!!)チラッ

サシャ「ライナー、返事しなくていいんですか?」

ライナー「ねっ……寝てます!! ぐっすりです!!」

サシャ「起きてるじゃないですか」

   『……開けるが構わんな?』

ライナー「ちょっ……! ま、待ってください!」アタフタアタフタ


587 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:15:47 ID:m71IgV6Q

ライナー(とにかく、サシャをどこかに隠さねえと……! って言っても、隠せる場所なんかどこにも……)キョロキョロ…

ライナー(ええい面倒だ、ここでいいだろ!!)ガシッ ポイッ

サシャ「ぎゃっ!? ら、ライナー? 私は別に寝に来たわけじゃ……」ポスッ

ライナー「いいか? 絶対に動くなよ!」バサッ

サシャ「えっ? いえ、あのですね、私は教官に…… ……むぁっ!?」

ライナー(毛布一枚だけじゃ不安だ、他にも適当に上にかけて……!)バサバサバサバサ

サシャ「~~~~!? ~~~~~~~~!!」ジタバタジタバタ

ライナー「こら、暴れるな! おとなしく……」

                              \ガチャッ/

ライナー「!!」バサッ グググッ

サシャ「んぎゅっ!?」ベチョッ


588 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:16:22 ID:m71IgV6Q

キース「入るぞ。——調子はどうだ、ブラウン」

ライナー「はっ! ええと……調子……調子ですか? 俺の調子は、よ、よくないです」グラグラ…

キース「……そのようだな」

ライナー「ええ、まあ……そうですね」チラチラ…

ライナー(……よし、うまい具合に全身隠れたみたいだな。——だが、あんな雑な隠し方じゃすぐバレるだろうし、教官には早く帰ってもらわねえと……ああくそっ、動きすぎて頭が回らん……)グルングルン…

キース「ところでブラウスはどうした。見当たらないが」

ライナー「はぁ、ブラウスですか……ブラウスは…… ……は? ブラウス?」

キース「サシャ・ブラウス訓練兵だ。来ていないのか?」キョロキョロ…

ライナー「……」

キース「奴には食事を持って行くように頼んだのだが……ん? なんだ、食事はあるじゃないか」

ライナー「……」


589 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:16:58 ID:m71IgV6Q

キース「ブラウスはもう帰ったのか?」

ライナー「……帰りました」

キース「そうか。ならばいい」

ライナー「……教官、一つよろしいでしょうか」

キース「なんだ?」

ライナー「何故ブラウス訓練兵に食事を運ぶように命令したんですか? ここは男子寮ですし、他の男子訓練兵でもよかったのでは……」

キース「調理場で暇そうにしている奴がブラウスしかいなかったからだ」

ライナー「……なるほど。納得しました」

キース「体調管理も兵士の仕事のうちだ。……今日が休日でよかったな。明日の訓練までに必ず治しておけ」ガチャッ バタンッ


590 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:17:52 ID:m71IgV6Q

ライナー「……」

ライナー「……」バサッ

サシャ「いたたた……もう、いきなり突き飛ばすから背中打っちゃったじゃないですか……」サスサス…

ライナー「すまなかった。……そっちの事情を先に聞けばよかったな」

サシャ「本当そうですよ……またキース教官が来たら、もう一回隠れなきゃいけなくなっちゃいましたよ」ムー…

ライナー「……悪い」シュン…

サシャ「あ、いえ、責めるつもりじゃなくてですね……」オロオロ…

サシャ(なんだか、いつもより元気がなくて接しづらいですね……加減が難しいです)

ライナー(そうか、教官とサシャにちゃんと伝えてくれたのか……なんだ、ベルトルトもなかなかやるじゃないか。見直したぞ)フフン

ライナー「まあ、その……なんだ。……せっかく来たんだし、ゆっくりしていけよ」ソワソワ…

サシャ「いえ、用事が済んだら帰りますけど」

ライナー「……そうか」シュン

サシャ「……」

サシャ(あうう、やりづらいです……何か、何か話題を……)チラッ


591 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:18:30 ID:m71IgV6Q

サシャ「ええっと、汗拭こうとしてたんですよね? よかったらお手伝いしましょうか? 背中とか手が届かないでしょうし……」

ライナー「いや、大丈夫だ。お前はくつろいでてくれ」フキフキ…

サシャ「ええー……? 私、ここにくつろぎに来たわけじゃないんですけど……」

ライナー「……」フキフキ…

サシャ「……」

ライナー「……」フキフキ…

サシャ「……」

サシャ(さっきから、同じところばっかり拭いてますね……)

ライナー「……」フキフキ…

サシャ「……」スクッ スタスタ…

ライナー「……」フキフキ…

サシャ「タオル貸してください。私がやります」

ライナー「いいって。自分でやる」

サシャ「 貸 し て く だ さ い 」

ライナー「……じゃあ、頼む」ポン


592 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:19:05 ID:m71IgV6Q

サシャ「……」フキフキ…

ライナー「……」

サシャ「はーい、手をあげてー」

ライナー「……」バンザイ

サシャ「よいしょっと……はい、いいですよ。下ろしてくださーい」フキフキ…

ライナー「……」スッ

サシャ「……」フキフキ…

ライナー(小さい子どもになった気分だな……居たたまれねえ……)ソワソワ…

サシャ(ちっちゃい子どもを相手にしてる気分ですね……! 不謹慎ですけど、なんだか楽しいです……!)ワクワク…

サシャ(それにしても、背中すごく熱いですね。こんなに熱いと寝苦しそうです……)ペタッ

ライナー「! ……何してんだお前」

サシャ「いえ、熱がどれくらいあるのかなって思いまして」ペタペタ…

ライナー「……」

ライナー(くすぐってぇ……)ソワソワ…


593 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:19:37 ID:m71IgV6Q

サシャ「はい、これで上半身は全部拭けましたよ。お疲れ様でした!」

ライナー「……結局全部やってもらっちまったな。すまん」

サシャ「いいですよこれくらい。……ええっとそれで、腰から下は」チラッ

ライナー「……」

サシャ「……」

ライナー「……じ、自分で拭くからもういいぞ」アセアセ

サシャ「そっ、そうですか、ですよね……」アセアセ

ライナー「……」

サシャ「……」

ライナー「……いや、お前はあっち向けよ」

サシャ「あ、はいすいません」クルッ

ライナー「……」

ライナー(下は……適当でいいよな。足首だけ取り敢えず拭いて……)フキフキ…


594 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:20:25 ID:m71IgV6Q

ライナー「終わった。……こっち見ていいぞ」

サシャ「えっ、早くないですか? ちゃんと拭きました?」

ライナー「拭いた」

サシャ「……まあ、それならいいですけど」クルッ

ライナー「……」

サシャ「……上、早く着てくださいよ」

ライナー「えっ? ……あっ、すまん。忘れてた……」ゴソゴソ…

サシャ「……あれ? それベルトルトのシャツですよね。前に見たことあるんですが」

ライナー「替えがなくなっちまったから緊急で借りたんだよ。……それで、昼メシ持ってきたんだって?」

サシャ「そうですそうです! 生姜のスープ作ったんですけど食べられますか?」

ライナー「……お前が作ったのか? わざわざ?」

サシャ「そうですよ? ……まあ、元々お昼作ってあげるって約束でしたからね。訓練所の病人食って味気なくて元気出ませんし、だったら私が作ってもいいかなぁって。——今更ですけど生姜大丈夫ですよね? 食べられます?」

ライナー「ああ、食える。……食えるけど、座っていいか? 流石に疲れた……」ドサッ

サシャ「どうぞどうぞ。そっち持っていきますね」カチャカチャ…


595 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:21:03 ID:m71IgV6Q

サシャ(作りたて持ってきたんですけど、まだちょっと熱いですね。少し冷まさないと……)フーフー

サシャ「……」

サシャ(あ、あれ……? なんか、自分が食べるつもりでふーふーしちゃいましたけど……)

サシャ(ふーふーは……しないほうがよかったんじゃないでしょうか。あっついほうが好きかどうか、聞くべきだったんじゃ……)チラッ

サシャ「……」

ライナー「……? サシャ?」

サシャ「……あむっ」パクッ

ライナー「あっ」

サシャ「んぐんぐ……」モグモグ

ライナー「……」

サシャ「たまねぎおいしいです!」ニッコリ

ライナー「何しに来たんだお前」


596 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:21:35 ID:m71IgV6Q

—— 食後

ライナー「……うん、うまかった。ごちそうさん」

サシャ「はい、お粗末さまでした。——じゃあ、器返してきますね」スクッ

ライナー「……」

ライナー(そうか、そうだよな……用事が済んだら、普通は帰るよな……)シュン…

サシャ(うっ……! か、帰りづらい……! そんな捨てられた子犬みたいな目をしないでくださいよ……!)

サシャ(でも、いつまでもここに居座るわけにもいかないですし、器も返さなくちゃいけませんし……何か、何か戻ってくる口実があれば……)キョロキョロ…

サシャ「あっ、そうだ! ——よかったら私、さっきのタオル洗いましょうか?」ポン

ライナー「タオル……? まあ、洗ってもらえるなら助かるが……」

サシャ「タオルだけじゃなんですし、ついでにお洗濯もしてきてあげますよ! いつまでもベルトルトから借りるわけにはいかないでしょうし…… ……それで、洗濯カゴはどこに——」クルッ

ライナー「——!! み、見るな!!」バッ!!


597 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:22:12 ID:m71IgV6Q

サシャ「……わぁ」

ライナー「……」

サシャ「もしかして、あのカゴのフチが見えない服の山がそうですか? うわぁー、溜めましたねぇー……」

ライナー「……」

サシャ「ライナー?」

ライナー「……ち、違う。俺のじゃない……」ブンブン

サシャ「でもあそこに突っ込んである緑のシャツ、いつも着てるのですよね」

ライナー「……」

サシャ「ですよね?」

ライナー「……あのなサシャ、いつもはこうじゃないんだ。いつもは……ちゃんと、ああなる前にやっててだな……」ボソボソ…

サシャ「はいはい、わかってますよ」ポンポン

ライナー(ぐっ……! 絶対わかってねえ、誤解されちまってる……!)プルプル…

サシャ(まあ、ライナーの性格的に洗濯物は溜め込まないですよね……それほど具合悪かったってことなんでしょうか)ウーン…


598 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:22:49 ID:m71IgV6Q

サシャ「じゃあ、外に出るついでにやってきちゃいますね。今からやれば夕方までに乾くはずですから」ヒョイ

ライナー「ああ、頼む……って、ちょっと待て。全部やるのか?」

サシャ「やりますよ? どうせ午後暇ですし」

ライナー「……い、いや、タオルとシャツだけでいいぞ。後は自分で、」

サシャ「いつやるんですか?」

ライナー「明日……は、当番があるから無理だな。明後日は班長会議があるから……ちょっと待て、今確認する……!」ゴソゴソ…

サシャ「……」

ライナー「……」ジーッ…

サシャ「いつですか?」

ライナー「……たぶん、五日後だ」

サシャ「行ってきます」スタスタ…

ライナー「待て待て待て待て待て!!」ガシッ


599 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:23:31 ID:m71IgV6Q

ライナー「確かに暇ができるのは五日後だが、……ほら、ここ見てみろ! 二日後の朝は馬の世話と朝メシの間に十五分ある、この時間を使えば、」

サシャ「たぶん桶と洗濯板用意してお水汲んだところで時間になっちゃいますね」

ライナー「ぐっ……! な、なら三日後の夜はどうだ。夜は風呂入った後に何も予定がない! 消灯時間まで二時間もある!」

サシャ「洗濯板貸してくれるのって夕方までですよ。あと物干し場は夜ごはん食べた後から基本的に立ち入り禁止です」

ライナー「……風呂でやる」

サシャ「お風呂で洗濯しちゃダメって一番最初に言われたじゃないですか」

ライナー「…………で、でもよ、全部って言ったって……下着もあるんだぞ? いいのか?」

サシャ「何がです?」


600 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:24:21 ID:m71IgV6Q

ライナー「……………………汚ねえだろ?」

サシャ「汚ないから洗濯するんですよ。何言ってるんですか」

ライナー「…………………………き、気持ち悪くないか? 同期の……男の下着を洗うなんて……」

サシャ「私、故郷でお父さんのパンツ洗ってたので平気ですよ。別に気にしません」

ライナー「……………………」

サシャ「ほら、いいから寝ててくださいってば。いくら風邪じゃないって言っても、ちゃんと身体休ませないと熱が下がりませんよ?」グイッ

ライナー「…………あのな」

サシャ「寝なさい」

ライナー「……はい」シュン…


601 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:24:57 ID:m71IgV6Q

—— しばらく後 井戸近く

コニー「——でさぁ、弟はクワガタのほうが強いって言うんだけど、俺はやっぱりカブトムシのほうが強いと思うんだよな。名前も長いし身体もでかいし、何よりカブトの文字が含まれてるのがすげぇいいと思わねえか?」

ジャン「クワガタにムシつけりゃクワガタのほうが長くなるぞ。クワガタムシ」

マルコ「大きいってだけで強いと決めつけるのはどうなのかな。小さい身体でも作戦次第でどうにでもなると思うよ」

コニー「ちくしょう、二人してマーティンの味方しやがって! 俺の仲間はいねえのかよ!」

ジャン「誰だよマーティンって」

マルコ「まあまあコニー、そう怒らないで。どうどう」

ジャン「そんなに仲間がほしいならもうちょっと話の合う奴のところに行ってくるんだな。——ほれ、あそこにお前の仲間がいるぞ」

コニー「えっ、本当か!? どこだ、どこにいるんだ!?」キョロキョロ

サシャ「……」ザバーッ…

サシャ(靴下はこれで最後、っと……ええと、次は訓練服ですね。上着上着……)ピラッ


602 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:25:33 ID:m71IgV6Q

コニー「なんだよ、サシャじゃねえか。っつうか何してんだあいつ」

マルコ「たぶん洗濯じゃないかな。——ほら、今広げてるの訓練服だよね」

コニー「ふーん……休みの日まで洗濯って大変だな」

ジャン「休みの日だからやってんだろ。……にしても量が多いな。ちょっと溜め込みすぎじゃねえか?」

コニー「あれ全部一人で洗ったら手が荒れちまうんじゃねえか? ……よし、俺手伝ってくる!」ダッ

ジャン「へーへー、行って来い行って来い。……おいマルコ、お前はどうすんだ? いい子ちゃんらしく手伝いに行くのか?」

マルコ「……」

ジャン「……? マルコ、どうした?」

マルコ「……あれ、誰の洗濯物なのかな」

ジャン「あぁ? そりゃ自分のじゃねえの?」

マルコ「だよね。ということはさ……」


603 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:26:20 ID:m71IgV6Q

マルコ「もしかして……下着とかも、入ってるんじゃない……?」

ジャン「……」

マルコ「……」

ジャン「……誰の?」

マルコ「そりゃあ…………………………ねえ?」

ジャン「……」

マルコ「……」

ジャン「コニーちょっと待て! 帰って来い!!」ダッ

マルコ「コニー、待つんだ! コニー!」ダッ


604 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:27:14 ID:m71IgV6Q

サシャ(ふおおおお……! 改めて見るとやっぱり上着大きいですね! 肩幅広いです! これは洗いがいがありますよ!)ワクワク

サシャ「…………」

サシャ(……ポケットにお菓子とか入ってませんかねー)バッサバッサ ゴソゴソ

コニー「よぉサシャ! 洗濯か?」ヒョコッ

サシャ「……? コニー? ——そうですよ、見ての通りです!」ゴッシゴッシ

コニー「俺も手伝おうか? その量だと一人でやるには多いだろ?」

サシャ「わぁっ、いいんですか? 助かります! じゃあコニーはこっちの……」ゴソゴソ…

マルコ「うわああああっ!! コニー駄目!! いくらなんでも友だちだからって見ちゃ駄目だ!!」サッ

コニー「おわっ!? な、なんだ!? 前が見えねえ!!」ジタバタジタバタ

サシャ「えっ、マルコ? なんでコニーの目を押さえて……?」


605 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:27:44 ID:m71IgV6Q

ジャン「お前もあっさり頼んでんじゃねえよ! もうちょっと慎みを持て!!」ヒョイッ

サシャ「あーっ! ちょっとジャン、何するんですか! 洗濯カゴ返してくださいよ!」ピョンピョン

コニー「!? ジャンとマルコか!? お前らいったい何しに来たんだよ、手伝いに来たわけじゃねえのか!?」

サシャ「そうですよ! ジャンはともかく、マルコまでなんでいじわるするんですか! 酷いですよ!」ピョンピョン

ジャン「おいこら俺はともかくってどういうことだ!!」

マルコ「えっ? 違うよ、僕はいじわるしてるわけじゃ……」オロオロ…

ジャン「大体なんでお前はこんなところで洗濯物洗ってんだよ! 女子の洗い場は別にあるだろ!」

サシャ「あっちは人でいっぱいだったんですよ! 別にいいじゃないですか、こっちに人全然いませんし!」ピョンピョン

ジャン「人がいるいないの問題じゃねえだろ! ……ああもう面倒くせえ、保護者どこ行った!!」

サシャ「ミカサはエレンとアルミンと一緒に遊びに行きました!」

ジャン「そっちじゃねえ、ライナーはどこだって言ってんだよ!」


606 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:28:51 ID:m71IgV6Q

サシャ「ライナーなら寮で寝てますよ! ぐっすりです!」

ジャン「あぁ!? このクソ面倒くせえ時になんで寝てるんだあいつは!!」

マルコ「……? 待ってサシャ、なんでライナーが寝てるって君が知ってるの? ベルトルトにでも聞いた?」

サシャ「違いますよ! 自分の目でちゃんと見てきたからです!」

マルコ「見てきた……?」

サシャ「さっきまで部屋にいたんですよ! ライナーが風邪引いちゃったので、代わりに私が洗濯してたんです!」

マルコ「えっ」

ジャン「は?」


607 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:29:21 ID:m71IgV6Q

マルコ「……」

ジャン「……」

サシャ「返してくださいよー」ピョンピョン

コニー「前が見えねえー」ジタバタジタバタ

マルコ「……待ってサシャ。これライナーの?」

サシャ「そうだって言ってるじゃないですか!」

ジャン「……」

マルコ「……」

ジャン「……悪い、勘違いしてた。これは返す」

マルコ「僕も。……ごめんねサシャ、コニー。お詫びに僕らも洗濯手伝うよ」

サシャ「? ?? 勘違い……?」

コニー「勘違いって……どういう勘違いしてたんだよ? 大体、訓練服の大きさ見たら誰のかくらいわかるだろ」

ジャン「……」

マルコ「……ごめん、ノーコメントで」


608 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:30:09 ID:m71IgV6Q

—— しばらく後 井戸近く

コニー「——でさぁ、ジャンとマルコは二人してマーティンの味方しやがるんだよ。酷いだろ?」ワッシャワッシャ

サシャ「マーティンって誰ですか? 調理師の人ですか?」

コニー「違ぇよ、俺の弟だよ。——なあサシャ、お前はカブトムシとクワガタどっちが強いと思う? やっぱりカブトムシだよな?」

サシャ「そうですねー、食べておいしいほうじゃないですかねー」ジャブジャブ

ジャン「食うなよ」

マルコ「なんでもかんでも口に入れちゃいけません」

サシャ「ごめんなさい。……でも、実際どっちがおいしいんでしょうかね? 甲殻類はあんまり食べたことないんですけど」ゴソゴソ…

マルコ「待ってサシャ。君はこっちから先に洗ってね」ササッ

サシャ「……どうしてマルコはさっきからシャツばっかり寄越すんですか? 他にも洗濯物ありますよね?」ジーッ…

マルコ「気のせいだよ。ないよ」サササッ

マルコ(ライナー、君の誇り(パンツ)は僕らが守るよ。安心して眠っていてくれ……)ゴシゴシ…

ジャン(くそ、なんでせっかくの休日に野郎の洗濯物を漁らなくちゃいけねえんだ……! コニーなんか放っとけばよかった……!)ゴソゴソ…


609 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:30:58 ID:m71IgV6Q

サシャ「気のせいなわけないじゃないですか。そろそろシャツ洗うのも飽きてきましたし、他のも寄越してくださいよー」クイクイ

ジャン「馬鹿野郎、シャツを蔑むんじゃねえ! 襟首がダルンダルンになったシャツなんて目も当てられねえぞ!」ゴッシゴッシ

サシャ「別に蔑んでませんよ。他のくださいって言っただけです」

ジャン「そもそもお前、洗うときに真剣にシャツと向き合ってんのか!? 適当に洗うと型崩れとか皺とかできちゃうだろうが!!」ワッシャワッシャ

サシャ「えー……? それは干す段階で気をつけることでしょう? 今から気をつけなくちゃいけないんですか?」

ジャン「当たり前だろうが! 誠心誠意泡立ててちゃんと洗え!!」

コニー「ジャンどうしよう、俺今まで一度も真剣にシャツと向き合ったことねえよ……! いつも何も考えずに洗濯してたぞ……!?」ガタガタ…

ジャン「いんだよ野郎の洗濯物なんか適当で」ケッ

サシャ「えっ」

コニー「そうなのか!? ……よかった、もう少しで心臓止まるところだったぜ」ホッ

マルコ「コニー、心臓はそんなことでは止まらないよ」

サシャ「……ジャン。私とコニーとで言ってること違うんですけど自覚あります?」

ジャン「うるせえ馬鹿同じだよ。いいから黙って手ぇ動かせ」ワッシャワッシャワッシャワッシャ


610 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:31:35 ID:m71IgV6Q

マルコ「そうだよサシャ。染みとか襟汚れとかはちゃんと確認した? 洗い残しは本当にない? 服にスープを食べさせた形跡とかまだあるんじゃない?」

サシャ「……ライナーが服にごはん食べさせるの見たことないんですけど」

ジャン「でも鼻から何度か水噴き出してただろうが」

コニー「食べさせるって言えばさー、サニーなんかもう服に餌やってんじゃねえかってくらいポロッポロ食べ物こぼすんだよなー。母ちゃん、服洗うの大変そうだったなー………………母ちゃん………………」シュン…

マルコ「コニー、唐突にホームシックに陥らないでくれ。びっくりするから」

サシャ「サニーって誰ですか? 目玉焼きと何か関係ありますか?」

コニー「俺の妹だよ。目玉焼きは……まあ、好きだったかな」

サシャ「へー、そうなんですかー…… ——あ、このシャツポケットついてますね。……えーっと」ゴソゴソ…

ジャン「おい、勝手に服の中漁るなよ」

サシャ「だって企画紙とか間違って洗っちゃったら取り返しつかないじゃないですか。クリスタがこの前やらかしちゃって顔が真っ青になってましたし」

マルコ「へえ……それは大変だったね。でも、ライナーならちゃんと確認してるんじゃ——」

コニー「よっしゃやった! 当たりだ!!」ワーイ

ジャン「……確認してねえのかよ。ライナーの奴」

マルコ「うっかりさんだね」ジャブジャブ


611 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:32:33 ID:m71IgV6Q

コニー「んん……? なんだこりゃ、メモ書きか? ……『クッキーの作り方』?」ピラッ

サシャ「あっ、それベルトルトのですね。クッキー作りにハマってたらしいんですが、石窯を見ると目が焼ける病気にかかってしまったそうです」

コニー「なっ、なんだと!? ……ベルトルトの奴、重症じゃねえか……! 俺に一言相談してくれてもよかったのに……!」ガーン

ジャン「んな病気あるわけねえだろ馬鹿。大体、ベルトルトなら先週普通に食事当番してたぞ?」

サシャ「えっ? そうなんですか?」

ジャン「ああ。しかもあいつ、一昨日はほとんど火の番してたからな。がっつり石窯睨んでたんじゃねえか?」

マルコ「そもそも、ベルトルトの目が焼けるってサシャは誰から聞いたの? ユミル?」

サシャ「いえ、ライナーからですけど……じゃあ、ライナーが私に嘘吐いてたってことですか? 何のために?」

ジャン「さあな、俺たちが知るかよ。——第一、そのことでお前を騙してライナーに何のメリットがあるんだ? どう考えてもねえだろうが」

マルコ「仮にライナーがサシャを騙してたとしても、ベルトルトのメモを本人に返さないで持ってた理由が説明つかないよね。筆跡から見るに、そのメモ自体違う人が書いたみたいだけどさ」

サシャ「……言われてみれば妙な点だらけですね。謎は深まるばかりです……」


612 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:33:08 ID:m71IgV6Q

コニー「そうだ、わかったぞ! 本当はベルトルトじゃなくてライナーがクッキー作ったんじゃねえか?」ポン

サシャ「……!」

ジャン「はぁ? ライナーが何のためにクッキーなんか作るんだよ」

コニー「それはー……あー………………うん、わかんねえけど」

ジャン「さっきから適当なことばかり言ってんじゃねえよ、もうちょっと考えてから喋れってんだ」ケッ

サシャ「…………」

マルコ「サシャ? どうしたの? 手が止まってるけど……」

サシャ「へぁっ? ——そ、そうですね、ライナーってばなんでこんなの持ってたんでしょうね?」ゴッシゴッシ

コニー「俺も気になるなぁ……どうせなら本人に直接聞くか? 洗濯物返す時にでもよ」

ジャン「やめとけやめとけ。何かしら事情があるんだろ」ゴッシゴッシ

マルコ「そうそう。こういうのはそっとしておくのが一番だよ」ジャブジャブ

サシャ「……」

サシャ(そういえば……誕生日にもらったクッキー、店売りにしてはちょっと固かったんですよね。手作りっぽいというか……)

サシャ(……まさか、ですよね)


613 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:33:50 ID:m71IgV6Q

—— 数時間後 男子寮 エレンたちの部屋

ライナー「……」ゴロン

ライナー(帰って来ねえなぁ……まあ、器も返して来るって言ってたし、あの量だし……時間がかかるのは仕方ねえか)

ライナー「……」

ライナー(よくよく考えたら……具合が悪いとはいえ、同期の女子に下着を洗わせてるんだよな。俺……)

ライナー「……」

ライナー(あああああああ……! 最低すぎる……!)モダモダ…

ライナー(なんで昨日、無理してでも洗っておかなかったんだ……! せめてパンツ一枚くらい洗っとけば、こんなことには……!)ビッタンビッタン

    —— ガチャッ…


614 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:34:32 ID:m71IgV6Q

サシャ「ライナー……? 寝てますかー……?」コソコソ…

ライナー「……」ゴロン

サシャ「あらら、起きてたんですか? 駄目ですよちゃんと寝なきゃ」スタスタ…

ライナー「……カゴの中、どうしたんだ」

サシャ「もちろん全部洗って干してきましたよ」

ライナー「ぱ……、下着もか」

サシャ「当たり前でしょう」

ライナー「……」

サシャ「そういえば、井戸の近くでマルコとジャンとコニーに会いましたよ。ちょっとだけ洗濯手伝ってもらっちゃいました」

ライナー「マルコたちにか? ……何か言ってたか?」

サシャ「いえ、特に何も? ——ついでに洗濯物取り込むの頼んできましたから、後で受け取っておいてください。夜は清潔なシャツとパンツで寝られますよ! よかったですね!」パチパチ

ライナー「……ああ」

ライナー(ちっともよくねえけどな……)ドヨン

サシャ「……」


615 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:35:13 ID:m71IgV6Q

サシャ「あの、そういえば……この前もらったクッキーおいしかったです。誕生日にもらった……」

ライナー「ああ、そりゃ店売りだからな。美味いのは当然だろ?」

サシャ「……」

ライナー「……? なんだ?」

サシャ「いえ、別に? ——ところで熱はどうなりました? 下がりました?」

ライナー「あー……たぶん下がったんじゃねえか? 正直、自分で触りすぎてよくわからなくなってきたんだが……」ペタ

サシャ「ふーん、どれどれ……」ピトッ

ライナー「」ビクッ


616 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:35:46 ID:m71IgV6Q

サシャ「ああ、確かに額はあっついですね。これなら微熱くらいでしょうか……」

ライナー「……」

サシャ「顔も赤いですし……やっぱりちゃんと寝なきゃ駄目ですよ。身体休めないと!」

ライナー「……」

サシャ「……? ライナー、聞いてます?」

ライナー「あ、ああ……聞いてる聞いてる。……お前の手、冷たいな」

サシャ「まあ、今までずっと洗濯してましたからね。……あ、この手だと熱測っても意味ないかもしれないですね。どうしましょうか……」ウーン…

ライナー「……それ、貸してくれ」

サシャ「? 貸してくれって……」

ライナー「……」ガシッ グイッ

サシャ「わっ……とと」フラッ


617 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:36:18 ID:m71IgV6Q

ライナー「……」ペタッ

サシャ「……? 首、熱いんですか? でも私の手で冷やすより、濡れたハンカチとかのほうがいいんじゃないですかね」

ライナー「ああ……かもな……」ウトウト…

サシャ「ですよね、じゃあハンカチを……でもハンカチもタオルも全部洗っちゃいましたから、私の部屋から持ってくるしかないですよね。一旦戻らないと……」

ライナー「…………」

サシャ「ライナー、手を離してもらってもいいですか? 私、ちょっと女子寮に行ってきますから——」

ライナー「……zzz」グー…

サシャ「……あらら、寝ちゃいましたか」

サシャ(首を冷やして眠れたってことは、暑くて寝苦しかったってことなんですかねー……? やっぱり、ハンカチ持ってこないといけませんね。よし!)スクッ

サシャ「……」

サシャ「……」クイクイ

サシャ「……」

サシャ(……あれ? これ私帰れなくないですか? あれ?)


618 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:36:58 ID:m71IgV6Q

—— 数時間後

ライナー「……」パチッ

ライナー(……部屋が暗いな。もう夜……いや、部屋に誰もいないから、夕飯時か……)

ライナー(サシャは……帰ったよな。この時間だし、もう飯の時間だ……)グー…

ライナー「……」

ライナー(ろくに動いちゃいねえのに、腹が減ったな……ベルトルトはいつ帰ってくるんだ? 夜メシ、持ってきてくれるといいんだが……)

ライナー(……昼間のスープ、うまかったな)

ライナー(できればまた食いたいが……そうそう気軽に作ってくれなんて言えねえよなぁ……)ハァ

                             \ガチャッ ギィイッ…/


619 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:37:33 ID:m71IgV6Q

アルミン「ライナー、起きてるー……?」ヒョコッ

ライナー「……? アルミンか? 起きてるぞ」ムクリ

アルミン「そっか、よかった。——あのさ、夜ごはん持ってきたんだけど食べられそう? なんだかうまく伝達できてなかったらしくて、病人食じゃなくて普通のごはんなんだけど……」

ライナー「ああ、大丈夫だ。食えるぞ。……アルミン、お前一人か?」

アルミン「ううん、エレンたちも一緒だよ。……とにかく明かりつけるね。ちょっと待って」スタスタ… ポッ

エレン「ようライナー。具合はどうだ? ……っつうか悪かったな。お前が熱出したって聞いたの、訓練所に帰ってきてからでさ。一人で大変だったろ?」

ライナー「まあ、多少はな。だがずっと一人というわけでもなかったし……というかだな」チラッ

ミカサ「エレン、過ぎたことを悔いても仕方がない。次に活かそう」グッ

ライナー「……なんでミカサまでここにいるんだ? お前も見舞いに来たのか?」

ミカサ「違う。私は回収屋さん」ブンブン

ライナー「回収……? 昼メシの器はここにはないぞ?」

ミカサ「違う。私が回収しに来たのはそっち」

ライナー「そっち?」チラッ


620 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:38:16 ID:m71IgV6Q

サシャ「……zzz」スピー…

ライナー「……」

アルミン「ベッドにもたれかかって寝ちゃってるね。疲れたのかな?」

エレン「っつうかお前ら、手ぇ繋いで寝てたのか? ……よく寝られるよなぁ、俺だったら途中で振りほどいてるぞ」

ミカサ「エレン、思い出して。開拓地で仲良く三人で手を繋いで眠ったことを」ユサユサ

エレン「ははは、三人で一枚の布団は狭かったよな」

ミカサ「エレン……! 違うの、布団の狭さじゃないの。手を繋いで寝たことを思い出して……!」ユサユサユサユサ…

ライナー「……」

ライナー(サシャの奴、帰らなかったのか……でもなんで手なんか握ってんだ? 俺のでかい手なんか掴んでても、暑苦しいだろうに……)

アルミン「……それで、ごはんはどうする? 今食べるよね?」

ライナー「あ、ああ。食べる。……ん?」ガチッ


621 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:38:58 ID:m71IgV6Q

アルミン「……? どうしたの?」

ライナー「……手が外れねえ」グイグイ

アルミン「外れないって……ああ、がっちり掴まれちゃってるね。無理に外したら起きちゃうんじゃないかな、それだと」

ライナー「……」

エレン「なんだよ、それくらいライナーなら外せるだろ? なんなら俺がやってやろうか?」

ライナー「……いや、いい。せっかく気持ちよさそうにしてるんだし、もう少し寝かせてやろう。こいつには世話になったからな……」ワシャワシャ

エレン「座ったまま寝て気持ちいいもんなのか?」

ミカサ「時と場合による。……そう、私は隣にエレンやアルミンがいれば……どこだって眠れる。立ったままでも、泳いだままでも、立体機動をしながらでも……!」

アルミン「最後のは命に関わるからちゃんと起きてね。……スープはスプーンで食べられるし、パンも食べられるよね。僕らは食べ終わるころにまた回収しに来るから、それまでゆっくりしてなよ」ガチャッ バタンッ


622 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:39:43 ID:m71IgV6Q

—— しばらく後

サシャ「……ふぁ?」パチッ

ライナー「おう、起きたか? ……おはようサシャ」

サシャ「……はよござます」ペコペコ

ライナー「ははっ、なんだそりゃ。……布団の皺ついてるぞ。左の頬だ」トントン

サシャ「……むぅぅ…………」ゴシゴシ…

ライナー「拭っても取れねえと思うんだが…… ——起きたなら手を離してくれるか? 少し痺れてきたんでな」ビリビリ…

サシャ「はぁ、手が……? ……あっ、ごめんなさい」パッ

ライナー「まあいいけどな。……うたた寝しちまったのはわからなくもないが、手まで掴まなくてもよかったんじゃないか? 別に俺はここから逃げたりしねえよ」ハハハ

サシャ「えっ? ……いえ、これは先にライナーが、」

ライナー「は? 俺が?」ポカン

サシャ「……」

サシャ(これ……この反応は、全然覚えてないですね。さっきのあれは寝ぼけてやったってことなんでしょうか……)

ライナー「俺がなんだって?」

サシャ「……もういいですよーだ」プイッ


623 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:40:15 ID:m71IgV6Q

ライナー「今日はすまなかったな。貴重な休みだってのに、俺のせいでほぼ一日潰れちまったし……改めて礼を言わせてくれ。正直助かった」ペコッ

サシャ「いえいえいいですって、頭は下げなくていいですよ! そこまで大したことやってないですし……これくらいならまたやってあげますから」クスッ

ライナー「馬鹿言え、そんな簡単に風邪引いてたまるか。——でもよ、今日は他にも色々準備してたんじゃないのか? 昼に使おうとしてた食材も無駄になっちまっただろうし……」

サシャ「いえ、まるっきり無駄になったわけでもないんですよ。——生姜と玉ねぎはお昼のスープに流用しましたし、野菜は軽く揚げてたくさんチップス作りましたし、果物はジャムにしちゃいましたし……」

ライナー「へえ……うまそうだな」

サシャ「うまそうじゃなくてうまいんですよ! ——あとでベルトルトに持たせて届けますね。ラッピングは時間的に難しいので、雑な詰め合わせになっちゃうと思うんですけど……」

ライナー「……なんでベルトルトに渡すんだ?」

サシャ「へっ? なんでって……だって今日中にほしいでしょう? だったらベルトルトに持たせるしかないじゃないですか」

ライナー「……俺は、お前から直接ほしい」

サシャ「……」

ライナー「贈り物っていうのはそういうもんだろ? ……他の奴を経由しても、あまり嬉しくない」

サシャ「でも……今から戻って急いで詰めても、この部屋には戻って来られないですよ。どうしても私から欲しいなら、明日以降になっちゃいますけど……」

ライナー「そこは俺が我慢するしかないだろ。……わがまま言ってるのはこっちだしな」


624 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:40:48 ID:m71IgV6Q

サシャ「そうですか、じゃあ……贈り物は明日にするとして、他に何かしてほしいことないですか? お誕生日ですし、なんでもやりますよ私!」

ライナー「何かって言われてもなぁ……もう充分すぎるほど色々やってもらったんだが」ウーン…

サシャ「パンツも洗いましたもんね!」ニッコリ

ライナー「……よし、本当になんでもいいんだな?」

サシャ「えっ……いえ、あの、夜ごはん抜きとかは無理です。ごめんなさい……」シュン…

ライナー「安心しろ、人の食い物までは取らねえよ。……じゃあ、あれ歌ってくれないか? お前が自分の誕生日に、調理場で歌っていたやつ」

サシャ「なまくりーむをかきまぜろー♪」

ライナー「違う。……ほら、誕生日がどうとかいう歌だ」

サシャ「はぁ、そっちですか。なるほど……って、あれですか? あっちの歌より生クリームの歌のほうが楽しいと思いますよ?」

ライナー「生クリームの歌はいつでも聞けるだろ。……嫌ならいい。別に無理強いしたいわけじゃない」プイッ

サシャ「ああああすみませんすみません、嫌じゃないです! 歌ってほしいなら歌いますけど……えっと……あの、途中で笑わないでくださいね? いいですか?」

ライナー「ああ、笑わねえよ。約束する」

サシャ「……」

サシャ(なんか……目の前に座られて、構えて聞かれるのって恥ずかしいですね……)


625 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:41:21 ID:m71IgV6Q

サシャ「……は、はっぴばーすでー、らーいなー……」ボソボソ…

ライナー「声が小さい」

サシャ「……っそ、そんなこと言われても……っ!///」カアアッ…

サシャ(ううううっ……! なんだか、私のほうが熱出てきたみたいです……! あっつい……!)モジモジ…

ライナー「早くしねえと人が来ちまうぞ? エレンにアルミンに……ああ、そういやマルコも来るんだったな」ニヤニヤ…

サシャ「……! うっ、ううっ……! やっぱりライナーはいじわるです……!」プルプル…

サシャ(もう……! こうなったらヤケです、歌ってやりますよ!!)スウッ…


626 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:41:58 ID:m71IgV6Q

—— 夜 

ベルトルト「……で、サシャは追い出されちゃったの? 君が大声で歌えって言ったせいで?」

ライナー「……」シュン…

ベルトルト「君ねぇ……いや、説教はやめておこう。一応まだ病人だし」

ライナー「……はぁ」

ベルトルト「ため息ばっかり吐かないでよ……ところで、なんでカレンダー握りしめてるの? なんか面白い行事でもあった?」

ライナー「いや……今回のことで俺は学んだんだ。スケジュール管理の大切さをな……」

ベルトルト「今更すぎない? ……まあ、学んだだけマシだと思うけどさ」


627 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:42:30 ID:m71IgV6Q

ライナー「だから今度からは、計画的に風邪を引くことにする」

ベルトルト「……」

ライナー「洗濯物を溜めず、他の当番や会議に被ることなく……それでかつ休日であって、サシャが男子寮に気軽に訪れやすい日……! その日を狙って俺は風邪を引く!」

ベルトルト「……理由は?」

ライナー「サシャが手料理を作ってきてくれる確率が上がるからだ」エッヘン

ベルトルト「……」

ライナー「というわけでベルトルト。……次に俺は、いつ風邪を引くべきだと思う?」ニッコリ

おしまい


628 : ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:43:38 ID:m71IgV6Q
というわけでお誕生日SSでした もう10月だけどね! 遅すぎだね!
ライナーの誕生日の部分は支部に投下した分とちょこっと変えてあります が、順次あちらもマイナーチェンジ予定なので読み比べたい方はお早めにどうぞ

そんでもってあと二つでこの話も完結できるのですが、次スレからは以前のように書き溜め一気投下に戻そうと思います
このペースだと400レスくらい一気投下になりそう&先にコニーSS(というかマルコSS)を完結させてから書き溜めをはじめるので、またまた遅くなりそうな気がするのですが気長に待っていただけるとありがたいです

そんなわけで、次スレが立っていないからといってこのスレを保守することはせず、sageで落としてください
あっちもこっちもちゃんとケリをつける予定ですので、今後ともよろしくお願いします
長文失礼いたしました それではー

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